耳元で奏でられるチャイムの音に、ゆっくりとまぶたを開けた。
しばらくぼぉーとし、自分の居場所を眺めた。見知らぬ部屋のベッドの上、周囲の家具の配置も自分の部屋とは違う。段々と意識が覚めていく。
ここはどこ? どうして私はここに……。昨夜は【風見鶏亭】にいたが、監視者がいたので転移してここに来て、そのまま寝ちゃって―――
「―――おはようシリカ、良く眠れた?」
「あ……はい。お早ようございます、キリ―――ッ!?」
かぁと一気に、顔が赤くなった。彼の顔を見た瞬間、全てを悟った。私あのまま、キリトさんの部屋で寝ちゃったんだ……。
寝顔見られた……。恥ずかしすぎて顔を上げられない。埋めたシーツの隙間から彼を睨む。気が利いて格好良くて面白くもあるんだけど、こういうデリカシーがない……。
狙ってやったのかとも疑いそうになったが、少し首を傾げているだけ、察してくれてない様子。逆に見当はずれに、心配そうに見つめてきた。
「と言っても、だ。まだ夜明け前だけどな。……やっぱり、もう少し寝てたほうがいいんじゃないか?」
「……え?」
「昨日の今日だからな、無理が祟ったんだろう」
一瞬ほうけてしまったが、すぐに察した。そのためにここにいて、彼の協力を仰いでいる……。慌てて元気アピールをしようとした。
「い、いえ、大丈夫です! 目覚ましの時間間違えただけですから……て、あれ?」
合ってる? ……視界隅に表示されている時刻は、設定した数字だった。寝過ごしたわけではなかった。
でも、ほんの数時間しか経っていない。短い睡眠時間だと今の私のように、寝起きがぼぉっとして低血圧のような醜態になってしまう。逆に体調はマイナスになる。シャンとして身支度まで整えている彼は、もっと短い時間しか寝ていないはず。もしくはそもそも―――
「キリトさん、もしかして……寝てなかったんですか?」
「ああ、眠くなくてね。つい先まで散歩してた」
やっぱり……。心配そうに見つめるも、キリトの顔はハツラツとしていた、私と比較できてしまうほどに。
「最近、【瞑想】の修行やっててね。結構なレベル習熟すると、三日ぐらい眠らなくても動き回れるようになる。眠っても一時間ぐらいでいい。体休めるだけで眠ったのと同じぐらいスッキリできるようになった」
「ソレは、無理してるわけでは……ないんですよね?」
「元々オレ達、眠り続けているだろ? ここは夢の中みたいなものだ。ソレを思い出せれば、休めなきゃならないなんて習慣に引きずられなくなる。……この体は現実の肉体とは違って、頑丈だからな」
そういうものなのか……。言われてみたらそうだけど、実際は今の私の有様だ。睡眠はどうしたって必要不可欠、短すぎかつタイマーで強制的に起こされれば不快さが募る。三日も動き回って一時間の睡眠時間でいいとは……常人とは思い難い。
追求したいが寝起きの億劫さで、「はぁ……」とそのまま流した。
「さ、かなり早いが朝食に……する? それとも、弁当にして途中で食べるか?」
少々口ごもりながらの提案。まだまだ頭は鈍りすぐに対応できないも、朝食のワードにピクリと反射反応した。
キリトさんの手料理……。ゴクリと喉を鳴らしそうになったが、グッと堪えた。凄まじく惜しいが、今は食欲自体がない。それに何より、朝食ではあまりにもハードルが高すぎる、今は次点でも全然OKだ。
「お……お弁当で、お願いします」
「了解。……て言ってもオレ、【料理】は全然なんだよなぁ。【おにぎり】か【サンドイッチ】ぐらいしか作れないや」
店で買うのもいいけど、この時間じゃ空いてないし……。悪いと先に謝ってきた。
そんな彼に驚いてマジマジと眺めてしまった。自分から弱音みたいなことを曝け出すのが珍しい、それだけ本当に【料理】は不得手ということなのだろう。
だったら、それはそれで構わない。そういう形も全然アリだ。
「素材は結構いいの揃えてはいるからな、たぶんそう……不味くはならないはず」
「それなら、私に作らせてください! 【料理】には自信あります」
キリトは勢い込む私に驚き、目をパチクリさせた。
「……【料理】、鍛えてたりする?」
「はい、ピナのご飯用に少々。
