風見鶏亭一階レストラン―――
何も言えずに俯いたまま、キリトがとりなそうとするも逆効果。それでも何とか奥まった席について、出された料理を食べる。思いのほか美味しく感じてしまい、パクパク食べてしまう。
ほぼ一日中攻略で外出、そういえば昼食もとっていなかった。その前にパーティーから離脱/喧嘩別れして、【迷いの森】をさ迷い歩きつづけた。緊張の連続でそれどころじゃなかった。ようやく勝手知ったる場所に戻ってきたので、ソレも解けたのかもしれない。
無言ながらも食べ続けると、人心地が付いた。先まで怒っていたような気もしたが、満腹感でどうでもよくなる。思わずぷはぁっと声を漏らしてしまった。肩の力も抜けていた。
(……はぁ。ひどい醜態、さらしちゃったなぁ)
ため息混じりに自嘲すると、そこでようやくキリトと目が合った。私の顔を見て微笑を浮かべている。
再び、忘れていた恥じらいが戻ってきた。
先までとは違い剣呑な気持ちはなくなってので、不意打ちだった。どうも子供扱いされているようで恥ずかしいような、なんというか……こそばゆい。落ち着かなくなる。
モジモジと何も言えず黙っていると、従業員NPCが湯気立つマグカップを二つ持ってきた。
紅茶のような見た目、でも香りは別物。不思議な飲み物……。一通り店のメニューは試したが、それらしいモノではなかった。
「あのぉ……コレ、頼みましたっけ?」
「オレが頼んだやつ。自前の飲み物」
「自前!? そんなことできたんですか?」
「店によってはね。
あんまり高級そうでもなく、かと言って裏通りの酒場でもない、こういう民宿かペンションっぽいところ。持ち込みの素材で即興で料理もしてくれる、ある程度融通利かせてくれるんだよ」
こともなげにそう言われ、感心してしまった。そんなこと今まで知らなかったし、知ろうともしなかった……。
今度試してみようかな……。そう思いながらマグカップに目を向けると、キリトも自分のモノでそうしながら続けた。
「普段は液体【ポーション】と同じで、入れてあるボトルから直接飲むんだけど、こうやってマグカップに入れて温めてから飲むと、味が良くなるんだ」
普通に温めたり持ち運びが楽な携帯コップに移しても、味は変わらないのに……。不思議さを楽しむようにそう呟くと、温かいうちにどうぞと促してきた。
いただきますと、そっとひと口飲んだ。スパイスの香りと酸っぱい味わいが、口の中に広がる。どこか懐かしさを感じさせてくる……。
「―――美味しい。ホットワインに似てますね」
「実際、果実酒だからな。【ルビー・イコール】ていうお酒」
ニヤリと、笑とともに向けられた説明に、むせそうになった。
「……私まだ、10代の学生ですけど?」
「大丈夫、アルコール度数は低いものだ。一気にがぶ飲みしても酔ったりなんかしないよ。シリカぐらいのレベルの【解毒値】ならものともしないさ。……さすがに5本ぐらい一気に飲み干せば、クラクラしてくるけどね」
まさしくソレを体験したと、当時を懐かしむように微笑んだ。
それ以上は追求せず、ただ苦笑するに留めた。ここで現実の道徳や倫理を説いても仕方がない、何せ毎日が死ぬかもしれない戦場だ、そのぐらいは許容範囲内だろう。私だって、年齢制限上どうしても公にはできないだけで、試してみたい気持ちがない……わけじゃない。
あと二歳ぐらいだけなのに、『大人』ていいよなぁ……。胸の内で、システムの融通の効かない仕様に文句をたれていると、おもむろにキリトが話題を振ってきた。
「―――彼女、君の知り合い?」
「え?」
「ロザリアさん。ここの入口であった女の人」
その名前にビクリと肩が強ばってしまった。が、なんで私がいちいちビクビクしなきゃならないのよと、不満げを隠すことなく答えた。
「……知り合い、てほどじゃありません。ただ昨日まで、数日間一緒にパーティーを組んだだけです」
「もしかして、彼女の前に道具屋から出てきた人たちも、パーティー組んでた?」
話が予期していた方向とは別に向かった。そう言えばそんな人たちいたなと、改めて思い出した。
