偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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49階層/迷いの森 モミの木の前で 後

 クラインが進み出ると、切り返した。

 

「寝言は寝て言えよ、リンド隊長殿。図体がでかくなると血の巡りまで悪くなんのかい? ……いいから黙ってそこで突ったって―――」

「55階層」

「……あん?」

「次に犠牲者が出る階だ。防ぐにはもう、ここで出る蘇生アイテムを使うしかない」

 

 ゾロ目の階層=一人のプレイヤーが人身御供に捧げられる階層。それを防ぐための手段はもう、今のオレたちには残されていなかった。

 言われて初めて気づいた、考えもしてなかった……。だが彼らにとってそれは、身に迫る危機なのだろう。

 つい最近、前回の44階層で引き起こされた奇跡が、【聖騎士連合】を今のような団結力へと導く要因となった。それを次の55階層でも期待するのは少々、いやかなり楽観的すぎる。何らかの対策を考えなければならない、どんな障害があってもなにが起ころうとも。それが今回、彼らがここにいる理由。

 彼らの目は、未来に向いている。過去の贖罪を求めているオレとは違って、この残酷な世界の有り様を少しでも良くしようと模索している。……強いわけだ。

 

 己の身を恥じさせる……。ここにオレがいるのは、どんなに言い繕っても私事だ。ゲームクリアには全く関係のない個人的事情だ。他人のことを考えていない手前勝手だ。

 だけど/だからこそ、引き返せない。ここまで来たのなら、あと一歩というところまでたどり付いた今だからこそ、引くわけにはいかない。ここで引くようなら、そもそもこんな場所まで来なかった。

 全プレイヤーに対する貸しなら幾分かある、少しばかりの勝手をやれるだけの責任は果たしてきたはずだ。今回のことは先払いで報酬をもらうだけ。それで文句があるのなら、力で物を言うだけだ。

 不思議なことにオレのその考えは、クラインも同じらしかった。

 

「……だとしても問題はねぇな。俺たちが取っといてやるから、さっさと消えな」

「【マサヒロ】。君らの仲間だったな、40階層のフロアボス戦で死んだ」

 

 その名前にクラインは、後ろの仲間たちも皆、息を飲まされた。リンドの言い分を、無言で肯定してしまった。

 

「信用できない。あなたが方が55階層までにそれを使わない保証が、どこにある? 私的な理由でそんな貴重アイテムを使わない理由が、どこにあるんだ? ……どうせ、彼を生き返らせるために使うんだろうが―――」

「ソレの何が悪ぃんだ! 死んじまったダチにもう一度会いてぇってのが、そんなにいけねぇ事かよ!」

 

 仲間も【騎士団】も皆、クラインの手のひら返しに驚かされた。あまりにも早過ぎる開き直り、だけどそれまでのことを忘れてしまったかのように全く悪びれた様子もない。正論を通そうとしているリンドは思わず、黙らされてしまった。

 オレも驚かされるも、すぐに別の感情が湧き上がってきた。冷え切った暗い感情。

 

 ―――コイツも、敵だ……。

 

 蟻塚でのレベル上げの最中クラインがオレに告げたことは、半分嘘の半分本当のことだったらしい。これ以上仲間を失わないために、これまでの精算ではなくこれからの保険に……。とんでもない嘘つきだ。

 クラインの目もまた、過去に向いていた、オレと同じように。目的は同じ/死者からの許しだ。でも、それができるのはたった一人だけ。誰であっても/クラインであっても、それを譲るつもりは毛頭ない。

 

「……頭。言ってることが矛盾してるぞ」

「んなこったァ、いちいち言われなくてもわぁってるよッ! でも仕方ねぇじゃねぇか。こればっかりは理屈じゃねぇんだよ。……そうだろう?」

 

 むちゃくちゃな問い返しだが、答えられるものはいなかった。押し黙らされた。

 ただそれでも、どちらも引くつもりはなかった。クラインとリンド、互いに無言のままだが視線だけは外していない。一触即発、ソレが端的に現れていた。

 

 ―――話し合いは終わり、これからは剣の出番か……。

 

