偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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中間層 参
魔剣探索


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 キィン―――。甲高い嫌な音色が鳴り響くと、金属が宙へとはじけ飛んだ。

 

「―――くッ!? またか」

 

 放物線を描いと飛ぶ欠片、思わず舌打ちした。……装備していた剣が、壊れてしまった。

 あと一歩だったのに、またダメか―――。早すぎる損壊。しかし今、悔しがる暇はない。

 敵が咆哮とともに追撃を放ってきた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

 

 迫り来るは黒鉄の巨人、繰り出されるは赤鉄の巨拳。まともに目を向けられないほどの輝きと熱を放っているソレは、猛スピードで突っ込んでくる列車にも等しい圧力も迸らせている。

 防ぐことなどできない。それだけの筋力値もなければ頑丈な大盾も装備していない。そもそも、現在最上クラスであろう自分のレベルでできなければ、ステ極振りでもしなければできそうにない。

 なので、迷うことなく避けた。

 転がりながら回避すると寸前、先いた/殴られた場所が爆発、盛大に土煙と瓦礫が舞い上がった。

 

 しかし、これで終わりじゃない。追撃がまだ残っている。

 くるりと膝立ち/すぐさま向かい合うと、鋼鉄の巨人は勢いそのまま踏み込んできた。今度は大砲のようなストレートを発射してくる―――

 ソレは文字通り大砲だった。攻撃判定は振った拳だけでなく、そこから生まれた風圧も含まれる。バックステップの回避は意味がない。しかも当たれば、吹き飛ばしの上【転倒】にまでさせられてしまう。軽装のオレではまず踏ん張りきれない。

 なので、壊れた剣を投擲した。

 巨人の頭へ、目がある場所へと【投剣】―――

 ―――カンッ。小気味いい音がなると、拳大砲が僅かに逸れた。目測を失ったのか、ギリギリ脇へと打ち出された。

 

 敵ソードスキルの終わり/リキャストタイム。反撃のチャンスだが……逃げの選択。

 もう武器が壊れてしまった。正面切っての戦いではジリ貧だ。それに、ソロの自分では回復すらままならない。ここは逃げるしかない―――

 

 即座に踵返し逃げると、遅れて巨人も追いかけてきた。周囲の岩石やら鉱物やらの障害物をものともせず、まっすぐ追いかけてくる。

 動きは鈍重だが、一歩がオレの数倍。しかもどういう理屈か、索敵範囲まで広い。見えない物陰に隠れてもすぐに見つかる、物音を立てないように息を潜めても聞かれてしまう。なので逃げてもすぐに追いつかれる。そもそも、洞窟の中では比較的見晴らしの良い一本道のここでは、隠れる場所もない。

 それでも、先へ奥へと走った。武器が壊れてしまった時のための、次善策へ―――

 

 そして、駆け抜けていった先……目印を見つけた。うっすらと淡い光を放っている魔法陣。

 その手前で、ジャンプ、地面を踏まないよう奥へ着地した。

 すぐに振り返ると、残っているもう一本の剣を構えた、巨人を誘う。もう逃げられない/ここで決着を付けてやると、覚悟を決めたかのように。

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

 

 意味は聞き取れなかったが、おそらく応とでも吠えたのだろう。あるいは、巨人であっても中身は獣でしかないのか……。

 どちらにしても、そのまま爆進してくる。体当たりしようと加速してきた、向ける体表に小さな渦巻きまで発生させている―――

 まともに受ければ大ダメージ必須、最悪死ぬかもしれない一撃。しかし―――ニヤリ。口元に笑みを浮かべた。

 なぜなら奴は、『罠』にかかったから―――

 

 ソードスキルの煌きをまといながら、ロケットのような爆進。一気にオレの間合いを踏み砕き、押しつぶさんと押し寄せる―――。

 しかし―――ガクン。いきなりその巨体が沈んだ。急に地面がなくなった。オレが先に踏まなかった場所を踏んづけたがために、魔法陣が発動。吸い込まれていく/飲み込まれていく=落ちていく―――

