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55階層のコペルの工房から、59階層へ移動/転移。
転移門をくぐり抜け、主街区から目的の村への道すがら―――
いつもガミガミと、何か理由をつけては突っかかってきたリズベットだったが、妙に大人しい。周囲をチラチラと、さらにはソワソワともしていた。
誰か逢いたくない知り合いでもいるのか……。今この最前線近くで面倒に巻き込まれるのは困る。気づかせない程度に探ってみた。
「―――りふへットも、食う?」
主街区の出店で買った、できたてホヤホヤのホットドック。ムシャムシャ口いっぱいに頬張りながら、もう一つ差し出した。
人間の悩みの大半の根っこは、空腹だ。最後に食べたの何時だっけ?/何か旨いもの食べたいなぁと、お腹の憂鬱が頭に反映されて気分に現れているからだ。娯楽が少ない以上にストレスだらけのここでは、なおさらだ。……この異世界で生き抜いたことで導き出せた真理だ。
自信を持って出した対応だったが、リズベットは顔をしかめていた。怒っているような呆れているような、ムスリと睨み付けてもきた。
まさか、爆辛マスタードを知っていたのか……。初心者にはオススメできない珍品/今オレが食べているもの、赤を越えて群青色になっているソースがたっぷり塗られているホットドック。猛毒というか強酸に近い辛さで舌が爛れるが、食べ終えたあとからしばらく蕩けさせてくれる。通常のどこにでもあるモノをあったが、自分用だったので買ったのはコレだけ。
彼女は知らないだろうとタカをくくっていたが、イタズラ心を読まれてしまったのだろう。気まずい状況だった。しかし、
「食う!」
パシリッ、奪い取られるとそのまま、ガブりと食らわれた。
「あッ!? マズ―――」
注意するまもなくガツガツと、一気に食らってしまった。それだと舌だけでなく、胃の中までやられるぞ……。
なのでウッ―――と、リズベットの時間が止まった。顔色も一気に青ざめる。
そして真っ赤に充血していくと、一気に―――火を噴いた。
迸ったのは、ドラゴンの火炎ブレスもかくやの、声にもならない悲鳴だった……
何をソワソワしていたのかは、わからずじまい。しかし結果的に解消/霧散してしまったのだろう。……ブレスと悲鳴がひとしお鎮まると、盛大な倍返しを食らうハメになったが。
何匹かのモンスターを退けながら、噂の村までたどり着いた。結晶山の麓にある小さな山村。
「―――うぅ……、まだ口の中ヒリヒリするよぉ」
喋りづらそうにそう言いながら、泣き言を漏らしていた。
ソレがいいのに……。リズベットの態度に肩をすくめるも、はじめは同じような反応だったので流した。食べ続けることでその良さがわかってくるのだ。
「ここのフロアが開いた時は、まだ寒かったからなぁ。標高があるここはまだ雪が降り積もってた。アレ食べて寒さやり過ごしたもんだよ」
「今はもう初夏でしょ。あんな凶悪なの必要ないわ」
そう言うと、ポシェットから出した水筒をゴクゴク、時々クチュクチュうがいしながらがぶ飲みした。
「……そんな一気飲みしたら、腹冷えて……出るぞ?」
「―――ウップ。
お生憎様、ここじゃそんなことありえないわよ。万が一あったとしても、あんたの顔面にぶちまけてやるから」
下から出るモノをどうやって顔にぶちまけるんだ……。おそらく口からと勘違いしてるのだろうがスルー、正してもいいことは何もない。
ついでに、話をそらそうと山村を見わたすと、ちょうど良い目標物が見えた。一際大きな掘っ立て小屋。
「―――アレが、例の長老の家かな?」
調べておいた情報通り、リズベットにも確認すると首肯した。
小屋の中に入ると、長老との会話。クエストを開始させるフラグ立てを行った―――……
長々話、途中何度も居眠りしそうになってリズベットに小突かれた。彼女もそうなりかけてお返し、さらにお返しのお返しとの連続。内容はほとんど頭に入っていない、予め概要は知っていたので全く問題は無し。
ようやく解放されると、今度はお使い。村中を行ったり来たり、村人たちから話を聞きまくる。時間が悪かったのか、水汲みに外に出ている人もいたので村はずれの川まで足を運んだ。
そんなこんなを繰り返し、ようやくフラグ立ては終了。ただいつの間にか、夕暮れ近くになっていた……
