偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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63階層/魔獣結界 金のビースト

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 振り抜いた剣。切り離されたリズベットの頭部が舞い上がり……ボトリ、地面に落ちた。

 コロコロ転がると、止まった。先まであんなにも生き生きとしていたのが嘘のように、まるで時が止まってしまったかのような茫然とした顔のまま、瞳は虚空を見つめる。

 オレもまた、同じように止まっていた。心を/感情を微動だにせず、ただ機械的に見つめた、息も止めて。

 時間にして僅かながらの対峙、しかし数時間にも濃縮されたかのよう。コレでよかったのか? まさか見誤ったのか? 本当はほんとうに、間違っていなかったか……?

 息つまる沈黙に耐え切れなくなる―――寸前、ギョロリとリズベットの瞳が動いた。左右狂ったように動き回ると、オレに焦点を合わせてきた。そして唇まで、ぎこちなくも動かしてくる。

 

「―――ナゼ、ワカッタ……ノ?」

 

 出てきた声は、リズベットとは似ても似つかぬ機械音。女性を思わせる音だが、明らかに人のものではないとわかる。……そもそも頭部だけで喋れる存在など、人以前に生物とも言えないが。

 胸の内でホッと安堵。気づかれぬように不敵な笑みを浮かべた。

 

「うわ……。まだ息あるのかよ。

 悪いけど、先にこっちの質問に答えてくれ」

 

 お前は誰だ……。リズベットに瓜二つながらも、異なるもの。真似しているだけの人形ではあったが、あまりにも精巧にできすぎていた、入れ替わっていたのがわからないほどに。

 気づけたのは、偶然だった。さらに賭けでもあった。証拠は幾つか揃えているが、判断は直感頼り。もしも間違っていたらと思うと……我が事ながら、冷や汗が止まらない。

 

「ワタシハ、防衛プログラムノヒトツ。コノオクニアル【異界接続体】ヲ隔離スルタメノ、番人デス」

「……そんなことだろうと思ったよ。会話できるのにはビビったけど。

 ちなみにその、【異界接続体】とやらが何なのか、答えてくれるとありがたい」

「質問二ハコタエマシタ。今度ハコチラノバンデス」

「……すごいなお前、駆け引きもできるんだ」

 

 頭だけのくせに、生意気な……。答えてやるかどうか悩む、見事賭けに勝った名探偵らしく餞をくれてやるべきか否か。無理やり聞き出そうにも頭だけじゃ難しい。

 なので答えは―――否だ。

 

「それじゃ、次に二つ続けて教えてやるから、先に答えてくれ」

「交渉ニハオウジマセン。質問ニコタエヌカギリ、ワタシノコタエハ沈黙ダケデス」

「……そうか、譲っちゃくれないか。

 それじゃま、仕方ない―――」

 

 ニコリと微笑みを浮かべると―――ガン、頭部に剣をぶっ刺した。

 

「―――じゃあな」

 

 短く別れを告げると、番人のはガラス塊となり……砕け散った。

 遅れて切り離された胴体も砕けて、消えた。

 

 これだけ高性能なAIが相手では、どんな情報を与えても命取りだ。

 遅かれ少なかれ、ここの情報が漏れてプレイヤーがやってくる。その時、対策なしでは被害が甚大なものになってしまう。二人だけだから消去法でわかったものの、3人以上になると特定は困難だ。同士討ちの悲劇が起きる。

 わざわざ試行錯誤の機会を与えてやる必要はない。できれば次も、同じミスを繰り返して欲しい。

 

 完全に消滅するのを確認して、剣を鞘に納めると―――グニャリ、周囲の光景も歪んだ。ひどい頭痛に思わず、額を抑えた。

 グラグラ揺れる地面、まるで【酩酊】したかのような気持ち悪さ。無限に横滑りしていくかのような不安定感に襲われた。まるで、洞穴が写し出している万華鏡の光景がシャッフルされているかのように、本物のはずの自分が鏡像達とごっちゃになっていく。あるべき形へのシフト―――……

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 視界は真っ暗闇。いつの間にか瞼を閉じていたようで、恐る恐るもうっすら開けていく。

 足はちゃんと、地面を踏みしめていた。平衡感覚は正常。ただ、二日酔いに似た気持ち悪さがまだ、頭に残っている。それでも頭痛をおして、開いていくと―――

 目の前には、大空洞への出入り口があった。

 目をこすってもう一度確認するも……ちゃんとあった。頬をつねってもみるも……変わらず。大空洞への出入り口だった。

 

(戻ってきた、でいい……だよな?)

