偽者のキセキ   作:ツルギ剣

64 / 111
63階層/リンダース 徴税官

_

 

 

 静かに鍛冶場から出ると、店内でコツコツ、柄の取り付け作業をした。

 いつも使っている工具ではなく、リズベットに工具を貸してもらった。他人が使っていたものだと感覚が狂うのかもと不安になったが、そんなことはなかった。むしろ、今まで使っていたものがいかにお粗末なモノだったのかわかった。……後で買い揃えようかな。

 

 とりあえずの形が決まると、握ってみた。そのまま軽く、素振る―――

 切れ味と手からの力の伝導率を上げるために、柄の締めつけはかなり固めに設定した。デメリットとして、武器の耐久値の減りが早くなること、攻撃の反動による腕や体の負担が増すこと、【取りこぼし】やら【部位損傷】が起きやすくなる。ただ、この愛剣については気にする必要はない。耐久値はたっぷりとあるし、蓄積された反動が現象化させるほど長期戦はしないし壁戦士でもない。

 握りと素振りを繰り返しながら、微調整を済ませていった。

 

「……よし! こんなものだろう」

 

 幾度目かの調整の末、ようやく満足いく形が決まった。

 最終確認のため、思い切り/モンスターと戦う勢いで素振りした。風切り音もしない無風の剣線、ほんのかすかなシュッとした擦過音のみ。……腕の/全身との噛み合わせも、良好だ。

 続いて、そのまま剣舞した。

 仮想の敵と戦地を想定しての型。まずはタイマン、真っ向勝負の斬り合い。自分より小さいが縦横無尽に動き回る四足獣戦、同程度の背丈の直立タイプ、体重の軽い相手と重い相手。最後に背の高い巨獣/巨人、一撃も受けてはいけない相手。

 続いて、包囲戦を想定しての複雑な動き。その場でグルンぐるんと回る。しかし淀みなく/速度を増しながら、仮想のモンスターたちが自分に近寄れないよう立ち回った。締め切った店内に、軽い旋風が起きる。

 愛剣と自分の体が溶け合う、剣心一体の境地。己の意識が無限に拡大し、同時に濃密にもなっていく心地よさに浸る―――……。

 

 無心の中、それ故か最後、初動モーションをとっていた。

 腰を落としながら、剣を大きく振りかぶる―――

 

「―――ハッ!」 

 

 掛け声ととともに一閃、ソードスキルを発動させた。今まで溜めに溜めた剣舞の遠心力を乗せた、大上段からの振り下ろし―――

 亜音速の剣撃を振り抜いた直後、斬撃が飛んだ。

 片手剣遠距離攻撃【裂空斬】―――。斬撃を十数メートル射出することができる技、前条件として数度のコンボを決めることが必要とされる。逃げようと後ろに下がった/吹き飛ばした敵への追撃として使う。

 この心地よい舞の締めに相応しい……。そう口元を綻ばせていると、ガシャーン―――飛ばした斬撃が玄関に、衝突してしまった。衝撃で店内が揺れる。

 

「…………あ、やべ」

 

 既に遅し。壁や棚に並べていた商品たちは、ガシャガシャ―――倒れていった。床の上に撒き散らされていく。

 調子に乗りすぎた……。目の前の惨状に頭を抱えた。やっちまった……。

 玄関を狙ったのは、不幸中の幸いではあったのだろう。もしも、【裂空斬】を別の方向/棚に放っていたら、何らかの損傷か最悪破損していたかもしれない。今はただ、散らかしただけだ。……コレだけで済んでよかったと、思うべきだろう。

 リズがここにいたら、激怒してただろうな……。ソレも幸いだった。まだ作ってくれてる最中で、集中しきっているのだろう。鍛冶場の彼女に変化なし、店内の異変に気づいている様子はない。……今ならまだ間に合う。

 急いで証拠隠滅を図ろうと、お片付けを開始しようとしたら、

 

