偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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 【黒の剣士】の『黒』は、伊達じゃない。


55階層/思い出の丘 黒の剣士 前

 

 

 妖艶な笑みを浮かべながらロザリアは、驚く私を無視した。

 

「アタシのハイディング見破るなんてね。……侮ってたかしら、剣士さん?」

 

 誘うような声音、しかしその視線は獲物を見定めようとギラついていた。ちょっとした計算違い、だけど誤差の範囲でしかない。容易に覆せる『暴力』を潜ませているとの余裕が、ひしひしと伝わって来る。

 言い知れぬ予感に竦みそうになるも、キリトは平然と/むしろ呆れながら答えた。

 

「一緒に来たけりゃそう言えばよかったのに、わざわざ隠れて追いかけてこないでさ。恥ずかしがり屋さんか、そんな……ケバい格好して?」

「なっ!? コレのどこがケバいのよッ! ……(コホンッ)あなた達二人の邪魔しちゃ悪いと思って、気遣ったつもりだったけど?」

 

 怒鳴り散らす『見た目よりも年上』な素顔が見えたが、すぐに『魅力的な悪女』らしきモノへと修正した。

 先の怯えとは違う困惑に駆られていると、やっとこちらに向き直った。

 

「その様子だと、首尾よく【プネウマの花】をゲットしたみたいね。おめでと、シリカちゃん。

 じゃ、さっそく。その花渡して頂戴」

 

 そう言って手を差し出してきた。ココに【花】を乗せろと/献上しろと。

 察した瞬間、頭に血が上って爆発しそうになった。一体何様のつもりだ、この女は―――。喉元まででかかると、肩にスっとキリトの手が置かれた。

 それで水を差され、何とか堪えきることができた。「もう大丈夫です」とアイコンタクトで伝えると、キリトの手も離れていく。

 冷静になると、視線だけには怒りこめて睨みつけた。

 

「……ビーストテイマーでもないアナタには、不要なはずですよね?」

「使い方は色々とあるのよ。欲しい人もいっぱいいるの」

「一番私が使いたいんですけど?」

「そうね。で、渡してくれるの?」

 

 こちらの言い分など端から聞く耳持ってないと、笑顔ながら/「渡さなければ無理矢理になる」との含みをプンプン臭わせながらカツアゲしようとしてきた。

 先ほど抑え切ったものが、またせり上がってきた。倍するほどに膨れ上がっていたが、頭は明晰なまま。なので、今度は止めるつもりはなかった。幸い、キリトも止めようとはしない。

 なので、積年の憤懣の全てを詰め込んで、撃ち放った。

 

「お断りします! 冗談はそのケバい顔だけにして下さいよ、オバさん」

 

 叫びきると一瞬、空気が硬直した。

 ロザリアの顔もポカーンとなりプチンッと、何かが切れた。そして、もの凄い形相になった。私に負けないぐらい怒り狂ってきた。

 

「だ……誰が、オバさんだっての―――ッ!?」

 

 ズブリと、鎧の隙間に刺さった黒のピックが、ロザリアの喚きを遮った。振り返るとキリトが、投擲の残心をとっていた。

 ほんの一瞬の隙を突いて、ピックを投げた。わずかな隙間を縫って突き刺してみせた。

 ロザリアはそのピックを見て、やったキリトを睨みつけた。犬歯を剥き出しにするようにして何事かを叫ぼうとした―――寸前、ガクリと膝が落ちた。

 そのまま地面に、崩れ落ちていった。

 

 地面の上でピクピクと微震するロザリア。しかし、それ以上は動けない。体の自由が効かなくなっていた。

 

 

 

「―――レベル5の【麻痺毒】だよ。しばらくはまともに動けないだろうな」

 

 

 

 キリトのいつもと変わらない声音、しかし無慈悲なまでに無関心な調子で説明した。他プレイヤーを傷つけたことでカーソルがイエローになったが、ソレも気にしている様子はない。

 ロザリアは恐怖に駆られながらも、恐慌までには堕ちず。自分の身に何が起きたのかを確かめ、キリトのソレが本当だと確認。返答として、怒りと焦りを露に睨みつけた。

 

「あ、姐さん、大丈夫ですかッ!?」

「ウソだろ!? なんでいきなり……」

「てめぇ、正気かよッ!?」

 

 周囲の木立や茂みの陰からアワアワと、潜んでいたプレイヤー達が現れた。

 その数10人弱、おそらくロザリアの仲間。予想はしていたけどこんなにいたなんて……。現れた集団に身を強ばらせた。だけど、啖呵切った手前もうやるっきゃない―――。

 

