偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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49階層/迷いの森 モミの木の前で 前

 

 35階層【迷いの森】―――

 雪積もるその古き森は、幾つもの区画に分かれその結節点は常にランダムで書き換えられている。そのため地図なしでは、到底攻略することはできない。目的の場所にたどり着く頃には、予定された時刻はとっくに過ぎ去っていることだろう。

 その深部にある、ねじれたモミの木。葉や花も生えていない枯れた巨樹だが、パラパラとまばらにおちてくる雪によって、その枝と幹が白く化粧されていた。そこに、今回のイベントボス【背徳者ニコラス】が出現する。……そいつはオレが欲しているモノを、持ち合わせているはずだ。

 

(もうすぐだ。もうすぐ君に……、会える)

 

 たどり着いたこの場所で、ようやくそれを胸の中で吐露した。

 そう。どっちにしてもここまで来れば、あと数時間もかからずに彼女にもう一度会うことができる。オレが行く/彼女に来てもらうか、あまり違いはない。どちらにしても、あの時聞けなかった言葉を聞くことができるはずだ。命消えゆく最中、「守りぬく」と安請け合いしてしまったオレに残した言葉……。きっと恨み言であるはずだ。

 

 再会の謝罪を考えながら、巨樹の前でその時を待っていた。

 すると背後から、テレポート時に鳴る少し低い鈴の音が響き渡ってきた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 足首にまで届くほどの雪、そこをザシュサシュと音を立てながら踏みしめられていった。

 足音から判別すると複数人だ。しかも皆、雪道用のブーツに換装/通常のブーツを【改造】をしているのか、伝わってくるその音にはブレがない。靴底はちゃんと地面を噛み締めかつ雪に足を囚われることもない、安定を保って歩行していた。

 いくつも鳴り響いていた足音は、オレの後ろ数メートルのあたりでぴたりと止んだ。

 背を向けながらもちらりとそれらを一瞥する。そこには、予想していた闖入者たちの姿があった。

 

 

 

「尾けてたのか、クライン」

「……まぁな、こっちには追跡の達人がいるんでな」

 

 悪びれずもためらうこともなく、趣味の悪いバンダナを巻いた侍姿のプレイヤー、クラインが言った。……かつてオレが見捨ててしまった、親友になれたかもしれなかった男。

 その周囲には、色とりどりの武装を身にまっとった、しかし一様に戦国時代の武者さながらの姿を想像させる出で立ちのプレイヤーが屯していた。

 

 ギルド【風林火山】―――

 クラインがリーダーを務める20人足らずの小規模ギルド。ギルドの【旗章】もかの戦国武将が使ったモノをアレンジしたものだ。『攻略組』の一角を担う前線プレイヤーたち。

 リアルの仲間同士が中核となっているが、途中参加したプレイヤーもいる。加入条件は互いに気に入ったかどうか。レベル差等の審査基準は原則として設けてはいないらしく、かなり実力差があるプレイヤーも『支援要員』として使っている。カラーリング等でほかのギルドと差別化を図っているわけではないらしいが、名前や装備が和風か中華風コーディネートに統一されている、特にクラインを含む『戦闘要員』たちは。

 攻略組の一角を張るだけあって、装備や立ち振る舞いに隙がない。使いこなしてもいれば統率も取れている。わかりやすい指示がされているわけではないのに、どんな場所から攻撃を受けても対応できる布陣だ。それが実に自然体で、常にそうしてきたと言っているかのような雰囲気。趣味と見た目は別として、プレイヤーとしてのステータス・スキル全てが高水準にあることは間違いない。中央に立っているクラインも、一ギルドのリーダーとしての風格を身にまとっていた。

