偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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49階層/迷いの森 聖夜祭 前

 

「―――放てぇぇッ!!」

 

 

 怒号とともに【投槍】の雨が降ってくる。だけど、その穂先が自分の体を貫く前に、既に異空へと【転移】していた。

 槍はその先にまでは届かず。代わりにクライン達が引き受ける形になってしまっただろうが、構わない。彼らの無事を祈る余裕は、今のオレにはない。

 

 雪化粧はされているものの、殺風景な森の奥でしかなかった。だが飛ばされたこの場所は、煌びやかな電飾らしき光の玉が幾つも伸び/巻かれて色鮮やかな明るさに満ちていた。

 森の奥であったのに、周囲には木立ではなく木造の家屋が立ち並んでいる。森の中であることは変わらないが、小さな村とでもいう有様だ。何もなかったはずの広場には、遊園地のメリーゴーランドとでも言える遊具と少し小さめの観覧車/うねうねと波打つレールが張り巡らされているジェットコースターのようなものが、誰も乗っていないのに回り続けていた。そのすべてに電飾の糸と球が貼り付けられている。

 澄んだベルとシャンシャンという鈴の音と、今日この日には相応しいあのメロディーが何処からともなく聴こえてくる。今の心境では全く楽しめず/そもそも楽しんだ記憶も少ない、ただ騒々しいだけだ。

 

 想定していたものとは全く違っていたが、驚きはしなかった。今はこの異世界に驚くよりももっと重大な案件で心が占められていたから。冷静に、見える風景が一変したことの理由を獲得した情報を混ぜて溶け合わせ、紡ぎあげる……。

 結論。ここは、今日この日のためだけのインスタンスフィールドだろう。ここ【迷いの森】のかつての姿か桃源郷のような別世界、という設定なのかもしれない。……なんであろうが構わない。

 

 愛剣を抜刀して警戒する。

 ここはもう、ボスとの戦闘エリアだ、姿が見えないからといって油断してはいけない。不意打ちをしてくる可能性もある。周囲に気を張り巡らせて、いつ襲いかかられても対応できるように身構える。

 どうしようもなく気が急いてくる。乱れてしまう呼吸をどうにか平静に抑えながら、待った……。

 

(あれから2ヶ月か……長かった)

 

 思わず、嘆息をこぼした。今になってみれば一瞬だった気もするが、単調で味気なく、何よりも苦しい毎日だった。

 それを振り払うように/糧にするように限界まで鍛え上げた。罪悪感が途中でくじけさせることをよしとさせなかった。何もしていないで部屋に篭っているのが耐えられなかっただけかもしれない、何もせずにいるとどうしても考えてしまうからだ。

 もっと最適な/みんなを救い出す方法があったのじゃないか……。何度も何度も思考した。その計算の結末は、どう考えてもオレの怠惰であり怯えが原因だった。言い訳できない、告解を聞いてくれる人たちもいない。その不在が、オレをここまでせきたててきた。―――それも、今日で終わる。

 

(あと少し、これで……全て終わるんだ。サチ―――)

 

 その名前を胸の中でこだまさせた。

 すると、地面と空気の冷たさが染み込んできた。体が芯から凍えてきた。……今更ながら、ここが真冬の森の中であることが思い知らされる。

 

 この真冬の【迷いの森】の中は、場所にはよってひざ下まで積もっているところもあり足を取られてしまうことが多々ある、プレイヤーが通るであろう道は踵下までに除雪されていた。そこまでしかないからといって、軽装でも耐えられるわけではない。寒さは変わらない。森の中であるため吹雪いてはいないが、空気は冷凍庫の中と同じかそれ以上だ。はぁと息を吐くだけで白く霞む、鼻が吸った空気で冷たく痛む。防寒具なしで長時間歩き回れば、【凍傷】か【風邪】のバットステータスを受けてしまう可能性が高い。

 追っ手を巻くために、長時間歩き通しだった。防寒具を装備し寒さを防ぐ、あるいは取り除くためのホッカイロや熱い柚茶のような消費アイテムをふんだんに使用してきた。だけど全てを防ぎ切ることはできなかった。厚いブーツと手袋に収まっている指先は、半分ほど麻痺していた、膨らんでいるかのように錯覚する。念入りにだけど動きを阻害しないレベルで防寒具を巻きつけていたが、気を抜くとガチガチと体が震えてくる。素肌を晒している顔面は、上下左右に引っ張られているかのようで少し動かすだけでもビリビリと痛みが走る。バットステータスこそ受けてはいないが、これ以上長くとどまっていたらそうなってしまう一歩手前の状態だ=長期戦は不利。

