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一人で十数体ものゴーレム達と対峙する、しかも包囲されている状況。
多勢に無勢だ……。しかし今度は、後ろにリズベットはいない。気にせず思いっきり戦える。
背後からの個体から、拳の急襲。結晶アイテムを使ったばかりなので、ソードスキルは使えず、足も動かない/躱せない。
なので、軌線を見定めそこに剣を添えた。
ぶつかり/撓み/衝突―――。全身へと伝染する寸前、跳ね上げた、
澄んだ鐘の音が響き渡った。
ゴーレムの急襲をパリィ。攻撃を跳ね上げられ体勢が崩れる/たたらを踏む。別角度から急襲しようとしていた仲間ゴーレムの邪魔する位置へ―――
割り込んできた仲間の巨体で強制キャンセル、連携を封殺した。
続いて遠間から、氷柱の襲撃。仲間ごと巻き込むような位置取り。ここではモンスターといえども、パーティー間のフレンドリーファイアはないので躊躇うことがない。
襲い来る氷柱の群れ、上空にしか逃げ場はない。しかしちょうど、硬直が解除されていた。第二の方策。先のように迎え撃った/【アースハウリング】を叩き込む―――
互の衝撃波がぶつかり合い、対消滅。ただし、オレの方が威力は強いので押し通た。発生していた氷柱もバラバラに粉砕されていく。そして、囲んでいたゴーレムたちの足をもすくい取った。
どスーンと一斉に、ゴーレムたちによる地鳴りに揺さぶられる。
【崩し】か【転倒】状態に陥ったゴーレム達、即座に行動できない隙だらけ。その間隙をぬって不利な立ち位置から抜け出した。
しかし、全員ではなかった。ソードスキルの影響外にいたゴーレムが、逃がさんとばかりに追ってきた。拳を叩き込んでくる―――
また剣を構えて防御。けれど、走りながらなので軌線を捉えきれず/パリィではなくただの防御。しっかりとした大盾や硬い盾ですらないので、重量級のゴーレムパンチならダメージが通る、ついでに吹き飛ばしの憂き目にも。
ゴンッと重い打撃、ゴーレムの体重の乗った拳が目と鼻の/わずか剣に遮られた先にあった。受け止めきれず腰が浮く。
そのままでは吹き飛ばされるだけ、最悪【転倒】させられる……。なので、足の踏ん張りを解いた。逆にトンと、合わせて体を浮かす。
衝突エネルギーはそのまま、吹き飛ばされるがままにふっ飛ばされた。包囲の外へと、飛ばしてもらう―――
包囲の外縁部に着地。【転倒】しないように地面との接触面と重心の微調整、ガラスに爪を立てたかのような摩擦を撒き散らしながらブーツと地面を削った。……水晶であったためか、思ったよりも滑ってしまった。
殴り飛ばしのエネルギーが消えると即座に、踏み込んだ。反撃のソードスキル。弾丸のように発射し、殴ったのとは別のゴーレムの脇腹を貫いた。不意打ちされたゴーレムは、悲鳴を上げるとともに体をよろめかせる。
その個体を盾にしながら、別の個体へと跳んだ。……一時の遅滞が命取りになる、忙しくも飛び回ってかく乱し続けなければならない。
ゴーレム達との戦闘はつづく……
オレの基本戦術は、どうにかしてタイマンに持ち込む/他の個体は黙らせること。【アースハウリング】や【崩し】/【転倒】を引き起こせる突撃/範囲攻撃を叩き込んで眠らせる、漏れた個体へ一撃離脱のヒット&アウェイ。大きく攻め込まずチクチクと、隙だらけだからといって無理に遠間の個体を襲わない/防御されても攻撃を入れる。絶対に守勢には回らず堅実に攻め攻めて、確実にHPを奪っていった。ゴーレム達は翻弄されるがまま、小回りの利かない巨体を右往左往させ続ける。
巨体のモンスターにありがちなこと。学習能力があまり高くないのも、大いに助かった。
