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50階フロアの主街区【アルゲート】、オレのホームがあるフロアでもある。
中華風の雑多な街並み。転移門へ通じる大通りからはずれ小道へと、入り組んだ路地裏へと進んだ。
道行の大半は、ゴミゴミとした/危険な香りがする裏路地や貧民窟へと通じている。中には、新たに発見された地下街/歓楽街【アリゲート】へとも通じている。全域が安全な【圏内】である一般の主街区とは違って、所々【半圏内】が発生している。大通りから離れれば離れるほど危険な街。
そんな小道の中でも、大通り並みに整いかつ清潔感ある道行きの中途に、エギルの店があった。
【ダイシーカフェ】―――。木造のクラシックな二階建ての店構え。大人な雰囲気があるカフェといった風情で、前を通るだけでコーヒーの香りが漂ってきそう、実際いい匂いに誘われる。夜はそのままで酒場に、隠れた名店とでも言われそうな作りだ。そのくせ、【アルゲート】の街の空気にも溶け込んでいるという離れ技もやってのけている。……悔しいがセンスてんこ盛りだ。
そんな店の中へ入る直前/観音開きの扉の片方に手をかけると、話し声が聞こえてきた。
「―――いやいや、そんな値段じゃ割に合わねぇよ!」
男の戸惑った声。周りにも同じような焦る息遣いが聞こえた。エギルのモノではないので、たぶん客だろう。
そぉっと少しだけ/扉の上部についている鈴が鳴らないように開けて、中を覗いてみた―――
やはり、客と難しい値段交渉しているエギルの姿が見えた。
「これ集めるために、どれだけ苦労したと思ってんだよ!」
「おおよそはわかってるつもりだが、こっちも商売なんだ。悪いが、お前さん達の苦労話には一コルの値打ちもつかねぇんだわ」
突っかかる客達にも、腕を組んだまま一歩も引かないエギル。その禿頭の巨漢/日本人とは明らかに違う悪相/凄みまである重低音から言われると、思わずたじろいでしまう。彼らも今まで、敵意に満ちた巨獣や化物と戦ってきたプレイヤーだろうが、異質の風格がある。
たじろいだものの譲りきれず、怯えに揺れながらも睨み続ける客達。このまま平行線かと思いきや、エギルから譲歩してきた。
「……とは言うものの、あんたらはお得意さんだ。あんたらが頑張ってるから俺も商売ができるしな。このぐらいは譲歩してやろう―――」
すると、自分から買値を上げてみせた。
その価格に客達も心動かされた。これならいいかも、と。先までのはぼったくりだったがコレならまともな値段だろう、と。これ以上奴から譲歩はひきだせないだろう、とも。千載一遇のチャンス。
ただ……オレは知っている。ソレがエギルの戦術だったと、元々その値で買い取るつもりだったと、『サービス』をつけたのだと/器のデカい店主だと錯覚させた。……なんともあくどい商法だ。
客達も無意識にかおかしさに気づいたのだろう、迷っていた。だが、どうすべきか内々で悩んでいる/冷静になろうとすると、最後のダメ出しがきた。
「―――皆さんの頑張りは、わてらもよぉわかっております。ほんにいつも、ありがたいと思おております」
エギルの横手/斜め後ろ辺りから奥ゆかしそうに、黒髪の着物美人が進み出てきた。今までずっと静かにエギルの傍で佇んでいたが、膠着状態になったこのベストな間を縫ってきた。
客たちが、エギルに対するのとは違った動揺を見せていると続けて、
「ですが……ここのところ不況でしてなぁ、【軍】からの徴税も厳しい。わてらも少し……困っておるのです」
困った表情を浮かべながら、小さく頭まで下げてきた。どうか、コレでよしなにお願いします。わてらは、皆さんにおすがりするしかないのです……。
憂いと頑張りをミックスさせた美女からのお願いに、答えられない男はいない。
客たちの迷いは一斉に晴れた。商談はソレで決まった。
トレード完了のウインドウ。どちらも全くの合意のもとの快諾、何の後腐れもない。着物美女の顔もほんのりと明るくなった。
「―――ほんに、ほんにありがとうございました!
