偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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迷宮区 再会

 

 

 

 迷宮区にたどり着き約一ヶ月、探索と闘いに明け暮れる日々。

 強敵が跋扈している中、慎重に歩を進める、些細なミスが取り返しのつかない結果となる。明け方から登り始めて日暮れには拠点の牧場に帰るの繰り返し。帰れば獲得アイテムの整理と補充それに装備の修理、今日の反省と明日からの計画、武器スキルの向上も兼ねて訓練も欠かさずに、自身を研いでいく。未踏を既知の場所へと変えていった。

 始まりはオレ達二人だけだった。5日ほど経った頃にようやく別プレイヤーの一団を見かけた。それから徐々にプレイヤーの数も増えていく、迷宮区踏破へと参戦してきた。彼らと緩やかに連帯/情報共有しながら、攻略していく。石橋を杖で叩くようにして登っていった……。

 それでもまだ、第一層は抜けられていなかった。門番=【フロアボス】エリアは、見つかっていない。約千人のプレイヤーの命を費やしても、まだ―――

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 磨きぬかれた白の大理石、無限に続くと思わせるような立体迷宮、見上げて目を凝らしても果が見えない。登っても登っても天井には到達しない、逆に底を見失っていくかのような/迷宮に囚われていくかのよう。不気味さにゾッとさせられる。迷宮=巨大な怪物に喰われて抜け出せなくイメージに犯される、そんなことは無いはずなのに……。

 外は雄大で広大な自然、孤独は感じるも孤絶ではなく孤高、異世界の愉しさを教えてくれた。例え作り物だと言われても、本物よりも本物らしいと思わせる豊かさがあった。だけど、ここは違う/正反対だ。見える光景は変わり映えがない。同じような景色同じような無機質さ変化のない空間、時間まで止まっているかのように錯覚させてくる。汚れ一つなく綺麗に整理整頓/キッチリと区画分けされている、まるで機械の街だ。生き物の匂いを完全に殺して生まれたかのような歪な清潔さ、そもそも必要のなかった彼らにはそれこそが目的だったというかのような設計思想。だからか、登っていくたびに悪寒に震えた。寒々しいまでの疎外感に体の芯が削られていくかのよう、自分たちは異物だと/邪魔者だと/穢らわしいと、一刻でも早く砕いて溶かして均さなければならないと、声なきヒステリーがぶつけられる。全方位から問答無用の敵意=タガの外れた善意が叩き込まれてきた。……こんな場所では、夜など明かせない。

 連日探索するために、宿泊用のアイテムを揃えてやってきたが、初日でやめることにした。予想していたよりも遥かに削られた、体力よりも精神の方が、二人で交互に休んでも疲れは取れない/むしろ増していった。はじめはどうしてかわからなかった/何が原因だったのかわからない、でも感じてはいた、ここは戦場だと/ここそのものも敵だったのだと。無理は禁物、目標は大胆に行動は慎重に、地に足をつけながら飛ばなければならない。下手なプライドにこだわってはならない。日帰りで探索しつづけることを選んだ。

 そして、外では正午に当たる頃合い、ただしここではメニューが示すデジタルの数字が示すのみ/陽の光の多寡はなく一定の光量、また一つ戦いを乗り越えた。

 

 【ルインコボルト・トルーパー】=無骨な手斧を振り回すレベル6の獣人型モンスター/この迷宮区でよく出現するモンスターの一種。獲物の骨製のような武装を身にまとった獣人兵に、コウイチの槍が深々と突き刺さった。背中まで貫いたその一撃は、微かに残っていたHPを0まで削りきる。

 コボルトは、手斧を振り上げたその格好のまま固まった。まるで電池が切れた人形のように、今まで機敏に動かしていた何かが消え去った。そして、コウイチが槍を抜き出すと、ソレに引かれる形で顔から地面に倒れた。ぺたりとそのまま、うつぶせになる。

 通常は/圏外の敵はその状態でしばらく保存される、プレイヤーが何らかのアクションをしない限り数十分ほどは。だけどコボルトは、倒れてしばらくすると、その体を溶解させた。ドロドロと溶け始め輪郭を失い、やがて色も混ざりに混ざり真っ黒なタールに変わった。見ているだけで嫌悪感が沸き立ってくる/鼻をつまみたくなる、臭いはないはずなのに腐乱臭が吹き出しているような気持ち悪さ。だけど、それもほんのひと時だけ。地面の大理石の継ぎにあたるわずかばかりの隙間/紙すら入らないようなそこに吸い込まれるように流れ……、消えた。後に残ったのは、手のひら大の水晶のみ。

 

「ふぅ……。だいぶ慣れてきたかな」

 

 全てを見届けると、ほっと一息安堵をついた。槍を肩にかけなおす。オレも剣を鞘に納めた。

 

「相変わらずすげぇな。……本当にゲーム初心者だったのか?」

「だから、ちゃんと予習してきたんだよ。ネットや雑誌で情報集めたり、VRに体を慣れさせたりして」

 

