偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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ボスエリア ビーターの誕生 前

 

 

 そこからは、『血戦』だった―――

 

 

 

「―――全員、出口方向に避難しろ! 囲まなければ、あの範囲攻撃は来ない!!」

 

 指示を叫び、ボスの前と飛び出していく。

 ボスがソードスキル発動の構え、アレは確か……【辻風】だ。高速の遠距離突撃、先の先を取る居合系の技。発動を見てからじゃ間に合わない。

 すぐさま対応、こちらも同じようなソードスキル【レイジスパイク】。相殺してやる―――

 

 甲高い音色、まるで交通事故、ボスの刀とオレの剣が正面衝突。体格は明らかに倍以上にオレが小さいが相殺した。HPも減っていない、完全相殺。

 互いに仰け反る、パリィ成功。しかしオレも動けない。ハタと気づいた。……これじゃ、ダメージ与えられないじゃん。

 やっちまった……。勢いでひとりで突撃してしまったことに青ざめていると、救いの手が駆けてきた。

 

「【スイッチ】!」

 

 背後からアスナの掛け声。振り向いて確認できず、そもそもノックバックしているから無理。だから、ボスを射殺さんと【リニアー】を放ってくれたと賭ける。

 オレの体を栗色の俊風が駆け抜けた。弾丸のようにアスナが、ボスに細剣を突き出した。

 腹が深々と打ち抜かれた。HPも微かに減る。兵隊とは違い王の体力は段違い、けど確かに減っている。倒せる―――

 だけど……、右腕の痺れは尋常ではなかった。

 先の相殺の後遺症、体的には問題ないが精神をビビらせた。ソードスキルを【加速】させてようやく、β時の湾刀とは違い重さがないので相殺できたが、早さが尋常じゃない。【辻風】は真に居合だった。こちらの剣技の発動がほんの少しでも遅れていたら/軌道を読み間違えていたら、相殺叶わずカウンターで大ダメージだ。参戦してくれたアスナにも被害が及ぶ、後ろに下がらせて回復に務めさせているプレイヤーたちも襲われる。

 

(そんなことになったら……、終わる)

 

 最悪な結末に、生唾を飲み込んだ。

 こちらは数で圧倒しているとはいえ、総司令官が打ち取られてしまった。指揮はほぼ崩壊、混乱し各自バラバラにしか動けない。体勢を整える時間が必要。副リーダーを作っておかなかったのが仇になった、あまりにも縁起が悪かったので誰も言い出せなかった。先は勢いでオレが号令をだしたが、ボスと対峙している現在そんな余裕はない。もう、各自の力量に頼るしかない。

 だから、このボスの攻撃も、オレひとりで受けきらなければならない―――

 

 ノックバックから解放されたボスが、ダメージを与えられた怒りとともに、横薙ぎの大振り。すでに離れていたアスナに襲いかかる。細剣でアレは防げない、ここからバックステップで距離を開けたら攻撃の手が届かない。

 同じく回復していたオレが斬線に飛び込み、同じく横薙ぎを放った。

 激突する瞬間、わずかにポイントをずらした。剣の腹に刀を滑らせた。悲鳴のような金切り音と火花を上げながらも、軌道がズレた。刀はオレを真っ二つにできず、そのままほぼ垂直方向に打ち上げられた/全身を込めてはね上げた。

 再び互いにノックバック、オレはギリギリ【崩し】にならず。前のめりにたたらを踏まされたボスに、またアスナの【リニアー】が突き刺さった。

 ボスの苦痛の咆哮が撒き散らされた。

 攻撃が成功し安堵、しかしすぐに苦くなった。愛剣の耐久値がガクンと減っていた、先の一撃をいなした代償。ボスの膂力か刀が優れているのか、何度もやった壊れる、ソードスキルで対処しなければならない。……パリィできなければ追撃が避けられない。

 

 続く三撃目、またもやアスナへとターゲットを据えたボスが、垂直両断のソードスキル【兜割り】を放った。両手に握り締めた刀を、踏み込みと同時に打ち下ろす、ボスのパワーなら両断以上に地面のシミになる。

 キャンセルさせるべきだが位置取りが悪い。間に合わない。ソードスキルをやめさせるほどの威力ある攻撃手段がない。アスナ独力で躱してもらいたいが、軌道を見切ってのステップで紙一重躱しはまずい。ローリングを使って距離を開けなければならない。地面まで刃がぶつかったら、砕けた礫が襲いかかる。近くで喰らえば【崩し】、当たり所が悪ければ【転倒】まで起きる。初見の彼女では間違いなく最悪な事故になる。

