偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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55階層/迷いの森 生贄の少女 後

 

 

『―――きたぞ、ターゲットだ!』

 

 ホームの【フリーベン】からここまで、逃げに逃げてきた。

 【帰還の秘薬】やら、虎の子の/保存していた【転移結晶】を使い切りながら、追っ手を振り切る。

 

『―――クソッ! 気づかれたか。

 おい、【鍵開け】マスターしている奴いただろ。中に入る、強引に蹴破るぞ!』

 

 まるで、世界中が敵になったかのようだった。

 人狩り……。私を見かけるとすぐに追いかけ、捕まえようとする。ホームの外にはすでに張り込まれていた。

 

『―――チッ! また転移された、勘がいいのか【索敵】鍛えてたのか……。

 だがもう、さすがに弾切れだろう、彼女のレベルじゃ多い方だったな。―――次で仕留めるぞ!』

 

 昨日までの世界が急に、変転してしまった。

 私はただの/ピナのおかげでほんの少しだけ有名になった、中層域の一プレイヤーに過ぎなかったというのに……。今では攻略組を筆頭に、知り合いすべてが敵になった。

 いや―――たぶん、彼らにとって私が『敵』になったのだろう。自分たちの包囲から逃げ続ける獲物。

 

『―――探せ、まだ近くにいるはずだ! 絶対に逃がすなッ!

 ターゲットに次の転移はない。このフロアで終わりにする』

 

 逃げに逃げ続けた……。だけどもう、逃げ場はないらしい。転移アイテムも尽きた。誰を頼ればいいのかわからない、頼っていいのかも……わからない。

 だから今、ここまできた。あるいは追い込まれたのか、望んでいたわけではなかったはずなのに……わからない。運命的に引き寄せられた。

 だからたぶん、私の終わりにふさわしい場所。

 

 

 

 【迷いの森】―――

 鬱蒼と茂る森、空は木々に覆われ見えない。特徴となる風景なく続く、おまけに少し歩けば強制転移させてくる見えない壁がある。

 なので名前の通り、地図とガイドなしでは延々と彷徨わされるダンジョン。

 

 あえて正規ルートを外れ/迷い、追っ手を振り切る。背中にずっと張り付いていた敵意らしいモノが薄れた。

 なので、それなりに身を隠せて見晴らしもいい梢に、座り込んだ。地面に腰を下ろし梢に背をあずけた。するとドッと、抑えていた疲れが染み出してきた。眠気にまで襲われ、いけないと頭を振る。

 なので/気を紛らわすためにも、改めて周囲を見渡した。感慨がわきおこってきた。

 

(あれからまだ、3日しか経ってないのに……。もう、何ヶ月も前のことみたい)

 

 今までの/まだ10年ちょっとしかない人生の中で、最も濃密な3日間だった。神様の気まぐれで与えられた3日間。

 この森/この梢があった場所で私は、殺されかけた。あの大猿たちにピナもろとも、殺された、そうなるはずだった。―――キリトが助けてくれなかったのなら。

 そこまで考えふと、思い出した。急いでメニューを展開し確認する。

  

「……よかった。まだ【心】のままだった」

 

 【ピナの心】―――。ピナの形見。3日間の猶予期間内ならば、蘇らせることができる。そのための特殊なアイテムも揃っている。

 逃げることに必死で、まだ使っていなかった。

 アイテムを見ながら考える。

 せっかくだ。どうせここで終わるのなら、ピナの顔を見てからにしたい……。ここで決意した目的だけは、果たしておきたい。

 

 【心】をクリック。手のひらに白い小さな羽根が現れた。3日ぶりに/ちょうどここで見た羽根。

 続いて【プネウマの花】をクリック。手のひらサイズの白い花が現れた。【思い出の丘】で苦労して/キリトと一緒に獲得したアイテム。

 現れた羽の上にポトリと、花の雫を垂らした。磨かれた水晶のような透明な液体が、羽に染み込んでいく―――。

 しばらく待つと羽から、光が溢れた。

 輪郭が見えなくほどの光量。目を細めながらも見続けていると、光球の中で変化が起こった。手に持っていたはずの羽とは別物に、大きくなっていく。同時にどんどん光量が増していく、思わず目をつむってしまった―――

 

「―――キュッ、キュキュゥ♪」

 

 聞こえるはずのない/でもよく聴き慣れた鳴き声に、胸が高鳴った。うっすらと/恐る恐る、目を開ける……。

 目に映ったソレを見て、視界が潤んだ。

 ふわふわのペールブルーの綿毛で包まれ、尻尾の代わりに大きな二本の尾羽を生やした、小さな飛竜。【フェザーリドラ】。小首を傾げながら無警戒に近づき、愛らしい鳴き声で何かを語りかけようとしている。―――ピナがそこにいた。

