偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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トールバーナ βの責務 後

 告発は続く。

 

「―――こん中にもちょっとはおるはずやで、β上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらおう考えてる小ずるい奴が。そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを今作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命を預けとうないわ!」

 

 名前のとおり、牙のひと噛みにも似た糾弾だった。

 

(随分な暴論だが……、耳が痛いかな)

(……ああ)

 

 苦笑も漏らしていないコウイチは、言うほど堪えているようには見えない。オレに対しての皮肉に聞こえなかったのは、聞き取る余裕がなかったからだろう。

 千人……。その全ての責任が、テスターのものだとは言えない。むしろテスターの方が、生半可な知識と経験があるが故に死んでいった。それが、警戒心を薄れさせ、持ちうるそれらに全幅の信頼を傾けてしまうという安易な選択をさせてしまった。その結果が千人だ。

 あるいは、いまだこのSAOがデス・ゲームであると信じきれないからだろう。主催者側のサプライズか何かだと勘違いしている者たちによる、軽はずみな行為の結果なのかもしれない。本当にデス・ゲームなのか、ログアウトできないのか? 未だ俺の中にも確信はない。ほかのプレイヤーにとってもそうだろう。確かめようにも命はひとつだけだ。

 誰もが皆、押し黙らせた。憤慨しように、上手く言葉をまとめられない。

 

「―――発言、いいか?」

 

 そんな沈黙の中、豊かなハリのあるバリトンが響いた。

 体長は、190センチはあるだろうか。立ち上がるとまさに巨人だ。背中に吊ってある両手用戦斧が、実に軽そうに見える。

 

「オレの名前は【エギル】だ。

 あんたが言いたいことはつまり、元βテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」

「そ……そうや!」

 

 キバオウは、エギルと名乗った男性プレイヤーの威容に気圧されながらも、吠えるようにように言った。

 肌はチョコレート色で、頭は大胆にもスキンヘッドにしてある。だが、彫りの深いその顔と合わせると、そのカスタマイズが見事に似合っていた。日本人とはかけ離れた、実際に人種からして違うのかもしれない。キバオウの傍らに立つと、その威容が否が応でもわかる。

 おもむろに、腰に巻きつけてある大型ポーチに手を突っ込むと、手の平だいの一冊の本を取り出し皆に見せた。

 

「このガイドブック、見たことはあるな。あんただって貰っただろ」

 

 巨漢=エギルが取り出したのは、アルゴが作った『攻略本』だった。

 

「……貰たで。それが何や?」

「ここに載っている情報の早さから推測すると、これを情報屋に提供したのは、元βテスターだろう」

 

 再度、ざわめきが広がった。指摘されて初めて気づいたプレイヤーもいるのだろうが、βテスターなら推測できてしかるべき事柄だ。茅場がそんな不自然な便利アイテム、無料で配布するわけがない。

 エギルの言うとおりそれは、βテスター以外にはありえない情報だった。オレですら、忘れていたイベントの攻略方法などを思い出すために使わてもらっていた。中々に重宝している。

 

(アレ、私も貰ったわ。街の道具屋に無料で置いてあった。色々と詳しく載っていてわかりやすくて、随分と助かったわ)

(そりゃよかったな。……オレは500コル取られたけど)

 

 ほかのプレイヤーには無料で配布されたのに……。ソレが情報収集や編集等の活動資金ならば、致し方ないだろう。500コルだと、幾分か懐にも余裕ができた今では返せとも言いづらい。

 言葉に詰まっているキバオウをそのままに、エギルは続ける。

 

「それに―――、これもある」

 

 言いながら今度は、自分の胸元を首の上から突っ込むと、その手のひらに小さなプラチナに輝くモノを取り出した。真白な滑らかな球体、それを囲うようにある銀白色の細い金属製のリング、その下側に吊るされている涙のような三つの雫。

