偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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迷宮区 偵察

 攻略会議が無事に幕を閉じたあと、各々の帰路へと別れていった。休むなりクエストをやるなりフィールドでレベル/スキル上げするなり、それぞれの形で消化するために。大抵は、もう夜も更けていたので、拠点に戻って明日に備えていた。オレ達も流れに従った。

 

 翌日、すぐにボス部屋へと突撃する前に、アスナの装備を一通り見繕った。一目見た時からおおよそ予測していたが、ほぼ初期装備/ノー強化。所持金はメイン武器にほぼ全フリして、【アイアン・レイピア】を数本買うのに使っていた。あまりにも前衛的なので常識人たる格好を指南、武器も彼女の【加速】を活かすためにも軽量の【ウインドフルーレ】を強化したものに変えさせた。予備うんぬんについては、【洗浄液】【ツヤ出しクリーム】【砥石】等の武装の耐久値回復アイテムで解決。教えたら「そんな便利なアイテムがあったのね」と驚かれて、逆に驚かされた。……よく今日まで生きていたものだ。

 

 その後は、団体戦の指南。二人と一人が3人になるので、色々と調整が余儀なくされた。基本はオレが突撃/アスナが遊撃/コウイチが狙撃、という隊列を組んだ。片手剣を使ってるのでオレが遊撃の位置についても良かったが、アスナの方がスピードがあり的であり続けなければならない役割なので突撃を請け負った。戦局が攻勢になったのなら二人とも突撃で構わないが、基本は遊撃でヒット&アウェイをやってもらうことに。

 そのような指示を互の了承のもと取り決めた後、実際にやってみると……ぎこちなかった。

 コウイチとオレ/コウイチとアスナの組み合わせは良かった、連携はスムーズで掛け声無しでも互をカバーし合うことができるようになった。だけどオレとアスナ。いくらやっても前者の連携には及ばない/どうにも噛み合ってくれない、個々で戦ったほうがマシだった。オレはすぐに戦局に応じて変化できるもアスナは頑なに守ってしまう。オレは間に合わないと切り捨てるところアスナの剣速は届いてしまう。彼女のリズムはコウイチよりも早く鋭く強引で、こちらに合わせてくれない。必死で弁明し焦っている所を見ると『合わせ方を知らない』と言ったほうがいいのかもしれない。オレもその気が強い方なので/フロアボス戦には間に合いそうにないので、コウイチの仲介に頼るしかない。

 

 何とかマシな形に落ち着くと、ようやく迷宮区へと向かった。オレ達が見つけられたなかった、ボス部屋へ―――

 

 

 

「―――あのぉ兄さん、私たちだけで行くのってかなり……危険じゃありませんか?」

 

 ボス部屋へ続く階段を登りながら、アスナが至極まっとうな意見を言った。

 

「別に倒しに行くわけじゃない、偵察だよ。フロアボスとの戦いは、実際に戦ってみないとわからないだろ?」

「そうですが……。でも私たちだけというのは、ちょっと―――」

「ビビってるなら外で待ってくれて構わないぞ?」

 

 何気なさを装って横槍を入れると、アスナがキッと睨みつけてきた。

 細剣のような鋭さ、精神上の問題なのに体の何処かに突き刺さったかのようで痛烈。しかし正面から受け止めた。

 

「君は、無理する必要はないよ。君にそばで『無理だ』とビビられるとさ、オレ達にまでソレが伝播する。そうなると本当に無理になるからさ」

 

 冷たく切り返すと、一瞬呆然とするもすぐにギリリッと奥歯を噛み締めた。そして、鋭さに冷たさを上乗せしてきた。

 

「大層な自信ね。経験者だから?」

「デス・ゲームなんてやったことないよ。君と同じにさ」

「フロアボスのこと聞いてるんだけど?」

「同じだろ? ボス戦であっても通常戦闘であっても。遭遇場所がわかってて不意打ちもされない分、ボス戦の方が楽だろ?」

 