 誰でもやってきたことだろ? ……優等生が自分の凄さを普通だと捉えているように、全く当てにならない理由だった。苦笑するしかない。

 コウイチは、溶けたモンスターがいた場所まで近づくと、落ちていた小さな水晶を拾った。

 迷宮区のモンスターは、外のモンスターたちとは違う。HPを0にして倒したのなら、ポーズを向けるまもなくすぐさま体が溶ける。地面や壁に吸い込まれるかのようにして。あとに残るのは、その水晶だけ。そこに、経験値やアイテムが詰まっている。

 【鍛錬の赤晶石】/その欠片、名の通り赤色の結晶アイテム。そこには、経験値が封入されている。砕くと経験値を獲得することができる。そのままアイテムとして保存しておくこともできる。

 今回出てきたのは透明な水晶=【圧縮結晶】、中にアイテムが保存されている=宝箱と同じ。赤結晶と同じく砕けばゲットできる/自動的にアイテムストレージへ入れられる。どんなアイテムかは水晶の状態でも見てわかるが、時々くすんでいるものがある/種類と形はわかるものの名前が表記されない。識別不可能なアイテム。砕くまで何が出てくるかわからない。ソレが【呪い付き】のアイテムなら、最悪だ。

 【呪い付き】アイテム。やたらと重い/ストレージを圧迫する/持っているだけでコンディションがおかしくなる/呪いを祓わない限りオブジェクト化ができないなどなど、種類は様々。さっさと捨ててしまいたいモノだが、通常のアイテムよりも高値で買い取ってくれる、裏通りにある高級店や専門店だとさらに高額をつけてくれることも。武器の強化とは違って呪いは、プレイヤーではつけられない/少なくとも10階層までの段階ではできなかった。厄介なレアアイテムだ。

 拾い上げると水晶をかざし、中を覗き込んだ。

 

「……どうだ、呪い付きか?」

「いや、普通の【コボルトの牙★1】だな」

 

 確認するとそのまま、ストレージに収めた。

 水晶のままではアイテムとして使えないが、そのぶん圧迫しなくていい。まさにデータを圧縮している状態だ。呪い付きであっても、そのデバフ等は封印されている。素材アイテムは大抵そのままにした方がいい。ただ、解凍させた状態と水晶では、モンスターとのエンカウント率や強さにも若干影響が出てくる。はじめは、よくわからない呪いのせいかと思ったが、どうも様子が違う。臭が出るからかもしれないが、まだ仮説の域は出ていない。

 コウイチはそのままメニューを操作し、所持アイテムを確認した。

 

「ポーションが心許なくなってきたかな。……確かこの近くの安全地帯に、【井戸】があったかな?」

「ああ、ついでに一旦休憩しよう」

 

 迷宮区にある【井戸】、主に安全地帯に敷設されているダンジョンの仕掛けの一つだ。見た目は井戸というよりは人工の泉、大きさは大抵ひと二人が体育座りで嵌るほど。そこでポーションや解毒薬を汲む事が出来る。今の時点は【ウィークポーション】/【弱解毒薬・希釈】、名の通り街で販売されているものより効果は薄い/無いよりマシなレベル。ただランダムでレアなモノもくみ出せる、【識別薬★1・希釈】/【弱洗浄液・希釈】。識別薬は獲得した圧縮結晶のくすみを洗い落とすことができる、洗浄液は呪いを祓ったり装備の【耐久値】を回復してくれる。なので、空いた小瓶も捨てることはできない。

 残念ながら、無限にくみ出せるわけではなく、取りすぎれば質も悪くなり最後には枯れる。時間を置く必要がある。一度枯れれば濁りが清められる分だけ時間がかかってしまう。ただ、第一層でそうなることは少ない/枯れても二時間ほどで全快してくれる。ならコレで商売ができるかといえば、そうもいかない。三回ほど汲めば器である小瓶の【耐久値】が0になり壊れる。井戸と小瓶の二つの回数制限が、独占と枯渇を防いでいる。

 

「それにしても、参ったなぁ。もう一ヶ月は潜ってるのに、ボス部屋が見つからない」

「確かに、だいぶマッピングしたはずだが、まだ先があるとは……」

 

 互いに果てのない天井を見上げ、ため息をこぼした。

 βでも第一層の攻略は手こずった。慣れてなかったこともあるが、それ以上に広大な面積と数多い街やダンジョンゆえに、迷宮区の攻略に取り掛かるのが遅れた。上に登らなくても第一層の中だけで遊び尽くせる、数は少なく危険ではあるが高レベルクエストも受けられる、ソレをドンドン進めていけば10階層でも渡り合えるほどの力を得られてしまう。みな本義を忘れて思い思いに散らばっていった。およそ10日間。期間限定の括りがなければもう少しかかったかもしれないが、それだけで第二層に踏み入っていた。