「はい。彼らは前から一緒にパーティーを組んでたらしくて、そこに私やロザリアさんが参加させてもらった、て形です」
「どこのギルドに所属してたりとかは、わかる?」
「いえソレは、あんまり興味なかったので……大体どこも同じですから。たぶん、【軍】の分派か提携しているギルドだとは、思います」
「……そうだったな。ここのプレイヤーはそういうのには、あんまり頓着しないんだっけな」
そう言って、苦笑するような/私の迂闊さを注意しているような/でも謝ってもいるような不思議な表情を浮かべた。
うまく答えられなかったことが恥ずかしく、俯いてしまう。そんな私を気にするでもなくキリトは、何かを思案するようにつぶやきを漏らした。
「……ざっと見、彼女とはだいぶ毛色が違ってたからな。たぶん―――大丈夫だろ」
最後にチラリと、私に目を向けると納得した。
よくわからないながらも解決したように見えたので、顔を上げた。同時にキリトも、ようやくカップに口をつけた。
「―――うん、やっぱり店で飲むと旨い!」
向けられた笑に、つられて微笑んだ。
もう一口飲んでみると、懐かしさの記憶を思い出した。現実で/今より幼い頃、お父さんに少しだけ味見させてもらったホットワインと、すごく似ていることに。
◆ ◆ ◆
その後、つつがなく食事を終え部屋に戻った。
程良い満腹感に心地よくなり、食後のデザートを楽しみながら、何でもない/主にキリトの経験談にクスクスやらホワホワさせられた。どれも新鮮で面白く何より破天荒で、とてもデス・ゲームをやっているとは思えない。楽しんでるのがわかった。彼が体験している世界にはとても……憧れてしまう。
そのまま雑談に興じ続けていると、食事だけの客がいなくなり、夜の攻略に向かうプレイヤーたちがちらほらと見え始めた。いつの間にかかなり時間が経っていたことに気づき、「明日に備えて早めに休もうか」と部屋へと別れた。
部屋に戻った後は、貰ったアイテムを確認/装備。今までとの違いを確かめた。若干重く感じる……。
シュンシュンと振り回しながら、新しい武器を体と同期させていった。違和感が薄れていくと、今度はソードスキルの調整。よく使う基本単発技/締めに使う五連撃、空中技も練習練習。現実ならドタバタとうるさいことこの上なかっただろうが、木造の壁とは思えないほどの防音機能が備わっている、どれだけ騒いでも隣や階下に迷惑はかからない。
しかし、どれだけやっても……集中できない。いつもよりブレを感じる。どうしてかと考えると、すぐにキリトのことが思い浮かんだ。すると止めど無く思わされ続け、意識が散漫になり続けてしまう。どれだけ振っても気になって仕方がなくなる。
それでもなんとか、一通りのソードスキルは成功させた。達成感よりも疲労感がたまった。武装を外し寝巻きに変えるとそのまま、ベッドに倒れるように仰向けになった。ぼぉっと天井を見上げる。すると……やはり、彼のことが気になってきた。
意を決して体を起こすと、隣の部屋に通じる壁を見た。今その向こうに、彼がいる……。
胸がドキドキしてくるのを抑えると、ドアと向かい合った。そして、トントン―――。恐る恐るノックした。
しかし……応えはない。もう一度ノックするも、やはり返ってこない。不安になってきた。
「……もしかしてもう、寝ちゃったのかな?」
どうしよう……。緊急の用事ではなく全くの私事、明日に備えて早寝した彼を起こすのは言語道断だろう。そもそも外からでは起ようがない。
そうは言っても、少しガッカリしてしまった、同時に安堵も。何とはなしに会いたくて来ただけだったので、何を話せばいいのか決めていなかった、きっとテンパってしまっていたことだろう……。
しばらく佇むと、諦めて自室に戻ろうとした。
「―――シリカ、どうしたの?」
「ほへぇ!?」
背中から急に、キリトが声をかけてきた。思わず、飛び上がってしまった。
振り返ると、確かにキリトだった。私の様子に首をかしげてる。
「キ……キリトさん? どうして外に?」
「ちょっとこの宿の中を探検してた。一通り見終わったんで、帰ってきた」
