偽者のキセキ   作:ツルギ剣

26 / 111
2階層
ウルバス 開門


 

 

 第二層主街区【ウルバス】―――

 直径300メートルほどのテーブルマウンテンを外周部だけ残して掘り抜いて作られた街。第一層の【はじまりの街】とは違って、どこにでもあるようなRPGの街とは趣が異なっている。ある一つのテーマを背負っている街並み。

 『モーモーエリア』……と呼ばれている第二階層、牛の姿かたちをしたモンスターが跋扈しているだからなのだろう。どこかアメリカの西部劇を思わせるような街並み/カウボーイのような格好のNPCがそこかしこで歩いてもいる/木造の物見櫓やらキリキリと軋み音を鳴り響かせている巨大風車やらがニョキりと存在を際立たせている。コンクリートやレンガ積みではなく素材をほぼ加工せずに使っている木造の街並み。その有様はまだ『都市』とは言えないが、補うだけの人々の賑わいで活気に満ちている。自由と野心が入り混じった生き生きとした雑然さだ。

 そんな街の光景を、今だけは独り占め。まだ誰も第二層にはやってきていない=【転移門】が解放されるのを今か今かと待ち望んでいる。プレイヤーの参入で乱されていないこの街そのものの味わいを、堪能することができた。

 

 約3時間=【転移門】を開通させるか否かを議論し結論に達した時間。

 第10層まで(それ以上はβでは経験していないので不明)は、誰か一人でも順路とされている【階層門】から主街区に行き【転移門】を起動させれば、その他全てのプレイヤーがその階層へと転移できるようになる。下の階層の【転移門】と上の階層の【転移門】が繋がる=簡単に行き来できる。それはプレイヤーにとって恩恵ではあるが、できた道を後で塞ぐことができない(すくなくともβの10階層までは)。一度道を通せば自動的に第一層へ影響が波及する。各プレイヤーが持っているであろう【生命の首飾り】に対して悪影響が及ぶかもしれない。

 『復活機能』……保険を損失するのは痛い。

 1ヶ月あまりも第一層でくすぶってきた。クエストやイベントはやり尽くした/どんな危険なモノであっても手馴れてこなせるようになった。だけど、挽回させてくれるかそうでないかの違いはデカイ、精神的に/ちょっとした油断が命取りになりかねないために。アルゴへの伝言でそれを皆に伝えた/相談&対策を練ってアクティベートに備える=オレにはできなかったこと。

 返答が帰ってくるまで黙って待っている必要もないので、クエストをヤリ放題。場所と対策さえわかっていれば簡単にこなせる討伐系&お使い系クエスト、一人ではちょっとばかし危険だが今のレベルと装備なら問題ないお掃除系クエストやら。暇つぶし&実益も兼ねてこなしまくった。『ビーター』なのだから、他プレイヤーと差をつけなければならない。おそらくこれかソロで活動しなければならないのだから、少しでも強化しなければやっていけない。

 そして、ちょうどいいことにお使いクエストの完了間際/採れたての濃厚な牛のミルクを、人気カレー屋の働き過ぎなオヤジに届けるため街に戻ってきた最中。アルゴから連絡が来た。―――【開通OK】

 

【―――わかった。それじゃ今から開通する】

 

 ミルクを得たためか、いっそう威勢が良くなったオヤジの客寄せを傍らに、返信ボタンをクリック―――。送信した。

 「お前さんも食べていけよ、一杯だけならおごりだ!」との嬉しい提案をやんわりと断った。勿体無いが腹はすいていない、何よりここで皆を待たせるだけの度胸の持ち合わせはない。街に中心部にある【転移門】まで駆けていった。

 

 【転移門】。

 数段の階段が同心円状に囲っている噴水/人が寝そべって縦に5人は入れるぐらいだけど今は枯れている。何もない巨大な窪み、その底面には階層門にあったような魔法陣が刻まれている。線が淡く輝いている/中から漏れ出てているかのよう=解放の瞬間を今か今かと待ち望んでいる。プレイヤーが触れれば、たちまち門が開く。開通の有様は、噴出すると言った方がいいだろう。

 ゲートというよりも楕円形のタワー。俺がそこに手を触れれば、枯れた窪みから半透明な光の円柱が空へと伸び上がっていく。巨大な円ではなく円柱なのは、大人数が一斉に出入りしても対応できるように/全方位に出入り口を設けることで渋滞をなくすため。新しい階層の【転移門】が開かれた時は、新しい異世界を楽しむためか何百というプレイヤーがなだれ込んでくる/βテストですらそうだった。今回の場合は何千かもしれない。