 だけど、こんな苦境の経験がないわけじゃない。情報はあって覚悟もしていた。今の時期だと、ほとんどのフィールドや街中でも冬の寒さに包まれている。大概の場所で雪が降り積もってもいる。寒さ対策にはスキルやステータスとは別の、オレ自身の精神の耐性を付けてきた=慣らしてきた。少しばかりの寒さは気にしない/無視できるようにはなれた。

 だけど今この時、体の芯から震え凍えていた。

 武者震いというわけではない。もしかしたら、これから戦うボスへの恐怖のためか? そう思い、一度深呼吸して目を閉じる……。そして両方の頬をパチンと叩いた。それで気持ちが仕切り直されて、震えは収まってくれるはず。―――だけど今回は、一向に治る気配がない。

 

(……おい? ここまで来てビビるなんてふざけるなよ!)

 

 胸の内で、自分の体に文句を言う。腹が立った。よりにもよってオレの体がオレの邪魔をするとは……。

 ただそれで、胸の中から怒りがちゃんと湧き上がってくるのはわかった。怒りがあれば熱も湧いてくる。幾百ものモンスターたちとの戦闘経験上、今の状態であっても問題なく戦える。目の前の敵に怯えて固まることはない、支障なく動き回ることができるだろう。

 自分が何に凍えているのか、わからない……。わからないままただ体は震えていた。体は冷たく、寒さが取れない。芯にコベリ付いたかのようで、剥がし取ろうとするその手も凍る。凍りついてしまっているため、言葉に表せないでいた。冷静や恐慌とも違っている状態なのに、それらとの区別が付けられない。

 

 訳のわからぬ心理状態を抱えながら、待った……。

 しばらくして、視界の端の時計が零時になった。広場のどこかにあるアナログ時計からカチリと、噛み合う音が鳴り響く。すると―――ソレは現れた。

 漆黒の夜空、正確には上層の底を背景に二筋の光が、もみの木の天辺にまで伸びつながった。その光の道を、奇っ怪な姿のモンスターに引かれたソリが滑り下りてきた。

 そのモンスターは、もみの木まで到達するとソリから飛び降りて、雪煙を盛大にまき散らしながら地面に着した。俺は数歩下がって、その粉塵をやり過ごす。雪煙が晴れると、そのモンスターの異様が明らかになった。

 

 

 

 言い表すのなら、闇落ちしたサンタクロースだ。

 

 

 

 プレイヤーの背丈の3倍はあるであろう巨体を、赤と白の上着で包み、頭には天辺が後ろに垂れた三角帽。左手には肩に背負うように持っている身の丈ほどある頭陀袋で、まさしく子供たちの夢を背負っている彼特有の装備。だが右手には、そんな子供たちを縦に輪切りできるほどの分厚い刃の斧。何がしたいのかさっぱりわからない。よく見るとその顔つきも、首元まで伸びている灰色の巻ヒゲは同じだが、目と口元は覚醒剤でもキメてしまったのだろうか。充血し歪ませ、ヨダレも垂らすままにしていた。

 仲間と共にしこたま酒を飲んで泥酔状態になっていたトロールが、家路の穴ぐらに帰る途中、裸を晒すのはまずいという常識だけを支えに廃屋に脱ぎ捨てられていたそれらの衣装を身につけてしまった。身につけると、ほかにも同じような格好のやつらが現れて「仕事に行くぞ」と急かしてきたのでソリに乗る。不安な気持ちが少しは頭に浮かび上がってきたのだが、元々頭の足りない種族。加えて酒でおかしくもなっているため、空を滑空するソリの素晴らしさと地上の瞬きの美しさにどうでもよくなる。途中で、ソリの動力兼口喧しい相棒のトナカイが「お酒でも飲んでたんですか、シャンとしてくださいよ」と注意してくるのでムッとし、飲んでねぇよと反発した。それを真っ赤な鼻で笑われ呆れられると、やってやろうという気分になってしまった。何をすればいいのかさっぱりわからないはずだがどうにかなるだろうという楽観思考のまま、ついにモミの木まで到着。そこでモンスターたる自分の役割が真っ先に思い浮かんで、まずは脅かしてやろうと派手な登場を決める。そして目の前には俺、モンスターの敵たるプレイヤーが一人。どうやらコイツを倒すのが俺の仕事かと、口元にうすら笑いを浮かべる。……そんな経緯を想像させるサンタ【背教者ニコラス】