 

「お待たせだね、ピナ。ちょっと……遅くなっちゃった」

「キュキュ、キキュゥ♪」

 

 元気な鳴き声で答えてくれた。まるで、この3日間などなかったかのように、ただ眠って今先に起きただけと言うかのように。

 その天真爛漫な愛くるしさに、少しだけ……救われた。胸の重荷が軽くなったような気がする。

 

 いつものように/ダンジョンでの定位置として、私の肩に停まった。やんわりと掴んできた足爪から何か、勇気のようなモノまで伝わってきた。

 

「……大丈夫。私は一人でも……大丈夫だから」

 

 ピナに向けて、自分に言い聞かすよう呟いた。

 ピナを冥土の道連れにする……。そんな情けない終わり方をしなくて済む。絶対にそんなことしないと/やらないだろうと、確信できた。最後が来たら必ず、ピナだけは逃がす。

 ただ、それまでは……一緒にいて欲しい。最後のワガママ。

 

 メニューを閉じてまた、静かにうずくまりながら座った。その時を待つ。

 

(できれば、痛くないといいなぁ……)

 

 他人事のように願った。

 高周波電磁パルスに脳を焼かれるというのは、どういう死に様なのか? さっぱり想像できない。沸騰したヤカンに触れた時のような痛みを、何百倍にしたようなものだろうか? それとももっと別の、悲惨なものだろうか。熱いのか痛いのか苦しいのか、それとも気持ちいい? ……。一人の夜/眠れない夜、ぼんやりとソレを考えるもわからなかった。他の人に聞いてもやはりわからない。端緒すらつかめない。

 だから本番、何が起きたのかわからずに終わるはず。死に戻りで強制ログアウトされてすぐだから、おそらく。熱くも痛くも苦しくもないはず、もちろん気持ちよくなんてない。だからたぶん、眠るのと一緒だ。いつもしていること/この仮想世界でも同じ。

 

(だから、怖くなんてない。怖いことなんて、何も……)

 

 いつの間にかプルプルと、震えてきた。ソレに気づき/抑え込むように膝をかき抱く。

 それでも震えは、収まらない。考えれば考えるほど/意識すればするほど、止められない。体の芯から震えているようだった。

 ガチガチと、歯まで鳴ってきた。まるで雪山の奥地にいるかのようで、何もかもが冷たい、寒い。

 春になったここは、素肌を晒しても寒くなくなっていたはず。今はまだ夜にもなっていない。それなのに……寒い、寒すぎる。体感温度はどんどん冷え込んでいった、止まらない。まるで重要な栓が外れて、体温が抜け落ちていくかのようだった。ソレは熱である以上に、生命力であるかのようだった。

 そう思うと堪らず……怖くなった。か細い悲鳴が、漏れた。

 

 怖くないなんてウソだった。いつもと同じわけがない! 何もかも自覚しながら/させられながら、向かわされるんだ……。

 生殺しだ。介錯すらされず、拷問じみた悪夢に包まれ/削り取られながら、消される。私の中にあった楽しかった記憶/尊い何もかもをも奪い尽くすまで、終わらせない。醜く汚れ不快な搾りカスになった後、捨てられる。……その頃にはもう、それでも/片隅ででもそこに居続けたいと願うだけになっているのに、切り落とされる。

 視界が歪む、嗚咽が漏れる。目に溜まったモノがこぼれそうになった、あまりの気持ち悪さに吐き気がする。

 だけど、落ちるギリギリで、膝に顔をうずめた。

 

 わからない、わからない、わからない、わからないッ―――……。どうして私が? 

 たった一つの疑問/神様への訴え。

 朧げながら/逃げる途中で得た断片的な情報から、答えはわかってきた。だけど/だからこそ、わからない。わかりたくなかった。ソレがわかったとしてもやっぱり……なぜ? 『なぜ?』だ。

 どうしようもない理不尽さ。残ったのは、ただ……それだけ。答えにたどり着けない疑問符だけだった。

 

 

 

 何とかまた、元の静謐へ。

 諦観でくるんで考えることを放棄すると、ピナの警戒の鳴き声が聞こえてきた。

 

「キキュゥッ!? キュゥキュキュゥッ!」

 

 催促され顔を上げると、確認した。

 すると遠くから、獣の雄叫び、ドコドコと何か/太鼓のようなものを叩く音も一緒に聴こえてきた。

 目を凝らしよく見ると……乾いた笑いがこぼれた。

 どういうわけだろうか。なぜ神様はこんな、最も嫌な想いだけは汲んでくれるのか……

 