 開通させるまえに用意/最終確認=逃げ道の確保。やってきたプレイヤーを観察しながらも見つからないであろう場所をあらかじめ見つけておいた、すぐに隠れられるようように/皆からの罵倒を避けるため。

 支障なし。腹を決めると、床に手を触れた。開通(アクティベート)―――

 

 底から光が、噴き上がった―――。光の薄膜が外周に出来上がる。

 光の紗幕の上、遅れて螺旋を描くように別の光が走り登った。それが幾重にも走り抜け上昇し何十もの光の筋を塗り上げていくと、頂上で合流した。半透明な薄膜は厚手のカーテンへと変貌/滑からな円柱状に固まった。全てはほんの数秒の間―――【転移門】が完成した。

 すぐさま逃走、隠れ家へ一目散―――。

 振り向かず逃げ込んだのは、教会の3階、全貌を見渡せながら見られない絶好のポジション。クエストにはほぼ関わりないためか/神聖な場所故か、おいそれと入ってこず細かく探索もせず長居もしない。ほとぼりが冷めるまで息を潜められる。

 

 門からチラホラと、段々とゾロゾロと、プレイヤーたちが溢れてきた……。

 予想通り大量。初めは何十すぐさま百を超え、気づけば広場いっぱいにプレイヤーが引き詰まった。

 プレイヤーたちは、キョロキョロと周囲を見渡す/まるで田舎出のお上りさんのように目を輝かせて。新たな街の風景を楽しむ、感慨に耽けっているのだろう。恐ろしいデス・ゲームの中とはいえ/仮想世界とはいえ、五感から伝わるソレは今まで見たこともない異世界。まず感動に圧倒されてしまう。皆目をキラキラさせながら、周囲を見渡していた。

 一通り彼らを観察してみると、ボス攻略に参加したプレイヤーがすくないことに気づいた。キバオウやオレをチーター呼ばわりしたシミター使いやアスナたちはいない。βで見かけたようなプレイヤーもいなかった。

 何で来ないんだろう? ……すぐさま悟った。

 それまで拠点としていたホームの撤収やら、フロアボス打破によって解放されたクエストとイベントこなしているのだろう。新しい階層が開放されたとしても/いち早く登ってそこのクエストを占領するよりも、そちらの方が利益が高い。そもそも、クエストの占領なら【階層門】からやってきた一番乗りのプレイヤー=オレがしてしまう。【転移門】の開通を待っている時点で出遅れだ。そこで時間を浪費するよりも、それまでの階層を見直した方が良い……と考えるのが実力者。大半のプレイヤーは物珍しを抑えられず上に登りたがるため、ほぼ衝突なしで効率もいい。

 ほっと一息ついた。まだビーターの役に馴染んだわけじゃない/ぎこちない演技を披露しなくて済む。オレと直接関わっていたプレイヤーが少なくて助かった……。

 後は人気が引くのを見計らって、ここから退散するだけだ。プレイヤーたちの流れに紛れて外へ、、特徴的なこの【コートオブ・ミッドナイト】を取ってしまえば気づかれることはないだろう。支障なく攻略を進められる……。

 

「…………ん? なんだあいつら?」

 

 広場で屯していた集団。そこから走り抜けた一人が、そのままオレのいる教会を横切り。そのまま街の外へと必死に逃げていった。

 その後ろを、数人のプレイヤーが追いかけていた。

 

 

 

「―――待てぇ、待ちやがれぇ!!」

 

 

 

 剣呑な怒声に、広場の集団も振り向いた。だけどギョッとし近づかない、まして止めようとはしない。―――皆武器を手に、怒り狂っていたからだ。

 手荒いことでもやりかねない危険な空気を、男たちはまき散らしていた。

 

「騙しやがって、勘弁ならねぇ!」

「執拗いぞ君たち、いい加減諦めろよ!」

 

 逃げるプレイヤー/おそらく男は、後ろを振り向かず必死に逃げ続けた。

 状況は不明、だけど危険なことは確か、主に追われている一人のプレイヤーが……。

 互いに逃げる/追うの追走劇に必死で、隠れていたオレには気づかずに横切った。だから、無視しても良かった/悪い意味で有名人なのでできるだけ目立たないようにすべきだろうが、野次馬根性だろう。奴らが教会を走り抜けた後/ギリギリ背中を視認できるまで離れた後、追いかけていった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 【ウルバス】の外、長閑な高原の放牧風景……。【半圏外】だけどモンスターはほとんどでない。

