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―――アイツとの約束、守れそうにない……かな。
意識が暗闇に飲まれる寸前、思い浮かんできたのはそのこと。
失敗した……。たぶん/きっと、すごく怒られるかもしれないなぁ。
未来は突然決まる。問答無用で理不尽に、何が起きるか誰にもわからない。だから考えつく限り、想像力を振り絞って準備するべきだろうが……それでも、唐突すぎる。
勝ったと思わされた瞬間に、敗北が決まる。勝負の鉄則だ。……せめて遺言は、用意しておかなくちゃダメだったな。
自嘲混じりの苦笑い。そんな冴えない最後とともに、暗闇へと堕ちた。
―――……
――……
―……
……
。
◆ ◆ ◆
「―――キリト! ねぇ、起きてよキリトぉ!」
リズベットの泣き声。涙ながら、オレを揺さぶってくる。
無造作にグラグラさせられ続けると、意識がもどった。うっすらと目を開ける。ぼんやりとした中から徐々に、目を覚ましていく……。
(……オレは一体、どうなった?)
寝ぼけがほどけ、周囲がクリアになっていく。視覚だけでなく別の/体の感覚が戻ってきて―――つながった。状況も思い出す。
ハッと、身を起こした。反射的な反応/重大な失態に心底驚愕して、考えるより先に体が動いてしまった。
なので―――ゴツンッ、互いの額をぶつけ合った。
涙ながら心配してくれているであろうリズベットに、頭突きをかましてしまった。
「い―――つぅ……」
「いきなり、なにすんのよ!」
互いにオデコをさすり/半泣きになりながら、突然の衝突事故に呻いた。
あまりのダイヤモンドヘッドに当てたこちらも大ダメージだったが、一気に覚醒させてもくれた。痛みで頭が冷える。
一潮痛みが抜けると、正面からリズベットを見た。……確かに/正真正銘、彼女だった。
「……とりあえず、幽霊じゃないらしいな」
「アンタもね! ……心配して損したわ」
プイッとそっぽを向かれた。……確かに、夢でもよく似たNPCでもないらしい。
ようやく、あの落下を生き残れたことを実感できた。
なので/恐る恐るも、天井を見上げ確認してみる―――
「ココ、クレバスの底……だよな?」
「たぶん、そうとしか……言えないでしょ?」
天井にあったのは、真っ暗闇。夜空よりも黒い深淵だった。
ここがクレバスの底だというのなら、見上げれば空が見えるはずなのに見えない。あらゆる光を吸収してしまうドームの中のように、天井が覆われているようだった。どれだけの高さ落下したのかわからない。
周囲と地面へと目を向けると、あるのは磨きぬかれた水晶。ソレ自体でほんのりと燐光を放っているか/くすんだものが混じっているのか、感覚を研ぎ澄まさなくても見える。リズベットも見えていることから、【索敵】の恩恵が無くても見える程度の暗さだろう。綺麗ではあるが硬くツルツルしている、一切の弾力性がない材質。
全てを確認するとゴクリ、息を飲んだ。
「……お互いよく生きてたな」
「ええ、ほんとに。……ギリギリだったわ」
はい……。とりあえず飲みなさいと、ハイポーションを渡してきた。
受け取ると素直にゴクゴク、飲み干した。赤く危険域だったHPが回復していき……全快した。
回復しきるとまた、吐息を漏らした。そして再び、天井を見上げた。
「天井、見えないな」
「うん……」
これからどうするの……。無言の不安が投げかけられてきた。
思案中思案中、オレだって聞きたいよ……。ここがクレバスの底なら、たぶんに【結晶無効化空間】だろう。もしできたのなら、リズベットがオレごと転移してくれたはず。
サッパリわからないなりにも頭を捻ってみると、打開策が浮かんできた。元々用意していた対応策、ここであっても変わらないはず。
「【秘薬】もう一個持ってたりするか?」
「あいにく、アレだけよ」
「そうか……
オレ持ってるから、使えよ。ソレで脱出はできると思う」
メニューを展開し取り出すと、「ほれ」と渡した。
