偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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トールバーナ βの責務 前

 

 

 

 【トールバーナ】の噴水広場=攻略会議の開催場所、そこに繋がる大通りにある商店街の入口付近で、今後の身の振り方について考えていた。ひとり小さく、ぼやくように呟いた。

 

「―――ソロでやること、考えておいた方がいいかなぁ……」

 

 言葉にすると沈鬱にさせられるが、仕方がない。元々そのつもりだった、元に戻るだけだ……。

 今までペアを組んできたコウイチ、ビギナーながらも頭もセンス抜群で相性もいい、戦闘では大いに頼りになる後衛だ。この一ヶ月共に暮らしてきたが、コミュ症を自覚していたオレにも関わらず、居心地悪くなくむしろ楽しくあった。精神面では大いに助けられてきたはず。できればこれからも、共に上を目指していきたいが……。彼の目的は果たされた。

 妹との再会。そのために、無理を押して迷宮区へ直行し最前線で戦い、自分の名を広めた。その命懸けの努力が実ったゆえ、とは必ずしも言えないが/というかむしろハッキリ言ってしまうと偶然だったが、妹=【アスナ】とも再会できた。彼がオレとペアを組む理由の半分以上は、解消された。

 これから先も続けていくかどうか、決めなくてはいけない。もう随分と前からコウイチには、オレの指導も知識も必要なくなっていた、むしろオレの方が助力を借りるほど。これから一人でもやっていけるはず、容姿や性格の気さくさからすぐにでもパーティーを組み直すこともできるだろう。ペアでなくなるマイナスはオレの方が大きい。だからと言って/だからこそ、なあなあで続けたくない。それで負い目など感じてしまえば、保ちたかった居心地の良さは失われてしまう。

 待っている時間が、重く感じる……。相手の出方を待つしかないのは、考えてきた以上にしんどい。不自然にソワソワと、メニューを操作したり背中の剣に触っていた。こんなもの感じたくなかったからソロでやろうとしたのに、デス・ゲームとなればそうも言ってられない。そして、ソワソワがイライラへと変わりそうになった時、

 

「―――待たせたな、キリト」

 

 遠くからコウイチが、手を振りながら声をかけてきた。

 ようやく来たかと振り向くと、その隣には先の迷宮区で連れ帰った少女がいた。一度素顔を確認したために少女とわかっているものの、フードを目深に被ったソレからはどちらとも判別はできない、少なくとも遠目ではわからないはず。彼女なりの警戒心ゆえか、それとも単純に見ず知らずの他人には顔を見せたくないのか、逆に注目されてしまうようなフード姿でやってきた。

 傍まで来ると開口一番、

 

「すまなかった。私の事情に付き合わせてしまった」

「いいって、ソレ込でペア組んだんだから」

 

 簡潔に、謝罪しようとするコウイチを止めた。節度を保ってビジネスライクで留める。その程度で分かり合えるほどには、ペアを組んできた。

 チラリと、隣の少女に目を向けた。

 迷宮区でいきなり気絶してしまった時は、土気色なほどの危険な顔色をしていた。その後、安全なホームまで連れてきて寝かせても、熱病にでもかかったかのように苦しそうに呻きつづけてきた。赤の他人とは言え、心配せずにはいられない疲労困憊ぶりだった。今はほぼ、回復しきったようにみえる。

 そんなオレの探るような視線が、彼女のソレと重なった。目が合ってしまった。

 何か言わねばならない空気、かと言って何も用意していない。黙るしかなかった、お互いに……。ソレに耐え切れなくなりかけた数拍後、いちおうオレは男だから先に声をかけた方がいいのかと、よくわからない常識圧に従って口を開きかけると、

 

「……ありがと、助けてくれて」

 

 少女から、気のない感謝が言い捨てられた。

 気恥ずかしさからではなかった、言わされてる感満載。目は心ここにあらずの不満に濁り、顔もそっぽを向いていた。さすがにコウイチが「言え」と叱りつけたから、ではないだろう。子供っぽい不機嫌は薄い、彼女自身で察しての言葉。

 そんな妹の様子にコウイチは苦笑。オレへの礼儀と彼女の性格の兼ね合い、無事に再会できた安心感もあるのだろう、間に立たされた兄の苦しい立場で弱っていた。

 同時にそれらを見てカチンと、眉をひそめた。彼女に当てられただけではない不満が滲んできた。だからか/よせばいいのに、返事は皮肉になっていた。

 

