偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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 やっぱりコペルはクズだと思います。


ホルンカ村 MPK

 

 

 

「―――何か言いたげだな、キリト」

 

 外れの小屋から出てきた後、森の奥地へと向かっている最中、チラチラと様子を伺っているとコウイチから話しかけてきた。必要もなさそうで/個人の事情に入り込むようで/適当な糸口もないので、黙って歩いていたけど、そちらから話を振ってきたのなら答えるしかない。

 

「いや……。妙に冷たかったから気になって」

「冷たい? 別段そう振舞った覚えはないんだが……」

 

 君にはそう見えたのか……。指摘されて初めて気づいたと、素であの振る舞いをしていたと、呆れと感心が入り混じった驚きで見つめ返した。

 改めて省みると、自分のあり方の一部をこぼしてきた。

 

「……そう、なのだろうな。あの手の女性はどうにも好きになれなくてね。奥ゆかしいと言えば聞こえはいいが、付き合っていると無駄に時間を取られる。さっさと要件を済ませて離れたほうが無難だと思ってね」

 

 気分を害したようなら謝ろう……。無言に含めた謝罪に、大したことじゃない/ちょっと気になっただけだと答えた。オレは別に、フェミニストや騎士道を標榜しているわけではないので、漠然とした世間の常識との違和感しか語れない。

 それに何より、こちらも改めて考えてみれば、彼女はNPCだった=生の人間じゃない。あらかじめ設定されている/決まりきった応答しかできないはずだった、それなのにあの場面では違和感なく話していた、娘の看病に少々疲れている若いシングルマザーそのものだった。作り物とそうではない違いがわからなかった、思い返してみてもコレだとは示せない。

 機械と人間の境という、すぐには答えの出ない抽象問題に悩み始めると、

 

「ターゲットの捕食植物というのは、手ごわい相手なのかな? 名前はたしか、【リトルペネント】だったな」

 

 コウイチが現実問題に引き戻してくれた。

 

「動きは鈍重だけど体力はある。視覚は弱いがそのぶん嗅覚が鋭くて、今の低レベルの【隠蔽】じゃ見破ってくる。

 主な攻撃方法は、幾つもある蔦を鞭みたいに打ち据えてくることだ。時々絡めて捕まえようとする。それに捕まると、かなりやばい」

「やばい、というと具体的には?」

「まず、身動き取れなくなるからほぼ無防備で敵の仲間から攻撃される。そんでもって、解かずそのままにしていると、喰われる」

 

 なるほど、それは最悪だ……。やられたらまず助からない。密閉された狭い空間の中、じわじわ体が溶かされ消化される恐怖を味わうことは、幸いなことにない。その手前で意識はアバターから外れる。

 言葉通り最悪な死に様だ。だけど、なかなか想像できないものではある。食人植物なんて物騒すぎる生き物、幸いなことに現実にはいない。……いないはず。

 

「奴らは植物だから、火が弱点だ。【松明】の火にも近寄ってこない」

「それは熱を嫌ってなのか、それとも光を? 生きている植物なら、よほどの高熱か燃焼剤を使わない限り燃えないものだぞ」

 

 このファンタジー世界で、現実の物理法則を突きつけてくるとは……。呆れて苦笑してしまいそうになるも、確かにソレもありえるのかもしれないとの考えが浮かんできた。植物は火に弱い、だけど生きている植物は燃えないもの、水気が抜けた落ち葉や枯れ枝でなければ。その原則はこの世界であっても通用するはず/しなければおかしなことになるはずだ。そこまで深くは考えてこなかったことに、気づかされた。

 改めて考えてみるも、確かな答えは出てこない。代わりに一応の推測で答えた。

 

「奴らはどちらかというと夜行性だから、光の方が問題なのかもしれないな。ここは湿地でも降雨量も多いわけでもないから、確かにそうだとは言えないけど」

「夜行性か……。この世界において、食人植物はどういった進化経路で発生したものなんだ?」

「進化経路?」

「私たちの、現実世界ではそのような生き物はいないだろう? 少なくともメジャーじゃない、そんな巨大植物が生存できる環境でもない。この仮想世界独自の何かが原因となってソレを生み、この森の中で維持しているはずだ。そしてソレが、火を怖れる習性となって現われたのではないかな?」

 