「ヴオオホオオォーォォオオォォッ――!」

 

 【ドランクエイプ】2体。

 かつてここで/私が、襲われた相手。連携を取られたら/回復行動を取られたら、ピナの援護があっても倒せないモンスター。……本当は3日前に、私を終わらせるはずだったモンスター。

 だから、かつての相手とは違うのだろうが/仲間の不始末を処理するためか、またここに/私の前に現れたのかもしれない。

 

(ああ……ここで私、ゲームオーバーか……)

 

 締まらない最後だった……。

 もっといっぱい、楽しみたかったのに。これからもっともっと、このゲームを/現実世界だって楽しめたはずだったのに。素敵な想い出をいっぱいいっぱい、作りたかったのに……。

 

 ピナが臨戦態勢、毛を逆立たせグルルゥと唸り威嚇する。

 もう充分だ、ここから先は一人でいい/一人がいい。だから、ここから逃がそうと/今まで使ったことのない命令コマンドを向けようとした―――

 寸前、飛びかかっていった。

 

「え……ピナ!?」

 

 驚愕。止めるまもなくピナは、突貫してく。

 今までこんな行動をとったことはなかった。索敵やHP回復などサポートに回ることが多く、その手の能力に特化している。そもそも【フェザーリドラ】自体、好戦的なモンスターではない。自分よりも強い相手に立ち向かうなどありえない。格上の相手を倒すだけの必殺など、持ち合わせていない。

 だけど今/ピナは、無謀な突撃をしている。その行き着く先は……

 

 大猿のターゲットがピナに向けられる。迎え撃つためか高々と、巨大な骨の棍棒を振り上げる―――

 

「だめピナ! 戻ってぇ―――」

 

 制止の中断コマンドは虚しく、大猿とピナが衝突する。

 ダンプカーと三輪車の対決/戦いの前から勝敗は決まっている。ソレが今、現実になろうとしている―――

 

(また私は、私のミスがピナを……殺すの?)

 

 振り下ろされる棍棒でピナは、地面に叩き潰される。そんな結末を避けんと必死に手を伸ばすも、もはや届かず。絶望に顔を青ざめた。

 

 激突の一瞬、見たくないのにまじまじと―――視えた。

 振り上げた格好のまま、大猿の体に横一本、光の線が走ったのを。その線にそってズレていく上半身と下半身。

 振り下ろされた棍棒はあさっての方向/空振り。ソレを不思議がった途端、全てが止まった。そして―――

 ガラス破片を撒き散らしながら、消えていった。

 

 唖然とする中/大猿だった残光の乱舞の奥から、懐かしい人の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「―――すまない。遅くなった」

 

 

 

 

 

 全身黒を基調とした装備と、背中兄背負った一本の片手剣。謎の凄腕ソードマン/『黒の剣士』。

 キリトがそこに、立っていた。

 その姿を見た瞬間ハタリと、その場に尻餅をついてしまった。

 

「…………どう、して?」

「シリカならたぶん、ここに来ると思って」

 

 短く静かな返答。

 抜き放っていた/大猿たちを一撃で倒した剣を鞘に納めながら、近づいてきた。

 その動き/足音でハッと、我に帰った。手に持っていた短刀を握り直し、差し向けた。

 

「こ、来ないでください!」

 

 震えた声音ながら、最大の威嚇として叫んだ。

 彼我の戦力は天と地ほど、私では絶対に勝てない。敵対した時点で負け、ここまで接敵されたら逃げ場などない。……私の威嚇など、ハエの羽ばたき程度でしかないだろう。

 しかしキリトは、足を止めた。そしてソっと、いつも向けてくれた優しげな眼差しを向けながら、言った。

 

「今度は、きみの友だち―――守れた」

 

 一瞬、何を言われたのかわからずにいると、代わりにピナが答えた。

 嬉しそうに、私に対してするようにキリトに向かって、親愛の鳴き声を向ける。彼の傍をクルクルと、飛び回りながら。

 悲惨続きのデジャブ。しかし今回だけは、違った。

 

 自然とほろり、涙がこぼれ落ちた。

 頬の濡れた感触でソレを自覚するとポロポロ、溢れ続けてきた。鼻水まで出てくる。

 そのまま泣きじゃくりそうになる寸前、我慢した。歯を食いしばって/胸を押さえて耐える。すすり泣きになった。

 

 ひと潮、激情の波が収まるのを見計らって、尋ねた。もうどうしたって、聞かずには済まされないこと。

 

「……なんで私を、助けてくれたんですか?」

 

 私たちの出会い、その最初の場所。

 そこでまた、同じ質問をぶつけていた。

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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