 しかし一ヶ月、しかもそのほぼ全てを迷宮区に費やしてきた、それでも出口が見えない。慎重を期してのゆっくりだからとか、死にながらの大胆な探索ができないからとか、現実でネットサイトを通しての攻略情報の共有ができないからとか、不利な点はあるだろう。だけど、かかり過ぎている、ありえない……。ボス部屋が見つからないのは、探索が甘かったからとは言い切れない、もっと別の要因があるのかもしれない。

 

「……そうかもしれないな。これだけ探索しているのにマッピングしきれてないのはおかしい、少なくともボスエリアは見つかっていいはずだ。目立たない場所にあるはずがない」

「考えたんだけど、迷宮区に入った人数が関係してるんじゃないか? ある一定数が入ってい探索しなければ、ボス部屋そのものが現れない」

「人数か、確かに……。それなら理屈が通る。

 ただ、そうなると、私たちの思惑はだいぶ狂わされたことになるかな」

 

 ファースペンギンになる……。一番槍の栄光は頂いたが、それだけだ。攻略を率先するトッププレイヤーには、残念ながらなりきれていない。ボス部屋が見つけられないようでは失格だ。

 再び、ため息をついた。無理を通してやってきたというのに、このザマとは……。

 

「まぁ、そこまで気落ちすることもないだろう。全てが裏目に出たわけじゃない」

「レアアイテムはガッツリ頂いたし、レベルもスキルもたぶんトップだろうな。この第一層の迷宮区のことを、オレ達以上に知っているプレイヤーはいないだろうし」

「『ボス部屋は探索によってのみ明らかになるわけではない』、コレはこれからの攻略に活かせる重大な情報だ。【アルゴ】さんに伝えておかないとな」

「急がなくてもいいだろ、次に会った時でもいいさ。まだ『全ての迷宮区がそうだ』とは証明できてないし」

「そう……だな。仮説でしかないことをわざわざ伝えることもないか。第一層だけの条件かもしれない」

 

 ソレはそれで嫌だな……。しかも在りそうでもある。

 現実から救助がくるはずと/圏内の中なら死ぬことはないと、大半のプレイヤーは【はじまりの街】で待機している。そこから一歩踏み出し迷宮区まで来るには、かなりの勇気がいる。そんな条件設定がされててもおかしくはない。

 三度ため息が出そうになり、寸前で自嘲した。笑うと本当に愉快にもなってきた。こちらの思惑は通してくれないが、そこが良くもある。それだけ手強くなければ釣り合いがとれない/デスゲームのしがいがない、そんな気がしていた。

 

「話は変わるが、ずっと疑問に思っていたことがある」

「なんだ、改まって?」

「私の勘違いかもしれないが、外からと内からでは広さがだいぶ違う。どれだけ高いと塔といえども、これだけの日数をかけても踏破できないのはおかしい」

 

 一ヶ月かけても頂上にたどり着けない塔……。それだけの日数をかければ、どんな素人であろうとも世界最高峰のエベレスト山を登りきれるはず。ましてここでは/プレイヤーは、初期値であっても超人といってもいい身体能力を持っている。できないはずがない。だけど……、気にも留めないことだ。あえて無視しているといってもいい。ソレにまともに答えようとすれば、

 

「まぁ、外見はダンジョンのアイコンみたいなものだからな。それっぽく見えて周りの景色に馴染めば、面積とか重さとか構造とかはどうでもいいんだろう」

 

 せっかくの没入感を冷ます言葉を出さざるを得なくなる。

 ここがデス・ゲームでなかったのなら、「空気読めよ」で切り捨ててもいい。だけど、その異界の空気に現実のモノが混入されているのが現状。その比率がどれほどか/そもそも区別すべきなのか、まだ判断がつかない。……つけたくない。

 オレはまだ、コレがただの悪夢でしかないと、思い込んでいたい。

 

「中に入ることで、我々の体が縮んだのかな? それとも異空間に飛ばされている? あるいは両方か―――」

 

 だからなのか、コウイチの在り方が羨ましい。そのバランス感覚に落ち着かされる。こんな話に付き合っているのは/心地よくも感じているのは、そんな憧れがあったからではないか? ……本人には、絶対に訊けないことだ。

 答えのない世界の謎を、己の内側で解き明かそうとブツブツ呟くコウイチ。そんな彼を引き戻すように、苦笑しながら水を差した。

 

「おいおい、そんなもの悩んでも仕方がないだろう。ゲームには関係ないよ」

「いや、大いにあるぞ。

 出入り口以外から侵入・脱出された場合、どうつじつまを合わせるつもりなんだ? 破壊でもされたら? 別空間に飛ばされたとしたら戻れなくなることになる。体が縮まされたのだとしたら、最悪そのサイズから戻れないかもしれないんだぞ?」

「だから、迷宮区そのものは【不死属性】で守られてる。どうしたって壊せないように設定されてるんだよ」

「その『不死』の定義は、私たちがソレから受ける印象ほど定まっていないはずだ。形あるものはいずれ滅するものだ。不滅のものなど、人間の想像の域を超えてしまっている。作り出せない」

 

 例え設定であっても/設定であるからこそ、スカスカの内実が顕になる。むしろ『不死』から最も程遠い妄想になる……。改めて指摘されると、考えさせられてしまう。もしも、この【不死属性】のバリアが素通り出来てしまったのなら、どうなってしまうのか? ソレは言葉ほど『絶対』ではないのかもしれない。いつもは目に見えないソレが本当に消滅してしまったら、無価値にする裏鍵を手に入れてしまったら? 

