偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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ホルンカ村 長い一日の終わり

 どうして奴は、裏切ったのか? 

 不思議とその疑問や怒りも沸いてこなかった。あまりの出来事に麻痺していた、油断していてスッポリと嵌められた。

 オレ達の間には信頼関係なんてものはなかった。敵の敵は味方だという一時休戦/共闘もありえなかった、角突き合う三つ巴のままだった。背後から忍び寄るにしても/報酬を独り占めできる旨みがあっても、直前にオレ達が裏切って逃げ出せば一人で大群と戦わされることになる。そうなれば、確実に殺される。だったら、やられる前にやるしかない。

 コペルは謝罪を込めた捨て台詞を出すと、そのまま茂みの中へ、森の暗がりへと身を潜めた。気配が薄れて輪郭すらぼやけて見える。

 【隠蔽】。ソロプレイには必須のスキル。ペネントたちのタゲがオレ達にだけ向くように、自分は安全な場所へと隠れた。

 

「キリト、避けろッ!」

 

 コウイチの叫びに目を覚ました。ペネントが蔦を打ち込んできていた。

 慌てて回避/蔦が髪の毛を切り裂く、ギリギリで避けた。しかし態勢は崩れた。そこに、別のペネントが同じような攻撃を仕掛けてきた。

 避けられない/吹き飛ばされる―――。そのオレの前にコウイチが立ちはだかった。槍を突き出した=攻撃を相殺した、衝突音。甲高い音が耳朶を刺す、蔦ははじかれた。

 三体目のペネントが襲いかかる前に、体勢を取り戻した。慌てながらも取り出した松明を突き出し結界をつくる。ソレを警戒してか仲間が邪魔になっているのか、様子見でにらみ合う。ちょっとでも隙をみせれば/機会ができれば、すぐさま襲いかかると。ごくりと、唾を飲んだ。

 

「まだ次が来るぞ!」

「わかってる―――」

 

 すぐさま思考停止/気持ちを切り替えると、さらに襲いかかろうとしているペネントに向かって剣を振るった。ソードスキルは使わず通常の斬撃。

 蔦の鞭が放たれる/横薙ぎの攻撃、スライディングで避けながら懐まで飛び込んだ。ガラ空きの胴体に、深々と逆袈裟斬りを叩き込んだ。ペネントの腹がかっ裁かれる、中に溜められていた消化液が溢れ出てきた。浴びてしまう寸前、横スライドでその場から待避した。ジュワッと地面が泡ぶく/ペネントの悲鳴があがった。

 痛みで暴れるペネント、蔦をしっちゃかめっちゃかに振り回し続ける。その数本が仲間にも当たり、非難の声音を上げた。流れ弾にやられるのはたまらないと、僅かに隊列が乱れた。それで統制も崩れるのかもと期待したが、暗に相違し抑制を働かせてきた=ターゲットは未だにオレとコウイチに絞られている。

 再びコウイチの元までバックステップ、背中を守り合う/態勢を整えた。こんな危地では攻勢の手を緩めない方がいいが、あまりにも多勢に無勢過ぎる、途中で息切れして飲み込まれるだけだ。何かひっくり返すだけの策がないとジリ貧だ、いずれ殺されるだけ……。

 ゾゾッと肌が粟立った。不吉な予感が体の芯を凍らせてくる。

 

「どうする、ここは一旦撤退するか?」

「いや、すぐに追いつかれるだけだ。ソレにこの状況で逃げれば、奴らの【戦意】が取り返しのつかないことになる」

 

 【戦意】、戦いの趨勢を決める重要な戦運。現実でも存在しているが電波のように見えない力、ソレをここでは目に見える数値として表してくれている。

 高くなればなるほど、攻撃力や回転率やクリティカル発生率が高くなる。採用される戦術も攻めの傾向が濃くなる。ソレを利用して罠に掛けることもできるが、失敗した時のダメージが大き過ぎる。一旦退いて、熱が冷めるのを待つのが常套だ。

 でも今は、そんな悠長なことを言ってられない。

 

「ならば、焼き払うしかないな―――」

 

 言うやいなやコウイチは、メニューを操作し【油壺】を取り出した。手の中にサッカーボール並みの壺が現れる。ソレを投擲した、前方のペネントへ。

 飛んでくる壺を蔦で迎撃、脆くも砕けた。だけど同時に、中身が四散した、ペネントは全身にソレを浴びた。油でずぶ濡れ、体表が鈍色にテカつく。

 すかさずそいつに、持っていた松明を投げた。ペネントはまた、打ち払おうと蔦の迎撃。火に触れる―――

 ボゥッと炎が上がった。たちまち広がり、全身を覆い尽くした。

 

