_
―――あれから一体、どうなったのだろうか?
オレ達は、どうなったんだ……。こうやって考えられているのだから、無事でいいのだろうが、まだどこかフワフワとして落ち着かない。
体の感覚は……ある。心臓もドクドクと脈打ち、熱に満たされている。呼吸もちゃんとしていて胸が動くのを感じると、背中に硬く冷たい感触が伝わってきた。
恐る恐るもゆっくり目を開けると―――間近に、リズベットがいた。彼女も同時だったのか、互いに向き合う。
呆然と、しかし互の手は固く握りながら地面に仰向けになっている姿が、映っていた。
「生きてる……のよね?」
「ああ。生きてる……」
ボソリと呟き合うと、徐々に実感が沸いてきた。
周囲を見渡しても、あの眼下に広がっていた光景はなかった。視界を占領していたあの硬い地表はどこにもない、あるのは晴れ渡った長閑な青空だけだ。
転移はギリギリ、成功したらしい。オレ達は九死に一生を得た。
「は……はっはっ! アハッハッハッハーー―――」
生きてる、生きてる、生きてる! マジありえねぇ―――。
どちらも、笑い声をあげていた。何がおかしいのかも分からず、ただただ腹の底から笑っていた、とめどなく溢れてくる。
笑い続けていると、目尻に涙まで溜まってきた。まるで、今更ながら恐怖に締め上げられたかのように、奥底から絞り出された。
気持ちが落ち着くと、よっと体を起こした。隣のリズベットへ顔を向ける。
どうして先に帰ってくれなかったんだ……。口に出そうとしたが、やめた。言うべきことではないように思った。
代わりに、なにを言えばいいのか一瞬ためらうも、
「リズ」
「なに?」
「助けてくれてありがとう」
素直に感謝がでてきた。
彼女がいなかったら、オレは今ここにはいなかった。ゲームオーバーだった。
「……べ、別に大したことじゃないわ。
アンタには何度も助けてもらったから、一回ぐらいは返しておかないと、決まりが悪かったから……それだけよ!」
言い切るとフン、そっぽを向かれた。しかし、隠しきれずに見えた横顔は、耳まで赤くなっていた。
恥ずかしさを自覚してか、コホンと咳払いをすると、話題を変えてきた。
「あのドラゴンさ、どうなったと思う?」
「地面に激突したのは、確かだろうな。あの高さからだから、生き残ってるなんてありえない。けど……経験値入ってないみたいだからな」
「え―――あ! ……そうみたいね」
「高所落下とかフィールドの特性使って倒すと、倒したモンスターの所有権は早い者勝ちだからな。直前で転移も使ったし、逃走したとか判断されたのかも」
実際そうなので、文句は届かないだろう。……近くにいた/最初に駆けつけれたプレイヤーの漁夫の利になる、所定時間が過ぎたら何もなかったことになる。
アレだけのモンスターだったら、レベルアップの一つや二つしてもいいぐらいの経験値が加算されてもいいはずだ。なのに……全くない。ドロップアイテムすらない。……剣折り損だ。
「それじゃさ、一旦戻ってみて……確かめてみる?」
「…………やめとこう」
万が一にも生きていたら……。考えたくない。
さすがにもう、アレの相手は懲り懲りだ。命がいくつあっても足りない。無責任ではあるが、自分の命は最優先事項だ。
見なかったことにしよう……。リズベットも頷いてくれた。
立ち上がると、大きく体を伸ばした。
「さて! リズのホームまで帰るか」
「うん」
「それじゃ、もう一回転移結晶を使って―――」
「待って! どうせなんだし、歩いて帰りましょうよ」
ストレージから転移結晶を取り出そうとするも、止められた。
今日は色々と疲れたから、もったいないもののサクッと転移した方がいいのでは……。リズベットの顔を見て、考えを改めた。
「そうだな……。そうするか」
確かに、転移だと味気なさすぎる。これまでの濃密な冒険を消化するには、そのぐらいがいいだろう。
自然と二人、手をつなぎながら、帰り道を歩いていった。
◆ ◆ ◆
『Close』の看板をひっくり返すと、扉に設置していたメールボックス/ポストを確認した。
開封したメッセージを見て、リズベットは眉をひそめた。
「どうした、不幸の手紙でも入ってたか?」
「……武器の納品の催促状よ、職人ギルドからのね」
今日来ることすっかり忘れてた……。すっぽかしてしまった割には、別に大したことじゃないと平然としていた。むしろ幾ばくか、せいせいしたとも感じられる。
「どういうことだ? 職人ギルドが武器を欲しがるとか、自分で作ればいいものを―――あ、そういこと?」
「そう。ギルドはただの仲介、本当に欲しがってるのは【軍】の人たち。
