偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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55階層/グランザム 生贄の少女 前

 

 転移した先にあったのは、見たことのない町並み/鋼鉄の尖塔が立ち並ぶ要塞都市、最前線の主街区―――【グランザム】。

 大通りから外れた小道にひっそりとある、小さな酒場/【青馬の館】。ドアの上に、いきり立つ馬をおしらったであろう鉄製の看板がある。

 

 レプタに担がれたまま、そのドアを潜った。

 酒場の体裁は整ってはいるものの、最低限の照明で音楽もない。しかも店内には一人だけ、ボロ外套に身を包んだプレイヤー。バーテンダーでも店員でもなければ客ですらなさそうな男が、カウンター席に座っていた。

 遠目からは薄汚れたホームレス風。だが、近くで見ると外套の隙間から頑丈そうな騎士風の装備が見え隠れてしている。被ったフードから覗く顔は暗く、しかしこちらを射抜くような鋭さがあった。今だ騎士の誇りを失っていない歴戦の傭兵、といった凄みを漂わせている。この灯が落ち誰もいない酒場の暗がりにピッタリだ。頭上に浮かぶ逆三角錐のカーソルが見えなかったのなら、プレイヤーだとはわからなかっただろう。

 

 突然転移してきた私たちにも驚かず、ただ一瞥をくれるだけ。しかし警戒は解かず、いつでも腰の剣を抜けると言わんばかりに空気を張り詰めさせる。

 助けを求めようとしても、そんな雰囲気ではなかった。身動きできず担がれている私/(可愛い)女の子を見ても、ほんの少し眉を動かしただけ。この人も同じか……。ただゴクリと、唾を呑むばかり。

 レプタも同じくチラリと、周りを見渡すのみだ、そんな空気は慣れたものと。

 

「……ここには、あんただけなんっスか?」

「隊長達なら別の場所にいるぞ。ここと俺は繋ぎ役だ」

 

 そっけない/当ての外れた答えだっただろうが、レプタは気にせず肩をすくめた。

 

「慎重っスね」

「当然だろ。俺たちのホームがこんなボロい小屋な訳ないし、そもそもお前みたいな外の野郎に教える訳無いだろう」

「それもそうっスね。

 だとすると、どうやったらディアベルさんに会えるんスか?」

 

 皮肉をスルーし、直接用向きを尋ねてきた。

 酒場の男は、レプタから私に目を向け……ボソリと、こぼすように尋ね返した。

 

「その子が例の……ターゲットなのか?」

「そうっス。【黒の剣士】が隠してました」

「マジか! あのビーター野郎が……」

 

 うかつだった/またアイツが……。積もり積もった色々を込めて、舌打ちした。

 知り合いの/キリトの話題が出て、一つ確信できた。目の前にいる男はレプタと同じ/【思い出の丘】で襲いかかってきた盗賊たちとは別格、『攻略組』の一人だと。……私では歯向かうことすらできない相手。

 

 怯えさせられていると、男がむくりと立ち上がった。そして顎でクイと、裏口を指し示す。

 

「―――案内してやる。ついてこい」

「よろしくっス」

 

 男に従って、裏口から酒場を出た。

 周りの目をそれとなく気にしながら、人通りの少ない路地裏を行く―――

 

 

 

 互いに無言のまま、ただ目的地に向かうだけ。

 その緊迫を帯びた沈黙から、『処刑』という単語が浮かんでゾッとなった。この先に待っているのはソレだと、直感させられた。

 だから、何か声を出さなければ/何でもいいから止めなければと……焦った。振り絞るように尋ねる。

 

「わ、私を……どうするつもり、なんですか?」

 

 男たちは答えず、黙々と先を行くのみ。いや、あえて聞こえないふりをしているかのように……見えなくもない。

 その手応えを信じて、続けた。

 

「……攻略組、なんですよね? だったら、私なんかからじゃ、欲しいモノなんて何も……ないですよ?」

「そうでもねぇっスよ、シリカちゃん。ビーストテイマーはそれだけでも貴重っスから」

「その子、テイマーだったのか?」

 

 思わず口を挟んでしまった酒場の男は、聞きながらも慌てて口を閉ざそうとした。話すべきではないのに……。

 そんな思惑を無視して/私の代わりに、レプタがつなげてきた。

 

