偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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トールバーナ 旅の仲間 鉄犬

 

 

 

 アルゴと別れ、【トールバーナ】の街並みが段々と近づいてくる平原、まだフィールドながらも気負わずに雑談を続けていた。

 

「―――明日は団体戦でしょ。私達が分けられる、てこともあり得るでしょ?」

「そんなのは、無視すればいいじゃないのか」

 

 別に何事でもないと答えた。アスナの危惧は最もだが、ここで心配しても仕方がないことだとも。なるようにしかならないし、なってしまったら身を任せるだけだとも。泰然自若な/無情でもある態度。内心では「そうなったらどうするか?」と不安が沸いてるも、余裕をかましてみせた。

 そんな嘘が見抜かれたのか/すげなく切ったことを怒ったのか、アスナはムッと不満そうにしていた。何か突っつき返される前に、持論を展開する。

 

「6人パーティーじゃなきゃだめ、てわけでもないだろ? 結果さえ出せれば3人だって構わないさ」

「だけど、他は6人組でしょ? 数の少ない私たちは端に追いやられるんじゃない」

「おそらく大半は即席チームだろうな。個々の力を活かすような連携ができていないはず。このボス戦にあわせて組んだだけだろう」

 

 コウイチが参加するとアスナは、なるほどと頷いた。……オレのは随分と違う対応だ。

 

「数が多ければできることも多いけど、その分互いの理解とチームとしての動きを把握してなければならない。βから組んでたのならともかく、運用しきれるとはとても思えない。

 一ヶ月経ったとはいえ、まだ第一層で自分の役割も把握しきれていない。集団で動くというよりも、個の最良で動けるよういかに互いの邪魔にならないか、にかかってる」

「……だとしたら今回の編成は、あまりよろしくないってことになるの?」

 

 何とも答えられず黙った。

 攻略会議で取り決められるであろう、パーティーごとの役割分担/いつもは個人が担当しているものをパーティー全体で受け持つ=レイド全体が一つのパーティーとして運用されるようにする戦術。能力があり信頼関係が築けていればこれほど頼もしいことはないが、今はそうではない。アスナの危惧した通り、お互い気を配りすぎて全力を出しきれないのは目に見えている。最悪事故が起きるかもしれない。ただ、そうする以外の方法も思いつかない。ソレがフロアボス戦の正答であることは変わりない。

 どうしたらのいいのか/不安を消化していると、コウイチが何かを思い出しながら言った。

 

「アルゴさんと組んでのボス戦は、実にやりやすかった……。6人とは言わないが、せめてもう一人は欲しいところだ」

「そうだな。あいつは参加しないだろうし」

「彼女はやらないの?」

「情報屋だからな。何処かの誰かさんのおかげで、ボス戦が終わったら全部寄付するなんて話にもなってるし、来ないんじゃないか」

 

 チラリと皮肉げにコウイチをみるも、悪びれることなく。そんなオレに、意外だとばかりに首をかしげるだけ。……毒気を抜かれてしまった。

 

「キリトは反対だったのかな?」

「いや、いいと思うよ。いきなりだったんで驚いただけさ」

「あら意外ね。あなたは執着しそうだと思ってたけど?」

「惜しいっちゃ惜しいけど、コウイチの言い分もわかるし最もだと思うからさ。今までのネットゲーム感覚で競争し続けたら、間違いなく犠牲者は増え続ける。禍根は今のうちに断っておくべきだろ?」

 

 ただ……。思うとろこがないわけじゃない。ソレだけで済まされるとは考えきれない。そんなキレイにまとまってくれるかどうか……疑問だ。簡単に常識/競争心は捨てられない、他人のことよりもまず自分が大事だ。ちゃんと刀狩りに応じてくれるか、その後差別がなくなるのか……。

 どうすべきか、自分に何ができるのか悩まされていると、いつの間にか街に到着していた。

 獲得したアイテムを売り足りなくなったアイテムの補給。明日の準備を整えてから、夕暮れにやるという会議まで食事でもするかと、「最後の晩餐だしな」との不謹慎なジョークに白い目をむけられたり、ブラブラ散策しようとした。