 

 恐る恐るも大空洞を覗いてみるも、前に見た光景と同じ。転移させる壁もなく、別のエリアへ転移することもなし。

 確かに、元のエリアへと戻ってこれた。

 

 洞穴の奥へと踵返すと、再びの岐路。……嫌なデジャブだが、今度は大丈夫なはず。

 右の道へと進んだ。本物のリズベットの元へ―――

 

 

 

「―――よ、リズ! 待たせたな」

「へ……キリト!? なんでそっちから?」

 

 目を丸くしながら見つめてくるのは、先ほどオレが斬ったのと同じリズベットだ。

 違いがわからない……。もう番人は消滅したはずだが、疑心は晴れず。

 なので、先制攻撃だ。

 

「色々あってな。

 それよりも、ちょっと確認を―――」

 

 問答無用でリズベットの元に近づくとヌッ―――と、目と鼻の先まで顔を近づけた。そしておもむろに、ピアスへと手を伸ばす。

 

「ちょぉッ!? なに? な、なんでいきなり、こんなところで―――て、へ?」

 

 ピキッ……。壊れた。簡単にチェーンが外れ、小さな涙滴型の結晶が手のひらに落ちる。コペルに渡された改造結晶/耐久値のない試作品だった。

 ホッと一息、胸をなでおろした。目の前の彼女は本物だった。

 安堵から一気に肩の力を抜いていると、逆にリズベットがワナワナと震えてくる。

 

「な、な……何してくれんのよッ! まだ使えたのにぃ!」

「悪いわるい! これしか確かめる方法がなかったんでな」

 

 怒り心頭のリズベットに謝罪と、これまでの経緯を話した―――

 

 

 

「―――まさか、そんなことが……あったなんて」

「信じられないかもしれないが、事実だ。危うく騙されるところだったよ」

 

 今でもまだ信じられない、目の前のリズベットとアレの違いが。あまりにも精巧な偽物だった。……若干、本物よりも美人に見えたような気が、しないでもない。

 そんな気の迷いは決して口からこぼさず、なんでもナシを装った。

 

「それで、オレが転移した後、変わったことはなかったか?」

「特には何も。入ったきり出てこないから、追いかけようか迷ったわ」

「よく堪えてくれたな。そう言えば、30分はギリギリ……だったかな?」

 

 アウトだった……。時計を見ると、一時間は過ぎてないものの30分は明らかに過ごしていた。そんなに足止めを食らった覚えはなかったが、緊張していたからだろうか……。本当に、よく踏みとどまってくれた。

 

「さっきアンタが戻ってきたちょっと前、いきなり転移の壁が消えたの。それで、何事かと思って覗いてみたら……まさか後ろからですもの。心臓に悪いわよ」

「文句はコレを作った奴に言ってやろう。

 オレを騙した番人とやらが言うには、奥に何かあるらしい。ここはそのための封印だとか」

「封印、て……なんだかヤバそうね」

 

 行ってみるか……。ここまで来たらもう、後戻りなど勧めない。奥に何があるのか確かめるのみ。

 オレからの誘いに少々驚きを浮かべるもニヤリ、不敵な笑みで返してきた。

 二人で、洞穴の奥へと進む―――

 

 するとまた、分かれ道。

 ただ、左右への分岐なれど、戻らされたかのような/かつて見せられた光景だった。

 

「また分かれ道……というか、こっちは左の道に続いてるのかな?」

「たぶん、【索敵】で調べた限りではそのはず。……どっちから進んでも同じだったんだな」

 