 凪いで冷えた場の空気に、オレは今一度愛剣に意識を集中し始めた。いつでも何が起きてもいいように、この先にいるボスと対面するために刃で道を切り開く。

 そんな黒い決意を腹に収めていると、沈黙を押しのける声が放たれた。

 

 

 

「―――ここにいる誰もがもう、少なくない戦友を失っている」

 

 

 

 ディアベルのよく通る声が、響き渡った。その声に皆の視線が、彼に集まる。

 数十の、それも一癖も二癖もあるであろう高レベルプレイヤーたちの前に立ってなお堂々と、それでいて自然でもあるかのような落ち着きよう。【トールバーナー】の攻略会議で始めて見た時の弱さは、欠片も見えない。この2年間前線で指揮を執り続けてきた彼は、その立場がひどく板についていたようだ。

 注目の中、皆を見渡すと続けた。

 

「俺たちだけじゃない、このアインクラッドにいる全てのプレイヤーがだ。今もどこかで、誰かが死んでる。殺されているんだ。全てはこの……、イカレポンチが作ったクソッタレのゲームをクリアするためにだ」

 

 静かな、それほど音量があったわけではないのに、咆哮のように響きわたった。この場の空気を揺さぶる/腹の奥底を揺さぶられた。

 システムが定めたスキルやステータスによるものだけじゃない。もっと別で身近な、この仮想世界独自のものではない現実世界にも属しているもの。震えているのは空気だけじゃない。たぶんこの場にいる皆の奮えが、引き出されたためだ。それらが共鳴し合って、彼の言葉を耳が捉える以上の大きさに変えていた。

 

 ―――このデス・ゲームをクリアする……

 

 この場にいる誰もが胸に秘めている目標/プレイヤー全ての願い、無理やり押し付けられたこの難題を解ききって、現実世界への帰還を果たす。

 現実はもっと卑小ではあるだろう。今の自分のステータスを保持したい/仲間に遅れをとりたくない/今まで見下してきた連中に見返されたくないだの、衆から外れる危機感情が大きな要因としてあるだろう。オレもそうだ。だけどやはり、胸を張って言える願いはそれだ。……そうだと思っていた。

 サチたちと会う前までは。

 

 ―――ここでは死にたくない、今は死にたくない……。

 

 誰もが腹の底で抱いているであろう欲求でありながら、それを口にすることができないでいる現状。ゲームクリアという理想のために、留まることを許されない。

 別にシステムや茅場もそれを強制しているわけではない。プレイヤー自身が急き立てているだけ。上に登ることが正義であり、ソレを邪魔するもの/留まることは悪だと。最前線を切り開くために命をかけることが尊いことで、それ以外/己の身を守るだけのことは唾棄すべきことだと。……そんな空気が熟成されていた。

 「死にたくない」という本心を口にするのは、階が上がるたびに難しくなっていった。前線ではもう、冗談以外では誰もそれを口にすることができない。無神経なまでのガッツが/無関心なまでにタフであることが求められている。

 それが息苦しく/一人では到底耐え切れなくなって、下へと逃げた……。あのままだったらいずれ、ボスかモンスターに殺されるか、徐々に失速し続けて皆を失望させていたことだと思う。足を引っ張るところまで落ちていたのかもしれない。そうならないために、降りた。

 その結果が、コレだ。本来起こるはずのない禍を彼女たちの身にもたらしてしまった……。

 

 オレをその禍から逃れさせたのは、「死にたくない」という一念だけだった。ソレを元にして貯めてきたレベルと技術を全て駆使することで、己の身に降りかかってくるものは振り払ってきた。なんとか切り抜けることができた。だから最後に残ったのも、その一念だけだった。決して理想や正義のためではなかった。……オレはそれに殉じられないと、わかった。

 目の前の男とは、違う。

 

「55階層の犠牲者は、俺たちが倒すべきこのゲーム自身の手で殺される。それを防ぐ手段が一つでもあるのなら、残しておかなくてはならない」

 