 【落とし穴】……。あらかじめソコに仕掛けておいた罠が、発動したのだ。

 巨人はそのまま、奈落の底へと落ちていった。どん底で待ち構えている、強酸の胃袋の中へと―――

 ドボぉん―――と落下、盛大な水しぶきを上げた。

 

 すぐさま立ち上がり抜け出そうとするも……、体の異変に気づいて立ち止まった。

 表面がドロドロに溶けている……。つるりと磨かれていたのに、醜くただれていく。段々と節々も動かなくなっていく。

 

「■■■■ッ!? ■■■■■ッ、■■■■■■ーーーッ!?」

 

 驚愕と恐怖、それにも増した怒りの咆哮。オレに向かって放ちながら、何とか抜け出そうともがく。穴から這い上がろうとした。

 しかし……その手は巨体を支えることはできず。それよりも先に関節が溶けて……切れた。

 

 再び落下。手だけを壁に残して。

 ドぼぉんと、再び全身に強酸を浴びると、今度はそのまま起き上がれず。グズグズと泡ぶくをあげながら溶けていった―――

 

 最後まで警戒。同時に、とあるハリウッドの有名SF映画の一場面を思い出した。強酸とマグマの違いはあるが、同じような光景だった。

 見えなくなってもまだ、剣を収めず緊張していると、強酸の海から淡い薄青色の光球が飛んできた。そのままオレの元へ飛び込み付着すると、取り込まれるように消えた。

 そして、経験値獲得の表示が浮かび上がった。

 

 ようやく倒したことが分かると、剣を鞘に収める。ホッと胸をなでおろす。

 落ち着くと、改めて今回の戦闘を振り返り……すこしガッカリ、ため息をこぼした。

 

「……また、こいつに頼っちまったな」

 

 【謀略の喰晶石】―――。任意の場所に落とし穴を設置することができる結晶アイテム。フィールドを一時的に書き換えることができる。

 罠の種類は様々。ただの深い穴から、幾本の竹槍が突き刺さっている古典的なもの、毒ガスが蔓延していたり、別のフィールドへそのまま強制転移させてしまったりなどなど。どんな種類かは、結晶の中に浮かんでいる文字で判別できる。日本語やアルファベッドではない特殊な/アインクラッド独自の言語だが、単純かつ種類のほとんどは把握されているのでわかる。

 本来は足止め程度、間違って自分や仲間が引っかかってしまう恐れもある。相性によっては大ダメージもあり、今回の強酸と鋼鉄ゴーレムはまさにバッチリの相性だった。嵌めることさえできれば、残り半分以上もHPが残っていようと強酸が溶かし切ってくれる。

 ただしこの強酸は、高ランクの【喰晶石】。店で買えば値が張るし、プレイヤーメイドでも手間賃と材料費込みでやはり値が張る。さきのゴーレムを倒すだけでは割に合わない。しかも、落とし穴で嵌めて倒すため、換金アイテムを獲得することができない/強制的に経験値が加算される。勝っても出費が痛すぎる苦肉の策だ。

 しかし―――

 

「はぁ……まだ3体目だぞ? こんなに減りが早いなんて……堪んないな」

 

 今の自分では、これを使わないと生き残れない……。ここはそれだけの強敵が跋扈している場所だった。

 

 

 

 60階層を過ぎたあたりから、急に通常モンスターの戦闘力が上がった。

 

 それまでのように、たっぷりとレベル差をつけて装備も整えるも、それでも足りない。徒党を組んで全力で向かい合ってやっとだ。通常モンスターがボスモンスター並に強い。なので、複数体現れたら逃げるしかない。……ソロプレイを貫いているオレは、何をかいわんや。

 ただし、パーティーを組んで役割分担して効率化を図るだけでは足りない。決定的に火力が足りない。何か特殊な保護膜にでも守れているかのようで、こちらの通常攻撃やソードスキルですら効果が薄い。【喰晶石】のような特殊兵器でなければ大ダメージを与えられない。またその影響か、特殊な/『呪い付き』のような加工がされていない武器だと、すぐに摩耗し壊れてしまう。補う何かがなければ太刀打ちできない。

