偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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63階層/グランザム 細工師

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 噂の59階層の山へ……。魔剣を鍛え上げるための【★6】のインゴットを手に入れる。

 オレ一人で採ってこようかと提案するも、『パーティーにマスタースミスがいる』という条件かもしれないと、強引に押し切られてしまった。マスターメイサーとしての実力を見せてやるとも、渋々ながら了承。

 

 それでは善は急げと、早速向かうことに決めた。

 それについてリズベットが、「他の人に声かけなくていいの?」と文句を言ってきた。「もしゲットしたら最悪くじ引きだから却下」と二人だけで、別段危険は少ないだろうからとも見込んで。「……大した自信だこと」と口を尖らせるも、ソレでOKしてくれた。

 なので戸締り。NPC店員に留守を頼み外出用に装備を整えると、店からでた。扉のガラス窓をカーテンで見えなくし、営業中の看板をひっくり返す。

 

 『本日の営業は終了。

 お手数ですが、御用のある方/ご依頼は、こちらのアドレスまで―――』

 

 鍛冶屋とは思えない/女の子らしい可愛らしい字とイラスト付きで描かれた、Close用の看板。宛先は、彼女のメニューに直接入るアドレスだろうか。外注のメールサービス特有のアドレス表記はみえない。

 来てしまった客が見えるように設置すると、鍵も閉めた。

 

「……店員に任せておくってのは、ダメなのか?」

「残念ながら、鍛冶仕事できる子は今日お休み。週休二日制なの」 

 

 社会保障は完備/手とり足とり何とりでの社員育成、交通費や有休も残業代・障害手当はもちろんバッチリあり、あと美味しい昼食も出してる。皆安心して楽しく働ける職場、引く手あまたのホワイト企業です……。エッへんと自信満々に宣伝されると、苦笑いが出てしまった。

 

「忘れ物はないか?」

「何よ、子供扱いして……。ポーションも結晶も持ちましたよ」

「採掘用の【ツルハシ】と【スコップ】は?」

「大丈夫ですぅ! 【簡易炉】も持ってきたわ、その場ですぐに【精製】できるようにね」

 

 別に【原石】のままでもいいんだけど、【精製】してくれるのならソレに越したことはない。レベルの低い鉱石は要らないし、ストレージも軽くなる。マスタースミスが【精製】してくれるのなら、格落ちも下手な金属になることもない。

 

「あんたの方こそ。本当に二人だけで大丈夫なの? ちゃんとパーティー募った方がいいんじゃない?」

「別にかまわないさ。リズベットが足を引っ張らなかったらな」

「……言ったわねぇ。

 後で吠え面かくの、楽しみにしてるわよ」

 

 一瞬、表情を固くしたのが見えた。強がっているのか……?

 なので、少しかまをかけてみる。

 

「そう言えばリズベットは、『改造結晶』持ってないのか?」

「改造、て……何ソレ?」

「コレ―――」

 

 耳につけてるピアスを見せる。チリンと指で弾く。

 『改造結晶』―――。できたばかりの頃とは違い、目立ってしまうイヤリングタイプではない小型のピアスタイプが開発された。効果は抜群だったので仕方がないと恥ずかしさを押して付けていたが、できたのなら速攻で乗り換えた。大概の男性プレイヤーがそうした。

 

「他にも指輪とか首飾りとかのタイプがあるけど、他の装備と被るからだいたいコレだな。片手塞がれずに結晶が使える」

「へぇ、そんな便利な物あるんだ……

 どこで手に入れたの?」

 

 純粋な好奇心。コレを手にしたことがないプレイヤーが見せるような、今の攻略組では必須の装備とされているのに……。決定だった。

 彼女は強がっている、59階層をソロで突破しきれないと思えてしまうレベルだ。オレが平静なので、合わせようと無理してしまっている。……とてもマズイ状況だ。

 本来なら、神経を逆撫でにさせてでも「来るな」と言ってやるべきだが、そうも言っていられない。今後のためにも、彼女が指摘した条件の確認は取りたい。最悪、護衛しながらの採掘作業になるか……。