「……まさかフラグ立てだけで、ここまで時間を食うなんて」
「まったくね……。
どうする、今日は出直して明日にする?」
「う~ん……。ゴーレムは夜行性って言ってたし、山もアレだろ―――」
村の奥に聳え立つ山。遠近法か何かの錯覚か、とても人が踏破できる山ではないと思ってしまう威容だ。
しかし、この世界の構造上そこまで標高はない、せいぜい数百メートル/キロはないはず。一日と言わず数時間で踏破できてしまう、ここまで来れるプレイヤー達の身体能力なら数十分も可能だ。山の中で夜を明かす危険など冒すことはない。
「そうね、行っちゃおっか。アンタの泣きべそかくとこ、早く見たいし」
「そっちこそ。オレの華麗な剣さばきをみて、腰抜かすなよ」
憎まれ口の応酬。決まりだ。
山村を抜け頂上へつづく山道へ、登っていった。
麓からは険峻に見えたが、思ったほどきつくない。高地ゆえにかじゃっかん空気が薄いような気がするも、高山病になるほどではなかった。むしろ、澄んでいるような気がして心地よく感じる。
出てくるモンスター【フロストボーン】も大したことがなかった。リズベットのメイスとの相性もよく、ガシャーンガシャーンとぶん殴っては破壊していった。ついでに、破砕した骨と氷を地面に散らかしながら、順調に暢気に登っていった。
ただ、標高が上がったためだろう。気温が若干低くなっているようだった。
「―――ヒッくしゅ!」
リズベットはたまらず、くしゃみを漏らした。肌寒さに体を震わしている。
さすがにこの時期でも、山頂付近はまだ寒い。道にはまだ残雪がある。48階層の暖かな気候とは違う、彼女のメイド服のような薄着はそぐわない。
「防寒着とか余分な服とかは、持ってきてないか?」
「…………ない」
うかつだったわ……。悔しそうにしながらゴシゴシ、肌を摩擦し寒さに耐えていた。
見ているだけなのも情がないのでメニューを操作、黒革の毛皮のコートを取り出した。そして「ほい、コレ」と、投げて被せた。
「……あんたは大丈夫なの?」
「このぐらいじゃ必要ない。精神力の問題だよ、君」
着込むと動き鈍るからな……。チチチと、指を振りながら煽った。
やせ我慢を含めているものの、概ね気合と慣れでカバーできる寒さ。先のホットドックがあれば、むしろ一枚脱ぎたくなるぐらいだ。
リズベットはムスリ、しかめっ面をかえしてきた。でも温いのか、しっかりと着込んだ。
岩肌を登り続けた先、一際切り立った氷壁に突き当たった。回り込むと、頂上が見えてくる。
氷とは違う七色の煌き、紫紺の夜空に聳え立つ厳峯、水晶で彩られた魔法の城―――
「わあ……」
リズベットは圧巻の光景に、感嘆の吐息がこぼした。
オレもやはり、見とれてしまった。何度か見てきて慣れたつもりだったが、改めて目にすると違う。初めて見たとき/まだ雪が降り積もっている晩冬あたりの頃は、リズベットと同じように目を輝かせていた。
リズベットはそのまま、引き寄せられるように駆け足気味になっていった。
当時は同じような反射行動をしたので、直ぐにわかった。離れられる前に、無理やりながら襟首を掴んで止めた。
「ふぐッ!? ……何すんのよ!」
「ここからは本当に危険だから、リズベットは後ろ」
笑顔ながら、問答無用に指示した。
「ば、バカにしないでよ! 私だって戦え―――」
「君のレベルじゃ無理だ」
その指摘に、息を呑んだ。隠していたのに気づかれたと、ようやく察した。
リズベットは無理を押してここまでついてきた。彼女のレベルで59階層は早い、装備品がいいので何とか食らいついているだけ。
だけどここより上は、そうも言ってられない。
「メイス自体は、上で待ってる【クリスタルゴーレム】と相性はいいよ。けどソレは、相応の【筋力値】と重量があってこそだ。君のステだと逆に、最悪の相性になる」
状態やレベル差に応じて、相性のいい武器が変わることはある。硬さと重さを誇るゴーレム系のモンスターは、打撃系の武器に弱いものの、己の防御力を下回っているモノでは傷一つつけられない。逆に、刀や槍は弱くてもダメージは通る。
彼女にとっては嫌な事実だろうが、言わなければならないことだった。戦場は曖昧さを許してくれない。
「…………いつから、気づいてたの?」
「君の店から出るときには」
「始めっからじゃない!?
