偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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55階層/魔獣結界 赤のビースト

_

 

 

 

 アリスの斧槍が胸に、刺される―――

 止めようと、叫んだ。

 

「シリカァぁぁーーーーっ!!」

 

 叫びは虚しく、シリカは倒れた。

 アリスは、彼女のHPが0になったのを見て、斧槍を抜き出した。その拍子に彼女の体もバタリ、うつ伏せに倒れた。

 

 声にもならず、叫んだ。頭が真っ白になって何も考えられない。

 信じられない光景だった。さっきまで喋って動いていたのに、今はもう……動かない。

 手を伸ばした/まだ【麻痺】が残っていたのでそれだけしか、届けば何かが伝わると信じて。こんなのドッキリだと、冗談だと言ってくれるような気がして

 だけど、彼女は……微動だにしなかった。

 

 ソレは、もう何十人と見てきた、終わりの光景だった。

 前線でフロアボス戦で何度も見せつけられてきた。さっきまで楽しく笑っていた相手、気に入らず争い合った相手、パーティーを組んで一緒に戦った仲間。まだ話したことが山ほどあったのに、あんなこと言うべきじゃなかったのに、失って初めて大事だったと気づかされる……。誰もが等しく迎える終末。

 頭では拒絶しようとしているのに、胸の奥底ではもう、痛感させられていた。力が抜け落ちていく。

 

(オレはまた、こんな……)

 

 倒れたシリカの上を、ピナがくるくる回る。小さく鳴きながら、なぜ動かないのか不思議そうに、眠ってる彼女を起こそうと。……まだ、自分の主が死んだをことを理解していないのかもしれない。

 声をかけられず/まともに見ることすらできず、ただ押し寄せる絶望に耐える。

 

 悲嘆にうつむいていると、アリスが踵返してこちらに目を向けてきた。見上げる、力なく、絶望そのものといった不抜けた顔で。

 だが、その目と合った瞬間、ふつふつと何かがこみ上げてきた。後悔を押しのけ、今にも爆発しそうになっている。

 ちょうど時間が来たのか、【麻痺】は自然解消していた。

 

 睨みつけながら立ち上がる。同時に自然と、その手は―――背中の愛剣へと向かっていた。

 アリスはソレに目を配るも、身構えることもせず。ただ静かに見つめ返しながら言った。

 

「ここでのこと、黙っていてもらうことは……できなそうですね」

 

 何も言い返さず、ただ剣を抜き払った。ソレが答えだと訴えるように。

 そんなオレにアリスは、小さくため息をつくと、臨戦態勢をとった。

 

「……私たちが殺し合う意味は、どこにあるんですか?」

「オレが二度と、お前の顔を見ずに済む」

 

 問答無用……。たぶん、今までの人生で一番冷酷な顔での宣告。

 アリスは怯まず、哀れむような悲しんでいるような色合いが浮かんだ顔で、いちど瞑目した。そしてうっすら開けると、宣戦布告してきた。

 

「……でしたらその剣、自分の胸に刺したらいかが?」

「お前こそ。オレの手を煩わせんな」

 

 どっちも引かず。一触即発―――

 

 火蓋を切ったのは、オレの剣撃。先に仕掛けた。

 体当たりするような/銃弾のような高速突撃、突進上段斬り【ソニックリッパー】―――

 

 金属の硬い音色が響き渡った。

 アリスは斧槍の柄を胸の前に構え、受け止めてみせた。ダメージは極小。ただ、踏ん張った足が数センチほど地面を削ったのみ。

 

 衝突の微震が手に届く前/硬直時間を課せられる寸前、身を捻った、独楽のように空中を半回転。その勢いに乗せて、【体術】の【飛燕脚】/回し蹴りを脇腹に叩き込む。

 【連続剣技(スキルコネクト)】―――。

 システム外スキルの一種/【加速(アクセル)】と同じ。ソードスキル発動後に必ず起きるリキャストタイム/硬直時間、ソレに拘束されるコンマ数秒のタイミングに、別種のソードスキルを繋げる。すると縛られることなくたて続けに、ソードスキルを放つことができる。

 