 強がりだけど、半分は本心だ。声に出してみるとそんな強気が湧いてくる。オレも存外、ビビっているのだろう。彼女との会話で調子を整えようとしている。

 言い返せずにムスっとしていると、

 

「私たちだけでやるわけじゃない。助っ人を呼んでる」

「助っ人? ……だれですか?」

「彼女だ―――」

 

 コウイチが前方を指さした。

 ボス部屋の手前にある踊り場/厳つい大扉の前、一人の小柄なプレイヤーがちょこんと背を預けていた。フードで顔を隠しているも、そのシルエットからおおよそ判明できた。

 こちらの姿を確認すると、応えるように手を挙げた。

 

 

 

「よォご三方! 遅かタじゃないカ、待ちくたびれたゾ」

 

 

 

 アルゴが、フードの中でニヤリと笑を浮かべながら手を振っていた。

 

「……待ち合わせ時間よりは、早く着いたハズだが?」

「だかラ、もう少シ早く来るべきだタね」

 

 知らない人と待ち合わせした場合、早く行かなくてはと考えるのは当たり前だ。だから、もっと早く着いているべきだった……。常に先んじる情報屋の心得、待ち合わせ時間はほぼ無意味だった。オレは呆れコウイチは感心していた。

 

「一人でよくここまで来れたもんだな、アルゴ」

「なぁニ、私のステは身軽さ重視だからネ。途中のモンスター全部無視できるんだヨ、団体行動とテるお前たちと違テナ」

「なんだ、お前ソロでやってたのか? 知らなかったよ」

 

 そうじゃないかとは思っていたが、コレではっきりした。彼女はソロで活動している。少なくとも、攻略用の情報は自分の頭と足だけで集めている、連れや護衛なしに。

 ほんと、可愛げがなくなったねぇ……。バレたのにどうでもよさそうに、むしろ楽しそうな笑を浮かべながら、肯定とも否定とも言わずお茶を濁してきた。

 子供扱いを抗議しようとすると、すぐさま無視して代わりにアスナへと向いた。

 

「初めましてだネ、アーちゃん」

「……こちらこそ、アルゴさん」

 

 いきなりのあだ名呼びのせいか、ムッと警戒しながらの挨拶。差し出された手をおずおずと掴んだ。

 二人の手前でウインドウが自動展開=【フレンド】登録完了の報告。アルゴは気にせず、アスナは驚き目を丸くしていた。このシステムのことを知らなかったのか、まじまじとウインドウを見つめていた。

 

「へぇー、近くで見るとホント……美人さんだネ」

 

 頭から足先までじっくり眺めながら。外見は同い年以下の女の子に見えるも、中身は小金をもって見せびらかしてるオッサン。お世辞を言いながらもズケズケとスケベ心を押し込んでくる。

 そんないかがわしい臭いを感じたのか、アスナは半歩ほど身を退きながら、

 

「あなたこそ、何で頬にそんな……ペイントを?」

「聞きたイ? 聞きたいなラちょトばかしお金頂くことニなるけド」

 

 指でゼニのマークをチラつかせながら、ニヤニヤと商談を始めた。……新規の顧客に対するサービスは無いみたいだ。

 あからさまな態度にアスナは、嫌そうな顔で答えた。

 

「そこまでじゃないわ。ただちょっと……、疑問に思っただけよ」

「ふーン……。コウちゃんの妹さんにしてハ随分ト、ツンツンしてるんだネェ」

 

 嫌いじゃないけど<この娘は獲物だな、との認識。肉食系鼠。顔は穏やかな笑顔だが目は抜け目なく腹の底まで抉りださんと座っていた。

 アルゴの毒手に気づいていなさそうなアスナ。何を抜き取られるかわかったものではないので、注意しよう口を挟もうとしたら、代わりにコウイチが話を切り替えてきた。

 

「さてアルゴさん。メールで打合せした通り、私はアスナと貴女はキリトとペアを組むということで、いいかな?」

「私はいいけド……、コウちゃん達は大丈夫カ? 二人ともフロアボス戦ハ初めてだロ?」

「問題ないさ。挑戦人数が少なければ出現する取り巻きのモンスターの数も少ないのだろ? 【センチネル】が【トルーパー】と同じならすぐに対応もできる。それに、今回の目的は威力偵察だ。出方がわかっている同士で組んだほうが事故も少ないのではないかな?」