「あのさ、自殺したかったのなら、何でフロアの縁から飛び降りなかったの?」

 

 そっちの方が確実じゃん。しかも、もしかしたらログアウトできるかもしれないし……。トゲはこめず/見せず、ただわからないから尋ねた風を装って。でも、そんな偽装ではくるみきれないほどのトゲトゲしさがあったのだろう、少女は唖然と言葉をなくしていた。

 フリーズしたのは一時、キッと不機嫌の色合いを濃くして言った。

 

「……赤の他人に、説教までされる覚えはないんだけど?」

 

 冷気をともなった言い様にコウイチが、「よしなさい」と視線で注意してきた。彼女もそれを目に留めたのか、「あいつのせいでしょ」との不満をギリギリ抑えた。

 だから、手打ちにしても構わないはずだったが、一度振り上げた拳は止まらなかった。

 

「単純に、何したかったのかなぁって思ってだよ。すげぇ矛盾してたから」

「どこがよ?」

 

 売り言葉に買い言葉、火に油を注いだ。オレの小バカにした様な口調に、挑むような反発を返してきた。

 そんな彼女をわざと無視して/煽るように、額に手を当てながらため息をこぼしそうになっていたコウイチに尋ねた。

 

「なぁコウイチ、彼女ってリストカットの常習者だったりするのか?」

「……いや、ソレはない」

「だよな! そんな感じはしないもんな、不自由とかしたことなさそうだし」

「何、何なの? もしかしてだけど……、喧嘩売ってる?」

「もしかしてだけど、買えるの?」

 

 宣戦布告。嘲笑を込めて告げたソレが、オレと彼女の間の空気に亀裂を入れた。

 臨戦態勢。訝しむ範囲で抑えられていた彼女の視線が、迷宮区で見せたような鋭さと据わり具合で突き刺さってくる。

 

「命の恩人だからって、手加減されるだろうとか……考えちゃってるの?」

「そんなつもりはないよ。オレは、気分良く出来たはずの自殺の邪魔をしたんだろ?」

「キリト、そこまでで勘弁してやってくれ」

 

 きな臭い空気を察してか、コウイチが制止してきた。だけど、ここまで来てしまったら後戻りはできない。

 止めにかかってきたコウイチへ、突き放すように目を向けた。

 

「コウイチ。彼女を連れて行きたいって気持ちはわかるけど、オレとしちゃ『冗談じゃない』だ。……こんな死にたがりに、足を引っ張られたくないんでね」

 

 先まで悩んでいた返答。コウイチ一人なら歓迎だが、彼女がもれなく付いてくるとなると遠慮する、ソロでやった方が安全だ。……言葉にだしてみると、意外と本心であることに気づかされた。自分の冷徹さにゾッとする。

 あからさまな罵倒に彼女は、怒りに打ち震えるも堪えた。そして、何とか冷静さを保ちながら噛み付いてきた。

 

「……私は、足でまといって言いたいの?」

「頭は一応シャンとしてくれてて良かった。死にたがりは大概ぬぼぉーとしてて、人の話聞かないから」

 

 煽り上げると、続く返答を待たずに畳み掛けた。嘲りの調子を消し、真剣に見極める。

 

「はっきりさせてくれないかな、今ここで。何もかも面倒だから死にたいのか、それとも、何としてでも生き延びてゲームクリアするのか?」

 

 答えられないのなら、【はじまりの街】に戻って救助されるの待ってろ……。おそらくは彼女にとって最大の侮辱、だけどハッキリと白黒つけなくてはならない問題だ。彼女の個人的な/責任が取れる範囲の行く末では、なくなっているから。あやふやの代償はコウイチにおっ被される。

 怒り心頭ながらも、ちゃんと理解はしているのだろう。睨みつけながらも答えられず、奥歯を噛み締める音が聞こえてくるほど。

 しばらく待っても、答えは帰ってこなかった。

 呆れ返る、小馬鹿にするように肩をすくめた。もう興味はないと、背を向ける……、

 突然、背中から殺気が突き刺さってきた。首筋が泡立つ。すぐさま向き直り剣を抜き放とうとする―――

 しかし、相手の方が一歩早かった。

 ピタリと喉元寸前、細剣の穂先が突き出されていた。オレの剣は、鞘からはんばでているのみ。

 息を飲まされた。ごくりと唾を飲み込むと、刃の固く冷たい感触が喉に当たった。

 