 ただ、リーダーの無精ひげを生やした野武士ヅラ、激戦と苦労が刻まれ【はじまりの街】で会った時の陽気さは影に潜んでいる。ソレと大差ない腹の座った顔つきの仲間たちも含めると、野盗のような社会のはみ出しもの集団みたいにも見えてしまう。2年間も一緒に戦っているとそうなるのか/初めからそうだったのかわからない。だが彼らのリーダーの風貌は、他プレイヤー達からどういうギルドに見られるのかをわかりやすく表していた。……彼らの名誉のために言うが、犯罪集団でもそれを積極的に犯そうとする思想の持ち主ではない/その逆だ。

 

 黙ったまま、クラインの周囲にいる仲間を見わたした。その中の誰が、オレに気づかせずに追跡したのかを確かめるために。

 他の誰かに追跡されないように注意を払ってきた。このモミの木の前=【ニコラス】が現れるはずのここに一人でくるために、誰にも邪魔されたくなかったから。

 ホームに帰らず拠点を転々とさせて、ギリギリ間に合う時間でそこから出発した。ここ【迷いの森】に到着したあとも、どうしても残ってしまう【足跡】を散らすために、あえて遠回り/【足跡】を正確に踏み直しながら逆走/【足跡】がつかない木の上を忍者のように飛び移りながらして目的地をかく乱してきた。細心の注意を払いながら、ここまでたどり着いた。

 だがそこまでしても、分かる者にはわかってしまうものだ。このSAOでは、【隠蔽】スキルが【索敵】スキルよりも劣った効果しかないように、どう認知させない/錯覚させ続ける詐術が追われる者に必要とされるように、逃げ隠れは二の次だからだ。そもそもプレイヤーは『魔王』を仕留めるためのハンター、逃げる敵を捉え戦い勝つスキルと能力が求められている。

 加えてオレ自身、足跡の攪乱は苦手だ。それの効果を試すことなどわずかだった。クエストでそのようなことを要求されたのでやり方は覚えていたが、相手はパターン化された単純なAIだ、【足跡】や体臭などをしつこく追ってくる猟犬を相手どったことはない。教本通りのスニーキングしかできない。

 あの程度だと、これが限界なのかもしれないな……。舌打ちの代わりにため息をついた。追跡者を暴き出すのは諦めた、ここまできてしまったら手遅れだ。

 黙ったまま睨みつけていると、クラインが口火を切った。

 

「キリの字、ソロ攻略とか無謀なことは諦めろよ。俺らと合同パーティーを組め。蘇生アイテムはドロップさせた奴のもので恨みっこなし、それで文句ねぇだろ?」

 

 上等すぎる提案。たぶんギリギリの妥協/さらに下の懇願とでも言うような言葉だ。あまりにも下手に出すぎている……。

 すぐに分からされた。クライン達はオレの『事情』を知っている、泣きついたわけでも誰かにぼやいたわけでもなかったのにどうやって……。彼らに教えた犯人にも、すぐに目星がついた。ここにクラインたちを導いて何をさせたかったのかとも……邪推してしまう。

 お節介だと呆れ/余計なお世話だと怒りも湧いてこなかった、ほんの少し胸が痛んだだけ。それでも、オレの心は変わらない。クラインの妥協は、オレの求めているものではないから。

 拳を固く握り締めながら、塞き止めていたモノをそのまま、吐き出した。

 

「……それじゃあ、意味がないんだよ。オレ一人でやらなくちゃ……ダメだ」

「一人でやれば死ぬぞ。おめぇであっても、な」

 

 オレのわがままに、クラインはさらに眉を引き結んだ。全くの正論が虚しく消える。

 いつものオレなら、自分の子供っぽさに恥じ入って、舌打ちするも抑えきって謝っていたことだろう。冷静にならなければ死ぬ戦場では、否が応でも大人な態度になる。だが今は、ひどく煩わしい、相手の『正しさ』が鼻に付いて仕方がない。クラインの常識的な態度は、オレとは決して分かり合えないという証にしかみえない。邪魔なだけだ。