使い魔になり立ては素材だけで十分だったんですが、それだけじゃ何だか粗末に扱ってるみたいで、料理し始めたんです。そしたらピナ、調理したモノばっかり食べるようになって……いつの間にか結構なレベルになったんですよ」
図らずも、ピナとの記憶を思い出してしまった。悲しくなりかけたが、キリトの負担になるのはイヤで飲み込んだ。もう散々泣いたので、これ以上はいい。
自信ありと満面の微笑みで答えたが、言い切って気づいた。慌てて訂正する。
「ご、誤解しないでくださいね! べつにペット用、使い魔用のご飯ってわけじゃないです。私も一緒に食べてましたし、普通のご飯ですからその、変なものじゃない……ですから、そのぉ……」
モニョモニョと最後は濁して、かわりにチラリと上目遣いで頼んだ。
「大丈夫、作ってもらう分際で贅沢なんて言わないさ。何でも食うよ」
「はい……」
「ただ、ちょっとは……期待したいけどな」
頬を掻きながら/視線を逸らしながら、言われた。……期待された♪
シュンと沈みかけていた心が、一気に跳ね上がった。
「はい、任せてください!」
胸をそらす勢いで、ニッコリと任された。
寝起きはよろしくなかったけど、今日はいい日になるはず。きっとそうなるに、決まってる。
◆ ◆ ◆
いそいそと身支度整え、あまり使われていないであろう台所と色とりどりの食材たちと向かい合った。そして気合を入れて、お弁当の制作に勤しんだ。丁寧にかつ適切に丹精に色々と込めてルンルルン♪と、あふれてくる鼻歌を胸の内にとどめながら。
全ての準備が整うと、キリトのホームから出た。
大通りから少し外れた路地。近代中華風/香港風の街並みの50層主街区、雑多で猥雑にもなりそうなほど色々と詰め込まれた街並みだが、若々しく華やかな賑わいがある。大都市の/一攫千金を夢見ているであろう山師や凄みを利かせている傭兵・ちょっと目のやりどころに困るお姉さん・海千山千であろうおばばやおじじがいっぱい。スリルを感じるほどのパワーに溢れている。
ソレに圧倒され、まるでお上りさんのように/物珍しそうに周りを見て回った。一度『フロア開き』の際に見学はしたが、転移門から/遠くから眺めるだけで終わった。危険な近寄りがたい空気に気圧されてしまった、中に入って見物するのはコレが初めてだ。
なので、キリトには色々と案内してもらいたいが……どうもそんな楽しげな空気ではなかった。
ホームから出発してから先、無言で厳しげな顔。何かを警戒してピリピリしている。すぐ後ろの私にも気を回しきれず、足早に通りを行く。置いていかれないようにいそいそと、早足になってしまう。
大通りからも外れ、どんどん人気のない路地裏の隘路へと進む。さすがに訝しりが募り、「待ってください」と言おうとした矢先、唐突に立ち止まった。思わずその背中に鼻をぶつけそうになる。
「―――いるのはわかってるんだ。いい加減出てこいよ」
イライラを極限まで抑えながら、誰にか声をかけた。
しかし/当然、誰からも応えがない。辺はしんと静まり返っているだけ。
すると突然キリトは、背後にある二階の半開きの窓へと振り返った。その手には小型の黒いピックがつまみ出されてもいた。ソレを振り向きざまに―――投擲した。
一瞬の早業。驚き/制止する間もない。気づいた時には、振り下ろしの残像が見えただけ。投げられたピックはそのまま、二階の暗がりへと吸い込まれていく。
しかし、聞こえるはずの/壁にぶつかった衝突音が鳴らない。中にいるかもしれない住民NPCの悲鳴も聞こえない。まるで、どこかに吸い込まれてしまったかのように、掻き消えた。
それでようやく、私も異変を理解した。そこへと振り向く。唾を飲み込みながら/恐る恐ると……見た。
突然、何かが飛来した。私に向かって飛んでくる。
ソレが、先ほどのピックだとわかった時には、遅かった。もうよけられない―――。ここは【圏内】だから/当たっても弾かれるだけだから大丈夫、だとわかっていても怖い/目をつぶってしまった。目と鼻の先まで迫り来ていた。
しかし、私の顔にぶつかる寸前、止まった/止められた。すばやく立ちふさがったキリトがソレを掴んでいた。ピックの鋭い穂先が視界いっぱいに見える。
再びキリトが、二階の暗がりを睨みつけると、その窓の奥からヌッと人影が現れた。
