偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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 無知は幸せ、ゲームであれば怖くない。


還魂の苑 チュートリアル 後

 

 

 

 

 

 

 

 『Yes』を押すと、神父も了解したのか、最後の確認をとってきた。

 

「……受けてもらえる、でいいかな?」

「ああ。それ以外にはできなさそうだしな」

 

 選択させるようでいて、結局のところ同意させるだけ。かなり陰険なやり口だ。……それは言わないで黙っておいた。

 よろしい……。小さく頷くと、神父は襟を正して向かい直った。

 

「では微力ながら、我らの力を授けよう。魔王討伐に役立ててくれ」

 

 何かくれるのか……。思ってもみなかった言葉に、驚かされた。このまま共有フィールドに送られるだけだと思っていたが、違った。

 神父がそう言い終わると、後ろで黙って控えていた獣人が、前に出てきた。

 ほんの少し、数歩前に出てきただけで、よろめかされた。

 見えない豪腕で、後ろに押されるような錯覚を受けた。まるで山が動いたような威圧感だ、息苦しくなる。オレの倍ほどの巨体にみえるが、感覚的にはその数倍はあった。

 腕を組んだまま目の前で仁王立ちすると、腹に響くような重低音で言った。

 

「―――左手を出せ小僧。我の秘術を授けてやる」

「秘術?」

 

 て、一体何……? 聞きなれない単語だ。だけど、尋ねようとする前に、左手が前に出ていた。差し出した手の平に、獣人のソレが伸ばされる。

 つけるかつかないのギリギリ、二人で透明な球体を握っているような格好。言われるがまま/されるがままにそうしているも、何が起きるかさっぱりわからない。不安に戸惑っていると、何もないはずの中心からぼォっと、仄かな白い光が輝きだした。

 驚きの声が漏れそうになったが、寸前で抑えた。光は徐々に大きくなり、二人の手を飲み込んでいく。

 ソレに包まれた瞬間、左手をとおして何かがオレの中に入ってきた。流れを感じた。言い表せないが不快ではない、暖かいエネルギーの流れ、足りなかったものが染み渡りながら埋まっていく充填感。肘ほどまで知覚できたがそれ以降は霧散して捉えられない、だけど確実にオレの内奥に流れ込んでいた。

 手を離さずそのまま/流し込まれるままにしていると、今度は徐々に輝きが小さくなった。大きくなった光球も手の平の中に収まり、やがて消えた。

 全てを注ぎ終えたのを確認すると、獣人は伸ばした手を戻した。

 

「……これでお前は我が秘術、【剣技(ソードスキル)】を使えるようになった」

 

 【剣技】、ここでソレが出てくるとは……。差し出した手をグーパーしながら、先までの疑問が腑に落ちた。……確かにコレは、秘術だろう。

 β版の時には、【剣技】についての説明がなかった。いきなり共有空間に送られた/投げ出された。そのログイン場所=【はじまりの街】にいるNPCから話は聞けるものの、具体的なやり方等のレクチャーはしてくれない。ただそんな力があるとだけ、モンスターとの戦闘の際に有利になるとだけ。フィールドに出てモンスターとの戦闘中に、自分で掴まなければならない/そこではじめて身に備わっていたことがわかる。【剣技】という半分魔法じみた力が、なぜ/どこから/どうやって得られたのかは、誰も説明してくれなかった。オレ自身気にもとめていなかった。【剣技】のまるで超人にでもなったかのような高速の跳躍感覚の前では、そんな起源の話などどうでもよかった。本版では、ソレをちゃんと説明してきた。

 感心していると、獣人が続けてきた。

 

「片手剣、刺突剣、短剣、曲刀、片手斧、棍棒、槍。どれか一つを選べ」

 

 初期武器の選択。両手剣や斧・長槍などがないのは、重量があるからだろう。初期ステータスでは上手く操ることができない/持っていても邪魔になるだけだ。

 言われて我が身を振り返ってみると、確かにどこにも武器がなかった。腰にも背中にも鞘がない、あの森の中では持っていたはずの【手斧】もなくなっていた。β版と同じ【旅人の服】+【粗革の胸当】+【粗革のサンダル】=初期装備だ。武器はこれからくれるのだろう。

 

「それじゃ……、片手剣で」

 

 少し悩んだが、やはり片手剣に/β版の時の愛用武器にした。

 本版はβ版と多少変更されているのだろうが、基本は同じはず。始めは/第一階層には変わった戦術が必要なモンスターはいない、斬撃/突撃/打撃/連撃/間合いなどどれかに偏らせる必要はない。全てに対応できるオーソドックスな片手剣がベストなはずだ。階層が上がればソレも変わってくるのだろうが、基本はソロプレイで楽しむ予定だ。片手剣で通しても構わないだろう。

 オレが選ぶと、獣人はおもむろに胸の前に手の一本を伸ばした。人差し指をオレに向ける。すると、さきの秘術のときと同じ、その指先から淡い光が溢れ出てきた。その光に反応するように突然、オレの胸の前にも同じような光が生まれる。

 小さな光球は横に伸びていき、腕ほどの長さの細長い棒状になった。伸張が止まると光が薄れ輪郭ができていく、硬質で重量ある何かが具現してきた。

 ソレが片手剣だとわかったすぐ後、帯びていた光が消えた。同時に、中空に浮遊させていた力も消え失せ、落下する。

 

「―――おっと」

「今のお前にはそれで充分だ。……力をつけて不満になったのなら、城の中で新しいモノを調達するなり鍛え直したりしろ」

 