よろしければ、こちらの小料理屋にもよばれてくださいな。コレを見せてくださいましたら、格安でおだししますさかい」
そう言うと、客たちに一人ずつ、手のひらサイズのカードを手渡していった。入口からではよく見えないが、名刺か招待状のようなものだろう。メッセージを使えばすぐで手間もかからないのに、わざわざ専用のチラシを作るのは珍しい。
ほんとですか。それじゃぜひ―――。丁寧な対応に/美女からの心のこもったおもてなしに客達はホクホク顔。……料理屋の常連がまた追加された。
客たちは得した気分のまま、心地よく店を後にした。
そんな彼らを見送りながら、入れ替わるように店の中へ入った。
「お、いらっしゃ―――て、なんだキリトか」
「おすッ! 邪魔するぞエギル。フジノさんも久しぶり」
「ほんにお久しぶりですね、キリトはん」
はんなりと、微笑みを向けながら挨拶してくれた。彼女だけ/いるだけで周りも時間の流れが緩くなるような、純日本製の美人若女将。どこか憂いを秘めた微笑みと目元にうっすらとある泣きぼくろが、男たちのささくれだった心をなごませてくれる。
フジノさん―――。同じ商人ギルドに所属している、エギルの相棒。オレよりも少し上だけだと思われるが、その独特な奥ゆかしい雰囲気と人格ゆえに自然と『さん』づけしている。他の男たちも大体そうしているが、大半は彼女に好意を持ってもらおうとしてのことだろう。オレはそうではないが……必ずしも。
時々こうやって店を手伝うこともあるが、いつもはレストランを/彼女と店のコンセプトから料亭を営んでいる。高級感と大人な雰囲気が漂っているので、一見さんでは入りづらい店だが、かなり繁盛している。彼女がNPC店員たちに仕込んだ特製のおもてなしが、プレイヤーのみならず自律型NPCたちにも受けた。ちょっと無理をしてでも行く人が続出。このエギルの店の何十倍も稼いでいる。
「今日もサボりかキリト? そんな調子だとそろそろ、あの麗しき閃光殿の叱責が飛んでくるんじゃないのか?」
「もう来たよ……。昼寝の邪魔された。何でかメシまでおごらされることになった」
「なんと! 彼女と食事を共にするとな……?」
「それで目覚ましに、お前のまずいコーヒーでも飲みに来ようかと思ったけど……フジノさんがいるのなら特製の薬湯が飲めるな。一杯ください」
はい、ただいま―――。オレの注文にニコリと、カウンターの奥へドリンクを作りにいった。
その甲斐甲斐しい後ろ姿を見送りながら、改めて正面の巨漢へと向き直りつぶやいた。
「……ほんと美女と野獣、ていうか、ごうつくばりの越後屋と借金のカタに仕方なく結婚した元武家の妻って感じだよな、お前ら」
「なんだ、その悪意に満ちた例えは」
「これでも手心は加えてるぞ。オレ以外の奴らだったら、もっとひどい例えだったはずだ」
「……だろうな。俺も否定はできんな。
彼女のおかげでこの店もやっていけてる。客もそこそこ入って品の入荷も楽になった、他にも色々と助かってるしな……」
尻すぼみにそう言うと、心なしかシュンと沈んでもきた。
軽口の応酬を期待していたのに、そんな弱った態度を見せられるとは……。少し動じるものの、悩みの病根には心当たりがあった。
ちらりと、エギルの手に/薬指に目を向けてみた―――
「……なんだ、まだ【結婚】してなかったのか?」
あっさり告げると、エギルがブーーーッ!! とむせた。
ゴホゴホ咳き込んでいると、フジノさんが何事かと顔を向けてきた。「なんでもない」と手で合図し事なきを得ると、そっと彼女には聞こえないように、顔を近づけながら睨んできた。
「…………前にも言ったぞ。信じてもないかもしれねぇが、俺は既婚者だ。現実世界で嫁が待ってるんだよ」