 オレの位置からでは詳しくは見れないが、今オレの首にもそれと同じものがかかっている。そしておそらくは、ほかのプレイヤーにも。

 【生命の首飾り】。茅場晶彦がプレイヤーに与えたアイテムの一つだ。プレイヤーに対する救済処置として渡されたであろうアイテムだ。アクセサリとして装備すると【幸運値】が1ポイント上がる特典もつくが、それ以上に重要な効果は、もし装備したプレイヤーが死んだ場合その場で復活することができる、命の保険だ。

 ただ、あくまで「その場」でだ。フロアの端から飛び降り自殺を試みたプレイヤーは復活できない。効果は発揮したのかもしれないが、すぐさま落下で消滅したのだろう。ここが本当に脱出不可能なデス・ゲームの最中なのか確かめようとしたプレイヤーは、黒鉄宮に置かれた碑文にその最後を刻まれて終わった。

 β版では、このようなアイテムの存在は確認されていない、初めから持たされてもいない。少なくとも10層までは、このアイテムが出現することはないだろう、たぶんその後であっても。あの【手鏡】同様、コレはもともと存在しなかったアイテムなのかもしれない。現実同様のデス・ゲームだと宣言した以上、このような保険を再びプレイヤーが手に入れることは、不可能と考えたほうが無難だろう。

 幾人かのプレイヤーと同様に、胸元に手を当てその感触を確かめながら続きを聞いた。

 

「コレは、全てのプレイヤーに与えられたアイテムの一つだ。デス・ゲームとなった今では、これほど重要なアイテムはないだろう。問題はコイツの効果の方なんだが、おそらく……テスターとビギナーで分かれている」

 

 その言葉に再度、動揺が広がった。オレも今度こそ、皆と同じように動揺していた。

 まだオレは、このアイテムによる復活効果は使っていないが、それでも、効果のことは知っていた。【森の秘薬】クエストにて、MPK(モンスタープレイヤーキル)で嵌め殺そうとした男を通して知った。……奴は今も生きている。

 アイツがこの会議にいなくて良かった……。再会を喜べはしないが腹を立てるほどでもない、どんな顔をすればいいのかわからない/相手次第だ。しおらしく謝罪してきたのならこちらも見捨ててすまないと言えるが、因縁を吹っかけてくるようならもう一度同じ目にあわせてやりたくなる、他人のフリをするのがお互いのためだ。

 

「テスターは1回限り、ビギナーは……少なくとも2回は効果を発揮してくれるらしい」

「なんでそないなこと、お前にわかるんや?」

「ここに来るまで俺は、2回死んだ」

 

 回数制限……。そんなものがあるなんて知らなかった。それも、テスターとビギナーで区別されているなんて。

 容易には信じがたい事だが、彼の言葉には嘘は感じられない。その言葉は、説得力の塊のようなものだったからだ。たとえ嘘であっても、真実だと思ってしまうことだろう。

 

(コレ、本当に効果あったのね……)

(アスナ、もしかしてお前……一度も死んでなかったのかな?)

(え? あ、はい。試すにはちょっと……勿体ないと思って)

(マジか!? よく迷宮区まで来れたな、しかも中で数日間も生き延びて)

(別に……、大したことじゃないわよ。あのガイドブックをちゃんと見ればできるはずでしょ?)

(……ソレだと、あのエギルさんはちゃんと見てなかったことになるぞ?)

 

 見た感じ、猪武者ではなさそうだ。むしろ慎重にことを進めていくタイプだろうに、おばかさんになる……。この兄妹たちには、自分たちが優秀なんだと自覚して欲しい。もし運だと言い切るのなら/ここでも幸運量保存の法則があるのなら、ロシアンルーレットだけは任せられなくなるが……、ズレを調整するのは骨が折れる。

 

「俺は今もこうやって生きているが、パーティーを組んで色々とレクチャーしてもらった元テスターの一人は、2度目に死んだ時そのまま復活しなかった。全く動かないまま20分ほど経ったら、体が砕けて消えた。

 この首飾りは、アクセサリとしては残り続けるが、蘇生効果は回数制限がかかっているらしい。それも、装備しているプレイヤーによって違う」

 