 横殴りの/死角からの打撃にもアリスは、なんとか対応/斧槍の長柄を割り込ませ防いだ。柄がオレの蹴りに撓み軋む、そのままアリス本体にまで押し込むように―――

 受け止めきれずアリスは、踵を宙に浮かせられた。

 

「くぅっ!?」

「お、らぁ―――っ!」

 

 そのまま強引に、蹴り飛ばした。

 たまらず数メートルほど吹き飛ばされ、地面に片膝をつきそうになっていた。

 

 着地後、すぐに追撃/さらなる【連続剣技】。ただし今度は、【体術】ではなく【片手剣】で。

 単発突進攻撃【レイジスパイク】。突き出した鋒に全ての力をのせ、跳んだ―――

 

 衝突する/交差する。あの人形めいた無機質な顔を吹き飛ばす……寸前、首を捻られてよけられた。

 剣はただ、頬を掠めただけ。通り過ぎていく。ギリギリで衝突を回避された。

 

 そのまま倒れるようにローリングして、体勢を整えた。

 もう一度向かい合うも、目論見を外されたオレは、今まで無視してきた硬直時間が襲いかかってきた。

 

「ちぃッ! ―――」

 

 舌打ちしながら、睨みつけた。あれで仕留められなかったのは痛い……。

 今度はこちらの番だ、防ぎきらなきゃならない。

 

 逆襲に備えて、意識だけでも次に来るアリスの手を予測する。早く拘束よ解けろと焦る。ダメージは覚悟しないといけないだろう―――。

 しかしアリスは、襲いかからず。茫然と瞠目しながらこちらを見ていた。

 いや……焦点はオレではなかった。背後の、殺されたシリカの死骸があるだけのそこに、意識を奪われている。絶好の機会すら手放させる何か……。

 

 思わず、そちらに注意を向けられた。

 すると、クチャクチャがつがつ……咀嚼する音が聞こえてきた。

 この場に不釣合いな異音に振り返ると、そこには、ピナがいた。

 

 

 

 シリカの死骸を食べている、ピナが―――

 

 

 

 一瞬、そのあまりの光景に……言葉が出なかった。

 

「……な、何を……してるんだ、ピナ?」

 

 背後に敵が/アリスがいるのも構わず/かまえず、まともな答えなどできそうにないピナに尋ねていた。

 ピナは答えず、ただ無心で食べ続ける。クチャクチャ、キチャキチャ……血肉を食む。ソレが答えだと、言うかのように。

 その姿はまるで、やっとごちそうにありつけた肉食獣。可愛らしいだけの愛玩動物ではなく、プレイヤーを殺さんと襲いかかってくるモンスター、そのものだった。そのことを今一度、思い出さされた。

 

 放心し続けていると、『ソレ』の牙がシリカだったものの顔に食いかかろうとした。その瞬間、ようやくわれに帰った。

 

「や、やめろ! やめ―――ッ!?」

 

 止めようと伸ばした手をブゥンッと、翼で振り払われた。

 それだけではない。巻き起こった突風に―――吹き飛ばされた。

 ペタリと後ろに、尻餅をつかされる。

 

「なっ!? そんな……」

 

 背後でアリスが、信じられないと声を漏らしていた。

 オレも同感だ、今起こったことが信じられない。

 最前線で戦えるレベルとステータスのオレが、【フェザーリドラ】ごときの振り払いで、吹き飛ばされたなど。あまつさえ【転倒】になっている……? この世界の中では万が一にも、ありえない現象だった。

 

 しかし、仰ぎみせられた異様にな光景に、はんば納得させられた。

 オレの身長の倍はありそうな翼が、ピナの体から伸びていた。ソレが、オレを吹き飛ばすだけの力と突風を生み出した。

 

『ピギィァァァーーーーっ!』 

 

 『食事』を邪魔された癇癪だろうか。耳をつんぐさむような鋭い音色に、頭が割れそうになる。

 今までのピナとは明らかに違う鳴き声。威嚇にするにも、どこか愛らしさが残ってしまう声だったのに、今のソレには聞く者たちの心胆を凍らせる力があった。こちらに向ける視線にも、一切の容赦を感じられない。アリス以上に無機質で、ただどれだけの相手かスキャンするかのような冷たい瞳。