渡されたリズベットはソレを見つめ、不安そうにオレと見比べてきた。
「……アンタの分は?」
「気にせずどうぞ」
無い、てことなのね……。気遣って勧めるも、すぐにバレて眉を顰められた。
勘の良さに胸の内で口笛を吹くも、嘘ついても/強がっても仕方がないので、肩をすくめた。正直に打ち明ける。
「素材は一通り揃ってるけど、【調合】使えたりは……しないよな?」
「……ゴメン」
結晶アイテムとは違い【帰還の秘薬】ならば、【調合】が使えれば作り出せる。自作できるようになれば、ダンジョンに潜るたびにわざわざ買い揃える必要もない。ただ、素材は比較的簡単に揃えるが、自作の【調合】レベルは高く【レシピ】も必要、専用の大型クエストをこなす必要もある。なので、素材を用意して『調合屋』に作ってもらうのが常道だ。
気落ちするリズベットに、「気にするなよ」と軽く慰めた。攻略や戦闘には直接関係しない/裏方にならざるを得ない【調合】を会得しているプレイヤーなど、ごく限られている。少なくとも攻略組にはいないはず。……【鍛冶】をマスターしているだけでお釣りがくる。
「とりあえず、リズだけでも戻ってくれれば、救助も呼べるんだけど……ダメか?」
「アンタのモノなんだから、アンタが使いなさいよ」
「ここはモンスターが湧いてこないとはいえ、君一人じゃ危険すぎる場所だ。オレが居残った方が生き残れる」
他に方策はあるか? ……少しばかり酷な言い方だが、仕方がない。彼女には飲み込んでもらうしかない。
わかってるわよ、そんなこと! だけど……。踏ん切りをつけない様子、すぐには切り替えられないでいた。
なので、ダメ押し。
「助けられたのに、見捨ててしまうような気がして嫌だ……か?」
ギクリ―――。顔をしかめて睨んできた。痛い所をつけたらしい。
のでもう一押し、煽った。
「もしそんな風に考えてるんだったら、お門違いだぜ。そんな考えはすぐに捨てたほうがいい、バカがよくする感傷だからな」
「……ソレ、どういう意味?」
あからさまに/計算通り、冷たく聞き返された。
「『助けられてしまった』のはもう取り返しがつかないんだから、今更どうしようもない。切り替えるしかないんだ。飲み込むのが無理だったら、棚にあげて無視してもいい。ソレができなきゃ、自分だけでなく仲間にも……迷惑がかかる」
最悪、全滅すらありえる……。厳しく突き放すことだが、仕方がない。理想よりも現状に集中してもらわないと危険だ。
今は/ここはもう、オレが彼女の分も背負ってやれるほど、安全なテーマパークじゃない。命が危険にさらされるダンジョンだ。今二人とも無事に生きているだけでも幸運だった。……自分の力量を見誤ってはならない。
「『足でまといだった』とかで悔やむのも違うぞ。オレは君がどれだけのレベルか知っていた、それでもできると見込んだ、足りない分をカバーしきれるともな。……その想定が甘かったんだ。君だけの問題じゃない」
そして幸いなことに、今はBプランが使える……。ここが潮時だ。これ以上無理を通せば、撤退すらできなくなる。……自分の命はこの世界にあるどのアイテムとも、天秤にかけてはならない唯一だ。
「……せっかくここまで来たのに、何もできずに……帰るなんて―――」
「その手の無理強いして死んだ奴、結構知ってるぞ」
大体の死因は、安全策を捨てて賭け事をしてしまったからだ。ここがデス・ゲームと忘れてしまった、攻め時と無謀をはき違えた/戦の流れの読解力を無視したから、仕掛けられた罠にかかる。
だからと言って、オレは当てにならない。リズベットにはそうなって欲しくないし、おそらくできない。……オレの場合は、みなが『正しく』してくれただけだったと、今になってみればわかる。『ビーター』の特権だ。
しかし―――悔しすぎてだろう、今にも泣き出しそうな顔を見せられた。そこまで言わなくたっていいじゃない……。普段なら吐いたであろう文句すら、飲み込まされた結果だ。