 どず黒い感情がこみ上げてくる。周囲の風景同様に、全身を冷徹なモノに変えていくのを感じた。すると手が、自然と背負っている愛剣の柄を伸びて、掴んだ。

 一気に緊迫が、軋みを上げるほど膨れ上がった。

 

「―――バカな真似はよせキリト! そいつを抜いちまったら、取り返しがつかないことになっちまうぞ?」

「どっちがだ?」

 

 嘲るように挑発した。オレと同じく、腰に帯びた刀を掴みながら答えたクラインに/彼の仲間たちに向かって。

 奴らは敵だった。同じ獲物を刈り取ろうと狙い定めて、ここに来た。

 

(―――斬るか)

 

 自問ではなかった。物騒な決断が平然と、頭の中に浮かんだ。

 単独では簡単だが数で圧倒されるとか、勝つとか負けるとか、生きるとか死ぬとかどうでもいい。オレの目の前から、邪魔なアイツ等を今すぐ排除したい。

 あまりにも研ぎ澄まされすぎた頭が、オレの中から常識や倫理といったものを根こそぎ排除していた。

 だが、剣を抜き出す寸前―――今一度鈴の音が鳴り響いた。

 

 クラインたちの背後の空間、さきほど彼らが通ったそこが奇妙に撓んだ。静かな水面に小石を落としてできた波紋が、幾つも広がっていく。一つ一つは綺麗な真円形を描いていた波紋だが、互いにぶつかり合うことで歪む。フラクタルな荒立たしさになっていた。

 その震源、降り積もる白の雪に覆われた地面と接してい場所から、一つ二つと人影が現れてきた。みるみる内にその数は増えてゆく。10ではきかず、その倍は優に超えた数のプレイヤーが、出現してきた。

 一人一人、身にまとっている鎧や手に持った武器は違っている。だが、青に近しいカラーリングで統一されている集団。クラインたちとは違って日本や東洋系の武装というよりは、西洋の騎士か傭兵のような出で立ちのプレイヤーたち。ただその誰もが、銀糸で縫われた奇妙なエンブレムが入った腕章を、右腕につけている。

 それらの意味していることは、たった一つだ―――

 緊迫な静寂が、一気に慌ただしくなった。

 

「お前らも尾けられたな」

「……ああ、そうみてぇだな」

 

 舌打ちするクラインに先までの気勢が削がれ、柄を握った手をほんの少しだけ緩めた。だが、さらに混迷してきた状況に対応するため、警戒は怠らない。

 【風林火山】の面々の顔にも、警戒の色を濃くしていた。彼らにとっても闖入者たちは、予期せぬことだったのだろう。動揺で隊列に隙が見えてくる。しかし、流石と言っていいが、致命的と言えるほどのものではない。……オレがこの場から抜け出る隙は、見せてくれない。

 

「頭、まずいぞ! 【聖騎士連合】(ラウンドナイツ)だ。しかもあの腕章は……本隊ときてやがる。奴らが来てるってことは―――」

「んなこった、見りゃァわかるわい!」

 

 仲間の注言ににクラインは、いらだちを隠すことなく答えた。

 

「こいつらがいるってことは、『ナイト』様のご降臨ってわけだろうがよ!」

 

 闖入者たちを威嚇するように吠えると、空間の歪は最後の波紋を震わせた。続々と出現する騎士たちの中でもひときわ異彩を放つ3人が、現れた。

 

 一人は、かの幕末で活躍した壬生の狼とでも言うような出で立ちの武者姿、水色と白の羽織に紺色の袴、その下に胴巻きと足甲・手甲を覗かせている動きやすい軽装。その腰には、クライン同様の刀が一本差してある。無骨で飾り気のない柄と鞘だが、そこに秘められている刃の攻撃力は、俺の愛剣にも匹敵するほどの業物だろう。小さな二つの角が生えているヘッドギアを額に巻き、その上には毬栗のようなツンツン頭が乗っている。そして、喧嘩上等とでも叫んでいるような腹の座った面構えと眼光で、敵のみならず仲間をも萎縮させている。―――【聖騎士連合】副長の一人、キバオウだ。