「おい、大丈夫かッ!?」

「何だ、何が起きたんだッ!?」

「慌てるな! 持ち場を離れるんじゃない!」

「畜生、いってぇ……」

 

 扉の外から、複数の男たちの声が聞こえてきた。人の声ではあるのだが、少々くぐもっているように聞こえる。

 いるとは思っていなかった……。剣舞に集中しすぎて、警戒を怠ってしまったのだろう。反省だ。

 すぐさま【索敵】を使って探査―――。

 ……全員、知らないプレイヤー達だ。攻略組でもない、前線で見かけたことはない。

 ただし皆、特徴的な格好をしていた。装備は、メタリックカラーのフルプレートアーマーで統一されている。個々の顔は、ガスマスクのような面包で覆われていて識別できない。だが、ゆえにわかった。

 

 導き出された理解に、顔をしかめた。あまり会いたいと思えない相手。だが、無視すると後々面倒になる。

 警戒心を一層高めながら、ゆっくりと扉をあけてやった……

 突然、店から出てきたオレの顔をみて、男たちは驚きで固まった。

 

「……だ、誰だお前はッ!? 何故ここにいる!」

 

 仲間たちの驚愕を代弁し、リーダー格と思わしき大柄の男が詰問してきた。

 この横暴な態度、やっぱり……。偽物かドッキリかもしれないとの淡い願いは、すぐに打ち消された。

 

「オレは客だ。あんたらこそ、そんな大人数で何しに来た? 彼女の熱烈なファン……てわけじゃないよな」

 

 静かに尋ね返しながら、素早く周囲を確認。彼我の戦力差を分析する―――

 ……全員、かなり高レベルではある。装備は防御力重視で動きは鈍そうだが、それゆえに仕留めづらい。堅実な戦術を好んでいるのだろう。だが、あまりにも偏りすぎている。最前線で求められている不足の事態への対応力は、なさそうだ。個人の力がチームワークに殺されてる。良くて準攻略組といった評価だ。

 オレの格下判定を知らず、リーダーは堂々と名乗りあげてきた。

 

「我々は、【アインクラッド解放軍】の派遣遠征部隊。私は隊長の【コーバッツ】だ。

 職人ギルドから【軍】へ、ここの家主が行ってきた度重なる違法行為に対する苦情がきた。それらについて先日、勧告もしたが無視された。なので、彼らの要請と定められた法に従い、我らが懲罰しにきた」

 

 胸を張りながら恥ずかしげもなく、正義の執行者を名乗ってきた。

 驚かされながらはんば納得。胸の内で、苦笑とため息をこぼした。……大人数の彼らが来ている時点で、ラッキーなことなど起こりえない。

 

「オレはただの客だから、関係ないっちゃ関係ないんだが……。『懲罰』てのはいささか、穏やかじゃないな。いったいどんな目に遭わせるつもりなんだ?」

「無関係ならば黙っていろ。コレは我らの問題だ」

「そんなこと言わずに、教えてくれよ。今後もしかしたら、オレが同じ目に遭うかも知れないからさ、参考に」

「我らが作った法律書は、街の図書館に行けば誰でも見られる。今後の為にもそこで、じっくりと腰を据えて勉強してくれ」

「勉強なんて、勘弁してくれよ。そんな暇ないぜ」

「ならば作れ。我らの懲罰に遭いたくなければな―――」

 

 長引かせようとした会話を無理やり切り、強引に店内に入ろうとしてきた。

 なので直前、愛剣を扉の柱にガン―――と突き刺した。コーバッツの足を止める。

 いきなりの剣に、一気に緊張が高まった。奴の部下たちは飛び上がり、同時に各々の武器に手を伸ばした。

 今にも威嚇される寸前、コーバッツが止めた。そして冷静に、オレを見据えてくる。

 

「……コレは、どういうことだ?」

「別に、ただうっかり、剣がそこに落ちただけだ」

 

