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48階層の転移門から進んだ先、主街区を抜け圏外へ。
気持ちの良いそよ風が頬を撫でる、なだらかにうねる草原。小川の清流がキラキラと陽の光で輝く、その流れ着く先/主街区のさらに後ろ手には青々とした湖があった。
長閑なフロアだ。オレは逆方向の小高い丘へ、小川に沿いながら登っていく―――
しばらく歩いていくと、目的の水車小屋を見つけた。
「―――ここか?」
教えてもらった座標だ。メニューを開き、送ってもらった写真と照らし合わせるも……確かにここだ。
鍛冶屋のイメージからかなり、離れていた建物だった。
もっと山奥に/人里離れた森の中に、でっかい竈を据えた古びた家屋だと思っていた。48階層に来た時点で何かおかしいとは思ってはいたが、現物をみせられるとやはり驚かされる。レンガ造りの西洋風の建物、横手には水車がゆっくりと回っている。高熱の鉄と炎と毎日向き合っている鍛冶屋のイメージは、湧いてこない。これでは、知る人ぞ知るオシャレなパン屋さんだろう。
少々不安なってしまったが、女の子だからと納得、逆に凄いもんだと見直した。
『鍛冶屋』で想起される無骨な頑固親父のイメージは、完全に払拭されていた。もっとフレンドリーな、子供でも気軽に遊びに入れるような雰囲気へと塗り替えていた。……商売人としても中々の腕前なのだろう。
一通り外観を観察すると、入店した。
カランカラン……。入店を知らせる呼び鈴、扉の上隅にでも取り付けておいたのだろう。自分たちだけでなく客にも聞こえるように設定している。中に入るも、しかし―――肝心の店主か店員からの挨拶がない。
また不安にさせられながらも店内を進んでいくと、カウンターに一人の女の子がスヤスヤ眠っていた。フリフリのメイド服らしきものを着ている、勝気そうな少女。気持ちよさそうに、スピースピーと寝息まで立てている。どこをどう解釈しようとも……寝てる。
「い、居眠りしてる……」
大丈夫かこの店? 品揃えは豊富なれど、防犯関係にはやや難あり。このまま商品の持ち逃げができそうだが、さすがにソレはセットしたであろうアラームでわかるはず……たぶん。
起こそうかどうしようかと悩んだ。
現在は昼下がりのおやつ後。学校でも眠くなり、やはりここでも眠くなる時間帯。色々と追い立てられていなければ、オレも昼寝の最中だったはず。……思い出すと、むしゃくしゃしてきた。
これは他人様に押し付けないと、どうしようもないな……。悪い考えが浮かんできた。運が悪かったなと、揺り起そうと手を伸ばした。
すると、まじまじ少女の寝姿を見てしまった。
実に気持ちよさそうに眠っている、ヨダレみたいなものまで垂れているような、変な笑顔まで浮かべている。いい夢を見ているだろうことが伺える。
イタズラ心は、急にしぼんだ。逆に、このまま起きるのを待つかと寛大な気持ちになる。
(どうせならオレも、ひと眠りさせてもらうかな―――)
と、手頃な椅子を探した。
出直してもいいのだが、戻るのが面倒だ。時間を潰すにしても、狩りたいモンスターがいなければクエストもない、そもそもこのフロアでは長居できない。オレのレベルと比べると下層過ぎるので、体がだるくなりやすい、50階層以下だとソレが顕著になっていく。長時間居続けるにはそれなりの装備と、なによりも間食が必要だ。用意して無いのなら、消耗を抑えるしかない。
そろりそろりと起こさぬように、周りに立てかけてある武器たちを落とさぬように、見つけた椅子に腰掛けた。そして、壁に背を預け腕を組む/楽な姿勢になる。
すぐには眠気はやってこないので、周りを見渡した。展示されている武装を【鑑定】していく……。
手に取ってもいないざっと見なので、明細なデータは表示できず。だけど、どれも中々の逸品であることはわかった、中層域で頑張っているプレイヤーたちにとっては……。ギルドにも加入せず、こんな街外れで店を構えてもやっていけるのかが、わかる気がした。
見渡している内にうつらうつら、眠気がやってきた。徐々にコクリコクリとも、今まで押さえ込まれていたものが戻ってきた。