 分かれ道だと思っていたのに、すぐに合流した。ただ転移の壁が邪魔をしていただけだった。……苦笑するしかない。

 

 真っ直ぐさらに、奥へと進むと―――また巨大な空洞が広がっていた。

 ただし今度は、色とりどりの金銀財宝宝玉が山のように積まれている宝物蔵だった。

 高さはざっと、オレの背丈の10倍はある。広さはというと、山の麓の村がまるまるおさまってしまうほど。フロアボスのエリアと同等かそれ以上だ。明らかに結晶山のキャパシティを超えてるような大空洞だったが、キラキラしゃらしゃらと、眩しすぎる煌きと心地よすぎる音色の調べにどうでもよくなる。思わず目を輝かせ、思いっきり飛び込んでしまいたくなる夢の光景……

 なので「ひゃほぉ~い!」と、リズベットとともに歓声をあげようとした。ともに宝の山の中へダイブしようとしたが……寸前でこらえた。いや、戦慄させられた。

 はしゃぐリズベットの襟首をつかみ、無理矢理に引き寄せる。そして瞬時に、手短な物陰へと隠れた。

 

「ちょ、なにッ!? 何すんの―――」

「シィッ! 静かに」

 

 手で口を押さえ強引に黙らせると、息を殺した。感覚を研ぎ澄ます、気取られぬよう慎重に【索敵】の網を広げる……。

 モゴモゴと説明を求めるリズベットにそっと、元凶を指し示しながら小声で説明した。

 

(あそこら辺。あの金貨の山が、不自然にボコって膨れてる場所を見てみろ)

(何よ? いったい何があるって言うの―――……ッ!?)

 

 ようやく、事の次第を理解してくれた……。悲鳴を上げられそうになるのを、寸前で止めた。

 その巨体のほぼ全ては、宝の山に隠れて見えづらくなっている。だけど確かに、そこには―――ドラゴンが眠っている。

 

 金銀財宝のひんやりが気持ちいいのか、スヤスヤと/巨大ゆえにブゴブゴと寝息が聴こえてくる、同時にシャラシャラと財宝たちが奏でる音色も。

 リズベットに見せたのは、少しだけ突き出ているドラゴンの鼻の部分。鼻息に吹かれ宝の山が動かされていた。そこからたどっていくと、裸眼であってもドラゴン全体の輪郭がみえてくる。……【索敵】を持っているオレは、ここに入った瞬間に縮み上がらされた。

 

(……ねぇ、ドラゴンってまだ、出てきてない……よね?)

(似たような亜竜(ドレイク)は、フロアボス戦で何回か見たことがある。ただその亜竜であっても、今の前線でもまだ出てきてない。あんなのは至っては……初めてだよ)

(亜竜って、こんなサイズとか凶悪さ……ないわよね)

 

 ないよ……。もしも亜竜であったら、幾らか対策もあったのだが……残念ながら違うのだろう。

 あくまで亜竜は、恐竜に近い/現実世界でもありえるかも知れない存在だ。巨体のモノもいれば小回りが利くモノも、飛行能力を持っている翼竜やらワニを巨大化させたモノもいる。その凶暴な面構えといい、実に厄介な強敵だ。ただしおおむね、その体は現実の重力や物理法則に従っている。翼竜ならば、空を飛ぶために防御力と体力を捨てている/柔で打たれ弱い。

 しかし、目の前のドラゴンには、そのような等価交換は見当たらなかった。

 そんなもので飛べるのかわからないが、翼はきちんと折りたたまれている。鯨並みの巨体をどうやって動かすのかわからないが、手足にはち切れんばかりに詰め込まれている筋肉は是と答えている。そもそも、空を飛べるのにどうして足が重厚そうに発達しているのか、巨木並みの尻尾など邪魔なだけだ……。存在そのものが世界の法則を破ることで成り立っている、まさしく幻想種だ。

 

(ここは一旦、引き返した方が無難なんだろうけど……どうする?)

(どうする、て……まさか戦う気!?)