「中層域のプレイヤーの中じゃ、わりかし有名ですよ。『竜使いのシリカ』て、聞いたことありませんか?」

「……いや、ないな」

 

 ぶっきらぼうな答え。

 これ以上話をしたくない気持ちと本当に知らないが、混じり合っているのだろう。相変わらずのしかめっ面だが、無理も嘘も見えなかった。

 攻略組にとっての私の認知度は、無いに等しいのか……。ちょっと傷つく。有名人としてちやほやされるのを少しウザったく思ってはいたが、無関心は無関心で寂しすぎる。

 

「彼女はオリジナルのテイマーっスよ、相当レアじゃないっスかね?」

 

 突き放して黙らせようとする男を無視して、レプタが再度聞いてきた。

 男は空気を読んでくれなさに眉をしかめるも、ため息混じりに答えた。

 

「今じゃテイマー自体は、珍しいわけじゃないだろ? なろうと思えばなれる。ただ、金と飼育の手間がかかるからならずにいるだけだ」

「確かに、そうッスかね。

 それに、下の階層に行かなきゃならないっスからね。今の俺らだとかなり、消耗させられますし……。だから【連合】では、補欠のメンバーに持たせてるんッスね」

 

 どうしてそれを―――。質問ですらない断定に、ギリと、睨みつけた。

 剣呑な空気が漂ってくる……。

 しかし男は、すぐにおさめると答えた。

 

「そうだ。レベリングの手間は減らせて、テイマーも増やせる。攻略の即戦力も増やせる。……他のギルドも同じようなことをしてるだろう?」

「まだオタクほど、勧めてはいないと思いますよ」

「そうか? お前のところなんかはやってると、聞いてはいるんだがな」

 

 ニヤリと/お返しとばかりにバラしてきた。

 レプタは苦笑しながら答えた。

 

「……大っぴらにやると、【議会】の目について【軍】がかっぱらいにきますからね。まだ細々とだけッスよ」

 

 だからまだ、ここだけの話にしてくださいね……。

 男は言いすぎたと、逆に恥じ入った様子。そして代わりに、愚痴をこぼしてきた。

 

「……手助けできないのは、悪いと思ってる。大所帯の俺たちが動けば攻略に響く」

「わかってますよ。攻略は何よりも優先しないと、みなに示しがつかなくなりますから、こちらの問題は二の次ッスよ」

「あんなクズ共、はやく潰れちまえばいいんだ。足引っ張ることしかできねぇくせに……」

 

 あからさまに/唾棄するように【軍】への罵倒を吐き捨てた。

 攻略組は、【軍】のことをあまり良く思っていない。毛嫌いまでしている……。意外な反応に驚かされた。

 【軍】と攻略組はそれぞれ、二人三脚で上手くやってきていると思っていたが、内実は違っている。噂話でしかないが、不仲になっているということはそれとなく知っていた。しかし、本人たち/攻略組サイドの険悪感のレベルがここまでとは知らなかった。予想以上に断絶は根深い、歪な関係で保たれているらしい。

 

 中層域にいてはわからなかった事情。足を止めさせるための話題に関心させられていると、目的地についてしまった。

 崩れた城壁の跡。

 鉄板が所々剥げ落ち中のレンガが露出してしまっている/コケや蔦まで蔓延ってしまっている円塔。もう随分昔に崩れたまま放置されているのだろう、今は廃墟で要らぬ物置きとなっている。ホコリが降り積もり中に入ると舞い上がる、窓から差し込まれる光をパラパラと煌めかせている。

 

「着いだぞ、ここだ」

「ここ……スか?」

 

 誰もいない……。先の『青馬の館』並みの面積のエントランスにあるものは、廃棄されたであろう物や崩れた廃材だけ。

 首をかしげるレプタをおいて男は、何もない空間に言い放った。

 

「【アリス】副長、例の奴をつれてきました!」

 

 男の掛け声が、円塔中に木霊する。

 しかしやはり、何も返ってこない……。静まり返っていく。

 

 もしや騙されたのか……。レプタが疑いの目を向けようとすると、どこからか、声だけが響いてきた。

 

“―――その子がターゲット?”