調子はずれだが冗談でもなさそうな答えに、逆にいつもの調子を取り戻せた。
「探検って……子供ですか?」
「半分以上はね。夜ふかしできて酒は飲めるから、全部とは言えないけどな。
シリカこそ、オレに何か用か?」
今度は当たり前の質問に、アタフタが戻ってきた。全く答えを用意していない……。
「ええと、そのぉ……50層のこと、聞いておきたいと思って!」
大声になってしまった。
まるで告白でもしてるみたい……。そう思うとさらに、顔が赤くなってくる。気づかれぬように服の裾をギュッと掴んで、隠しきる。
しかし/幸いなことにキリトは、気づくことなく。言葉のまま返事をした。
「明日話すつもりだったけど……今がいい?」
「は、はい!」
声が上ずってしまった。緊張しすぎだが止められない。
「それじゃ……階下に行こうか」
「い、いえ! 大事な情報なのでその、お部屋の中の、方が……」
何言ってんのよ私―――。あまりにも押しすぎていることに気づき、答えが尻すぼみになってしまった。隠しようがなく顔が真っ赤になった。いくら何でもこれでは、疑われてしまう……。
しかし、私の懸念には気づかず。頭を掻きながら、
「それもそうだけど、なぁ……。まあ、いいか―――」
どうぞ……。なんの気兼ねなく、聖域のトビラを開き招いてきた。
思わずゴクリと、息をのんだ。
「……お、お邪魔します」
遠慮がちながら入ると、すすめられた椅子に座った。
落ち着かずチラチラと、部屋を見渡した。当たり前だが、別段変わったところなどない。何らかのカスタマイズがされているわけではなくフォーマットのままだ。
キリトも同じく椅子に座ると、机の中央に取り出した小さな木箱を置いた。蓋を開けると、手のひら大の半透明な水晶玉が見える。
「わぁ、キレイ! ……何ですかコレ?」
「【ミラージュ・スフィア】、記憶結晶の一つ。50階層用の立体地図だ」
俺の給料の三ヶ月分の……なぁんて淡い期待を外してくれながら、箱の隅にあった小さなスイッチを押した。
すると突然、上方に/目の前にバスケットボール大の光球が現れた。箱のギミックにより、水晶玉が巨大化して照らし出されている。
見たことのない/幻想的なテクノロジーに感嘆を上げると、キリトは光球に触れながら説明を続けた。
「スクロールタイプの平面地図と違って便利なのは、こうやって―――ズームアップしたり、ロケーションを指定すればルート検索ができるところかな」
指でつまみんだり広げたりすることで、縮尺が変わる/鳥瞰図から明細図へと。指でそっとスクロールしてみれば、球がくるくると回転する。やんわりとダブルクリックすれば印がつき、そのままツゥーと線を引きながら別の場所をクリックすれば、ルートが自動表記される。
実演したあと、やってみてと言うかのように促され、おそるおそる触ってみた。スクロールすればクルクルと回転する、ズームアップすると街路樹や建物の細部までみえてくる。
一通り私が面白がったあと、今度は明日の予定の説明をした。
「ここが主街区でこっちが【思い出の丘】。最短ルートはこう―――だな。だけど、明日はこういう―――ルートで行こうと思ってる」
私が見やすいように操作しながら、行動予定図を表した。
フムフムと頷き、ただただ感心感嘆。わずかな間でもうこんなに調べられるなんて……。私は今まで、ここまで綿密には考えていなかった。反省する。ズボラな性格は自覚しているが、もうちょっとしっかりしないといけないな……。
「こっちのこの―――橋を通るルートも短くていいんだけど、落下して川に落ちることがある。中腹で鳥型のモンスターに襲われたらまずそうなる」
「落ちちゃうって……大丈夫なんですか?」
「川底は深いから落下ダメージはそれほどじゃないよ。ただ流れが速いから、一気にここまで流されて戻るのが―――」
急に、説明する手が止まった。顔にも一瞬だけ、硬いものが浮かんだのが見えた。そして、何かを考え込むように黙る。
不審に思い、おずおずと尋ねた。
「どう、しました?」
「……考えてみたら、こっちはこっちでいいかもしれないな。鳥避けの香を使えば、アイツらやってこないし。何よりここ……絶景ポイントなんだよ」