 話の規模がいきなり壮大になって、ついて来れなくなりそうになった。たかだか第一層の雑魚モンスターの習性が、世界創世の秘密と密接に繋がっているとは……。だけど踏ん張って、答えてみた。問いかけの中に答えの片鱗が見えていた。

 

「……【魔王】が、元凶だった? 超科学技術か魔術かで無理やり作り出したから? 火を怖れるのは魔王がそうだった、だから?」

「あるいは【冥王】かもしれないぞ。説明上はこちらが先で、しかも名前の暗いイメージからも、元凶は冥王の特性だろう」

「今の支配者は魔王なんだから、何らかの手は加えたはずだよ。本来の設計が乱れたことが元凶なんじゃないのか?」

「確かに……。そうなると、二人の敵対心が生んだ歪んだ生物、ということになるかな。その歪みが火の浄化作用を恐れている」

 

 消えてしまうことを恐れている……。どちらも相手を排除したがっているのに、その衝動そのものは消えたくないとしがみついている。宿主の耐性や意思を無視して従わせてしまうほどの習性として根付いてしまった。なんとも、歪んだ話だ。

 

「まぁ、ソレはここで考えても答えは出ないから置いて、だ。とにかく火を怖がって近寄らないのは確かだ。ただし、一度戦闘態勢に入ったら違う反応をしてくる」

「違う反応?」

「火に触れないギリギリまで接近してくるんだ。蔦も伸ばして攻撃してくる」

「武器への攻撃はせずあくまでHPを狩ることに専念する、か。フィールドの通常のモンスターと同じ反応だな」

「そういうこと。下手な盾よりは優秀だよ。ソロでやった時には大いに助かった。なかったらやばかったよ」

「ペアなら、そうでもないかな?」

「群れで来られなければ、な」

 

 結局、ソロプレイの一番の敵は大群だから、特に障害物のない広場で囲まれること。いつも全方位に注意を回せない、ちょっとでも防勢に回ったり手を間違いたりすれば、すかさずダメージを受ける。どれだけ格下でも注意しなければならない状況だ。その気配を少しでも感じたら、迷わず逃げに徹するべき。

 

「なるほど。そのために【油壺】なんてものを、買ったんだな」

 

 さきの村の道具屋で買ったアイテム。小瓶に詰め替えて導火線を付けるなどの細工を施せば【火炎瓶】になるも、今は【工作】スキルはないので形だけしか真似られない=重量は重くダメージ量は少なくそもそもぶつけても火炎瓶の効果を発揮してくれるか確実ではない、油を撒き散らしてそこに松明の火をつけても結果は同じだ。

 

「ソレを使うのは、花付きの個体が現れてからだ。元々出現率が低いし、嗅覚が鋭いからな。近くで仲間が燃やされている匂いが伝わったら、まず目の前に現れてくれなくなる」

「普通は逆ではないのかな? そのような所業を見過ごすことはできないと、復讐しにくるものでは?」

 

 同胞を守るために……。言われてみれば、確かにそうなってもよさそうだ。また頭を捻らされた。行動パターンは知っていても、どうしてソレを選ぶのかの思考パターンまで知らなかったことが、浮き彫りにさせられる。

 

「……実を割ったときはそうなるからな。種族意識よりも子孫を守ることを優先している、とか?」

「その場合、割られる前に反応しなければ意味がない。実の中に詰まっている果汁か何かが、フェロモンのような効果を引き起こしているのかもしれないぞ」

「フェロモンか、無自覚に引き寄せられるだけ……。だとしたら、そんなものを持っている理由はやっぱり、自分の種を残すことかもしれない。自分の子供に、仲間を引き寄せる香りを漬けることでな」

「ふむ、そうも考えられるな……。彼らにとって同族が、生息地や獲物を奪い合う競争相手でないのならな」

「まぁ、それもそうだな。同族なら自分の手のうちは全部知られているし……。でも、だから割られるような危険な時にだけ、集めるようにしたんじゃないのか? 死なば諸共、みたいな感じでさ」

「自分の子孫がダメになるのなら、他もそうすると? それは随分と……、業の深い生物だな、自滅するだけだろうに」

「だからこの森の中には、奴ら以外のモンスターが少ないのかもしれない。結果的に共倒れにはならず、種としての面子の維持と向上につながった」

 

 冷徹な遺伝子による鉄の掟が、厳しい自然界の中で生き残らせた……。もしそうなら俺たちも、ソレを見習うべきなのかもしれない。甘えるだけでは、結局この世界には勝てず死人が増えるだけだ。