 いきなりの危機、叫んで注意させるももう間に合わない。せめて次の攻撃を受け持てるよう跳びこもうとすると、代わりに別のプレイヤーが援護に飛び込んだ。

 ボスがアスナを両断せんとする軌道に割り込んだ彼は、そこに持っていた槍を突き立てた。両手と石突を地面に置いてしっかりと固定、天井に向けた刃で斬撃を受ける―――カーーン。叩き込まれた槍は釘のように地面にめり込んだ。

 しかし、アスナも彼も無事、槍で【兜割り】をうけ切った。

 

「レプタ君、いけぇッ!!」

「うぉーーーッス!!」

 

 大剣持ちの小柄な少年=レプタが、鋒を地面にこすらせながら/飛び込みながら、ソードスキルを放った。横薙ぎの【スラント】―――

 ボスの空いた横腹をザックリと、同時に重量に押されてよろめかされた=【崩し】。裂けた傷口から鮮血のライトエフェクトが吹き出した。血がかかる前に駆け抜けていた。

 

「アスナ、追撃!」

「は、はい!」

 

 目を奪われていた音叉のように微震している槍からハッと覚めて、アスナは【リニアー】を打ち込んだ。よろめいて自重を支えていたボスの足を狙う―――

 深々と突き刺さった。ボスは突然の攻撃に/支点にしていた足に力がはいず、さらに体勢が崩れた。ドスンとその場に横倒れる=【転倒】。アスナはソレに巻き込まれる前に、バックステップで離れていた。

 

 さらなる追撃のチャンス。彼=コウイチに言われる前に動いていた。垂直切りのソードスキル【バーチカル】。片手剣を両手持ちにしての二重ブースト―――倒れたボスの肩から胸へ、深々と叩き斬った。

 悲鳴の咆哮、怒りは混じらせずただ激痛に呻く様に。クリティカルではないがかなりの大ダメージを与えた。しかし、舌打ちした。これで【気絶】まで追い込みたかったが、威力が足りなかった。片手剣では重量が足りず、追加効果があるソードスキルはまだ習得できていない、両手持ちにしても足りなかった。大剣持ちならできたが、彼が【崩し】をしてくれたから今がある。……仕方がない。

 ボスは倒れた状態ながらも刀を振った、噛み付いてきたコバエを振り払うように。先に剣で受けた横薙ぎとは比べ物にならない弱さ。しかし、ソードスキルの硬直時間もあってパリィには持ち込めず、後ろに下がって躱した。

 

 パーティー全員集合=4対1。コレならいける、凌ぎきれる、首がつながった―――。

 しかしふと、自分たちの立ち位置に気づいた。誰もが別方向からボスに向かっている=囲んでいた。先のラッシュでそれぞれが囲むような立ち位置へついてしまった。

 ぞわり……、寒気が走った。コレはまずい、まず過ぎる―――。

 【転倒】から回復したボスは、予想通り/組み込まれているであろうアルゴリズムどおり、重範囲攻撃【旋車】の構え。先に大被害をもたらした刃の爆裂。防ぎようがない、後ろに大きく下がるしかない。しかしそれは、パーティーが分断されることでもある。次の各個撃破で誰かが大ダメージを被る、ロシアンルーレット。

 

「皆、下がれぇ―――」

 

 叫び声が届く前に、爆発しようとした。

 しかし……、寸前で止まった。止められた。

 鋭く、空気を裂く音。ボスに向かって何かが飛ぶ、鋭利な金属製の武器―――。

 ソレが投擲用のナイフであるとわかったのは、ボスの片目に突き刺さったのを見た時。どこから投げられたのかがわかったのは、ボスの悲鳴が上がった後、ソードスキルがキャンセルされた奇跡を目の当たりにした後だった。

 

「おぉっと! いい場所に刺さったな」

 

 コウイチは、自ら投げたナイフが狙い以上の効果を発揮してくれたことに、笑みを浮かべていた。投剣スキル【シングルシュート】の残心をとりながら。

 マジか、GJすぎるぜ……。賛辞とともに飛び込んだ、突進攻撃【ソニックリープ】。ひと拍遅れて仲間も突き刺す、三方同時串刺し。

 

「グギィアアァァァアァァーーーーーッ!!」

 

 悲痛の叫びを撒き散らす、破裂するように撒き散らされた鮮血。大ダメージだ。

 だけど……まだ、HPは半分以上ある。気を抜けない。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆ 

 

 

 