段々と力を抜いていく/目をつむっていくとそのまま、眠りの中へと沈んでいく―――……
◆ ◆ ◆
心地よい微睡みを破ったのは、少女の騒々しい悲鳴だった。
「ちょ、ちょッと、あんた誰よッ!? 何で私の店で寝てるのよ!」
起きなさい起きなさいよ! いい加減に―――。
その騒々しさは、妹の不躾な覚醒合図によく似ていた。実に不愉快、実に正確/正論。加えて、隠すことなく優越感を撒き散らしてくるのだが、今回はやけに切迫している。
うるさいな、後もう5分だけ……。とは言うものの、ゆっくり顔を上げながら目も開けた。いったい何事かと、揺さぶられた手をうっとうしがりながら起きる。
そして、ぼんやりした視界に映ったのは―――見知らぬ少女、妹ではない。しかも、怯えと怒りがないまぜになった表情で、オレをにらんでいた。
首をかしげると、まだ夢の中だったかと合点。夢なら見知らぬ少女が傍にいてもおかしくはない。
ゲーム世界の中なのに、夢を見るなんてなぁ……。まるで夢の中の夢。不可思議さに苦笑しながらも、だったらもう一度目をつぶればいいだけだと、落着き払う。
お休み……と、少女につぶやくとそのまま、二度寝を敢行しようとした―――……
「な―――なにまた寝ようとしてんよッ!」
寸前、ガツンと―――殴られた。
何の予期もしていなかったので、拳のまま頭がガクンと頷かされた。上下にグワングワン揺さぶられる。
遅れて痛みがやってきた、殴られた後頭部をさする。
そして、恨みがましそうにソレをした不躾な野郎を睨みつけた。
「い、てぇ……な。
何するんだよ、おいッ!?」
「ソレはこっちのセリフよ!
あんた一体どこの馬鹿……? 泥棒? え、痴漢ッ!? 変態ぃ―――ッ!?」
いやぁ―――と、また殴られた。
システムに守られているとはいえ、痛い。何も悪いことしていないので、さらに痛い。
それなのにポカポカ、「出てってよ、出てけってばッ!」と殴られ続けた。我を失ってか手がつけられない。
「ば……ばかッ!? やめろ、やめろってば!
オレは客だ、あんたに武器の制作を依頼しに来たんだよッ!」
「だったら、何でこんなところで寝てんのよッ! それも、あたしが寝ている近くで―――」
今度は思い出してか、かぁーと一気に顔を真っ赤にした。今にも噴火しそうな茹で上がり具合で俯く。
また噴火される前に、こっちの言い分を差し込んだ。
「居眠りしてたのはそっちの都合だろ? だから、起こしちゃ悪いと思って待ってたんだよ! ただ、他に何かすることなかったし、オレも眠かったからついでにと……思って」
「だ、だからって! 普通は……寝ないわよ」
「悪いな、普通じゃなくて。今日は昼寝の予定をことごとく邪魔されてたんだよ」
自分の落ち度ではあるものの、ソレとコレとは話は別。暴力を甘んじて受けるいわれにはならない。
水を差したおかげか、こっちが正直に打ち明けてるともわかってもらえたのだろう。まだ睨まれてるも、罵倒は収まった。
「……誤解、といてくれたか?」
「見たの?」
「へ?」
「『見たの』て聞いてるの? 私の、そのぉ―――よ!」
大事な最後をうやむやにしながら、強引に問い詰めてきた。
「……見られちゃマズイものでも、あったのか?」
「聞いてるのはこっちよッ!」
確認しようにも迫力で押されてしまった。
仕方ないので/全く身に覚えもないが反省してみる。初対面の彼女がここまで怒っている理由……。
チラリと周りを見渡すと、閃いた。
「まだじっくりとは見てないけど……噂通りの人だったかな、と」
「へ? ……噂ッ!?
そ―――そ、それって……ど、どういった?」
「中々の腕前かな、て。ここに置いてある武器はどれも、かなりの業物みたいだからな」
物色してしまったことを素直に告白、同時に称賛。伝聞情報はえてして誇張されることが多いが、彼女については許容範囲内だった。
オレの答えがあまりにも予想外だったのか、アタフタと慌てていた。混乱から立ち直ろうとすると目まぐるしく表情を動かすとコホンッ……、わざとらしいほど大きな咳をついた。
「……そ、そうよ。その通りッ!