複数でパーティーを組んで攻めてきているのに、指揮官らしき個体もいなければ役割分担もされていない。包囲は破れたのに、まだソレに固執しているのがいい証拠だ。互いの意思疎通もできていない、数の暴力を使いこなせていなかった。
ゆえに、ただの群れだ。集団じゃない。場を混乱させれば、個々の能力は通常のタイマンよりも弱くなる。あの巨体群の威圧感と孤軍の焦燥感を飼い慣らせれば、容易い相手だ。
一体また一体と、打ち倒していった―――……
長々と続いた攻防戦。
最後の個体へトドメを刺した時にはすでに、日はどっぷりと沈んでいた。周りは暗闇に包まれている。
「―――ふぅ~。これで終わりだな」
剣を差し貫いていたゴーレムの停止/体がバラバラになったのを確認して、ようやく安堵の吐息をこぼした。
鞘に収め緊張も解くとドッと、疲労が吹き出してきた。
ずっと押し殺してきた疲労。そこまで強くない相手だったが、突然の遭遇戦だったので無理やり切り替えねばならなかった。それにココは山頂部だ、気に留めていなかった薄い空気が押し寄せていた。体の芯にシコリが溜まってなのか、いつもより重く感じる。
だけど……。周りを見渡した。ゴーレムたちの残骸が所狭しと埋め尽くされている。
ここに来た目的は果たされた。この残骸から金属を得られるはず。……【★6】があるかどうかはわからないが。
「おぉ~いリズベット! もう出てきていいぞぉ!」
呼びかけるも、答えは返ってこない。
そもそも、あの性格だ、戦闘中に何か喚いていたはず。集中していたので声は聞こえなかっただろうが、音は聞き取れた。なのに全く、無反応だった。
訝しり【索敵】で検索してみると、最後に見かけていた岩陰にはいなかった。近くの隠れ場になりそうな影にもいない。
嫌な予感に、息を飲まされそうになった。まさか知らないうちに、襲われたのか……。恐る恐るも視界隅に焦点を合わせると、表示されている彼女のHPバーが何事もなかった。ホッと一息、何とか動悸は収められた。
(だとすると一体、何処に行ったんだ……)
【索敵】の範囲をさらに拡張した。彼女の足跡を浮かび上がらせる。
何も映っていなかった地面にぼんやりと、人の足跡が浮かんできた。リズベットの足跡。ついでに中空にモヤも/彼女の臭跡も視覚化し、リズベット精度を高めた。……彼女の体臭パターンはまだ未登録だったが、ここまで来ただろう他のプレイヤーのモノは大体登録済みだったので弁別できた。
足跡の向かう先へと追跡していく。山頂部から下り氷壁まで、巨大なクレバスを渡す水晶の橋まで降りていった……
なんだって待っていてくれなかったのか? 君一人でここを彷徨くのがどれだけ危険なのか、わかってるのか……。いくらなんでも自由すぎる。今日あったばかりの仲だが、少しぐらい言うとおりにしてくれてもいいと思う。
説教の一つでもしてやろうとプンスカ、口を尖らせていると―――絶句した。
橋の中腹あたりでリズベットが、立ち往生していた。
先にも進めず戻れもせず、ヘタリこんでいる。橋にしがみついてもいた。
見た瞬間、何が見えたのかサッパリわからなかった。意味不明すぎる現実にポカーンとしてしまった。瞬きしてもこすってもつねっても変わらない。……彼女はそこでプルプル、しがみついたままだ。
「あのぉ~……リズベットさん、何してやがるんですか?」
「キ、キリト!? 無事だったのね!」
信じられない、よかったぁ……。オレを見ると/声を聞くと、今にも泣き出しそうな、安堵の吐息をこぼした。
なるほど……。状況は概ねわかった。
オレを助けるために援軍を呼ぼうと、ここまで必死に降りてきたのだろう。自分じゃ助けにはなれないから、せめて誰かに助けを求める。ダンジョン内ではメッセージは使えないから、走って知らせに行くしかない。