 だからといって、容赦などこれっぽっちもない。する余裕もない。そんなフザけた相手を笑えず、怒りすら掻き立てられてしまうほど切羽詰っているのだから。

 

 ニコラスは、クエストに沿った決められたセリフを告げた。モジャモジャのヒゲとくぐもった声で聞き取りづらい。特別仕様のゲームルールや弱点のヒントならば聞かざるを得ないが、ただのイベントでしかなかった。

 だから、

 

「……うるせぇよ」

 

 最後まで聞いてやる筋合いはなく、地面を蹴ろうとした。

 いまにも飛びかかろうとするその瞬間―――、背後からテレポート特有の鈴の音が鳴り響いた。誰かがこのエリアに侵入してきた。

 思わずそちらに、新たな闖入者へと振り向いた。その姿に、驚愕と舌打ちがこぼれた。

 そこいたには、澄んだ空色の髪をたなびかせた、鮮やかな青を基調とした白銀の甲冑に身を包んだプレイヤー。腰元にはひと目で上物とわかる両手剣の柄が伸び、手には半身を隠すほどの盾。そこには、彼が所属しているギルドのエンブレムが意匠されている。中世西洋の若い騎士そのものの威容で、カシャカシャと音を立てながら近づいてきた。

 

 息を飲まされた。近づくのを見るにつれて、猛烈な焦りが生まれた。―――前後からの挟撃。

 とても勝ち目が見込めない。逃げることもできない……

 

 ―――死ぬ……。

 

 ……いや、死ぬことはいまさらどうでもいい。問題なのは、目的のものを手に入れられないことだ。それを誰か他のプレイヤーに、奪われてしまうことだ。

 それだけは絶対、あってはならないことだ。

 

「それ以上近づくな【ディアベル】! コイツはオレの獲物だ!」

 

 射程の中に入る前に威嚇した。背中の剣に手を回して、最終勧告のつもりで/少しでもひるませるために叫んだ。

 だけど、焦りからのものであることが悟られてしまったのか、ディアベルは足を止めることなく近づいてくる。

 

(やるしか……ないな!)

 

 状況はさらに絶望的。しかしヤルと決めたら、先までの焦りはどこかに消えていった。心が暗い静穏に満たされていく。

 状況は極めて不利。ではあるが、彼が障害であることは明白。ならば排除するだけ、ボスともどもに倒せばいいだけ、単純だ……。それがどれだけ困難であっても、オレにそれ以外の道がない。

 すぅーっと頭が透き通っていった。無駄な思考がカットされて、クリーンになっていく。恐怖や怒りすら消えて、ただ無機質な戦闘マシーンに頭の中身が組み変わっていく。意識が奥の奥に退行していくと、暗がりの冷たさに一瞬震えた。ソレを振り抜き闇に溶ける。……それですべての移行作業/自己暗示は完了した。

 オレはただ、刃を振るうだけの機械だ。最短で確実に効率よく、邪魔する障害を切り刻む、それだけの存在……。間合いに一歩でも入ったら、即座に斬りかかる。全身の感覚を内側から外へと集中させると、視界や足音を介さずに空気や地面の感触を肌で直接感じ始めていた。自分が小さくなりながら体は大きくなる、矛盾した感覚。ディアベルの足は、間合いの直前まで迫っていた。

 

 ―――斬る。

 

 そう腕に力を込めた矢先、ディアベルは弾け跳んだ―――

 

 初速からトップスピード、雪面を滑るように跳んで来た。リズムが突然崩れ先手のタイミングを逸する。攻める手が封じられた。

 急に目の前まで迫りくるディアベル、前にかざした盾が壁のような厚みと広さを錯覚させてくる。まるで鋼鉄の壁が迫り来るよう。生半可な防御/回避では餌食になる一撃、紙一重でよけてのカウンターも見込めないタイミング/心理的な先手。磨き上げられた盾が目前まで迫ってくる、相殺するしかない―――