「……おいおい、せっかく潜んでたのに。自分達から出てくるなんてなぁ」

 

 しかし、決死の覚悟を奮い立たせようとする私とは違いキリトは、ただ呆れかえるように肩をすくめていた。

 あまりに不遜な挑発行為に、恐怖心が振り切れた。今にも泣きそうになりながら/消え入りそうな声で尋ねた。

 

「き、キリトさん……どうして?」

「ナイスヘイト稼ぎだ、シリカ! おかげで楽に仕留められたよ」

 

 親指を立てながらGJと、私の『健闘』を称えてきた。

 オワッタ……。思わずガクンと、力が抜け落ちた。そのまま倒れそうだったが、ギリギリ踏みとどまった。

 そんな私の絶望は無視して、覆い尽くす敵意を一望しロザリアを見下ろした。

 

「見ろよ、奴ら動揺してるぞ。アンタが『人質』になるなんて考えてなかった証拠だな。……初っ端でオレが、こうするなんて思ってもなかっただろ?」

「こ、この……ちくしょうッ!」

「詰めが甘かった。見栄張って前に出るのはいいが、あんな隙見せるから……。コレでアンタは『足でまとい』だ―――」

 

 無機質にダメだしするとおもむろに、腰のポーチからアイテムを取り出した。

 磨かれた大理石にも見える/くすんだ灰色をした結晶アイテム。見たことのない結晶だったが、焦点を合わせると視界に名前が表記された。

 【吸魂の灰晶石】―――。

 

「そ、それは!? やめ―――」

「ドレイン、【ロザリア】」

 

 短く呪文を唱えると、ロザリアの体がボウッと、ライトエフェクトに包まれた。ソレが一気に抜き飛び、【灰晶石】へと吸い込まれていった。

 光を吸収しきった結晶は、くすんだ灰色から鮮紅色へと変色していた。その変貌に驚きながら、もう一度焦点を合わせると名前も変わっていた。

 【鍛錬の炎晶石】―――。こちらは見知っている結晶アイテム。呪文を唱えて砕くか飲み込むかすれば、一定量の経験値を獲得することができる。クエストをこなしたりモンスターを狩ったりする以外でのレベルを上げる方法だ。迷宮区のモンスターが時々ドロップする、プレイヤー間では高値で売買もされている。

 

 ロザリアは悔しそうにキリトを睨みつけるも、それ以上に色濃い恐怖でブルブルと震えていた。周りに集まっている『仲間』を見ないように固まっている、ようにも見える。

 何が自分の身に起きたのか知っている……。注視すると/拙いながらの【鑑定】を発動させると、異変に気づけた。HPバーに表記される数値が変わっていた、先よりも大きく減少して―――。

 ゾッと背筋に寒気が走った/ようやくわかった。……あの結晶は、ロザリアの経験値を奪い取った。

 

「……コレで、【麻痺】が解けても身動きは取れないだろう。自分の武装が重すぎて―――」

 

 言い捨てると、【炎晶石】までポンと捨てた、ロザリアの仲間たちの前に……。男たちの目が、その鮮赤色に吸い寄せられた。

 その隙を縫って/すかさず、新しい【灰晶石】を取り出した。

 再び突き出されたソレを見て、ロザリアは青ざめた。そして仲間たちへ、ヒステリックに命令を喚いた。

 

「アンタたち、何ボサッとしてるんだいッ! さっさとコイツを仕留めち―――」

「ドレイン、【ロザリア】」

 

 呪文とともに再び、ロザリアから経験値が吸われた。奪われた彼女は一段と、小さくくすんでいるようにみえる。

 ロザリアは喪失感に絶句/声にならない呪詛を撒き散らすも、キリトはやはり興味なさげに。【灰晶石】から【炎晶石】となったものも、男たちの前に放り捨てた。

 

「コレでもう、指先も動かせないだろう。自分じゃメニューを開けない、アンタはそこにへばり続けることになった。そして―――」

 

 さらにポーチから取り出してきたのは、手のひらサイズの小さなガラス瓶。【ポーション】に使われているモノとは違い八角ほどにカットされ、蓋も長い菱形のガラス。中には、濃い赤紫色の毒々しい液体が入っている。

 ソレをロザリアも見えるように、冷たくトドメを刺してきた。

 

「この【蟲寄せの香水】を、アンタの上にほんの少し垂らせば……あとは、モンスターたちが勝手に処分してくれる」

「き、キリトさん、そこまでやらなくても―――」

 

 怖いながらも、さすがに止めようと声をかけると、キリトは振り返らず差し向けた指で「静かに」と制してきた。

 今度は周りの男達に顔を向けると、提案した。

 