「基本は逃げ回るだけだからな。的にされながらだけど」

 

 捕まったら最後命が取られるリアル鬼ごっこ、主にオレが。

 情報を持ち帰って伝えなければ偵察にはならないので、アルゴが最優先になる。ボスのヘイトは、オレが一人で担当することになるだろう。厳しいが、弱気は顔に出さず。やるしかないと腹をくくる。

 

「できれバ半分まで減らしたいところだけド……、無茶はできないネ。今回は攻め込まズ避けることニ専念、βとの差異を見極めル」

「だな。他のパーティーも大体同じことやってくれてるだろうしな。本番に備えて実感を掴むだけでもいいさ」

「定期テストに備えて予習する、てわけね」

「いやアスナ。その例えでいくなら、予習よりもカンニングだろう。思考の手間を省く」

 

 なんでよりにもよって定期テストなんだ、との疑問はコウイチのマジレスで糸口をうしなってしまった。尋ねそびれてしまうと、別にどうでもいいことだと思えてきた。

 一通り挨拶と戦意の確認を終えると、ボス部屋の大扉と向かい合った。

 まるでその先が、放射能汚染区域であるかのようだった。実際ソレ以上に即効の危険がある。おもわず息を飲ませてる中、アルゴが前に出て扉に触れた。

 

「でハ……、覚悟はいいかイ?」

 

 皆が無言で頷くと、扉を開け放った。地響きのような重低音を鳴らしながら、自動的に開いていく。

 重厚な扉の向こうにあったのは、薄暗い大広間。ひんやりとした風が肌を撫ぜてくる。長らく封じ込められていたであろう空気は、組成は同じものであるはずなのに、外気のモノとは明らかに違っていた。ブルリと身震いさせられる、僅かに鳴っていた微音まで静まっていく。

 一気に緊張を高められるもグッと飲み込んだ。そして、それぞれ飲み下すと一歩、足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 戦域外まで/扉の向こうまで、死に物狂いで走った。すぐにでも引きずり戻そうとする【センチネル】たちの追撃を躱しながら、ギリギリの瀬戸際で逃げる。

 その牙の一つが背中に突き刺さる寸前、最後の跳躍=ソードスキルの発動。筋力とは別物のシステムアシストの救いの手によって引っ張られた。牙は届かず、戦域外へと体を投げ込む―――

 まるで、尻に火が付いたかのような必死の飛び込み。残心も受身もとりようもなくそのまま、つけられた火を消すかのようにゴロゴロと転がされた。ある程度勢いがなくなるとすぐさま膝立ち、まだ三半規管が狂っている中背後に剣を向けた。襲いかかってくるだろう敵を逆襲しようとする。

 しばらくそのまま、平衡感覚と視界が元通りになると、敵は遠間からオレを睨みつけているだけ。大扉があった境界線からこちらへは襲ってこない。それを確認するとようやく、ホッと胸をなでおろした。途端に、全身からも力が抜けていく。

 

「―――あぁ……、しんどかった」

「ほんと、死ぬかと思ったわ……」

 

 オレが安堵のため息をこぼしているとアスナも、近くで愚痴をこぼしていた。見た目は変わらないがどこか、ゲンナリとしている。たぶん、オレも同じだろう。

 ペタリとその場に腰を下ろした。ボス部屋前の広場は、モンスターのエンカウント率は低いが安全地帯ではない、近くでモンスターが沸いてこちらに気づいたのなら襲って来る。完全に安全が確保された場所ではないので気を抜くのは早いのだが、そんな瑣末なことはどうでもいい。とりあえず息を整えない限り、何もする気が起きない。

 普段は息が合わないが、今だけは完全に同感状態。そんなオレ達とは違って、

 

「いやぁ~、スリル満点だタねェ~!」

 