 ソレが正しいとは考えられるも、どうも踏み切れない。怖いし悲しいしやるせない。何か、大切な感情を切り捨てるようで/取り戻せなくなりそうで躊躇ってしまう。

 

 雑談しながら森を進んでいくと、いつの間にかあたり一面薄暗くなっていた。鬱蒼と生い茂る木々が空を塞いでいる、僅かな隙間から夜空が覗いていた。昼間には何処からともなく聞こえていた小鳥の鳴き声/涼風が梢や茂みを揺らす音など、今はもう聞こえてこない。そんな静寂の中からシンシンと、森そのものが立ち現れてくるようで/その巨大な懐に入っていることに気づかされて、自然と緊張感が高まっていく。

 

「そろそろ、縄張りに入った頃合いだけど―――」

 

 言いかけてガサゴソと、近くの茂みが鳴った。

 風が揺らしたにしては大きすぎる/不自然すぎる。加えて段々と近づいて来るのは、どう考えてもおかしい。コウイチともども、無言で武器を引き抜いて構えていた。

 そして、来た―――。森の暗がりからオレ達の視界の中へ、一体の巨大なウツボカズラのような植物が現れた。

 【リトルペネント】。この森に生息するモンスター/今クエストの標的、ただし頭頂部に花は咲いておらず実も青さが残っている。通常のペネントだ。

 十何本も伸びている蔦。手足としても用いているのか、器用に折り曲げながら自重を支えて這い進んでいる。オレ達を認識すると止まり、垂らしていた二本の蔦は持ち上げウネウネと威嚇するようになびかせてきた。……やつの方も臨戦態勢に移っていた。

 

「実は割らずに、胴体部分だけ攻撃してくれ」

「逆に、集めるために割るのはどうかな?」

 

 強気な発言に目を見張った。なかなかの攻めの発言だ、初心者とは思えない/慎重に行くつもりかと思っていた。だけど……面白い。

 すぐに、同じような不敵な笑みを返した。

 

「それはかなり面白い作戦だけど、今はやめておこう。

 一度匂いが付いたら数時間はとれないからな。装備もアイテムも頼りないし、レベル上げにきたわけじゃない。今回は慎重にやろう」

「次の予定があると?」

「ああ。強化素材ように乱獲するためだ」

 

 本当は、このクエストで手に入れられる武器を【マテリアル化限界】まで占有したいが、そこまでの時間はない。βテスターならあと数時間も経たないうちにたどり着くはず。ここで稼ぐよりも先に進んだほうがいいだろう。

 こんなデス・ゲームになったのだから占有など、やめた方がいいのかもしれない。かなり不興を買う行為だ。だけど、持っている者と持たざる者の間には超え難い格差がある。トップランカーになりたいのなら、ソレを利用してしかるべきだろう。甘えは断ち切っていかないと駆け登れない。

 パチンッパチんッと、ペネントが蔦で地面を打ちすえた。まるでその音で、こちらを威嚇するかのように、あるいは「私はこういうものです、以後お見知りおきを」と彼らの言葉で自己紹介してるのかも。中世の武士の名乗り上げに似たものを感じさせる。

 

「その話は後で聞かせてもらう。―――来るぞ!」

 

 名乗りは終わったのか、ペネントは、地面を叩いていた蔦をこちらに伸ばしてきた。鋭くしならせ風を切るように打ち据えてくる。標的はオレ。

 打点を見極め危なげなく躱すと、次が来る前に跳んだ。一気に懐まで迫り、袈裟斬りを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 何体、何十体屠ったか、いつの頃からか数えるのをやめた。おそらく20は狩ったはずだけど、そこから先はわからない。

 あたり一面には、切り落とした蔦とペネントの死骸。オレが避けた誤爆で蔦に叩かれた梢が2・3本、横倒れている。赤茶けた地面に濃緑の落ち葉の絨毯が引かれた。その頭頂部に実っていたのか、手の平大の木の実が数個転がってもいる。

 さながら、巨人が踏んづけた跡。木が倒れたおかげで空が開け、月か星かはわからないはるか天空にある第二層の底部の煌きが仄かに差し込んできた。松明をたかずとも広場全てを見渡せる。

 その荒れた戦場の中でまた一体、倒した。コウイチが放ったトドメのソードスキルが、ペネントの胴体を深々と貫く、HPを消し飛ばした。

 

