偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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 無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。それが、この世界の全て。

 基部フロアの直径はおよそ10km。その上に、無慮100に及ぶ階層が積み重なっている、想像絶するような広大さだ。総データー量など、推し量ることもできない。

 内部には、いくつかの都市や小規模な街や村、森と草原・湖までもが存在する。上下のフロアをつなぐ階段は各層に一つのみ。その全てが、怪物のうろつく危険な迷宮区画に存在するため発見も踏破も困難。だが、一度でも誰かが突破して誰かが上層の都市にたどり着けば、そこと下層の各都市の《転移門》が連結される。それによって、誰もが自由に移動できるようになる。

 

 城の名は《アインクラッド》。約6千もの人間を呑み込んで浮かび続ける、剣と戦闘の世界。またの名を―――《ソード・アート・オンライン》。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

『リンク、スタート!』

 

 その呪文で俺は、異世界への扉が潜った。決して帰ることのできない場所へと……。

 唱えた次の瞬間、視界は薄明の白に染められていった―――……

 

 

 

 視覚/聴覚/嗅覚/味覚/触覚―――オールクリア。

 自宅のベッドの上で仰向けになっている俺を「あちら」側へとリンクさせるため、認証のトンネルをくぐる。

 シミ一つない真っ白な広く狭い場所で、巨大な5つの輪がこちらに迫ってきては通り過ぎた。各々が五感の一つを担当しているのだろうか。滑るように俺を跨ぐと、背後のどこかへと消えていった。……五感全てが、あちら側でも同じように作動することが確認された合図だ。

 すべての確認作業を終えると、再現作業に移る。『オレ』がこちらと同じようにあちらで感じ動き回れる仮の体を/アバターを、システムが構成する。

 

 色が/音が/匂いが/味が/振動が、何の媒介もなしに直接オレの中に入ってきた。錯綜した大量の情報が、綺麗に整理整頓されていく。

 すると目が/耳が/鼻が/舌が/肌が、所定の場所に配置されていった。俺という立体地図が描かれていく。

 できあがったその中心に、重さが充填された。形は定かではないのに、触れた瞬間に張り付いて離れなくなる。すると足が/膝が/腰が/腹が/胸が/肩が/肘が/手が/首が/頭が、出来上がっていった。俺という塊がそこに現れ地に足をついていった。

 自分の重みに地面に反響する。綿菓子のようなその中を熱した飴のように変えて波打つ。その荒波を押さえ込むために、揺れ動く芯を無理ヤリ固形化させ形を決めた。

 気ままに、調子が外れたまま中に溶け込もうとする反響が、その芯に拒絶され山彦となって外へと跳ね返っていく。地面の上に立ち上がるための骨格と、それを支え動かすための筋肉が、稼動し始めていく。

 そうして、オレという姿がそこに立っていた。

 

 地面の確かな感触を足の裏で確認すると、腕を視界の中まで動かした。うっすらとした薄い燐光に覆われている手の平が現れる。

 その光が消えると、肌の色や皺が鮮明に映し出されていった。現れたそれを、握っては開いて5本の指の動かす。動かせることを確かめた。……何も支障はない。

 

 確認すると、その胸の内からこみ上げてくるものがあった。

 ほほの筋肉が緩んでは引き絞られて、瞳に力がこもってくる。鼻腔を空気が滑っていって、胸を内側から膨らましていく。その隣でトクトクと脈打っているものの鼓動が、意識され始める―――

 

(―――戻ってきたんだ、この世界に)

 

 その感動に従って、自分の頭を上げた。周囲にうごめいている多彩な情報が、一斉にオレの中に入ってくる。……そこには、現代の日本ではお目にかかることが困難な、広大な人類未踏の大地が開けているのだ。

 

 邪魔するものなど何もない、突きつけるような蒼穹。そこに揺蕩うは、遠近感を狂わすような巨大な綿雲。それを頭に被った山嶺が、視界の遥か彼方で鎮座している。肌を撫ぜる微風には、その山の裾野に広がる森林か草原の匂いが乗せられている。自動車の排ガスにまみれた大気か、空気清浄機で幾重にも越し取られた無菌の室内の空気では、感じることができない深呼吸の気持ちよさ。鼻腔か口から喉を通って肺を吸った空気が満たす、横隔膜が押し上げられて膨らんで胸郭を内側から押し上げて行くときに、体中に溜まった汚れたものが一新されるのを実感する。それは、体の内側と外に感じる自然とが、ひと続きのものだと言うことを心地よさと共に理解させてくれる。