 

「……ここも壊すことができる、て言いたいのか?」

「やり方はわからないがな。少なくともこの見た目や質感では、壊せないと思う方が難しい。プレイヤーの大半にそう思われたら負けだ。このバリアも―――突き破れる」

 

 言いながら壁に裏拳を叩き込んだ。触ったりノックしたりとは明らかに違う、壊す意思がこもった攻撃―――。壁にぶつかる寸前、その表面に不可視の膜が見えた。衝撃で小さく撓み、波紋を広げていく。ほんの一瞬の出来事だ。それだけで攻撃は無に帰した、壁には傷も凹みもない。

 プレイヤーが、絶対に触れることができない壁、あらゆる攻撃意思を弾く境界線。その先へはまだ誰も踏み行ったことがない。できないものだ/する必要もないと、見ないようにしてきたこと。もしも踏み越えれるのなら……

 ゴクリと、唾を飲んだ。そして、その着想を払い落とすように頭を振った。

 

「そんなこと、もしできたのなら……、ゲーム自体成り立たなくなるぞ?」

「こちらは時間と命を差し出されたんだ。それ相応のモノを返してくれないようでは、プレイしてやる必要はどこにもないだろ? ましてルールや世界観を守ることも、な」

 

 大胆極まる発言ながらも、コウイチは至って平静そのもの。言葉ほどの熱は込められていない。薄ら寒い何かに震わされているオレとは違い、冷静に分析する対象として観測しているだけだ。頼もしさよりも、異質さに戸惑わされる。

 

「本来私たちは、茅場と同じ力と権利を有していた。だけどログインした瞬間、このアバターを稼働させた時から、幾つものルールと固定概念に縛られそれらを封じられた。プレイヤーという役割に閉じ込められた。ソレを否定し束縛を解いていけば……」

 

 管理者と同じ力を振るえる―――。ぞわりと、何かが背筋を撫ぜた。

 思わず振り返るも、そこには何もない。今や見慣れた迷宮区があるだけだ。でも、不気味な名残はこべり付いたままだった。

 

「……まぁ、どうすれば出来るのかは、わからないがな。これから一つ一つ、解明していけばいいことだ」

 

 オレが取り憑かれたモノなど何も感じないと、軽やかにこれからを語り終えた。オレもその身軽さにあやかり、苦笑した。

 

「もしそれができるようになったら、魔法が使えるのと同じだな。チートだよ」

「常識に縛られたままでは、狂人のことは理解できない。まして倒すなど、命懸けでも難しいだろうな」

 

 確かに……。オレ達の敵は一体誰だったのか? 改めて思い出すと、常識論はバカバカしく思えてくる。もっと自由であるべきだと、思い直したくなる。

 ただ、今はそうであるだけではならない。肩をすくめた。

 

「ただでさえ狂人の夢の中にいるんだ。これ以上ぶっこまれたら悪夢になるよ」

「ログアウト不能のデス・ゲームは悪夢だよ、それ以上ないほどの」

「だからさ、そろそろ覚めた現実が欲しいんだ。オレたちはまだレベル10と11で、そろそろ小腹が空いたっていうな。……ついだぞ」

 

 話し込んでいるうちに、いつの間にか到着した。

 安全地帯。十畳間ほどの広場で、出入り口は二つ/天井はオレの背丈の倍ほどで閉じられてる、区画の曲がり角に位置する場所。そのエリアに踏み入った途端、ひんやりとした涼風を浴びたかのような開放感がもたらされた。ギリギリ注意をひかずだけど持続的に心を削り続ける圧迫感、その魔の手が払われた気分だ。

 一望すると、そのワケがわかった。コケがある、地面や壁の隙間から生えてきたソレが染み広がっていた、漂白された迷宮区を色づけていた。水音が鳴っている、今までが無音であったことに気づかされた、急に平面世界から立体世界に戻ってきたかのように音が空間を描いていた。ここには、生命の息づきがあった。

 そんな自然の恩恵に感得していると、予期していなかったものが目に映った。神秘の世界から一転、現実に引きもどる。

 

「おぉ! 【高炉】もあったか。武器の修理もしておくか」

 