 心構えがあるのなら、ソレだけで充分。ハイレベルのフロアなら自然とレベルの上がりも早い。彼女の体面を通せてやれないほどじゃない。

 

「プレイヤーメイドのアイテムだよ。

 そうだな、オレも今余分に持ち合わせてないし……。寄り道になるけど、そいつの所に案内するよ」

 

 欲しいかったら、代金は自分で払ってくれよ……。やんわりと誘導。とりあえずコレさえあれば生存率は大幅に上がる。

 しょ、しょうがないわね、興味もあるし。お願いするわ……。まだ強がりを通さんとする様子に苦笑を隠しながら、案内した。

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 リズベットの店から48層の主街区へ、そして転移門で55階層へ/鋼鉄の街【グランザム】へととんだ―――。

 

 鋼鉄の尖塔群。家々も壁も床すらも、金属が張り巡らされている。街路樹すら灰銀色の硬そうな外皮を持つ幹に鈍色の重そうな葉っぱ、まるで金属で作られた人工樹。街というよりは要塞に近い、あるいは不時着した巨大宇宙船の甲板の上だろう。……柔らかいものが足りず、緊張を強いられる街だ。

 その一角、無骨な鉄橋やら配管が幾重にも入り組んでいるエリアへと進んだ。19世紀後半産業革命の時代を彷彿させるような工業団地、そこかしこから鉄を打つカンカンや蒸気だろうジュウジュウなどのBGMが鳴り続ける。……今まで自然豊かで長閑なエリアにいたので、よけいに気が滅入ってしまう。

 

「……こんな所に、その……職人がいるの?」

「店自体は、50層【アルゲート】の大通りのわかりやす場所に構えてる。こっちは『工房』の一つだ。……55層は作るのに必要な素材が手に入りやすいからな。高機能な【カマド】も用意されてるし」

 

 高レベルの鍛冶屋たちが、ここで店を構えてるのはその為だ……。「リズベットもどうだ?」と暗に促してみるも、顔をしかめて首を振られた。効率だけ考えれば、ここは色々と鍛冶屋に都合がいい設備が揃っている。だが、人にとって/たぶん生物全般にとって不健康な街だ。彼女もソレは承知しているはず、あえて健康を選んだのだろう。

 無理には勧めず、目的のプレイヤーの話を続けた。

 

「店の方に顔出すことは、ほとんどない。なのに、一見さんはお断り。奴が許可しないと店員は『改造結晶』を売ってくれないんだ」

「『改造』て言うんだから、全部プレイヤーメイドてことよね。数が限られてるから?」

「そう、まだ量産体制ができ上がってないからな。攻略組に優先的に使ってもらいたいからって意図もあるけど、それ以上に……『改造』品だからな」

「……大っぴらに市場に出したら、消されちゃうかも……てこと?」

 

 言いたいことをまさしく察してくれた。

 使えてしまっている以上、後で修正したりはしないだろう。365日24時間何千人ものユーザーがログイン状態のここでは、大規模なアップデートなどできない。今では【軍】が利用しているプレイヤーメイドの通貨【イェン】が、アインクラッドの通貨【コル】を大いに侵食しているというのに消されずにそのままなので、大丈夫だとは思われる。

 しかし、警戒は必要だ。イェンは蔓延させるまでに、色々と組み込んだ防衛策の中で力を蓄えさせた。売れるからとすぐに市場に出せば、直接はやらずとも搦手で消されてしまうかもしれない。生存率を大幅に上げてくれる必需品ゆえに、慎重にことを進めなくてはならない。

 

「オレがリズベットの分も買えばいいんだが、今後も入り用だろ? だから許可証を作らせようと、な。―――ここだ」

 