転移を使えばすぐに呼べるだろうが、あいにくの【結晶無効化空間】だ。ここまで離れれば使えるだろうが、ここまで来たのだから誰か捕まえたい。もしかしたらまだ【旅団】たちがいるのかもしれない。
その見込みの結果が……コレだ。
今の時間の水晶の橋は、あまりの透明さゆえに見えない。クレバスの深淵と夜空の漆黒に溶けてしまっている。【索敵】をかなり鍛えているか特殊な装備をしていない限り、手探りながらおっかなびっくり進むしかない。
「今そっちに行く。
絶対に動くなよ。落ちたらたぶん……死ぬからな」
「やっぱり……。
転移は使えないの?」
「使えるっちゃ使えるんだが……。せっかくここまで来たんだ、どうせなら金属取ってから帰ろうぜ」
健闘を称えると、見えない水晶の橋へと踏み出した。慎重に一歩一歩、渡っていく……。
一歩進むごとに、ゴクリと息を飲まされた、背中に嫌な汗も流れる。
オレの感覚でもまるで見えない、硬い感触はあるが本当に歩けているのかわからない。【索敵】の音波探索に切り替えた/足音と風の音で編まれた反響像を映す。……ようやく、朧げながら輪郭が見えてきた。
行きはコレで大丈夫だろう。しかし帰りは、見えないリズベット付きだ。通った後に目印を置ければ、幾分か安心できるだろう。だが―――
「ひぃッ!?」
下から強風が、煽ってくる。ゴウゴウと恐ろしい重低音を出しながら、揺さぶりをかけてきた。まるで、早くこっちにおいでと誘うかのように……。
リズベットは落ちまいと、必死にしがみついた。オレもさすがに、風が止むまでは動けない。バランスを保つ―――
風が緩やかになると、また慎重に進んでいった。……下は見たくないが、見ないと踏み外す。最悪なジレンマだ。
(コレを全く見えずに、完全に触覚頼りであそこまで行けたのかよ……)
リズベットの根性は本物だった、助けを呼ぼうと必死だったことに偽りはなかった。……笑ってしまった自分を恥じた。
落下の恐怖と強風の煽りに耐えながら、何とか手が届く場所までたどり着いた。
「―――ほら、手を掴め」
「う、うん! ありが―――ッ!?」
急に、驚愕を浮かべた、オレの背後にある何かを見て。……音波探索に集中させていたので、広域探査はおろそかになっていた。
恐る恐るも振り返ると、そこには……ゴーレムがいた。
倒し残してしまった一体。あるいは、再ポップしたのを気づかずにここまで引き連れてしまったのか。……どちらにしても最悪だ。
ゴーレムは橋の手前で、両腕を思い切り振りかぶった。氷柱攻撃の初動モーション―――
まずい!? 跳ぶぞリズベット―――。一気に対岸まで渡ろうと、事後承諾でリズベットを引き寄せようとした。
しかし……ソレがまずかったのだろう。
彼女を驚かせてしまった。ギリギリ支えていたモノから、注意が削がれてしまった。
ゆえに―――
「―――あ?」
橋から足を……踏み外した。
ズルリ―――リズベットが傾いだ。
伸ばされた手を掴もうとするも、届かず/空を掴んだ。橋から落下していく、深いクレバスの底へと落ちていく……
クレバスの底がどうなっているのか、まだ誰も見たことがない。
誰もが落ちないように、慎重に橋を渡っていった。オレのように【索敵】を使ったり、ロープで互いに結んだりしながら、決して落下しないように進んだために。……どう考えても即死のトラップだ。そこに踏み込めるほど、無謀極まる豪胆なプレイヤーは現れていなかった。
なので、落ちたら終わり/この橋の共通認識。あとは転移結晶が働いてくれることを祈るのみだ。一瞬パニクるだろうが、たぶんに高度はあるはずなので持ち直せるはず。改造結晶ならすぐに発動させられる、発動前に手放してしまうなんてポカはない。高所落下を回避する方法はリズベットも知っているはず。大丈夫だ、大丈夫なはず、死ぬことなんて―――……
気づいたら、飛び込んでいた。
その手を追う、離れてしまった手を追う。安全な足場からダイブしていた。