 

 息を飲まされているとソレは、『食事』を再開した。

 そして、さらなる変貌を遂げていく。

 食べるたびにバキゴキと、肉と骨格が膨張していった。肩にちょこんと乗せられるほどのミニサイズも巨大化、食べながらいつしか主よりも大きくなっていく。柔らかな羽毛も硬質な鱗へと作り変わり、皮膚も桃色の可愛げだったのが赤黒い厳しさへ変色する。そして、巨体を支えるだけの筋肉がギチギチと、充填されていった―――。

 全てを食べ終えた後もまだ、巨大化を続けていった。ピナだったものの影が、オレの/数メートルは吹き飛ばされたはずの場所にまでかかる。あまりにも大きく、天井を見上げるような角度で仰ぎ見せられた。

 

 そこに顕現したものに……戦慄した。

 現在、55階層まで登ったこのゲーム。似たようなモンスターがフロアボスに現れたものの、通常フィールドで現れたことはなかった。そのフロアボスにしても、巨体と飛べることだけが同じ、鳥の祖先の恐竜に近いタイプ。コレのような威容などなかった。

 そこにいたのは、まごう事なき竜。マグマのような高熱と火花を纏った―――赤竜だった。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

 

 赤竜の咆吼が、空へと打ち放たれた。

 あまりの音量に空気が歪む/脳が処理しきれないのか目眩までしてきた。ソレは周囲のフィールド/【迷いの森】の木々も同じなのか、悲鳴を上げるかのように狂乱のざわめきを震わしてきた。

 

 すると、赤竜の周囲に淡いモヤが生じた。

 強力な電気まで帯びた毒ガスのようにバチバチと、赤竜の輪郭を爆ぜて溶かそうとする。まるで、本来ここにあるべきモノではない異物、故に存在するだけで害なす悪性ウイルスであるかのように。ゲームシステムの免疫体が発生している。

 しかし赤竜は、ものともせず。咆哮を終え大きく息を吸いなおすと、胸の奥から眩いばかりの赤い光が輝いてきた。ソレが胴体へ喉元へ、口の中にまで広がっていく。

 高層ビルのような溶鉱炉が目の前に現れた、あまりの眩しさに網膜が焼かれそうになる。実際、肌が焼けそうに暑い。

 今にもソレが溢れそうになる寸前、赤竜の瞳と目があった。

 その瞬間―――察した。

 

「逃げて、キリトォーーーッ!!」

 

 アリスの悲鳴が聞こえる前にはもう、逃げていた。

 同時に赤竜が、今まで溜めに溜めていたモノを―――吐き出した。 

 その顎から、灼熱の奔流が放たれた。

 

 赤熱したマグマ、あるいは液状化までした鋼鉄。火山口から噴火を目の辺りにしたのなら、こうなっていたであろう怒涛の溶岩流。

 ソレに飲み込まれる寸前/ギリギリで、横に思い切り飛び込んで避けた。間に合わずコートの裾が焼かれた。

 そのまま前転しての受け身を取ろうとするも、続く熱風に押され着地点が乱れた。ゴロゴロと転がされていく―――

 

 

 

 草むらの中、転がりに転がっていくと、何とか勢いが止まった。

 

 視界のフラつきから/平衡感覚も戻って顔を上げると、そこは―――別世界だった。

 

「な……何なんだよ、コレ……は?」

 

 あまりにもあり得なさ過ぎて、笑いがこみ上げてきそうになった。

 

 そこにあったのは、灼熱の地獄だった。

 赤竜のブレスで焼けただれた【迷いの森】の残滓。一直線に伸び徐々に扇状へ広がっていくそこには、一切の木々が焼け飛んでいた。さらに地面は、巨人が鑿で削り取ったかのように抉れ、今だ真っ赤なままな溶岩が煮立っており、所々バチバチと電光を瞬かせていた。あまりの超高熱に、空気がイオン化してしまったのだろうか。……ここでは現実の物理法則が適応されるとは限らないから、空間に負荷がかかりすぎたゆえのエラーかもしれない。