あんた、なかなかいい目してるじゃないの」
「どういたしまして。ただ、オレが欲しいレベルのものは無さそうだけどな……。
ここに並んでいるもの以外にも、置いてるんだろ?」
見せてくれよ……。大概の商人たちは、防犯の都合上からも最高の逸品は奥の蔵にでもコレクションしてる。展示されているものは、見栄えがいいそこそこの性能のモノだけ。一見さんの客にはソレを勧めてくる。なので本来、オレには見せてくれないはず。勢いで正直に先制した。
なのですぐに、訝しりが返されてきた。
「そりゃ、一応は用意しているけど……」
疑わしさを露わに、オレをじぃっと見つめてきた。我ながらも怪しすぎるので、作り笑いで誤魔化す。
「武器の種類は?」
「片手剣」
「それじゃ、そこの棚に置いてあるモノよ」
「……置いてる奴以外を、見たいんだけど?」
「あんまり高望みしても、使いこなせなきゃ意味ないのよ?」
素人はこれだから困るのよ……。おそらくもっとマイルドだろうが、ヤレヤレと腰に手を当てながら/呆れながら助言する姿から、そのように聞こえてしまった。
思わずムッと、顔をしかめた。あからさまに舐めた態度。改めてやろうかと思うも、大人気無さ過ぎるので我慢ガマン。
黙って見つめ返していると、はぁ~と大きなため息を漏らされた。
「……目標値はどのくらい?」
「コレと同性能か、それ以上の―――」
わかりやすい指標として、愛剣をわたした。
少女は、気のない態度で/オレがしたように片手で受け取ろうとして、ガクン―――重みに傾いだ。
「おわッ!? ……重」
そのまま倒れそうになる寸前、両手でしっかりと抱えて事なきを得た。
そしてゆっくり、バーベルでも上げるかのように胸元まで持ち上げると、愛剣を観察しだした。
真剣な眼差し、集中している。おそらくは【鑑定】を使って調べているのだろう。先までのお座なりな態度は改め、興味しんしんな/それ以上に挑戦的ともいえる表情を浮かべていた。
「……中々の逸品、みたいね」
「まぁ、かなり使い込んできた相棒だからな」
返してもらうと、何を思い立ったのか、黙って店の奥へときえた。
そして戻ってくると、一振りの白銀色のロングソードを抱えていた。
「これが、今うちにある最高の剣よ。たぶん、そっちの剣にも劣ることはないと思う」
手渡されたソレを、鞘から抜き出してみた。
綺麗な刃紋だ。刀身は磨きこまれているようで鏡のように反射している、刃先は空気との境目が曖昧なほど研がれていた。ただ、抜いてみた感触から何となく分かっていたが、ひと振り二振り素振りしてみると、
「少し……軽いかな」
「……使った金属が、スピード系のやつだったから」
「う~ん……」
いちおう【鑑定】を使って、感触と情報をすり合わせてみた。
確かに彼女の言うとおり、愛剣との重量差がかなりあった。使うとしたらかなりアンバランスになるだろう。だが、ソレはソレとして使える、むしろ軽重のリズム違いで混乱させやすくなるかもしれない。出せる攻撃力や付加能力その他も問題ない。
なので、あとは―――
「ちょっど試してみてもいいか?」
「……試すって?」
「耐久力を―――」
困惑している鍛冶屋少女をそのままに、愛剣を引き抜きカウンターの端に置いた。ちょうど刃が外に出るような形で。
しっかりと押し付け固定すると、渡されたロングソードを振りかぶった。愛剣の刀身の中腹あたりに狙いを定める。
「ちょ、ちょっとッ!? そんなことしたらあんたの剣が折れちゃうわよッ!?」
「折れるようじゃダメなんだよ」
この程度耐えられなければ、60階層以降では使い物にならない。
握った二つの剣と意識を繋げる。オレに与えられた特殊なスキルの起動を促した……。するとボウッ、火が吹き出るかのようにライトエフェクトを瞬いた。
そのまま/ソードスキルの導きのまま一気に、振り抜いた―――
「セイッ―――!」
掛け声一閃。思いっきりロングソードを振り下ろした。
まだ耐久値には余裕があるので、折れることはないだろう……。修理費がどれぐらいになるか概算していると、思わぬことが起きた。