『ギジャアアァァァァーーーーーッ!!』

 

 赤く燃え上がるペネント、悲鳴を上げた。どこが口なのか/発声器官があるのかどうかもわからないが、悶え苦しむように蔦が暴れる。

 焼かれている姿を見てか蔦を避けてか、その異臭を伴う煙を嗅いでか飛び火を恐れてか、周囲のペネントは逃げるように離れた。陣形に穴が空く、花付きまでの道が開いた―――

 その僅かな活路へ突貫、このチャンスを逃してはならない。同時に、取り出した油壺の蓋を傾け垂らしながら、地面に細い油の線が伸ばされていく。燃えるペネントの横を抜け、奥に隠れていた花付きまで一直線に走り抜けた。

 

 眼前には、他の個体とは明らかに違うペネント。かかるプレッシャーも重く感じさせ、同じ程の体格なのに一回りは大きく見えていた。

 準ボス級モンスター、今のレベルだとタイマンでも難しい。まして取り巻き多数、すぐにでも傍に馳せ参じるのならば、まともに戦っては殺されるだけ。焼き払うしかない。

 油を垂らしていた壺を投擲した。ハエを払うように叩き落とすも油がベットリ、蔦が油まみれに。だけど思ったよりも少ない/全身に浴びてはいない。もう一つ出そうとメニューを操作。花付きはその間隙を見逃さず、追撃を叩き込もうとした。

 しかし、地面を走る炎。まるで地の底かわき上がるように一直線に伸びてくる。コウイチが松明の火を垂らした油につけてくれた。突然向かってきた火気に花付きは、繰り出さんとしていた蔦をひっこめた。

 今度はオレが、その怯みを突いた、壺を投げた。花付きは慌てながらもガード、体の前で交差させた蔦に壺がぶつかる。衝突に耐え切れず砕け中身を撒き散らした、花付きは全身に油を浴びた。―――準備は整った。

 

「おぉ……、りゃぁッ!!」

 

 気合とともに、抜き放った剣で地面の炎を土ごとえぐり掬った。鋒に燃える土。掬い上げたソレを、花付きへと叩き飛ばした。土くれとともに火が宙を飛ぶ。その一つがピトリと、花付きの体に貼り付いた。

 次の瞬間、一気に燃え上がった。火は炎となり、花付きを巨大な松明へとかえた

 

「び、ビギィイイイィィーーーーーッ!!」

 

 耳をつング刺すような悲鳴、燃やし尽くさんと荒れ狂う火柱。かまわず飛び込む、ソードスキルを叩き込んだ。単発水平斬り【ホリゾンタル】。

 全てが焼き尽くされる前に、実だけを切り離した。剣風に巻き込まれたのか、宙に舞い上がると地面に落ちた。表面は少し焼けていたがギリギリセーフ、救出成功。

 同時に花付きも、その場に崩れおちた。

 

「獲ったぞぉ、コウイチ!」

 

 勝利の雄叫びで、相方に伝えた。急襲成功、敵の親玉は討ち取った。くわえて依頼品までゲットできた大勝利。

 その声を聞いてか花付きが倒れたからか、通常ペネントたちに動揺が広がった。打ち据えようとした蔦に迷いがこもる。司令官がいなくなりどう動けばいいのか混乱している/戦術アルゴリズムを再編するためのフリーズ=護衛からのただの集団戦へ。

 攻勢の手が止んでいる間、依頼品を掴むと即座にコウイチの元へとかけ戻った。

 

「よくやったキリト!」

「もうここに用はない」

 

 あとはさっさとトンズラだ……。もう戦う意味はない。尻尾を巻いて逃げ出したいが、見渡した周りはペネントの壁。強引に突き破れそうにない。

 

「しかし、見事に包囲されてるよな。これじゃどこからも……!?」

 

 包囲が乱れた。一部のペネントの注意がオレ達以外に向き、穴ができた。

 願ってもない偶然。何でそんなことが起きるのか、彼らの注意の先を見た。

 わずかに戦域から離れている茂み、遠目からでは何も見えない/戦いに集中しているのなら気に留めることもない。しかしそこには確かに、オレ達を裏切って嵌めた奴が/コペルがいる。隊列が乱れ広がっていったことでペネント達は、奴の存在に気づいた。排除すべき敵として、隠れているそいつへ攻撃を繰り出した。