 アルゴは、むしろホクホクと浮かれていた。まるでジェットコースターを乗り終えた子供のように、胸の高鳴りの残響を味わっていた。またやりたいなぁと、無謀な気配も匂わせている。

 ありえない……。オレとアスナが同時に、疲れた吐息をこぼした。

 過半数の賛成を求めてコウイチに目を向けると、

 

「ふむ……確かに、得るものは多かったかな」

 

 お前もかよ、コウイチ/兄さん……。いつもの平静さより若干キラキラしていた、まるで汚れが拭き取られキレイになったかのように。

 二人の底なしの体力が羨ましい。オレ達の方が子供なはずなのに、大人な二人の方が元気いっぱいだ。

 

「あの【センチネル】だけでもかなりの経験値があった。儲けものだったな」

「そっちかよ!」

 

 ついツッコミを入れてしまった。あながち当初通りだったが、そんな現金なものだとは思っていなかった。

 

「何だキリト、反応が薄いじゃないか? コレを利用すれば楽に経験値を稼げるかも知れないんだぞ?」

「楽にって……。ボス部屋を狩場にするつもりか!?」

「【センチネル】が無限湧きするのなら、やってみる価値はあると思う。そうではないのならソレはそれで、いいのでないかな?」

 

 マジか、そんなの考えたことなかった。というか余裕がなかった……。不遜すぎて呆れてしまう。乾いた笑いまででてきた。

 

「アルゴさん。βではどうだったのかな?」

「どうだタかナ……。そこまで苦戦した覚えハなかタかラたぶン……、いやダメだネ、そんなのハ言うべきじゃないカ。

 ごめんコウちゃん、わからなイ」

 

 ハッキリ無理だと言った。

 その断言には驚きを隠せなかったが、アルゴなり/情報屋としての誠実さの表れだろう。金さえ積めばどんな情報でも教える。でも、自分の力量は心得ている/必ずしも『どんな情報でも』とは言えない。さらに、自分の影響力も心得ている/確証のない推測や嘘をついても人を動かしてしまえる。ソレだけはやってはいけない、大抵悲惨なことになるからと。

 オレとは違いコウイチは、別段気にした様子も見せず。ただ「そうか」とだけ受け取った。

 

「ふむ、試してみてもいいが……、その後どんな変化が起きるのかは未知数。何より、早々にフロアボスを倒さねば皆の戦意が弛れる。わざわざ高めたのだから、なおさらやらざるを得ない……。もったいないな―――」

 

 どうにか/何か、利用できないものか……。オレにとってはもういつものことながら、一人考えに耽っていた。

 ソレはアルゴには、珍しいものに見えたのだろう。まじまじと面白そうに見つめながら、

 

「コウちゃん、君は随分ト……変わテるネ」

「貴女ほどじゃないとは、思っていたが?」

「その私ガわざわざ言うんだかラ、そうなノ」

「……情報の売買だけかと思っていたが、捏造も仕事の内かな?」

「それはつまリ、自覚はあるテことだネ?」

「貴女ほどじゃないさ」

 

 噛み合っているような外れているような何とか継っている、間合いの測り合い。好意とも嫌意とも判ぜない微妙な距離感にモヤモヤさせられていると、

 

 

 

「お久しぶりです、コウイチさん! 攻略会議以来ですね」

 

 

 

 爽やかな青年が、仲間を引き連れ近づいてきた。

 

「こちらこそ、ナイト殿」

 

 コウイチは、オレには皮肉に聞こえてしまう挨拶を返した。

 しかしナイト殿=【ディアベル】は、気にした様はなく。むしろ、はにかむような笑顔で答えた。

 オレ達の前までくると、その疲弊した様子を見てとってか、

 

「もしや……、フロアボスの偵察ですか?」

「ちょうど済ませて、今帰るところだ」

 

 簡潔に肯定した。

 ディアベルの仲間たちの間で、どよめきが起きた。驚いたような訝しんでいるようなどっちつかずでオロオロしているような、半信半疑の様子だった。

 そんな仲間たちへ鎮まるようにと小さく手を挙げると、顔つきを真剣に変えて尋ねてきた。

 