パキィン―――。
振り落としたロングソードが、真っ二つに折れた。
「―――あれ?」
おっとっとと、たたらを踏んだ。軽くなりすぎた剣に驚く。
おかしなことが起きたと気づくと、宙に舞い上がってしまったソレを見た。クルクル回転したソレはそのままグサリと、壁に刺さって止まった。
あまりの出来事に二人とも、茫然とソレを見送った。
「な―――な……に、してくれてんよのッ!? 折れちゃったじゃないのよーーッ!」
ムキィ―――。半泣きになりながらポカポカ叩いてきた。
動転しながらも何とか防いでいると、言い訳をこぼした。
「わ、悪い!? まさか、当てたほうが折れるなんて思わなくて……」
幾らなんでもあんまりな結果。オレの愛剣にダメージがくると思いきや、攻撃した方が折れてしまうなんて。なんて―――
その言葉が思い浮かびそうになると同時に、ピタリと少女の癇癪も止まった。そして、ジロリと睨みつけてきた。
「それはつまり……、私の剣が思ったよりもヤワっちかった、てこと?」
「え? あー……まぁ、そういうこと、かな?」
開き直りやがった―――。ごまかし笑いを浮かべながらも、またムキィーと、怒られそうになるかもと身構えた。
だが、鍛冶屋としてのプライドが刺激されたのだろう。殴る代わりに、頬を膨らませながら負け惜しみを叩き込んできた。
「い、言っておきますけどね! 材料さえ揃えれば、あんたの剣なんかパキパキ折れちゃうぐらいのモノ、いくらでも鍛えられるんだからッ!」
「ほほぉ……。そいつは、ぜひともお願いしたいね。こいつがパキパキ折れちまう奴をな」
流されてこっちも、挑発し返すように煽った。
少女はウッと呻くも、すぐに奮然とプライドを賭けてきた。
「そこまで言ったんなら、全部付き合ってもらうわよ。金属取りに行くところからね!」
「そりゃ構わないけど……。
そうだ。持ってきたものがあるんだ―――」
まずコレで試してみてくれ……。ゴソゴソと、腰部のポーチからインゴットを取り出した。始めから彼女には、コレを使って製作してもらうつもりだった。
「……殊勝な心がけだけど、どうせ大した金属じゃ―――て、ほえぇッ!?」
【聖鋼・★5】―――。差し出したインゴットに少女は、小馬鹿にしていた態度から一転、女の子とは思えない奇声を上げながら驚いた。
「たぶんコレでもダメだろうけど、もしかしたら……いけるかと思ってな。作ってもらえるか?」
一度成功させた/その時と同じインゴットを使うことで、もしかしたら魔剣を生み出せるのかもしれない。どういった条件で生まれるのか全くわからないのだが、癖みたいなモノがついてのは間違いない。……リアルラックを使い果たしただけなら、お手上げだ。
望み薄ながらも縋るように頼むと、今度はオドオド戸惑いながら訝しんできた。
「……どこでコレ、手に入れたの?」
「トレードだよ。持ち余してた奴と交換した」
「『持ち余してた』て……攻略組に知り合いでもいるの?」
「まぁ……何人か」
オレ自身がそうなんだけど……とは言わず。別に自慢することでもないし、悪名を言いふらすつもりもない。
「最近はそういう奴ら、多いから。金属よりも別のモノの方に需要があるんだよ」
「え、そうだったの?」
「【松脂】とか【鱗粉】とか【獣血】【水銀】とかの強化アイテム、あと結晶つくるための素材なんかが売れ筋だな。【簡易炉】使える奴らは、コーディング用に金属持っておくけど、いちいち溶かしたり合金するのが面倒だから、高レベルの金属は必要じゃない」
なるほど、そんな手があったのか……。少女は悔しそうに歯噛みしていた。
その本気の悔しがりに、一抹の不安が沸いてきた。
「もしかして……知らなかったのか?」
「へ? ……い、いえいえ、もちろん知ってましたとも。アンタなんかに説明されなくってもね!」
「……そうか。そう、だよな。マスタークラスなんだし……」
知ってて当然のことだった、前線がこれまでと違うことぐらい彼女なら。現在の攻略組たちが、【★5】の最高級の金属にあまり価値を置いていないことも。獲得してしまったモノの大半は、後人の育成やトレードに使っている。