 

 対策としてまず一つ目は、ふんだんな財力投入。

 オレがやったように、【喰晶石】などの武器以外の攻撃手段を使うこと。【投槍】による遠距離爆撃もその一つだ。武装に強化や追加効果があるエンチャントを施すこともありだが、これはほぼ武装そのものを守るために使われる。……なのでこれにより、ダメージディーラーは、敵のトドメを刺す花形から翻弄し足止めする脇役に落ちた。

 二つ目は、新たに見つかったエクストラスキル【車輪】を使うこと。

 投擲用の武器とされていたチャクラムやブーメランや鉄球から、【投剣】とは別の力を引き出すことができるソードスキル。微細な筋力の動きか磁力か魔力か、高速回転させることで攻撃力を生む。投げつければ【投槍】並みの破壊力、殴りつければ【両手斧】並みの突破力、大盾並みの防御力ももっている。しかし……あまりにも隙がでかい。回転エネルギーを貯めなければならず、発動に手間がかかる。早さが売り物のソードスキルなはずなのに、初動モーション以外の条件を課してくる。単品ではとても使えない代物だった。

 コレの真価は、パーティーを組んだ時に発揮される。エネルギーをほぼ際限なく集めて貯められる性質、かつソレを味方に伝導させられる。渡された相手は、通常の攻防力をはるかに上回る力を繰り出すことができる。60階層以降の敵とでもまともに戦うことができるほどに。

 この分担作業はさらに、【瞑想】にも新たな光をもたらした。

 心身を落ち着かせ整えるだけと思われていたスキル。戦闘には使えないし日常でもほとんど意味を成さない、はずれスキルだと……。しかし、【車輪】とペアで使うと全く違った。回転力が増大しすぐに規定値まで貯まる、仲間に渡す際に生じるエネルギーロスも限りなく0になる以上にプラスになる。戦闘中たった一人でも鎮座してくれたのなら、ここの敵ですら難なく倒せてしまう。

 いわば、【瞑想】は生成/発電【車輪】は加工/変電といったところ。パーティー戦はより緊密な協力が必要になってくる。しかし……ソロであるオレには使えない。

 なので三つ目、おそらくオレにしか使えない裏ワザ。新たなに舞い込んできたソードスキルを使うことだ。ただし―――

 

「あれもダメとなると、やっぱり……誰かに作ってもらうしかないか」

 

 途中で壊れてしまったもう一つの剣。今持っている業物/【エリュシデータ】とは比べ物にはならないが、それでも今の段階では一級品であることは間違いない。

 せめてコレと対等の奴じゃないと、話にもならないか……。残った漆黒の剣を見つめながら、相方になり得る剣を想像してみた。そもそも業物かつ長年愛用してきたために、『魔剣』となっていた愛剣。なんのエンチャントもせずとも、ここでの戦闘に耐えることができる力を持っている、まだ刃こぼれ一つすらしていない。

 作れそうな鍛冶屋をリストアップするも、あいにくのところオレの交遊録は……

 

「……ここで考えても仕方がないか。とりあえず―――」

 

 帰ろう……。今日はもうクタクタだ。体力のみならず財布の中身も、これ以上は割に合わなすぎる。ホームに戻って一休みする。

 

(……いや、今日はなかなかの日和なんだから、外でのんびり過ごすのもいいかもなぁ)

 

 世間では、迷宮区攻略で忙しいが、こんな日こそゴロゴロ昼寝するのも悪くない。……いろんな意味で優越感に浸れる。

 

 決まりだ。昼寝しよ―――。問題は先送り、まずは疲れを癒してから。

 洞窟から主街区へと転移した。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 街の小高い丘の中腹、日当たりがよくかつそよ風が吹いている。暑くもなく寒くもない抜群の心地よさ。さらに何より、人通りが少ない。街から少し離れた【半圏内】であるからだろう。やっと見つけたオレの憩い場所。

 今の時間はまだ、ここは【圏内】と同じでモンスターに襲われることはない。だけど一応は周囲を警戒、誰かきたらすぐに警告してくれるアイテムを設置。オレンジプレイヤー対策ではあるが、それ以上にこの素晴らしい一時を邪魔されたくない。