 もう一人は、頭から足先まで全身をトゲだらけの深いブルーの鎧で覆っている騎士。全身これ武器とでも言う装い、色合いからも「聖騎士」というよりは「暗黒騎士」といってもいいような凶悪さだ。動くたびに関節部から、カチャカチャ・ギシギシと軋ませている。その背には短槍が、鉛筆削りで限界まで尖らせ銛のようにささくれ立たせた刃のソレが、計4本覗いている。槍というよりも巨人用の矢だ。加えて両手にも、同じものが握られている。これ以上ないというほどの重武装だが、今はその兜と面貌が外され頭を外気にさらしている。その顔は、争いなど見たこともない若き神父とでもいうような優男。―――もう一人の副長、リンドだ。

 そして最後は、青と白で彩られた優美な全身鎧を着こなした騎士。その明るめの色合いからも鎧に着られているようにも見えてしまうが、兜なしの鎧から覗くその風貌は、本当に同じ時代の日本で生まれた人間なのかと疑うほどの、中世の若き騎士だった。血筋と家柄も、王家かそれに近しい高級貴族だと言われれば納得してしまうであろう爽やかな美形。腰に履いている両手剣と背中にしょっている盾が先祖伝来の武器だと言われたら、素直に頷いてしまうことだろう。なんで仮想世界にダイブしようとしたのかわからない、くるべき場所を間違えた美男子。―――【聖騎士連合】を束ねる団長、ディアベルだ。

 【聖騎士連合】副団長二人と団長。このSAOにログインしている、今は数千のプレイヤーの中でもトップ10には間違いなくはいるであろうプレイヤーたち。加えて言えば団長は、今の段階では『最強』という形容詞がついてしまうほどだ。かの44階層で手に入れたスキル【降魔剣】を、唯一扱えるプレイヤーだから。

 

 彼らの到着と同時に、先触れとして現れた騎士たちが一堂整列した。

 軍隊並みの統率に、驚かされた。ここは仮想世界で雪降り積もる森深くだが、ひどく現実感に乏しいものに見えてしまう。

 彼らは皆オレと同じように、協調性に欠けるネットゲーマーであるはずだ。しかも、前線で活躍するコアなゲーマーでもあるはずなのにこの規律正しさ。1階層の【はじまりの街】を根城にしている【アインクラッド解放戦線】(通称【軍】)のように、上下関係を矯正/強制させているわけではないだろうに、皆が彼らを中心にしたがっている。そこに躊躇いや恥じらいも見えない。

 そんな、皆が皆目の前の非現実的な風景に気圧されている中、クラインが前に歩み出た。

 

「おうおうおうおうッ! ご大層な人数集めやがって。こんな寂れた場所で宴会でも開こうってのか!」 

 

 彼らに負けじと吠えた。

 その姿は、残念ながら、三十路になっても反抗期を忘れられない大きな子供のように見えてしまった。見た目同様に盗賊の親分の啖呵だ。今にも焦燥感と罪悪感で押しつぶされそうだったが、その姿に唖然とさせられてしまった。……ほんの少しだけ、人心地つけた。

 だからではあるが、彼のその勇ましさには素直に賞賛を送った。……ただし、胸の内だけ。

 クラインに応じるように【聖騎士】側からも一人、キバオウが歩みでてきた。

 

「そいだったらこの3倍は集めとったわ! うちは、お前らみたいなはしっこいギルドと違って、やるんやったら盛大に圧倒的にやるんやで!」

 

 大声で啖呵返しした。

 距離10数メートル離れた雪降り積もる深い森の中、その間には数十人の完全武装のギャラリーがいる中互いに声を張り上げる。その姿は少々、いやかなり前近代的な/むしろ戦国中世的な光景だったが、そもそもココは現代とは程遠い未開発で未開拓な危険な森の中。むしろ様になっていた。