(いやいや、そこまで向こう見ずじゃないよ。

 あの宝の山の中に、【★6】があるのかもしれないからどうする、てこと)

 

 希望が見えてきた。ここには確実に、目的の金属があるはず。……ここに落ちた時の予感は現実になりそうだ。

 

(オレ【鑑定】はそこまで上げてないからわからないけど、リズはどうだ? あの宝の山、どれくらいの値打ちかわかる?)

(触ってみないことには、判断つけられないんだけど……どれもかなりのモノよ。

 あの一番多く積まれてる金貨は、たぶん【王金・★4】か下手したら【★5】で鋳造されてるのかもしれないわ。だから30枚ほどあれば、私のホームを一括購入できるぐらい)

(マジか……。あの水車小屋って、格安の物件だったの?)

(なわけないでしょッ! やりたくもない営業スマイルとか、食べたいお菓子とか着たかった服とか色々我慢してよぉうやく手に入れたもんなの! 私の宝物よ)

(悪かった、冗談だって……。

 だとすると、全部持ち帰ればフロア丸ごと買い取れるかな?)

(買い取ってどうするのよ? てか、誰が売ってくれるのよ?)

 

 茅場と交渉する……は無理か。100層まで登らないといけないしな。

 一つのフロアだけかもしれないとは言え、土地や家屋の独占を妨げるいい手だと思ったけど……現実は難しい。そもそもまだ手に入れてもいないし。

 

(どれが一番値打ちがありそうかは、わかる?)

(どれも規格外すぎてわかんないわよ)

(それじゃ、【★6】っぽそうなインゴットは?)

 

 ここに来た目的の宝だ。とりあえずは、それさえあればいい。

 

(……ここから見える限りじゃ、なさそうね)

(だとしたら、後ろの方か……)

 

 回り込まないといけない……。気持ちよく眠っているとはいえ、ドラゴンの横をだ。かつて一度だけ、死に物狂いでようやく倒せたドラゴンをだ。しかもその時とは違って、ほぼオレ一人でだ。……無理ゲー過ぎる。

 でも、必ずしも戦わなければならないわけではない、まして勝たなくてはならないわけでも。スニーキングミッションだ、目的の宝さえ手に入れて逃げればいい。やり方は如何ようにもある。

 

(……虎穴に入らずんば虎徹を得ず、ね。ここまで来たんだから、ただじゃ帰りたくないし。

 いいわ、やったろうじゃないの!)

(オーケー、いい根性だ! ……あとは任せたよ)

(ちょっと!? この流れで逃げるって何なのよ?)

(冗談じょうだん。ちゃんと立ち向かいますよ。

 ただ、戦って勝てる相手じゃない。気づかれたらほぼアウトだから、準備が必要だ―――)

 

 メニューを展開するとストレージから、一つの指輪を取り出した。

 

(【静謐の守り手】。付けてるだけで隠蔽率をほぼ100%にしてくれる魔法の指輪だ。コレを使えば気づかれないはず)

(……相変わらず、何でも揃ってるのね。

 ソレがあれば楽勝じゃない!)

(そうなんだが……コイツには弱点がある。相手に触れるか声を聞かれるかしたら、隠蔽効果がなくなる。逆に、一気に周囲のヘイトを集めてしまうんだ。装備すると【威圧】耐性がマイナス補正になるから、逃げるのも難しくなる)

 

 コレを応用して、壁戦士がヘイトを集めることもできる。そんな荒業を使いこなすクレイジーな攻略組もいる。ただ、あくまで応用でしかない。貴重な指輪装備枠を潰すほどの価値はない。必ず先制攻撃で倒す暗殺/電撃戦の場合なら、効果抜群だ。鬱陶しい格下の相手との戦闘を簡略化するのにも使える。

 リズベットに渡すともう一つ、ストレージから取り出した。

 

(もう一つは―――コレだ)

 

 次に取り出したのは、ちょっと変わった/とある獣の足を模倣したブーツだ。

 

(ちょ……なに、この靴?)