 実感―――。コンピューターが作り出した仮想現実であるにもかかわらすそれは、物理現実では到底味わえない「本物」の味わいがあるのだ。

 体中が腹の奥底から、めい一杯広がって引き絞られていく。痛くなるほどなのに、それすらも気持ちいいと感じれるほどの自由が、溢れ出てくるのだ。確かに、細部においては、ここが仮想現実であるということを改めて知らしめる不具合はある。人の感覚の意外な程の目ざとさは、発展を続けてきたコンピューターの計算能力であっても、未だ捉えきれないところが多々ある。それでもその違和感は、最大限の集中力を発揮しなければ、はっきりと気づくことはできない。普段通りの構えない自然体であった場合、周りの環境を住みやすいものに調整するような、家具や電気製品などが奏でる不協和音のマイナス分だけ、この仮想現実の方が『現実』に思えてくるのだ。

 βテスト期間中何度も訪れた異世界。

 恋焦がれてきたその場所が、まさに目と鼻の先で、俺を待っている―――……はずだった。

 

「…………そうだった。確か最初は、こうだったよな」

 

 自分の部屋と酷似した場所。ベッドの上に寝ていた自分、ナーブギアも同じ。……ログインするまえと全く同じ。

 本当にここは仮想世界のなのか驚かれた。バグが起きたのではないかと不安になる。ただ寝て起きただけではないのか。でも、窓の外は曇って見えなくなっている。開けようと思っても開けられない。

 特異な演出。ここは現実と地続きであると、冒険の始まりは自分の部屋から。混同させて没入させる。

 

 βと合わせて二度目、驚きは少ない。これが初見の人は大いに驚いたことだろう。

 迷わず経験に従って、クローゼットを開いて着替えた。寝巻きのまま外に出るのはまずい。

 そこに入っていたのは、自分が持っているはずのないものだった。所々傷とあるボロ服/使い古して色あせた革の胸当て/あまり役に立たなそうな革の小手と脚絆/藁で編まれたサンダル=草鞋、初期装備だ。他に入っていたはずなのに何もない、代わりにそれが置いてあった。

 

「βの時は、わかんなかったんだよなぁ……」

 

 その時のことを思い出して苦笑した。何も分からずに着の身着のまま、外に出てしまった。……ほぼ丸裸と同じような寝間着姿で。

 コレを見つけることができたのは、ログイン時に下着姿だったプレイヤーだった。そのまま外に出るわけにはいかないので、着れる服を探しクローゼットかタンスを開いて見つけた。

 

 今度はちゃんと見つけて着替える=装備する。まだメニューウインドウを開くことができないので装備できているのかわからないが、身につけたのならそうなっているはずだろう。本編でもそうだったから、信じるしかない。

 防御力は雀の涙ほどしか上がらないが、それでもないよりかはマシ。特にサンダルはありがたい。裸足で外をであるくのは、気持ち的に不安にさせられる。

 

「―――よし! それじゃ行くか」

 

 準備を整えると、外に出た。扉を開く―――

 

 

 

 目の前に広がっているのは、求めていた異世界=うっすらと霧が立ち込めている森の中だった。

 背の高い木々に覆われて空が見えない、曇ってもいて灰色が立ち込めてもいる。そのくせ周囲はハッキリと見えているので、今は朝か昼なのだろう。……時間が止まっているだけかもしれない。

 踏み出した感触はやんわり、湿った腐葉土が裸足に染み込んできた。家の廊下のはずだったのに続いていたのは別の場所。自室がそのまま、異世界に転移させられたかのような異常現象。

 二度目ではあるが驚きが隠せない、そして何より喜びも。やっと異世界にきた実感が掴めた。

 

 森の奥へ進む……その前に、自分がいたところを振り返った。

 ボロボロの木造の小屋、人が寄り付かず整備もあまりされていないような山小屋。それなのに、扉の向こうは現代風という。

 扉があったすぐ横には、これみよがしに棍棒が一本立てかけられている。ちょっとやそっとでは折れないような、短いが太く荒削りな木刀といった道具=【木の棒(ウッドスタッフ)】。これから行く未知の森には必要だと思われる/思わざるを得ないモノ。