 罵り合いが幸をなしたのか、互いに歩み寄り距離を詰めた。二人に釣られて、互いのギルドメンバーもまた近づいていく。

 そして、互いの顔がはっきりと見て取れる距離まで歩み寄った。ただし、突進技のソードスキルでもギリギリ詰めきれない間合いで、止まった。

 

「こん前はうちのもんが世話になったそうやな、クライン。いい勉強させてもろうたわ」

「おうよ! あのクエストはありがとよ、キバオウ」

 

 キバオウの噛み付きをクラインは、柳のように躱しながら笑って答えた。

 

「お前が送ってきた手下があんまりにも間抜けすぎて、おりゃァお前からのプレゼントかと思っちまったよ。……あんな三下どもで俺たちを止めようなんて、舐められたもんだぜ」

 

 鼻息を鳴らしながら、得意げに言い切った。

 その皮肉は、キバオウよりもその後ろに控えている武者姿のプレイヤーたちが、重く受け止めていた。……たぶん彼らこそが、クラインの言った「三下」たちなのだろう。

 歯噛みし何かを言い返してやろうと牙を立てようとするが、できなかった。キバオウが彼らを制した。そして、いきり立ちながら睨みつける彼らを背に、口元を歪めながら切り返してきた。

 

「全くやな。計算違いやった……。あん程度のクエスト一つ取って喜んでるような奴とは、思はへんやったわぁ」

 

 ピキリと青筋を立てるクラインをよそに、背後の部下たちが隊長の嘲笑をニヤニヤとはやし立てた。

 

「欲しかったのならまたくれてやるわい。ウチみたいな大所帯だと、あんなもん取られても痛くも痒くもないんでな」

 

 そこには、浮かんでいるはずの強がり・ハッタリ等の嘘は見い出せなかった。腕を組みながら気持ちふんぞり返るようにして、クラインを見下すようにしていた。

 

「……減らず口を―――」

「まぁ仕方ないんじゃないんですか、キバさん! コイツら別のところで金かけてますんで、いっつも金欠なんですよ!」

 

 そんなキバオウの余裕を打ち砕こうと再度爪を立てるも、横手から割り込まれてしまった。キバオウの後ろに控えてて、クラインが「三下」呼ばわりしたプレイヤーたちの一人だ。前に進み出て、クラインにわざと聞こえるように言った。その顔に浮かんでいるのは、酷薄な笑み。……ただし「三下」臭いものだ。

 部下の援護に少し眉を顰ませるも、すぐに何か思い至ったのか、口元に邪な喜色を浮かべながら続けた。

 

「……ああ! そうやったそうやったな

 モテへん奴は辛いのぉ、クライン。一体幾らあのアバズレにつぎ込んだんや?」

 

 ピキッと亀裂が走った。

 どこかにヒビが入ったのではなく、クラインの頭の中にある毛細血管かそれに類する何かだ。だからそれは、本来聞こえるはずのない聞こえてはおかしいはずの音だったが、確かに聞こえた。オレだけでなくたぶんこの場にいた皆の耳に、それは届いたはず。

 ソレとわかるほど全身をブルブルと震わせた。ここが雪が降り積もっている深い森の中だからではないことは明白だ。外の寒さというよりも、中の熱が彼の沸点を超えてしまったことによるもの……有り体に言えば怒りだ。

 

「言うに事欠いて、このガキが。俺らのことならともかく、あの人のことをアバズレよばわりたァ……許さねぇ―――」

「頭抑えて、抑えて!」

 

 キバオウを殴りかかろうと拳を振り上げると、仲間の一人=ユキムラと呼ばれたプレイヤーが止めにかかった。他の仲間も続いてリーダーの暴走を留めようとする。

 怒りで沸騰していたクラインは振りほどこうともがく。

 