 ヤクザじみたいちゃもんを吐くと、ニヤリと口の端を歪めた。

 向こうが強引なら、こちらも不躾だ……。ここは【圏内】なので、こうやって通せんぼされたら、どうやっても店内には入れない。

 

「ならば……どけてくれないか? 我らが用があるのは、ここの店主だけだ」

「奇遇だな、オレもだ。

 そんでもって、オレの方が先客だから、また後日にしてくれないか?」

「緊急の用件だ。それに、彼女次第ですぐに終わる」

「その彼女は今、オレの用件で忙しいんだ。アンタらに邪魔されたくない」

 

 邪魔するのなら、容赦もしない……。笑みを浮かべながらも、無言で威圧した。

 その宣戦布告を受け取ってくれたのだろう、しっかりとオレと向き合ってきた。

 

「我らはこれでも、紳士な方だと思っている。同僚の中には、野蛮に振舞うことを良しとしている者もいるぞ」

 

 そちらがそのような態度なら、こちらも容赦はしない……。静かに睨み合い、火花を散らす。後ろの部下たちも、コーバッツに応じて研ぎ澄ましていった。

 

「……わかっているとは思うが、ここは【圏内】だぜ。アンタらはソレ以上、どうやっても先には進めない」

「そうでもないぞ―――」

 

 返答と同時に、ストレージからアイテムを取り出してきた。

 手に持って見せてきたのは、一枚の羊皮紙。表面に奇妙な文字が書き込まれ、蜜蝋で固められたであろう捺印がされている……。そのアイテムを見て、眉をひそめた。一気に腹の底が冷え込み、息を呑む。

 

「ほほぉ、その顔からすると、コレが何なのかわかっているみたいだな」

「……【冤罪符】だろ」

 

 【冤罪符】―――。一時的にプレイヤーカーソルを、オレンジに塗り替えることができるアイテムだ。コレを悪用すれば、無実のプレイヤーでも監獄に送り込むことができる。

 最悪のアイテムだ。状況が不利に傾いてきた。

 

「君はまだ無関係だが、これ以上邪魔だてすれば共犯者と見做す。……そこをどいてくれないか?」

 

 丁重ながらも命令。引き下がるしかないとわかっていながら頼んできた。

 もしも、ここで犯罪者にさせられてしまった場合、【圏内】を守る《ガーディアン》が奴らの味方になる。彼らは他プレイヤーと違って、オレを引っつかみ無理やり退かすことができる。抵抗でもしようものなら、そのまま監獄行きだ。……【軍】の権勢を支えている兵器の一つ。

 もう通せんぼは意味がない。なので、少しだけ譲歩する。

 

「……今彼女がしてくれてることは、オレの命とゲームクリアに関わる重大事項だ。あんたらの言う法律は、それすらも規制するものなのか?」

 

 ゲームクリアは言い過ぎかもしれないが、少なからず関わるのは事実だ。関わらせてみせる。

 【軍】のお題目を盾にとられ、一瞬だけ言葉に詰まるも、

 

「……最終勧告だ。そこを、どけ」

 

 心動かせず。交渉を決裂させてきた。

 もう、一戦交えるしかないな……。普通ならここで退くべきだろうが、嫌な予感がした。彼らとリズベットを出会わせてはいけない気がする。今ここが/オレが、未然に防げる最終ラインだ。

 互いに黙りながら、コーバッツ達はオレの一挙手一投足に注視する。ただ道を譲るだけなのか、それとも……開戦か。冷や汗が流れる。

 

 柱から抜き出した。【冤罪符】を使われる前に叩き落さんと、コーバッツの腕目掛けて振り上げようとした、矢先―――

 

「―――キリト! できた、できたわよ! 最高の一品よッ!」

 

 鍛冶場からリズベットが、嬉しそうにはしゃぎながらやってきた。……やってきてしまった。

 

「あんたのモノにも負けないだから! みて驚きな―――……て、なんじゃこりゃッ!?」

 