「―――ふぅ、なかなか出てこないな」

「もうそろそろ、出てきてもいい頃合なんだけどなぁ……」

 

 汗をかいたわけでもないが、腕で額をこする。筋肉疲労が起きたわけでもないが、肩をほぐし手をブラブラさせた。現実の習慣を露わにするほどには慣れ、そしてダレてもきていた。

 リアルラック頼りの狩り、なかなかに出てこない花付きペネント。おそらく初めてこのクエストを受けたからか、出現率が悪い。それとも今日の運勢は最悪だったのか……まぁソレはそうだろう。おそらく今日以上に最悪な日は、これからの人生で数える程しかないはず。目的の獲物がやってこない。

 コウイチは、倒したペネントを処理すると、展開させていたメニューをみて眉をしかめた。

 

「これ以上戦ってしまうと、アイテムストレージが溢れてしまうな。一旦村に戻って売却したほうがいいかな?」

「経験値だけでいいさ。それに、ストレージに収められない分は、手で持っていけばいい。【竹カゴ】をつかえばあと10体分はいけるはず」

「気づいたんだか、どうも獲得できる経験値が減っているぞ。それも倒せば倒すほど、今は初めて倒した個体の半分しか取れてない」

 

 どうなってるんだ……。オレも初めてソレを知った時、かなり困惑してしまった。今までの苦労を返してくれと、運営に文句を言いそうになった。

 

「レベル上げとか素材集めとかで乱獲するのを防ぐための処置、て言われてる。

 初めて倒した奴の次は8割に、次と次あたりは7割で5体目以降が6割に、10体以降は半分になる。そこにレベル差が加味されて、レベル差の数値分を%にした分だけ減少する。だから、第一層を突破できる頃には、フレイジーボアでレベル上げなんてできなくなる」

 

 するような酔狂な奴なんで、いないだろうけど……。デス・ゲームになってしまった以上、ソレが酔狂なのかどうかはわからない。

 ただ、狩りすぎれば過ぎたでまた厄介な問題が出てくる。恐ろしく凶悪なボス級モンスター=【リベンジャー】が出現する、少なくとも10階層は上まで登れていないと相手にもならないような強さだ。楽して安全に気をつけすぎたら、逆にしっぺ返しを食らってしまう。

 

「だからプレイヤーは、自分の地位と強さを維持するために、上に登り続けなければならなくなる。低階層に留まって怠けていれば、後続にすぐに追い抜かれてもしまう」

「ソレは心強いな。後ろ備えがしっかりしていれば、前にだけ集中できる」

 

 そういう風に捉えるのか……。競争原理に凝り固まっていた自分の考えを戒めた。

 

「ただ、だとするとだ。どうも茅場の考えは矛盾してるな」

「茅場の考え?」

「プレイヤーを全滅させたいのか、それともクリアして欲しいのか。 

 あえて、βテスターとビギナーとの差別化を図って不和の種を仕込んだと思いきや、初期アイテムの【生命の首飾り】で補填している。獲得経験値減少によって、狩場の独占をさせないような配慮もしている。NPCに人間性を吹き込んでいるのは、繰り返しのクエスト攻略による停滞を防ぐためだろう―――」

 

 NPCに付加された人間性の意義……。単純に「できたから」とかリアリティを高めるためとか、自然発生してしまったなどの不測の事態に分類できるものだと思っていた。始めは戸惑ってしまうけど、基本は喜ぶべきものだと、新しい人類の誕生を歓迎するべきだとも。けど、そのような意図が根底にあってもおかしくはない、というか創造主の目的にピタリと重なっている。プレイヤーが機械的にクエスト報酬を獲得し続けることを妨げるためには、相手が生き物である必要がある。疚しさを募らせて心を削れば、報酬以上を徴収できたようなものだ。

 

「どちらを望んでいるのか、バランスを取っているのか。どれほどの比率で保っているのか? どうして手を緩めている、自殺願望? 現実世界に飽き飽きしてたのか? あれだけの才能と金と名誉を持っていれば当たり前か。あるいはそもそも……いや、ソレは早計か……」

 

 オレも考え込まされていると、コウイチはまた別世界に飛んでしまった。ブツブツとつぶやきながら脳内議論している。

 もう慣れたものだ、いちいち戸惑うことはない。しかし、咳払いで呼び戻そうとすると、ガサゴソとの異音が引き戻してきた。

 緩んでいた空気が一気に緊張。コウイチも目を覚まし、武器を強く握り直した。目合わせして確認、互いに気づいているかどうか。

 静かに、相手に気づかれないように近づくと、互いにしか聞こえないボリュームのボソボソ声で言った。

 

(またペネントかな? ソレにしては小さいようだが)

(たぶん、違う。アイツ等に隠れるとか罠を張って待ち構えるとかの行動パターンはないよ。コイツは別のモンスターだ)

(別、強敵か? 倒すのは面倒かな?)