 周りを見渡してみると、やはり一変していた。吹き荒れた炎に【迷いの森】が焼き消されていくのが見えた。空すら覆い隠すほどの緑豊かの森が、真っ赤な焼け野原と黒煙を立ち上らせている。

 

 高熱の空気と舞い上がり続ける煙に、むせる/咳き込んだ。長時間の潜水状態でもないのに、【酸欠】状態になったかのようだった。視界がぐわんぐわん揺れる。

 意識を保たんと頭を振り、しゃんとさせる/立ち上がると、近くの炎の壁から何かが飛び込んできた。

 驚きすぐ、剣をそちらに向けると、転がり出てきたのはアリス。そのまま地面に転がりながら体についた火を消した。

 

 消火したことを確認すると、落ち葉と煤を払い落とした。白の肌や鎧に煤の跡が残るも、あえて気にしていないよう、なのですぐにでも剥がれ落ちそうにみえる。

 まだ剣を差し向け続けるオレの警戒は無視して、安堵の吐息をこぼした。

 

「……よかった、無事だったようですね」

「お互いにな。……残念ながら」

 

 最後に皮肉をこぼすと、ようやく剣を収めた/鋒を外す。

 周囲を見渡し、延焼の被害に遭わなそうな窪地を見つけると、二人とも何も言わず急いでそこに向かった。

 

 体を滑り込ませると、顔を出して安全確認。

 ブレスを放出した赤竜は、輪郭を溶かさんとまとわりついていたモヤを完全に吹き飛ばすも、その場で停止していた。まるで、活動させるだけのエネルギーを回復させるかのように、小山のごとく佇んでいるだけ。

 フィールドを一変させたほどの火炎ブレスは、連発できないのかもしれない。一発放ったらリキャストタイムがあるのだろう、あるいは溜の最中に攻撃していたら不発させることができるのかも。……予断は禁物だが、そう願わずにはおれない。

 

「アレは一体……何だと思う?」

「……【フェザーリドラ】でないことは、確かですね」

 

 今まで遭遇したモンスターのどれにも、当てはまらない……。普段なら、こんな緊急時のそんな冗談には眉を顰めただろうが、困惑し過ぎてるのだろう。たぶんオレも、同じような返答になっていたはず。

 

「ディアベルが変貌した時と、似てるには似てるが……違うよな? アイツの場合は、大剣振ります死神だったし」

「ソレにシリカさんは、自殺ではなく他殺。隊長とは色々と条件が違いすぎる。しかも、最後にあの使い魔が、彼女の死骸を……食べたのも気になります」

 

 言いよどまれると、その時の『食事』が思い出された。吐き気をもよおさせる光景……。

 頭から振り払うように、敵の分析に集中する。

 

「やっぱり【降魔剣】じゃなさそう、だよな?」

「ええ。他のゾロ目のときとも違―――」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 赤竜の雄叫びが、森全体に轟いた。リキャストタイムから回復し、再始動しだした。

 のそりのそりとゆっくりと、しかしその一歩一歩で、地鳴りが響いた。オレたちのいる窪地にも、その振動がビリビリと伝わってくる。

 自然とどちらも、息を潜めた。

 

 炎と障害物のおかげで、こちらの姿は視認できないはず。巻き起こされた黒煙と生木が焼かれるバキバキとの音がそこら中で響いてもいるので、嗅覚や聴覚レーダーもしくは熱探査にも掴まれていないはず。しかし/それでも、本能的な畏怖が身を竦ませていた。

 赤竜が明らかに、オレ達の隠れ場所から離れていく。それを見てようやく/それでも細心の注意を払って、吐息をこぼした。

 

 ひっそりとアリスが、聞かれて気づかれることはないだろうが、声を潜めながら提案してきた。

 

「―――ここは一旦、撤退しましょう。【転移結晶】は持ってますよね?」

「ああ。そうした方がいいんだろうが……できそうにない」

 

 額から吹いてくる汗を拭いながらそう言うと、眉をひそめられた。

 

「……感傷に浸ってる場合じゃありませんよ? アレを倒すには、いえ生き残るだけでも、私たちの戦力では不十分です」

「わかってるよ、そのぐらい! 