「オレは彼女の全てがどうでもいい。どんなアイテムを隠し持っていようが、経験値を持っていようが要らない。シリカと無事にここから立ち去りたいだけだ。なんで……そこに捨てたモノは、拾った人が使ってくれて構わないよ」

 

 さぁどうする? ……ゴクリ一斉に、息を呑む音が聞こえた。戸惑いとは違った色合いが、瞳に宿り始めていた。口元にも引き攣りながら、嗤いが染み出してくる。

 ソレをみせられてかロザリアが、今までの態度を振り捨て慌てふためいた。

 

「ま、待ってよ!? ちょっと待ってってば! それ、そんなの……冗談でしょ?」

「至って真面目さ。冗談はアンタの顔だけだよ、みんな結構正直に生きてる」

 

 だろ……。同意を求める声に、男たちの何人かがニヤリと薄く笑みを浮かべて答えた。

 ロザリアもソレを見て、絶句した。そして、キリトに差し向けていた怒りと焦りの矛先を、男達に向け始めた。裏切りやがったな―――。負け犬の遠吠えが聞こえてくる。『哀れな獲物』が私たちから彼女へとシフトしていた。

 その捻じ曲げを嗅ぎ取ってか、髑髏と蛇の意匠で整えた/派手目な装備をした男たちの中でも落ち着いた格好の曲刀使いが進み出てきた。

 

「仲間をコケにされたのに、何もしないで逃がしてやるっていうのに、それだけじゃなぁ……。割に合わないと思うぜ」

 

 そう言って曲刀使いは、薄い酷薄そう笑みを向けてきた。その含みに周りの男たちも察し/同意/『獲物』を見据える、ロザリアの顔からも怯えの色がほんの少し拭われていた。

 私たちごと始末する気だ……。せっかく曲がったと思ったのに、彼らは逃がすつもりはないらしい。

 息を飲まされながら、次に来るであろう袋だだきに備えた。キリトに貰ったピアスに意識を集中する。いざとなったら【転移】して逃げる……。勝算はあった、彼らはコレに気づいていない。

 キリトに目配せしようとすると、男の提案にウンウンと頷いていた。

 

「……そうだな。確かに、お前の言うとおりだな。

 それじゃ、コレでいいか―――」

 

 無造作に/誰かが止めるまもなく、【香水】をロザリアの上に投げた。

 背中にぶつかりパリンッと、中身がこぼれた。全身に液体がまぶされる。

 皆が驚愕し声を失った。その最中、ロザリアのあられもない恐慌の悲鳴だけが響き渡る。

 キリトはそんな彼女を無慈悲に見下すと、顔を蹴飛ばした。いきなりの蹴りにもんどり打つ、痛みに黙らされた。大した力を入れてないのに、彼女のHPバーは半減域のイエローまで削られていた。その減少値を見てさらに恐慌する。

 静かになると周りを睥睨し、死刑宣告をした。

 

 

 

「ロザリアは不慮の事故で死んだ、【黒の剣士】に殺された。【石碑】にもそう刻まれるだろう」

 

 

 

 死神のようにそう告げると、男たちの顔が戦慄に染まった。

 

「マジか!? あの『ビーター』なのか!?」

「監獄にぶち込まれてたんじゃないのか?」

「それじゃ……。ウソだろ、脱獄したっていうのかよ!?」

「あ、あ、あんた本当に……【黒の剣士】、か?」

 

 震え切った問いかけ/嘘だと否定して欲しい確認に、キリトはニヤリと嗤うだけ。……まるでソレが、答えだと言うかのように。

 男たちも恐慌状態に陥ると、歌うようにして曲刀使いを煽った。

 

「どうする、全てご破産か? それとも、コレで手をうって……次のボスになるか?」

 

 アメと鞭/昇進か破滅か、いや、無知にさらに鞭を打ってきた。

 その悪魔の囁きに曲刀使いは、怯えをあらわに青ざめていた。魅入られたようにキリトを見た。自分たちは誰を相手にしていたのか、誰の逆鱗に触れてしまったのか……。激しく乱れる動悸が聴こえてくる。

 

「悩んでんじゃないわよ、バカ共がッ! さっさと殺れッ! 攻略組だろうが一人なんだ、全員でかかれば倒せる!」

「かも知れないな。

 だが、少なく見積もって、3人は殺されるんじゃないかな? たぶん、お前とお前と……お前だな」

 

 指定された男たちがピクリと、顔を引きつらせた/青ざめて言葉を失っている。「お前たちは確実に殺す」との予告に聞こえたからだろう、難を逃れた男たちは一様にホッとしていた。