全身が、冷たい空気に叩きつけられた。頬が/全身が/感覚が擦り切れていく。ただただ、手を伸ばす、とどく/とどける/とどけぇ―――
「掴まれッ!」
声にもできない絶叫をあげるリズベット。その伸ばされたままの手をしっかりと―――掴んだ。
そのまましっかり抱き寄せると半回転、上空を仰ぎ見る形。
同時に、袖口に仕込んでいた特殊ピック/ワイヤー付きの小型クナイを手首のスナップで引き出し、その手で掴んだ。そして、落ちた足場ある場所へと投げる。流れるような動作、反射行動までに染みこませていたのでほぼワンアクション―――
クナイが飛ぶ/ワイヤーが伸びていく。キュルキュルと、脇と背部に仕込んでいた歯車が軋みを上げていた。ベルトに縫い込んでいたワイヤーの糸束が高速で減っていく。
(間に合え、間に合え、間に合ってくれ―――)
祈りは通じたのか、もはやジャンプでは届かない距離まで落下した頃合だろう、クナイが足場まで到達してくれた。
ソレを見込むと止め、足場をクルクル巻き込んでいった。しっかり巻きつくように操作する。
完全に結べたかの確認する間もなく、糸束の放出を止めた。
直後ガクッ―――と一気に、負荷がかかった。
「―――いぎぃッ!?」
あまりの重さに、歯を食いしばった。脱臼しそうだった。
腕に絡ませ素手でワイヤーを掴んでもいたので、食い込んでもいる/血がツゥーと滴り落ちてきた。何とか肉までで、裂けてはいなかった。……フル装備の二人分は初めてだったとはいえ、腕の負担が尋常じゃない。
しかし、効果はあった。
落下は停止、中空でぶら下がることができた。
「た―――助かった……の?」
「とりあえずは、な。……リズベットが重すぎて、腕ちぎれそうだったけど」
半分以上事実の愚痴に、リズベットは顔をしかめるも、口に出すまでは控えた。……さすがの彼女も、この状況で文句を言えるほど肝は太くないらしい。
不満げながらもそっと下に顔を向ける確認すると、「ひぃッ!?」。小さく悲鳴を上げギュッと、抱きつきを強くしてきた。……おそらく赤バンダナ侍が現状をみたら、「お前も爆死しろや」と言われそうだが、そんな気は一切起こせなかった。花より二つの肉饅頭より、命だ。窒息の危機にそれどころではなかった。
慎重に慎重に、ワイヤーの頑張りを無碍にしないように/だけどできるだけ素早く、リズベットを落ち着かせた。冷静さを/一刻も早くしなければならないことを思い出してもらう。
「……転移結晶、使うわね。ここの主街区でいい?」
「ああ、頼む」
初めて彼女と意思疎通できた気がして、笑みが浮かんだ。
正直、ワイヤーでぶら下がる必要はどこにもなかった。彼女を捕まえたあと、すぐに転移しても良かった。わざわざ腕を傷めることもなかっただろう。ただ……言い知れぬ嫌な予感がして、ひとまずの無事を確保してからにした。
改造結晶を発動させようと、ピアスに意識を集中した。
「………………コレ、壊れてたりして、ないわよね?」
しかし、いつまで経っても煌めかなかった。発動直前の光が出てこない。
不安そうに見つめてくるリズベットに、オレのモノも働かせてみる。発動発動、頼む発動してくれ―――。
しかし……結果は同じだった。
「………………最悪だな」
「嘘だって、言ってよぉ……」
どうすんのよ……。青褪めるを通り越して、乾いた笑いを浮かべていた。嫌な予感は見事に的中してしまった。
もちろん答えは決まっている。……どうにかするしかない。
どうして転移結晶が使えないのか? ここは【結晶無効化空間】だったのか? ……考えても詮無いことだ。今必要なのは、生き延びる手段だけ。転移以外でどうやって橋まで登るかだ。
「ロープか代わりになるモノ、持ってたりは……する?」