ここで結婚なんてしたら、彼女を裏切ることになる。不倫なんて許されねぇ……。おそらく、赤バンダナをした侍にとっては「爆死しろ」との助言しかない、贅沢すぎる悩みだろう。しかし本人は大真面目、かつ真剣にまいっていた。二人の認識は交わることがない。
オレはというと、妄想は大概にしてくれと呆れてる、しつこすぎてうんざりし始めていた。ソレを口に出さず「はいはい」と流す程度には対人スキルは向上している。とは言うものの、そんな愚にもつかない言い訳をするなんてと腹を立てていた。オレも他人のことをとやかく言える男ではないが、さすがに情けないと思う、その立派なガタイが泣くぞとも。……幸せになれる/誰かにできる奴は、幸せを掴んだ/与えてあげた方がいい。
なので、もう一歩だけ踏み込んだ。
「もしも、万が一にもそうだったとしても……リアルとここでは、話が違うんじゃないのか? 【結婚】するだけでかなり違うだろ。これから商売続けていくにしても攻略でも何にしても、お互い結構楽になるはずだ、楽させてやれるんじゃないのか」
「それはそうだが……そういう問題じゃねぇんだよ」
「これだけお前に尽くしてくれてるのに、そんなこともできないっていうのは……どうなんだ? 逆にさ、帰ったらガッカリされるんじゃないのか、お前の奥さんとやらに」
おそらく空想嫁だが、ゆえにオレでもわかることだ。
本当に愛し合って結婚していたのなら、浮気や不倫なんてない。例え傍目からはそのように見えたとしても、心は揺らがない/ソレとコレとは別。金銭関係があろうが肉体関係ですら、気にする必要がないのだ、回り回って最後は自分の元に帰ってくる/総取りできるから。むしろ、株を上げたと嬉しがってくれるはず。
熱弁を迸らせようと口を開くと、話題のフジノさんが来たのでとじた。
「どうぞ、少し蒸らしてからお飲みくださいな」
「はい、いただきいます」
香り立つオシャレなポットとカップを、ありがたく受け取った、先までの話題なんてなかったと笑顔で答えながら。……さすがに、本人の前でする話じゃない。
エギルがコホンと一つ咳を打つと、今度はオレの話題へと変えた。
「人様の事情に口出す前にだ、お前の方こそどうなんだ? いつまでもソロ気取ってる場合じゃないだろ。……例のアレ、上手くいきそうなのか?」
「あ! そうだった。
そのことで聞きたいことがあるんだけど、お前―――【リズベット】てプレイヤーの鍛冶屋、聞いたことあるか?」
ここに来た理由の一つ、麗しき閃光殿の情報の確認。
エギルはリストだか備忘録を確認することなく、すぐに答えた。
「あるぜ。ちょうどお前と同い年ぐらいの、可愛い女の子だ。48階層の【リンダース】に自前の店を構えてる。どこのギルドにも所属してないし、専属契約をむすんでるわけでもないが、腕はマスタークラスって噂だ」
「へぇ、女でしかも『マスタースミス』か……」
「私も、その子のことなら知ってます。この小太刀も―――彼女に仕立ててもらいました」
そう言うと、腰に差していた懐刀を見せてくれた。
白を基調として、紫と銀の蔦模様が施されている小太刀の鞘と柄。さすがにここで刃を抜いてもらうわけではないので、【鑑定】を発動させて調べた。エギルたち商人のようにマスタークラスの目利きではないが、【偽造】が施されたり呪いがついていなければ把握できるレベルには達している。
「……いい武器ですね。腕前は本物みたいだ」
「ええ、ほんに。……キリトはんのソレには負けますけど」
「ビーターの命を預かって守り抜いてきた相棒だからな。例えフジノさんであろうとも、負けられちゃ困るよ」
苦笑しながら、背中の愛剣に意識を向けて言った。
口に出して初めて、武装解除し忘れたことに焦った。【アルゲート】には所々物騒なエリアが存在するため、圏内であろうとも完全に武装解除することがない。いつもするのはホームに戻ってからだ。でも、この店の中だって安全は確保されているはずだ。エギルだけの時の感覚でついつい、無作法をしてしまった。