 床に落ちる寸前でキャッチすると、ぶっきらぼうに言い捨ててきた。そして、もう用事は終わったとばかりに背を向けようともする。

 その無愛想ぶりに、サービス精神が旺盛な奴ではないとムッとさせられたが、手に持った武器の実感がソレを帳消しにしてくれた。柄を握りほんの少し鞘から刃を抜くと、漏れでた鈍色の照り返しが目に刺さる。その光で自然と、笑みがこぼれた。

 初期武器【ショートソード】=最弱かつ最多数存在する片手剣。β版でも見たどこにでもある武器/レアアイテムとは到底言えない、石ころに毛が生えた価値しかない。だけどソレは、この世界での話だ。現実世界ではこんな凶器は/紛い物ですら中々お目にかかれない。部屋に飾っているだけでも変人扱いされる、腰に帯びるか背中にかけて街中を歩けば精神異常者だ、鞘から抜き放ったりでもしたら露出狂並みの待遇を受けてしまう、振り回しでもしたら警察のお世話になる。現代社会にコレの居場所はない。だけど今、ここにある/オレの手の中にある、そうあることが当たり前だと堂々と。ここは別世界であると証明してくれる。

 傍から見れば不気味な薄ら笑いを浮かべていると、獣人が今思い出したかのように振り返り言った。

 

「【剣技】の使い方は……、教える必要があるか? 仮にも、我らが送った下僕を独力で倒したのだろう?」

 

 『【剣技】のチュートリアルを受けますか? Yes/No』。獣人のセリフの後、ウインドウが展開された。

 ここでレクチャーしてくれるのか……。初心者のため、と言うよりは周回プレイ者用の選択肢だろう。はじめてプレイした人が、本番でいきなり【剣技】は使いこなせない。そもそも【剣技】そのものを理解しているのかどうかもわからない。受けるのは当たり前だ。

 ただオレは、β版で散々使ってきた。今さら基本動作を復習しても時間の無駄だ。ここまで来るのにかなりのロスまでしてしまったこともある、さっさと先に進みたい。そして何よりも、こんな嘲り混じりのセリフをぶつけられたら、頭を下げて教えを請うのはどうにも頂けない。

 『No』をクリックした。

 

「……そうか。なら、我からは以上だ」

 

 そう言い捨てると、もう義務は果たしたと言わんばかりに元いた場所まで下がった。

 そんな獣人のかわりに今度は、仙女が前に出てきた。

 

「次は私ね。

 右手を出して坊や」

 

 伸ばされたその手に、ドキリと息を飲まされた。

 白磁のような手、とでも呼べばいいのだろうか。形は同じでも人のソレとは明らかに違う、精巧で繊細な芸術品だった。ほのかに燐光を纏っているようにも見える。触れていいものなのかどうか、迷ってしまう。

 戸惑っている最中も伸ばしたままの仙女、このまま何もしなかったのなら失礼に当たる……。そう奮起させると、恐る恐る手を重ね合わせた。

 先ほどの獣人と同じ現象が起きた。違いは、発光の色が鮮やかな赤だった点。右手を通してその何かがオレの中に流れ込み満たされると、仙女はその手を戻した。

 

「……これで私の秘術、【連技(パーティースキル)】が使えるようになったわ」

「……【連技】?」

「あら? 【剣技】は知っているのに、【連技】は知らないの?」

 

 『【連技】のチュートリアルを受けますか? Yes/No』。ふたたび、ウインドウが展開された。

 【連技】とは何なのか? 基本技である【剣技】と同時に与えられる力、本版がβ版から変更点がないのならオレはソレを知っているはず。名前の通りならパーティーで使うスキル……。悩んでいると一つ、思い出した。

 【スイッチ(位置変更)】と【リンク(同時行動)】、二人以上/誰かとパーティーを組まないと使えない技だ。

 コンマ秒単位の高速戦闘が主となるここでは、仲間とともに同じ敵を攻撃すると互いに邪魔になってしまう、巨体ならともかく自分たち以下の体格でなおかつすばしっこい奴らなら特に。タイマンで戦うのがベスト。だけど、同じ力量ならともかく格上やボス級と戦う時には都合が悪い、ずっと相対しているわけにはいかない/仲間の援護が必要になってくる。そこで使われるのが【スイッチ】だ。使用時の僅かな間互いの体が透過し、支障なく立ち位置を変更することができる。また、チマチマ攻撃しているだけだと、仲間を呼ばれてあっという間に囲まれてしまうことがある。敵もまた【スイッチ】を使うことができる。どうしても速攻で倒しきらないといけない場合がある/強力な一撃を繰り出す必要がある。そこで使われるのが【リンク】だ。敵が弱ったり怯んだり隙を見せたりして硬直を余儀なくさせられた時、控えていた仲間と協力して同時に攻撃を叩き込む。あるいは反対に、避けることができない敵の強力な一撃を防ぐために、仲間と協力して防御し耐える。反撃のチャンスを作り出す。

 組む他プレイヤーとの【友好値】によって使える技は増減するが、その二つは誰と組んでも使える。基本の技だ。戦術の幅が一気に広がり、モンスターとの戦闘において大いに活躍してくれる。……おそらく【連技】とは、このことを指しているのだろう。

 ウインドウを前にして悩む、レクチャーを受けるか否か。まだ他に知らないことがあるのかもしれないし、確認もとれる。名前を付けられたことからも変更点があるかもしれない。やってもらって損はなさそうだが……、時間がかかりそうだ。しばらくはソロで楽しむので、今は別段必要でもない、その時になって確認すればいいだけだ。

 『No』のボタンを押した。

 

「どうしたの、黙ったままで? ……本当に知らないの?」

「え? いや、だって……」

 

 案に相違した反応に、再度確認した。だけどウインドウは、オレの了解を受けて消えていた。他には何もない。

 首をかしげた。ソレが目の前のNPCにも伝わったと思っていたが、どうも違うらしい。先の獣人には伝わったのに、この仙女には伝わっていない。……だったら何であんな選択させたのか、謎だ。意味がわからない。