薄汚れた黒のボロ切れの外套に身を包んでいる/その顔は砂漠仕様のような飛行眼鏡に隠れている。体格と肩から伸びる大剣の握りらしきモノからみて、少年だろう。この路地裏でよく見かける乞食風にも見える貧弱そうな装備だが、佇まいが鋭く怖い、今のキリトのように。……私よりも手練であることは、すぐに察せられた。
「―――さすがキリトさんっス、場所まで把握されてたなんて」
「だから、先に警告してやったんだ。コイツを返してもらうためにな」
キリトが気軽に/しかし顔は笑わずに、投げ返されたピックを見せながらそう言い返した。
観念したのか、隠れていた二階から飛び降り私たちの前に着地。メガネを外し額にかけると、素顔が見えた。
思ったよりも、純朴そうな少年だった、私と同年代にも見える幼さがあった。ソレに気づいたからか、先の雰囲気は消えていた。
「どうやってオレに張り付いてたんだ? 巻いたと思ったんだけどな」
「巻かれったスよ、俺だけじゃなくみなさんも。【転移門】で張っても来ないし、まさか【階層門】つかって降りたなんてわからないっスからね。さすがのアルゴさんにも、リアルタイムの居場所なんてわからない。
なんで、ホームに張り付かせてもらいました」
「もしかして……今日までずっとか?」
真面目に頷かれるとキリトは、訝しりをほどいて呆れていた。
私にチラリと目を向けると、今度は彼が訝しんできた。
「……その子、例のプレイヤーっすよね? 何でまだ一緒にいるんっすか?」
若干、刺のようなモノを含ませられた質問。
それゆえか/しかし過剰に、キリトは反応した。少年を睨みつける―――
瞬間、直接睨まれていない私にまで、その余波を感じられた。思わず両手で体を抱いた。冷たく鋭い、この場の空気まで凍りつくほどに……。
押しつぶされそうな敵意に当てられてか、少年は降参と言うかのように両手を上げた。
「安心してください、別にどうこうするつもりはねぇっス。そうしろとも言われてねぇですし」
「それじゃ先の投擲、オレじゃなく彼女を狙ったのはなぜだ?」
嘘も冗談も叛意と断じるような、いつもよりも静かな低音。
息を飲まされる私と違って少年は、少し悩むと……呟くように答えた。
「躊躇ってるのかと思って。俺なりに、キリトさんが何考えてるのか見定めたくて」
そう言い切ると、真っ直ぐと挑むようにキリトに向き直った。まるで返しの刃のようにも、見える。
しばらく黙ったまま睨み合っていると、先に少年の方が折れた。
肩をすくめながら、大きくため息をついた。
「どっちにしても、いずれは誰かがどうにかするしかねぇっスからね。まぁ、俺たちからは手は出さねぇつもりっスけど」
「自分たちの手は汚さない、てことか?」
「キリトさんの自由にさせたい、てことっスよ。……俺は反対っスけど」
自嘲を浮かべながら引き下がるも、再び顔を引き締めて返した。
「手間かければ、相手も自分も辛いだけっスよ?」
わかってるのか……。哀れみまでこもった優しげでもあるその糾弾は、一番キリトに堪えたのだろう。揺らがず厳しげだったのに、眉をピクリと顰めさせた。
瞑目してその動揺を飲み込むと、ソレを無視した/話題を逸らした。
「……それで、出てきたのはそんなこと言うためか?」
「キリトさんの方が引っ張り出してきたじゃないですか?」
「そういう駆け引きは時間の無駄だ、オレ達は急いでるんだよ」
「【思い出の丘】ですよね。今の時間からだと、彼女にはすこし……キツくないっスか?」
私を一瞥しながらの、おそらくは助言として言ったのだろう。しかし、キリトには逆効果だった。先に引っ込めた威圧が再び、それ以上のモノが吹き荒れた。
失言だったと、少しばかり口に手を当てソレらしい真似をするも、さして縮こまることはなく。先ほどのように降参のポーズをとった。
「さっきも言いましたけど、俺達から手を出すことはねぇっス。俺がここにいるのは、俺の所感をコウイチさんに伝えるだけっスから」
「……所感? お前がオレに会って何感じたか、てことか?」
「まぁそんな感じです。すげぇ大雑把っスけど『絶対に手を出すな』とは厳命されてます。だから……こうやって話すのは少し、やべぇかもしれねぇっスね」
そのことに今初めて気づいたと、考え込み始めた。あちゃーと失敗に額を打つ。