(強くはないけど、面倒ではある。ものすごくすばしっこいんだ。けど、倒せたら良いアイテムか大量の経験値をもらえる、美味しい獲物だよ)

(メタルスライム、みたいなものかな?)

 

 まぁそんな感じ……。目的とは異なるけど、これはこれでラッキーだ。

 そっと、何気なさを装って/靴ひもを直す素振りでしゃがむ。やりながら自分の想像力の無さにがっかりしてしまうが、気にしないように無視。足元に落ちている【小石】を拾う/握った手の中に隠す。目の端で対象の位置を定め立ち上がる。

 そして、ゆっくりと完全に腰を上げきる寸前、急襲した。

 小石の投擲/【投剣】のソードスキル=【シングルシュート】。薄青の光を帯び尾を引きながら、小石が標的の茂みへと突き刺さっていった。

 吸い込まれた小石がガツンと、何かにぶつかる音、茂みの太い枝はか地面にぶつかった音とは違う。その予想通り次に「ホガぁッ!?」とま抜けた悲鳴、同時にHPバーが視界に浮かび上がった。

 茂みの中からボトリと、投げ出されるように転げ出てきた。

 人=プレイヤー/オレたちと同じ/オレと同年代ぐらいの少年。NPCではありえない、今の段階でこの森に来れるのはプレイヤーだけだ、何よりも同じような装備がプレイヤーだと言っていた。小石をぶつけられたであろう頭を抱えながら、地面にうずくまっている。

 

「痛たたぁ……。何すんだよいきなり攻撃するなんて、ひどいじゃないか!」

 

 どうしてくれるんだよ、弁償しろ―――。半べそかきながら非難してきた。

 戸惑う/慌てた、まさか他プレイヤーがいるとは思っていなかった。反射的に謝罪しようと口を開きかけると、

 

「コレが、メタルスライムか?」

「……へ?」

 

 首をかしげながら、トンチンカンなことを聞いてきた。

 

「いやいや、違うよ! どう見たってプレイヤーでしょ?」

「そうなのか? 人型のモンスターじゃないのかな?」

「じゃないって。ここにそんなモンスター、まだ出てくることは……」

 

 言いかけてふと、悪いアイデアが浮かんできた。

 そういうことにしても、いいんだろうか? そうなったらどうなるんだろう、メリットとリスクは? 

 たぶん、ドロップアイテムも経験値もかなり大量にもらえるだろう。二人なら簡単だし確実だ、あのレアモンスターを仕留めるよりも。プレイヤーか人型のモンスターか、一瞥だけでは判断できないものだ。事故だったと言い切ってもいいだろう、オレ達の他に証人はいないし証拠も残らない。疚しさとか罪悪感とか残りそうだけど、さっきめんどくさいこと言ってきたし……

 ちらりとそいつを見た。そのオレの顔を見て、逆に相手の方が慌て始めた。

 

「ちょ……えぇ!? ウソだろ、いきなりッ! 君らマジか!?」

「何慌ててるんだよ?」

「あのチュートリアル見ただろ、ここ今デス・ゲームなんだよ? HP0になったら現実でも死ぬんだよ!?」

「そんなこと、言われんでも知ってるよ」

「ひぃ、ひ……人殺しに、なっちまうんですよ?」

「人殺し? おいおい、なんだってそんな大それたことになるんだ?」

 

 相手の変転ぶりに、こちらの方が驚かされた。泣きながら懇願するようになってきて、いつの間にか命乞いになっていた。

 一体全体、なんだってそんなに怯えているのか? 首をかしげる。オレはそんな強面ではないはずだ、むしろ柔弱で女の子にも見られてしまう、舐められるような童顔だ。

 にじり寄ろうとすると、「ヒィッ!」と抜けた腰のまま後ずさった。だけどコツンと、太い梢にぶつかって阻まれてしまった。

 男の顔からさぁと、血の気が引いていった。絶望の表情。そして、その青ざめた顔でオレを仰ぎ見た、媚びるような引きつった歪んだ笑みを浮かべながら。

 