 かと言うも、このまま黙っては誤解されてしまう。仕方なくそれらしいセリフを告げた。

 

「大丈夫。呼び名を知らなかっただけだから」

「そう……。それはよかった」

 

 心配になってのことではなく、事務的な確認だったらしい。断るとあっさりソレを受け入れてきた。

 獣人と同じように彼女も、オレに対しては無関心だ。淡白以上の冷淡。軽蔑じみた感情が混じっていない分、冷たさを感じてしまう。……オレの方がNPC扱いされている気までしてくる。

 

「あとこれが、私からの贈り物よ。―――【友誼のメダル】」

 

 アイテム名を告げながら、袖口から取り出した硬貨をチャリンと、指で弾いた。慌ててキャッチする。

 投げ渡された硬貨は、現実世界の五百円玉とよく似た形状、材質は十円玉のような銅貨に近いもの。なかに描かれている絵柄は、その名を表しているであろう握手された二つの手と、浮遊城アインクラッドを表しているであろう円錐状の塔だ。反対の面には、魔法陣のような/微生物用の迷路のような解読不明の文様がビッシリと刻まれている、見つめていると奥に吸い込まれるかのようで目眩がする。……β版ではなかったアイテムだ。

 

「ソレを城の中にいる特定の【人形(ヒトガタ)】に持たせれば、城の上層に登るための【天の階】を共に行くことができるわ。……つけないと中には入れない」

 

 一瞬、【人形】なるぶっそうな単語に首をかしげたが、理解は出来た。

 街で仲間にできる【傭兵NPC】のことだろう。彼らにコレを持たせれば、一緒に【天の階】=迷宮区を踏破できる。

 ありがたい変更点だ。β版ではプレイヤーしか入れなかった迷宮区に、NPCも連れていくことができる。彼らは単調な行動しかしてくれないが、プレイヤーよりもパラメーターの大半が上だ、特にHPは四割増ぐらいにある/体力自慢なら倍ほどある。前衛にて敵のヘイトを稼いでくれるタンクとして大いに役に立ってくれる。その反動か、アタッカーとしてはあまり見込めない、指示してもガンガン前に出て攻めに行ってくれない。

 

「残念ながら貴重品、てわけではないわ。売り払ってもそう大した値段にはならない。何処かに隠れ住んでるエルフ族の鍛冶屋なら、同じようなものを作れるはずよ。ある程度スキルを磨けば自分でも作れる。……まぁいくら作れても、使えるのは坊やと同じ【客人】だけ。しかも最大5個までなんだけど」

 

 つまらないものですが、どうぞお受け取り下さい……。脳内であってもこのようには脚色しきれない、投げ捨て感に苦笑してしまう。いいアイテムなんだが……。

 【客人】=プレイヤーしか使えないのは、この硬貨の所有者がプレイヤーでなくては効果を発揮し得ないということだろう。NPCに所有権を移して使わせても意味がない。最大5個までとは、1パーティーの上限数だ=最大6人まで、自分以外を全てNPCで埋めることが出来る。ただ、たった一人で5人のNPCに指示をだしながら戦うのは骨が折れるはず、獲得経験値なども分散されてしまうので使うことは滅多にないだろう。

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」

「どういたしまして。【客人】同士で協力し会えば、そんなものは必要ないんだろうけど」

 

 付け足された一言には苦笑するしかない。……NPCから指摘されると、堪えるものがある。

 全てのプレイヤーが互いに協力し合えばゲームの攻略など簡単にいくだろう。だが、そうはなかなかいかない。むしろ競争し格付けすることに向かってしまう。協力することはあっても打算の結果だ。全員が歩調を合し一丸となれるのなら、そもそもこんなゲームなど成り立たないだろう。

 もう仕事は終わったと、仙女も後ろに下がった。かわりに蒼の竜が、のっそりと首を伸ばしてきた。

 

「僕からは、コレです。―――【幻書の指輪】」

 

 口は動かされていないのに声が聞こえてきた。思念を飛ばして耳に直接伝達したかのようで不思議な感覚だ、古い携帯電話から聞こえてくる少々ノイズ混じりの声に似ている。

 オレを見つめながら鼻先をクィと動かすと、先のNPCたち同様に胸の前で光球が現れた。そしてその空色の光球から、一つの小さな指輪が表れた。浮遊されている力がなくなる前に掴む。

 白銀色の指輪、材質はわからない。見た目は何かの貴金属に見えるが少々軽すぎる、メッキを貼っただけの木製のモノかと思うも硬い、踏んづけても歪んだり傷ついたりしなさそうなほどの硬度をもっていた。加えて少々、熱を発している。触っても金属特有のひんやりとした冷たさを感じない、人肌程度の温もりがある/保たれている。中央に嵌められた透明な宝石は、プラスチックかガラスのイミテーションとは到底思えない。奥深さがあった。床か壁にこすって確かめてみるまでもないだろう、何らかの魔力を秘めているものだと直感させられる。

 【幻書の指輪】、β版にはなかったアイテム/この初期で渡される貴重な指輪アイテム。いったいどんな効能があるのか……

 

「ソレを指にはめてから、こうやって―――みてください」

 

 言いながら片手を上げると、人差し指と中指を揃えて剣印をつくり、宙に縦の線を一本引いた。訝しがりながらオレもソレを真似する。

 すると、竜の方には何も現れなかったが、オレの胸の前には透明なウインドウが展開された。β版でよく見かけたウインドウ、必要不可欠すぎてあるのが当然と思うほど身近なもの。現れたソレに驚かされた。