 叩き出されたコペルが、数体のペネント達を相手取って戦っていた。徐々に集まっていき包囲されていく。同時に、オレ達に対しての包囲は緩んでいった。気づけず奇襲をモロに受けてしまったのか/動揺を抑えられないのか、HPは半減域にまで迫っていた。

 ペネントは視覚よりも、嗅覚でこちらを判別している。現在の低レベルの【隠蔽】では隠れきることができない、そもそも臭いは隠しづらい。ソロプレイに徹するならまず、【索敵】を取るべきだった。

 

(あのままじゃアイツ、殺される)

 

 策略が裏目にでての包囲。その最悪極まるコンディションでは、あの窮地から逃れられない。飲み込まれて終わるだけだ。自然と予知できた、確実に起きる未来。

 ソレを変えるためかただの反射か、ふらりとそこに吸い込まれそうなオレの肩を、コウイチが掴んだ。

 

「彼が囮になってくれてるうちに急ごう」

 

 囮……? 何を言っているのかわからなかったが、すぐに察した。そして、嫌悪感が滲んできた。その言葉に含まれている残酷さとソレをコウイチごと非難するオレのあり方、ごちゃごちゃに混ぜられるも一つには溶け合わない。

 それでも、今は悩んでいる暇などなかった。すぐに決断しなければならない。

 

「……ああ」

 

 絞り出した肯定。無視するような朗らかさも様になる皮肉も出せなかった。

 一人、自ら掘った墓穴でもがくコペル。おそらく殺されるだろう彼を尻目に、薄い包囲網の隙間に突撃していった。

 

(残念だったなコペル。……おつかれさん)

 

 β時代、敗れて消えていった他プレイヤーにかけた言葉。消えた以上相手には聞こえないが、しばらくは傍観モードでその場を見ているはずなので礼儀として。自分も他人から、同じような言葉を添えられた。

 もっと辛辣な言葉を残しても良かったのだろうが、出てきたのはそんなもの。必死であったのに、他人事のようなデス・ゲーム。実感しきれていない遊離した心を表すには、ソレが一番ふさわしいと思った。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 包囲を切り抜け/追っ手を振り払い、もうペネントの姿はどこにも見えなくなった安全圏で、ようやく人心地ついた。

 二人ともボロボロ、HPは危険域にまで迫っていた。装備の耐久値も危険域を越え、壊れる寸前のヒビが走っていた。よくここまで耐え切ってくれたと思う。ただもう、鍛冶屋で修繕するか道具屋で新調するかしないといけない。

 ピンチを脱したとはいえ、どちらも喜ぶことはせず。息切らせながら黙って村への道を歩いていた。目的を達したとはいえ、どうにも釈然としないシコリが残っていた。かと言って黙っているのも気詰まりだ。

 そんな鬱屈した空気などないかのように、いつもの調子でコウイチが尋ねてきた。

 

「ソレを渡せば、クエストは終了かな?」

「ああ、そうだよ」

 

 気のない返事で答えると、懐に収めていた花付きの実を思い出した。通常のペネントのものとは違って熟した色合いの果実、ただその表面には少々焦げ目がついていた。焼き払った時についた痕。握った感触では弾力まで損なわれていないので、表皮があぶられた程度の軽傷だろう。依頼品としては充分に事足りるはず。

 ソレを心配してかと思ったが、別のことをだった。

 

「確か、娘の病を治すのに必要だったな。だが、本当にこんな実一つで治せるものなのか?」

 

 一時、何を言っているのか理解するのに時間がかかった。冗談か気休めかとも思った。だけど、その横顔には真剣な悩みがあった。思わずまじまじと見てしまった。

 

「それは、ただ単に……そういう設定だから、じゃないのか?」

「そう言ってしまえば終わりだが、特効薬にはセオリーがあるだろう? 猛毒は、その持ち主の体か密接に関わっている生物の体内に解毒薬がある、というものだ。勝手に無関係な木の実を薬の素材にしては、生態系まで崩してしまわざるを得なくなる」

 

 人も生物も魔物も環境も全て、繋がっている。無理を通せば何処かで歪みが生じてしまう……。報酬と確実に手に入れられる方法しか考えていなかったので、確かな答えを持っていなかった。問われた今でも/気枯れてる今だからこそ、気のない答えが口から滑り出た。

 

