偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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63階層/狭間 野営 後

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「―――キリト起きて、つぎはアンタの番よ」

 

 リズベットに起こされて、仮眠から覚めた。うっすらと瞼を開いていく―――

 

「……もう、時間たってた?」

「とっくにね。30分オーバーよ」

 

 寝ぼけ眼ながら時計をみると、確かに経っていた。驚くオレに、リズベットは得意そうに笑みをむける。……言いたいことはわかっていますよ。

 徹夜すると決めれば3日はできるのだが、寝ると決めればいくらでも寝れてもしまう、中断されたらこの通り……頭がボォっとする。寝起きは力が入らない。

 

「シャンとしててよ。死因が居眠りていうのは、勘弁だからね」

「わかってますよ。安心して寝てくれ」

 

 軽口を返せないぐらいには、まだシャンとはしていないが……じきに元に戻るはず。

 「それじゃおやすみ、ちゃんと起こしてよ」と、そのままリズベットは目を閉じ……眠りに落ちた。本当に眠かったのか今日は無理を通していたからか、気持ちいいぐらいの寝つきっぷりだ。

 

 熟睡したのを確認するとそっと、気づかれないよう地面へ横たえさせた。互いを覆っていた毛布をその上にかぶせて一人、立ち上がる。

 手足を思い切り伸ばしてコリほぐし。全身に力が再充填されたのを感じると、メニューを展開/周辺マップを提示。周囲を調べる、まずは落としたはずの自分の愛剣を探さないといけない。マップに装備品のロケーションを表示させた。

 【取りこぼし】からかなり時間が経っているので、すでに装備枠から剥がれてしまったのかもと恐れたが……大丈夫だった。簡易周辺マップに一つ光点が浮かぶ/愛剣の座標だ。……けっこう近い。

 目を凝らす/【索敵】で視界を暗視に切り替えた。微かな光も捉える猫の目、モノクロの視界が広がる―――

 周囲は水晶の洞窟、材質は上のものと変わらない、やや透明度は落ちている。ただ猫の目だと、足元が非常に不安定に見える。細かく編まれた蜘蛛の巣の中にいるかのようで、ゾッとしない

 

 慎重に進む、目的の場所へたどり着くと―――あった。愛しの我が黒剣。

 拾い上げて感触を確かめるた。刀身を触る、状態を数値化して表示、軽く素振ってもみた……

 問題はなし。さすがに耐久値はかなり減っているが、折れていなければ歪んでも刃先が欠けてもいない。すぐに使える。……相変わらず、規格外の耐久値だ。普通のモノならボロボロになっていたはず。

 ただし、無理はしたくない。極力戦闘は避けたほうがいいだろう。コレが正真正銘、最後の頼みだ、壊すわけにはいかない。

 

(さて、とりあえず……帰るか)

 

 愛剣の修理もある。時間が経ちすぎているので回復量は微々たるものだろうが、できることは少しでもやっておきたい。他にも準備しなければならないことは山ほどある。

 踵返してキャンプ地へ/リズベットの元に戻ろうとしたら……違和感に気づいた。視界隅に奇妙な影が映った。巨大な黒い水たまり、いや穴か? 水晶がない地面がある。

 訝しりそろり、近づいてみると/覗いてみると―――目を丸くした。

 

「―――なるほど、だから無事だったのか」

 

 奇跡の正体に/嫌な事実に、苦笑した。……だからこんなに深くまで、落下できたのか。

 ため息を一つ漏らした。だからと言ってどうしようもない。今はまだ休んで、朝になってから考えればいい。

 振り返るとそのまま、キャンプ地まで戻っていった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 グツグツと、煮立つ鍋をかき混ぜる。蒸気とともにいい香りがフワリ、撒き散らされていった。

 

 毎日の食事は、このSAOの中では欠かせない娯楽だ。

 いい食事はいい一日を作る、美味いメシを食えば戦闘も上手くなる。……気分的な問題だが、バカにはできない。前線では些細な支えでも必要だ。モチベーションの維持にも大いに役に立っている。

 この真実は、10階層を越えて/βのアドバンテージがなくなってから気づかされた。

 ほぼ何の支えもなく一人、前線で攻略しなければならない孤独感。頭のみならず全身をフル回転させながらトップをひた走り続ける毎日。寿命を削らなければやっていけない。……パンクするのは目に見えていた。