 メニュー画面だ。見間違いじゃない、指で触ってみると確かにソレであるとわかる、クリックもできればスクロールもでき別のページをめくることもできる。

 

「その本の1ページ目には、君の現在の状態(ステータス)力量(パラメーター)を数値化した表があるはずです。次のページが所持品と会得したスキルの一覧。その次が記号化された平面地図。それから先は白紙のページで、最後にメモ帳があるはずです。……確認できましたか?」

 

 指でコマンドを触ってみたり、横に振ってページをめくってみたりして確認した。言われたとおり/記憶にある通りのメニューが画面だった。今は白紙になっている場所には、パーティーを組んでいる仲間の情報・【友人(フレンド)】登録などした他プレイヤーの名前一覧・受注したクエストの確認と進行状況・メッセージ送受信用のメールソフトが入るはず。現在は一人なためかこの場所のせいか、使えない状態になっている。

 

「よかった。

 それでは、使い方の説明をしますが……、必要でしょうか? もしかして、すでにご存知でしたか?」

 

 『メニュー操作のチュートリアルを受けますか? Yes/No』。竜が訊ねてくると、選択肢を求められた。

 これも、すでに知っていることなのであえて教えてもらうことはない。『No』をおした。さきの轍を踏まぬよう、それらしい返事も付け加えて。

 

「……まぁ、一通りは」

「本当ですか? コレを作り出せるのは、僕か盟主様ぐらいしかいないはずなんですが?」

 

 思わず、目を丸くしてしまった。なぜそこで疑ってくるんだ? 

 答えにきゅうしてしまった。改めて問われてしまうと、どう答えればいいのかわからない、この世界の住人じゃないことを告げていいものかどうか。クローズドβテストで一度体験したからわかっているなど、面と向かって言えるものじゃない。ただのNPCなら「?」を浮かべるだけで終わりだが、この竜はその程度で終わってくれるとは思えない。……色々と説明するのが面倒だ。

 どうすればいいのかと黙っていると、竜が退いてくれた。

 

「……まぁ、詮索はやめておきましょうか。【時空魔術】が使えなおかつ【魔導具】製造の技法を持っている者ならば、作るのはそう難しいことでもない。この城の中にも、いないわけでもないですし」

「この指輪、何個も作れるのか?」

「コレはさすがに無理でしょうが、中に込めてる機能の一つだけなら可能でしょう。所持品を別次元に保存していつでも取り出せるようにする【魔導具】などは、エルフたちが使っているはずですよ」

 

 ここでしか手に入らないオンリーワンのアイテム、てことか……。コレを主として使って、機能を拡張・強化したくなったら他のアイテムで補強する。ただし、1つのアイテムでできるのは1つの機能のみ。

 

「一つ、注意があります。

 無くしたり破損したりしないようにしてください、できればいつも身につけておいたほうがいいですよ。もしそうなってしまったら、そこに保存していた所持品やお金や書類等を引き出せなくなります。新しいものを用意したり直したりしても、それまでのものは全て破棄せざるを得なくなります。……他に引き出しを作っておいたのなら、別ですが」

 

 指輪を失ったら、メニューが開けなくなる/操作できなくなる……。見た時からそうではないかと恐ていた不安が、見事に的中してしまった。

 かなり致命的だ、HP以上に守らなければならないものだろう。

 あくまでこの指輪は、情報やお金や所持品を保存している異次元の倉庫と繋がっているだけ。四次元ポケットのようなものだ。この中にそれらが圧縮されているわけではない、他のアイテムから取り出すこともできる。だけど、全ての機能を網羅しているのはこの指輪だけ、失えば面倒が増えることは間違いない。それに初期では、代用品を揃えることは難しいだろう。

 

「あと、壊れてしまうと、身につけている武装の【装備】が剥がれてしまいます。友人や仲間とのつながりも断たれてしまいます」

「【剣技】と【連技】が使えなくなる、てことか?」

「正確には、身につけている武装から引き出せなくなるだけです。素手で行えるものなら可能です。【連技】についても、【戦友(パーティー)】の5人までとなら問題はありません、それ以外の【親族(ファミリー)】や【友人(フレンド)】【同志(ギルド)】【従僕(サーバント)】として登録していた人々とは、できなくなります」

 

 まじか……。予想以上に危険だった。下手するとまともに戦うことすらできなくなる。

 なんだってメニューをアイテム化したんだ……。確かにこの形の方が自然ではある、メニューは知らない人から見れば一種の魔法だ、物を作り出したり消したり遠くの人間と連絡を取り合ったりなど常人にはできない。アイテム化すればソレを使える違和感はなくなる。だけどそのために、こんなリスクを背負わされることになった。難易度が一回りは確実に増された。

 げんなりしてため息をついていると、慰めるように続けた。

 

「ご安心ください。かなり頑丈に作っていますので、壊れることなど早々ありません。君の力に比例して強化される作りにもなっています。ただ、【魔人】や【魔物】など、【魔王】から力を譲り受けている存在から攻撃を受けた場合、破損する恐れはあります。……彼らと敵対するときは、指から外して保管した方がいいかもしれませんね」

 

 そんな強敵にこそ、指輪を使わないで/すぐにメニューを操作できるようにしていなくてどうするんだ……。あまり役に立たないアドバイスに、苦笑するしかなかった。

 言い終えて満足したのか、竜も首を戻して下がっていった。

 

「最後は、私だな―――」

 

 同僚すべての仕事を見届けていた神父が、前に出てきた。

 獣人/ブレイド=【剣技】と武器、仙女/キズナ=【連技】と【友誼のメダル】、竜/アーカイブ=【幻書の指輪】。その名に由来しているであろう贈り物をくれた。ならば神父/ルートは、何をくれるのか……

 

「だいぶ遅れてしまったが、君の名前を教えてくれないか?」

 