 エギルは、もう一つ首飾りを見せながらそう言うと、一度言葉を切った。

 感情を込めずに淡々と告げた言葉は、重かった、おそらく、取り出した首飾りは亡き人のものだろう。彼が本当のことを言っているのかどうか、確かめようはない。だが、相変わらずそこには嘘の気配はない。嘘を言っているという疑いすら、念頭にも浮かんでこない。

 この巨漢は、世話になった元テスターの死を乗り越えてここに立っている……。それが、目の前のキバオウにすら伝わったのだろう。むき出しにしていた牙を収めて彼の話を黙って聞いていた。

 そのキバオウから一旦目を離して、皆に宣言するように続けた。

 

「いいか、情報はあった。それに、システムによる差別化も図られていた。なのに多くのプレイヤーが死んだ……。だが今は、その責任を追及している場合じゃない。俺たち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右される……。俺はそう考えてるんだがな」

 

 最後にちらりとキバオウの方に視線を送ると、あとは何も言う必要はないと言わんばかりに、そのまま発言を終えた。

 俺は、不穏な空気が消えていったのを感じて、心の内でホっとため息をついていた。たぶん、誰かは知らないが俺と同じようにここに紛れ込んだテスターも、同じことだっただろう。

 だが、その元凶であるキバオウは、まだ不満を発散しきれていないと言わんばかりに眉をひそめていた。何も言い返せずに黙ったままだが、エギルを睨みつけて剣呑な空気を漂わせていた。

 

「ふむ、ちょうどいい具合に煮詰まったな―――」

 

 何が……。奇妙なつぶやきを尋ねる前に、コウイチはいきなり挙手した。

 

 

 

「私は、そこのキバオウ君の意見に賛成だ。βテスターの責任は今ここで、はっきりさせたほうがいい」

 

 

 

 どよめきが広がった。すぐさま、瞠目した全員の視線がコウイチに突き刺さってきた。

 慌てて引き寄せ、止めようと注意する。

 

(バカか、コウイチ、コウイチ莫迦! せっかくまとまりかけてたのに蒸し返すなよ!)

(だから、マズイと思ってな。エギルさんもキバオウ君も、お互い伝えたいことが噛み合っていなかった)

 

 そんなこと、どうでも―――。言い募ろうとする前に、この場を仕切ってるディアベルが口を挟んできた。

 

「……済みませんが、発言の前に名乗ってもらってもいいですか?」

「【コウイチ】だ。迷宮区に一番乗りしたパーティーの一人、といえばわかってもらえるかな?」

 

 顔は平静そのもの、しかし言葉には皮肉が込められていた。ボス部屋を見つけたのは君たちの功績だが、最も危険を被ってきたのは自分たち。それなのに、本来はこの会議に招待もされていなかった……。周りの観衆はチラホラとざわつくだけだが、ディアベルは苦そうな顔をさせられていた。彼の取り巻きと思わしき仲間たちは、同じような顔をしたり睨みつけたり。

 もう関わりたくないと、若干離れようとし始めた時、真っ向から対立させられたエギルが冷静さを崩すことなく言った。

 

「それで……コウイチさん。あんたの意見を聞かせてもらうか?」

「まず、この場で最も責任を負わなくてはならない人物は、茅場晶彦だ。このゲームで引き起こされた殺人は全て奴に責任がある―――」

 

 皆の顔に一様に、疑問符が浮かんだ。エギルも顔をしかめていた。確かにそうだけど、何を言ってるんだコイツは……。

 コウイチは困惑を無視して、続ける。

 

「だが、奴もまたこのゲームのプレイヤーの一人だ。生き残るためには、ログインした1万人のユーザーを飼い殺しにし続けなければならない。ただし、一万人全員を飼育するのは至難だし、必ずしもする必要はない。能力範囲内まで減らして構わない。味方として取り込めれば御の字だな―――」

 

 『飼い殺し』『飼育』『減らす』『味方として取り込む』……。凄まじい単語が平然と出てきた。誰もが心の奥底では理解していたが、口には出せなかった言葉。その現状を認めてしまえば、重大で根本的な何かが損なわれる不安にかられて、不快感しか呼び起こさない単語だ。