 大通りから狭い路地へと入った一角/行き止まり。話し込んでいるうちに、目的地についた。

 一昔前の大型団地マンションに使われているものに似た鉄製扉。呼び鈴はないので、トントン―――ノックした。

 すると、ドアの中央あたりがぐにゃりと変化した。そして、文章とルービックキューブらしきモノが現れた。

 

 

 

 『この扉を越えたければ、このパズルを100秒以内に解くか100万イェン支払うこと、あるいは『コペルさんマジ天才ッ!』と100回叫ぶこと』

 

 

 

「………………何コレ?」

「嫌がらせだよ。無視すればいいんだ―――

 おい、いるんだろ四ツ目野郎! お前が在宅なのは知ってるんだ。引きこもってないで出てこい!」

 

 出ないと、ぶち破るぞ―――。嫌がらせを叫ぶ代わりに、脅しを叫んだ。

 しかし……反応なし。

 

「……よぉし、わかった! 

 それじゃお前のあの恥っすかしい黒歴史、『鼠』に教えてやろうか―――ッ!?」

 

 楽しく言い切ろうとした寸前、地面がなくなった。バタンと大きく口開いた、足が中空に浮く―――

 

「ほげぇッ!? なんでえぇぇ―――」

「しまった!? 下だったかあぁぁ―――」

 

 二人とも予期できず、そのまま落下していった。

 

「いィャあアァァァーーーーーッ!?」

 

 暗闇の中へ、リズベットの悲鳴が尾を引く―――……

 

 

 

 ……落とし穴の深度は、10メートルほどだっただろうか。

 

 底まで落下すると、トタリ……危なげなく3点着地した。急な罠に驚かされるも、高さがあったのですぐに持ち直せた。

 しかしリズベットは、ペタンッ―――隣で尻餅をつかされていた。

 慌ててしまい体勢を整えられなかったのだろう、したたかに腰を打っていた。「アいタタァ……」と痛そうにさすっている。

 

「……大丈夫か、リズベット?」

「い、痛つぅ……。

 何なのよ、コレはぁ―――ッ!?」

 

 糾弾が飛び出すとほぼ同時に、暗闇に電灯が降り注いだ。周囲の様子が明らかに見える。

 

 落とし穴の中には、工房があった。

 ガレッジのような広々とした部屋、しかしそこかしこに工具やら鉱石/素材やら何かの機械が散らばっていて、狭く感じる。ゴミ捨て場とまではいかないが、人が寝泊りするべき場所にはみえない。……片付けが下手以上に、モノたちに包まれて安心感を得ているかのよう。

 驚かされていると、落とされた場所の向かいの壁、その中央に備えられた作業台らしき場所から一人の少年が、じぃっと睨みながら愚痴をこぼしてきた。

 

「キリトさぁ、いい加減そのネタで脅すのやめてくれないかな……。つい手違いで、マグマか強酸の中へダイブさせたくなるだろ?」

 

 平然と凶悪な脅し返しをしてくると、かけていたメガネをクイッと微調整した。

 このゲーム内において、日常生活だけに限るのならメガネなどの視力補正器具は必要ない。どれだけ現実で目が悪かろうと、裸眼でバッチリ見通せる。ステ振りで【感覚値】へ/スキル【索敵】などを鍛えれば野生児並の目を持てる。戦闘時でさらに補強/【鑑定】の代替のために装備するプレイヤーはいるが、安全な圏内のソレも己のホームの中でまで付けている者は稀だ。

 独自のスタイルでもオシャレでもない。彼なりの葛藤から導き出された答えだ。顔のそこにメガネがある方が落ち着くらしい、コレがあって初めて本当の自分になれるのだと。……現実でも裸眼のオレには、よくわからない感覚だ。

 

「何だよ、ついに圏内でも【謀略】の罠が使えるようになったのか?」

「フィールドの効果範囲外まで穴を引き伸ばすだけだよ。55階層のこの場所だと、ここからあとほんの数メートル下が【半圏内】になる」

 