決意が揺らぐ、押し通せそうにない。……まだまだ、覚悟が足りていなかったらしい。
「…………はぁ~、わかったよ。
今はもう夜だ。どうするにせよ決断は、朝になってからだな」
「……うん」
その「うん」は、何に対しての肯定なんだよ……。まだ消沈している彼女には追求できず、かわりに胸の内で大きくため息をついた。……頼むから、もうゴネないでくれよ。
ひとまず棚上げ、ここで夜を明かす準備を始めた。メニューから必要なアイテムを取り出す。
「……なに、してるの?」
「野営の準備」
驚かれる前に、いつもの野営セットを取り出していた。
携帯ガスコンロを地面に設置/点火し、上に置いた小型の鍋に水と粉末を注いだ。グツグツと煮込まるまで、ゆっくりとかき混ぜ続ける。
「はぇ~……準備がいいことで。
よくこんなモノ持ってたわね?」
「前線じゃ、ダンジョンで一夜明かすなんてザラだからな」
ストレージの所持重量は有効活用しないとな……。皮肉げな忠告。
はいはい、わかってますよ先輩……。肩をすくめながら、軽口の応酬。……先までの暗さは、いちおう払拭できたらしい。
言い合っているうちに、湯も沸いていた。入れた粉末もそこに溶け、ホカホカのコーンスープが出来上がる。
「美味しそう」
「だといいがな―――」
柄杓をとって味見―――。同じ粉末でも微妙に味が変わるので確かめざるをえない。しかも【料理】をセットしていないとなると、美味がでる確率は低くもなる。
味見の結果は……まあまあ、オレなら別に気にならないレベル。リズベットはどうかと思案するも……彼女の好みを知らないと、今更ながら気づいた。どうしよう……。
とりあえず、ここは寒く大変な目に遭ったとの共通項から、元気がでる辛味が必要だろう……。無難にそう考えると、再びメニューを展開し調味料を取り出した。パッパと少々、まぶして混ぜる。
「―――ホイ、熱いから気をつけろよ」
「ありがと」
「言っとくが【料理】はからきしだからな。期待しないでくれ」
渡されたカップをフゥフゥ、熱を調整するとズズぅ……飲んだ。
「―――温かい」
リズベットの顔には、不味そうな色合いは見えなかった。安堵でほころんでもいる。……よかった。
自分の分も作ると、またメニューを展開しアイテムを取り出した。
「よかったらコイツも使ってくれ、疲れが吹き飛ぶ」
渡された小瓶を見て/張られたラベルに、驚かれた。
「……お酒?」
「そ。ハチミツ発酵させて作ったやつだから、甘くもある、ちょっと度数は高いけど」
【酩酊】するほどじゃない……。いつもの料理のお供や寝酒/宴会なんかで飲むのは、少し場違いな感じがある。そもそも、ハチミツの甘ったるさとアルコールの奇抜な組み合わせについてくるのは難しい。でも、今ここ/人知れぬ寒冷地の夜ならばふさわしいはず。
案の定驚かれたが……過ぎていた。顔が真っ赤にアタフタと、慌てふためかれた。
どうしてか、オレと手のお酒を交互に顔を向けながらオズオズと、恥ずかしそうに尋ねてきた。
「ふ、普通さ、この状況でこういうモノ出すって……どうなの? いいの? 私たちまだ、今日会ったばかり……じゃない?」
「前線じゃ普通だぞ?」
「えぇッ!? ……マジで?」
「飲み過ぎはバカだけど、飲まないと上手く休めないし仮眠なんてできない。こういう、寒くて暗くてすぐに助けもこなさそうな穴の底だったら、なおさらだ」
私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……。何か不満が残ったようだが、「何でもないわよ! もう忘れて―――」と、急に瓶のコルクをもぎ取るように外した。
そして豪快にグビッと、飲んだ。
「―――確かにコレ、甘いわね。お酒じゃないみたい」
「ソレに騙されて、グビグビ飲んでへべれけになった奴ら、結構多いからなぁ」
「アンタもその一人だったり?」
いきなりのご指摘にビクリ、沈黙と視線そらしで答えてしまった。ご想像にお任せします……とは格好つかなかった。……なんで気づけたんだろ?