 コボルド王の巨躯が不意に、力を失って後ろへとよろめいた。

 狼にも似た顔から細く高い嘶きをひとつ上げると、地面に倒れた。どスーンと、重々しい地響きに揺らされる。

 残ったのは、静寂。その無音の残響が、戦いは終わったのだということを告げてきた。

 

(頼むよ。これで終いにしてくれ……)

 

 愛剣を杖に息を荒げながら、誰に向かってでもなく祈っていた。おそらくは、この世界の神様気取り=茅場晶彦に対して。

 とてつもない緊張を要求された戦いだった。恐ろしく長い、疲れた……。

 間断なき集中状態、ただ一度も失敗もできないプレッシャー、ソードスキルの【加速】を何度も発現させた。ほぼ全てに付加した。そうしなければ、あのボスの攻撃を凌ぐことができなかった。

 戦いの全てを、覚えてはいない。ところどころ記憶に欠損がある。がむしゃらに戦っていたから、いちいち記憶してなんかいられない。半分以上は無意識で戦っていた、どうして生き延びれたのかわからない。だが……、それも全て終わった。

 

 周りを見渡すと、他のプレイヤーたちも同じように憔悴していた。俯いたり膝をついたりその場にヘタリ込んだり大の字で寝そべる者も、勝利の喜びよりもようやく終わったとの徒労感で沈んでいた。

 ため息をこぼした。それもそうだろう、まさかこんな結末になるなんて、誰も予想していなかったはず……。チラリと、もう動かなくなっていたディアベルに/ディアベルだったモノに目を向けた。その周辺には、パーティーメンバーや慕っていたであろう人が集まっていた。

 その内の一人と、目があった。……あってしまった。

 恨みと憎しみが込められた視線。オレを見つけると、仇をみつけたと言わんばかりにぶつけてきた。

 

「なんで……なんでだよ! なんで知ってて黙ってたんだよ!!」

「…………え?」

 

 シミター装備の軽装備の男性プレイヤーが俺に、ほとんど泣き叫ぶかのように糾弾した。しかし、何を言っているのか分からず呆然としてしまった。

 オレへの糾弾。ディアベルの周りには、数人のプレイヤーが死を悼んでいた。あるいは、もしかしたらただ眠っているだけなのではないかと、目の前の死に戸惑っていた。その中には、あのキバオウもいた。すっかり意気消沈して座り込んでいる、心なしか頭の刺までしょげている。オレの叱咤でどうにか戦線に戻るも、かつての気勢の良さはなかった。

 ボスを倒したあと、彼は虚ろになったようにヨロヨロとそこまで歩き、膝から力が抜けるようにして座った。それが、集まったほかのプレイヤーにも伝染したかのようで、その場だけ暗い静けさ=葬式の空気を漂わせていた。

 

「お前がボスの情報を教えてたらこんな……、こんなことにはならなかったのに!」

 

 喪に服している仲間たちを横目に、シミター使いは非難を浴びせてきた。だが、オレは反応できなかった。

 戦いが終わって集中力が途切れてしまったのだろう。全く頭が回らない。ただポカーンと彼を見つめながら、黙って聞いていた。

 そんなオレの代わりに、傍らのアスナが反発してくれた。

 

「ちょっと! あなた何言って―――」

「コイツは知ってて黙ってたんだ! ボスが最後に使うのは、曲刀じゃないってことをな! 自分が、自分だけで……LA取るためにな!」

 

 ビシリと真っ直ぐ、オレに人差し指を向けながら糾弾した。彼の凄みにのまれて、周りもオレに目を向ける。

 名探偵が真犯人を暴き出す場面、そんな妄想がソレと重なった。その真犯人がオレであると気づくのに、一拍遅れた。

 

「どうだ、答えてみろよ!!」

 

 白状しやがれ―――。皆にざわめきが広がった、オレに不信の眼差しを向けてくる。反論を遮られたアスナは彼を睨みつけるが、不安そうにちらりとオレにも目を向けてきた。

 そこでようやく、ことの状況を理解した。責任の所在、ディアベルの死はどうやって償えばいいのか、誰に償わせればいいのか。……誰もが死人を嫌煙している。

 すると、一人のプレイヤーが前に進み出てきた。キバオウの部隊に属する男性プレイヤーだ。

 

「俺も知ってる! コイツは元βテスターだ。だから旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだよ! 知ってて隠してるんだ!」

 

 積年の恨みのようなモノと共に言った。全くの見当はずれ、ではないがここで非難される謂れもない、オレ一人が背負う咎でもないはず。

 しかしそれで、ざわめきが別の形へと変質し始めた。

 