 その最中、街の入口で消沈しているプレイヤーを見つけた。金属装備に身の丈並みの大剣を装備している少年、見た目のゴツさとは違い少年そのものは小柄な柴犬。途方にくれたようにため息をついている。

 

(……誰かと待ち合わせ、てわけじゃなさそうね)

(だな)

 

 ヒソヒソながら、少々失礼ではあるが気になり過ぎて耳打ち。この世の終わりのような落ち込みを無視できるほど、周りが見えない熱中に犯されているわけじゃない。ただ、肴にして楽しむ程の野次馬根性はなく、なるべく目を向けないようにして通り過ぎようとした。

 近づき横切る。するとふと、少年が顔を上げた。こちらと目があった。気づいてしまった。ぼんやりとした顔に小さな火が灯る。

 

「あ! 会議で演説した人っスね!」

 

 隣のコウイチに反応していた。それで彼が、どこの誰だったのか思い出した。

 ご指名を受けたコウイチは、一瞬悩むも、すぐに思い出したかのようにポンと手を打った。

 

「君は確か……【レプタ】、だったな」

「そうっス! 覚えてもらって光栄っス!

 もしかして皆さん……、迷宮区に行ってきたんっスか?」

 

 ざっとオレ達の様子を一望して、尋ねてきた。

 ここでは激戦をくぐり抜けたからといって、武装や衣服がボロボロになったり体も傷だらけ血だらけになるなどはないが、万全状態とはさすがに違っている。体には異変はないが、着ているものには所々くるんでいたり傷が残ったりする。細かい数値は【鑑定】スキルを使わないとわからないが、耐久値が危険域かどうかは外見で判断できる。

 

「ああ、ボスの下見に行ってきた」

「下見って、もしかして……偵察だったりとか? 後ろの皆さんとだけで?」

 

 コウイチは答える代わりに頷いた。本当はもう一人いたが、そこまで答えてやる必要はない。

 

「マジっすか……、すげぇ度胸。

 ちなみにボスってのは、曲刀振り回すコボルトのでっかいバージョン、だったスか?」

「曲刀ではなく斧、ではあったがな」

 

 本当だったんだ……。微かなつぶやきで気づかされた。

 βと同じだったのか、カマをかけられた。どこまで削ったのかも探ってきた、コウイチがテスターがどうかも。ボスが斧から曲刀に持ち替えるかどうかは、βを経験していない限りわからない情報だ。

 自然にやったのか狙ったのか、後者だったらとんだ食わわせものだ。警戒心を強める。顔からじゃどちらかわからない、純粋に聞いただけに見える。

 当然のこと気づけないコウイチは、何気なく尋ね返した。

 

「君は、仲間との待ち合わせかな?」

 

 少年=レプタは、明るかった調子を急にションボリとさせた。がっくしと肩を落とす。

 

「……違うっス。ついさっき、パーティーから外されちまったっス。連絡取ろうにも【フレンド】からも外されて、それで……」

「帰ってくるのを待ってる?」

 

 濁した言葉をつなぐと、頷いて答えた。

 

「このままじゃ俺、フロアボス戦行けないんで、何とか話つけたいと……思って」

 

 説得の自信は全くないと/懇願に近い形になってしまうと、憂鬱そうに顔を曇らせた。

 

「フロアボスと戦いたいのかな?」

「そりゃ! ……もう知ってるとは思うんスけど、俺βテスターだったんで。だから、無理してでもここで頑張らないといけないな、て思ってっス」

 

 ワガママだし難しいのはわかっているけど……。気負いの真っ当さとは違い、ションボリと消沈していた。

 それで事情はだいたい飲み込めた。得心がいくと、オレのみならずコウイチも顔をしかめざるを得なかった。

 βテスターを恨んでるビギナーの一派。怖れていた事が起こってしまった。先の会議でコウイチが牽制したはずなのに、影ではまだ残っていた。装備等は会議で見たものと同じところから、直接的な暴力にまでは発展していないだろう。だが、目に見えない陰湿な空気の圧力。周りの目を気にした仲間たちが/おそらく彼自身も、自発的に切り離したのだろう。自分はβテスターだと、公衆の面前で暴露されてしまった以上そうするほかない。

 自業自得、といえばその通りだ、オレ達には関係ない。ただ、ここで遭遇してしまった縁がある、彼自身から哀れみを誘うようなこ狡さも感じられない。こ汚いダンボールに入れられた小さな捨て犬を見ているようで、このまま「それじゃ頑張ってね」と通り過ぎるには良心が重すぎる。

 

(……あのぉ兄さん、話だけでも―――)

(待てよ! ボス戦は明日ってこと、忘れてないよな?)