 『名前を入力してください』。ウインドウが現れると同時に、キーボードもでてきた。

 これで名前を入力しろ、とのことだろう。指示通りオレの名前を入力し【決定】ボタンを押した。

 だけど、そのまま待っているも何も起きない。むしろ神父が訝しんできた。

 

「どうしたのかね? まさか……、【召喚】の影響で記憶をなくしたのか?」

「え? いや、そんなことは……」

 

 ちゃんと入力したよな……。慌てて確認すると思い至った。先と一緒だ、入力しても意味がない/それで会話を続けてくれない。

 紛らわしいんだよ……。無意味な手間に舌打ちした。わざわざ入力させる意味がわからない、嫌がらせ以上のことは。

 一通り運営への文句をひねり出すと、落ち着いた。今更仕方がない。……このことは後で、GM(ゲームマスター)にでも報告しておけばいいか。

 

「―――【キリト】だ」

「「!?」」

 

 名前を告げると同時に、4人の顔色が変わった。ありえないと、目を見開いている。

 すると、空気まで硬質な緊張を帯びた。いきなり水中に投げ込まれたかのように、重く息苦しい。音までかき消されていた。

 突然の豹変に、体を強ばらされた。睨みつけてくる視線から目を離せない、かといってそのままだと心臓が握りられているようで苦しい。金縛りにあったかのように動けない、蛇に睨まれたカエルの心境だ。殺される、食われる、死ぬ―――。

 そのままあと10数秒続けられたら、倒れていたかもしれない。意識が朦朧としていた。ギリギリの瀬戸際で、神父のつぶやきに助けられた。

 

「…………そうか、君が【キリト】だったか」

 

 重々しい声音、それまでと変わってはいないだろうが、腹の奥深くまで届いてくる。吹き上がる激情を抑えに抑えて平静にさせたことがわかる。……オレに対する黒い感情、怒りか憎しみで。

 ソレは、後ろの3人も同じだった。あからさまに顔色にこそ表さなかったが、それまでの弛みが全く消えていた。重く鋭く冷たい、睨む視線は明らかに敵を見る目だった。

 そんな彼らの中、おもむろに獣人が前に出てきた。

 

「……よせブレイド」

 

 神父が静かに制止するも、獣人は聞かず。聞こえてもいないと言わんばかりに足を止めない。

 通り過ぎオレの下までやってくる寸前、神父が進行方向に割り込んだ。どこからともなく取り出した大鎌を、獣人の目の前で振り下ろした。

 人のみならず巨人か竜ですら輪切りにできる凶器。振り抜きの速度か重量かあるいは魔力のようなものか、叩きつけられた地面がひび割れる。衝撃で神殿全体が揺さぶられた、残響で轟々と戦慄く。

 

「―――二度目だぞ」

 

 静かだが底知れぬほど冷たい声音で、警告した。次はないと……。

 さすがに獣人は足を止めるも、その表情は微動だにせず。目と鼻の先に刃が通り過ぎたというのに、微風でも吹いたかのように何事でもないと。オレへの敵意はそらすことなく突き刺し続けていた。

 

「なぜ、我が貴様に従わねばならん?」

 

 おもむろにそう言うと初めて、獣人は神父を見下ろした。鋭利な刃のような/神父の大鎌にも匹敵するほどの視線で。嘲るでも煽るでも怒気ですらなく、感情の色合いを落とした静かな問いかけとともに。

 空気がさらに張り詰めた。もはや氷結だった。傍にいるだけで細切れに裂かれる、一触即発の槍衾だ。何がキッカケになるのかわからない、物音ひとつたてられない、息することすらできない―――

 極度の緊張に握りつぶされようとしていると、二人の間に竜が割って入ってきた。

 

「ソレが、【アスナ】様のご意志だからですよ」

 

 穏やかに優しげに、しかしゆえに重々しく荒々しい。マグマのような憤怒を内に秘めた微笑みで、告げてきた。

 獣人はちらりと、竜に視線を向けた。そして神父にも。同じ存在規模の二人が自分の前に立ちはだかっている、2対1では分が悪すぎる。だけど、ソレがなんだ/邪魔するなまとめて二人共片付けるまで、と。不退転の意志はそのまま、前を/オレを見下ろしていた。

 しかし、解けぬ臨戦態勢の中、気の抜けたため息が全てを収めた。

 

「ここでやっても意味はないわ、また振り出しに戻るだけ。……手間がかかるだけだからやめてちょうだい」

 

 そんなにじゃれ合いたいなら、外でやって……。不承不承と眉をひそめながら、仙女が戒めてきた。

 3対1になったからか、はたまた気が削がれたのか。獣人はフンと一言顔を背けると、そのまま下がった。最後に「命拾いしたな」とも、言うこともなく……。

 

 ようやく緊張が解け、人心地ついた。それまで忘れていたかのように疲れがドッと押し寄せ、膝が笑う。

 

「……すまない、こちらの事情だ。忘れてくれ」

 

 そりゃ無理だろう……。軽口を叩こうとするも、声が出なかった。迂闊に詮索できない。

 いつの間にか/どこにやら、振り下ろした大鎌が消えていた。まるで手品のように、半円を描きながらオレから見えない背中に重なると消えた。影に吸い込まれるかのようにして、しまい込まれていった。

 鎌を処理すると、今まで何事も起きていなかったかのように、贈り物の続きをしてきた。神殿の奥にある巨大な馬蹄=今は起動していない【転移門】に向かって、その両手をかざした。片手はそのまま、もう片方を宙でくるくると円を描く。