(【夜猫の忍び足】。この通りかなり奇抜なデザインだけど、高所落下の耐性が強いこと、何よりどんな地面であっても足音がならないんだ。たぶん、この肉球が超優秀なクッションになってるんだと思う)

 

 さぁ、履き替えてくれ……。ここまで使ってきた登山用のブーツは、頑丈さや【スリップ防止】やら【凍結防止】などの性能があって優れてはいるが、スニーキング用ではない。変える必要がある。

 

(……指輪だけじゃ、ダメ?)

(指輪は装備者の存在感を消してくれるけど、いた痕跡までは管轄外だ。これだけの広さなら体臭の残り香では辿られないだろう。けど、あの宝の山の上を歩くんだから、どうしたって足音が響く)

 

 臭いのきつい獣皮装備やら、損傷して【出血】/返り血を浴びていないのなら、指輪だけで事足りる。あのドラゴンの嗅覚がどれほどの性能なのかはわからないが、もしも超優秀ならば、すでに気づかれていてもおかしくないはず。

 だから後は、足音の始末だけだ。

 

(ソレはわかるんだけど、ちょっと……奇抜過ぎるわよ)

(大丈夫、ここにはオレとリズしかないよ。

 安全第一だ、使ってくれ)

(何よ、もしかして一つしかないの? だったら―――)

(オレは【隠蔽】鍛えてるから必要ない。今履いてるブーツも、それなりに足音鳴らないタイプのものだし)

(……【隠蔽】も鍛えておかなきゃダメみたいね)

 

 嫌いやながらも、肉球ブーツに履き替えてくれた。

 

(もう一つ、コレも―――装備してくれ)

 

 さらにもう一つ、ストレージから取り出して渡した。

 

(…………何なの、コレ?)

(【夜猫の利き耳】。頭装備で、この通りカチューシャみたいなモノだ。

 コレもかなり奇抜なデザインだけど、集音率がすごいんだ。分厚い石の壁越しでもハッキリと聞こえるし、集団戦で混戦になっても誰が何を喋ったのか聞き分けられる)

(私が聞きたいのはそういうことじゃなくて! なんでコレなのか、てことよ)

(指輪つけたら声を上げられない、て言っただろ? オレは【索敵】で周囲を把握できるけど、ソレをリズに伝える術がない。【腹話術(テレパス)】なら聞かれることはないかもしれないけど、危険は犯せない)

(待って! 【腹話術】て……そんなスキルあったの?)

(ん? ……あぁ、システム外スキルだよ。使える誰かがそう呼び始めて定着した。

 名前の通り、口を動かさずに声だけ伝えることができる。どれだけ近くにいても、NPCとかモンスターとか他プレイヤーにも聞こえない、【読唇術】を使えるプレイヤー以外にはね。……リズは使えないだろ?)

 

 【腹話術】と【読唇術】はセットでなければ意味がない内緒話スキルだ。発見当初は使える者は、そもそも知っている者すら限られていた。今では認知度も高まり、攻略組の中では使える者も増えてきた。

 習得が難しいのは【読唇術】の方で、【腹話術】はそうでもない。システムが認識しないよう、ゆっくりと微妙にタイミングをズラして喋ればいいだけだ。システムの介助がないためちゃんと認識していないと、宇宙人の言葉に聞こえたり愉快な伝言ゲームになってしまう。

 

(……教えてくれたら、すぐ使えるようになる、てわけにはいかないのよね?)

(さすがにな)

 

 指南できないわけではないが、フィーリングでやっている所が多々ある。理論づけて説明することができない。そもそも、やり方が合っているのかどうかも不安だ。……多額の講習料を取られるが、鼠の情報屋から教えてもらうのが近道だろう。

 リズベットは、渡された猫耳カチューシャを見つめながら葛藤するも、

 

(……わかったわよ! 付ければいいんでしょ、つければ―――)

 

 はんば自棄になりながら、猫耳をつけた。

 装着するとヘアバンドの部分は髪に隠れ、まるで猫耳が頭から生えているかのようになった。完全に馴染むとピョコピョコ、まるで自前の耳であるかのように動いた。

 

(できればもう一つ、コレも―――つけてくれ)

 

 さらにストレージからもう一つ、最後の装備を渡した。

 