スープとお酒。交互に飲んでお腹を満たすと、調理道具を片付けた。
そして次に、就寝用具を取り出そうとするが、
「寝袋か毛布、持ってたりは……しないよな」
「お構いなく。このコートだけで充分よ」
先に渡した厚手の黒コート一つで、やせ我慢してきた。
野営セットを一揃え所持しているのは、かなり変わっているのかもしれない……。ソロプレイで攻略組に参加する心構えとして、常に用意してきた。周りでワイワイとキャンプしている中、一人隅っこで膝を抱えて寒そうにしている姿が、ビーターの役どころに相応しいとは思えなかったからでもある。……でなくても、寂しすぎる姿が怖い。
そうやって習慣づけていったことで、当たり前になっていき……感覚がズレたらしい。中層域のプレイヤー達/前線を一歩離れると、ダンジョンで寝泊りするのは日常じゃなかった、眠るのは自分のホームか拠点にした宿屋なのだろう。今回は日帰りできる/できるだけ鉱石を集めるのが目的だからとは言え、習慣がなかったと言わざるをえない。
「さすがにソレだけじゃ、凍えちゃうよ。―――コレ、使ってくれ」
自分用に使うつもりだったシュラフとベットロールを渡した。
「高級品なんだぜ。断熱性ともちろん寝心地もバッチリの代物だ。窮屈そうに見えるけど中は意外と広い、手足を思いっきり広げられるぞ」
「それじゃ、アンタが使えばいいじゃない、アンタのモノなんだから。……私は大丈夫よ」
「オレは見張りやるからな。肌寒い方が眠気が覚めていい」
「見張りなら私もやるわよ。てか、ここは非戦闘エリアみたいなんだから、大丈夫じゃない?」
「だと思うけど、侵入できないモンスターがいないわけでもないだろ? 防護膜の揺らぎを見切って攻撃してきたり、効果範囲外の遠間から投擲とかな」
さすがにそんなこと、あるわけないでしょ……。リズベットは笑っていなそうとした。……やはり、先の推測は当たっていた。
ダンジョンの非戦闘エリアで寝泊りすれば、おのずと持たされる警戒心だ。非戦闘エリアを【圏内】と同じと誤解している、中は完全な防壁で守られているわけではない。プレイヤーの中に潜んでいる犯罪者たちの【圏内】破り同様、モンスターたちも積極的にエリア侵入を試みようとする。
なので、必ず見張りを置かなくてはならない、できれば周囲の掃討も。ソロプレイの場合は、擬似的な【圏内】を作り出すことができる【結界石】を使う必要がある。ここでも使えればいいのだが……生憎なこと【結晶無効化空間】、見張りを使うしかない。
「一度でも侵入されれば、エリアの効果が無くなるのは知ってるだろ? 【圏内】でない限り、安心しすぎるのは危険だ」
「……一晩中、気を張り詰めるのもどうかと思うわよ? ここがどのレベルかわからないけど、正直私だけじゃ……切り抜けられそうにない。途中で倒れられちゃ困るわ」
「攻略組舐めんな、徹夜なら3日ぐらい平常運転だよ。それに、下手に仮眠入れると鈍るんだ。……リズが使ってくれ」
やんわりと論破して返却拒否し続けた。リズベットはソレ以上言い返せず、俯いた。
また機嫌悪くさせたかと伺うも、帰ってきたのは気弱げな声だった。
「私って、そんなに……足でまといなの?」
怒っても悔しさでもなかった。寂しそうにそう、問われた。
一瞬、言い訳しそうになったが……やめた。
「……その自覚があるなら、使ってくれ」
これが今、君のすべきことだ……。越えてはならない一線、オレが彼女に手を貸せるギリギリがコレだった。
ハッキリと告げられるとおずおず、受け取った、ただし無言で。……先までの和やかな空気は消えてしまった。
なのでか、いらんことを口走ってしまった。
「まぁ、オレが使ったやつではあるけど、ここじゃその手の汚れだかは残らないはずだ。ストレージから出せば新品同様だからそのぉ、気にならなければ―――」
なるに決まってますよねぇ……。自分で言っておきながら、恥ずかしくなってしまった。恥ずかしいことに今更気づいた。
もちろんのこと、指摘されてリズベットも、顔を真っ赤にした。即座に察せられた。先までと違うジト目で睨んでくる。
「も、もしかしてだけど、やっぱりそういう……目的で、てこと?」
「ち、違う! 断じて違うぞッ! オレはそんな……誤解だからな!」
「どぉかしらねぇ~……」
危うく丸め込まれることだったわ……。もはや完全に信頼感0へ、先までオレに付着していたであろう威厳も見事に剥がれ落ちていた。
かと言って、意見を曲げるわけにはいかない。コレは大事だがソレは命に関わる、何か疚しいことなど一切合切微塵も無い。だから……
「……やっぱり遠慮するわ。私、そういう趣味はないんで」
「わかったよ、分かりました! そんなに使いたくなきゃいいよ、もう―――」
どうとでもなれと、リズベットの手から寝具セットをひったくると、ストレージに戻した。
代わりに、厚手の大きめの毛布を取り出した。
「……コレなら、文句ないだろ?」
「まぁ、さっきのよりかは幾分かマシ、か……。これなら二人でくるまれるしね」
ボソリと呟かれると、今度はオレがキョトンとしてしまった。二人でくるまるって……どういう意味?