 描いた円に従って、濃紺色の光輪が生まれた。回すたびにその光は強くなり、炎の輪のように煌く、神父の手が回転する輪から外れても回転し続ける。その輪をポンと軽く押すと、込めた力とは思えないほど滑るように飛んでいった。ソレが【門】まで飛び中心に到着すると、一気に燃え広がった。七色に煌く鏡面が馬蹄の中で発生した=【門】が起動した。

 

「アレは、この城の中を自由に行き来する【転移門(ゲート)】だ。あそこを通るだけで、城の各所に設置してある【門】へ一瞬で飛べる。それを君にも使えるようにした」

 

 いつそんな認可をしてくれたのか……。考えてみても記憶にはない。おそらくは、名前の入力がソレだったのだろう。……簡単なものだ。

 

「現在、城にあるほとんどの【門】は通行不可だ。魔人や魔物どもが【門】を占拠し封印しているので使えない。……奴らを倒し再起動(アクティベート)してくれさえすれば、その【門】は使えるようにする」

 

 一度自分たちの足で全ての【門】を巡らなくてはならない。【門】を通じて新たなエリアに飛ぶことはない、あくまでも踏破した場所の行き来が楽になるだけ。使えるようにはしたがすぐに使えるわけではない。……贈り物と言えるのかどうか、わからないモノだ。効果は後になってから分かるものだろう。

 

「門を通らずとも、【転移】の力が込められた道具を使っても飛ぶことはできる。低階層では見つけるのは困難だろうが、上に登れば簡単に見つけられるはずだ。それと―――、これも渡しておこう」

 

 そう言うと神父は、懐から二本の古びた巻物を取り出し、手渡してきた。受け取ると同時にアイテム名が視界に映る。

 【運命の記述】【帰還の導】。……β版でも聞いた事のないアイテムだった。

 いったいどんな効力があるアイテムなのか。首をかしげながらも開いて中を見ようとすると、突然、指に嵌めていた【幻書の指輪】が光った。巻物も共鳴して光りだす。

 発光し自らの光に飲まれていくとそのまま、消えた。後には何もなくなった。ただその寸前、指輪の中に何かが二つ入り込んだのが見えた。

 

「な、なんだ? 何が起きた?」

「【指輪】をみてみるといい。先までは使用できなかった機能が使えるようになっている」

 

 即されメニューを展開した。ページをめくり確かめる。

 すると、クエスト関連のページに新たなコマンドが追加されていた。【キャンセル(依頼破棄)】と【リトライ(依頼再開)】。どちらも今は、クリックしても使えない状態だ。

 

「……これは?」

「まず【記述】は、予め記録しておいた時空まで戻ることができる魔法だ、特定の時点まで時を逆巻かせる。かつて行ったことをもう一度、あるいは切り捨てた選択肢を選び直すこともできる。何度もね」

「……タイムリープ、てことか? 過去にだけ飛べる?」

「タイムリープ、とやらは何なのかわからないが……、過去にだけ飛べるという点はその通りだ。未来方向へは飛べない」

 

 名前からの推測と話を統合すると、つまりは、同じクエストを何度も繰り返すためのコマンドだろう。達成した後でもまた最初から楽しめる、今度は別の分岐を選ぶことも出来る。ただし、一度再演を決定し時を戻したのなら、ゴールまで飛ばしたり早送りすることはできない。

 

「ただ、時間を移動するといっても同じことを繰り返すわけではない。だから、同時に別次元にも飛ぶことになる。なので、その次元にしか存在できないアイテムは持っていくことができない」

 

 強くて続きからニューゲーム。経験値もお金も持ち越せるけど、キーアイテムだけは持ち越し不可……。まさしく、β版でもあった機能だ。システムに名前が付けられただけだ。

 

「別次元に飛ぶことで分離するが、徐々に収束されてもいく。他の【客人】たちが同じように【記述】を使い分岐させたとしても、最後は一つにまとまっていく。……その仕組みの全ては説明できない。運命の神のなせる業だろう」

 

 ソレは、β版でも不思議に思ったことだ。

 他のプレイヤーと同時に同じクエストをこなしているのに、どういうわけだか話に齟齬が見当たらなかった。途中でかち合ってもストーリー上の必然のためか、連れているNPCの話に矛盾も戸惑いもなかった。細かく検討していけばあったのかもしれないが、体験している最中に違和感を感じることはなかった。クエスト受注の際の条件=関門や達成までの道のり=導線で選別しているのだろうとは思うも、定かではない。まさに、運命の神のなせる業といってもいい魔法だ。

 【記述】についての説明は以上なのか、神父は次の説明に移った。

 

「【導】は、【門】以外の場所へ【転移】したいときに使う。この城を踏破するにあたって使うであろう拠点や、【門】から遠く離れた僻地まで飛びたい時にも使える。……その旗を刺した場所までに」

 

 【導】によってコマンドが追加されたページ=簡易周辺地図。右端にある小さな方位磁針と縮尺値のそばに、旗のマークがついたボタンがあった。押すと地図の中央に、オレが立っているであろう場所=『P』の字が描かれている旗マークが自動でセットし直される。ただの、地図閲覧を見やすく/操作しやすくするための便利機能でしかない。ただし、地図上で動いている旗マークを長押ししていると、事は違ってきた。

 ソレに触れていた指先がぼォっと小さく瞬くと、突然、地図の上に手のひら大の旗が具現した。アイテムのオブジェクト化のように、二次平面の記号が立体の物となった。ソレを手に取り不思議がっていると、地図の方にも変化が表れた。オレの現在地を表しているであろう旗マークが、二重にダブっていた。『P』の他に『H』がついた旗がある。……コレが、神父が指摘したモノなのだろう。

 プレイヤーの任意で決められる【転移】先=【導】。これも、β版にあった機能だ。

 知っていることは隠して/変な勘ぐりをされるかもしれないので、とぼけて話を繋げた。

 