 それでもギリギリ、何とかここまでやってこれたのは、日々の料理のおかげだ。

 栄養さえ取れればいいなどと、軍人みたいなストイックさはかなぐり捨てた。食欲には忠実になれと律したためだ。毎日そっけないパンかカ○リーメイト/ヴィ○ーインゼリーみたいな栄養補給じゃ、どこかで死んでいたはず。……決して妥協せず/金に糸目は付けず、美味い料理/レストラン探しを課してきた努力の結果。

 できれば自分で/【料理】を習得すればよかったのだが、そこまでは凝れなかった。準備の面倒くささ/ソロプレイの悲しさ/一人暮らしの侘しさ。食事は外食にせざるを得なかった。毎日の食料費はかなり、バカにならない額になっている。……自作していたら今頃、もっといい物件を手に入れていたかもしれない。

 ただ/だからこそ、寝つきと寝起きの一杯だけは譲れない。【料理】なしでも作れる最高級を揃えた。いい食事がいい一日を作る……。

 

 そろそろいいかなと、味見をしていると……ちょうどリズベットが目を覚ました。

 うっすら目を開けゆっくり体を起こし、寝ぼけ眼のまま視界隅を/おそらく時計を確認して―――ギョッとした。

 

「おはよう」

「……何で、起こさなかったのよ?」

 

 恥ずかしそうに/はんば毛布で顔を隠しながら、恨めしそうに睨みつけてきた。

 

「色々作業してたから、忘れたんだ」

 

 悪いね……。悪びれた様子もなく答えた。

 約束ではあったが、起こすつもりはなかった、一回仮眠を取らせてもらったら充分だった/過ぎてもいたから。……事実必要だったのは、オレよりも彼女の方だったらしいし。

 

「それよりも、眠気覚ましだ、どうぞ―――」

 

 彼女用に取っておいたドリンクを渡した。……熱々のスープは、さすがに寝起きにはきつい。

 まだ何か言いたげながらも、溜息一つ。少し乱暴に受け取とると―――ゴクリ、飲んだ。

 飲み干すと、訝しりが顔に広がっていた。

 

「これ……水、じゃないわよね?」

「ああ、【帰還の秘薬】だよ」

 

 専用の瓶からコップに移し替えただけ。色合いでバレてしまうがコップで誤魔化せる、そもそも寝起きだったので警戒心も薄い。

 当然のこと、リズベットは動揺すると、また睨みつけてきた。

 

「―――やってくれたわね」

「吐き出さないでくれよ。ソレが最後の一本なんだから」

 

 そして今度は、スープを渡した。

 まだ転移するまで時間がある。一杯ぐらいは飲めるだろう。

 

「……いらないわよ」

「ふたり分作っちゃったんだ」

 

 せっかくだしな……。大きくため息をつかれると、観念したかのようにグビリ、一気飲みした。

 

「―――すぐに助けに戻るわ」

「その前に、脱出しているかもしれないからな。半日ばかり待ってた方がいいかもしれない」

 

 強がりなんて……。呆れられた。

 はんば冗談ではあったが、そうしたいとは思っている、できる限りを尽くして。……救助しにきた奴らがオレに何を言ってくるのか、目に見えるようだった。

 互いに向かい合い、転移の時間を待った。

 

 ―――……

 ――……

 ―……

 ……

 

 。

 

 ……しかし、リズベットは転移されず、何事も起きず。

 

 さらに確認のため、もう少し待ってみるも……何も起きない。転移特有の淡い光など微塵も現れなかった。

 ようやく悟ると、肩をすくめあった。

 

「……転移、できないみたいね」

「そう……みたいだな」

 

 互いに大きく、ため息をついた。

 【結晶無効化】だけでなく、転移自体を阻害してしまうエリア。フロアボスエリアですらありえない造りだ。……厄介極まりない。

 

「こんなことって……あり得るの?」

「たぶんここが、転移システムでつながっている場所じゃないから、だろうな」

 

 不安そうに尋ねてくるリズベットに、仮説を披露した。……おそらく、ソレ以外にはありえないであろう仮説、できれば外れて欲しい類の。

 

「【狭間】だ。落下し過ぎて到達しちゃったんだ」

「【狭間】て確か、えぇと……何だっけ?」

「各階層の深部と天井部にあって、重力が逆さになっているエリアだ。犯罪者たちだけがいけるはずの場所……だった」

 

 厳密に言えばカーソルの色だけで行けるわけじゃないが、変わっていないといけない。少なくとも、まともな方法では入場できない。

 

「1階層の【監獄】と25階層の【カブラキ】50階層の【アリゲート】は、有名な【狭間】の街だよな。……どれも通行証を確保できたら、犯罪者である必要はないけどね」

 