 ゆえに、聴衆から向けられる視線に鋭さと冷たさが混じってきた。傍らにいるだけのオレですら、その余波だけで凍りつかされる。しかしコウイチは気にせず、むしろ穏やかな笑すら浮かべていた、まるで著名な哲学講師が生徒たちを観るように。講義を続ける。

 

「そのためにやるべきことは、私たちユーザーの分断だ。一万人がいや百人であっても、団結してかかってこられたら敗北は必至。だが、バラバラなら容易く勝てる、奴はゲームマスターで唯一の製作者で天才でもあるのだからな。どれだけレベルを上げようがスキルを磨こうがアイテムを揃えようが―――、無意味だ」

 

 真っ向から両断するような断言、ゲーマーとしての行動が全否定された。打ち下ろされたその言葉の鉄槌は、オレの心にもグサリと突き刺さった。

 個人の能力には価値がない、真に必要なのは団結力。プレイヤーの鉄の意志を繋ぎ合わせ強大な竜巻に変える。それだけがこの仮想世界になかったもの/相容れないもの、茅場も手を出すことができない。レベルもソードスキルも武器もアイテムもこの体ですら全て、茅場から借り受けた紛い物だ。もしも、機械仕掛けの神を打ち破れるモノがあるとしたならば、ソレ以外に一体何がある?

 すでに、事の発端たるキバオウですら呆然としていた。そやそやと頷くこともできないでいた。正面から叩きつけられたエギルは、呻くのを堪えながらまとめた。

 

「……テスターとビギナーの違いは茅場が仕掛けた罠、て言いたいのか?」

「そうだ。私たちは見事ソレに嵌ってしまい。貴重な千人もの同胞を失ってしまった」

 

 再度のどよめき、困惑と理解と怒気が入り混じった荒れた空気。ソレが何処に向かって流れるのか誰にもわからない。だけど、一つだけ確かなことは、もうコウイチをただの狂言回しと嘲笑できる奴は誰もいない。

 なぜβテスターとビギナーという差があるのか、あえて不平等をよしとした理由は? =プレイヤーの虚栄心を利用するため。弱肉強食を煽り階級ピラミッドを構築させる、そのブロックの一部として嵌め込み抵抗する気も起こさせないため、分断し各個撃破しながら支配下に治める。猜疑心の虜にさせる、本来味方同士であるのに監視・対立・争わせる、本来滅ぼすべき自分に服従させ崇拝までさせる。太古の昔から変わらない、敵を滅ぼし尽くす戦いの業だ。

 エギルが答えに窮していると、ディアベルが口を挟んできた。

 

「コウイチさん、ソレはさすがに言い過ぎじゃないかな? エギルさんの言うとおり埋め合わせはあったわけだし、テスターに全ての責任を被せるのは妥当じゃないよ」

「もちろん。それはあまりにも理不尽だし、背負う必要はどこにもない。テスターとて自分のことだけで精一杯だろう。だが……、テスター以外に誰が背負える?」

 

 平坦だった調子にほんの少し、皮肉と哀愁を混じらせながら。

 ディアベルも口をつぐまされると、コウイチは聴衆を見渡しながら静かに訴えてきた。

 

「この場に茅場がいてくれたのなら、話は早い。だが、奴は遥か彼方の100層にいる。そこまでたどり着くには、年単位で考える必要があるだろう。それまで皆、そんな理不尽を抱えながら戦えるのか? 茅場が受け持つだろう責任の範囲に『仲間を見捨てて金とアイテムを独り占めした』恥ずべき行為は、含まれていると思うかな? そんな無責任な輩に、背中を預けられるのか?」

 

 先にキバオウが吠えた言葉、しかし改めてコウイチの口から聞かされると、反発心からではない沈黙が広がっていた。己の内にある疚しさを省みるように、それだけではないが言い切れない苦さに呻く、黙るしかない。

 沈鬱な空気が流れる中、そこから抜け出すようにディアベルが言った。

 

「……あなたも、その『無責任な輩』の一人でしょ?」

 