 何より『3人』、加えて選ばれた彼らの武装具合からの役割は、最も倒しやすい/先に倒しておかなくてはならない遊撃要員だった。通常は盾要員に守られ不可能に近いが、遥か格上の『攻略組』ならばできる。実感を伴っている予告は、もはや必ず訪れる未来だ。彼らの経験則が恐怖を受け入れてしまった、ロザリアの喝は根づけず霧散していった。

 放った言葉が染み渡ったのをみると/表情を少し綻ばせると、トドメを優しく刺してきた。

 

「オレ達が争うのは、お互い割に合わないと思わないか? ……お前らが殺されている隙を突いて、その結晶を取り戻したいロザリアだけが、得をしないかな?」

 

 自分が放り捨てた結晶を指差すと、男たちはハッと気づかされた。そして、ロザリアに疑いと嫌悪の眼差しを向ける。この女、俺達を囮にして自分だけ逃げるつもりだったのか―――。キリトに指定された男たちはさらに、今にも飛びかからん勢いで睨みつけている。ソレを受けて彼女はヒィッと、これまで聞いたことのない情けない声をあげた。

 全体を見渡した曲刀使いは、激しく懊悩するも……覚悟を決めた。目を見開く。

 そしていきなり、腰元のポーチから結晶アイテムを取り出してきた。【回復結晶】に似た黄色だが色合いは薄く形も雑で透明度が弱く鉱石に近い。すぐに焦点を合わせ名前を確認すると、視界に表記される。【盗賊の空晶石】―――

 

「そうよ、それでいいッ! 戦えぇぇ―――」

「スティール、【ロザリア】」

 

 へ? ……ポカーンと口を開けていると、唱えた呪文に従い魔法が発現した。ロザリアの体が瞬きまた、何かが抜け飛んだ。曲刀使いの結晶に吸いこまれていく。

 何かを取り込んだ【空晶石】は、結晶アイテム特有の透明度へと変わった、のみならずキラキラと輝いてもいる。そして、表記される名前までも。

 【宝庫の金晶石】―――。人類種とは違う、力ある亜人種が作り出したダンジョンやフロアの迷宮区に設置されている結晶型トレジャーボックス。通常の宝箱とは違って、中のアイテムを取り出したら砕けて消える。

 曲刀使いは結晶を砕いて、中のアイテムを取りだした。そして、何を盗んだのかメニューを開いて確認する。

 

「……おっ! 結構いいもん盗れた」

 

 ラッキー……。曲刀使いは、喜色を浮かべて言った、知らなければソレが盗んだものとは思えない。

 そして、何ら気負う様子もなく、呆然と眺めている仲間に顔を向けると、残酷な号令を発した。

 

「お前らも、盗れるもんだけ盗っとけ! モンスターが来きまう前にな」

 

 一瞬目を見張るも、すぐにニンマリと笑みを浮かべた。そして、盗賊そのものな野卑な歓声をあげた。

 今にも毟り取らんとギラついた視線を浴びせてくる元仲間たち。その異常な熱気に震え上がるも、だが負けじと叫んだ。

 

「ふ、ふ……ふざけん、なよ……【カサギ】ィッ!」

 

 曲刀使いに向かって、罵倒を放った。

 盗賊たちはその声、特にその『名前』にギョッとした。次に眉をひそめロザリアを睨んだ。直接向けられた曲刀使いは大きなため息をつくと、額に手をあてながら大仰に嘆いた。そのままロザリアへ、哀れみながら言った。

 

「最悪な失態だ、恥ずかしい限りだよ。こんな情けねぇことになっちまうとはな。

 こうなったのも全部、アンタが……頭に血が上りすぎて『そんなことまで』漏らしちまうほど、バァカだからだッ!」

 

 ロザリアに倍する罵倒/唾飛ばす勢いで、跳ね返してきた。まるで積年の恨み辛みを込めたかのような迫力。ロザリアも思わず怯んでいた。

 周りの男たちはその小演説に大きく頷き、賛意の雄叫びをもってこたえた。よく言ってくれたヒーローと、曲刀使いを褒め称える。……ロザリアが彼らにどう思われていたのか、ソレではっきりとわかった。

 皆の興奮がひとしお収まると曲刀使いは、無関心になるまでの哀れみの眼差しとともに、突き放した。

 

「……そんなケバいだけの頭じゃ、ここで生き残ってもどうせ、ヘッド達に殺されるだけじゃねぇのかな? あの人たち、こういうことにはスゲェ厳しいし」

 