 ただその通行証をゲットするためには、一度犯罪者になる必要がある。あるいは、持っている奴とトレードするかだが、どちらにしろ犯罪者と関わる必要がある。……ただそもそも、どの【狭間】も攻略にはほとんど関係しない。

 

「でも、私たちはただ……落ちただけ、でしょ? 犯罪者になんか、なってなんか……」

「たぶんだけど、『正式なルートでは必要』なだけかもしれない。侵入するだけならこうやって、落下するだけで事足りる」

 

 あるいは、『自殺』という形でオレンジ認定がされたのかもしれない……。さすがにありえないだろうが、あのクレバスから落ちたのならそう思われても仕方がない。

 ただ、推測を重ねているだけなので、当然のことながらリズベットの疑念が晴れることはない。

 

「……だとしても、本当にそうだって証拠は?」

「向こうに、でっかい穴があった。……夜空を見下ろせるぐらいのな」

 

 たぶん、オレ達が落ちてきた穴だ……。途中で重力が反転して、無事に着地できたのだろう。でなければ、高所落下ダメージで二人とも退場していた。

 

「ちなみに、あっちにも道が続いてた。どこに通じているかはわからないが、オレの【索敵】の範囲外にも続いている」

 

 大穴とは別方向を指さしながら言った。ただのどん底ではなく、水晶の洞窟だった。……オレが知らないとなると、未踏地エリアだ。

 ここまで推測を出してみると、ふとクエストのことが浮かんだ。ここにきた目的/【★6】の金属が手に入るとされている。誰もが未達成だったのは、もしやここが……答えだったのかもしれない。

 

「仮にここが【狭間】でいいのなら、無事に帰れるかも知れない。別の場所に安全な出入り口があるはずだ」

「……どういうこと?」

「あのクエストに必要だったのは、カーソルの色だったのかもしれない、てことさ」

 

 現に、その手のクエストは存在する。……存在してしまっている。

 魔剣を作り出せる金属【★6】。ソレを手にしなければならないプレイヤーは必竟、一人で攻略せざるを得ない状況に追い込まれている。通常は別の方法を模索するものだ、仲間とより緊密に協力し合うという方向へ。『それでも』と、考えるプレイヤーの種類は……限られてくる。

 だとしたら、実にいやらしい条件だ。開示するのもためらわれる。

 いちおう、それなりにはまとまってはいる攻略組だが、誰もが己の腕っ節を信仰している。気性が荒い、個人プレーに染まりやすい。自分より強者だと認めない限り他人からの指示など受け付けない。しかし、【★6】が無いことで協調方向へ持っていきやすくなっていた。……ソレが崩れてしまう。しかも、犯罪を唆すような特典付きで。

 再び大きく、ため息をついた。腹に重いシコリのようなものが沈んできた。……また秘密を抱えなければならないらしい。

 

「……もし、そうじゃなかったから? ここから出られる方法なんてなかったら?」

「毎日寝て起きて暮らす」

 

 それ以外にやることがないし、できればそうしたい。……最近、働き過ぎな気がしてならない。

 

「あっさり即答するわねぇ、もうちょっと悩みなさいよ」

 

 でも、それも悪くないか……。苦笑しながらも、同意を含ませてきた。

 意外なことに、彼女も怠惰が欲しいらしい。バリバリせかせかと、人や競争の中で働くタイプかと思っていたら違った。その点は大いに好感が持てる。……どこかの攻略の鬼とは違って。

 

「まぁいちおう、方法がないわけじゃないよ」

「なんだ、何かできそうなの?」

「ああ。コイツさ―――」

 

 ゆるくなった空気の中、取り出して見せたのは……手のひらサイズの気球だ。

 油をしみこませた布切れと、ちぎれてしまったワイヤーの残りと、携帯ガスボンベから取り出したガス。そして何より、『オレ達はここにいる』とのメッセージを込めた小さな記録結晶を使って自作した。

 

「コレって、もしかして……気球?」

「そ。少しばかり不細工だけど、機能は果たせるはずだ。

 コイツにメッセージを取り付けて飛ばせば、上まで届いて誰かに知らせることができる。この山は高レベルの金属の採掘場でもあるから、人が来ないことはないしな」

 

 途中でガスが切れるか引っかかるかしなければ、上まで到達してくれるはず。障害物も横風も飛行型モンスターの妨害もないはずだから、大丈夫ではある。

 誰かが拾って、興味を持ってくれるのを祈るばかりだ。できれば焦ってもらいたいが、もしも先の条件でクエストが達成できるとなると……考えないといけない。メッセージの内容は慎重に添削する必要がある。