 

 若い女性の声、微かな声量なはずなのに/不思議にも頭に伝わってくる。

 しかしどこからかは……わからない。音源が特定できない。キョロキョロと見回してみるも、人の姿は見えない。

 右往左往と探す二人は何かに気づいたのか、同じ方向をじぃっと目を凝らし始めた。

 全く端緒すらつかめない私は、二人の焦点が重なる場所に、目を凝らしてみる―――

 すると朧げながら、風景が歪んだ。

 

 何もない空間……。そのはずなのに、水面に揺れる波紋のごとく歪んでいた/歪んでいるのが微かに見える。

 全員が気づくとバサリ―――羽根音とともに、巨大な灰色の翼が大きく開帳された。周囲に半透明な羽が舞う。

 隠されていた中から現れたのは一人、白金の女性騎士だった。

 

 美人だ……。捨てられた廃墟の物置が一気に、神聖な礼拝堂に塗り替えられたかのよう。観ている者たちの現実感を強引に捻じ曲げてしまうほどの、神秘的な雰囲気を纏っている。頭の後ろで結い上げた金髪が月の光のような淡い燐光を放ち、蒼の瞳はこちらに向けながらも遠い彼方を見据えている。装備している白銀の鎧は、彼女をこの世界につなぎ止めている碇であるかのよう。

 人とは思えない……。私よりは上だが、まだ20はいってはいない少女だと思われるも、歳を重ねなければ得られない深い知性がみえる。エルフ族か天使か人形か何かだと思わせられる。ギリギリ、頭上に浮かんでいるカーソルがプレイヤーだと認知させてくれた。

 

 女性騎士は、先まで自分を隠していたフクロウらしき鳥を肩に停まらせたまま、はんば放心している案内の男に声をかけた。

 

「ご苦労でした【デュラン】。戻って休んでください」

「え……あ、はい! それでは―――」

 

 男は慌てて/深々と頭を下げると、そそくさと退出していった。

 塔から出る寸前、こちらに一瞥をなげてきた。何かを言いたげに難しそうな顔をするも、そのまま/振り切るように去っていった。

 

 男が退出するとレプタも、硬直時間が解除されたかのように、感嘆の声を漏らした。

 

「それが例の……『不可視の梟』ッスか? すげぇ【隠蔽】能力ですね」

「そう、【雨依】て言うんです」

 

 嘴を優しく撫でながら、されている梟は気持ちよさげに喉を鳴らす。しかしやはり、彼女はどこか遠くを見据えている目をしたまま。

 とても絵になる光景だった。いつまでも鑑賞していたくなる……。醸し出された幻想的な雰囲気に飲まれる/すすんでとけていく。

 しかし、そんな訳にもいかない。意を決して尋ねた。

 

「……すいませんが、ディアベル隊長はどこっスか? 彼に用があるんッスけど」

「隊長ならここにはいません。来ることもありません。……キバオウとリンドが、そうしてくれているところでしょう」

 

 預言者の託宣のようにそう、告げられた。

 だからか一瞬、納得しかけてしまった。それなら仕方がないと、邪魔をしてまことに申し訳ありませんでしたと、鑑賞タイムに戻ろうとした。ここまで来た用向きよりもそちらの方が重要だと言うかのように。

 そんな不可思議な説得力にハッと気づき、振り払うように頭を振った。そして、腹へ力を込め直すと、笑みを浮かべながらも睨みつけるように言った。

 

「出直したほうがいい……てわけでも、なさそうッスね」

「そう。その子に用があるのは、私だけです」

 

 そう告げてくると初めて、こちらに目を向けてきた。

 

 ドキリと、鼓動が高鳴った―――。

 ただそれだけで、心臓を直接触れられたかのような気分。その指先はとてもヒンヤリと冷たく、体温が一気に吸い取られる。それなのに/どうしてか、心地よさを感じさせられてしまう。その瞳に魅入られていた。

 レプタもそう思わされたのか、同じく固められていた。顔を強ばらせている。

 

「……【霊晶石】がなければ、まずいことになりますよ?」

「今ここには、ない方がいい」

 

 すげない否定に、黙らされた。レプタの震えが伝わってくる。

 