「なら、ペネントに関わりがある病だったから、じゃないのか」

「アレは獲物を捕らえる際に、毒を用いない。自由自在に動かせる強靭な蔦を武器にしているだけだ。もしあるのなら、私たちはもっと苦戦していたはずだ」

 

 真面目な反論に、ようやく気が向いてきた。考えさせられる。

 ペネントにかかわり合いがないのに、なぜその実が必要なのか? 万能薬としての効果があるのだろうか/そんな話は聞いたことがない。食材や換金素材として使われるが、それ以上の価値はない/見いだせていない。どうすれば薬になるのか、まるでわからない。

 

「このペネントの実は本当に、娘の治療のために使われるのか?」

 

 疑念をはっきりと告げてきた。

 そこに含まれている/誘い出そうとしている答えに、思わず眉をしかめた。

 

「勘ぐりすぎだよ。βではそんなことはなかったし、ここは第一階層だ。そんな二転三転するストーリーはまだ早すぎるよ」

「しかしこの報酬の片手剣は、第三層の迷宮区まで使える優れものなんだろう? 凝った脚本と演出を用意しても人は集まってくる。報酬を得るためにも最後まで見届けるだろう」

「……プレイヤーへの贈り物、みたいなものじゃないか? 弾みをつけるためだ。早い段階でそれなりに性能のいい武器を渡しておけば、どんどん先に進んでくれる。とりあえず強くなれば、もう一歩先に進みたがるものだからな」

「ここは、知らなければ来れないような場所ではないかな? この初期の段階でこれなければ、そのメリットを享受することができない」

 

 反論は出てこなかった、呻るだけで答えられない。統計データがあるわけでもない、根拠の乏しい推論でしかないが、間違いだと言い切ることもできない。笑い飛ばすには少々、真面目に対応しすぎてしまった。

 

「用心した方がいいと?」

「私たちは、娘の姿を見ていない。本当に病で寝込んでいるのかも。先に真相を探る手段があればいいんだが……」

「おいおい。その言い方だと、実は娘の病の原因はあの奥さんでしたぁとか、嫌な結末想像させられるんだけど?」

「そうでなければ、いいがな……」

 

 不吉を臭わせるような、含みのある言葉。オレまでそう思ってしまう。先の死闘の後では、ハッピーエンドが想像できない。

 不安を抱えながらも、村まで戻ってきた。

 その森と村との境界付近に一人、女性が立っていた。ソワソワしていて、そのまま森へ向かうべきか留まるべきか迷っている。オレ達にクエストを依頼した奥さん。

 森の中からオレたちが現れると、憂いに満ちていたその顔がパッと明るくなった。

 

「―――よかったぁ。ご無事だったんですね!」

 

 心配していたんですよ……。近づくと、今にも泣き出しそうな笑顔で迎えてくれた。オレ達の無事を我が事のように安堵している。

 もしかして今まで、ここで待っててくれていたのか……。そう思わせる喜び様、実際そうだったのかもしれない。β版にはない振る舞いだった。人間味を越えて優しさまで加味されていることに、コウイチともども驚かされた。

 再び家へと案内してくれる奥さんに、そこでやっと思い出し、懐から依頼品を取り出した。

 

「コレを―――」

 

 花付きの胚珠。奥さんの前に差し出した。

 ソレを見て、頭が真っ白になったかのように驚かれた。信じられないと、実とオレ達とを見比べた。コレは本当に現実なのかどうか、約束通り取ってきたのか。

 

「取ってきて、くれたの……ですね」

「コレで娘さん、助かりますか?」

 

 呆然としていた奥さんは、その一言で目が覚めた。オレ達の仕事はここまでだが、彼女の仕事はこれからだ。コウイチは見込み薄と言ったが、オレはそうでない所を見てきた。きっと今回も、そうしてくれるだろう。

 

「はい、必ず! 助けてみせます」

 

 受け渡した実を大事そうに抱えると、急いで家に戻った。竈に向かい薬を調合する。

 案内の途中で取り残されてしまったオレ達は、その脇目もふらない背に苦笑を向けた。悪い気はしない、むしろ微笑ましい暖かさがあった、それだけ必死に願ったのだろう。

 

「……どうやら、ゲスの勘ぐりだったな」

 

 先の疑念を反省してかコウイチが、自嘲しながらつぶやいた。

 

「後味悪いよりも何倍もいいさ。今日は色々と、あったからなぁ……」

 