 

 環境を整えると、さっそく就寝。ゴロンと仰向けに緊張をほぐす。どんどん力を抜いていきながら、のどかにヒラヒラと飛び回っている蝶蝶を数える。ゆっくりゆっくりと目をつむり、微睡みへ落ちていこうとした―――

 

「―――ちょっと君、なんでそんなところで休んでるの?」

 

 寸前に、邪魔された。

 しかも、よく聞き知った声。誰かはすぐわかった。……今一番会いたくなかった相手。

 

「ねぇ聞いてるの、キリト君?」

 

 なので、だんまり/タヌキ寝入り。本当は眠ってしまいたいものの、あの叱り声で完全に眠気は吹き飛んでしまった。

 恨みがましさがでないように、スヤスヤとわざとらしくない程度の寝息をたてた。

 

「何よ、もう眠ちゃったの……。それじゃ仕方がない、いえ好都合ね! 

 一度やってみたかったんだ。この、油性マジックペンで額に『肉』と書くの―――」

「すいません! 起きてました副団長殿」

 

 やられる前に白状した。

 飛び起きてみると実際、彼女の手にはマジックペンらしきものがあった。

 本当にやるつもりだったのかよ……。恨みがましそうに睨む、どこ吹く風とニコリ。そしてすぐに、お叱りモードへ。

 

「……それで、何でこんなところで油売ってるのよ?」

「昼寝だよ昼寝。休んでるだけさ」

 

 攻略組最強ギルド【血盟騎士団】副団長、『閃光のアスナ』。

 その二つ名の通り、繰り出す細剣は閃光に等しく冴え渡っている。さらに、ネットゲームにはあるまじき異端児、NPCではなく生身の美人。栗色のストレートの長髪も相まって、常に後光のようなオーラをまとっている……気がしなくもない。

 【聖騎士連合】のアリス副長とは別種の、現実世界だったら決してお近づきになれなかった高嶺の花。こうやってお声をかけて下さるだけでも光栄だが、叱られるなどもっての外だがなんのその、色気より眠気だ。

 

「休んでるだけ? それにしては……結構長いんじゃないの?」

「まだまださ。お日様はまだあんなところにいるじゃないか。夕暮れまでは時間があるぞ」

 

 頭上からポカポカ陽気を降り注いでくれる太陽、オレにこの世に二つとない寝床を用意してくれたありがたい存在を示しながら、わかりやすくあくびを加えて答えた。

 

「もしかしてだけど、今日一日休むつもりじゃ……ないでしょうね?」

「ああ、そのまさかだ。

 こんないい日和はめったにないからな。薄暗い迷宮区にいるよりも、ここにいた方が気持ちいい」

 

 むにゃむにゃと、喋ってるうちから目がトロ~んとしてきた。……そう言えばここ最近、まともに昼寝できていなかった。

 そんなオレの態度に副団長殿は、ワナワナと震えていた。

 皆頑張ってるていうのに、あなたという人は……。今にも怒りが噴火しそう。面倒になる前に尋ね返した。

 

「お前のほうこそ、何だってこんなところにいるんだ?」

「……私は、補給に寄っただけよ。武器の耐久度も危ないから、修理してもらうと思って」

 

 ギリギリ冷静さを保たせながら、律儀にも答えてくれた。腰元に穿いている白銀の細剣を見せながら。

 【ランベントライト】―――。アスナが主武装として使っている細剣。オレの愛剣と同じように魔剣となっている武器。60層以降のモンスター相手であっても、刃こぼれ一つしない大業物だ。たぶんこの世界には二つとないはず。……その清楚な色合いやら神秘的な装飾やら何より使い手の気高さから、魔剣というよりも『聖剣』と言ったほうがいいかもしれない。

 他とは違う特殊な武器ゆえに、修理するのにも手間がかかる。法外な値段を吹っかけられるし、【鍛冶】を高レベルに鍛えていなければ扱うことすらできない。そもそもなぜか、NPC鍛冶屋のほとんどは魔剣を忌避する。彼女のような聖剣だろうと同じだ。