 

「……これにしちゃうよな、普通は」

 

 ソレを無視して、小屋の裏手側に回った。そこにあったのは、薪割り用と思われる【手斧(ハンドアックス)】=【木の棒】よりは使いやすく攻撃力の高い武器、裾がボロボロだが頑丈そうなフード付きマント=防御力を補填してくれるアクセサリ。それらを手に取り装備した。

 ほとんどのプレイヤーが、最初に目に付いた棍棒をもって森の中へ進んでいった。裏手に回ったプレイヤーの数は少ない。手斧とマントの存在に気づいたのはごくわずかだ。後になって気づき悔しがっていた。……見つけれたとしても、そこまでこれからの結果を左右するわけではないだろうが。

 

 全ての準備を整えることができた。

 ようやく森の奥へと進む。小屋から離れていった。森を包むうす霧を越えていく。

 どちらの方角に向かっても大差ない。途中で罠があるわけでも宝箱が隠されているわけでもない。行き着く場所は同じなので、迷わずまっすぐ進む。

 

「―――結局ここ、なんだったんだろうな? 似た場所なんてなかったしもう一度はこれなかった」

 

 もっと上の階に行けていたら、同じ場所があったのかもしれない。しかし、βではそこまで行けていなかった。踏破したエリアであっても、すみずみまで探索しきれたとも言えない。

 疑問は残るが、ワクワクを足してくれるもの。いずれは解明されることだろうと、その時にこの不思議な場所の意味が明かされる。それを思うと、楽しみが増してくるだけだ。

 

 

 

 森を進み続けると、霧が立ち込め濃くなった。頭上からは雪のような細かな灰も落ちてくる。辺り一面、視界が悪くなっていった。

 

 不安にさせられるがそのまま進んだ。これでいい、βと同じだ、大丈夫だこれで道はあっている……。護符のように【手斧】をギュッと握り直すと、迷わず前へ進み続けた。

 霧がだんだんと濃くなっていった。降り注ぐ灰も相まって、一面が漂白された銀世界になっていた。足元も凝らさないと見えない、周囲にあったはずの木々も見えなくなっていた。まっすぐだけ進めばぶつかるはずなのにそれもない……。

 そのことに気づくと、理解させられた、すでに別の場所にいることに。既にここは森の中じゃない。ソレに気づかされると、次に踏みしめた足の感触も固くなっていた。降り積もった落ち葉と灰の柔らかな弾力がなくなっている。地面は踏み固められていた。コンクリートのような硬さそして、人工物であると直感させる冷たさがあった。

 緊張で背筋が強張った。生き物が密集していた場所から急に投げ出された不安、無機物の世界は体の芯を凍えさせてくる。わかっていても、体が勝手に反応してしまう。じんわり冷や汗が流れ落ちた、口の中が乾いていくのも。

 

 不安を抱えながらも歩き続けるといきなり、地鳴りが響いた。地面が揺れる。

 ぞわりと、一気に緊張が走り抜けた。背筋にビリビリと痺れが走った。息を飲まされる。周囲を警戒するように見渡した。遠くからであることはわかるが、霧が立ち込めた今は遠近感覚が確かではない、先と同じ開けた森の中にいるとも限らない。音の反響だけでは当てにならない。……居所が掴めない。

 初見ならば、ただ怯えているだけだろう。ホラー映画の中/悪霊の住まう恐怖の館に閉じ込めされてしまったかのような不気味さに怯える。βの時のオレもそうだった。だけど、今のオレは―――違う。

 ニンマリと不敵に笑った、頬が引きつってしまうのを自覚しながらも無理やり。【手斧】を胸の前で構え腰を落とした、浮ついていた重心を定める。ふぅーと一つ息を吐き強張りを解いた/肩の力を抜いた=臨戦態勢。

 

 恐怖と期待が入り混じった緊迫感、やや前者に傾いているので平衡を保つ。体が震えているのは、怖いからか武者震いなのか……わからない。ただ、逃げ出したいとは思えない/思ってはいない。

 

「……さぁ来い、来いよ。さっさと来やがれ!」

 