 ダンジョンの仕掛けの一つ。そこにあったのは、古き良き時代/今は田舎でも見られないような竈そのものだ。レンガを積み上げて作った台の上に、今は使い古した黒の中華鍋がボンと置かれている/置かれていない方がほとんどだ。その鍋で湯を沸かしたり特殊な溶液を作ったり料理したりもできるが、【高炉】の本分は下の炉にある。そこで金属製の武装の修理と強化ができる。生憎のところ、強化の方は【鍛冶】スキルがないとできないので、今できるのは修理/【耐久値】回復だけだ。

 近づき竈の口を覗き込むと、細かく割られていた薪が山型に積まれていた。ほんの少し訝しるも、すぐさま気にしないことに、火をつけようと火打石を取り出す。

 

「待てキリト、まだ燃料が残ってるぞ。誰か使ってたんじゃないのか?」

 

 コウイチもソレに気づき止めてきた。

 

「ここ拠点にしてるプレイヤーがいるのかな? だとしたら、使うのはやめた方がいいか……」

「マナー違反だから構わないだろ。ここは共有スペースで誰のモノにもできない。モノをおきたいのなら、せめて名前かいて邪魔にならない隅っこにまとめてもらわないとな」

 

 実際、【封箱】という仕掛けもある。子供用の棺桶のような外見をしている、簡易ロッカーだ。

 獲得アイテムをストレージに収められなくなった場合、そこに保管しておくことができる。保管中は【耐久値】の減少が抑えられ生モノでも半日は保存できる/蓋を閉められるまで詰め込むことができる、入れ終えたら【封箱の鍵(保管場所の座標)】が手に入る、ソレを使えばロッカーからアイテムを取り出せる。ただし保管期間は三日間、一秒でも過ぎたら中身は全て消滅する/鍵も同じく消える、そんな事故を防止するためか鍵には残り時間が表記されている。……この安全地帯には置かれていないが、別の場所にはある。

 安全地帯とはいえ、自分のアイテムを捨て置くのは、拾って使ってくださいと言っているようなものだ。そこは自分が占有してるとの印にはならない。ただでさえスペースは限られている、誰かのワガママを受け止めてやれるほどの余裕はない。

 

「それはそうなんだが……、忘れてしまったというのもあるだろう? マナー自体を知らなかったのかもしれない」

「今ここにいるようなプレイヤーがか? 

 燃料持ってきたってことは、長期間潜るつもりだったてことだろ? 何も知らない初心者なわけがないよ。それに……、まぁそんな風に善意で捉えるのなら、『次の人のために残しておいた』て解釈もできるだろ?」

「それは随分と……、都合のいい解釈だな」

「どっちにしてもだ、使い切った方がいいよ。このまま放置してればあと1時間もしないうちに消える。オレ達が有効活用してやろう」

「そうだな……。もし遭遇したら、その時返せばいいことか」

「マナー違反の注意と一緒にな」

 

 使った以上、感謝の方がいいかな? それだと皮肉になって喧嘩になるかも……。どんな対応がベストなのか、ここで悩んでも仕方がない。でたところ勝負しかない。

 カチカチと、火花を散らし火をつけた。オレンジ味の明るい火が灯る。時々パチパキと、燃えた薪が爆ぜる音が鳴った。

 揺らめきながら燃え続ける火を見つめていると、心の中まで暖かくなっていく。見つめている目や皮膚を通して、熱と光が染み込んでくるのだろう。心地よい。無意識に強ばらせていた体の部位が緩んでいくかのようでもある。ごうごうと燃え盛り、火が炎へとかわっていった。

 その炉の中に剣をつき入れた。刃が赤熱するのを確認すると引き抜いた、熱波も同時に引き抜かれ吹きつけてきた。触れれば火傷どこから骨まで溶けそうな高熱具合、思わずウッと呻く。その刃の上にインゴットをのせてハンマーで叩けば。強化することもできる。だが、あいにく【鍛冶】はセットしていない。隣の鍛鉄台に置き、そのまま熱が冷めるのを待つだけ。

 コウイチも同じように槍を赤熱させて冷ました。台の上に置き地面に腰を下ろし直すと、改めて周囲を見渡した。そしてふと、こぼすようにつぶやいてきた。

 

「……存外ここは、拠点として使えるかもしれないな。モンスターも来ることはないし、食事と寝床の用意さえすれば充分だ」

「いや、いくら非戦闘領域と言っても【圏内】とは違って絶対じゃないんだ。

 井戸が干上がってたり高炉の火が消えてたり【宿木】がなかったり枯れてたりすれば、モンスターが入ってくることもある。長時間い続けたらそうなる。数十分程度の仮眠なら構わないけど、本格的に寝たら間違いなくやられる」

 

 眠っている間にモンスターに襲われる。叩かれて起こされた周りは敵だらけ、慌てて戦闘準備する。そうならまだマシだろう。強制的なデバフとしての【睡眠】とは違い、自発的な睡眠は外部刺激に左右されにくい。攻撃されても目が覚めない場合がある/タイマーをセットすると尚更そうなりやすい。眠っている間にそのまま永遠に目覚めなくなることもある。安全地帯は休憩場所ではあるが、宿屋ではない。