(わかってるわよ、ていうかアナタに聞いてないわよ!)

(オレにも聞けよ! とりあえずパーティー組んでるんだからさ)

(団体行動なんて無意味って言ったのは、アナタでしょうが)

(明日のレイドパーティー戦についてだけだよ。オレ達は結構いいチームだろ)

(どうだか? アナタいっつも私の足引っ張ってるじゃない)

(君が真っ直ぐ前に出すぎなんだよ。もう少しヘイト稼ぐまで待てないのか?)

(ちまちま戦うのは性に合わないの。それに、あの程度の攻撃なら躱せるんだし、正面から迎え撃って何が悪いのよ?)

(何が、だとぉ―――)

 

 無理しているわけではない、最悪なことに実績もある。気負うことなく異常を回避性能をさも当然のことだと告げてきた。

 基本スペックが高い奴はこれだけら困る……。不満を喉元で押さえ込んだ。

 いままで培ってきたパーティー戦のセオリーから外れてる、染みこませた経験は彼女の瞬速にそぐわない。先輩を気取っている立場上、全員の身の安全を図っての選択など考慮しない彼女の横暴もよろしくないのだろうが、オレの分が悪いだろう。

 

(二人とも話がズレてるぞ。彼をどうするかじゃなかったのかな?)

(あ、そうでしたね。で……どうします?)

 

 顔を合わせて、どうしたものかと困っていると、コウイチが決を下した。

 

「君のメインウェポンは、背中に吊ってる【両手剣】かな?」

「そうっスけど……、何か?」

「前のパーティーでは後衛を務めてた?」

「……そうっス」

「両手剣で後衛は難しいだろ? 決め手か迎撃だけだ、サポートはほとんどできないはずだ」

「はいっス。あ! ……今思えば、ソレも関わってたかもしんねぇっス」

 

 再びしょんぼりと、反省していた。

 戦いの終幕を下ろす役目、最もLA(ラストアタック)がとれるフィニッシャー。集団戦や強敵との戦いでは重宝されるも、仲間にサポートを強制するため基本妬まれやすい。裏方や縁の下の力持ちよりも派手な表舞台で活躍したいのは、現実ではできない裏返しの想いが投影されるここならではなの心情だ。カッコイイは正義だ。

 彼は、押しの強いガキ大将のような性格とは、思えない。単に空気を読む機能が低いだけだろう、悪気があって/押し通してやったわけではない。好かれることもあれば嫌われることもある、どちらかに偏りやすい。βの件ですべてが、裏目に変わってしまっただけだ。

 

「どう思う?」

 

 ちょうどいいんじゃないか……。オレに目を配りながら言った。

 コウイチはアスナと同じ意見だった、オレだけが慎重派だったらしい。ため息を一つ漏らした。

 

「……実力見てからなら」

 

 多数決で決まったのなら仕方がない。調整は難しいけど、できないわけじゃない。

 オレが了承すると、コウイチは向き直ってスカウトを始めた。

 

「実は私たちも、一人メンバーを探してたんだ。君が良ければ、一緒にフロアボス戦をやらないかな?」

 

 その提案は全くの予想外だったのか、目を丸くしてこちらを見てきた。

 

「……いいんスか?」

「もちろんだ。ちょうど長物使いが欲しくてね、君にとっては不幸なことだったが、私たちにとっては幸運なことだった」

「でも俺βっスから……、嫌な目に遭っちまいますよ?」

「構わないよ。先の会議で言ったように、君はあの場にいた、これからフロアボスとも戦おうとしている。なら、そんな下らないことどうでもいいだろ?」

 