「それが【連合】としての……答え、ですか?」

「そう。隊長以外のね―――」

 

 あなたはどっち―――。無言で尋ねてくるとスラリ、背中から武器を抜き放ち……差し向けた。

 

 【斧槍】。ハルバードとも呼ばれる【両手斧】と【槍】系列が重複している武器。どちらのソードスキルも扱うことができる特殊武器だ。

 彼女が今持っているのは、十字槍に斧がつけられている形状。華奢そうな彼女には不釣合いな凶器だ。装備していること/使っていることに現実味が感じられない、間違っているような気までしてくる。アレを彼女が振り回し/荒れ狂わせながら戦っている姿が、想像できない。

 しかし/だからこそ、『死の天使』を連想させてきた。

 

「……やっぱり、そうなったんスね」

 

 差し向けられたレプタは逆に、冷静さを取り戻していた。

 ソレを了承と捉えたのだろう。女騎士は退出を促してきた。

 

「貴方もここから、出てくれて構いませんよ? 見ていてあまり……気持良の良いことではありませんから」

「それじゃ、後はお任せします―――と、いきたいんッスが。

 さすがに、ここまでお膳立てしてLAだけくれてやるってのは……性にあわないんで。最後まで付き合いますよ」

「……そう」

 

 さして関心を向けずに、協力を受け取った。

 レプタは担いでいた私を床に下ろし、そこから2歩後ろに下がった。

 ソレでレプタにむけていたモノまで、私に集中させてきた。さらに閉ざされる/凍らされるような気分が襲いかかってくる。

 

「あなたのお名前を、教えてくれませんか?」

 

 良好な関係を築くにはまず自己紹介から、と言うかのように。何かの啓発本から抜き出したようなセリフ/ズレた質問だ。

 そう感じとると途端、怒りが沸き上がってきた。硬直を解く/心理の凍結を破るように反発を絞り出した。

 

「……そんなの、見れば……わかるじゃないですか?」

「ここでの名前じゃありません。リアルの、現実世界でのお名前です」

 

 一瞬、何を言われたのかわからず眉を顰めるも、すぐに悟った。

 つまりもう……決まっている、ということだ。だからソレを胸に刻んでおく。冷酷無比な自動人形ではないということは、わかった。

 でも/だからといって、そんな大事なことを彼女には教えたくない。たとえこれで、ここで起きたこと/私というプレイヤーがどう終わったかということが、忘れられても……。

 どうしてか。彼女の行いは、犯罪者に殺されるよりも冷酷な気がしてならない。

 

 唇を引き結び、睨みつけた。視界の端がわずかにボヤけ全身が微震していることから、『心からの拒絶』を伝えられたかは……自信がない。

 そんな私をみて女騎士は、ほんの少し顔を曇らせながら静かに呟きを零した。

 

「……そう。

 教えたくないというのなら、それでも結構です。現実に戻ってから、調べさしてもらいますね」

 

 無機的に/事務的に、だけどこれ以上反論できないほど完璧に、事後処理まで請け負う。そう、確約してきた。

 その意志を証明するかのように、彼方にむけていた視線を初めて、私へと焦点を合わせた。

 

「【シリカ】さん。あなたは恨んでいい。存分に憎みなさい、祟ってきなさい、殺し返してきなさい。

 それでも私たちは、このゲームをクリアする。現実に戻って……生きたいから―――」

 

 宣言すると高々と、斧槍を振り上げた。

 まるでギロチンのように、厳密な裁判の末の判決だと言うかのように、甘んじて受けねばならないような気にさせる理不尽さに、神々しく見えてしまった。ソレがいまにも、振り下ろされる。

 殺される―――……

 

 私の全てが凍りつきそうになる寸前、目を閉じた/歯を食いしばる。そして、ピアス/キリトにもらった改造結晶アクセサリに意識を集中した。祈る―――

 そして全力で―――唱えた。

 

「て【転移】、【フリーベン】/ピナの宿り木!」

 

 その悲鳴に、レプタと女騎士が驚愕に目を見開いた。

 その最中、私の体は燐光に包まれた―――

 

 烈風のように振り下ろされる刃。ソレが触れるか触れられないかの刹那、私は―――その場から掻き消えた。

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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