 お前も同類だ、非難する権利なんてない……。辛辣なお返しに一拍口を閉ざすも、まともに応えず別の切り口から続けた。

 

「テスターは、3種に大別できる。

 一つ、才覚や運がなかった弱小プレイヤー。まだここまでたどり着けず、あるいは殺されてしまったテスターだ。二つ、無責任なプレイヤー。βでの経験を他には伝えず金やアイテムや狩場も独占して、ここでの優雅な生活を満喫しようとするテスター。三つ、ゲームクリアを目指すプレイヤー。力と意志がある他プレイヤーたちと団結して、頂上から見下してるだろう茅場を叩きのめさんとするテスター。つまり―――、私たちのことだ」

 

 君も私も含めて、ここにいる全員は違う……。おもわず、胸からこみ上げてくるものがあった。押さえ込まざるを得なかった想いを汲み取ってもらった嬉しさ。周りに目を向けると、他も同様になっていた、中には目を潤ませている奴もいる。

 コウイチは再び聴衆を見渡しながら、

 

「ハッキリさせたい。私たちは無責任な輩とは違う。全ては、一人でも多くのプレイヤーを生かすため、一刻も早く現実世界へと帰還するためだ。ソレを最もわかりやすく表す行為として、キバオウ君が提案した『溜め込んだ金やアイテムを全て吐き出す』というのは、あながち的外れではないと思う」

 

 最後にキバオウへニコリと微笑を向けた。キバオウはドギマギと、いきなりスポットライトを当てられた観客のように慌てていた。

 真剣な平静な顔に戻すと、注釈を付け加えてきた。

 

「ただし『今』ではなく、『フロアボスを倒してから』がベターだろう。

 一ヶ月は長すぎた……。みな多かれ少なかれクリアを諦めかけている、この第一層からすらも抜け出せないとも。ここで私たちがアイテム等を吐き出してしまえば、抜けるにはさらに時間がかかってしまう、今回のような会議を開くことすら難しくなるかもしれない。……強引ではあるが先に、風穴を空けておくべきだろう」

 

 そう言い切ると、長い主張を締めくくった。

 みな呆然と、今引き起こされたモノを消化している間、コウイチの傍に近寄ったアスナが小声で話しかけてきた。

 

(兄さんって、扇動者の才能があったんですね)

(それは……、褒めてくれてるのかな?)

(もちろんです)

 

 苦笑するコウイチに、明るい微笑みをもって答えてきた。彼女と出会ってこの方、見たことがない/できるとも信じられなかった笑顔、驚かされた。気取りなく相手を信頼しているであろうその表情は可愛らしくもあり、おもわず目を背けてしまった。

 兄貴の前だと、アレがスタンダードなのか……。アスナの新たな一面に落ち着かない気分になっていると、エギルが尋ねてきた。

 

「それであんたは……、テスターをどうやって見分けるつもりだ?」

「必要ない。ここにいる44人全員が善意のテスターだ」

 

 驚愕の断定、探す必要がない。もはや冗談を通り越していた。自身がビギナーであると宣言したエギルは、唖然とさせられている。

 皆がコウイチの発言の意図に悩まされていると、たまらずディアベルが横槍を入れてきた。

 

「……ソレは少し、横暴過ぎるんじゃないかな?」

「ここまでたどり着けたのなら、ビギナーであろうが力と意志があることが証明されてる。βの経験値を埋めてしまえるほどの、な」

 

 その答えで、ようやく得心に至った。

 実力さえあえればテスターもビギナーも関係ない。先に上げた三区分の『ゲームクリアを目指すテスター』には、力と意志と実績が伴えば誰でもなれる。新しく作った区分けなので、探す必要がない/認定すればいいだけ。βであることを示す明確な証拠など無いのだからだ、ソレで分けること自体を止める。茅場から与えられた/擦り付けられたものは捨てて、自分たちで作った名を用いる。

 ブルリと、奮えてきた。心なしかウキウキさせられていた。出口のない閉塞された暗闇だと思っていたのに、光明が差してきたかのよう、新しい何かが始まりそうな予感に武者震いが起きていた。