「止めんじゃねぇよ【ユキムラ】! オメェはどっちの味方だッ!」

「ガキじゃねぇほうだッ! ……頼むから頭冷やしてくれ」

 

 ドウドウと、急いで宥めようとするユキムラと呼ばれたプレイヤー。止めながらも何とか、オレへの警戒もつないでいた、この機に乗じて挟撃されないように。

 既にその頃には、クラインたちと敵対するほどの気勢は削がれていた。柄に伸びていた手も下ろして、この場から抜け出す隙を伺っていた。捻れたモミの木の根元、そこにいるはずのイベントボスに挑む絶好の機会だ。

 【聖騎士連合】がきて三つ巴になったのは、好都合だった。どちらもそれなりに面子を保たなくてはならない有力ギルド、ソロであるオレの身軽さが有利に働く。クラインの冷静さが吹っ飛んでくれたのはチャンスだった。この場にオレが残らなくてはならない理由はどこにもない。……それを読まれた。

 視線で釘を刺され、後ずさる足が止められた。縫い止められる。怯懦ともいえるその体の反射に、思わず舌打ちを零した。

 猪か荒馬のように頭から湯気を出していたクライン。仲間たちの必死の静止で、なんとか正気にまで戻っていた。荒げていた怒気を無理やり押さえ付けながら、平静に言葉で返した。

 

「…………わりぃがお前らは3番手だ、そこで俺らのケツでも眺めてな」

「ケツ? おかしいなぁ、蒙古斑ついてるなまっ白いもんはどこにも見えへんがなぁ―――」

「キバ。もういいだろう?」

 

 再度加熱させようと煽るキバオウを、前に進み出たディアベルが止めた。

 

「それ以上は彼らに失礼だ。控えろ」

 

 短く、一瞥も向けずに命じると、キバオウはなんの気兼ねもなしに鉾を収めた。そして、粛々と後ろに下がる。それまでクラインと言い争っていたのが嘘のように静まった。

 下がったキバオウは何事もなかったかのように、袖に腕を通して胸の前に組んだ。自分の仕事は終わったと言わんばかりに、尊大な無表情を浮かべるのみ。

 

 まるで、猟犬とその飼い主だな……。

 オレはここ最近、25階層での事件の後から、キバオウのみならず他のプレイヤーとも積極的に関わろうとはしなかった。ただ、フロアボス戦では流石に顔を合わせた。キバオウと同じく近距離攻撃・速度特化型であるが故に、時にはそのパーティーに加わることもあった。だがそれ以外では、プライベートの付き合いはない。ほぼ誰とも関わりを持たなかった。―――オレが、卑怯な『ビーター』だったから。

 それは理由の一つではあるが、一人が気軽だからというのももちろんある。【連技(パーティースキル)】が使えず戦力低下は否めないが、元来人付き合いは煩わしく苦手な性格であるため、いちいちそこに不慣れな労力を費やすことがない分が補填されていた。今までそれで問題はなかった。……今までは。

 かつて1階層で見た彼と今は、全く違っていた。まるでスイッチが切り替わったかのように、元からあったカリスマが研ぎ澄まされていた。……何が起きたのか/そうさせたのか、興味を沸かされる。

 

 ディアベルによって場が収められると、同じくとなりに控えていたリンドが進み出てきた。そして、代弁するように宣言した。

 

「単刀直入に言う。そこを通してくれ【風林火山】、それに【黒の剣士】も。君たちに蘇生アイテムは渡せない。俺たちが預かる」

 

 飾りも衒いもない、誠に勝手で横暴な要求。

 余りにも直な言い方に、瞬唖然としてしまった。わかっていたはずなのに、改めて言われると戸惑いを隠せない。

 だがすぐに、腹を引き締めた。それが宣戦布告であるということは、はっきりと伝わったから。彼らもそのためにここまで、やって来た。

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 私の中ではクラインとキバオウ、性格同じの喧嘩友達です。

 感想・批評・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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