どこのフロアか忘れちゃったけど、武器調達クエストにハマってるらしくてね。私たちに何百本も粗末な武器を作らせてるわけ」
武器調達クエストのための、大量発注……。リズベットは、皮肉な笑いを浮かべながら肩をすくめた。見た目とは違い職人気質の彼女には、不愉快な仕事なのだろう。
「嫌なら断る、てわけにはいかない?」
「この店を買うのと維持費で、かなり無理してるからね。嫌な仕事でも生活のためには仕方がない、てとこよ」
苦笑をこぼすとそのまま、返事をまたずに扉をくぐった。
「……ただいま」
誰もいない店に向かって、小さくつぶやいた。いつもなら店子NPCが反応してくれるのだろうが、今日は店を閉めていたので誰もいない。声は寂しく霧散していく。
なので代わりに、
「おかえり」
オレが答えた。
突飛な返事に、思わず振り向くと
「……なんでアンタが言うのよ?」
「ただの独り言さ、リズと同じな」
とぼけるとそのまま、なにか言われる前に中に入った。
一人であることに慣れすぎたのか、この風景はいつもの日常だった。寂しくも辛くもない、他人にとやかく言われる筋合いもない。ただ、同じような他人を見てしまうと、どうしても自分と同じような態度ではいられない。……我ながら、何とも身勝手な振る舞いだ。
無理矢理な打ち切りに不満そうにするも、すぐに話題を切り替えてきた。
「日帰りで終わると思ってたのに、何だかんだ……かかっちゃったわね」
「そうだな。こんだけしんどいなんて、思わなかったよ」
楽勝とは言わないまでも、日帰りは確実だと見込んでいた。なのに実際は、一泊二日の昼帰り、大事な命を3回は落としそうになったハプニングつきだ。おまけに、フロアボスクラスのモンスターとの遭遇戦。……体力はまだ無事だが、精神的にはクタクタだ。
互いにメニューを展開し、装備を解いて身軽になっていった。
「あぁッ!? やだ私、コレ付けたまんまだったの!」
頭から湯気が吹き出しそうなほど、真っ赤に恥ずかしそうにした。
何を言ってるのか一瞬首をひねるも、改めてその姿を見てポンと、理解できた。
彼女はずっと、オレが貸した『夜猫シリーズ』を装備したままだった。黒猫メイド姿で街を歩いてしまった。……色々とごたついて/それどころでもなく、ここまで気づくのが遅れてしまった。
「気にすることは、ないと思うぞ? 遠目じゃ、誰かまではわからないだろうし。何よりソレ、結構似合ってるしな」
「……それ、慰めてるつもり?」
静かな怒気に、思わず顔を逸らしてしまった。
「……この際だ。そういう方面でアピールすれば、新しい顧客をゲットできるんじゃないのか?」
「要らないわよ、そんな客! そこまでガッついてないから」
怒鳴りつけると、すぐさま夜猫シリーズを取り払い、返品してきた。
機嫌もひとしお。ようやく元通りに戻ると、ようやくここに来た案件に取り掛かった。
「もうお昼だし、食べてからにする?」
「悪い、先に修理だけでもしてくれ。折れたままだと落ち着かなくてな」
背中の鞘からスラリ、だいぶ軽くなった/折れた愛剣を取り出した。
これ以外にも補助は用意しているが、性能差は段違いに低い。愛剣の凄まじい耐久値の高さもあって、補助の剣を鍛えるのを怠ってもいた。
剣が折れた情報がすぐに漏れたとは思わないが、もしものことがある。オレは幾らか他人の恨みを買ってきた。格下ならば対応してみせるが、団体やそうでない相手なら愛剣が欲しい。いざとなったら戦えないのは、不安だ。
「……わかった。
どうせなら、もう一本も作っちゃおう」
ニコやかにも軽く、言ってくれた。
「ありがとう、助かるよ。
二階で待ってた方がいいか?」
「一緒に来て。椅子は用意してある」
「いいけど……邪魔にならないか? オレ【鍛冶】はそこそこしかないから、手伝えそうにないぞ」
「手伝ってくれなくてもいいの、傍で見てるだけでね。
ただの耐久値の回復とは違って、『魔剣』の本格修理には、どうしても持ち主が傍で見ている必要があるのよ」
じゃなきゃ失敗する……。どう判断すればいいのか、リズベットの顔をまじまじと見つめた。
「……言っとくけど、迷信とか私のやる気の問題だけじゃないからね」
「修理するための必要条件、てことか?」
「そういうこと。……もしかして、折ったの初めてだった?」
「前線だと折れるまで戦ってたら、その瞬間ゲームオーバーみたいなものだからな。耐久値にはいつも気をつけていた」
ここまで酷使したのは初めてだった……。言ってすぐに後悔した。こういう風に言ってしまえば、彼女ならマイナスに受け止めてしまう。
補足しようと言い直そうとしたら、