 牛や羊などの家畜が、モンスターらしき似たような動物と呑気に草を食んでいる。オレが傍を走り抜けても気づかない/あるいはフリをして、無視してきた。ちょっかいを出さなければ攻撃しない穏やかなモンスターだ。

 逃げる男=何処かで見たことがあるようなプレイヤーは、高原を抜け正真正銘の圏外フィールドへ。新しいフロアにも関わらず歩みに迷いがない。逃走経路を確保している=初めての場所ではない=βテスター、だろう。……心配は杞憂だったのかもしれない。

 対して追う男たち/かなりの悪相・元はオレと同じような一般ゲーマーだろうに、この一ヶ月で何に遭遇/経験したのか……。だけど、フィールドに出たことで威勢は半減した。初めての場所への戸惑いが現れている/モンスターがいることにビビっている/張り上げる罵倒がなくなった。でも、報復心が勝り追い続ける。何としても捕まえんと突き進み続ける。……こちらの方が心配だ。

 

「皆さぁん! これ以上追ってくると全滅するかもしれないですけど、いいんですかぁ!」

「うるせぇー! もうてめぇの言葉なんて信じるかよ!」

 

 逃走劇は続き、ついには圏外へ=下草が生い茂る草原から赤茶けた岩肌がうねるフィールドへ/その奥の針葉樹が鬱蒼している森へ―――。

 

(ヤバイな。あの森に行くとなると……)

 

 警戒心が好奇心よりも上回ってきた。

 これ以上の野次馬は危険だ=いやがおうでも他人と関わることになる。これ以上近づけばまだ低レベルの【隠蔽】が見破られる。けど……見過ごせない。このままでは誰か死ぬかも知れない。

 一層から直接来たプレイヤーには、少々しんどいフィールドだ。出現するモンスターは動きが早く、森の中ではあるものの隠れる場所が少ない=見通しが良すぎる森=もしもの時に逃げ切れない。もう少し街で装備を整えてから来なければならない。……どちらも死ぬ危険がある。

 立ち止まりそうになったが……、腹を決めた。止まらない/さらに近づく。少し大きめの梢に身を隠してのぞき見た。

 岩壁を背に追い詰められた男性プレイヤー、それを囲む3人の悪相プレイヤー。逃げ場無い/ついに追い詰められた。だけど、どちらも肩で息をしている。

 

「ハァハァ、はぁ、はぁ……。ようやく追い詰めたぜぇ」

 

 囲んでいるプレイヤーの一人が、ニンマリと笑った。獲物を捕食する獣の笑。

 そして、手のひらを上向け差し出し要求してきた。

 

「さぁ、俺たちからだまし取ったアイテム、返してもらおうか」

「なんでそんなことしなくちゃならないんだ、アレは君らの落ち度だろう? 僕はただ、落ちていたモノを拾っただけだよ」

 

 群れからはぐれた草食獣が肉食獣の団体に襲われている図を想像していたが、違ったらしい。肉食獣同士の餌の取り合いだった。

 

「ふざけんな! てめぇのアドバイスに従ってやった結果だろうが。きっちり埋め合わせしてもらいたいねぇ」

「言ったアドバイスに嘘なんて無かったよ、人聞き悪い。ただ……、ちょっと説明を省いただけさ」

 

 そう言うと逃げた男は、おどけて肩をすくめてみせた。臆することなく怒りを煽る。

 見ているオレの方がソワソワされると、案の定ヤバさが倍増。危険な空気がさらにピリピリと張り詰めてきた。悪相の男たちの顔に青筋が立つ=噴火間近。

 ジリジリと囲みを閉じていった。腰に背中に帯びた武器に、手をかけながら。

 

「……どうしても、返さねぇつもりなんだな?」

「もともと君たちのモノじゃなかったからね。アイテムは手に入れた人のものだろ?」

「学校の先生か親に習わなかったのか? 嘘つきと盗人は地獄に堕ちます、てさ」

「おいおい、騙しているのはお互い様だろ? 君らだって、何人かビギナーを嵌めてボロ儲けしてたじゃないか。騙される方が悪いのさ」

 

 そう言うとニヤリ、余裕の/囲む悪相にも勝る底意地悪い笑みを見せてきた。

 逆に追い詰めたはずの男たちから、余裕が無くなった。目を丸くする、言い返せず代わりに息を飲んでいた。

 

「……一体、何のことやら―――」

「MPKなんて質が悪いなぁ。今まで何人殺してきたんだい?」

 