 そういうのじゃなくて……できないんだ。さっきから結晶が働いてない」

 

 耳につけてるピアス/改造結晶を指で弾きながら答えた。

 結晶アイテムの力を注入したソレは、耳に意識を向け発動を念じると、結晶アイテムと同じく淡い光を放つ。『転移』の力を込めたソレは青い光だ。しかし現状、どれだけ念じてみても……起動しない。こちらの命令を受け付けてくれない。

 

「? そんなわけ―――」

 

 信じきれないのか、自分のストレージから【転移結晶】を取り出し、同じことをしてみた。

 しかし結果は―――同じだった。オリジナルですら起動しない。

 ここから転移できない……。絶句させられているアリスに、さらなる推察を続けた。

 

「さきのブレス、この【迷いの森】の環境にまで影響を及ぼしてる。破壊不能オブジェクトのはずの森が全部……この様だ」

「つまり、このエリアからは…………脱出不可能、ということ?」

「たぶんな。

 奴が発生させたインスタンスフィールドが、無理やりこのエリアを塗り替えたんだろう。その過負荷かエリアの混線で、オレ達の座標がおかしくなった。それで転移が使えなくなったのかもしれない。……ありえないことだけど」

 

 とりあえず、それらしい理屈を言ってみたが、信じられない/まともじゃない。オレ自身の混乱を鎮めるための考察。……今すぐゲームマスターに出てきてもらって、納得いく説明が欲しいところだ。

 

「……そう、ですね。

 馬鹿げたことですが、こんなもの見せられてこの状況では……信じるしかない」

「ただ、【結晶無効化エリア】になったわけじゃないらしいぞ。『回復』の方は働いてる」

 

 ヤケクソ気味の乾いた笑いを浮かべながら、さきとは別のピアスを指で弾いて示した。そこにはちゃんと、黄色の光が仄かに瞬いている。

 アリスは微かに苦笑を零す、耳を澄ませ始めた。うっすらと目を閉じながら、今は赤黒く染まっている空を仰ぎ見る―――。

 

「―――私の方も、雨依と通信することができなくなりました。おそらく……このエリアから抜け出せたのでしょう」

「そうか! 空からなら行けるのか……て、オレ達には無理な話か」

「隊長の元へ向かわせましたので、すぐに援軍がくる……はずです」

「来れたとしても、それまで生き残れたらの話だな」

 

 転移ができないとなると、外から徒歩でココに侵入することも、難しいかもしれない。別の隔絶エリアに飛ばされてしまったとしたら、援軍がやってこれるのは無事な【迷いの森】だろう。

 最悪、援軍は来れない……。あの未知の強敵と二人だけで、戦い抜くしかない。倒してか何かしてエリアを正常に戻さなければ、元いた共有フィールドにももれない。最悪このまま、電子の海の放浪者になってしまうかも……。

 

 ナイナイづくしでいっそ、踏ん切りがついた。

 コレが背水の陣なのだろう。腹の奥底からすこぶる変なやる気が出てきた。

 パチンと一つ、頬を叩いた。

 正気と気合を入れなおすと、真正面からアリスと/先まで殺さんとしていた相手と向かい合った。

 

「これからお前と、二人とも生き残るために共闘するわけなんだが……。シリカへの仕打ち、忘れたわけじゃないからな」

 

 吊り橋効果でのうやむやは、期待するな……。オレ自身のための、引っかからないための予防線/宣言。冷たく睨みつけながら、あくまで一時休戦だと釘を刺した。

 得てすれば途中、身代わりにするか足を引っ張るかもしれない。そう懸念されても仕方がない無理難題だが、アリスは顔をしかめることもなく。むしろ、問い返してきた。

 

「私の方こそ……大丈夫なんですか? あなたは、戦力として考えていいんですか?」

「……どういうことだ?」

「アレは、シリカさんの使い魔が変貌したモンスターです。が、おそらく彼女の……痕跡も大きく関わっている。あの巨体に取り込まれているはずです」

 