 

「そうか……、残念だな。殺風景ではあるが、それゆえの風情があるんだがなぁ」

 

 言うほど残念がってはいないが、幾ばくかは真情だった。……全ては読み切れないが、そんな感じだ。

 オレも無言で頷いていた。同じく周囲を眺める。こんな何もない/部屋とも言えない廃墟のような場所に寝泊りするのも、いいかもしれない。心が調律される。一人何もせず横になっているだけで、清潔な静けさに洗われるような気がする。寂しく怖くもなるだろうが、それが本当に自分のものなのか押し付けられたものなのか、向き合うための空白をくれるから……

 パキりっと、薪の焼き折れた音が鳴り響いた。

 武器の様子に目を向けると、熱はだいぶ冷めたのか、元の鈍い銀色に戻ってきていた。あと数分も経たずに使える様になる。ここに居座っている理由もなくなる……。だけど、立ち上がる気にはなれず、埋めるようにとりとめもないことを尋ねていた。

 

「……知り合い、まだ見つからないか?」

「まだ、何とも。生きてることを祈るばかりだよ」

 

 事情に踏み込んだことだったが、気にした様子もなく答えた。

 

「妹……なんだよな、その知り合い?」

「君と同年代ぐらいのね、背丈も同じぐらいだな。顔は私と違って、美人の部類にはいる……かな?」

 

 兄の身内びいきなセリフだが、言った本人は首をかしげていた。一般論としての意見で、彼自身は違うと伝わってくる。ただ、おそらくはその一般論が正解だろうとも、直感させられた。彼の妹が、不細工だが我が道を征くふくよか体型だったり流行に追い立てられてるギャルだとは、どうしても想像できない。

 

「まさか妹だったとはね、男だと思ったよ。オレの前の姿と似てるっていったからさ」

「私が作り上げたアバターだったんだ。あれだけ似通ってたのには驚いた」

「それじゃ、別のアカウントでログインしたのか? なんだってそんな面倒な……というか、ソレだと二つないとできなくない!?」

 

 販売たったの数時間で売り切れてしまったSAO、限定1万個。β経験者でしかも前日に店の前でスタンバイして何とか手に入れたモノだ、一生の半分の運は使い切ってしまったはずだ、同時に運の尽きになってしまったけど……。ソレを二つ、ありえない幸運だ、ありえないのでタネか仕掛けがあるはず

 

「私の父の会社が【アーガス】の、茅場が作ったゲーム会社の大株主でね。このSAOの開発にも融資してきた。その関係で贈られてきたんだ、私と妹用に二つね」

「なるほど。やっぱり良いとこ出のボンボンだったんだ」

「ムっ……、そんな風に見えるのかな?」

「うん。かなりの変人だけど、見た目はまとも以上だからさ。貧しさとか苦労とか妬みとかの、劣等感のくすみが見えないんだよ。少なくとも、オレが今まで見てきたこの一ヶ月間からはさ。

 でもまさか、アーガスの大株主だったとはね。……て、それならまさか―――」

「ご明察。だが……、黙っていてくれるとありがたい」

 

 しぃーと、口に人差し指を立てながら、答えてくれた。

 その事実にまたもや驚かされるも、これ以上はぶしつけ過ぎだ。聞きたいのは山々だけど、誡言を受け入れることにした。

 

「……そうだったな。リアルの詮索はマナー違反だった」

「あまり意味もないからな。開発チームの一員だったのならともかく」

「金出しただけじゃなぁ」

 

 システムエンジニアの一人だったのなら、裏ワザや裏道をひねり出せそうだけど……。ただおそらくは、このゲームを内側から崩壊させうるコードなどは、茅場だけがにぎっているのだろうけど。

 互いに自嘲するように笑い合うと、コウイチは立ち上がり自分の槍を手にとった。ブンブンとその場です振り仕上がりを確認する。引き戻すと、刃の部分をそっと摘む/刃こぼれなく研ぎこまれている。

 

「うむ、完全に直ったな。……そろそろ行こうか」

「そうだな。今度こそボス部屋が見つかればいいんだけど、な」

 

 よっと、小さな掛け声とともに立ち上がると、剣を手に取った。直ったことを確認しカチンと、鞘に戻す。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 安全地帯から外へ/再び戦場へ。

 マッピングしていた際にまでたどり着いた。その先の未踏エリアに行こう警戒心を研ぎ澄まし直すと、剣戟の音が聞こえてきた。

 さらに耳をそばだてた。金属同士がぶつかり合う激しい音。この先近くで、誰かが戦っている―――

 

「コウイチ」

「珍しいな、ここまで登ってくるプレイヤーは」

 

 久しぶりの他プレイヤーだった。ほとんどがオレ達が踏破したエリアでたむろしているだけ、未踏域にまで進んでいる人は稀だった。

 気づかれないようにそっと近づいた、その姿が見えるまでに。……そこにいたのは、いつも見かけるコボルト兵2体とフードを被ったプレイヤー、二対一だ。

 