「どこまで削りました?」

 

 これから偵察に向かおうとするだろうディアベル達にとっては、当然の聞きたいこと。コウイチはすぐには答えず、オレ達に目配せして教えてもいいものかどうかを聞いてきた。

 問題は、ない……。本来、体を張って得た情報はソレに見合う代価が必要だ。だが、今回のものは違う、すぐに共有されてしかるべき類のものだ。アルゴもソレを重々心得ているのか、すぐさま頷いて了承した。

 

「HPバー一本だ。ソレ以降も攻撃パターンは変わらなかったが、人数とアイテムの兼ね合いもあってね、安全を取って切り上げた」

 

 再び、ディアベル達にどよめきが走った。信じられないと、半信半疑に怯えと畏敬が混ざっていた。

 その様子から、オレ達ほどまで深く切り込めていないことを察すると、アルゴの傍まで近づき耳打ちした。

 

(……奴ら、そこまでやれてなかったみたいだな)

(だネ。あんナ重装備してる奴が多いところ見るト、かなリ……慎重に立ち回タみたいダ)

 

 アイツ等テスターでパーティー組んでると思ってたけど、違ってたか……。オレの独り言を察してか、アルゴが苦笑しながら続けた。

 

(いくら知テたとしてモ、デス・ゲームだからネ。偵察のセオリーを踏める私らの方ガ、どうかしてるんだヨ)

(……だよな)

(え、何? アレって、間違ったやり方だったの!?)

 

 オレ達のヒソヒソ話にアスナが、素朴な驚きを割り込ませてきた。

 正しいけど、おかしなやり方だった……。矛盾してるけどそう言うしかない。何も知らないアスナは幸せだ。知らずにやり遂げたんだから化物だ。……考えてみれば、彼女が一番恐ろしいな。

 

「すごい、たったの4人で……。

 それでは、俺達が偵察に行く意味はほとんど……ないですね」

 

 自分たちの未熟を認めざるを得ない苦さ。爽やかだった笑顔に、陰りが差し込んでいた。

 

「そんなことはないだろ? 情報の確度が上がる。お互いに実感が伴っていればなおさらだ、無意味なことなど何一つ無い」

 

 そうですね―――。萎縮していたディアベルは、その言葉で持ち直した。

 

「この偵察が終わったらもう一度、夕暮れに同じ噴水広場で攻略会議を開こうと思っています。そこで本番での役割や立ち回り方を決めて、明日の正午に……やろうと思います」

 

 決然と、言葉の曖昧さとは違いハッキリと言い切った。

 明日の正午。ソレが、オレ達の命運を決める戦いが始まる刻限。ディアベルの決意が伝染してか、オレも緩んでいた居住まいを正してしまう。

 

「朝集まってから、もう一度意志の確認をするのかな?」

「はい。少ししつこいかもしれないですが、命に関わることですので、臆病であるべきかと」

 

 緊張しながらも明確に、己の決定をコウイチに尋ねてきた。

 まるで教師と生徒、あるいは軍隊の上官と部下。二人の有様に違和感を感じ始めると、

 

「ソレは、リーダーである君が判断すべきことだな」

「……そう、ですね」

 

 至極真っ当な意見を返してきたコウイチにディアベルは、見捨てられたかのようにシュンと、これみよがしにうな垂れていた。

 ソレを憐れんだから、ではないのだろう。コウイチの表情に慰めの色はなく、「ただし」と補足して、

 

「私個人としては、いい考えだと思っている」

 

 その賛意にディアベルはピンと、頭に獣耳があったら立っていたであろうほど、喜びを露わに破顔した。

 コウイチは話はコレで終わりだと、オレ達の元へ戻っていく。ディアベルも仲間たちから、そろそろ行きましょうと促される。しかし、まだ何か言い足りなかったのか、急いでその背に向かうと、

 

「それではまた、会議で!」

「ああ。吉報を待っていよう」

 