すぐに取り払おうかと思ったが……やめた。今更しょうがいない。彼女も一応用心しているのなら、構わないだろう。
「負け惜しみじゃありませんが、もう少しいい鉱石を使っていったのなら『魔剣』レベルに達したものが作れた……と、本人は悔しがってましたよ」
「どのくらいのレベルのモノ使ったんだ?」
「【玉鋼・★5】です」
「……最高級じゃん」
現状における最高級インゴット。種類は他にも色々とあるが、【★5】が最高級品であることを表してる。加えて、メニュー画面の説明文の表記から、ソレ以上の品は存在しないように見える。なので、作れる武装も頭打ち、鍛冶屋の腕と運に作用されるだけ。
しかし―――
「噂じゃ、59階層の雪山エリアに住んでるクリスタルゴーレムがドロップする、らしいぞ。今までにない【★6】のインゴットをな」
【★6】/表記上ではありえないインゴットが、あるとされている。
「ソレ、オレも聞いたことはあるけど……誰もゲットしたことないんだろ? どれだけ狩ってもドロップしない、よくて【霊鋼・★5】だ。……【★6】なんて代物は、麓の村にいるNPCの一人が言ってるだけの戯言だった、てさ」
「まぁな。その老人は、周りから頭がおかしくなったとかボケたとか言われてるし、プレイヤーを嵌めるためのフェイクじゃないか、て話だったな」
「……違うのか?」
「いいや、わからん。
ただ、『59』というのが引っかかってな。60層以降に備えるために用意されているんじゃないか……とな」
信じる信じないは、お前次第だ……。何の証拠もない思わせぶりながらも、興味をそそらざるを得ない仮説だ。
ただ、信じたいが信じ切れるほど、この世界は夢と希望に満ちてはいない。
「まぁ何にせよ、マスタースミスであろうともだ。ソレ並、魔剣レベルの武器を作るためには、いい鉱石もそろえなきゃならん、できれば【★6】をな。……閃光殿のような幸運が、お前さんにあれば違うがな」
見込み薄だな……。互いに肩をすくめた。悪運なら誰にも負けないんだがな。
魔剣制作―――。その条件は未だ定かではないが、少なくとも【★5】以下のインゴットを使ってや、未熟な腕の鍛冶屋では作り出せないことはわかっている。ただ用意できたとしても、作り出せるか否かは運以外にありえない。幸運値を上げまくっても、できない時はできない、作れた魔剣は今まで確認されている中でも数振りしかない。
なので、オレも含めた攻略組の大半は、ソレ以外の方法で魔剣を獲得している。
一つ目は、ドロップ品。ボス級モンスターが極低確率で落とすアイテム、オレの愛剣もドロップ品だ。他にも何人か見かけてはいるが、数は限られている貴重品だ。
二つ目は、呪い憑き。モンスターを大量に狩りまくることで、発生する現象。付加されたらその時点で武器は魔剣に変わる。ただ、大量の度合いは半端じゃなく、一度二度破損する程度では付加されない。格下のモンスターを狩り続けてもできない。破損した状態/あえて弱い武器で倒し続けると付加されやすいとは言われているが、このデス・ゲームで真似できる度胸のある奴は少ない。ただコレも、やはり希少品。
最後の三つ目は……あまりオススメできない。犯罪行為に近しい制作法、プレイヤーの命をくべることで作り出す。
PKをすると、その武器は高確率で魔剣に変質する。また、プレイヤーを刈ったモンスターを倒すのも同じく。この世界では貴重品であるプレイヤーの命ゆえに、魔剣を生み出すに足る素材となる。……かの神父様/あの麗しき閃光殿の兄上が使っている槍は、図らずもコレに似た方法で生み出された邪槍だ。
ゆえに、【★6】のインゴットは希望になる。ただでさえ少ない攻略組が、武器ゆえに脱落していく現状を止める手立てになる。一縷の望みとはいえ、賭けれる可能性にはかけざるを得ない。……オレ自身もこれから先、戦い続けるために。