ニコリと、先の曇りが嘘のように顔を輝かせながらそう言うと、メニューウインドウを展開した。そしてポチポチと、何かの操作をする。
もしかして、調べ直してくれてるんだろうか……。邪魔しちゃ悪いと眺めていると、
「せっかく50層に行くんだ。少しは観光していくのも、悪くないだろ?」
朗らかにそう提案すると同時に、私の前にメッセージウインドウが展開された。キリトからのメッセージ―――
『話を合わせて。誰かが扉の外で【聞き耳】を使ってる』
示されたソレに息を呑む、緊張が走り抜けた。
だから思わず、キリトを見返した。コレ、冗談ですよね―――。
しかし、キリトの顔は変わらず、メッセージとは真逆の観光前夜気分。……それが何より、真実だと物語っていた。
慎重に、顔面筋肉と脳みそを振り絞りながら、不自然にならない自然な返答をひねり出した。
「……間に合うのであれば、その道でも……大丈夫です」
「そうか! それじゃ、このルートの説明をするよ……と、その前に―――」
また唐突に立ち上がると、部屋の壁に備え付けられている【通信魔法陣】に向かった。いわゆる内線電話、違うのはソレらしい機械がないこと/音声ではなく文字のみの通信装置。アインクラッド独自の楔形らしき文字と魔法陣な文様が描かれている呪符のようなモノが、ピッタリと貼られているだけ。
そのまえに立つと、メニュー操作のように指で操作。コマンド表示/オーダー画面に変化した。
「ちょっと長くなるからな、飲み物頼もう。シリカは何がいい?」
尋ねられたことに一瞬、ボケっとしてしまったが察せられた。
ルームサービス機能=従業員の呼び出し。もしも本当に、誰かが盗み聞きしているのなら、ドアの前あたりで耳をそばだてているはず。そこに突然従業員が来たら、不審がられることになる。正体をばらしたくない/事を荒立てたくないのなら、そこから退散するしかなくなる。
「あ……それじゃ、【ホットココア】を一つ」
「それでいいの、快眠用の寝酒もあるけど?」
「お、お酒はちょっと……。夕食のモノだけで充分です」
いくら【酩酊】/前後不覚するほど酔わないとはいえ、まだまだ抵抗がある……。それに、顔のわからないストーカーがすぐそばで張り付いているのにそんなことができるほど、肝は据わっていない。
そうかと一言、ルームサービスを頼んだ。ふたり分の飲み物が送信される。
すると、小さくカタリと、ドアの外で音が鳴った。注意していなければ聞き逃したであろう/同じ客が通ったのだろうと気にしなかったほどの足音。ソレがいそいそと、遠ざかっていくのが聞こえる。
そして……完全に聞こえなくなった。
「―――いなくなったな」
キリトの断言に、ようやく緊張が解けた。
なのでドッと、抑えていた疑問を漏らした。
「……誰、だったんでしょうか? それにどうして、盗み聞きなんか?」
「おそらくだけど……、明日オレたちが【思い出の丘】に行くことを知ったプレイヤーだろうな。使い魔蘇生用のアイテムを横取りしたい何者か、てところだな」
ニヤリと、どこかにいるであろう誰かに不敵な笑みを浮かべながら答えた。
はんば予想していたが、改めて言われると揺さぶられた。でもやはり……理由がわからない。
「そのアイテム……ビーストテイマー以外が持ってても意味ないですよね。そんなものに横取りしたくなるほどの高値なんて、つくんですか?」
「つくよ。なにせソレを使えば、使い魔を得られるかもしれないからな。【攻略組】なら所持金全額使っても惜しくはないアイテムだ」
さらりと告げられた情報に、驚愕した。
「……どういうことですか? ソレは使い魔にしか、テイマーにしか使えないものじゃないですか」
「いや、通常の敵対するモンスターにも使える。使い魔とモンスターは所属が違ってるだけで同じモノだからな。モンスター専用の蘇生アイテムでもあるんだよ」
さらなる情報に、頭が混乱した。
『使い魔蘇生用』アイテムなのに、モンスターも蘇生させてしまう。そもそも、モンスターを蘇生させるためのアイテム、使い魔とモンスターの区別はプレイヤーかゲームシステムかの所属の違いだけ……。理解できそうで納得しきれない。