 

「相変わらず、用意がいいことで」

「発想力だよ、君、窮すれば通じるのさ。諦めたらそこで終わりだよ」

 

 ごもっとも……。素直に賞賛をうけとった。

 実は以前、『迷宮区を登らずに上の階層へとショートカットするにはどうしたらいいのか?』という、アホながらも魅力的な試みがされた。その方策の一つとして、気球の制作と使用があった。制作の方は、ヒト一人分ならば完成させることができた。しかし使用に至って……無理だと判定された。【狭間】の責だ。

 実験台にされたプレイヤーが、【狭間】に落ちた後どうなったのかは……わからない。緊急転移は叶わなかった。高所落下死は免れなかっただろうが、【生命の碑】には死亡が載っていなかった、ただし本当に生きているかどうかはわからない。なのでその反省から、気球案は永遠に封印されてしまうことになった。

 

「いいじゃないソレ、飛ばしに行こうよ!」

「……悪い、こいつは保留だ。先に探索してみて、行き止まりだったら使おう」

「なんで、知らせるのは早いほうがいいじゃない? わざわざ後でやらなくても……て、まさかそういうこと?」

 

 何を察したのか、ジト目を向けてきた。

 おそらく言いたいことはわかった。オレの思惑とは微妙にズレているし心外だが、『そういうこと』にした方がいいだろう。

 

「そ。できればココの情報は、オレ達だけの秘密にしておきたいんだ。リズに作ってもらう分も補填したいし、なにより、懐具合は暖かいに越したことはないしなぁ」

「うわぁ……さもしい男ねぇ」

「おいおい、クエスト情報は商品だぜ。【★6】が手に入るクエストの攻略法とあれば、大枚叩いても買い取ってくれるはずだ」

 

 だから秘密を共有してくれたら、分け前ははずむよ……。頭の中でエギルをトレースしながら、ニタニタと業突く張り商人の笑みを向けた。

 凄腕かつ孤高の職人であるリズベット親方は、オレのさもしさに眉をしかめるも、ノーコメント。分け前交渉にはのってこず、『黙っているけどお金は要らない』との態度を向けてきた。……ちょうどいい感じに誤魔化せた。

 

「他の案は、そうだな……せっかくゴーレムの金属あるから、ピッケル幾つか作ってもらうのもありだな」

「ピッケルって、まさか……あの高さ登る気!?」

「高さは問題ない、迷宮区にもその手の絶壁があったしな。

 ただ……この壁、オレの剣でも表面に傷がつくだけだったからなぁ。クライミングは無理だろうな」

 

 【体術】の【壁走り】を使ってみたが、一回では無理だった。数回/最低でも3つほど足場があれば行けたかもしれない。ピッケルを差し込めれば足場は作れる。あるいは/本来の用途として、取っ手として使ってもいいだろう。だが……魔剣を上回れる鋭さなど、ココでは作り出せない。

 

「あとは、そうだな……リズにヘリのプロベラ作ってもらって飛ぶ、てのは面白そうだな。ここには金属は山ほどあるし、あとは【車輪】を鍛えればいいだけだからな」

 

 『迷宮区ショートカット』のアイデア/ボツ案の一つ。人力竹コプター。

 ヒト二人分飛ばすだけの浮力を得るには、どれだけ回転力が必要かわからない。が、そこはソードスキルとシステム外スキルの【加速】、いけないこともない。ただし、二人でこなすには無理だとの結論に至った。もうひとり【瞑想】の使い手が必須、互いに離れすぎては力を送ることができないので、追尾して空中浮遊してもらわねければならない。……ひどい矛盾だ。

 他に使えそうな代案はないか、思案していると……クスクス、リズベットの微笑みが見えた。

 

「……なんだよ? 何かおかしいことでも言ったか?」

「いえね、アンタ見てると、何とかなりそうな気がしてさ。ここは今もの凄く危険なんだろうけど、何だか……可笑しいな、てさ」

 

 心配してるのが、バカバカしくなっちゃった……。裏表ない、力みの抜けた笑みを見せてくる。

 慰めてるつもりはなかったので、反応に困った。どうすればいいのかわからないので、同じく笑ってみた。一緒に笑ってみると、オレも本当に可笑しくなってきた。……確かに今なら、何でもできそうな気がする。

 