 

「もしこの提案を了承し、フロアボス撃破後にアイテム等を寄付してくれてもいいのなら、そのプレイヤーたちも同様に善意のテスターになる。他は全てビギナーか、無責任な輩だ。……名簿をつくって公開するのもいいだろう」

 

 未熟者と卑怯者と高貴な者/守られる者と邪魔者と指導者、それらを明確に峻別する。どれになりたいのか自分たちで決めさせる。現実世界のあやふやなモノとは違う、この世界ならではの厳しい道徳律。実感と合致していたのか、みな戸惑いを含みながらも頷いていた。

 過半数以上の納得が広がるのを確認すると、皆と同じように頷いていたキバオウに向き直った。

 

「どうだろうか、キバオウ君。私なりの解釈も加えたが、君が訴えたかった想いを表してみた。訂正はあるかな?」

「ほへ……、わいか?

 え、えぇー……、あぁー……そうやな。うぅー……、だいたいあんさんの言うたとおりで、間違うてない!」

 

 エッヘンと、胸を張りながら言った。

 コイツ、ここまで考えてなかったな。ノリだけで吠えやがったな……。我が意を得たりと偉そうにしているキバオウを、みなジト目で見ていた。

 

「だいたいか……、まだ何か不満があるのかな?」

「へ? ……いやいや無いで、全然大丈夫や! お前はんはわかっとったんやな、よぉ言うてくれた!」

 

 隣にいたのなら肩を叩きそうな勢いで、ガハハハと空笑いを上げながら。

 あまりにもワザとらしく必死すぎたので、誰も怒る気にもなれず。ともに苦笑いを浮かべながら肩をすくめていた。

 

「フロアボスの攻略のために集まってもらったけど、中々どうして―――面白い」

 

 顎に手をあて一人考え事に耽っていたディアベルが、そう独りごちると、急にニンマリと不敵な笑を浮かべた。爽やかな騎士然としたスマイルではなく、遠大な陰謀を実行に移そうとしている悪魔のような嗤い―――

 ただし、ソレが目に入ったのは一瞬だけだった。錯覚かもしれないと目をこすっていると、膝を打って宣言してきた。

 

 

 

「いいんじゃないかな、俺は賛成だ。フロアボス撃破後にアイテムもコルも全て寄付しよう」

 

 

 

 皆の注目が、ディアベルに集まった。取り巻きも目を丸くしている。「ディアベルさん、それは流石にやりすぎですよ……」との悲鳴に近い非難がこぼされていた。しかし、ディアベルは気にせず笑を絶やすこともなく、不言実行すると無言で宣言していた。

 取り巻きたちが絶句しているのとは逆に、コウイチはその宣言を歓迎した。

 

「さすが、ナイトだな」

「いやぁ、照れるなぁ……。ここまで来るのに無理したからね、初心に帰って一からスタートするのも、悪くない」

 

 純朴に謙虚に、だけど決して諦めからではなく、不屈の闘志を垣間見せるようにして。照れているディアベル。

 その二人の様子に、「俺もやってみようかな……」とのつぶやきが、躊躇いがちながらちらほらと聞こえてくる。表立って宣言する者はいないが、実行されるかのような空気になっていた。

 そんな和やかな空気の中、一人ピンと伸ばしながら挙手してきた。

 

「すんません! 水差して悪いんッスけど……、すぐにビギナー達に配るよりも、どこかにプールしておくのはどおっスかね?」

 

 逆立てた髪やジャラジャラとぶら下げてる金属製のアクセサリが軽薄そうに見せるが、顔は素朴かつ真面目、ついでに愛嬌がありどことなく小さな柴犬を想起させる少年。小柄な体を勢い込ませながら、まるで早く頭を撫でて欲しいとばかりに提案してきた。

 

「……君は?」

「【レプタ】ッス! 昨日ようやく迷宮区までたどり着けた若輩者ッスが、少しでも力になれればと思って参加させてもらいました!