 

「ソレ、結構な業物だろ? NPCじゃ無理だよな。ちゃんと修理できる鍛冶屋なんているのか?」

「ええ。修理どころか、コレを作った人だもん」

 

 なんと、プレイヤーメイドだったのか……。作れたとなればかなりの凄腕だ。もう【鍛冶】をマスターしたのかもしれない。

 だったら、懸念事項が解消できるかもしれない。

 

「……なぁ、よかったらでいいんだけど、その鍛冶屋教えてくれないか?」

「いいけど……キリト君のソレ、まだ修理は必要じゃないよね? 強化か変性でもするの?」

「いや、もう一本……スペアが欲しくて。コレと同性能ぐらいの剣が欲しいんだ」

「ふぅん、スペアねぇ……」

 

 何かを疑るような視線を向けられるも、素知らぬ顔で笑うのみ。

 あのスキルのことは、教えるべきじゃない……。彼女のことを信頼していないわけではないが、超有名人だ。何がきっかけで漏れるとも限らない。後ろめたい気持ちはあるも、黙るしかなかった。

 

「確かに、あるに越したことはないけど……誰かとパーティー組んで戦えば、必要ないんじゃない?」

 

 何かを匂わせるように、尋ねてきた。

 その含意を察し、思わず顔を固くしそうになるも、なんとか表さずに答えた。

 

「……時々は、組んでやってるよ。

 別にもうソロにこだわってるわけじゃないし、オレのこと気にしない奴もいる。何より、今じゃそんな余裕も……ないしな」

「そんなこと言っておきながら、未だにソロで凌いでみせてるんだから……なんだかねぇ」

「フリだけさ。結構いっぱいいっぱいで色々とカツカツだよ。みんなについて行くのがやっとさ」

「だったら……ギルドに入るとかは、考えてないの?」

 

 もっと直接に踏み込んできた。

 逃れられそうにないのを悟るも、踏みとどまってかわした。

 

「……団体行動は苦手なんだ。一人の方が、危険ではあるけど気楽でいい」

「それでも……死んじゃったら、元も子もないよ?」

 

 心配そうに、事実心配してくれての提案。そして……全くの正論だ。

 もうソロプレイなど、やっている場合ではない。生き延びこれからも戦っていくのなら、誰かとパーティーを組むしかない。ギルドに加入するしかない。ソロプレイではもう、危険どころか足でまといになる。

 だから、もう答えられない。かと言って無碍に断ることもできずにいると、彼女の方から手を差し伸べてきた。

 

「……キリト君、もしよかったら―――」

「その鍛冶屋の名前、教えてくれないか? ついでに住所も」

 

 最後まで言わせず、笑顔で話をそらした。

 そんなオレの態度にアスナは、何か言い返してやろうとするも……やめた。

 少し悲しそうな怒っているような、複雑な顔を浮かべながらも飲み込むと、打って変わって明るく答えた。

 

「案内するよ。私も彼女に用事があるし、一緒に行こう!」

「いや、それは……ありがたいけど、遠慮しておくよ。情報だけ教えてくれれば、あとは自分で探す」

「……私も、気にしないけど? 別にそのぐらいどうってことないよ」

 

 また顔を沈ませてしまった……。さすがにオロオロと慌てた。誤解をほどかないと、そうじゃないんだと言ってやらないと―――

 

「ま……まだ、昼寝したいんだよ。ていうかコレからだったんだよ、誰かさんに邪魔されなかったら!」

「むぅ……。別に、邪魔してはいなかったよ。ただちょっと、イタズラしようとしただけ」

 

 今度はムッと頬を膨らまされた。

 言い分ははんばごもっともなので、言い返さず。ただソレで調子は戻った。ので、続けて誤魔化した。

 

「それに何よりだ、お前がオレと、いやオレじゃなくても男と一緒に歩いているのを見られたら……困るだろ?」

「? ……別に困らないけど? ギルドの人とは時々一緒に歩くよ」

「ギルドのメンバーは、まぁ……大丈夫だろうな。それに、一緒に歩くっていっても護衛みたいなものだろ? 全然意味が違う!