 今度は仕留めてやる……。リベンジ戦だ。次は絶対に勝つ。

 βでは敗北で終わってしまった戦い。何も知らない始めの始めである以上どうしようもない、シナリオ上必要なことでもあったのだろう。予定された負け戦だ。ゆえに、あるいはまだか、『その相手』と再戦することは許されなかった。

 でも、今回は違う/同じシナリオにしてくれた=再戦できる。それも何度でも。もし負けたとしても、もう一度データを消してやり直しは可能だ、あるいはクリアしたあとの周回プレイでも。ただ……、今はそんな手間をかけたくはない。先が魅力的なのにわざわざここで足踏みしたくはない。

 だから今、ここで仕留める。

 

 足音がさらに大きくなる。それと同時に威圧感が増し、空気も重くなっていった。

 緊張が高まり額にじんわりと汗が流れ落ちる。ソレを拭い取ろうとしたその時―――姿を現した。

 

 その異様と巨体に、ゴクリとつばを飲み込まされた。 

 灰色の巨人、自分の背丈の3倍はある。横幅もたっぷりと詰まっている。鈍重な肥満体型ではないが、ギリギリレスラー体型に収まっている、象のような分厚い体皮。

 トロール―――。かの怪物によく似ている。

 死んだような虚の瞳、顔には理性の光は微塵も差していない、入力された命令に従うだけ。ヨダレを垂らしたままではなく体を洗うという考えが思い浮かばないような不潔感もないが、体の大きさと腕力だけが取り柄のモンスター。そう言い切ってもいいような、動きが鈍重で頭の回転も遅い雰囲気を醸し出している。ただし、その額から生えている角と背中にある羽。どちらも退化して使えない飾りのようなものだが、ただの粘土巨人でないこと/【魔人】の一種であることを証明している。

 【塵界の尖兵】―――。

 その名を認識すると同時に、HPバーも表示された。

 オレと同じ形状の一本型、だけどそこに込められている数値は桁が違う。……現状では、ほぼ歯が立たない強敵。

 

(だけど……、倒せないわけじゃない)

 

 今ここでも、倒せるはずだ……。周回プレイができることを考慮に入れれば、倒せないわけにはいかない。何より、倒せないような威圧感を帯びていない、こいつが最終ボスより強いなんていうことはありえないはず。

 腹に力を込めなおす、慄えを戦意で押さえつけた。

 

 そんなオレの怯えを感じ取ったのか/ただのアルゴリズムか、先手を繰り出してきた。両手に持っていた戦斧を振り下ろす。オレごと地面を踏み潰すかのような一撃―――

 ソレを、懐に飛び込んで回避した、転がりながら安全地帯へ。

 

 衝撃とはぜた土くれが背中を打つ、先までいた地面には深々と斧が食い込んでいる。……間一髪。

 だけど好機/敵は硬直している、そのまま流れるようにガラ空きの懐を一閃した。

 肉がすんなりと切れた感覚、カウンターになった。切りながら背後へと走り抜けていく。

 巨人、いきなりの攻撃に驚き悲鳴を上げた。痛みに身震いし地団駄を踏む、まとわりついているであろうオレを叩き落さんと。だけどその時にはもう、オレはいない。背後に退避していた。……初撃は見事に決めた。

 

 すぐさま次撃。いまだ驚愕冷めやらぬ巨人の背に、俺の背丈では腰辺りへ袈裟斬り。

 スパッと滞りなく、刃が巨人の背を切り裂いた。……こちらも上手くダメージを通せた。

 さらなる痛みに呻いた、背筋がビンッと反る。まるで浣腸でもされたかのようで、後で振り返ってみれば間抜けな絵ずらだ。だが同時に反射、オレを見ずに振り向きざまに反撃を繰り出してきた、鬱陶しいハエを振り払うように。

 だが、それも予想の範囲。問題ない。バックステップで余裕で躱せる攻撃、喰らえば大ダメージの上に吹き飛ばされ【転倒】の恐れもある。無難に考えれば、その通りが一番いい。そうしようとした―――

 だけど、踏みとどまる。振り払いに受けて立つ、軌跡を予想して、そこに自分の武器を沿わせる。受け止めるのではなく誘導する、ベクトルを操作する。相手の力で相手の体勢を崩す、パリィ狙い。