キリトも、その様子に毒気を抜かれたのか。肩から力抜くと、シッシと追い払うように言った。
「それじゃとっと消えろよ。もうオレ達の前にその顔見せないでくれ」
「そのつもりっスよ。これ以上キリトさん怒らせるのはおっかねぇっスからね。
それじゃシリカちゃん……サヨナラっス」
軽々しく別れを告げるとそのまま、路地裏の影の中へと去っていった。
まるで、狐にでも化かされたかのようだった。突然やってきて混乱させ、唐突に去っていった、後にはそこにいたという記憶だけしか残さず……。
ただ、彼の姿が見えなくなった後ようやく、違和感が一つ形になった。何で彼は、私の名前を知っていたのか? いつの間にか【鑑定】されていたのだろうか……。
同じく、彼の姿を難しそうな顔で見送っていたキリトに、尋ねてみた。
「キリトさん、あの人は……お知り合い、ですか?」
「ああ、【レプタ】ていう奴。かの『神父』様の付き人みたいなことやってるプレイヤーだよ。結構な回数、一緒にパーティー組んで戦ったこともある」
苦々しそうに、けれどもソレ自体は別段嫌な記憶ではなく、今のこの時に遭遇した気まずさを吐露してきた。
何か、私に隠してることがある……。鈍いながらも内心を察せられた。それもただ隠してるのではなく、かなり重大なこと/それゆえに話すタイミングを見極めようとしている……。考えれば考えるほど、落ち着かなくなる。今は聞くべき時ではないのだろう。
だけど、踏ん切りがつかない。少しでもいいから何か、突端でも聞き出そうと口を開くと、
「……しまった! アイツも引き込んどけばよかったな。そうすれば、シリカの安全は高まってたし、何企んでるのかも探れたのに……。
悪い。ちょっと考えなしだった」
そう言って、弱りきりながら頭を下げてきた。……そこにいたのは、先の彼と対峙していた強面のキリトではなく、私が見てきた穏やかな姿だった。
なので/つられてか、私もいつもどおりに反応していた。
「お、お気になさらず! 私は別に……大丈夫ですから」
全然不安だったけど、キリトが良い人だというのは揺るがない、頼ってもいい人だということも。ならば何も……問題ない。
改めてソレを再確認してると、逆にキリトが顔を曇らせてきた。
「……シリカのその意気込みは嬉しいし買うけど、ソレだけじゃどうしようもならないことが、ここにはある。―――コレを」
腰に巻いていたポシェットから小さなイヤリングを取り出すと、渡してきた。
手のひらの上に受け取ったイヤリング。鈎型の貴金属が二本/中心に小さな宝玉が一個で、縦向きにした瞳を形作っていた。目尻にあたるであろう片側にゆるい渦があり、そこに留め金のチェーンが伸びている。
「コレ……銀のイヤリング、ですか? でも、こんなモノ見たことないしそれに、名前も……ない?」
「プレイヤーメイドの改造アクセサリだ。だけど、量産されてるモノでもある。だから、いちいち作り手が銘を入れてないんだ」
「……そんなモノがあるんですね」
説明は心はんば、イヤリングの綺麗さに目を奪われていた。シンプルだけど吸い込まれるような/でも落ち着いてもくる、不思議な魅力がある、まだ名前が無いのも華を添えてくるかのよう。
「そこにはめ込まれてる宝玉は、【転移結晶】を圧縮精製したモノだ。装備すれば一度だけ、いつでも片手も防がれずに【転移】できる」
続けた説明に、ようやくコレの真価を理解した。
いざ危地に陥ったら緊急退避できる【転移結晶】は、このデス・ゲームでは重宝されている。迷宮区や未踏のダンジョンを行くときには必須アイテムだ。一度行ったことのある街へと簡単にテレポートできる利便性もあるが、55階層まで進めた今でもあっても高価なアイテムでおいそれとは使えない。街から【圏外】へと出たプレイヤーは、必ず一つは携行している。
便利なアイテムだが、欠陥がないわけではない。まず一つ、大きくてかさばること。片手でギリギリ持てるほど/フットボールをほんの一回りだけ小さくした大きさ。ので、戦闘中に使う場合は必ず、片手がふさがってしまう。二つ目は、その大きさかつ【耐久値】が少ないこと=いつでもは使えない。常に手に持ち続ければできるが、かさばるし落としでもしたら壊れてしまうかもしれない。ソードスキルを発動でもしたら、間違いなく落としてしまう。……本当のギリギリでの緊急退避は難しい