 コペルのことが浮かんできた。オレ達を陥れたクソ野郎、だけど結局それが墓穴になってしまったマヌケ、あるいは何処にでもいる臆病者。マイナスのマイナスで倍マイナスだ。危機が過ぎ去った今残っているのは、徒労感だけ。実にくたびれさせてくれた奴だった。溜息がこぼれる。

 

「タバコか酒が欲しいところだが、そんな気の利いたモノはなさそうかな」

「へぇー、意外だな。タバコ吸うんだ?」

「ヘビースモーカーなわけではないが。こんな身に堪える日だけは、一服許している」

 

 おそらくこれからは、そんな日がたて続けに起きるだろうけど……。ゲームクリアした頃には、ニコチンかアルコール依存患者が多数発生するかもしれない。ただ、脳みそがチンされるよりかは、何倍もましだろう。

 この際だ、オレも一服やってみようかなぁ……

 

「もし吸いたくなったのなら、私の見えないところでやってくれよ。未成年の喫煙を見逃せないほどには、現実世界に馴染みすぎてるのでね」

 

 考えを読まれてしまった。だけど、あさっての方向を向いて知らんぷり。

 今はそんな嗜好品は店に置いていないし、自家製を作れないし、楽しむ余裕もない。けど、いずれは出来ることだろう。その頃にはもうドップリこの世界に浸かっているので、常識も書き変わっていることだろう。

 ニタニタした笑いを堪えながら、奥さんが奮闘しているであろう一夜の宿に入っていった。

 

 台所にていそいそと動き回っている、色んな薬草やらを煎じては鍋にいれていく。その竈に置かれて鍋は、グツグツと煮込まれていた。中身がどんな様子か遠目からでは見えないが、家中にたち篭めた匂いは不快なものではなかった。コーヒーに似た、微睡みを誘うようないい匂いだ。

 邪魔するのも躊躇われたので、勝手ながら寝床まで入り込むと、メニューを操作し装備をとった。簡素な布の服だけになる。肩の荷が下りた。重量など感じないほどの初期/軽装備だったけど、まるでソレまでの戦いの時間から解放されたかのように感じる。

 現実ならば、あれだけ一日中必死に動き回れば、着ている服も汗でベットリとしていそうなものだ。シャワーを浴びるか風呂に入るか、少なくとも熱いタオルで体を拭きたくなる、もちろん服一式脱いで。だが、幸いなことにそうはなっていない。替えの服を準備せずとも旅を続けられるのは、ありがたい限りだ。

 コウイチは靴まで脱ぐとそそくさと、ベッドに横たわった。

 

「夜は物思いに耽るには最適な時間だが、深みに囚われて抜け出せなくなることが多々ある。特にこんな、色々とあった日にはな」

 

 さっさと寝てしまうに限る……。言いながら、うつらうつらと瞼を重そうにしていた。そんな様子は微塵も見せてはいなかったが、疲れていたのだろう。本当に、大変な一日だった。

 オレも同じく横になると、何かに気づいたようにコウイチがこぼした。

 

「おかしなものだ。夢の世界にいるようなものなのに、眠るとは……。逆に、目が覚めることになるのかな……?」

 

 そうだったらいいが……。後悔でも焦燥でもなく、それでいてそのどちらでもあるような、胸の底からにじみ出てきたつぶやき。囁き程度でしかなかったのにソレは、オレの胸を打った。急に、やっと思い出せたかのように郷愁が、にじみ出てきた。

 

(オレ今、家にいないんだ……)

 

 おそらくは明日も/目が覚めても、ソレがずっと続く、ゲームクリアがなされるまで。帰れる見通しはない。淋しさに体の芯が凍えていた。

 何か/たわいのない事でも話そうと、口を開きかけた。だけどその時にはもう、コウイチは眠っていた。スヤスヤと寝息を立てている。

 猛烈に、腹が立った。何のんきに寝てるんだと/誰のせいでこんだけ悩まされてるんだと、その鼻をつまんでやりたくなった。実際にやりかけた。だけど寸前、どうでもよくなった。ため息をつくと、ベッドに戻った。

 どうしようもないことを悩んでも仕方がない。そんなのに囚われても疲れるだけだ、寝て忘れるのに限る。ただ面白いことを/幸せだけを、夢に詰め込む。

 そう考えているうちに、いつの間にか、眠りの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 原作ではキリト無双の第一弾の場面ですが、今作では簡略化とそれなりの理屈をつけさせてもらいました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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