 迫り来る戦斧がぶつかる、押し飛ばされる、その寸前の無重力時間。高めた集中力がソレを捉えた。刃を跳ね上げる。

 

「おぉ……らぁ―――ッ!」

 

 金属同士が奏でる澄んだ音色。響き渡った。

 ほぼ直角に跳ね上げられた戦斧、自分の力が勝手に動いた。もともと振り向きざまの無理な体勢、体をひねっての背後への振り払い。加えられたベクトル変化にたまらず、巨人は前のめりによろけた。たたらを踏んだ。

 その自重を支える足。そこを狙い一直線にとんだ。切り込んだ。―――気持ちのいいまでの斬撃。スパンッと肉を裂く。

 巨人、支えようとした足に力が入らず、そのまま崩れ落ちた=【転倒】した。地鳴りと土煙が舞い上がる。

 

 起き上がる前に/隙だらけの今のうちに、攻撃を食らわせ続けた。HPバーがドンドンと削れていく。

 

 

 

 今日この時のためのイメージトレーニング。それが見事に幸をなした。

 

 このような巨体でしかもレベル差もあるような敵ならば、離れて戦うのは下策だろう。

 見た目通り、この敵にはパワーがある。数撃当てられればオレは殺される、たった一撃だけでHPは半分以上はもっていかれることだろう。こちらの防御力は紙に毛が生えたようなもの、HPも初期値で余裕は微塵もない。回復アイテムも持ち合わせていない。絶対に敵の攻撃を受けるわけにはいかない。

 ただ優っている点はある。スピードだ。こちらは小人で身軽だ、巨体の相手は背をかがめる無理な姿勢を強いられる。おまけに人型だ、背中や足元に死角が出来やすい。ちょこちょこ近くでまとわりつかれれば対処しきれない。小さいこちらはソレを見つけやすい。ソコに入り続けていれば安全だ。さらに、相手は自分が格上だと認識している、その考えを元に行動している。だから退かない、一度離れて俺と状況を分析しようとはしない。力でねじ伏せようとする、そうしなければならないと動く。ゆえに―――、その動きは単調だ。

 一見危険そうに見えるが実は、懐に張り付き続けるのが一番安全だ。

 

 

 

 【転倒】から起き上がる兆候。雄叫びをあげながら、戦斧をしゃにむに振り回してきた。

 寸前で読み取り回避。今度はパックステップで離れる。距離を取る。同時に―――手斧を投げた。巨人の腕に刺さる。

 たまらず巨人、戦斧を溢れ落とした。振り回していた勢いで彼方に転がる。

 

 起き上がるとふたたび相対。怒りにわれを忘れている表情。いつの間にか真っ赤に充血している目で、オレを射殺すように睨んだ。……取りこぼした戦斧をみることもなく。

 オレも同じく武器を失った。互いに徒手空拳、だけど相手の拳は岩をも砕けそうな鉄拳、おまけに鋼鉄ですらグニャグニャに曲げられそうな豪腕、さらには猛獣の牙すら食い込めず逆に折るような肉の鎧。戦力差は歴然だった、俺にとって【手斧】は必要不可欠だったが相手にとって【戦斧】はどうでもいい。そもそもあった差がさらに広がっただけだ、もはや取り返しがつかないほどに……。

 だが―――、心配ない。まだ想定通りだ。

 

 視線を外さないようにしながら、羽織っていたマントを脱いだ。手に取りまとめる。同時に、視界の隅で敵がこぼした戦斧を捉える。自分との距離を目算した。……ここが一番の難所だ。

 

 

 

「■■■■■■■■■―――ッ!!」

 

 

 

 すべてを揺さぶるような咆哮。地震が起きたかのように、地面まで震えた。

 

 叫び終わると突進。俺を掴まんと、捕まえて握りつぶさんと、両手を伸ばしながら体当たりしてきた。

 まるで津波、視界全てが暗く染めらる。巨人に覆われた。……わかってはいても根源的な恐怖で身がすくんでしまう。

 だけど、抑え付ける。ここで恐怖に負けてはならない、恐怖だけが問題だ。勝利はすでに、この手の中に―――ある。

 ギリギリまで引き付けると、横ステップで躱した。同時に、手に持っていたマントを広げ、投げた。

 