(…………反応、しきれなかった)

 

 背後からの奇襲だったから、だけではなかった。殺気はちゃんと感じ取っていた、その直感に従って体は動いていた、あれだけ煽り立てたのだから攻撃されないなんて脳天気に構えてはいなかった。それなのに、間に合わなかった。彼女の抜刀についていけなかった、凄まじい剣速だ。

 凍りついたオレの表情を見て、してやったりと口の端を歪めると、そのまま何もせず細剣を手元に戻した。鞘に納めなおす。

 

「コレで貸し借りはチャラよ。次は、ちゃんとやってあげるわ」

 

 いつでもどこでも、何があろうとも……。傲慢なほど、自信たっぷりに言い切った。

 見事に返されたオレは、引つりながらも面子を守らんと笑った。

 

「……ここは【圏内】だぜ? 突き刺したところでシステムに弾かれるだけだった」

「圏外だったらオレンジカーソルになってたじゃない? ちょっとした手違いだけでね」

「背中を用心しなくちゃならない仲間なんて、勘弁願いたいよ」

 

 降参ですと、負け惜しみをこぼすと、はじめて彼女がクスリと微笑した。

 

「大丈夫、前は守ってあげるから。あなたは後ろで縮こまっていればいいわ」

「冗談、オレの本分は前衛だよ。……オレが正面から引きつけてるうちに回り込んで、トドメさしてくれるだけでいい、さっきやってくれたみたいにさ」

「本当に大丈夫なの? あなた、言っちゃ悪いけど……ヤワそうに見えるわよ? 途中でやられたりしたらたまったものじゃないわ」

 

 悪かったな、男女に見えて! ……オレの琴線に触れる容姿を、無神経にも突いてきた。反射的に癇癪が爆ぜそうになるも、含意のなさそうな/微かに楽しげにも見える相手の様子に堪えさせられた。

 でも、飲み下せはできなかったのだろう。別の形で表出してしまった。

 

「あんた次第だろ? ビビって腰が引けたりヘマでもしたら、そんな失敗もあるだろうな」

「なら代わりましょうか? 私が前衛役ならきっと、そんな失敗は無いから」

「色仕掛けが通用すると思ってるのか、モンスター相手に?」

「…………ソレ、関係ないでしょ」

 

 いきなりムスッと、顔をしかめた。どことなく緩み始めていた空気も、元の木阿弥へ。

 やべ、クリティカル出しちゃったのか? 美人なのに、容姿についてはNGなんだ……。意図せずの大人気ない仕返し。オレがやられたのと同じように、彼女にも同じことをしてしまったらしい。

 気まずい雰囲気。自分から喧嘩を仕掛けたことは忘れて、何とか取り繕おうと言葉を探していると、

 

「よかった。二人共、気が合うみたいだな」

 

 ニッコリと満面の笑みで、コウイチが見当はずれのフォローをしてきた。

 即座に「違う!」と、声がハモってしまった。驚かされると、互の顔を睨みつけた。……そこには、自分が浮かべているであろうと同じような恥ずかしさがあった。

 咳払い。無理やり話題を終わらせると、親指で広場を指した。

 

「行こう、あそこが集会所だ」

 

 ニコニコと笑を浮かべるコウイチを見ないようにして、そそくさと先に行った。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 オレ達が広場に着席してまもなく、攻略会議は始まった。

 

 

 

「―――今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知っている人もいるかと思うけど、改めて自己紹介しとくな。俺は【ディアベル】、職業は気持ち的にナイトやってます」

 

 噴水の前に立って自らな名乗りを上げた男性プレイヤー、ディアベルは、爽やかな笑顔とともに会議開始の宣言をした。

 集まった40数人ばかりのプレイヤーの間に、ざわめきが広がっていた。それも当然といえるだろう。今皆の前に立っている男=ディアベルは、なぜこんなやつがVRMMOをという程のイケメンだったからだ。加えて、顔の両側にウェーブしながら流れている長髪は、鮮やかな青に染められている。自称「騎士」だが、それに見合う外見を備えている男だ。

 

(なぁキリト、もしかしてだが彼……、まだあの【手鏡】を使ってないのではないかな?)

(まさか、そんなわけは……)

 

 改めて指摘されると、自信がなくなってきた。あの場面ではありえそうにないことだが、そう邪推してしまう。……イケメンに対しての僻みじゃないよ。

 

(羨ましそうね、キリト君。あんなのが好みだったの?)