「でも、もらった攻略本には書いてなかったぞ。元βテスターのものなら、彼も知らなかったんじゃないか?」

 

 進み出た彼に、別のプレイヤーが至極真っ当な意見で水を差した。禿頭の黒巨人エギル率いる壁部隊の一人として、先程ボスのタゲをとってかく乱してくれたプレイヤーの一人だ。

 その反論で先のプレイヤーは答えに詰まった。が、顕になった恨みの感情を吐き出した。

 

「あの攻略本がウソだったんだ! アルゴって情報屋が、嘘を売りつけたんだよ! あいつだって元βなんだから、タダで本当のことを教えるわけなかったんだ!」

 

 まずい、この流れは非常にまずい……。このままでは、被害の範囲がβテスター全域に広がってしまう。

 皆の敵意が、彼らに向かってはならない。そうなればこれから先、テスターとビギナーの間で取り返しのつかない断絶が起こってしまう。それだけは、なんとしても避けなくてはならなかった。だけど……、一体どうすれば?

 救いを求めんとコウイチに目を向けた。彼はこのことを予期して、先の攻略会議で布石を打っていた。誰もが争わず協力し合える第三の道。彼ならこの場を収める何かが出来るのではないかと、そもそも今まで何で成り行きを見守っているだけなのかと、非難も混じえて……観た。

 しかし彼の視線は、別の方角を向いていた。倒れたボスの死骸に注がれている。目尻を上げて見開きながら、まるで襲いかかってこないか最大限警戒しているように、槍まで固く握り締めたまま……。

 だからか、向けられるプレイヤーたちの無数の敵意を無視して、オレもボスに目を向けた―――

 

 刹那。目の端で異常を捉えた。

 石畳の床の継ぎ目からジュクジュクと、黒い液体が染み出してきた。真っ黒なタールのような粘液、見ているだけで胸糞悪くなる生理的不快さ、臭いはしていないはずだが吐き気を催す腐臭が想起された。そして実際、思わず鼻をつまんだ/口も抑える。

 染み出し粘液は徐々に増え、ボスの死骸に向かって蠢いていく/集まっていった。ボスが倒れていた床が真っ黒に水溜りになり、どこかに吸い込まれていく……。ボスの死骸の中へ。

 ビクンッと、ボスの死骸が跳ねた、まるで電気ショックでもされたかのように。そして、ブルブルと振動した。自分の意思で動かしているわけではない/そもそも死んでいるはず、視界の片隅にあるHPバーは確かに0になっていた。しかし、蠕動は収まらず。代わりに体表からブツブツと、吸い込まれた粘液が染み出してきた。最初はただの点、広がり繋がり線となり、何らかの文様を描いていく。ソレが顔に/閉じた瞳にまで這っていき、瞼の中へ/口内へ/耳の中へ入り込んだ。そこでようやく皆も注意を向けるが……、遅かった

 途端、カッと、ボスの目が見開かれた。

 目尻を裂くほど開かれる。そして、酸欠から解放されたかのように大口を開けると、獣以上の悍ましさを秘めた産声を上げた。背筋も折れるばかりに反り上がり、手足も砕けるほど強張り伸ばされた。

 

 

 

「■■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 

 

 足場ごと吹き飛ばすような咆哮、部屋中を占領すると不気味な異界の空気をつくる。一瞬で魂消された。

 そして、見えない糸で釣り上げられるかのように、ボスが不自然にその身を起こし始めた。

 何が起きているのか、一体コレは何だ……。ただ、戦慄させられていた。明らかに異常事態、βではなかった。そもそもHP0になったのに、どうしてまだ動いている? 反則すぎる。これではもう、ゲームのルールからも外れてる……。

 ふと、ボスに吸い込まれた粘液のことを思い出した。

 どこかで見たことがあった、先までも見てきてオレ自身で作ってもいた。【センチネル】達の死骸だ。彼らはボス=王とは違って、迷宮区のモンスター同様にその死骸がタール状の粘液に変わった。そして、迷宮区の中へ吸い込まれるように消えた。フィールド上のモンスターとは違う迷宮区内独自の在り方=死骸が残らない。いちいち処理せず楽だと思っていた。でも、つまりアレは……【センチネル】だったモノ。

 どうしてボスは復活を遂げているのか? ……朧げながら、答えが見えた。この電子とコードで作られた仮想世界ではありえないことだが、そうとしか考えづらい。現実でもこんなモノは見たことはないが、漫画や映画でいやという身近になっている。