 巨人、俺を捕まえられず空振り。さらに、マントが顔に覆いかぶさった。前が見えない。急に視界が黒くなって驚く、動揺が足をもつれさせた。

 体当たりの勢いのまま転けた。うつ伏せに【転倒】した。どスーンと、ふたたび地鳴りが響き渡る。

 

 モゴモゴと顔を動かす、マントを取ろうとした。しかし、転んだ勢いで絡まったソレは容易には取れない、慌ててもいるのでさらに絡まる。―――その隙に、取りこぼさせた【戦斧】の下まで走った。

 無骨で使い古し所々汚れが目立つ【戦斧】、その刃は始めこそ鋭利に研ぎ澄まされていたのだろうが今は見る影もない/潰れて丸くなっていたり欠けていたりしている。金属製の棍棒といった有様。だけど……、巨大だ。俺の背丈ほどはある。急いで掴みあげようとした。

 だが……、できない。予想以上に重い。ほんの少し柄が持ち上がっただけ、一番重量がある刃は地面についたまま。

 装備に必要な筋力値が全く足りていないのだろう、動かすことすらままならないほどに。最初に持っていた【手斧】とは比べ物にならないほど、この巨人と遭遇できなかったことを考えればおそらくは、βで積み上げたパラメーターであっても難しかっただろう。だけどソレは、わかっていたことだ。それでもコレが必要だ。

 それに、使い方もわかっている。

 

 柄だけをしっかり掴むとそのまま、巨人の下へと走った。上がっていない刃がズルズルごりごりと地面を削るが構わず、引っ張り続けていく。走り高跳びの助走のように、直線ではなく弧を描くようにして、遠心力を付け加えていく―――

 ようやくマントを取り払った/引きちぎった巨人が、【転倒】状態から回復しようとしていた。近くに俺がいないことに気づきあたりを見渡す、がなり立てる擦過音に振り返り―――目があった。

 驚愕に目が見開かれた。何も考えられず空白、ただ眺めているだけ。そんな呆けた巨人に向かって俺は、最後のひと仕事。今まで助走で溜めに溜めた力を圧縮、踏みとどまりそこを軸にして捻る=急激な方向転換。全身の力を振り絞る、勢いに乗った戦斧を振り上げる。

 

「オオオオォォォーーーッ―――!」

 

 雄叫びをあげながら振り上げた【戦斧】は、地面から持ち上がった。摩擦音がしないのに動いている/動かせている。

 肩の関節が外れそうだった。あまりの重さに/限界を超えた武器に体が悲鳴を上げている。だけど、その勢いを殺さず導く/振り抜く、俺が求めた必殺へ=巨人の首筋へ。

 巨人はただ呆然と、事の次第を眺めているだけ。俺の/自分の武器だったものが首元まで迫ってきているのを。そして、その刃が自分の首の肉を喰んでいるのですら―――

 

(これで―――、終わりだッ!)

 

 全身全霊を込めた一撃。声なき咆哮とともにそれを―――、放った。

 

 

 

 瞬間、鎌鼬のような鋭い突風が、駆け抜けた……。

 

 

 

 勢いあまり/掴んでいられず【戦斧】が、手からすっぽ抜けた。そのベクトルを切り離せず、半回転させられながら倒れた。ゴロゴロと受身も取れず地面に転がされる=【転倒】、敵が目の前にいるのにすぐには動けない。

 だが、もう勝負は決まっていた。

 

 巨人の首が、宙に舞い上がっていた。同時に真っ赤な噴水を巻き上げながらも、残された胴体は何が起きたのか分からず立ちすくんでいる。

 赤いシャワーが降り注ぐ中、ぼとりと首が落下した。その微かな振動でようやく、何が起きたか理解したのだろう、遅れて胴体も倒れた。

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 「この仮想世界は現実世界と地続きである」
 このように誤解させることが、VRにリアリティをもたせプレイヤーを異世界に自然とのめり込ませる。その手の仕掛けが、このSAOというVRゲームにもあるはず。デス・ゲーム化という強引な手段以外に、夢と現実の境界を曖昧にしてしまう「何か」があっていいと思う。むしろそちらの方が真っ当なやり方ではないかとも。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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