「……か、金ならあげます。持っているアイテムも装備も全部。だから、だから……お願いします!」

「何言ってるんだお前? てか、なんでオレたちがそんなもの欲しがってると思ってる?」

 

 意味不明な怯えに若干苛立ちながら答えると、男は絶句した。まるで死刑宣告でもされたかのように、顔色は青を越えて白くなっていた。

 陸へ無理やり釣り上げられた魚のように、パクパクと口を開閉する。何かを言わなければならないけど、何を言っていいのかわからない。焦燥感が喉をつまらせ呼吸もままならない様子。それでも、搾り出すようにして、

 

「ぼ、僕は、まだ……死にたくない。死にたくなひんです!」

 

 殺さないで下さい……。ぽろぽろ泣きながら/声も裏返しながら、オレの足にすがりつくような勢いで必死に訴えかけてきた。

 それを見てようやく、相手が何に怯えているのか気がついた。彼とオレとの誤解が完全に解けた、先までのオレの態度をどう捉えていたのかも。オレが頭の中で考えていた妄想を読み取って、これから起きる事実/身に降りかかる暴力と思い込んでしまったのだろう。

 ぽかーんと、開いた口がふさがらなくなった。

 

(……キリト。どうやら彼は、私たちがPKをしたがっているように思い込んでしまってるな)

 

 コウイチの耳打ちで、ようやく戻ってこれた。

 

(らしいな、どうしてか分かんないけど)

(誤解を解いてやるべきか? それとも、利用すべきかな?)

(利用!? なんだってそんなブラックな発想が出てくるんだよ?)

 

 彼はもしや、オレではなくコウイチを見てあんな誤解をしたのかもしれない。黙って少し顔を固くすれば、マフィアの若頭と言えなくもない。使い込まれ血塗れた槍を肩に担いで見下ろしてくれば、縮み上がらない方がおかしい。

 そのことを指摘してやろうとすると、まともな理路が返ってきた。

 

(普通はこんな、命乞いみたいな真似しないだろう? ただ石をぶつけられて、同じプレイヤーを目の前にして、PKされると思い込むなんてな。何か疚しいことがあるに違いない)

 

 言われてみれば、そう考えられなくはない……。ひどい偏見とも言えなくはないけど、オレは威圧的に脅したわけではないはず。……たぶん。

 和解は、内情を探ってからでも遅くはない。

 オレ達の内緒話をビクビクしながら見ていた/おそらくはどんな処刑方法がいいだろうかとの相談だと思っていたであろう男に、向き直ると言った。

 

「名前は……【コペル】で、いいんだよな?」

 

 視界隅のHPバーに表示されている名前を確認すると、ブンブンと頭が取れてしまいそうな勢いで頷いた。

 

「それじゃコペル。だったらまず、やらなきゃならないことがあったんじゃないのか?」

「や、やらなきゃならないこと、ですか?」

「おいおい、そんなことも分からないのか?」

 

 言ってやらなきゃわからないほどの莫迦だったのか……。小莫迦にした調子の溜息もプラスして、理不尽な怒りとガッカリ感をだしてみた。

 ハッタリ/ブラフ、あるいは賢人の知恵。オレ自身よくわかっていないけど分かっているフリ、相手に自問自答させる。隠し事を吐かせるためには一番いい方法だ。

 案の定、コペルは困惑した。必死に何を言えばいいのか悩んでいる。何を言えばこの場から逃れられるのかを。でも……、わからない。チラチラとオレの顔色を伺うもやっぱりわからない。当たり前だ。オレだってわからないんだから。

 だから思惑通り、コペルは隠していた罪を白状せんと……、土下座してきた。

 

「す、すいませんでしたッ! もう二度としないんで許してください!」

「それだけじゃわかんないぞ。何をどうして、許して欲しいんだ?」

「え? そ、それは……も、MPK(モンスターPK)しようとしたこと、です。花付きが出てきたら、ワザと実を割って囮にして、クエスト報酬を独り占めするつもりで……」

 