 店内の散らかり具合を見て、仰天された。

 続くお叱りを防ぐために、整理整頓しようとしたが……今はそれどころではなくなった。

 

「悪い、ちょっと散らかした。そんでもってコイツらは、君に用があるんだと」

 

 招かれざる客だ……。無言ながら、含ませた意図にリズベットも気づいた。突然の来訪者達に困惑する。

 すると、動揺はなぜか、コーバッツ達にも広がった。

 

「【キリト】というと、もしやあの……ビーターだったのか?」

 

 その単語で、部下たちもどよめいた。「まさか」や「そんな」などのつぶやきが聴こえてくる。

 ご明察……。『黒の剣士』でないのは、彼らが正義の味方だからだろう。犯罪者たちの大半は『ビーター』と呼ばない。初見で気付かれなかったのは……見た目かな? もっとガタイのいいゴリラか、吸血鬼みたいな危ない奴に想像されているのかも。

 先まで狩る者の雰囲気を纏っていたが、途端に怯えの色がにじみ出てきた。コーバッツはさすがに見せてはいないが……チャンス到来だ。

 

「そいつを使ってくれても構わないが、覚悟しとけよ。最悪PKしたとしても、半日の間に仕留めれば罪状は『冤罪』だけになる。保釈金さえ払えばすぐに檻からも出られるしな。……まぁそれも、【圏内】に隠れていれば安心だがな」

 

 煽るように助言すると、プライドが傷つけられたからだろう、案の定コーバッツは怒気を向けてきた。

 そのまま焚きつけて、身動き取れないようにしてやる……。何もさせずに、ご退場させる流れに持っていこうとするも、冷静さを取り戻された。

 

「……安心しろ、初めから使うつもりはなかった。我らは野蛮ではないと言っただろう」

 

 そう言うと、【冤罪符】まで引っ込めてきた。

 プライドよりも任務を優先してきた……。もうどうしようもない、舌打ちをこぼす。

 コーバッツは、もう用はないとばかりに、オレからリズベットに向き直った。

 

「ここの店主のリズベットだな」

「……何の用?」

「職人ギルドからの要請だ。お前が犯した度重なる違法行為の罰金を徴収しに来た」

 

 違法行為、罰金……。嫌な予感は的中した。【軍】の常套手段だ。

 すぐさま凄味を効かせるも、焦りからの反射だと理解されてしまっているのだろう。コーバッツは無視したまま、続けてきた。

 

「違法行為って……なによ? 私が一体何したっていうのよ!?」

「コレに、全て記されている―――」

 

 そう言うと、部下の一人を呼び寄せ、大事そうに抱えてた小箱を受け取った。そして、その中に丁寧に収められていた一枚のスクロールを、リズベットに渡した。

 不審ながらも受け取り、書かれている内容を見ると―――顔をしかめた。

 

「…………何よコレ? 全然、心当たりないものばっかりなんですけど!」

「最後まで見ろ、職人ギルドとその他数名のプレイヤーが証人となっている」

 

 横からチラリ、覗き見させてもらうと……またまた最悪が的中した。

 【判決状】―――。犯罪者にほぼ一方的な命令を強制することができる、最悪な契約アイテム。本来は、【黒鉄宮】の裁判官にしか発行できず、公平無私のAIの審査を経なかればならない。しかし、【黒鉄宮】を支配下に治めている【軍】は、その審査をほぼ素通りできる。……【軍】の悪政を蔓延らせている元凶の一つだ。

 その凶刃が今、リズベットにむけられてしまった。

 

「もしも、この最終警告を無視した場合、お前には犯罪者の烙印が押される。そして同時に、お前の資産のすべてをいつでも強制徴収できる権利が、我々【アインクラッド解放軍】に与えられることになる」

 

 いつどんなモノを売買した/獲得したか、全て知られてしまう……。『資産』と言う以上、アイテムストレージだけではないだろう。最悪、スキルやステータスパラメーターも適応範囲かもしれない。【鑑定】の無いプレイヤーにも全てが筒抜けになる、【隠蔽】で誤魔化すこともできない。