 背を向けたまま軽く手を振って、ディアベルたちを見送った。

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「……何か、私の顔についてるのかな?」

 

 ディアベル達がボス部屋に消えてからこの方/モンスターを避けながら迷宮区から拠点まで戻る道すがら、じぃ~とあるいはチラチラと見続けているオレ達。その視線に耐えかねてか、おそるおそる尋ねてきた。

 オレは答えず、代わりにアスナに尋ね返した。

 

「なぁアスナ、君らの家って……由緒正しい名門だったり? 江戸時代から続いてる武家とか公家の末裔だったりするのか?」

「……リアルの事情を聞くのは、マナー違反じゃなくて?」

 

 こちらの意図を察してのことでは、ないだろう。何かしら不穏なモノを感じながらも、ただ常識を説いているだけ。

 その通りではあるが、話の接ぎ穂は切られた。改めて考えてみれば彼女はコウイチ側だ、オレの意図に気づいても乗ってくれはしなかっただろう。

 ここからどう繋ごうか悩んでいると、アルゴが助け舟を出してきた。

 

「あのナイトさん、コウちゃんのこと凄ク頼りにしてるみたイだタからネ。まるデ、忠誠を捧げてる主君に相対してるみたいニ、指示を仰ぎたかテたからサ」

 

 まさしく、ジャストミートな援護。痒かったところへバッチリ手を伸ばしてくれた。

 その流れにのってオレも、

 

「それにだ、『されて当然』とばかりの態度、しかも違和感なんてこれっぱかしも感じさせないぐらい自然にだ。……聞きたくなるのは当然だろ?」

「ソレは、それだけ彼が『彼の目指しているナイト』である証拠、じゃないのかな?」

 

 追撃したら反撃に遭った。上手くそらされてしまった。ここにディアベルはいないので、コレ以上どうしようもできない。

 協力を求めようとアルゴに目配せすると、小さく肩をすくめていた。早々に手を引くことを選んだらしい。情報屋のくせに情けない……。

 せっかくのこの機を活かそうと再度頭を悩ませていると、

 

「ずっと気になってたんだけど……。何でアナタ、兄さんのこと呼び捨てにしてるの?」

「へ? 呼び捨て……オレが?」

 

 予想外の不満に、ぽかーんとなってしまった。

 

「アスナ、私は別に気にしてないよ」

「私は気にします」

 

 やんわり止めようとする兄を、真っ向から弾いた。

 そして、オロついてるオレに向き直ると、厳しい口調で言った。

 

「別に私は、儒教精神に染まってるわけじゃない。リアルがどうのこうの言うつもりもない。けど、どう見たって兄さんの方が年上でしょ、それもかなり。あの【手鏡】のおかげで、このアバターの顔はリアルのモノと同じになったとも言うじゃない。なら……、どうしてそんな態度でいられるの?」

 

 いくら何でも礼儀知らず過ぎる……。改めて指摘されると、二の句が継げない説教だ。年上に対しての敬意が足りなすぎた。生意気な小僧すぎる。

 ただ、あまりにも無意識な行動だった。どうしてと問われても答えようがない=いつの間にかそうなっていた、宣言や信念が先にあったわけじゃなかった。だからと言って、彼女の言うとおり悪習だったのかと言われたら、そんな感じはしない。互いに上手くやってきた、我慢してもさせてもいなかったはず。なら……ソレが正しいのではないか?

 無礼は君の方だ、自分の価値観を押し付けるなよ……。言い返してやろうかと口を開きかけたが、やめた。兄妹の関係上彼女には、問い質さなければならないことだろう。口調はトゲトゲしかったがまだ、こちらの話を聞くゆとりはあった。

 

「そう言われれば……、そうだよな。いやいや、そうですよね?」

 

 言い直してみると、疑問符を付けざるを得ない。しっくりこない。一般常識はオレの感覚と違っていたらしい。彼女の顔を立てて敬語を使ってみてもいいかと思ったが、コレではどうしようもない。

 何としたものかと頭を捻っていると、

 

「アスナ。私は、外見や年齢に囚われず対等に接してくれてるキリトのことを、快く思っているよ」

 