 まじかぁ……。思わず驚きが顔に出てしまった。なんてこと計画してたんだコイツ、最低のクソ野郎じゃん。

 やっぱりここで始末すべきかと、とりあえず頭踏んづけて土の味教えてもらうかとしたが、寸前でこらえた。冷静に考えてみる。自分だったらどうするか? どうしてこんな行動を取るのか/取れるのか? 人殺しも辞さない理由は―――。思い至った。

 彼はただ、ゲームをしていただけだ。ソレもハンティングゲームの類。殺人なんて考えていない、HPを0にしても現実で死なないと思っている、こちらにいる限り見えないからそう思い込める。誰も証明しようがない、ただゲームマスターたる茅場だけしかわからない。罪など考えなくてもいい、できることを全てやりきって構わない/すべきだ、我が身に降りかからない限りは。

 史上最低な小市民の考えだが、理解できる。自分がそうじゃないとも言い切れない。今ここにいるオレも、傍から見たらそうなっているのかもしれない。そんな不安はありながらも邁進するだろうとわかっている、不安を抱え反省すれば釣り合いが取れているとでも言うかのように。だから今、目下で怯えきっている男の姿は、見たくもない不愉快な鏡像だ。

 

「なるほど。随分と面白い事をしてくれるつもりだったな。だが……、もう悟られてしまったな」

 

 所詮君はその程度だったな……。嘘はいっていないが、相手には皮肉げなセリフに聞こえたことだろう。まるでこのお粗末な顛末に赤点をつけて返品するかのように、コウイチは猛毒がこもった笑みで総評した。

 

「そ、そのようで……」

 

 コペルは、その怒り狂いたくなるようなしょっぱすぎる評価にも関わらず、追従するような引きつった笑いを浮かべてきた。命あって幸いと、生き残れる兆しに目を輝かせていた。

 盛大な溜息とともに肩の力を落とすと、再びコウイチが耳打ちしてきた。

 

(どうするキリト、彼の処遇は?)

(どうでもいいだろう? 結局何もしなかったわけだし、てかこんな醜態まで晒さなきゃならなくなったし、罰ならソレで充分だろう。邪魔にならないうちにさっさと退散してもらうだけさ)

(ほほぉ、なかなかに寛大じゃないか)

(甘すぎる、て言いたいのか? ぶん殴ったりすればいいのか?)

(もらえるものは貰っても構わないんじゃないかな? 先に彼が提案してくれた通りに。その方が彼も納得してくれるだろう)

(いや、ソレは……)

 

 どうなんだろう、悪くないかも……。悪魔の囁きに偏りそうになった。

 頭を振ってその考えを振り払った。却下だ。ここでソレを/有り金全部と身ぐるみはいでしまったら、結局途中でモンスターにやられてしまうかもしれない。もし生き残ったのなら/オレたちの詐術を暴いたのなら、間違いなく復讐される。七面倒臭い未来が待っている。

 ここは寛大な処置でいいだろう。見逃そう。ただ最後に一つ、退散するその尻を蹴っ飛ばしてやろう。

 

「行きなよ」

「……え?」

「今日は見逃す。次にまたやるのなら、容赦しないけど」

 

 いきなりの釈放に、目をパチクリさせた。嘘か本当かクルッと回って冗談か、油断した背中をズドンか……。目まぐるしく頭を回転させていた。

 しかし、オレからそんな意図は読み取れなかったのだろう。恐る恐る立ち上がると、警戒しながら後ずさっていった。

 

「あ! 一つアドバイスがあるんだけど」

 

 ビクンと、跳ね上がった。ベタなやり方だったけど、面白いように引っかかった。思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「……何、です?」

「ここで他の人を嵌めるのやめた方がいいよ」

 

 図星だったのか、顔が固まった。たらーんと汗が流れ落ちる。

 まさかとは思っていたけど、本当にやる気だったとは……。懲りないクソ野郎だ。繊細そうな/インドア派&草食系&パソコンオタクな外見でも、中身は図太いのかもしれない。苦笑しながら続けた。

 

「MPKのやり方としては間違ってもいないし、この初期でソレをやる奴がいるなんて中々考えられない。それに、この場所もいいしね。ただ、その計画には重大な穴が―――ッ!?」

 