「へぇ、なかなか便利なモノだな。これがあれば【門】はいらなくなるんじゃないのか?」

「今は一つしか作れないから、【門】を使ってもらうしかないだろう。君が成長すれば増やすことはできるが、それでも数個が限界だ」

 

 いくつかに増やせる、というのは初耳だったので驚いた。β版ではずっと1つしかなかった、それで充分事足りてもいた。他の参加者がどうであったのかは、わからずじまいだ。増やせたプレイヤーはいたのかもしれない。

 できるのならば、多い方がいい。攻略を進める上での青写真に、数を増やす方法の情報収集を加えていると、神父が警告してきた。

 

「便利な交通手段ではあるが、注意してもらいたい。

 あまり頻繁に使わないほうがいい。特に、【魔人】や【魔獣】の支配下に置かれている場所では、上層であればあるほども。【魔王】の影響力が増すと私の力が伝えづらくなる。【転移】が失敗し【狭間】に囚われてしまう恐れがある」

「【狭間】?」

 

 聞いた事のない単語だ。思わず聞き返してしまった。

 

「【魔王】がこの城を支配するために作った、今君や我々がいる次元とは異なる次元にある場所だ。【魔王】の住処でもある」

「住処って……、城の最上層じゃなかったのか?」

「そうでもあるが、そうでもないと言える。現在の【紅玉宮】は唯一、この場所以外の城の全てのフロアとつながっている。最上層にあるが同時に最下層にもある。時空を超えて存在しているんだ」

 

 時空を越えて存在……。何とも大それた存在だ。

 最終ボスたる【魔王】は最上層=100階層に鎮座しているが、同時に第一階層からでも侵入することができる。その際には、【狭間】と呼ばれる特殊なエリアを通らなくてはならない。ならつまり―――

 

「だったら、ここを出てすぐに【魔王】と対決する、ていうこともできるのか」

「可能ではあるが……、あまりオススメはしない。返り討ちだけならともかく、【魔王】の戦力を増やすことになってしまう」

 

 殺される以上に取り込まれる……。彼からすれば、殺されるよりも最悪なことだろう。

 ただ実際、どういうことだ? 下僕になるといっても、本当にそんなことが起きるのか/プレイヤーに強制できるのか? 訝しがりながらも続きを聞く。

 

「【狭間】に囚われれば、それまでに蓄えていた力を封じられる。【剣技】も【連技】も使えない、武装も身につけることすらできないだろう。そのため抜け出すのは困難だ、長居すればするほど難しくなる。そこで【魔人】どもに殺されでもしたら、魂は捕われ転生することができなくなる。【従魔】へと変えられ一生を奴隷として過ごす事になる」

「【従魔】、ていうのはそのぉ……、【魔人】たちの下っ端、てことだよな? 人とは違う別の種族、てこと?」

「そうだ。見た目は人とほぼ変わらず体は頑強になるが、【魔王】と上位の【魔】のモノたちへの服従を強制されることになる。彼らが命じれば、かつての仲間であっても殺さなくてはならなくなる。【悪徳】を行うことに対する嫌悪感や罪悪感が麻痺し、逆に悦びと感じられるようになる。使命感すら感じられるらしいぞ」

 

 唾棄すべき醜悪な化物だ……。平静さを装うも、吐き捨てた言葉の端々からそのモノたちへの険悪感がにじみ出ていた。言葉にするのも不愉快だと、十字架を切りたそうにしている。

 ふたたび驚かれた、耳を疑ってしまった。彼の前では不謹慎だが、目がキラキラしてしまう。

 説明が本当であるのならまず、人ではない別種へと変わることができる=種族を変更できるようになれるシステムがある。プレイヤーはみな人から始めることを強制されるが、いずれは自由に変更できるということだ。【従魔】に変えられる=魔人族に変わる/変われる=別種族にも変われる=種族変更システムがある。なかなかに面白い。ただし【従魔】の説明からも、種族にはそれぞれ長所と短所があるのかもしれない。全てを均せば皆平等、必ずしも人を辞める必要はないのかもしれない。

 次に、こればかりは信じきれないが、プレイヤーの情動が操作されてしまう危険があること。【従魔】だけの特性かもしれないが、ほかの種族にもありそうだ。体格や顔かたちや道具からでもない、その種族がもつ/縛られてる信仰が影響を与えてくる。何に怒りを感じ何を悦びとしどう在りたいか誰とともにいたいか何を求めるかまでも、矯正されてしまう=準洗脳処置。唯一プレイヤーにのみ与えられている/NPCと分かつ不可侵の権利が、侵される。そんな禁忌を犯している。

 さすがにそんなヤバいことはしないはず……、とは思うものの、コレの開発者のことを考慮すれば一概には否定しきれない。茅場晶彦=SAOの開発者=若き天才/大富豪=オレの憧れ。……やりそうな気がする。

 ブルリと寒気が登ってきた。頭を振って、その不吉な予感を払った。いまそんな先のことを心配しても仕方がない。

 

「……【記述】を使って過去に戻っても、ダメなのか?」

「身につけていたのなら壊されるからダメだろう。もし別の場所に保存していたとしても、すでに変えられた以上元には戻れない。【従魔】であることからは抜け出せない」

 

 【魔王】様万歳、サイコパスになってPKしまくり……。最悪だ。そうなったらもう、リセットするしかない。

 

「安心してくれ。早々そんな事故は起こさせない。全ての【門】は私の力と直結しているので、【魔王】であっても手出しはできない。ただ……、その危険が0でないことは心に留めておいて欲しい。特に犯罪行為を、【魔王】が好む【悪徳】を行ってしまった場合捕らわれる危険は増す」

 