改めて指摘されると、急に恥ずかしさが沸いてきた。
「それじゃ、知ってたんなら先に言ってくれよ。わざわざ説明させやがって……恥ずいじゃないか」
「べ、別に、あんたが勝手に喋っただけでしょ? 口挟む間もなかったし」
そりゃそうか……。何か釈然としないながらも、飲み込むしかなかった。
少女はツンケン/オレは頬をポリポリ掻いていると、コホンと仕切り直してきた。
「燃料とか促進材とか、添加素材の持ち合わせは……無いわよね?」
「……悪い、忘れた」
「いいわよ、ただ聞いてみただけだから。こっちで用意してあるわ」
そっけなくもそう言うと、差し出したインゴットを掴んだ。
「作ってくれるのか?」
「やるだけやってみるわ」
そう言われると、先までの少女ぶりは何処か遠くに、まさしく求めていたプロフェッショナルな雰囲気を醸し出していた。
なのでこちらも、思わず居住まいを正した。
「料金は前払いの方がいいか?」
「作った後でいいわ。……あんたが納得できるモノだったら、払ってもらうから」
まぁ、できるでしょうけどね……。ニヤリと自信満々に含ませた。同時に、ふんだくってやるから覚悟しなさいよ、とも聞こえてくるようだった。
金に糸目を使うつもりはなかったので頷いて返すと、奥の工房に消える間際、
「一時間ぐらいかかるから、よかったら二階で待ってて」
「二階って―――」
示されて、階段横の壁にたてかけてある看板を見た。鍛冶屋には似つかわしくない、可愛いイラスト付きで描かれてるオーダー表―――
「そう、ちょっとしたカフェになってるの。
まぁ、普段は大体自分用に使ってるだけだけど、待ってもらうお客様用の暇つぶしに時々ね」
それなりに美味しい紅茶とかケーキとかお菓子があるから、適当に注文してよ。お代はいらないから……。気風の良い大盤振る舞いだ。どこかの商人にも見習わせたい。
「なるほど。居眠りしてたくせに、ちゃんと客商売はしてるんだな」
「……たまたまよ。今日はもう来ないものだと思ってたから」
睨まれるとソレ以上は言わず、見送った。……心変わりしないように。
◆ ◆ ◆
用意された二階のカフェ……と言うには、少し狭すぎる部屋。マンションの一室をそのまま改築したかのような、都会の憩い場とでもいう雰囲気。……嫌いじゃない。
NPCの店員に注文し、それなりに美味しい紅茶と軽食を頂いた。補給用にはいつも使っている飴でも良かったが、せっかくなので食事で済ませる。
食べ終えてしまうと、手持ち無沙汰になったが、まだ時間はある。なので、インテリアとしても使っているであろう本を一冊抜き出して、覗いてみた。
古びた背表紙からわかっていたが、軽い読み物ではなかった。このアインクラッド独自の言語で書かれた歴史書だ、どこかのフロアにある国の来歴や神話が描かれている。
字ばっかりで細かいし、いちいち日本語に翻訳するのが面倒ではあったが、なんとなしに何と書かれているのか読めた。ので投げ捨てられず、一枚一枚ページをめくってしまう。単調な講義に浸らされる……。
そうしているとまた、うつらうつらとしてきた。眠気が舞い戻ってきた。
座り心地のよい椅子に深々と、だらしなくも背を預けながらそのまま、微睡みの中へ。夢と現の境を揺蕩う―――……
心地よく浸っていると、また、少女の声に目覚めさせられた。
「―――おい寝ぼすけ、起きろ!」
コツンと、硬い何かで頭を叩かれた。う~んと唸りながらうっすら、目を開けていく。
今度は痛くなかったので、頭をさすることなく。だけど、強制的に目覚めさせられた余波で、寝ぼけ眼。ぼんやりしている意識をしっかりさせていった。
「あんた、どんだけ寝るの好きなのよ? それとも徹夜でもした?」
「……もうできたのか?」
億劫そうにも尋ねると、急にムッすり眉を顰められた。
そして、顔を俯かせながらだがハッキリと、
「……ゴメン、できなかった」
「え、失敗したのか?」
信じられない……。予想外過ぎて完全覚醒してしまった。まさか、マスタークラスなのに製造失敗なんてあり得るのか?