 コウイチが妹に、前言撤回させようとした。

 

「ですが、コレは流石に―――」

「人が他人に敬意を向けるのは、その振る舞いと行いによってのみされるべきだ。決して強制されてはならない。それにここは、リアルで積み重ねられてきた全ての権威が一新された異世界だ。なおさらそうすべきとは、思わないかな?」

 

 だからお前は、ここに来たんじゃないのかな? ……オレの無礼が、逆にアスナの無反省へと変わった。

 無言の問い詰めを受けた彼女は、突然のこともあり答えられず。ソレが肯定を露わにしてしまったと歯噛みした。コウイチから顔も背けた。まだほんの数日しか付き合いはないが、彼女にとって『逃げる』や『怠ける』類の行動はタブーらしい、ということはわかっていた。彼女自身がオレに告げた、『ちょっとした気の迷いで始めただけなのに、こんな大惨事に嵌ってしまったの(笑)』だけではないらしい。

 周囲の空気がどんよりと重くなった。それでもコウイチは退かずアスナは堪えるのみ、オレはどっちつかず。たえられずため息がこぼれそうになると、

 

「全ク、その通りだネ! 良いこと言うねぇコウちゃん。キリ坊も見習いなヨ」

 

 そんなどんよりなど感じないとばかり、褒め讃えられていたオレを鼠の下にまで引きずり下ろしてきた。

 ナイスカバー! とは思ったものの、ダシに使われた気もしないでもない。改めナイスバカーと、軽く牽制を放った。

 

「何様だよ鼠小僧。お前こそ見習え、阿漕な情報屋め」

「失礼な男だネ。私はいつモ大事な情報を教えてあげてるじゃないカ、『人の世は莫迦では渡れない、騙された方が悪いんだ』テことをサ」

「……コウイチ。コイツにお前の爪の垢煎じて飲ませてやってくれ、今すぐに」

 

 ソレだけじゃ全然足りないけど、一度ぶち壊して新築した方がいいぐらいの欠陥品だけど、ペスト入りの鼠だけど……。明るい日本のためにはまず彼女をシベリア送りにすべきかと、本気で打診したくなった。

 ただ、そんなオレ達の即席漫才が通じたのか、観客二人の顔にクスリと笑がこぼれていた。

 

 

 

 和気あいあいと、時には真剣に/モンスターを警戒することも忘れず、4人仲良く迷宮区を抜けると、

 

「―――それじゃ私ハ、ここで失礼させてもらうヨ。『攻略本』を一新しないトいけないカらネ」

 

 街が視界に入るとすぐに、パーティーから抜けた。アルゴが抜けたとの注意ウインドウが自動展開される。

 名残惜しさなど感じさせず、そのまま離れていこうと背に

 

「編集手伝うよアルゴ」

「オッ、殊勝な心掛け……ト思いきヤ、タダで見るのが目的カ?」

 

 テへべろと誤魔化すオレに、じとぉと猜疑の目を向けてきた。

 全くその通りだったので答えないでいると、くるりと向き直ったアルゴが芝居がかって、

 

「『鼠の情報屋』はいつでモ優秀な人材を探しておりまス、絵心と情熱を持テる方は特ニ。ただシ、盗人ト黒好きのソードマンはお呼びではありませんのデ、悪しからズ」

 

 まるで敏腕のセールスマンのように、慇懃に深々と一礼すると、踵返した。突拍子もなくかつ鮮やかでもあったので、何も言い返せず苦笑で見送るしかなかった。

 そんなオレとは違ってコウイチが、

 

「アルゴさん。徹夜は肌に毒だぞ」

 

 紳士な言葉をその背に投げた。

 あまりにも意表を突かれたのだろう、本当にぶつけられたかのようにたたらを踏んだ。振り返ると、少し恥ずかしそうな顔つきをしながら、

 

「……ホント、キリ坊も見習いなヨ」

「恥ずかしいからって、オレに回すのやめろよな」

 

 ニタニタと、先ほどのお返しをした。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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