 悩みの全てを飛び越えて、瑣末なことだと断じてきた。

 一見すると厳しい言い分/「そんなことない」と言い募りたくなるが、代わりに出てきたのは苦笑、そして微かなニヤリ。さきまでしょぼくれていたとは思えない不敵な笑みだ。その変化にオレの方が驚かされた。

 まるで魔法だ。慰め以上の鼓舞、誇りだとも信じ込ませた。この1ヶ月の付き合いで段々と感じはじめ先の会議ではっきりとし今、ようやく確信に至った、コウイチのカリスマ性を。

 もうおちたも同然だったが、オレも援護射撃と前に出た。

 

「オレもβだ。ここまで記憶を頼りにやってみたけど、結構曖昧なところが多かったからな、居てくれると助かる」

「そうだったんスか! それで、何処かで見た名前だと……」

 

 かつての記憶を思い出そうとする姿に、出すぎたのかと後悔した。おそらくはあまりいい記憶ではないのだろうから、忘れたがままにしておいて欲しい。

 君子危うきに近寄らずと、この話題から逃げようとすると、アスナが興味深げに尋ねてきた。

 

「アナタ有名人だったの?」

「オレに聞くなよ。他がどう思ってたかなんて、わかるわけないだろ」

「やっぱり、本人だったんっスね! 同じネーム使ってる他人じゃなくて」

 

 しまった、誘導尋問だったのか……。名前と顔が一致してなかったことを失念していた。やっちまった。

 恨みがましい視線を向けるも、アスナは知らんぷり、だけど少し得意そうにしていた。……いつか見ておれよ。

 

「その話はおいおい聞くとしてだ」

「聞くなよ! マナー違反だろ―――」

「返事を聞かせてくれないかな?」

 

 オレの非難を見事にスルーして、レプタに向かって再度尋ねた。

 ほんのひと拍、悩んだ。おそらく「時間をください」や「もう一度話してから」など、リスクやメリットを鑑みて交渉する、ゲーマーならば当たり前の思考だ。今からでも考えられることには対処しておかなければならない、オレならそうする。

 だけど、彼は違った。

 

「よろしくお願いします。精一杯頑張りまス!」

 

 元気いっぱいに、出会った時の鬱々など感じさせなような、朗らかな笑顔をみせてきた。

 また面倒事が増えた……。胸の内でため息をついた。ソロでやっていたら、こんなことなかったのだろうか? ソレがイイことなのか悪いのか、わからない。ただ、そう不愉快でもないのだからたぶん、大丈夫だろう。

 今はそれしか、わからなかった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 迷宮区の最奥、ボス部屋の手前/大扉を前にて。整列したメンバーに向かってディアベルは、最後の士気高揚を行った。

 

「―――みんな、いきなりなんだけど……ありがとう。全パーティー44人、欠けずに集まってくれた」

 

 本当は全45人だったが、ここにアルゴはいない。彼女の役目は情報収集と分析で、戦うことじゃない。十二分すぎるぐらいに勤めを果たしてくれた。

 

「今だから言うんだけど俺、実は1人でも欠けたら今日は作戦を中止しようと思ってたんだ。でもそんな心配……、杞憂だったな。すげー嬉しいよ」

 

 素朴な感謝にチラホラと、照れ隠ししている奴らがみえた。オレもその一人だ、どうにか顔色には表さないようにしているだけ。少しばかり高めすぎてるきらいが無きにしも非ずだったが、緊張をほぐすにはちょうどいい。素晴らしいリーダーシップだ。

 

「勝とうぜ絶対に。誰一人も欠けず全員で、第二層に行こう」

 

 そして、抜き放った剣を高々と上げた。

 歓声があがった。

 己を鼓舞するような雄叫び、これより先は未知の危険が待っている。死ぬかも知れないとの怖れを吹き飛ばし、絶対勝って生き延びてやるとの決意を改めて叩き込む。気恥ずかしさがあったものの、流れに便乗してオレも気合を入れ直した。

 一潮静まると、ディアべルは大扉に手をかけた。ゴクリと、誰かが生唾をのむ音が聴こえてくる。

 

「……行くぞ」

 

 小さく告げると、大扉が開いていった。巨大な獣の唸り声のような風音を放ちながら少しづつ、少しづつ……ボス部屋が見えてくる。

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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