 これもまた【軍】の常套手段だ。こうやって、プレイヤーからプレイヤーたる全てを取り上げ縛り上げることで、強固な結束を生み出す。……実に、不愉快なやり方だ。

 もはや堪らず、横槍を入れた。

 

「―――相変わらず、いつも横暴なことしてくれるよな、アンタらは」

 

 静かに怒りを滾らせながら、腹の底で渦巻く黒い衝動に身を任せた。

 歪んだ笑みを浮かべながら、踏みとどまっていた一線を越える。

 

「もしもさ、今日ここにアンタらは来てなかった、てことになれば、その【判決状】は無効になるよな?」

 

 一瞬、オレが何を言ったのか、コーバッツ達は理解できなかった。そんな意味不明なこと、ある訳無いだろう……。

 しかし、オレの様子をみてか、すぐに思い至った。

 今、自分たちがここに来たことを知っている他人は、オレとリズベットしかいない。もしも、オレ達が来ていなかったと証言したら、その時彼ら自身がどこにもいなかったのなら……来ていなかったことになる。【判決状】は発動できない。

 皆殺しにする―――。悪いのはオレじゃない、こんな世界にしたお前たちのせいだ。

 部下たちが/リズベットすらもオレの殺意に当てられてか、息を呑まされた。カタカタと震えている奴までいる。

 その重々しい空気の中、コーバッツだけは気丈を保ってみせた。

 

「……確かに、コレは無効になるだろうな。

 だが、代わりはいくらでもあるぞ? それに、すでに本人の目の前で説明した。もしも、我らが殺されたとしても、どうしてそうなったのかが判明すれば、すぐに発動される」

 

 思わず、舌打ちを零した。

 コピーを取ってやがったか……。その場合、皆殺しの意味はない。第一階層を完全支配している【軍】ならば、【生命の碑】もまた占有している。誰がいつどこでどのように殺されのか、すぐに正確に把握できる。

 殺意を退いた。……退かざるを得なかった。

 

 同時に、不審感が募った。何かおかしすぎる……。

 あまりにも用意周到すぎだ。マスタースミスとは言え中層域の女性プレイヤーを捕えるには、過大仕掛けだ。もっとコストの低い方法があるはず。それに、そんなことできるのなら、何故今までやってこなかったのか? なぜこのタイミングで……

 チラリと、リズベットに目を向けた。彼女が大事そうに抱えているモノが映って―――閃いた。繋がった。

 出てきた仮説にすぐに、「あり得るのか?」と自問した、あまりにも早すぎる/予期などできるわけがない。だが、準備はできる。達成されると見込んで、横から掠め取れるように罠を仕掛ける。通常のクエストなら、【判決状】を用いてまでやらないだろうが、今回のモノなら採算は見込める。

 隠しきれず、歯噛みした。なぜもっと早く気づけなかったのか、警戒できなかったのか、ゲームの転換期だと分かっていたのに―――。悔やみきれないが、今すべきことは反省じゃない。

 素早くリズベットの傍までよると、声を潜めて確認した。

 

(……リズ、これだけの金、持ってるか?)

(え、何? こんなもの……払えって言うの!? ありえないわよ!)

(そうだとは思う。だけど払わないと、アイツが言ったとおりのことが起きる。……今後君の資産全ては、【軍】に管理されてしまう)

 

 言葉足らずながら、オレの深刻さは伝わってくれたのだろう。困惑していたリズベットの顔が、戦慄で凍った。

 冗談だと言ってやりたいが、もうどうにもならない……。あまりにも理不尽だ、クソゲーだ、やってられない。でも、そんなことをまかり通してしまう怪物がいる。それが【軍】という最大ギルドだ。……自分の無力さが嫌になる。

 

(……持ってない。商品全部売り払っても、こんな額―――)