「周りにプレイヤーはいない、ソロかな? ……どうする、助けに行くか?」

「アレなら必要ないだろう」

 

 オレが指摘したのを証明するように、フードマンはトドメのソードスキルをコボルト兵に放っていた。幾重にも貫かれながら、後ろに吹き飛んでいく。そして、背中から地面に倒される頃には、HPは0になっていた。

 瞬時にもう一方の兵と向き合う、タイマン/ようやく対等。だけど、すでにコボルトのHPは危険域寸前だった。あと一撃でもまともにヒットすれば、それで終わりだ。反してフードマンは、ほとんどHPを減らしていない。ソロでコボルト兵二体と戦ってきたはずなのに、圧倒していた。

 

「細剣使いか、すごいな……。あんなに早いのに、正確に撃ち抜いてもいるぞ」

「準備動作の溜めもないし、残心がとれてるから技後硬直もほとんどない、たぶん【加速】させてもいるな。あんな細剣使い、βでも見かけたことなかった……」

 

 恐ろしく完成されたソードスキル、【細剣】単発突き攻撃【リニアー】だ。あれだけ洗練された剣技は見たことがない。一筋の残光しか見えず、いつ鋒が貫いたのか見えなかった。まるで流星だ。空を走るモノは願いを叶えてくれるが、そこにあるモノは死を運んでくる。

 その【リニアー】が、再び放たれた。仲間を殺された怒りからかヤケクソからか恐怖からか、手斧を大きく振りかぶって空いた懐、そこに叩き込むように放った―――

 一瞬、フードマンの姿がブレると、次にはもうコボルト兵の懐へと飛びこんでいた。突き出した細剣の鋒がその背から顔を出しているのが目に映ると、遅れて衝撃が兵を吹っ飛ばした。まるで交通事故のように、数メートル先の壁まで叩きつけられた。

 その時点で、勝負は付いていた。まだHPバーに現れていないだけで、すでにHPは0になっているはずだった。しかし、フードマンのコンボは止まらない。追撃とばかりに吹き飛ばしたコボルト兵まで跳び、流星群を叩きつけた。

 体中ダメージ痕の赤みを帯びたライトエフェクトに覆われた敵は、フードマンが剣を引き抜いてもしばらく、壁に磔のまま立たされていた。しかしカチリと、フードマンが剣を腰の鞘に収めると、ようやく解放されたかのように崩れ落ちた。黒のタールと化し壁と地面に染み込んで、消えた。

 ソレを見届けると、ようやく口が開けた。

 

「……随分と、殺伐としているな」

「疲れて雑になった、わけではないよな。アレは」

 

 明らかにやり過ぎだった。例えモンスター相手であっても、見ていて気持ちいいものではなかった。

 ソレはやった本人も、そうだったのだろう。難しい戦いを勝利に納めたというのに、達成感や喜びは微塵も感じさせない、無関心の作業感すらなく絞り尽くした徒労感に襲われているかのようだった。果てのない苦行を強いているかのような痛々しさが、伝わってくる……。

 だから、だったのかもしれない。気づけば、隠れていたその場から踏み出していた。ソレに気づいたコウイチが止めようと注意するもフラフラと、フードマンの元へと近づいていた。そして、オレに気づいたフードマンが振り返ると、

 

「―――さっきのは、【オーバーキル】過ぎだよ」

 

 そんなお節介な言葉を出していた。

 はんば無意識で声を掛けるも、向かい合ったフードマンの顔を見て我に帰った。わが事ながら慌てた、どう言い繕えばいいのか混乱する、アワアワと目が泳いでしまっていた。

 不思議そうに首をかしげていたフードマンは、そんなオレを訝しるよりも、

 

「……【オーバーキル】って、何?」

 

 当たり前過ぎる専門単語の意味を、訊いてきた。

 一瞬ぽかぁーんと、呆然としてしまった。何を言ってるんだコイツは? 遠回りの嫌がらせか? でも初っ端でそんなこと訊いてくるなんて、なんで……。意図が全くわからない。先の達人ぶりの戦いと今の質問は、全く噛み合わない。

 しかしふと、合点が降ってきた。見直したフードマンの顔には、皮肉や冗談の色は見えない。ただ純粋に、わからないから聞いているだけだった。だから、同意を求めようとコウイチへと振り返って……、降ってきた。この男もそうだった。初心者のくせに、すぐにここでの戦いをマスターした。それのみならず、試行錯誤の末に会得できるはずのプレイヤースキルを、センスだけでモノにした。そういうハイスペックな人間は、稀にだが存在する。……フードマンも、その種の一人なのだろう。

 息を整えると、異種間交流を開始した。

 

「……簡単に言うと、やりすぎってこと。止めはソードスキルでなくても良かったはず。あと数ドットしかなかったんだから、通常攻撃でも事足りた。見たところソロで潜ってるみたいなんだから、もう少し温存しておかないと帰り道がきつくなるだろ? 人の集中力は無限じゃないんだから」