 ソレ以上の引き伸ばしは難しい。けど、時間帯によっては致死性の罠になる……。システムの隙をつく罠。淡々と恐ろしいことを説明してくれた。リズベットはわからないなりも、不穏な気配は察して不安がっている。

 挨拶みたいなものだ……オレはそう思っている。実際やるかもしれないが、ソレも含めての仲だ。つまり、潜在的には敵同士だ。根っこの部分/求めていることは相容れないということを互いに承知しているので、ベターな間合いを測ることができる。……一階層からの腐れ縁ゆえに、わかったことだ。

 

「―――で、今日は何の用? そちらは?」

「新しい顧客だよ。『改造結晶』が欲しい」

 

 偉そうに腕と足を組みながらのつっけんどんな態度はスルーして、端的に用向きを伝えると、まだ他人同士の二人に紹介した。

 

「リズペット。こいつは【コペル】だ。『烏』の細工師って通り名、聞いたことぐらいはあるだろ?」

「ええ。まぁ名前だけは……」

「ふぅん、【リズベット】って君のことだったんだ……」

 

 互いに値踏みするように、好奇心を警戒と無関心で包みながら見合った。

 

「別にいいけど、【軍】か【連合】の許可証は……取ってるわけないか」

「別にいいだろ? 彼女は、お前も知っての通りマスタースミスなわけだし。これから何かと必要な人材だろ?」

「……喧嘩売るような真似は、控えたいんだけど?」

「後で話つけとくよ」

 

 どうだか……。腐れ縁故か、オレの言うことを完全には信じてくれない。そしてその読み通り、嘘はつかないけど思い通りに動くつもりもない。……『すぐに』ではないから、良いタイミングまで待ってもいい。

 ただ、リズベットへの興味は本当なのだろう。作業台の引き出しをあけると、そこから取り出した紙を彼女に渡してきた。

 

「君、【金剛・★3】でこういう形の―――金型作れる、コンマのミリ単位で正確に?」

 

 いきなりのことで、つい受け取らされてしまったリズベットは、不審げな顔つきながらソレを見た。

 オレも横から見せてもらうと、ソレは……設計図みたいだった。コペルが要求してきた金型。その完成図に事細かな情報が書き込まれている。

 

「……何なの、コレ?」

「できるの、できないの?」

 

 リズベットの当然の疑問を無視して、迫ってきた。初対面の、ソレも女の子相手には随分と失礼な態度だ。

 しかし―――テストだ。

 おそらくコペルの意図は、ソレだろう。一見するとわかりづらいが、その上っ面だけで判断してしまう相手なら切り捨てると、たぶんオレが奴でもしたであろうテスト。ギルドの後援なしに攻略組の一人であり続けるためには必要な眼力だ。今の段階で改造結晶を持てるとは、そういうこと。

 ただ、あまりにもいきなりすぎだ。それに彼女の怒りっぽさを知っている身としては、不安しかなかった。それとなく教えようかと、目配せで伝えようとした……。

 しかし……杞憂だったらしい。

 

 口を尖らせムスリとするも、急にメニューを展開し始めた。そして一枚、ストレージから取り出した写真を手渡してきた。

 

「―――コレ、【聖銀・★4】使って自作したアクセサリの写真よ。二セット作って一つは友達にあげた、コレよりも良い方をね。……モノは今、ホームの倉庫に置いてあるわ」

 

 信じられないなら、取ってこようか? 