 すかさずの追求に、再び言葉を失った。動揺が広がる、目の前のこいつをどうしたらいいのか……戸惑う。

 だけどその一人、リーダー格と思わしき男が前に出てきた。

 

「お前には関係ない。その一人になるお前にはな―――」

 

 冷たく重々しくそう宣言すると、腰に掃いていた武器を/手斧を抜き出し構えた。

 手下たちもそれに従う。武器を構え、獲物が逃げるのを封じる。―――殺すことを、決めた。

 もはや猶予はない……。背中の剣に手をかけながらその場でしゃがむ=いつでも反撃できるように、空いた片手で転がっていた小石を掴んだ=名無しの第三者の仲裁で殺しをやめさせる。

 もしも、ここで起きたことを盗み聞きしていた誰かがチクったりしたら、今後彼らは永久に犯罪者として名指しされる。全プレイヤーから警戒されてしまう、今後誰の信頼も協力も得られない。どちらにとってもマイナスにしかならない。……そこまで頭が回る奴らであることを祈るだけ。ただもし、ソレを飲み込んででも彼を殺すことを優先する気概があるのなら、直接手をくださなくてはならない。……そこまで恨みを溜め込んでいなかったと、祈るだけ。

 

「どうやって俺たちの手口を知ったのかわからねぇが、構わねぇ。死人に口無しだからな」

 

 オレの祈りはあっさり砕け散った。……【投剣】の初動モーションを取る。

 

「大丈夫、僕も興味があったわけじゃないから。ただ、それが事実だってことを確かめたかっただけさ」

「そうかい、そりゃよかった。これで迷わず死ねるな」

「全くね! 人殺しからなら、遠慮なく奪える―――」

 

 そう言うと、人差し指と親指で作った輪を咥えた。大きく息を吸って一気に吹いた=指笛。

 甲高い音が鳴り響いた。

 森中に反響した笛の音、聞こえないものなど誰もいないほどの音量。例え……森に潜んでいるモンスターであろうとも。

 

 笛の音が収まると次の瞬間、騒々しい羽根音が降り注いできた。バサバサといくつも、舞い降りてくる―――

 恐る恐る見上げると、目を見張った。

 

 

 

 角を持った鷲/牛頭鷲身のキメラ。

 

 

 

 人を丸ごと持ち上げ飛べるほどの巨大さ、力強い羽ばたき。俺の背丈の倍ほどの高度で滞空しているが、真下の地面から土埃を上げている。立派な二つの巻角/機械のプラグのように鋒が前方に向けられている角を生やした牛頭、そこには鷲の鋭さに暴れ牛の重々しさが詰め込まれている。淡い朱色の瞳孔に墨色の強膜の瞳/投げ針よりもレイピアな分厚い鋭さを帯びた視線で、プレイヤーたちを見下ろしている。その口から漏れるのは、重低音の牛の鳴き声ではなく鳥の金切り声。耳を塞ぎたくなる/肝が冷える。何を言っているのかはわからないが、威嚇しているのはわかる。仰ぎ見ているプレイヤーたちを、威嚇している。

 

「な、なんだ! 何なんだよコイツらは!?」

「【ホーネッドホーク】さ」

 

 怯える悪相のプレイヤーとは正反対に、追い詰められたはずのプレイヤーは落ち着き払っていた。余裕を笑みを顔に張り付かせたまま、片手の中指を何もない眉間のあたりで上下させているだけ。

 罠に嵌めたプレイヤーは、感触のなさに戸惑うも、気を取り直し歌うように警告した。

 

「先に言っておこう。コイツらは、こっちの攻撃意思に従って反撃してくるだけなんだ。昼間だと目がよく見えない、音の探知もそこまでじゃない。ここまで近づかれても居場所は特定されない。

 でも、かなり手ごわい相手ではある。君らのレベルと装備じゃやめた方がいい、静かに逃げるのがベストだよ、武器なんて構えたら―――」 

「畜生ッ! またハメやがったな―――」

 

 恐慌した男たちは、警告を無視。逃げ腰ながら剣を構え……向けてしまった。

 チカリッと鋒が照り返す。ソレに気づいたモンスターたちの視線が一斉に―――、定まった。

 体が強張る/息を呑む。体中に緊張が走り抜けた=臨戦態勢を取ってしまった。悪いことはとことん重なる……。悪相たちは完全に、モンスター達にターゲットされた。

 一気に、滞空状態から急降下―――。分厚い鉤爪/鋭利な巻角を振り下ろしてくる。キメラ鷲たちが襲いかかってきた。

 