返事はNO。声には出さなかったがわかった。……ハッキリ聞くと辛くなるので、やめた。
大概のダンジョン攻略で必須アイテムだから、持ってるのは当たり前だろ……。と呆れかけたものの、オレ自身がコレに頼りきってしまっている始末。ソロ気分/パーティー組んでいることをすっかり忘れ、予備を考えていなかった。
「コレだけじゃ……ダメそう?」
「慎重に巻き取っていけば、何とか行ける。だから……。
リズ、先に【帰還の秘薬】使ってくれ」
【帰還の秘薬】―――。【転移結晶】の劣化版/飲む【転移結晶】。
飲んでしばらく待っていないと、転移が発動しない。加えて待機中、ソードスキルが使えなければ他のアイテムも使えない。安全が確保されている非戦闘エリアでなければ使えない。……昔は随分とお世話になった。
今でも、【転移結晶】に比べての安さ故に使われている。ダンジョンからただ帰還するだけならば、こちらがメインだ。【結晶無効化空間】に影響されないのも良点の一つだろう。……ロープその他は持っていなくても、この秘薬は常備しているはず。
「いいけど……アンタはどうすんよ?」
「君が転移できたのを確認したら、このまま登れる」
だから、安心してくれ……。安心させるような笑顔とともにそう言うと、しおらしくも従ってくれた。
ゆっくりとメニューを展開し、目的のアイテムを取り出す。揺れないように気を配りながら、ゆっくりと嚥下していく……。
その間、祈るようにワイヤーを見ていた。全神経をワイヤーと巻き取り機に集中する。
慎重は慎重でも、とても繊細な作業だ。神様のごとく崇め奉る必要がある。ちょっとでも機嫌を損ねれば、すぐにプチん……とキレてしまう。ただただ、おすがりするだけだと祈り続けなかればならない。
リズベットは秘薬を飲み干すと、空になった容器をそのまま捨てた。戻す動きすら怖い。
容器はすぅ……と、深淵に消えていった。割れた音は聞こえてこない。
嫌な事実に、どちらも頭を振った。……見なかったことにした。
「あ、あのぉ……キリト。
助けてくれて、そのぉ……ありがと」
「…………え、なに?」
「だ、だから! 助けてくれてありがとう、て……―――えぇ、うそぉッ!?」
恥ずかしそうにモジモジしていたのに、急に驚愕していた。仰ぎ見ていた先に、何かを捉えて。
最悪な予感に、思わず手を止めた。釣られて見上げてみると……その通りだった。
対岸で待ち構えていたゴーレムが、クレバスの中に飛び込んできた。
水晶の巨体が舞い降りてくる。玉砕覚悟のダイブ―――
やばい、このままじゃぶつかる……。全身が一気に、凍りついた。
最悪なことに、今オレ達がぶら下がっている場所は落下コースに重なる。あの巨体がぶつかれば間違いなくワイヤーは切れる、ほんの少し触れられただけでも危ない。もしもそうなれば……共倒れだ。
決して奴を、近づかせてはならない―――
「リズ、手を空けたい! 自分で掴んで―――」
「いやぁぁぁーっ! やあぁぁーッ―――!」
パニックに陥ってしまったリズベットには、オレの声は届かず。どこにも逃げ場がないのに逃げようともがく。……巻き込まれてこちらも身動きできない。
なので、唯一の助かる方策ができない。愛剣を投擲して迎え撃つ/衝突させてベクトルをずらすことが……できなくなった。
ゴーレムが飛び込んでくる。オレ達に受け止める余地は微塵も……ない。
もはや仕方ない……。あとは運を天に任せるのみだ。ここまで最悪ならば上しかないはず―――。
パニクったリズベットは無視、そのまま抱きかかえながら/落下してくるゴーレムにあわせて、また半回転。体の捻りで勢いをつける、唯一空いている足に力を集中―――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