 ビギナーとの均一化を図るために配るというのは、良いアイデアだと思います。ただ、彼らの中には自発的に【はじまりの街】に留まっている人もいるッス。受け取ってしまった以上、攻略に参加することが期待されてしまう。無制限な配布は、彼らを無理強いすることになりかねないッス!」

 

 そうッスね……。無神経に猪突猛進しそうな少年だと思いきや、オレも心配していたビギナーへの配慮を指摘してきた。

 ディアベルもソレを察していたのか、少し飲み込む時間を置いて答えた。

 

「……なるほどね。確かに配るのは危険かな。

 『プールする』と言ったけど、どこかアテはあるのかい?」

「はい! 【はじまりの街】に残っている人たちのアイテムストレージを使わせてもらおうと思ってます。彼らもただ待つだけより仕事があった方がいいでしょ? 取り出しには不便ですが、第三層までたどり着ければ【ギルド】作れるようになるんで、それまで辛抱すれば―――……あ」

 

 やっちまった……。あちゃーと皆、額に手を当てて仰いだ。自分で告白しちまうとは……。

 当の本人やパーティーメンバーと思わしき少年たちも青ざめながら、カチコチと周りに目を送っていた。誰かに助けを求めるように、しかし誰も手を貸さないとわかっている。とばっちりを受けるだけと、知らんぷりを決め込んでいた。

 

「お前はんら、もしかして―――」

「キバオウさん、今はやめてあげてくれ。おそらくその通りだから」

 

 訝しるキバオウをディアベルがいなした。コレが限界だと、ため息混じり/苦笑しながら。

 しかしキバオウは、案に相違しソレだけで矛を収めた。フンと鼻息をならすだけで後ろに下がった。睨まれた少年たちは、先までの元気はシュンとしぼんで、しおらしく互いに縮こまっていた。

 突発的なコントが収まるのを見計らって、ディアベルが締めの言葉を告げた。

 

「寄付についてはまた今度、フロアボスの撃破後に詰めていこう。やるかやらないかも含めてね。今回は、フロアボスを倒すことに集中しよう」

 

 そう言い放つと、さらに向き直って続ける。

 

「みんな、それぞれ思うところはあるだろうけど、今だけは力を合わせて欲しい。どうしても元テスターとは一緒に戦えないって人は、残念だけど、抜けてくれて構わない」

 

 パシリッとそう言い切ると、最後にキバオウの方へと向き直った。相変わらず爽やかなイケメン面だが、その目には硬いものが見え隠れしていた。

 

 ―――ここまでは譲歩しよう。だが、それ以上は切り捨てる。君はどっちだ?

 

 そんな冷たくも硬い意志が、そこには込められていた。

 

「……ええわ。ここはあんさんに従うてやる。でもな、ボス戦が終わったらキッチリ白黒つけさせてもらうで」

「俺はそのつもりだよ」

 

 言い終えると、今度こそキバオウはその牙をしまった。纏っていた剣呑なものも、その言葉を期に何処かへと霧散していった。

 そして皆、元いた席へと戻っていった。

 

 

 

 それが、この会議のハイライトとなった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 俺たちと死んだプレイヤーを分けたものは、なんだったのか? 

 大部分が運であることは言うまでもないだろう。人の注意力や努力などこの広大な悪意の中では大したことなどできない。だが、情報収集と分析を疎かにして判断を見誤ったからとも、言えてしまう。そこに皆が責任を求めてしまう。

 俺はまだこの時、その責任と向き合うことをしなかった。今でもそれができているという確信は持てないが、少なくとも見据えて考えていることは確かだ。

 カッコよく言えばそれは、『高貴なる者の義務』とでも呼ぶものだろう。皆平等に死ぬ可能性があると思っていたが、テスターは祝福されているためにそれが少ないと思われているのだろうか。……迷惑な話だ。

 

 プレイヤー達の指導者たれ―――。それが、俺たちβテスターに課せられた責務だった。誰に言われたでもない、暗黙知ゆえの誇り、引き受け果たし続けることで初めて手に入れられる。

 俺はまだこの時、その糸口すら……つかめていなかった。

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 オリキャラの名前は、聖書に出てくる銅貨からつけました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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