 オレの言いたいことは、そのぉ……何だ。アレだよアレ!」

「アレって?」

「そ、それは、そのぉ……男女のペアが一緒に歩いていると、だな。周りからは―――」

 

 恥ずかしそうに言いかけると、アスナを見た。

 純真そうな顔からニヤニヤと、笑いをこらえているような本性が垣間見えた。

 

「…………もしかしてだけど、からかってるの? わかってて言ってるだろう」

「え? そんなことはない、かなぁ~……♪」

 

 有罪確定。純朴な男の子の気持ちを弄びやがって……。フンと、そっぽを向いてやった。

 逆にアスナは、拗ねたオレを見ながらクスクスと笑みをこぼした。

 

「わかった。

 私も、その手の噂は色々と面倒だし、ギルドの人たちにも迷惑がかかっちゃうかも知れないしね。教えてあげる」

 

 あっさりそう言うと、本当に教えてくれた。

 もっと面倒な交渉ごとに備えてはいたのに、拍子抜け。なので、ただ純粋な善意に、恥ずかしそうにも感謝した。 

 

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。

 ただ、その代わり! もっと気合入れて攻略に励んでね」

 

 昼寝なんてせずに……。そこだけは譲らず、お姉さん風を吹かせてきた。……実際、オレよりも歳上なのかもしれない。

 そんな態度がしゃくにさわったわけではないが、むしろ好ましく微笑が浮かびそうになるも、気恥ずかしく感じた。ので、ソレを隠すように肩をすくめたながら言い返した。

 

「失敬な。オレはいつだって全力投球だよ。誰かさんを別にすれば頑張ってる方だ」

「……ソレ、私のレベル下げてるの?」

「できればそうしたいよ。こっちはついて行くのがやっとだ」

 

 軽口として愚痴をこぼすと、明るかったアスナが急に俯いた。

 急展開にオロオロさせられると、

 

「…………私、みんなに無理……させてるのかな?」

 

 小さくボソリと、弱音をこぼしてきた。

 そして、縋るような瞳を向けてまできた。それまで光り輝いていた『閃光』が、儚く今にもきえゆきそうな灯火に―――

 その顔に一瞬、言葉を失った。先の軽口を盛大に後悔した。あんなこと、冗談でも彼女に言うべきじゃなかった……。

 

「……た、たまには、息抜きも必要じゃないかな……とは、思うんだけどな」

 

 目を泳がせながらオドオドと出てきたのは、ヘタレな発言だった。出してさらに後悔した。

 これじゃ、ガッカリされたかもしれないな……。彼女の顔を見れず。ならばもう一度と、先の発言を塗りつぶす勢いでパチンッと、手を叩いて答えた。

 

「わかった! この情報の駄賃だ。今度何かメシでも奢るよ」

「え、ホント!

 それじゃ、57層に美味しいレストランがあるの。今度そこに行きましょう♪」

 

 ルンルンと声にまで出しそうな勢いで、約束が成立されてしまった。

 先までの悲しそうな顔がそこには、全くなかった。影も形もない。いつもの通り、いつも以上に女の子しているアスナがいた。

 あまりの変わり身に、あるいはそもそもの策略か、唖然とさせられる。大きく深く、ため息をこぼした。

 

「……食べ過ぎは太る元だからな」

「安心してよ、ちょっと豪華なパフェだけだから」

 

 それじゃね―――。そう言うとさっさと、帰ってしまった。

 

 

 

 再び一人に、午後の素晴らしい昼寝時間を取り戻すも……完全に眠気は飛ばされていた。

 

「―――はぁ……。これじゃ寝られんよ」

 

 エギルでも、からかいに行くか……。ついでに、あのまずいコーヒーでも飲もう。目を覚ますにはピッタリだ。

 よっと立ち上がると、転移門へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 今作における『魔剣』は、原作のものとは違って『性能の優れたドロップ品』以外の意味合いがあります。ご注意を。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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