「わあぁぁぁッ!? く、くるなぁーーッ!!」

「ひ、ひいぃぃーーッ!!」

 

 喚き散らしながら武器を振るう。めたらやたら/ブンブンと、降下してくるキメラ鷲に向かって。攻撃を当てるよりも近寄らせないための牽制。

 だが鷲たちは、ひるむことなく/刃が当たっても構わず爪と角を突き落としてきた。プレイヤーほどの自重と急降下した運動エネルギーは、腰の引けた牽制などモロともせずに突き破っていく―――

 振り上げた武器は弾かれ、代わりに深々と体を抉られた。鮮血のライトエフェクトが宙に舞飛ぶ。HPが一気に4分の1ほど削り飛ばされた。

 弾かれた衝撃で【崩し】からの【転倒】、たまらず武器も【取りこぼし】した者まででた。

 

「……だから言わんこっちゃない」

 

 追い詰めれたはずのプレイヤーは、彼らの有様をニヤニヤと眺めるだけ。戦いに巻き込まれないよう壁沿いをそぉと移動していた。安全圏まで退避する。

 その間も、キメラ鷲たちの猛襲は続いた。

 ロックオン>急降下>鷲掴み/角を使って突進>急上昇、あるいは羽ばたきによる強風攻撃/耳をつんぐさむような【ハウリング】によるステータス減少攻撃。それらをランダムに繰り返す。

 悪相のプレイヤーたちは、ただ逃げ惑うだけ、悲鳴を上げながら必死に。皆で固まって互の死角を埋めるという機転/協力もない。リーダー格のプレイヤーは果敢にも向かい合い続けるが、カウンターは決まらず相打ちにもならず。吹き飛ばされダメージを貰うだけ。キメラ鷲たちの攻勢に為すすべもない。……このままでは、すぐにでも殺される。

 

 彼らは【ホーネッドホーク】の倒し方を知らない。

 この階層の平均から逸脱した強敵であるモンスターで、真正面からぶつかり合えば今のオレたちに勝ち目はない。そもそも、レベルと装備が整ったところで難しい敵。彼らの攻撃を真正面から受けて弾き返すには、少なくとも20レベルは必要だ。二階層で出てくる敵じゃない。

 戦い方を間違えれば勝てない/殺されてしまう。だけど逆を言えば、戦い方/ハメ方さえ心得ていれば今のレベルでも充分倒せる相手。ステータスはこの階層では強敵に位置しているため、経験値稼ぎの獲物になる。肉食ではあるだろうがレベルの高い獣系モンスターなため、そのお肉は食いごたえがあり美味しくもあるだろう。

 

 悪相たちのHPが、危険域の赤に染まってきた。

 もはや猶予がない/逃げることもできない。悪相たちの顔から色が薄れ、絶望に染まる。悲鳴すら上げることができず、来るべき『死』から目をそらすことに必死になっていた。

 このまま傍観し続けてもいいだろう……。オレは初めからここにいなかった=厄介事に関わらずに済む、聞こえてきた話では因果応報でもある=犯罪者が減ればゲーム攻略に集中できる。倫理や善悪を問われたとしても、見なかったことにするのはさほどそれらに抵触することではないだろう。関わるとリスクを背負うだけ、何もしない方がメリットがある。……その考えに、少しばかり心が動かされた。

 だけど、身体のほうが先に動いて―――飛び出した。

 

 【転倒】したプレイヤーを鷲掴もうと急降下するキメラ鷲、掴まれたら死ぬ。瀕死の獲物を仕留めるのに集中している猛禽―――。その隙だからけの横っ腹に、ソードスキルを放った。

 地面を滑るように駆け抜けるリニア感=【レイジスパイク】。掴む寸前のベストタイミング=奇襲カウンターの上乗せ。ぐジュゥッ―――。キメラ鷲の横腹に深々と、刃がくい込んだ。

 分厚い肉の感触、まるで巨人に握り締められているかのようなガッチリとした固定感。ソレが剣越しに伝わって来た次の瞬間……、甲高い/キメラ鷲の悲鳴があがった。

 闖入者に呆然となる全員。何が起きたのか/アイツはいったい誰なんだ/なぜここにいるのかと喚かれる前に、大喝した。

 

 

 

「―――オレが引き付ける。お前らは逃げろ!」

 

 

 

 助ける/逃がしてくれる、よりも、デカイ声が鼓膜を揺さぶったことによる反射行動。この世の終わりと縮み上がっていたプレイヤーたちは、叩き起こされた。

 目が覚めたように、突然の乱入者=オレに驚く悪相たち。何だ誰だと戸惑う。だがソレよりも、鷲たちのヘイトがオレに集まっていた。自分たちに向けられていた攻撃が止め置かれた=九死に一生を得たことにも気づいた。このチャンスを逃してはならない。―――生き延びる!