 犯罪行為=【悪徳】を行うリスクが、【狭間】に取り込まれやすくなること。そこで殺されれば【従魔】に変えられ、その後は【魔王】のために粉骨砕身しないといけなくなる。……むやみに女性プレイヤーと接触することは、避けるべきだろう。

 ため息をひとつついた。ただ上に登って【魔王】を倒せばそれでクリア、そんな単純にはいかないらしい。途中でいくらでも裏切れる/自分以外のプレイヤー全滅もクリア条件の一つになっていた、プレイヤー同士で足を引っ張り合えと誘導している。ただ、これから先プレイヤー数は増えるのだろうから勝負は一概に付けられない、相対的な優劣で判断されるのだろうか……。先に提示された『魔王討伐依頼』がここで効いてくる。

 

「……言い忘れたが、【導】を使うときにも注意が必要だ。特に設置場所には充分気をつけてくれ。街の外に設置すれば、魔物がそこを通ってくることもある」

「一方通行じゃないのか? 出口だけだと思ってたけど?」

「魔力をもち魔法を行使できる者ならば可能だ。君のすぐ傍まで【転移】できてしまう、あるいは君を強制的に呼び寄せることも、知覚だけ飛ばして監視し続けることもね。……奪えるほどの力の持ち主ならば、もはや君に安眠できる場所はなくなるだろう」

 

 便利さの裏返しの高リスク。安全が確保されたセーフハウスでなければ、【導】を盗まれてしまう可能性がある。街の外=戦闘可能エリア=【圏外】ならばなおさらだ。モンスターたちに奪われる危険がある、他プレイヤーにも注意しなければならないだろう。助言通り奪われれば、どこにも安眠できる場所がなくなる……。

 ただ、別の見方もできる。

 

「……逆に、相手もそうなるだろうな」

 

 オレの強がりに神父は、眉を上げた。そして意味を察すると、微笑みを返してきた。

 あえて盗ませることができたのなら、その盗人の下までひとっ飛びできる。モンスターであるのなら、彼らの巣穴かアジトを暴くことができる。他プレイヤーであってもソレは同じだ。逆に彼らのモノを奪い取ることができる。……ここでは強さが全てだ、【導】を獲ったところで絶対的な優勢を確保できない。

 

「最後にコレは、盟主様からだ。―――【生命の首飾り】」

 

 懐から取り出した装飾品を、受け渡してきた。神父のソレに対する丁重な扱いゆえか、両手で恭しく受け取ってしまう。

 【生命の首飾り】。細い銀紗のような鎖に、小指ほどの涙滴型の宝玉がついている。質素でチャチなモノに見えるが、使われている素材はどちらも高級なものだとわかる/穏やかで深みのある透明なオーラのようなものを感じられる。特に宝玉は、朝露よりも澄みきっているためか、見ているだけで落ち着く/心が洗われる気までしてくる。前の持ち主か作り手の清らかさまで、伝わって来るようだった。

 

「コレを身につけていれば、全ての生気を奪われたり【悪霊】たちに取り込まれ死に至ったしても、身代わりになってくれる。……ただし、一度限りだ」

 

 身代わりアイテム、HPが0になっても即座に復活させてくれる保険。……ありがたい贈り物だ。

 ただ、貴重品ではあるものの、初期の初期である今ここで貰っても持て余してしまう。無駄にしてしまう危険がある。……これから先しばらくは、何度も死に戻りをするだろうから。大量の金と経験値やレアイテムを保持するため、保険が必要になるはもっと上の階層になってからだろう。

 

「君には不要なものかもしれないが、念の為に。不慮の事故というものはどうやっても避けがたい」

 

 首飾りを見つめながら言った。自分こそソレが欲しいと/できることなら渡したくないと言うかのように、大切な宝を見送る名残惜しさを込めて……。

 ソレを見てしまうとどうにも、先の打算は言えなくなってしまった。

 

「……ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

 

 代わりに出てきたのは、ぎこちない感謝。……ありがたいことには変わりないので、真っ赤な嘘じゃない。

 

「さて、我々から君に贈れるのモノは以上だ。武運を祈る」

 

 そう言うと、起動させた【転移門】を腕で指し示した。もう旅立ちの時だ、と。

 ようやく終わったか……。何とも緊張を強いられたチュートリアルだったが、これからだ。やっとこれからゲームが始まる。気分を新たに胸をトキメかせた。

 そのまま過ぎ去ろうとする寸前、ふと、気になった。振り返ると神父に尋ねていた。

 

「……ここ、また来れたりするのか?」

「その門は一方通行だ。一度くぐればここへは戻ってこれない」

 

 だと思った……。その答えはどういうわけか予想できた。おいそれと出入りできるほど、気安い場所だとは思えなかった。

 つまりは、チュートリアルはもう受けられない。あとは実地で確かめるしかない……。だとしても、二度と来れない場所だとは考えづらい。どうにかしてまた、戻って来れるはずだ。

 何処にあるのか、教えてくれないか? そう訊ねようと口を開く前に、神父が答えた。

 

「城の地下最下層。そこにある【異空の扉】を超えた先にある。……今の君の力では、門前払いを食らうことだろう」

 

 牽制でも警告でもなく、純粋な事実だと……。

 その通りだろう。もしかしたら【魔王】よりも強い裏ボスなのかもしれない。たどり着くだけでも、一体いつになるかわからない。

 だけど、できないわけではない。いつか必ずたどり着けるはず、たどり着いてみせる。……ゲームの目的が一つ増えた。

 

「それじゃ、また」

 

 軽く別れを告げると、【門】をくぐった。七色の鏡面に体を浸していく。

 

 

 

 ―――次に会うときは、敵同士だろう。

 

 

 

 完全にくぐり抜ける寸前、そんな宣言が投げられたような、気がした。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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