 しばらく笑い合っていると、「あ、そうだ!」とリズベットがオレの背中に収まってる剣に顔を向けた。

 

「アンタの剣、大丈夫……だったの?」

「なんとかな、折れても欠けていなかったよ」

「耐久値はどれぐらい?」

「心配いらない。もう一度あのゴーレム軍団と一戦交えても平気さ」

 

 少しばかり強がりだが、慎重に立ち回ればいけないこともない。……それ以上は絶対にもたない。

 

「……見せてもらってもいい?」

「大丈夫ダイジョウブ。気にしないでくれよ」

 

 気軽な調子で誤魔化そうとするも、あまりにも言葉足らずだったらしい。

 

「……ゴメンなさい。【簡易炉】じゃアンタの剣は修理してあげられない」

 

 察したリズベットは、先までの明るさから一気に、顔を沈ませた。

 

「……コイツの扱いづらさは知ってるし、慣れてる。あんだけ無茶したのに、破損してなかっただけでも儲け物さ。

 とりあえずは、【修理粉】使って研ぎ直したから、それなりには回復してる」

 

 強力な魔剣ゆえのデメリット。本格的な鍛冶場がなければ、リズベットであっても完全修復ができない。【修理粉】を使っての応急処置しかできない。ただ、損傷してから時間が経ちすぎてしまった。【粉】で損傷の履歴を消化させるには、戦闘が終わってすぐがベストだ、それ以降だとコベリついて取れない。なので、回復量は無いよりはマシ、微々たるものだった。

 オレ以上に彼女もソレはわかっているだろう。が、あえて追求せず。ぐっと堪えて気持ちを切り替えてくれた。

 

「ここで悩んでても仕方がないさ。とりあえず、先に進もうぜ」

「……そうね。

 それにもしかしたら、ここに【★6】があるかもしれないしね!」

 

 そういうこと、プラス思考でいこう……。新たな一歩を踏み出さんとする寸前、顔を上げてくれたリズベットをみて、思い出した。

 

「あ、そうだ! 忘れるところだった―――」

 

 自分の耳から改造結晶を取って、渡した。

 

「コレ、代わりに使ってくれ」

「え、別にいいわよ―――て、あぁッ!? いつの間に?」

「悪い。寝てるとき、首筋にピタピタ当たってきて気持ち悪かったから、取ろうとおもって……そうなりました」

 

 面目ない……。リズベットの片方のピアスには、小さな涙滴型の結晶部がない。触れた瞬間、チェーンが摩耗していたのか途中で切れてしまった。

 コペルの奴、欠陥品掴ませやがって……。あまりにも不覚だった。

 

「……普通ソレ、【ハラスメント防止】に引っかかるんじゃ、ないの?」

「そりゃ、ココはダンジョン内でたぶん【狭間】でもあって、あんだけ近づいてたら……なぁ」

 

 言いながら、改めて昨夜のことを思い出して、ポリポリ頬をかいた。リズベットも同じく、恥ずかしそうに目が泳がせた。……意識しないように忘れてたのに。

 微妙な空気をコホン、咳払いで変えると、

 

「いいわよ、どうせここじゃ使えないし」

「いや、持っててくれ。コイツはオレのミスだ。

 たぶんコペルの奴、わざと耐久値がほとんどないやつを渡したんだと思う。壊れたら修理頼ませるためにさ」

 

 うかつだった。奴に少しでも善意があると錯覚してしまったオレのミスだ。この『試作品』に気がつかなかったなんて……。よく使われてる手口、初めての客にはたいがいソレを渡してきた。

 

「はぁ……抜け目ないわね」

「そっちは、触らないでそのままつけてた方がいい。ぶら下げてるだけだったら、まだ使えるはずだ」

「アンタはどうするの、片方だけになっちゃうわよ?」

「オレはもう一つ持ってるから大丈夫。アイツから拝借させてもらったものがな」

 

 言いながらストレージから取り出し、付け直した。

 【盗み】の練習も兼ねて、奴自身の改造結晶を奪った際、渡らされた試作品の一つと交換した……。おそらく根に持ってるだろうが、お互い様だ。

 リズベットも、オレのを確認したためか、壊れたピアスと交換した。

 

 

 

「それじゃ改めて、行こうか!」

「ええ。せいぜい足引っ張らないようにするわ」

 

 殊勝なのかふてぶてしいのか、自嘲を込めながらも意気揚々と続いた。

 

 そして二人、まだ誰も踏み入ったことのない【狭間】の洞窟へと、進んでいった―――

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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