 感謝も告げず一目散に逃げた、脇目も振らずに。森の薄闇に後ろ姿が溶けていく……

 

 キメラ鷲=仲間を傷つけられ敵意満点。バサバサ羽ばたきケーケー鳴き声。だけど警戒しているのか、睨みつける/威嚇し周りを囲うだけ。攻撃するどうか品定め中。

 オレ=逃げたプレイヤーたちを見て唖然としていた。カッコつけてああは言ったものの、逃げずに共闘して欲しかった/してくれるものだと思っていた。倒し方はわかっているけど、流石に1対複数は怖すぎる。少しでも攻撃パターンを読み誤ればオレが殺される。せめて一体だけでも引き離して欲しかった。

 

(嘘だろ……。本当にこれ、オレ一人でどうにかしなくちゃダメなの?)

 

 ……助けたことをものすごく後悔した。

 だが、悔やんでいる暇はない。何とかしなければならない。……しなけりゃ死ぬ。

 

「き、君はもしかして……、キリトか!?」

 

 隅で観戦していた/MPKを仕掛けたプレイヤー=オレの姿を見て驚愕。幽霊でも見たかのように目をパチクリ、中指で何もない眉間をさするも、今度は何も無いことにも気づけなかった=余裕がない。

 オレ=ニヤリ。活路を見出した。

 

「どうして君が、こんなとこ―――ッ!?」

 

 カァンッと、小気味よい金属音が鳴り響いた。片手に握っていた小石を投げた>突然の投石に腰の剣を抜く>鞘からはんば程抜いた剣身で投石を防いだ。

 避けられない奇襲/ギリギリ対応できる攻撃/当てるつもりの投擲、だけどそこまで攻撃力はない=剣を抜かせるため。

 鷲たちの視線の一部がオレから外れた。……予定通りだ。

 

 石を弾き落としたプレイヤーもそのことに気づき、舌打ちした。罠に巻き込まれた/もう安全圏への退避ができない。

 だけど、すぐに気持ちを切り替えた。

 嵌められた動揺を押し殺しながらも、しっかりと剣を構え鷲たちを見据えた。待ち構えるように硬くならず/強張らず、ステップを駆使していつでも回避できるように膝を弛ませる。だけど、岩壁を背にしたそこからは移動しないように―――突進してきたらギリギリで回避し、壁に追突させ【気絶】させる=対【ホーネッドホーク】の必勝法。

 オレ=再びニヤリ、奴はちゃんと心得ていた。そして今回はちゃんと、モンスターに気づかれた時の対処策を持っていたらしい。

 

 

 

「協力してもらうぞ、【コペル】。一体ぐらいは仕留めてくれよ」

 

 

 

 【コペル】=第一層の【森の秘薬】クエストの最中、仲間を装ってMPKを仕掛けてきたクズβテスター。オレを囮にし楽して褒賞の武器をゲット/ライバルも葬って一石二鳥しようとした。だけど、嗅覚が敏感なモンスターであることを失念したため、逆に囮になってしまい殺された憐れな男……。

 【生命の首飾り】のおかげで、何とか命拾いしたのだろう。その後は別れて行方知れずだったが、まさかまた誰かにMPKを仕掛けているとは……。懲りないクズだ。

 

 コペルは、奥歯を噛み締めながら舌打ちした。オレに恨みがましい視線を向けようとするも、キメラ鷲の襲撃に備えて緊張する。……鷲たちと共闘しようなどという考えは、捨ててくれたのだろう。とりあえず今は、ソレでいい。

 オレを囲っていた一体が、突進のため羽ばたき上昇した。荒々しい羽音をまき散らしながら舞い上がる。

 倍ほどの高度を稼ぐと、そこから一気に滑空した。ソードスキルに似たライトエフェクトを纏いながら=何らかの技。逆放物線を描きながらコペルの元へ、その両の巻角で貫かんと突進していった。

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 【半圏外】/【半圏内】。
 昼間と夜、天候の変化、モンスターの数やヘイトの量など。特定条件を満たせばモンスターが入ってきてしまう【圏内】。圏外との緩衝領域。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。