何が起きたのか不安がっていると、事の次第を説明してくれた。
「モノはできたんだけど、アンタが欲しいモノじゃなかった」
そう言うと、おずおずと見せた。
渡されたのは、雪色のロングソード、先にオレが折ってしまったモノと似ている。【聖鋼・★5】で作られたためか、神秘的な雰囲気を醸し出している、冷気を押し固めて作られたかのような剣だ。
だが―――【鑑定】することもなく、わかった。愛剣との違いが、先に折った剣との類似が。
「……良さそうには、見えるけど?」
「私としても、悪くないデキだとは思う。けどコレ……アンタが折った剣と、性能的にはほとんど変わらないわ」
アレだけの金属なら、もうワンランク上はいけたのに……。自分の腕の未熟さに歯噛みしていた。
はんば予想はしていたことなので、落ち込むことなく。予想通りの結果に頷くだけ。
「そうか……無理だったか」
「ゴメンなさい……」
オレの独り言に少女が、謝罪をかぶせてきた。
驚いて見直すと、やはり申し訳なさそうに/悔しそうにもしている彼女がいた。
「……何よ? 私の顔に何かついてるの?」
「いや……。君も謝るんだと思って」
「そりゃ謝るしかないでしょうが、客の要望に答えられなかったらさ。しかも……自分の未熟さの責とあれば、なおさらよ」
フンッと、そっぽを向かれた。……謝られたのか怒られたのかわからない。
「……君はマスタースミスだって、聞いてたんだけど?」
「ええその通り、その通りですよ! 誰に聞いたか分かんないけど……私はマスタースミスですよ。そのくせにこの体たらくですよッ!」
「いやいや、責めてるわけじゃなくて……。君で無理なら他の鍛冶屋でも無理だろう、てことだよ」
健闘を称えようとしたら、逆に拗ねられてしまった。……なかなか面倒な性格をしている。
また僻まれるかと身構えてると、
「そうね、たぶん無理でしょうね。―――『魔剣』を鍛え上げるなんてね」
ギロリと、しかし真剣そのものの表情で向かい合ってきた。
「……なんだ、気づいてたんだ、コレが魔剣だってこと?」
「そりゃ、私の傑作を叩きおってくれたんですもの。ソードスキルを付加させてまでの一刀でね。……魔剣以外にはありえないわよ」
「いやぁ、流石にソードスキルは両方に付加させてたんだけど……」
アノ特殊スキルについては、まだ言うべきじゃない……。モニョモニョと、ただの空耳ですよと口を濁した。
さすがに怪しまれるかと不安がるも、向こうもゴニョゴニョと目を泳がせていた。……よくはわからないが、問い詰められないに越したことはない。
コホンと咳払いすると、メニューを展開した。手持ちの金を確認する。
「……とりあえず、いくらだ?」
「何のこと?」
「コレの代金。後払いだろ?」
指摘してようやく合点するも、憮然と顔をしかめた。
「こんなもの渡せないわ。お金ももらえない」
「え? けど……せっかく作ってもらったし、な」
「『アンタが納得できた剣を』て条件で受けたわ。……コレはソレじゃない」
鍛冶屋としてのプライドに火でもついたのだろうか、きっぱりと言い切った。
インゴットはこっちで用意したとはいえ、製造には他にも色々と消費する。高レベルの金属ならば相応の高熱が必要なので、カマドやら鉄床の耐久値も激減する、彼女自身の労力やら体力その他も。全てを合わせるとバカにならない出費だ。ソレを0にしてくれるのは、ありがたい限りではあるが、
「……あのレベルの金属で作れなかったら、君でも無理だろ?」
「ええ。たぶん百鍛え上げても、一本ぐらいしかできないでしょうね。それだとさすがに、労力とお金がかかりすぎるわ……」
「だったら―――」
「だから、【★6】の金属を手に入れるの」
割り込まされた断言口調に、息を飲まされた。
【★6】、やはりソレしかないか……。オレに奇跡は似合わない。わずかな希望に賭けるのがお似合いだ。
「……そう言えば、まだ名前聞いてなかったわね。
【リズベッド】よ」
ハキハキと自己紹介すると、手を差し出してきた。
そんなものHPバーを見ればわかるだろうと、【鑑定】持ちならなおのこと知っているだろうと……大昔のオレなら言っただろう。実際、彼女の名前は居眠りしていた時にはわかっていた、そもそも知っていたからココに来た。彼女も、オレの名前ぐらいはもう知っていただろう。……対人関係スキルが向上した今、ソレがいかに無粋だったかわかる。
「【キリト】だ。とりあえずしばらくの間、よろしくな」
求められた握手をすると、こちらも自己紹介した。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
武器制作は少々手間がかかることにしました。通常のオンラインゲームではなく、ログアウト不能のデス・ゲームなことから、手間暇労力かけてる/コレが私だけの仕事だ感が必要とされるのではないかと。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。