しかしコレなら、その不便を限りなくなくすことができる。
「他にも、腕輪とか指輪とか首飾り・簪なんてタイプもあったかな。オレが他に持ってるのは指輪タイプのものなんだけど、ソレつけると他の指輪を装備できなくなるからな。誤動作もよく起きる。それでピアスにしたけど……いいかな?」
「はい、全然構いません。けど……いいんですか、こんな貴重なモノまで貰って?」
「言うほど貴重なアイテムでもないよ。結晶の圧縮法と力の抽出方法とかを確立しだい、全プレイヤーに向けて配布する予定……らしいからな。すぐに貴重じゃなくなる。
ついでだ―――コレも」
またポシェットをまさぐって、別のイヤリングを渡してきた。
「同じ細工だけど、色が……違う? 【転移結晶】じゃないですね。黄色だから……」
「そう、こっちは【回復結晶】だ」
先の青色とは違う黄色の宝玉が埋め込まれたイヤリング。……【転移結晶】よりもこちらの方が、必要とされている改造かもしれない。
「いちおう【解毒結晶】用もある。これから行くダンジョンには、【猛毒】とか【麻痺】させる奴らがいるからソレでもいいんだけど、ソロで冒険じゃないからな。回復の方がいいだろう」
頷きながら、マジマジと貰ったイヤリングを見つめた。
(コレって、形とか意味合いとか全然違うだろうけど……プレゼント、だよね? そういうことに……なっちゃうよね?)
おそらく、キリトが言いたいことからは見当外れだろうけど、そっちの方が重大だ。意識してしまうと、顔が真っ赤になってしまう。アタフタしてくる。彼も同じイヤリングつけらたと思うと……。何か大切なモノが吹っ切れてしまう。
(コレ、使わずに永久保存できないかなぁ……)
観賞用の保存アイテムを手に入れる算段をつけようとしていると、キリトが居住まいを正し真面目な顔で見つめてきた。
不意にその目と重なりドキリと、緊張させられた。胸が高鳴る。ハッ、これはもしやまさか―――
「もしも、予想外のことが起きてオレが離脱しろって言ったら、必ずソレで、どこの街でもいいから飛んでくれ。オレのことは心配しなくていい」
……違った、全然違った。胸の高鳴り誤解しちゃった♪
この彼の前で、あんなこと考えてたことが恥ずかしい……。心のHPがレッドゾーンまで打ちのめされた。
僅かばかりに残った正気で、何とか持ち直す/彼の『頼み』を咀嚼した。彼を見捨てて私だけ逃げる、脳内審議の結果は―――却下だ。
「……で、でも、そんなこと―――」
「約束してくれ」
強引に、だけど懇願でもあるように頼んできた。
何も言い返せず、さりとて了承することもできず見つめ合った。
力不足で足でまといで頼りないことは重々承知だけど、一度助けてもらった命だ。使うとしたら恩人に返すことを選ぶ。ソレが彼の意に反することでも、私の意に則しているのならそちらを優先する。
ソレをハッキリと言ってやろうとすると、おもむろにキリトが過去を語ってきた。
「……オレは一度、パーティーを……全滅させたことがある。だからもう、二度とあんなことは繰り返したくないんだ」
そうでないかとは、薄々勘付いていたキリトの過去。改めて目の前で言われると、あまりにも重々しい……。言いかけた言葉は、喉元で飲みくだされた。
真剣なその表情にただ、頷くしかなかった。完全には納得してないけど、彼の根幹そのものでもあるソレを変えさせるだけの言葉は、私には……ない。
約束だよと念を押されソレにも頷くと、考えを一新した。
そもそも、そういう問題が起きなければ/起こさなければいい。予想外のことがなければいい/キリトに危険だと思わせなければいいだけ。そのために、今の私にもできることはある。冷静に、パニックに落ちないように振る舞えばいいだけだ。
キリトも切り替えたのか、互いにニッと微笑むと、
「それじゃ、行こうか!」
「はい!」
一緒に元気よく、出発を告げた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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