(誤解されるような聞き方するなよ。……てか、羨ましくなんかないし!)

 

 ふーんと、まるで信じていないしたり顔。あんまりにも分かりやす過ぎた返事に気づかれてしまった。……ちくしょう。

 

「さて、こうして最前線で活躍している、いわばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、言わずもがなだと思うけど―――

 今日、俺たちのパーティーがあの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり明日が、遅くても明後日には、ついに辿りつくってことだ。第一層のボス部屋に!」

 

 プレイヤーたちのあいだでどよめきが広がった。予想していたこととはいえ、改めて言われると、その重みは違うものがある。

 アイツ等が見つけたのか……。手柄を横取りされた気分だ。けど、もしオレ達が見つけたとしたらこんな会議が開けたか? わからない。オレ達自身は、やることなど考えていなかった。彼らが見つけたことは、結果的に良かったのかもしれない。

 

(最上階への階段て……、あそこにそんなものあったの?)

(勝手にそう名づけてるだけだよ。β版でもそう呼んでたから、ここでも同じ名で呼んでるだけで―――!?)

 

 そこが『最上階』てわけじゃないよ……。続けようとした説明は、唐突に気づかされた罠で止められた。急いで周りを警戒した。

 その単語に反応できるプレイヤーは、βテスターだ。ビギナーは隣のコウイチやアスナのように、何を驚いているのか首をかしげているはずだ。どよめいた空気に合わせてある程度均されてはいるだろう。その差は微かなものだろうが、確かにある、ざっと見渡しても見つけられた。

 やられた……。まずいと分かっても顔が緊張で強ばった。広場の端の方に座っていたアルゴに目を向けると、同じく気づいていたのか便乗して、反応してしまったプレイヤーの顔を確認していた。……抜け目ない鼠だ。

 そんな罠などおくびにも出さず/あるいはそもそもなかったのか、皆の驚きが静まるのを見計らい、騎士様は続けた。

 

「ここまで一ヶ月もかかった……。それでも俺たちは、示さなきゃならない! ボスを倒し第二層に到達して、このデス・ゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、始まりの街で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場にいる俺たちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!!」

 

 熱血的な演説。喝采が起こった―――

 それもそのはずだ、非の打ち所もない、いや非を打とうなどと考える方がおかしいほどの演説だった。全くもって感服だ。

 どうやらあのナイト様は、皆のまとめ役をかって出るほどのリーダーシップが、確かに備わっているらしい。それが、皆のこの喝采に現れていた。

 

(素晴らしい演説だ。力強く明確で、皆に希望と使命感を喚起させ一体感をつくる……。なかなかのカリスマだ)

(だな。さすが『ナイト』様だよ)

(見事な僻みね、キリト君。素直に歓声あげられないの?)

(……悪かったな。うるさいだろうと思って抑えたんだよ)

 

 いちいち嫌味をぶっ込んできて……。睨めつけると、小バカにした様な含み笑いを浮かべていた。

 それぞれの形で感心していると、

 

「―――ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 皆の歓声の中、そんな声が流れた。そして、前方の人垣が二つに割れた。

 現れたのは、小柄だががっちりした体型の片手剣使い。茶色味がかった髪は、ある種のサボテンのように刺々しい。熱狂が沸き起こるさなか、身につけたスケイルメイルをガチャガチャと鳴らしながら、そこに水を差すようにプレイヤーたちの間を歩いて壇上まで来た。

 皆の注目が今度は、そのプレイヤーに集まった。

 

「わいは、【キバオウ】ってもんや。

 こん中に5人か10人、ワビ入れなぁあかん奴が混ざっとるはずや」

 

 キバオウと名乗ったその男性プレイヤーは、広場に集まった他のプレイヤーたちを睨めつけながら言った。

 一瞬、やつが何を言いたいのか分からずほかのプレイヤー同様に呆然としたが、すぐさまその意味を悟って身をこわばらせた。

 それはその時、オレが最も恐れていたことと同じだったからだ。

 

「詫び……? 誰にだい?」

「はっ、決まっとるやろ! 今までに死んでいった千人に、や。奴らが―――元βテスターどもが、なんもかんも独り占めしたから、この1ヶ月で千人も死んでしもうたんや! せやろが!!」

 

 キバオウは、憎々しげに吐き散らした。

 その告発に一同は、押し黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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