なんで言わなかったのよ、バカにでもしてた?」
「逆だよ。カッコつけたかったから……」
最後まで通せたら格好良かったけど……。竦んでしまった。男の子の体面よりも、彼女の命が重要だ。オレにはどちらも通せるほどの力は持ち合わせていないと、嫌というほど痛感していたから。……もう二度と間違いたくない。
こっちが悪いのに叱るような形になってしまった。恥の上塗りだ……。
なのに、リズベットはパチクリと、ただ黙ったままオレを見つめてきた。珍しいものでも見たと言うかのように、悪意でもイタズラ心でもなく。
「…………なぁ、これ以上言わせる気か?」
「へ? ……そ、それは、そのぉ―――…… 。
もういいわよッ!」
モジモジとしていたのに、急にフンッと、なぜかそっぽを向かれた。云われもないのに怒られたから気分を害したのだろうか? ……相変わらず、よくわからない女の子だ。
「できればもう、転移して帰ってもらったほうがいいんだけど……」
「え、冗談でしょ!? まだ会ってすらいないじゃない!」
「君をここまで連れてきたのは、『マスタースミスが関係している』かどうかだった。……でも今、こんな山の上まで登ってきた。なのにまだ、何もフラグが起きてない」
これから起きる気配もない……。村を出たあたりから、薄々気づいてはいた。
鍛冶屋が必要なら、鍛冶屋であることを示す何かが無ければならない。わかりやすくは【カマド】と【鉄床】と金槌だ。マスタースミスが必要なら、マスターしなければできない何かを披露しなければならない。超高レベルの金属か何か、それこそ報酬である【★6】が置いてあるとか。……よくよく考えてみれば、ありえない条件だった。
「……倒してから、何か起きるのかもしれないわ。それまでは―――……」
言いづらそうに言葉尻を掠れさせながら、上目遣いでチラりと何かを訴えてきた。
何を言って欲しいのかわからないが、答えは決まっていた。愚痴のようなものだった。
「OK、わかったよ」
瞬間パッと、リズベットの顔が華やいだ……ように見えた。
なので躊躇われるも、言わねばならなかった。
「ただし、ここからオレ一人でやる。リズベットは、ゴーレムが現れたらその辺の水晶の陰に隠れること。いつでも転移できるようにな」
「ソレだと……アンタを見捨てて逃げろ、てこと?」
「君は勇敢すぎるからな。そのぐらい逃げ腰の方がちょうどいい」
それが最大の譲歩だ……。ちゃんと仕留めて見せるし、流れ弾程度で死ぬことはないが、用心に越したことはない。コペルのプレゼントを活かす絶好の機会だ。
説明すると、不承不承ならがも頷いてくれた。
きっと逃げてくれなさそうなので、胸の内で小さくため息をこぼした。ここまで来たらもう、やりきるっきゃない……。
氷壁に沿って回り道、山頂部へ至る橋を渡った。
底が見えないほどのクレバス。落ちたらただ事ではすまなさそうな高さだ。
さらに、水晶で作られた橋は氷以上に透明で見えにくい。現在、夕暮れどきなので西日により見えやすくなっている。けど、夜になったら境目がわからなくなる。何もない空を恐る恐る歩いていかなければならない。
リズベットもソレに気づいたのか、ゴクリと息を呑んでいた。「帰ってもいいんだぜ?」と言おうとしたが、逆効果だとやめる。最悪帰りは、互いに縄で繋ぐか手を握っていればいい。
境目を見極めながら慎重に、水晶の頂上部へと進んだ。
二人とも渡りきった後、オレの感覚/【索敵】が人影を捉えた。
敵かとすぐに身構えるも、解除。影は数人/先行していたプレイヤー達だ。遅れてリズベットも彼らに気づいた。
視界に写った彼らはみな、パンパンに膨れたリュックサックを背負ったり担いだりしていた。中には/リーダーと思わしき人物は、ふた回りは大きくなっているモノを担いでいる。ゆえにか皆、少し足取りも重そうにしていた。
互いに認識し合うと、一瞬警戒。しかしすぐに、採掘仲間だと理解、オレ達はこれから行くのだと察せられた。
さらに、攻略組でもあったので顔見知りだ。しかも、オレをみて顔をしかめる奴らではなく、中立的なスタンスの人達。
「よぉキリ坊。これから採掘しに行くのか?」
「アンタらもやってきたのか?」
見ての通り、大量さね……。全てハズレだったと言うものの、カッカと気持ちよく笑った。男よりも男らしい女性。