 ディアベルは、そう言って締めくくった。私事の一切を切り捨て、公に徹すると。

 その言葉には誰も、クラインも否定せず黙したままだ。完全に納得したとは言えないだろうが、反論はできなかった。ディアベルが作り出した、否定するのを許さない空気のために。

 あとはただ、振り上げた拳をどう自分の中で処理するかの問題になっていた。敵対したプレイヤーたちの前で、自分が率いている仲間たちの前でこれ以上、弱さは見せられない。クラインはもう、身動きがとれなくなっていた。―――だけどオレは違う。

 オレは一人だ。今までも/多分これからもずっと、一人でい続けなくてはならない。いくら投げ捨てたと言っても付いて回る=他に誰も担えない。自分で背負った『ビーター』の役割を果たしきらなくてはならない……。

 ゴクリと、息を飲まされた。背筋が凍る。

 既視感があった。かつてコレと同じ感覚に苛まれた=決断を迫られている。選んだのならもう、元には戻れない/進むしかない。しかし、恐れていながらもう、決めていた。―――もう一度、選びなおした。

 

「―――そんなもの、クソ食らえだ」

 

 ボソリと吐露した言葉に、皆の視線が集まってきた。クラインやキバオウ、リンドともに目を丸くしてオレを見た。その顔には一様に、驚きが張り付いていた。「そんなもの」が出てくるとは思わなかったのだろう。彼らは、続く言葉を完全に読み違えていた。

 息を一つつき、伏せていた顔を上げた。するとそこに、ディアベルの厳しくも悲しげな顔が見えた。

 胸に痛みが走る……。オレの中で初めて、躊躇いが生まれた。これから行う裏切りのために激しい葛藤が生まれた。今ならまだ、取り返しがつくかもしれない……。

 でも、頭の中に焼きついてしまった映像が一瞬、目の前に現れた。……オレはまだ、サチが最後に言った言葉を聞いていない。

 目を見開くと、迷いを吹き飛ばした。

 

「オレには関係ないね。誰が死のうが殺されようがどうでもいい、55階層で何が起ころうが知ったことか! オレはオレのことが一番重要だ」

 

 吐き捨てるように言った、言ってやった。……意外にも出し切ると、痛快だった。

 唖然とする周囲を見渡すと、続けた。

 

「オレには、いやお前たちもだろう、この世界で生き続けられる力がある。誰かを殺す力がある。でも、他人を蘇らせる力はない。ここでは超レアな力だ。だからソレが欲しい。……それだけのことだろ?」

 

 大義名分など後付けに過ぎない、奇跡の使用権限が欲しいだけ。それさえあれば、更に富と力を得られる……。皆の心のドブ底を掬って、叩きつけた。

 だから、睨まれた。【聖騎士】たちから不愉快が突き刺さってくる、クラインたちからも戸惑いの視線が向けられてくる。

 ソレをどこ吹く風と、口元を歪めながら畳み掛けた。

 

「アレはオレが貰う、オレのモノだ、オレだけが使う。……使わせて欲しいのなら、相応の代価を用意しておけ」

 

 あるわけないだろうがな……。酷薄そうな笑みを向けると、刃を抜いた。そしてすぐさま踵を返すと、駆けた。

 捻れたモミの木の根元、【背教者ニコラス】が待っている場所へ―――

 前方の空間が歪み、異空間へ飛ばされる。

 

「おい待てキリトォッ!? 一人で行くんじゃねぇーッ!」

「しもうた!? リンド、行かせるなやッ!」

「わかってるッ! 射撃部隊、構えぇッ―――」

 

 背後で皆が、撃鉄を打たれた弾丸のように破裂した。

 視界の端に赤く、敵対者からターゲットされているときに現れる警告が瞬いていた。オレの【索敵】スキルの自動レーダーが、差し迫る遠距離攻撃の危険をがなりたている。

 でも、構うことはない。……何もかも手遅れだ。

 もう、ボスへと向かうテレポートゾーンに入っていた。

 

 

 

「放てぇぇーーーッ!!」

 

 

 

 リンドのその号令を最後にオレは、この場から転移した。

 

 

 

 




 長々ご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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