偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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中間層 弐
竜の少女


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 腕の中、力なく横たわっている小竜を抱いてただ、嗚咽を漏らしていた。

 

「―――お願い。あたしを一人にしないでよ……、【ピナ】―――ッ!?」

 

 祈るようにその身に希うも、ポロポロと涙がこぼれ落ちた途端、ガラス片となって砕けた。燐光が舞い上がる。

 

「……や、やだ! ダメダメェ、いかないで、消えちゃやだぁぁーーーッ!」

 

 急に軽くなった腕、驚き怯える。そして、すり抜け消え去ろうとするソレらを必死にかき集めようとした。

 しかし……手は虚空しか掴めない。

 またたく間に、ピナであったはずの欠片が、消え去っていった。

 

「―――ぁ……。そん、な……」

 

 ガックリと力が抜け落ちると、膝から崩れた。今までギリギリのところで支えていた箍が、外れてしまった。

 後に残ったのはただ二つ、ピナの忘れ形見である一枚の白い羽根と、今にも襲いかかってくるであろう敵=【ドランクエイプ】/倍ほどの体格の大猿の群れ。追い詰められ囲まれ、どこにも逃げ場がない。何よりもう……戦意が消えてしまっていた。

 

(私も、ここで死ぬの……かな)

 

 虚ろな瞳で/心で、やってくる死に震えていた。もうどうしようもない、運が悪すぎた、よくやった方だよ……。大猿の棍棒が、今にも振り下ろされようとする。

 しかし―――、その姿勢のまま固まった、胴体に横一文字の光の線を引かれながら。

 

 直立状態だった大猿たちはその線に沿って、ズレた。上半身が下半身から滑り落ちそのまま……落ちた。

 遅れて下半身も倒れると、地面に落ちる前にガラス片となって砕けた。燐光を帯びたポリゴンが霧散していく。

 

 一連の出来事に呆気にとられていると、その奥に佇んでいた人物が声をかけてきた。

 

「―――すまなかった。君の友だち……助けられなかった」

 

 まるで自分の痛みのような謝罪に、閉ざされていた堰が壊れた。

 とまっていた涙がこぼれだしてきた。そのままピナの形見を抱いて、泣いた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 気持ちが落ち着き涙を拭くと、改めて助けてくれた恩人を見た。

 急に、恥ずかしさがこみ上げてきた。また俯いてしまう。

 

(見ず知らずの人の前でこんなこと、子供みたい……)

 

 まさしく外見もそうだが、だからこそ見栄を張りたい/面子は保たなければならない。ここで甘えたことなんてしたら、カモにされるだけだ。

 気を取り直すと、おずおずとながら向き直った。助けてもらったのだ、まずしなければならないことがあるだろう……。それまで黙って待ってくれていた相手に、感謝を告げた。

 

「……あ、危ないところ、助けていただいて……ありがとうございました!」

 

 言い切ると、舌を噛みそうな勢いで頭を下げた。

 少し大仰な様子に男性プレイヤーは、頭を掻きながら躊躇いがちに尋ねてきた。

 

「その……羽根なんだけど、アイテム名とか設定されてるか?」

 

 一瞬何を言われたのか分からず、そのまま腕に抱えていモノを見た。ピナが最後に残した羽根……。

 何も考えないように見つめていると、視界に【ピナの心】との名前が浮かび上がってきた。

 見えた次の瞬間、また悲しみがこみ上げきた。どうにも止まらず目尻に涙が溜まっていく、嗚咽まで漏れそうになった。

 堪えながら見上げると、なぜか男性は慌ててとりなしてきた。

 

「わっ、ちが! ちがうんだ、そうじゃなくてだなぁ……。

 ソレがあれば、蘇生できるかもしれないんだよ」

 

 予想だにしない言葉に、一瞬頭が真っ白になった。蘇生できる……。

 すぐさま、かぶりつくように近づいて、

 

「ほ、本当ですか!? ピナを蘇生できるの? でも、どこでどうやって、何をすればいい―――」

「ちょッ待て! 近い、近いって!」

 

 怯えたような制止に、自分が何をしていたのか気づけた。恩人とはいえ、知らない男性の目と鼻の先まで近づいて……。

 すぐに離れた。だけど、顔が赤くなるのは止められない。

 

「……す、すいません。取り乱してしまって」

 

 穴があったら入りたい……。俯いて落ち着かせていると、コホンッと仕切りなおしてきた。

 適度な距離を開けると、中断してしまった説明をしてくれた。

 

「最近わかったことだからあまり知られていないんだけど、50層の南部に【思い出の丘】ていうフィールドダンジョンがあるんだ。名前通り景色はいいんだけど、難易度は結構高くて……。そこのてっぺんに咲く花が、使い魔蘇生用のアイテムらしいんだよ」

「……50階層」

 

 その数値に、改めて絶望が蘇ってきた。

 とてもじゃないが、無理だ。ミイラ取りがミイラになるだけ……。現在のレベルや装備では自殺行為だ。中層域で戦っている身としては、あまりにも上層すぎる。今そんな場所に行けるのは前線プレイヤーたち=攻略組ぐらいだろう。

 一縷の望みを託し、男性を縋るように見つめると、申し訳なさそうに続けた。

 

「実費と報酬さえ貰えれば、オレがとってきてもいいんだけど……。ビーストテイマー本人が行かないと、肝心の花が咲かないらしんだよ……」

 

 やっぱりダメか……。不躾な期待をかけてしまった。

 

「いえ……。情報だけでも、とってもありがたいです。

 頑張ってレベルを上げて、いつかその時に―――」

「それが、そうもいかないんだ」

 

 気を取り直そうとしている私に、追い打ちをかけてしまう。そのことを申し訳なさそうにしながら、続けた。

 