「そっか。そういえばアンタは、攻略組なのよね……」
私とは違って……。別の意味合いで、落ち込ませてしまった。寂しそうに顔を俯かせる。
しかしすぐに、何事でもないかのように顔を上げると、
「それじゃ、ちゃちゃっと完全修理して、もう一本『魔剣』を作ってやりますか!」
「お、おう! ……最高の頼むぜ、マスタースミス」
任せておきなさい……。ドンと胸を張りながら、自信に満ちた熟練職人の微笑をむけてきた。
意気込みながら二人、鍛冶場へと向かった。
◆ ◆ ◆
カン、カン、カン―――……
鍛冶場中に響き渡る打撃音。大胆でありながらも繊細な鍛鉄作業。リズミカルに、渾身を込めて打ち込まんでいく。
カン、カン、カン―――……
金づち一つで、赤熱している未知の金属と戦っている。極度に集中しているのか、それ以外見えていないようなトランス状態。まるでオレが、最前線の初エンカウントのモンスターと戦っているときと同じだ。
カン、カン、カン―――……
溶かしては鉄床で叩いて、また炉に入れ溶かして。何度も何十も繰り返す……。刃が鍛えられていく打撃音が、鍛冶場に満たされていった。それ以外の全てが消えていく。
時間を忘れるほどの時が過ぎたあと、ようやく形が整った。
最後に、水の中へ入れて冷やされると―――懐かしい漆黒の刀身があった。
傷一つない、折れていたとは思えないほど新品同様。完璧な修繕だ。
「―――ふぅ、できた……。
コレでいいかしら?」
「ああ、完璧だ……」
幾つか褒め言葉を用意していたが、それ以外には何も言えなかった。ただただ、彼女の真剣な作業と完璧な作品に目を奪われてしまっていた、ため息がこぼれてしまうほどに。
刃を渡すと、服の裾をたぐり止めていたタスキをほどき、髪を保護していた耐熱性のタオルをバサリ、取り払った。そして、傍の棚に用意していた水差しからガブガブと、回復ポーションらしい液体を飲んだ。まるで流し込むかのように、ほぼ一息でカラにしてしまう勢いで飲み干していく。HPバー自体が危険域にまで縮小していたのも、元に戻っていく……。
オレは、大きな誤解をしていた。鍛冶というのが、こんなにも大変な仕事だったとは思いもよらなかった。
頭のどこかで、生産系の職種をバカにしていた。前線で命懸けで戦っている攻略組こそ最も偉いのだ/皆を引っ張っているのだと、彼らはその安全な後方で商売や趣味に勤しんでいるだけだと、一般的な偏見に染まっていた。
しかし、一連の作業を見せてもらった今、ソレがとんでもない間抜けな考えだとわかった。彼女たちが日々戦っている金属と炎は、最前線のモンスターにも匹敵する強敵だったと。未知の金属はいわば、フロアボスと対決するようなものだ、たった一人で。
口元から溢れるのも構わず一気飲みすると、ゴン―――叩きつけるように棚の上に戻した。
ぷはぁ~ッと盛大な吐息をこぼすと、ヨロつきながら椅子の上に腰を下ろした。……やりきった満足感で明るく見えるが、骨から染み出したような疲労感もまた目に付いてしまう。
「後は、柄と鍔を付け直すだけね」
「それは自分でやるよ。調整は感覚に合わせてやりたいからな」
「そう……。それじゃ、私はもう一本の製作ね」
さらりと驚くべき発言に、思わず目を丸くしてしまった。
「休憩しなくて平気か?」
「大丈夫……ではないけど、先の感覚が手に残っているうちにやりたいの。『魔剣』を打ってる感覚をね」
金づちを持っていた手をグーパーしながら、先の残響を頭の中で再現していた。そしておそらく、まだ誰も知らない未知の『魔剣』の姿を思い描きながら、マスタースミスとしての闘争本能を再び滾らせていく……。
修理だけでこの有様なのに、製作ならどんな目に遭うのか……。止めるべきなのだろうが、声が出なかった。彼女にしかできないし、今ではして欲しいとも思えない。何より、ソレの生誕の瞬間をオレ自身が待ち望んでいた、彼女に求めていた。
こと鍛冶については、オレとリズベットの立場は逆転していたらしい。……オレはただ、邪魔にならないよう/どれだけ無茶に見えようが従うだけだ。
「オレは、傍にいた方が……いいのかな?」
「製作については必要条件ってわけじゃないから、構わないわよ。柄の取り付けやってて」
「……わかった。邪魔しないように外でやるよ」
そう言うと、修理してくれた刃を持って、鍛冶場から出て行った。
その背中に、
「―――絶対に、作ってみせるわ」
リズベットが真っ直ぐに、宣言してきた。
オレはただ「頼んだぞ」と、向けられた瞳に無言で託した。
_
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。