実物を見ていないから何とも反論できないが、アイテムの説明欄に『使い魔を蘇生する』と明記したされていたのなら、それまでだろう。ただ彼がそういうのなら、明記はされていないのかもしれない。使用したらそういう結果が現れた、その場所やアイテムを知っているNPCがそう言ったから、そういうことになった……のかもしれない。誰もモンスターに、貴重なアイテムを使おうなんて考えられない。
「通常は、シリカも知ってるとおり、極低確率でエンカウントした後モンスターの方からアプローチをかけてくる。それに答えれば使い魔になってくれる。今までビーストテイマーになれる方法はコレしかないとされていた。
だけど最近、別の簡単な方法が発見された―――」
『お飲み物をお持ち致しました。中に入ってもよろしいですか?』
ドアの向こうから、従業員NPCの声が聞こえてきた。
説明を中断し、展開された確認コマンドで『入室許可』すると、NPCが入ってきた。トレーに乗せた飲み物を私たちの前に置く。私はその間、開けられたドアから通路をそっと覗き見た。もう夜も遅いので、宿の証明は薄明かりになっている。注意していた人影はどこにも……見えなかった。
業務を終えるとドアまで戻った。そこで一礼しながら「お休みなさい」と退出していった。
再び二人だけになると、キリトは注文した飲み物を一口つけて、説明を続けた。
「特定のモンスターを倒した後、ソレを使って復活させる。すると、使い魔として生まれ変わる……らしい。使い魔になってくれると知られてるモノや、小型のソレらしいタイプならほぼ確実に復活できる。だから、誰でも簡単に、ビーストテイマーになれる」
プレイヤーの生存率を上げる大発見ではあるが、キリトの顔にはソレらしい明るい色は見えない。ただ淡々と、事実を述べているのみ。聞いている私も、やはりか、複雑な表情を浮かべていた。何か、すごく大事なものを、無視している気がしてならない……。
違和感の正体がつかめぬまま、尋ねた。
「でも、そのアイテムを使えばテイマーだった人は……使い魔を失うことになりますよね?」
「そうでもない。【心】が【形見】に変わるのは3日後、て言っただろ? その蘇生アイテムは【丘】の奥の花壇にあるんだけど、一つ取ったら無くなるわけじゃないんだ。一日一人一つだけ……らしい。だから、蘇生させずに集めようとすれば、最大3個は手に入る」
耐久限界ギリギリまで粘れば、貴重なアイテムが三個も手に入る。うち二つで、新しいビーストテイマーを作り出すことができる。
実に素晴らしいことだけと、やはり……釈然としないものがある。自分の幸運が否定されるとは違う、けどそうでもあるような……何とも言えない。
倫理的なジレンマに悩まされていると、キリトがおもむろに顔を寄せてきた。そして、挑むように尋ねてきた。
「ソレが、オレがシリカを助けるメリットでもある……て言ったら、どうする?」
そしてニヤリと、含みを込めた笑顔をむけてきた。
私は、少し怯みそうになるも、ソレがすぐにどこかへスっと通り抜けたのを感じた。異常事態に翻弄されてばかりだったけど、これだけは定まっている。
なのでそのまま、答えた。
「そういうことでしたら、むしろ良かったです! 私、キリトさんに助けられてばかりですので、ソレで少しでもお返しになるのなら」
先の釈然としない気分は、なくなっていた。そういうことになら、使っても構わないと思える。おそらくピナも、それでいいと言ってくれる……気がする。
そんな私にキリトは、目を丸くしていた、不思議なものを見たというように。
ソレがどんな意図からだったのか思い浮かべる前に、気づいた。教えてくれた行動予定表では、できなくなることがある。
すこし考えでもすぐに勢い込んで、提案した。
「だったら、早く出発したほうがいいですよね! 今日中に一つ取れれば、一つ余分に持てますし……どうでしょうか?」
ちょっとした、でもかなり価値のある強み。この中層域帯から抜きん出ることができる、躍進のチャンスだ!