「帰り道……」

 

 「余計なお世話だ」「先輩面すんじゃねぇよ」などの罵倒を覚悟していたが、フードマンから零れたのは、聞いていくれているのかいないのかもわからないつぶやき。ボールが投げっぱなしで帰ってこない。大海に溶けたか/暗闇の中に消えてしまったかのようで、不安にさせられる。

 それでも、初めてではなかったので/ここまで踏み込んだのならたどり着くとこまで行ってやるとのヤケクソで、注意を言い募ろうとした。しかし寸前、フードマンの自嘲が切り捨ててきた。

 

「なら、問題ないわ。私帰らないから」

 

 感情を殺しきった落ち着いた声音、しかしその奥にある諦念が滲み伝わってくる。向けてくる同じく無感動な不機嫌顔は、オレの差し出した手を言葉以上に突っ放してきた。

 驚きそして、叱りつけようとしてもよかったが、しなかった。できなかった。不覚にも、その時初めて/その言葉遣いを聞いて、フードマンはフードウーマンであることに気がついた。しかも、そのフードで隠れてしまってはいるが、かなりの美人であることは窺い知れた。あの【手鏡】のおかげで、プレイヤーの男女比が大きく偏っている今、しかも美人ともなればS級のレアアイテム以上に貴重だ。

 しかし、呆然とさせられたのは一拍。気を取り直すと、フードウーマンを引き戻さんと続けた。

 

「……ずっと潜ってる気か?」

「潜ってきたわ、今までずっと。……武器の予備もポーションもたくさん用意しておいたから、まだ大丈夫でしょう」

「そんな、他人事みたいに……」

 

 ぶっきらぼうに、自分の命などどうでもいいと言わんばかりの捨て鉢な態度に、返せたのは一般論だけだった。……自分でこぼして情けなくなる。

 会話の接ぎ穂がことごとく抜かれた。異種間/異星間交流は失敗に終わりそうな予感。それでも、何とか残っているモノへと縋り付いた。

 

「……何時間続けてるんだ?」

「3日か……4日かな? ……忘れたわ。

 もういいでしょ? そろそろモンスターが復活するから、行くわね―――」

 

 もう話すことは無いと、次の戦場に向かおうとするワンダーウーマン。オレのことは通行人NPCぐらいにしか思っていなかったのだろう、素っ気無さすらない赤の他人ぶりだ。

 翻して立ち去ろうとする彼女を、慌てて引き止めた。

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

「なに?」

 

 すぐさま返事がきて、逆に慌てた。次の言葉を用意していなかった。どうすれば引き止められるかわからない。

 なので、一般論。浮つきながらも言葉を埋める。……オレは一般論の王様です。

 

「……そんな戦い方したら、死ぬぞ?」

「そうね。でも……、どうぜ皆死ぬでしょ?」

 

 正面から捻り返された。

 

「たった一ヶ月で千人も死んだ。それなのに、まだ一層すら突破できてない。このゲームはクリア不可能なのよ。だったら、どこでどう死のうが勝手でしょ? ……早いか遅いかだけよ」

 

 自暴自棄な言葉の弾丸に、何も言い返せなかった。ただし、その顔/声の調子から、言葉との決定的なズレがみえた。

 軽々しいわけではない/切羽詰っている/落ち着いたその調子は相応しくもあったが、何かをゴッソリと諦めているふりをしていただけだった。必死で繋ぎ留めようとしている矛盾が垣間見える。初対面のオレですら見破る努力もなしにわかったソレに、彼女は気づいていない。あえて無視しているのかもしれない。だからソレは、最も触れられたくない急所だろう。そこを叩けばどうなるか? 間違いなく引き止められるだろうが……、躊躇してしまった。

 黙っているオレに、今度こそ話はこれまでとばかりに、立ち去ろうとした。オレ達も知らない未踏域へと行こうとした。

 

 

 

「―――お前のセリフとは思えないな、【アスナ】」

 

 

 

 突然コウイチが、彼女へ突きつけてきた。

 驚いたオレは/彼女も、乱入者に顔を向けられた。

 

「たったそれだけのことだろ? そんなことで、全て諦めてしまうような奴だったとは、知らなかったよ」

「な、なんで……私の名前、を―――!?」

 

 驚愕していた少女は、コウイチを見て口元を抑えた。ソレまでの不機嫌顔が嘘のように、感情を溢れさせた。

 信じられない―――。

 

「兄……さん? ……どうして? なんで……ここに、いて―――…… 」

 

 詰まり詰まりながら絞り出された声は、最後まで出せず。ふっと、途切れた。

 そして少女は、まるで【麻痺】攻撃でも受けてしまったかのように、倒れた。縛り上げられていた糸が切れたように、崩れ落ちるように。駆け寄ろうとするオレの眼前で、気を失ってしまった。

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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