暗い現状にため息をつきそうになると、フジノさんが入れてくれた薬湯に口をつけた。ぐびりと、ため息ごと飲み込む。
口の中に、ほんのりと甘やかな香りが立ち込めた。喉をすぅーと通り抜ける、腹に溜まっていた凝りのようなものも洗い流される気分、落ち着く……。心地よくなっていると、HPバーにリジェネ効果が付加されたのがみえた。
まったりと、薬湯を味わい続ける。閃光殿に邪魔された穏やかな午後の時間が、またやってきてくれたかのようで心地よい。何だかとても贅沢な時間だ、このままここで一眠りしてもいいかもしれない……。
気分良く午睡にひたっていると、カランカランと鈴の音。また客が店に入ってきた。
「おっと、今度はまともな客だ。―――いらっしゃい!」
入ってきのは、前の客とは一段違う凄味を持ったプレイヤーたち。前線で時々見かけたことのある、攻略組の一員たちだ。
カウンターまで来ると、オレをチラリと一瞥。いつも通り不穏でトゲのある視線を投げかけるも無視、店主/エギルと向かい合った。
メニューを展開し、ストレージから売り物を取り出した。ごとりと、カウンターに置く。
「……こいつを引き取ってくれ」
「壊れもんか。どれどれ―――」
出されたアイテムは、破損した武器。折れたり刃が削れたり歪んだりしている武器たち。
無骨で機能重視のデザインながら、秘めてる能力値はかなり高いものだとわかった。エギルも見ている傍ら/客たちにも気づかれぬよう【鑑定】を発動して確かめてみるも、業物だと。もしも彼らが金に困っているとしても、売り払ってしまう代物ではなかった。
なので、柄でもないがついつい口を出してしまった。
「コレ、結構いい武器じゃないか。壊れたからって売るのは、もったいなくないか?」
修理に出してまた使ったほうがいい。お払い箱にするには、まだまだ現役の性能をもっている……。エギルが余計なことをと睨んできたが、見て見ぬふりをしてやるにはあまりにも勿体なさすぎる。知らなかったらなおさらだ。
しかし客たちは、意を返さず。フンと、小馬鹿にするか自嘲するかのような鼻息を鳴らして、愚痴ってきた。
「……前線で使えないんじゃ意味がない。売って金に変えるか、溶かしてインゴットに変えるかしか使えない。あんたのソレとは違ってな」
鋭くそう言われると、敵意めいた視線まで向けられた。
込められていたのは、嫉妬めいた感情だろうか。オレの背にこの愛剣が収まっているのが、どうにも癪に障るらしい。ただソレだけの違い/自分の能力とは関係な部分で、分けられてしまう格差。60階層以降、魔剣持ちとそうでない者たちとでは明確な差ができてしまった。
ぐずられても必要なもの、しかし身勝手ながらも、ビーターである以上甘んじて受け止めねばならない世知辛さ。もう随分と慣れてきたので、未だそんな感情を向けられる彼らを逆に尊敬してしまう有様。ただ、現状のような過渡期では仕方がないこととはいえる。
黙ったまま/無視してずずずと、薬湯をすすった。飲みながら「オレも大人になったなぁ」と、一人感慨にふける。
不満の空振りに客たちは、さらに何か罵倒しようかと口を開きかけると、エギルが大げさに割って入ってきた。
「残念ながら、そのとおぉり! 前線は厳しい限りだ、今じゃ武器がパキパキ折れちまう財布泣かせの場所。だからうちは、そんな可哀想な壊れ物たちを高く買い取ってきてる、相場よりもどこの店よりもな。……お客さん、あんたらはラッキーだよ」
ここを選ぶなんて、おめが高いねぇ……。あからさまんおべんちゃらに、客たちの憤懣は尻すぼみになってしまった。またフンと一つ、後ろ足で砂でもかけるようにそっぽを向かれた。