ギルド【不死鳥旅団】団長【アカネ】。その名の通り、燃え立つような真っ赤な長髪と具足に描かれた不死鳥がトレードマーク。屈強な男たちを従えている暴走族の女番長か、どこぞの軍隊の猛将といった威厳だ。鞭を持たせたらさらに凄い属性がつくも、主武装は両の拳とスラリと長い脚、極めて珍しい【体術】の使い手だ。
本人談では、美人じゃないとの評価。確かに、素材やら男勝りな性格やらに儚げもたおやかさはないだろう。しかしその眼、奥の奥底から燃えているような輝きに、惹きつけられるモノがある。絶対に何があろうと/誰が邪魔しようとも生き抜いてみせるとの強い意志が、そこにあるような気がして、人が集まってくる。……タバコがひどく似合いそうな、カッコイイ女性だ。
彼女ともう一人、【旅団】には有名な副長がいるのだが……今日は一緒に行動していないらしい。
「それだけやったのに出ないなんて……ご愁傷だな」
「まぁな。今日ポップする分は全部、取り尽くしちまったかもしれないのにな」
マジか……。最悪なタイミングだった、ここまで来たのに骨折り損。
「……これから行っても、取れなかったりするか?」
「わからん。私らは見てのとおり―――所持重量ギリギリまで取り尽くしただけだよ。またポップするかどうかまでは、確認していない」
する気力もない……。「もうさっさと下山してゆっくり休みたい」と言うも、疲れの色は微塵も見えない、周りはその通りだが。
【旅団】の手馴れた様子から、今日が初めてというわけでもなさそうだった。最近/オレ同様、前線から一歩引いて顔を見せなくなった理由にも繋がる。ずっと採掘し続けてきたのだろう。
「そんな大量にあったら、一本ぐらいは……できそうだな」
「だな。
まぁ、できなくてもいいさ。うちの天才少女が面白いモノ作ってくれたからな、そいつに使える」
「『燕』が……。何作ったんだ?」
秘密だ。これからうちの目玉になるかもしれないからね……。肝心の部分は隠されてしまった。こちらも、例のスキルやらコペル先生の大発明があるので、深くは聞けない。
「そっちの子は……アンタの連れかい?」
「ああ。一緒に採掘しに来た」
ども……。かしこまりながら、小さく返事した、誰に対してもゾンザイそうなリズベットが。
殊勝な態度に驚かされていると、アカネがまじまじとリズベットを観察した。
「へぇ~あのキリトが、こんな可愛い女の子とパーティーを……」
「変な誤解はしないでくれよ。こちとらただでさえ悪名が立ってるんだ。アンタに誤解までされたら、大変なことになる」
嫌なニヤつきを向けてきたので、牽制しておいた。彼女はその性格やらスタイルやらか、男性プレイヤー以上に女性プレイヤーに頼られることが多い。なので必然、流行の発信源にもなりうる。彼女に勘繰られると女性全てに悪い噂が蔓延してしまう。
「誤解されちまうようなことは……まぁアンタのことだ、心配はないんだろうね」
「もちろん無い、誓ってね。むしろ振り回されてるのかも」
「何よソレ、どういう意味?」
耳ざとく反応された。……アカネには従順そうなのに、オレになれば途端噛み付いてこられる。
「珍しいねぇ。アンタにそんなことできる女の子は、一人だけだと思ってたよ」
「もしかして、アンタのことか?」
何気なしに返すと、目を丸くされた。周りの【旅団】のメンバーもリズベットですら驚きを浮かべている。
皆のあまりの反応に不安にさせられそうになると、アカネの大笑いが吹き飛ばしてきた。大口開けての、まさに呵呵大笑。山中に木霊するかのような笑い声が、響き渡る―――
「私を『女の子』てよんでくれるとは……嬉しいじゃないか! 惚れちまいそうだよ」
怖そうな愛だ……。笑いすぎたためか目尻に涙を溜め、肩をバンバン叩かれた。本人には悪気もイジメてるなど露とも思っていないのだろうが、これでは公開処刑みたいなものだ、完全に子供扱いされてる。
笑いもひとしお収まると、もう用事は済んだとばかりに別れを告げてきた。
「それじゃ、私らはもう行くわ。
【リズベット】。もしも、万が一だけどコイツが、アンタに何か少しでも疚しいことしたら、すぐに私に連絡しな」
生まれたこと後悔するほどとっちめてやる……。男より男らしい、頼もしいセリフ。
それまで傍観に徹しようとしてリズベットは、その時だけ「ぜひ頼らせてもらいますね」と頷いた。……オレにニヤリと、笑みを向けながら。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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