 俺にはもう関係ないけどな、たぶんアンタにも……。そう言って曲刀使いは後ろに下がった。そして仲間に、「やっちまえ」と合図をだした。

 男たちは、飢えた犬のようにギラついた視線をロザリアに向け、囲い込んでいく。今にも泣き出しそうに震えているロザリアは、もはや声すら出せず/誰にも助けを求められずに……。

 

 それを機に、無残な強奪劇が始まった。

 

「さ、触んじゃねぇッ!? 返せ! 返して―――」

「おいボスぅ、この十字槍はいいよな? 俺ずっと前から欲しかったんだよ」

「ダメだ! そいつはこの女の手垢がつきすぎてる。売っばらってもすぐに足がつくぞ」

「くぅ、またッ!? 何やらかしてんのかわかって―――」

「なぁ、めんどくせからメニュー開かせていいか? 【盗み】だけじゃ上手く盗れねぇんだよ」

「隙つかれてヘッドたちに緊急コールされるだけだ。せっかく【黒の剣士】様が罪おっかぶってくれんのに、無駄にすんじゃねぇよ」

「ひゃぁっ!? ど、どこ触ってんのよ! や、やめ―――」

「いいじゃんか、最後くらい、どうせすぐに死んじまうんだから。散々誘いやがったツケを払ってもらうか」

「おい、冗談でもやめとけ! コイツ以上のいい女なんてごまんといるんだ。わざわざ墓穴ほるこったねぇぞ」

 

 盗賊たちの饗宴/共食いの儀式。幾人もの男たちがロザリアに集り、身につけている装備以外は何もかもを毟り取っていく。アイテムやお金も経験値も尊厳すらも、躊躇いなく嬉々として……。

 ソレが始まる寸前、キリトがソっと私の前に進み、見せないようにしてくれた。私も、彼らに気づかれないように目をそらす/耳をふさぐ。彼らのおぞましさに吐き気をこらえていた。何より自分が、そうさせた一因であるとの事実にも……。ロザリアの顔はまともに見られない。

 もしも、私の傍にキリトがいなかったのなら、ああなっていたのは私だったのかもしれない。いや、『かも』ではなく『そうだった』だろう。彼らが【プネウマの花】だけで満足するとは到底思えない、それで調子ずいてどんどん要求がエスカレートしていったはず。レベルも装備も格下の私ならなおさらだ。だから、キリトがいてくれて本当に幸運だった。でも……矛盾しているが、『彼がいなかったらこんなことには……』とも思ってしまう。

 目の前で繰り広げられているモノはそれだけ、私の常識から大いに逸脱した光景だった。

 

 

 

 全て喰い尽くした餓鬼たちは、ロザリアから離れていった。それぞれがそれぞれ、満足しきったホクホク顔をしている。

 曲刀使いが進み出てくると、上機嫌にキリトに声をかけてきた。

 

「それじゃ、俺たちは消えるよ」

「ああ。二度と会わないほうがいいだろうな。きっと……不幸な再会になると思う」

 

 キリトが無碍に切り捨ててくると、曲刀使いは緩んでいた顔を引きつらせた。忘れていた畏怖を思い出した。

 しかしニコリと、無理やり笑顔にすると、なんと商談してきた。

 

「そんなこと言ってくれるなよ兄弟、アンタ結構話わかる奴じゃん! 仲良くなろうぜ」

「オレコミュ障だからさ、友達付き合いとか苦手なんだよ。特に、『兄弟』とか言ってくる馴れ馴れしい奴はさ」

「おぉっと、そいつは悪かったよ。『ボス』て呼んだ方が良かったかい、それとも『ご主人様』?」

 

 あからさまに下手に出てきた相手にキリトは、一瞬唖然とするも、すぐに無感動に戻って/微かに軽蔑の眼差しをこめて、

 

「……オレ、犬は嫌いなんだ。使える奴ならまだしも」

 

 拒絶してきた。

 しかし曲刀使いは、ソレを『条件付き』と解釈したのだろう。緊張をはらみながらも表面はフレンドリーさを保ち、別れを告げてきた。

 

「あばよ姐さん! アンタが集めたモノは全部、俺達が有効に使わせてもらうぜ」

 

 愛してたぜ……。心にもないだろう言葉だけ残して、曲刀使いは離れていった。彼に従い元仲間たちも、思い思いの『別れの言葉』を残して去っていった。

 彼らが危険域から離れたのをみてから慎重に、私たちも離れていった。

 痕に残ったのは、ロザリア一人。威勢のよかった呪詛もかすれ、奇妙なすすり泣きとともに地面に縫い付けられたまま。迫り来ているであろう本物の死神の足音を一人、聞かされながら―――

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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