 説明の途中、森の奥からワサワサと音が鳴った。何かが迫ってくる、その気配に総毛立った。一気に臨戦態勢戻った。

 そして、今度こそペネントが現れた。それも大群、横一列に自身の蔦をウネウネさせていた、まるで森全てが襲いかかってきたかのような不気味な光景。しかし、オレ達が目を奪われたのはソレではない。中央に、仲間たちから守られているかのように鎮座している/煌めいている、花付きペネント―――。

 ようやく本命が来た。一同武器を構えると、凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ようやくお出ましか。それに―――」

「なかなかの数だ。二人で捌ききれるかな?」

 

 ちょっと、いやかなり厳しい……。囲まれたら一網打尽で終わる。一手でも間違えれば、あの蔦に掴まれて車裂きの刑か、消化液たっぷりの壺の中に収納されてしまうことだろう。……どちらも体験したくない死に様だ。

 生唾を飲み込むと、罠にかけようとした男に振り返った。

 

「お前はどうする? ここは一旦共闘するか、それとも出直すか?」

 

 どっちか決めてくれ……。一人でも多い方がいいが、期待せずに聞いた。

 コペルは一瞬、驚いたように目を丸くしてオレを見ると、悩む。しかし逡巡は一瞬、怖れ混じり躊躇いがちながらも言った。

 

「ぼ、僕も……やるよ。戦う」

「そうか。

 それじゃコペル、オレ達が正面からタゲ取るから、回り込んで後ろから花付き仕留めてくれ」

「おいキリト、それでは彼に報酬を譲ることになるぞ?」

 

 さすがにソレはやり過ぎだと、今まで苦労してきたのは私たちだと、注意してきた。

 

「パーティー組んでないのを利用しないとな。タゲ取りは二人いないと厳しい。それに、全部倒す必要もない。さっさと花付きだけ倒して退散するのが、一番いいだろ?」

 

 今回は彼に譲る形になるけど……。一度クエストを成功させてしまえば、次をやるにはインターバルがある。β版でもそうだった以上、本製品のここはソレ以上になっている可能性は高い。それに、コペルがここではしばらく、オレ達のようなカモを引っ掛けられなくなる。

 オレの言わんとしていることが伝わったのかそうでないのか、不満を残しながらも頷いてくれた。

 

 ジリジリとにじり寄ってくるペネントの大群。一斉に陣太鼓のように地面を叩くと、地鳴りのように揺さぶられた。伝染してきた振動が足腰をジンジンと痺れさす。そしてシュンシュンと、蔦をくねらせ打ち据え威嚇するペネント。奇妙なことに、一斉にやっているのにどの個体の蔦もぶつかったり絡まったりしていない。絶妙なタイミングで振り回していた。……ちょっとソレを期待していただけに、残念だ。

 オレ達との/互の間合いを計る、激突の瞬間に備えた。視界の端では、コペルが戦域から離れていくのが見えた。まだ警戒範囲だけど、オレ達が攻撃すればすぐに注意が逸れる位置だ。―――準備は整った。

 踏み込んだ=先取先制。

 こちらの間合いギリギリ/ペネントが反応しない枠外、初動モーションをとりソードスキルを発動させる。剣にライトエフェクトが仄めき帯びた。システムアシストが体感時間を加速させようとする。

 その寸前、事は起きた―――

 

 しゅんと、鈍色の尖ったものが駆け抜けた。オレの横を飛び抜けペネントの一体へ、その頂きに鎮座している青々とした実へとブスリ、突き刺さった。

 【投げナイフ】、投剣スキル……。それらの単語が頭に浮かんでくると同時にパシュリと、実が弾けた。中から盛大に、果汁が吹き出した。あたり一面に一気に、甘ったるい匂いが立ち込める。

 ペネント達が、急に凶暴化した。匂いに触発されて怒り狂っている。彼らとの戦いでは、特に大群の時は、一番やってはいけないことだった。

 思わず、ソレをやった張本人=コペルに振り向いた。

 

 

 

「ごめん。でも……、こうする方が確実だろ?」

 

 

 

 囮役として、敵の目を引き付けるには……。あるいは、オレ達がペネントたちと共倒れになってくれるには。

 そりゃ、やっちゃダメだろう……。マナー違反じゃないかと、βの時のような常識をこぼした。あまりにも非常識な今には、全くそぐわない。

 

 ―――それじゃ、頑張ってね。

 

 声に出されることはなかったが、その視線と酷薄な笑みが物語っていた。

 捨て台詞を伝えるとそのまま、茂みの暗がりの中へと身を隠していった。

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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