 そんなモンスターを、斬れますか―――。ナイフのように、鋭く抉る問。

 一瞬、凍りつかされた。すぐには答えられなかった。

 

 考えないようにしていた事実。だけど必ず/いずれ、対峙しなければならない。迷っていられるほど現状は甘くない。ここは一瞬の遅滞が死を招く、灼熱の地獄だ。

 黙っているオレにアリスは、無言ながら答えを強制してきた。是か否か二択、今ここで決断しろと。

 口を開きかけるも寸前、ぐっと堪えた。

 

(まだ……まだ何か、道があるはずだ。考えろ、考えるんだ今すぐ―――)

 

 眉を顰めはじめたアリスを無視して、脳みそを振り絞りつづけると―――繋がった。

 ボソリと、代わりに降ってきた疑問をつぶやいた。

 

「―――あの竜は、55階層のフロアボス……なのかな? それとも……」

 

 別カテゴリーのモンスターなのか……。オレの指摘に目を丸くするも、すぐに言わんとしたことを察した。彼女も、口元を押さえながら考え込んだ。

 

 55階層のフロアボスはシリカだった。その彼女は、目の前の女に討たれた。他のゾロ目階層ではそれで、ボス撃破となった。ここに現れた赤竜は、フロアボスでない可能性が高い。だとすると、何らかのイベントボスモンスターでしかない。それならば―――。

 暗闇の中、光が灯ったかのような気分だ。その導きの先は、オレの求めている未来へと繋がっている……はずだ。

 

「……確認してもらう必要が、ありますね」

「決めるのはそれからでも……遅くない」

 

 とめどなく沸き起こってくる希望。その楽観視に歯止めをかけるよう、顔を上げたアリスが水を差して/再度忠告してきた。

 

「ただもし、フロアボスでなかったとしても、倒さざるを得ませんよ。私たちが生き残るためだけではなく、アレがここより外に出たときの被害を考えれば……わかりますよね?」

「わかってるさ、見逃すつもりはないよ。……話し合いは無理そうだしな」

「なら―――迷わないでください」

 

 下手な希望は持つな……。再度の刺突の言葉にも、やはり……答えられず。瞑目する。

 彼女の意見は、正しい。非常に合理的だ。おそらく同じ立場だったらオレも、同じように切り捨てることを強制しただろう。最前線の攻略戦で真っ先に死ぬのは、その冷静さを失った奴からだから、無情とは違う。

 でも今は、今回だけはそんなモノ―――およびじゃない。

 

 舞い降りてくれた糸をもう一度、掴み直した。合理的などクソッタレだと、たぐり寄せる。

 そして、引っ張り込んだソレを/可能性を、叩きつけた。

 

「―――アリス、お前【プネウマの花】持ってるよな?」

「……ええ、手持ちに一つだけあります、雨依用に。

 それがなにか―――…… !?」

 

 白晰の美貌が、驚愕に染まった。オレの言わんとすることを理解してくれたのだろう。

 ニヤリと、不敵な笑みを向けた。

 

「取引だ。

 今後オレは、お前や【連合】がシリカにした仕打ちについて一切口外しない。文句も言わなければ手出しもしない、ゲームクリアするまで黙っていてやる。その代わり―――【プネウマの花】をくれ」

 

 あまりにも無茶苦茶な条件だ、対等とは程遠い。ほぼ恐喝だしアリスには利がほとんどない。

 しかし、これには/これだけが、オレの求める可能性に繋がってる。どちらも総取りの、第三の選択肢。

 驚愕から覚めると、苦し紛れに忠告してきた。

 

「……成功率は、極めて低いと思いますよ?」

「わかってる。でも、試す価値がある」

 

 オレにとってだけじゃなく、お前にも……。彼女のシリカへの、躊躇いに賭けた。ただの冷酷なマシンでないと信じる。

 

 【プネウマの花】は、使い魔用の復活アイテムだけではない。モンスター達全てに使える復活アイテムだ、敵対していたとしても。ただ、それで復活させることにより高確率で、そのモンスターは使い魔になってくれる。本来は超がつくレアなビーストテイマーを、簡単に量産することを可能にしてくれる。