エギルも営業スマイルで、交渉に入った。前の客とは違う低姿勢で、揉み手でもしそうな勢い。傍からみても、できるだけ安く買い叩こうという魂胆が見え見えだった。
仕事の邪魔にならないよう、再び剣呑な空気に晒されないよう/逃れるようにそっと、席から離れた。……もうここも、憩い場じゃなくなってしまった。
そのまま店からも出ようとした寸前、呼び止められた。
「ちょいとお待ちを、キリトはん。
よろしければコレを、お使いください―――」
駆け寄ってきたフジノさんが手渡してくれたのは、手のひらサイズのポーション。通常の試験管ビーカーめいたガラス瓶ではなく、漆のような塗と細工が施された竹筒、一風変わった/古風な水筒だった。
「自作のポーションです。わての【畑】で育てましたハープを煎じて作ったものです。一時的ですが、幸運値をかなり上がられる代物です」
「……いいんですか、そんなもの貰って?」
「お収めくださいな。レアアイテムなわけではありませんですし、使いどころに難儀してストレージに入れっぱなしにしていたものですさかい。キリトはんみたいな―――前線で頑張ってくださってる攻略組の方に使っていただくのが、一番いいことです」
最後の言葉は、それとなく周りも/客たちのことも意識していたのか、エギルと交渉しているリーダー以外のメンバーがピクリと反応したのが見えた。同時に、先とは別の嫉妬も向けられたような気がした。
コレを狙ってやられたのなら少し……怖い。彼女に対する考えを改めないといけなくなる。
あえて気にしないように、快く受け取った。
「それじゃありがたく。使わせてもらいます」
「おおきに。よい巡り合わせがありますように。
あ、それとキリトはん―――」
今度は、周りには聞かれなように近づいてきて、声をそばだてながら耳打ちしてきた。
「わてがここに居させてもろうておるのは、変な虫がエギルはんにつかんようにするためですさかい。なにか間違いが起きんように、ね。ですから……わてが勝手に押しかけてきたようなものですよ」
誤解してくれてありがとう……。そう含ませるとニコリと、奥ゆかしそうな微笑みを向けてきた。
聞かれてしまったことに苦笑。ソレを隠すように尋ねた。
「それって……信じてる、てことですか? エギルがその……なんて?」
「あれま、見てわかりまへんでしたか?」
「……はずかしながら」
「そうですか……。
簡単に言うと、『女の影』いうもんが見えるから、ですね。プレイヤーさんのほとんどは薄いか無いですし、エギルはんみたいなご年齢の外国風の方で日本語が達者ですと、ご結婚されている以外ありえへんでしょ? ご本人がそう言うてるのなら間違いありまへんな」
女の影が何かはわからないが、言われてみると確かにそんな気がしてきた……。もし彼女の言う通りなら、オレはかなりひどい勘違いをしていたことになる。知らずにエギルの人品骨柄を低く見積もっていた。今更ながら不安になってきた……。
「キリトはんも気をつけや。あんさん狙ってる子、ぎょーさんおりますさかいな」
「……まさか。こんな疫病神にお近づきになりたい奴なんて、ありえないですよ」
「無理を通したい想うのが、恋の病ですさかい。……雨に濡れた可哀想な仔犬ちゃんなら、なおさらですね」
オレは仔犬か……。意外と手厳しい評価。はんなり猛毒をぶち込んでくる、彼女らしいスタイルではあるが、苦笑せざるをえない。
店を出ると一路、鍛冶屋の元へ向かった。
魔剣を作ってもらえるかどうかはわからないが、行くだけでもいってみるしかない。なにせ一度、魔剣を作った実績があるのだから、見込みは充分にある。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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