「―――この店を売れば、それなりの金になるのではないか?」

 

 コーバッツがこれ見よがしに煽ってきた。まるで、今までの仕返しとばかりに……。

 苛立つも言い返せないでいると、

 

「払わないのではなく、支払い能力が無いということならば、また話は違ってくる。

 その場合、資産の管理権の徴収は起きない。代わりに、残りの額を分割し定期的に払ってもらうことになる。ただし、分割に応じて利息を付けさせてもらう」

 

 利息まで払わせることで、借金漬けにする……。実質支配されているようなものだ。速攻で王手をかけられないのなら、ジワリジワリと絞め殺していく二段構え、店まで取られたらまともに働けなくなる。……趣味が悪すぎる。

 ダメもとで、あがいてみた。

 

「……足りない分は、オレが払う」

「だ、ダメよ! アンタにこんなことまでしてもらうわけには―――」

「どんな名義で? お前は彼女の何だ? 

 ただのパーティーメンバーかフレンドでしかない相手からの金銭ならば、強奪したと判断される。……彼女の罪が増えるだけだぞ」

 

 やっぱり、そうきたか……。贈与/貸与と強奪の境界は、実のところ曖昧だ、当事者たちの思い込みによって決定される。外からはイジメられてると見えても、中身は軍事訓練だったりする。なので、ここの裁判上では全てを『強奪』と断定する。……交友関係を利用することも封じられていた。

 

「……いつまでに、払わないといけないんだ?」

「今から24時間以内だ」

「だったら、明日にでも改めて来てくれないか?」

「ダメだ。逃走しないよう監視させてもらう。

 それと、今日我らがここまで来たのは、彼女の資産状況を正確に調査するためでもある」

 

 わざわざこの人数できたのは、そのためか……。容赦がない、徹底している。万が一にも払いきれたとしても、現在の資産状況は把握してしまえる。普通ならぶっ飛ばされて終わりだが、抵抗すれば反逆行為だ。……公権力はモンスターよりもモンスターだ。

 『調査』しようと土足で入り込もうとするのを、もう一度だけ割り込んだ。

 

「もう一つだけ、聞かせてくれないか?」

「しつこいぞ! そんなに共犯になりたいのか―――」

「もしも、ここで彼女を見逃せば、アンタらが共犯者として裁かれるのか?」

 

 その質問にコーバッツは、言葉を詰まらせた。すぐには答えられなかった。

 【判決状】の裏の効果。刑の執行者もまた、契約に従わなくてはならない。もしも従わなければ、『汚職』の烙印を押される。受刑者より酷い罰が待っている。

 

「……そのような『もしも』がありえないからこそ、我らはここにいる」

 

 なので、裏切ることができない。契約の完遂こそが良心だ。プロフェッショナル以外は人間じゃない。

 ガスマスクに遮られて、どう判断したらいいのかわからない、コーバッツがどういった人間なのか/本心を。ソレも予防策の一つなのだろう……。コチラで勝手に、決め付けるしかないらしい。

 

「では、監査を開始させてもらう。まずは―――その剣からだ」

 

 真っ先に、目的であろうモノを指定してきた。

 あまりの拙速さに驚かされた。ソレが目的のモノだったと知らないからか、ただの嫌がらせか? そもそも、コーバッツには知らされていないのかも……。

 製作したかどうかまではわかるわけがない、ただの偶然だろう。だが……好都合だ。悪運続きだったが、ギリギリで上向いた。

 

「こ、コレは、キリトに依頼されたもので―――」

「―――わかった。ただし、手荒な真似したりモノにケチつけてないかどうか、見届けさせてもらうぜ」

 

 リズベットが真実をバラすのを遮りながら、エサに食いつかせるままにした。……これで、被害は最小限に抑えられるはず。

 

「……好きにしろ」

 

 嫌がる彼女をどうにか宥めながら、せっかく作ってもらった極上の逸品を渡させた。

 

 

 

_




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。