 コペルは挑戦するようにそう言われ、じっくりと写真を確認した。オレもまた、横から覗き見させてもらう。

 そこには、蝶と思わしきブローチがあった。半透明な白銀色、広げた翅は透けて見える。しかもよく見ると、雪の結晶と思わしき模様が幾何学的に彫り込まれている。触れればすぐに溶けてしまいそうな、儚くも幻想的な雪の蝶。……素人目にも、手間暇と職人技が冴え渡っているのがわかる。

 無関心な態度をとり続けていたコペルだったが、さすがにソレには目を奪われてしまっていた。ムムと唸ってもしまう。その様子にリズベットは、ニヤリとほくそ笑む。

 

 一通り見分すると、態度を改めて

 

「OK。実力は本当らしいね―――」

 

 写真を返すと、引き出しから今度は許可証を取り出した。

 

「できれば、次に僕の店で買い物する時に、ソレを造って持ってきてもらいたいんだけど……できるかな?」

「いいわよ、任せて」

 

 ニコリと満足気な笑顔とともに、許可証と注文を受け取った。

 そんな彼女の様子を見て、何を思ってかまた引き出しをゴソゴソ探ると、

 

「―――コレ、前払いの代金用に。【転移】と【回復】が入ってる」

 

 ピアスタイプの改造結晶を一セット、手渡してきた。心なしか、少し怒っているかのようにムスリとしながら。

 

「二つもあげるなんて、やけに太っ腹じゃないかコペル?」

「その金型があれば、量産スピードも上がるからね。……価値が低くなる前に、さ」

 

 なるほど、そういう訳か……。リズベットが優秀だとわかったから、先に恩を売って繋ぎを付けておく作戦。彼女にとってマイナスなことだったら止めるつもりだったが、その心配はなさそうだ。

 手渡されたリズベットは驚き、ソレを大事そうに抱えると、

 

「ありがと、コペル」

 

 素直に純粋に、感謝してきた。……おそらく素であろう、女の子な笑顔。

 向けられたコペルは、一瞬ぼぉっと見とれ、慌てて頭をふった。

 

「つ、使い方は……キリトに聞くといい」

 

 短くそう言いながら、思い切り顔を逸らした。

 オレでなくても分かる狼狽ぶり、そうしてしまう気持ちもおおよそ察せられる。たぶんマスタークラスのコミュ力かどん底クラスの猜疑心がないと、対応しきれなかっただろう。

 だが―――武士の情けはオレ達には似合わない。コレはチャンスでしかなかった。

 

「補充用の結晶はくれないのか?」

「……必要ないだろ、君の教え方が悪くなければ」

「試しに一度使わないと、いざって時に役に立たないだろ? それに、補充の仕方も教えたいし……な」

 

 コペルに頼みながら、リズベットに目配せした。彼女とはまだ今日あったばかりの仲だが、この手の機微には通じていると推測していた。

 思った通り、すぐにオレの意図を察してくれたのだろう。不審げな態度のコペルにニコニコと笑みを向けた。

 両面作戦は上手くいった……。リズベットのオネダリ笑顔に戸惑わされたコペルは、大きくため息をつくと脱力した。そして観念するかのように、ストレージから結晶を取り出した。

 

「―――はい。【転移結晶】でいい?」

「うん! ほんとありがとね、コペル♪」

 

 貰った代わりと、極上のスマイルを返した。

 落とし穴のお返しは、コレでいいだろう……。随分高くついたイタズラだった。今後は改めてもらうことを祈るばかりだ。

 

「それじゃ、気が向いたらまた顔出してやるよ」

「だったら今度は、クリームたっぷりつけたパンケーキでも用意しとかなきゃ―――と、忘れるところだった!」

 

 帰ろうとするオレ達を慌てて引き止め、隅にうずたかく積まれている器具の山を掘り始めた。

 何事かと見ていると、採掘したモノをオレに手渡してきた。

 

「何だ、コレは……腕時計か?」

「新しい発明品♪ まだ試作段階だけど、君の要望を叶える素晴らしいアイテムさ。

 名づけて―――【剣技の写晶石】」

 

 大仰に目を輝かせながら、渡した腕時計めいた何かの解説を始めた。

 