「使い魔の蘇生は、死んでから少なくとも3日以内が限界だった。それを過ぎると、【心】が【形見】アイテムに変化する。そうするとそこでは……対処できなくなる」

「そ、そんな……」

 

 3日以内……。不可能だ/間に合わない。どうやったってたどり着けない。

 

「【形見】を持っていれば、同じ種類のモンスターをテイムしやすくなるらしいけど、それは……まずいよな?」

 

 答える気力も出ず、無言で肯定した。

 同じ姿形でいいのなら、名前を同じにつければそれでいいのか? ……違う、断じて違う。具体的にコレとはいえないがソレは、ピナとは別の使い魔だ。それに、外見や名前まで似ているとなると、ピナを二度殺すようなことをしている気分になる。

 

(そんなの……嫌だ。絶対イヤ)

 

 グッと、【ピナの心】を握り締めた。すると、覚悟が決まった。

 何としてでも行く、現状でもできることはあるはず。途中で死ぬかもしれないけどそれは、ピナだって同じだった。ピナは私を庇って死んだんだ。助けなくてどうする、怖がっている場合じゃない―――。

 

 決死の覚悟を奮い立たせていると、ふと男性を見た。メニューを展開して何かを操作している、映し出されたモノをみては悩み/呟きスクロールし続ける。

 気になって傍らに寄ると、中身が垣間見えた。中層域では見たことのないアイテム/武装の数々……。ソレらを取捨選択し、トレードボックスに移している。

 

「あのぉ……何をしてるんですか?」

「よし! これでいいだろう―――」

 

 そう言ってボタンを押すと、私の前に自動的にトレードウインドウが展開された。そこには、先ほど見えたアイテム名がいくつかあった。

 

「その装備ならかなり底上げできる。オレも一緒に行けばたぶん……なんとかなるだろう」

 

 一瞬、男性が何を言っているのかわからず呆けてしまったが、気づけた。【思い出の丘】に同行してくれると……。一撃で【ドランクエイプ】たちを屠った彼がいてくれるのなら、できるはずだ。

 驚き感謝が溢れそうになったが、訝しりが優った。甘い話には罠がある、疑ってかかった方が身の為だ……。ここで生き延びて学んだ教訓だ。

 

「……なんで、ここまでしてくれるんですか?」

「え? ……あぁ、そうだな。確かにそうだよな……」

 

 そう言って、自分の頭を掻きながら悩んだ。言おうか言うまいか、どこまで言えばいいのか/納得してくれるのか……。

 

「……笑わないって約束してくれるのなら、言う」

「大丈夫です、笑いません」

 

 すでに半ば以上は結論が出ていることは隠して、できるだけ表情を固くしながら尋ねていた。

 どんな理由であっても構わなかった。助けてもらったからかもしれないが、悪い人とは感じなかった、今も変わらない。なのでコレは、ただその証拠が欲しいだけ……なのかもしれない。

 そんな私を見て男性は、躊躇いを押し通して言った。

 

「このダンジョンにはちょっとした……因縁があってね。有り体に言えば墓参り、て言えるんだろうけど……違うな。お礼参りか? なんて言えばいいのかなぁ……」

 

 腕を組みながら/顔をしかめながら悩み続けた。彼の中でもまとまっていないのか、モヤモヤをうまく言葉に括れないことに悩んでいる。

 そんな彼に疑いを深めてもいいのだろうけど、途中で出てきた単語に驚かされていた。墓参り……。さらっと流したので重く受け止められなかったが、予想以上に深い理由だとはわかった。

 

「とりあえず、ゴチャゴチャしたモノがここにあった。ソレがどうにも頭から離れない。だから今日は、ソレを振り切るために来た、実物を見れば何か変わるだろうと思ってね。そこで―――君に会った」

 

 大仰に、ジェスチャーを交えながら説明してきた。何を言っているのかわからないが、必死になっていることだけは伝わって来る。それが逆に、お笑いのコントみたいにみえてしまう……。

 彼の第一印象とのギャップに呆然と/反応できないでいると、ガックリと肩を落とした。

 

「信じられないと思うのは、無理ないけど……信じて欲しい。オレにとってもこうすることがすごく、重要な……気がするから」

 

 ため息混じり、でも芯は抜け落ちていない言葉。理由は私の何らかの特徴でも過去でもなく、未来にある。……直感らしかった。

 まるでアニメか漫画みたいだ……。騙すにしても、コレはない。こんなのじゃ誰も騙せやしない。だけど/ゆえに、一番信じられる。

 

(やっぱり、悪い人じゃなかったんだ)

 

 ふと、肩の荷が軽くなった気がした。

 すると自然と、笑みがこぼれてきた。クスクスと笑いをこらえる。

 

「わ、笑わないって言ったのに……」

「ごめんなさい。ちょっと、安心しちゃって―――」

 

 そう言うと、笑いとともに涙が出ていたことに気づいた。先まで無理に抑え込んでいたモノ。緊張が取れてポロリと、こぼれ落ちたのだろう。泣きながら笑う。

 しかし、涙をながし続けると、止まらなくなってしまった。

 

「うっ、うぅ・・・・ピナぁ、絶対助けるから、だから……ウウッ、ウわぁぁ―――」

 

 盛大に恥も外聞もなく/子供そのもので、泣き喚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 原作では【思い出の丘】は47層にあるのですが、どうもしっくりこないので50層にしました。
 使い魔蘇生の説明が曖昧だったのは、そもそもそんな検証をやる/できるプレイヤーがいるのかどうか疑問だったからです。そのためにわざわざ貴重な使い魔をモルモットにするなんて、ログアウト不能のデス・ゲームの中でやるのか? ……曖昧にならざるを得ないと思われました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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