 まるで金縛りに遭ってるかのように、動けない。異様な光景に魅入られていた。

 

 動け、動け、動け、動けぇ―――。麻痺している体に喝をいれる。

 まだボスは変態を遂げ切っていない。入り込んだ異物と我が身が融合するのに手間をかけているのだろう。アレはどんなものであれ、生き物の体とはそぐわない。どうしたって反発しあう/通常なら免疫にはじかれるだけ。でも死骸だったから、侵蝕された。体の運動・生産システムがクラックされている。コンピューターウイルス、似ているものをあげるとするならソレだろう。コボルト王は今、別のモンスターへと変わるよう蝕まれている。

 もしかしたら、無敵モードになっているのか、手斧から刀に変わった時のように? 答え=わからない。そもそも、システムの範疇を飛び越えているはず、防御してやるいわれは何処にもない。……今なら、討てるかもしれない。

 痺れたまま無理やり手を動かす/剣をつかみ直した。あとは初動モーションだけ、ソードスキルを叩き込む。だけど……、間に合わない。仕留められるとも限らない。でもこのままでは、あの復讐の鬼と化しているボスを相手にしては、全滅するかもしれない。死者が増えるのは確実だ―――。それでも動けない。

 

 絶望しそうになると、風を切る音色。流星が空へと走った―――。そのまま、ボスの額を打ち抜く。

 

「――――――カぐァッ!?」

 

 衝突で頭を仰け反らされたボス。その額に刺さっているのは、槍。ボスの巨体と比べると矢にも見える。

 思わず、その持ち主に目を向けた。

 

 

 

「―――チィッ、アレでも殺せないか!」

 

 

 

 投球の残心を取りながら、舌打ちするコウイチ。自らの武器を投げた。ソレも、ソードスキルを纏わせながら。

 一瞬、【投槍】スキルを使ったのかと驚いた。アレはまだ手に入れられる段階にない、【投剣】では槍のような重い武器は投げられない、どんなチートを使ったのかとも……。しかしすぐに、思い至った。彼はアレで飛行型モンスターを仕留めた。

 【急制動(ストップ&ゴー)】。発動させたソードスキルは槍の遠距離突進、通常なら槍を対象に突き出すだけ。しかし、このシステム外スキルを使うことで/ソードスキル自体がキャンセルされない一瞬だけ止めることで、槍を手元から発射させることができる。止まっている最中に手を離せば、再起動した際留め金を失った槍は彼方へと発射される。【擬似投槍】スキルとも言われている。

 

 見事額を打ち抜き変態を止めたが、まだ収まってはいなかった。ボスは苦痛の叫びをまき散らしながらも、仰け反らされる体を支え切った。いや、全身の黒い紋様が引き留めた。体に命じて倒れる一歩手前で引き絞った。……もはや彼の王の体は彼のモノではない。

 コウイチがオレに何かを叫ぶ、その寸前にはもう、金縛りは解けていた。飛び込んでいた。

 

「キリト、首を落とせぇーーッ!!」

 

 激が届くと同時にオレは、横薙ぎの【スラント】を放っていた。仰け反った拍子に曝け出された無防備な喉元に向かって、愛剣を振るった。

 ボスの瞳と対峙する。真っ黒な汚染された虚の瞳、そこから薄らと、赤いモノが滲んでいたのが見えた。頬へ垂れ落ちそうなほどに溜まっている……。一瞬、何かが胸に去来したのか、締めつけられた。

 

 振り抜きは誤たず、まるでチーズでも切るかのように。ボスの首に横一文字を付けた―――

 振りきり着地、そして残心。もはやボスを見ることなく背中合わせ。

 

 ふぅと、小さな吐息を漏らすと、ボスの首級が飛んだ。

 次に、首の切断面から、噴水のように赤黒いライトエフェクトが溢れた。天井にかかるほどに舞い上がる。

 ボスの体は、何が起きたのか自分の頭を触ろうとするも、できず。指先があったであろう場所に届くやいなや、事切れた。サラサラと、体が崩れ始める。

 振り返って見たときには、ボスの脚部は壊れていた。肉団子のような胴体が地面に落ちる。その衝撃が大きな罅を走らせ、パカリと幾枚にも割れた。体はもはや生物の肉質を持っておらず、ガラス塊になっていた。崩壊は止まらず粉砕されていく。そして、ようやくβで見慣れた光景。ガラス塊が落下して砕けたような音色が響き、青白いライトエフェクトが幾重にも舞い上がった。

 それはまるで、縛り付けられていた魂が解放されたかのようで、幻想的な光景だった。

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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