「全身の感覚を記録して再生できる【記録結晶】あるだろ? アレを応用したものだよ。プレイヤーの脳内じゃなくて別の場所で再生することで、システムを誤認させる。ソードスキルを誤発させるんだ」

 

 かつてオレが要望したことだった。魔剣以外の武器を寄せ付けない60層以降のモンスター達に対抗する手段、ソロプレイのオレでも戦い抜くための道具。予め力をストックしておいて、任意で解き放ち伝達もできる。【車輪】の機能と役割を再現できるアイテム。

 まだアイデア以前の願望の段階で、どう形にするかなどわからなかった。なので、かの特殊スキルを如何に運用するかに焦点を向けていた。……みなにバラしたくないが/今以上に変な噂を立てられても嫌なので、できれば隠し通したかった。

 ゾクゾクと、背筋が震えた。コペルに負けじ劣らず目を輝かせた。まさか形にしてみせてくれるとは、思ってもいなかった。

 

「……どうやって使う?」

「基本的には『改造結晶』と同じ、その腕時計を意識しながら『リプレイ・オール』て唱えればいい。そうしたら、中に記録させた【車輪】の剣技が再現されて、記録させた分の力も自動的に伝導する。

 ただし、まだ……一回限りだけど」

 

 すぐに再補填もできない、仕組み上冷却時間を置かないと壊れる、システムからの修正作用を防ぐ安全装置として必要。それにまだ試作品だから……。補足事項の殆どは、聞こえなかった。ただただ、ソレがもたらす可能性に胸躍らせていた。

 

「本当に作れたのかよ……。コペルさんマジ天才ッ♪」

 

 抱きついてキスしてやりたいぐらいだ……。100回と言わず千回叫んでもいい。今以上に目の前の男を尊敬できたことはない、みなに彼の素晴らしさを演説してやりたい。

 リズベットにも負けないぐらい、激烈に素直な称賛だったが、残念なことに皮肉と取られてしまったのだろう。ムスリと顔を顰められてしまった。

 

「……まだ試作品だからな。使った感触を教えてくれ」

「いつも通りだな。任せてくれ!」

「僕以外での再チャージはまだ試してないからな。たぶん壊れるから絶対にやめろよ。ソレ作るのめちゃくちゃ大変だったんだからな」

 

 大丈夫大丈夫、無事に返してみせるよ……。大船に乗ったつもりで任せてもらいたかったが、かの天才の顔は疑いのまま、暗く沈んでもいる。

 残念なことに、その不安は今までの経験から導き出されたことだ。

 今までオレは、彼の作った発明品のテスターを引き受けてきたが、その大半で試作品を壊してきた。元々無理があってそうなったモノもあったが、無茶な限界実験を課したことで壊れてしまったモノたちも多い。いいデータが取れたから結果オーライじゃないかと慰めるも、丹精込めて作ったモノが一瞬で破壊されるのを目の前にしては、心穏やかにはいられない。

 今回ももちろん、大事に使わてもらうが、やはり限界突破してしまうだろう。仕方がないことなので、タフになって欲しい。

 

「……何なの、その腕時計?」

「ん? まぁ……使ってからのお楽しみ、だな」

「わかってると思うが、下の階層で使っても意味ないからな」

 

 もちろん、60層以降で使わせてもらいますよ……。使わないと意味がない、使えなければもっと意味がない。

 ではあるものの、改造品はメニューのストレージに入れることができない。バグ扱いで修正されてしまう怖れがある。なのでいつもは、腰部の収納ポシェットか服のポケットの中にでも入れておくのだが、どうせならと手首に巻いた。これから行く59層では使わないだろうが、ハメ心地だけは調べられる。戦うのに邪魔すぎるのならば、形を変更してもらわざるを得ない。

 しっかりハメると、居住まいを正した。

 

「それではコペル先生、報告を楽しみに待っていてください」

「……絶対に壊すなよ」

 

 ニカリと、極上の笑顔を返した。

 

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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