(【夜猫の掃き尾】。アクセサリの一つだから、防具の上からでも装備できる。

 こいつは付けるだけで、自動的に足跡を消してくれる。ソードスキルとか高所落下で強く踏み込んだ跡は消せないんだけど、早歩き程度なら完璧に消してくれる)

 

 反面、強く掴まれたり踏まれたりして傷つけられると、逆に足跡を補強してしまう。アイテムのくせに繊細なので、見つけられたらアウトになる。ちなみに、体にしっかりと纏わせたり血糊がついてから使ってしまうと、足跡の代わりに臭や血痕を擦りつけてしまうことになる。

 

(ドラゴンに気づかれたとしても、足跡から居場所を特定されることがなくなる。暴れまわったり範囲攻撃してくると思ったら、オレがわざと気づかれて囮になるから、リズはそのまま背後の探索をしてくれ)

 

 少しの間なら、囮として機能できるだろう。逃げ回るだけならば、あの巨体相手ならむしろ有利だ。リズベットが背後の状況を調べる時間は充分に稼げる。

 それでもかなり綱渡りになるが、一番可能性が高い作戦。互いに全力を尽くさなければならないので、リズベットの援護はほぼ無理になってしまう。危険を回避したいのなら撤退すべきだが……やるしかない。最悪ここは、秘密のまま閉ざす必要があるから。

 まさか今日出会ったばかりの本名もしれない奴と、心中しなければならないかもしれないなんて……。情けなさ過ぎて自嘲もできないでいると、まさにオレの愚かしさにワナワナと絶句していたであろうリズベットが、ようやく口を開いてきた。

 

(…………ねぇ、何でこんな装備持ってたの? アンタ【索敵】も【隠蔽】もかなり使えてるんでしょ?)

(前線だと、スキルだけじゃどうしようもない敵がいっぱいいるからな。しかも、確度の高い前情報がない状態で遭遇するから。この手のアイテムで補強しないと、安全は確保できないんだ)

 

 その中でも、夜猫シリーズはかなり優秀な装備たちだ。ソロプレイヤーには必須のアイテムと言えるかもしれない。ただ嗅覚補強については、猪鼻か象鼻付きのマスクがベストだ。

 情けなさの裏返し、まるで軍人めいた理屈詰め。彼女のやる気を利用してオレは、死地に追いやろうとしている……。いつも通り罵倒し返してくれるとありがたかったが、それすら甘えだろう。

 リズベットはソレを察しているのか、今のオレに一番効く顔と声を差し向けてきた。

 

(……コレ、つけなきゃダメなんでしょ?)

(できればそうして欲しい。少しでも危険を減らしたい)

 

 悪いな……。その言葉はグッと飲み込んだ。逃げてくれと言えば立ち向かうのが彼女だと、短い付き合いながらわかった。ならばオレのやるべきは、絶対に成功させることだ、二人共生き延びて。

 リズベットは大きくため息をつくと、渋々つけた。つけていたベルトと交換する―――

 装着するとクルン、リズベットのお尻から尻尾がくねる。まるで尻尾自体が意思を持っているようにクネクネ、妙に生き生きしているように動く。

 これだけやれば、問題ないだろう……。本当は、一時的に能力値を向上させる霊薬やら秘薬をやらも欲しいが、ここでは正常に働くかもわからない。さらに、薬の効力が切れた後のマイナスを考えれば、ノーマルのままがベターだ。

 

(さて、準備も整ったし……行くか!)

(ええ。……さっさと終わらせましょう)

 

 準備前の決意はどこかリズベットは、まるで葬列に加わるかのように、ギリギリ乾いた笑いをしてやる気の減退を留めていた。

 気を引き締めないと死ぬぞ―――との喝は、さすがに躊躇われた。逆に今は、死んだような気分の方がいいのかもしれない、心まで虚ろならドラゴンであろうとも騙せるはず。オレの方が見習うべきだな。

 

 息を整えると一歩、隠れていた場所から踏み出した。ドラゴンが眠る宝物の山の中へ、進んでいく。

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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