神風特攻に、咆哮をのせた。同時に、仲間を惨殺された怨嗟を込めてか、振りかぶった拳にすべてを集中させる。
そして衝突する―――寸前、思い切りワイヤーを手繰った。リズベットごと自分の体を持ち上げる。同時にプチリと、嫌な音が鳴る。
僅かなタイミングのずれ。相打ちではなくこちらが先手、さらにはカウンターだ―――
ゴーレムの拳が繰り出される直前、廻し蹴りを叩き込んだ。
「お、りゃぁッ―――!」
渾身のカウンターに、ゴーレムは蹴り飛ばされた。パンチは空振り/ベクトルも曲げられ、クレバスの壁へと叩きつけられていく。
同時にこちらも、反作用で反対側の壁へと流された。
ただし同じく、もはや何ものにも吊るされていない状態で……。先のカウンターで、ワイヤーは切れてしまった。
二人とも再び、中空に投げ出された。
「う、嘘ぉ!? コレってまさか―――」
「舌噛むなよ」
一瞬フワリと、無重力状態/蹴りの反動による浮遊。
しかしそのまま……自由落下。
重力に従い徐々に、スピードが早くなる。冷たい空気が全身を研ぎ澄ましていく―――
声にもならない絶叫が、風に吹き飛ばされていった。
耳元で叫ばれているはずなのに、かすかしか聞こえなかった。……同じように泣いている暇もない。
落下しながらも壁にまでぶつかると、両足で思い切り踏み叩いた。
逆側の壁に飛ぶ、垂直のベクトルを何とか緩やかな角度まで曲げた。
定石なら上にジャンプするのがベストなのだが、高すぎる/橋までは届かない。おまけに、足がかりも取っ手もないツルツルした水晶壁面では、上手く踏み込めない。底部への軟着陸しかない。
ジグザグと、壁を踏み叩きながら落下していく。勢いを殺し続けた―――……
なのにまだ、底が見えない/暗がりのまま。リズベットを抱えながらなので、上手く殺しきれてもいない。
段々と、壁に着地した際の減速力が弱くなる。壁から壁への飛距離時間も長くなっていく―――
(まだだ。まだ全然―――止まらないぃぃッ!)
もう次のジャンプは間に合わない……。即座にそう判断すると、空いた片手で愛剣を引き抜いた。
壁にぶつかると同時に、思い切り―――刺した。
ガキンッと、わずかながら鋒が壁に突き刺さる。そのまま壁沿いに、落下していく―――
耳を劈くような、火花を撒き散らしながら、勢いを殺していった。ジャンプよりは減退させられている。
しかしまだ、底は深淵のままだ。
剣の耐久値も気になるが、そのまえに腕が耐えれない。片手では自分ひとりでも手一杯だろうに、リズベットの分もある。そもそも万全にも使えない状態だ。いずれまた落下速度は元通りだ、こんなのは焼け石に水だろう。……でも今はもう、コレしかない。
だから、あとは……気合だけだ。
「うおおぉぉぉッ! 止まれえぇぇぇーーーッ―――!」
雄叫びをあげて奮い立たせた、足りない分を補う。
ただただ、鋒に神経を集中させる。微かながらの取っ手に全身全霊でしがみつく。
しかし―――
パァンッ―――……。剣が弾けた。
手が耐え切れず、あるいは硬い部分にぶつけてしまったのか、弾かれるように取りこぼしてしまった。衝撃で壁からも離される。
(あ―――…… )
最後の命綱が、切れてしまった……。愛剣は遥か上空を舞う。
それでもまだ、終われない/終わってはならない、終わってなるものか―――。
最後の望みを託し、自分が下になった。
衝突手前で蹴り上げれば何とか、彼女だけでも勢いは殺せるはず。即死寸前のダメージで抑えられるかも……。
オレのリアルラックはまだ、尽きていないはず―――。そう祈りながら、墜落の瞬間に備えた。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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