 舌打ちしながら武器を構える=衝突の瞬間、盾の背後にいるはずのディアベルの顔が見えた。その視線が向けられている先/目標は、オレじゃない、オレの背後。

 直感を測りかねながらも、ディアベルの盾の中に目を向けた。するとそこに、薄ぼんやりとだが……見えた。オレの背後で今にも、手に持った斧を振りおろそうとしているニコラスの姿が―――

 何をすべきなのか、理解が降ってきた。

 

 このような直感は時々湧いてくる。積み重ねた経験と生まれ持った才能……と言いたいのだが、偶然と運に多分に由来するものだ。後で思い返してみるとどうしてそんな行動が取れたのかわからない。だけど、その時には全身が確信で貫かれる。疑う余地など微塵もなく答えだと、反射的に体が動く。

 ソレが目に映ったすぐ後、飛び込むように横へとローリングした。転がり、前後の挟撃から脱出する。そして逆に、その二つが衝突した。ニコラスの全身の体重を込めた一撃が、衝撃波として周囲に撒き散らされる―――

 

 地面に肩から倒れ込みながらくるりと回転、すぐに膝立ちになった。だけど直後、吹き荒れた衝撃波によってジリリと地面を擦りながら背後へと押される。

 それに耐え顔を上げるとそこには、巨人の大斧を盾で見事に受け止めているディアベルの姿が見えた。完全に攻撃を防がれたニコラスは、振り下ろした姿そのままで固まっていた。

 

 盾にかかる斧の重さと勢いを凌ぎ切ると、生まれた無重力/浮身状態。軽く横へと振り払うと、釣られて【ニコラス】が大斧ごと横へよろめかされた。体勢を崩される。

 巨体が傾げると、支えるために片足を前にだし踏ん張った。差し出された隙だらけの重心いりの足に、いつの間にか抜き放っていた大剣の横薙ぎを放った。ザシュリッという音と共に、刃が丸太のような足に赤い線を引く。

 体重を支えている足を斬られたためだろう。【ニコラス】は傾ぐ体を支えられず【転倒】した。受身も取れずその場に倒れる。そしてドスーンと、地鳴りが響き渡った……

 呆然と、一連の見事な攻防に目を奪われていると、

 

 

 

「―――俺が壁になってタゲを取る。その間に君が攻め込め!」

 

 

 

 ニコラスが【転倒】している絶好の機会。追撃のチャンスをディアベルは、オレに譲ってきた。

 すぐには、何を言っているのか理解できなかった。だがわかると、歯噛みし葛藤させられた。

 

 もう現状では、一人で戦って勝たなくてはいけないだのとは……言えない。年一のイベントボスと攻略組でもトップクラスのディアベルを相手取って、生き残りながら勝てるとは到底考えられない。無理だ……。オレがそんなことをしでかせば、オレもディアベルもどちらもボスに殺される最悪な結末になってしまう。もし生き残れたとしてもオレは、レッドプレイヤーとして全プレイヤーからお尋ね者扱いされることになるだろう、特に【聖騎士】たちから血眼になって探すはずだ。……どちらにしろ、オレの寿命は短い。

 目的の確認=もう一度サチに会うこと。彼女が最後に言った言葉を聞き届けることだ。

 それが罵倒であっても構わない、憎まれることだって受け入れられる。死人は何も語りかけてこない。それは現実であろうと仮想であろうと同じだ。何も答えてくれない沈黙に夜毎うなされるのはもう……耐えられない。

 このボスが落とすであろう復活アイテムとオレの生存、後者は必須条件ではない。死んでオレの方から会いにいくという選択もあるからだ。

 会えるとは限らないが、今のここよりは近づけることだろう。そのためには、自分を使い切らないといけない。限界を超えて磨り減らして、後には何も残らないようにしなくてはならない。出来ることはがむしゃらに躊躇わずにやりきって、誰からも自分からも文句のない死に様でなくてはならない。年一のイベントボスとタイマンを張らなくてはならなかった。そうしなくては、そこにはたどり着けない……気がする。

 嘘をついてしまった罪滅ぼし……。自己満足でしかないかもしれない。だけどオレには、これ以外の方法がわからない。

 

「―――クソッ!」

 

 舌打ちすると、再度地面を蹴った。

 

 生き残る。生きて彼女にもう一度会う。そして面と向かって謝るんだ。……助けられなくて、ゴメン。嘘をついてしまって、ゴメン。

 死んで終わるなんて逃げ道は、もう、消えてしまった。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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