 ソレは―――あの未知の赤竜であっても、ありえるはず。

 

 こちらの想いが伝わったのか、アリスの目が苦しそうに揺れた。

 しかし―――それでも、天秤は傾けず。問い返してきた。

 

「……もしも、万が一にも【花】の効力が効いたとしても、狙い通りに行くとも限りませんよ? 最悪もう一度……戦わされるハメになるかも?」

「それも含めての取引だ」

 

 どうする―――。命か魂か。

 災厄しか起こさない、悪魔の取引だ。おそらく、今のオレの顔はひどく……歪んでいることだろう。

 

 今にも犬歯を突き出す勢いで、眉間に皺を寄せた。ギリリと、奥歯が噛み砕かれそうな音まで聞こえてくる。

 感情を/怒りを露わにしながら、オレを睨みつけるアリス。こんな彼女を今まで、おそらくは【連合】の仲間たちですら、見たことはないだろう、たぶん見せたこともないはず。

 

 溢れ出た激情は、ほんのひと時……。すぐに落ち着かせようと、目を閉じ息を整えた。唇も引き結ぶ。それでも収まらず、爪が食い込むほど拳を握り締めた。

 そのかいあってか、徐々に鎮まっていった。 

 

「………………最低ね」

 

 最後にそう零すと、オレを恨めしそうに睨んだ。

 そんなもの、どこ吹く風と肩をすくめた。

 

「やったことが帰ってきただけだよ。それにお前、責任取るの好きなんだろ?」

「そんなの好きな人なんて、いるわけないじゃないですか。私だってもっと―――」

 

 漏らそうとした愚痴を寸前、止めた。

 

「……あなたと話してると、少し……調子が狂う」

 

 愚痴とも弱音とも言えない言葉。なんとか軌道修正しよとするも、できずに困惑していた。

 彼女にとってソレは、非常にマズイ事なのだろう。【連合】の副長である彼女には似つかわしくない。だけど、オレにとっては―――

 

「もしも、ここを生き延びれたらさ。もうああいうことは……止めろよな」

 

 不意にそんなセリフが、口からこぼれでた。

 出した自分が、戸惑った。そんな言葉はオレに似つかわしくない。まして相手は、先まで殺そうとした/シリカを殺した相手、情けをかけてやるいわれはどこにもない。黙っていればそれでもよかったはず。

 でも今、ここには……オレ以上に相応しい奴がいない。自滅するのがわかってるのに見過ごせるほど、無情にはなりきれない。

 

 そんなオレ以上にアリスは、目を丸くしていた。

 そして躊躇いがちに/意図を探るようにオズオズと、尋ねてきた。

 

「もしかして……『似合わない』から、ですか?」

「……む、無理は良くないからな。痔になったら最悪だ」

 

 誤魔化すようにそう言うと、アリスは顔をしかめた。そのこと誰かに言いふらしたら酷いことになるぞと、無言の圧力を視線に込めてくる。

 逸れてくれたことにホッと、胸をなでおろす。アリスはそれにムスっとするも、咳を一つ仕切り直した。

 

「……それも、取引の条件の一つですか?」

「いや、これは単なる……頼み事さ」

 

 できることなら一番、聴いて欲しい頼み事……。ソロで自由気ままにゲームしてきた/【連合】の一員ですらないオレには、おこがましいことだが。

 

 アリスは気にせず、フッと微かに笑みを浮かべると、メニューを展開した。ウインドウでその顔を、隠すかのようにして。

 操作しタップするとその手には、純白の花が/【プネウマの花】が現れた。

 それをツイと、差し出してきた。

 

「考えてはおきましょう。おそらく……難しいと思いますが」

 

 ソレでいいさ―――。渡された【花】を大事に掴みながら、出会ってからはじめて、彼女の笑顔を見れたような気がした。

 

 これで蟠りはどっちも、なくなった。

 あとはただ―――戦うのみ。勝って、生き延びるだけだ。

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 なぜ特定の小型モンスターが、敵であるはずのプレイヤーの下僕になるのか? ソレには何らかの意図があるはず。ただの可愛いだけのペットではないはず。
 今話は、その答えの一つとして、書きました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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