オレの視線に気づくと、急に慌てふためいた。しどろもどろ言い訳を吐き散らしていく。
「ご、ご、誤解しないでよッ!
別に、そういう目的だからとかしたいとかじゃなくて、二人だと寒くないし、アンタも少しは寝られるだろうし、だから、だから……だからよッ!」
「いやいや! ソレだと逆にオレ、寝られなくなりそうな気が、しないでもない気が……」
最後はゴニョゴニョと、自分で言って恥ずかしくなってきた。これじゃまるで……。
このままだと話がややこしくなるだけだ……。お互いそう暗黙知したのか、コホンと話題を切った。
そしてブワリ、互いに背中合わせになると、一つの毛布にくるまりあう。
「あ、アンタのこと、信頼して……だからね!」
「わ、分かってるよ! 変なことなんて絶対……しない」
「ちょっと、今の間はなに!?」
「な、何でもないよ! ……はぁ、もう変に勘ぐりはやめてくれよ」
「な、何で私の責なのよ!?
私は別にそんな、アンタがする、なんて……疑ってないわよ!」
「いやいや、そこは警戒したほうが……て、いいか」
このままじゃ何もできん……。互いに観念した。
静かに包まりあうと、互いに互を意識しないように努めた。ただ、ピタリと背中合わせなのでどうしても気になってしまう、特に自分の体のコントロール不能さが。……緊張しているのがモロにばれる。
コレじゃ、本当に気が休まらないぞ……。自制心をフル稼働させながら、現実逃避の思考を紡いで平静を保つ。羊が一匹羊が二匹、羊が三匹四匹五匹、六匹に七匹―――……
するとソっと、いきなり声をかけられた。
「―――ねぇ」
「ひゃいッ!?」
変な声で答えてしまった。
訝しられるも気にされず、そのまま続けてくる。
「一つ、聞いていい?」
「な、なんだよ、改まってさ?」
「何であの時、助けてくれたの? アンタも死んでた……かも知れなかったのに」
いきなりの真面目な話題に、一瞬言葉を詰まらせてしまった。
どうしてなのか? ……改めて考えさせられる。
「……誰かを見殺しにするぐらいなら、一緒に死んだほうがずっとマシだった。ソレがリズみたいな女の子なら、なおさらだ」
似合わぬ小洒落たセリフを混ぜて、どうにか恥ずかしさを紛らせた。
実感としての真実は『体が動いた』からだ、理由は後付けだった。あの瞬間、利益とか善悪とか生き死の判別もなかった。過去が想起された気もするが、記憶になった後に付け足されたのかもしれない。だから、全ての理由に証拠がない/ありようもない。それでも、オレが選んだその一つには、オレらしさがあるような気がした。……あまり触れられたくない、生のオレ自身が。
その答えにリズベットは、はんば驚きはんば知ってたと、静かに納得した。
「そういうのって、『バカの感傷』じゃなかったの?」
「そうさ。だからリズには真似して欲しくない」
「……勝手な言い分ね」
自覚はしてるよ……。また同じ問題が吹き出しそうになってか、二人とも口をつぐんだ。
また静かに/今度は緊張少なく、黙ったまま互いに反対方向を向き合った。先とは違い、いたたまれない沈黙ではなかった。宵闇に抱かれるような静寂、このエリア自体の微音が聴こえてくるかのような、五感が染み広がっていく不思議な感覚。
マズイとは思いつつも、うつらうつらと、心地よくたゆたっていると、
「……この毛布、けっこう暖かいね」
「そうか。それは……よかったよ」
リズベットからの返事は、かえってこなかった。
不思議に思うとスヤスヤ、背中越しに寝息が聞こえてきた。……疲れていたのだろう、もう眠ってしまったらしい。
(……おやすみ)
胸の内でそう声をかけると、見張りに専念した。……眠りを妨げないように、調整してあげながら。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
他人が/気になっている異性が愛用しているであろう寝袋を、使うことが出来るのか、ソレも本人の目の前で? 現実ではなくフルダイブのVRなら関係ないのか?
原作では、そこのところ突っ込んではこなかったのですが、武装とは違って寝袋は気にせざるを得ないものだと思いました。おそらく、自分の着た服を他プレイヤーに譲渡するなんてことは、いくら利益があったとしても躊躇われるのではないかとも。通常のオンラインゲームなら気にならないけど、全感覚のVRとなれば気にせざるをえない。
その手の『気持ち悪さ』を払うために、『洗濯屋』なんてモノが必要とされるかもしれない。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。