言い切ったあと、コレってキリトさんを利用した打算じゃない? とも気づいてしまった。そこまで面倒を見てもらうメリットなんて、彼にはないはず/私にしかない。我ながらかなり厚かましすぎる……。
が、いまさら引っ込めるのは遅い。どう使うかは、獲得したあとに考えればいいし、提案しただけだし……。
モジモジと悩んで上目遣いでキリトを見るも、そのことには気づいている様子はなく。むしろ気にせず、改めて計画を練り直していた。
「3個取るつもりなら、明け方出発じゃギリギリになる。かと言って、夜の間から進むのはちょっと……危険すぎる。初日だけ急いでも事故が起きるだけだしなぁ……」
「大丈夫です! 私、頑張りますから」
全くもって根拠もなければ、キリトにだだ頼りになってしまうだろうが、覚悟的に宣言した。
危険は承知、セオリーを無視するのなら当たり前。そうでなければ躍進できないのなら、そうするしかない、【攻略組】たちがそうしてきたように。……今まで私が、できていなかったことだ。
(何より、ここでもし3個手に入れたのなら私、キリトさんの隣に立てる……かもしれない)
その本心/明るい未来は隠しながら、鼻息荒げに「いいですよね?」と迫った。
そんな私に言い知れぬ圧迫感を感じたのか、若干身を引き気味/視線を逸らしながら躊躇いがちに、
「どっちにしても、50層には行かなくちゃいけないからな……。オレのホームに着いてからルートの説明して、その後でもう一度聞くよ」
「キリトさんの……ホームで?」
「敵に気づかれたからな。この宿から出れば尾行されるし、逃げれば仲間に報告される」
敵……。一瞬誰のことかと思ったが、すぐに盗み聞きしたプレイヤーのことだと察した。同じ仲間でもプレイヤーですらなく、敵。モンスターを相手取るかのような鋭さが、キリトの顔に垣間見えた。
「さっき宿泊者名簿を確認したんだ。そこで、つい一時間ほど前の飛び込みで、素泊まりの客を一人見つけた、しかも宿の出入り口が見られる角部屋に、だ」
本当は隣の部屋にしたかったのだろうが、あいにく埋まっていてできなかった……。そう言って、顔も知らない監視者を皮肉った。
探検って、まさかソレのためだったのか! ……またまた驚愕、彼には驚かされてばかりだ。「子供みたい」と笑ってしまったことが恥ずかしい。
自分の至らなさに改めて落ち込んでいると、「そんなのわかるわけないじゃない!」と【ホットココア】に逆ギレ/八つ当たり。マグカップをつかみグビリッと、一気飲みした。熱くてむせそうになったが、ギリギリ飲み干す。
「ここはチェックアウトしないでそのまま、【転移】で一気にオレのホームまで飛ぶ。……奴らを出し抜こう」
「はい!」
私の奇っ怪な行動は互いにスルーして、不敵に笑い合った。まるで師弟のように……。
しかしふと、キリトが何かに思い立ったように、俯いた。眉をひそめ額に手を当てる。そして、申し訳なさそうに私を見つめ謝罪してきた。
「……悪い。オレのホームで眠ってもらうことになるけど、大丈夫? 広さは全然余裕あるし、リビングと寝室の仕切りはあるんだけど……?」
一瞬、何を言われたのか分からず黙ってしまった。「ほえ?」と頭が空白になった。
そして徐々に、思い至った。ソレが鮮明になっていくごとに、顔もまた/それ以上に全身が湯気でも出そうな勢いで真っ赤になっていく。
「だ、大丈夫……です。キリトさんのこと、そのぉ……信じてますから」
「そう言ってくれるなら、助かるよ」
苦笑しながらそう言うと、居住まいを正した。そして片手をまっすぐ、まるで敬礼でもするかのように上げながら、
「私キリトは、シリカさんに対し、これからの3日間は世界中の誰よりも紳士であることを、ここに誓います」
至極真面目に宣誓すると、おどけた顔を向けてきた。
私はクスリと、微苦笑を浮かべるしかなかった。紳士であっては欲しいけど、そんなに頑なにならなくても、むしろちょっとは別に……。
あらぬ妄想を振り払わんと、急いで俯いた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。