偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/魔獣結界 心剣抜刀

 

 わずかな隙へと縫って細剣奥義をぶつけても、当然のことながら……とどめの一撃とはならなかった。

 でも、効果はあった。

 かの巨体を数メートルほど後ろに押しのけ、尻餅をつかせるほどには。

 技後の硬直時間で、その場に金縛りにされる。けど、起き上がる前には解放されることだろう。……追撃を狙える。

 

 私一人で必ず仕留める―――。

 そんな決意で、解放されたらすぐさま動けるよう『彼』を直視し続けていると―――ポンッ、後ろから肩に手を置かれた。

 

 

「―――わりぃ、すぐに繋げてくれアスナさん」

 

 

 顔を向けるとそこには、赤い野武士=【クライン】さんと、『パーティー加入』のメッセージ窓だ。彼のパーティーに参加するか否か。

 咄嗟に拒絶しようとした。あくまで『彼』は自分一人の手で介錯してやりたい/すべきだと、ソレが副団長としての務めでもあるとも。

 けどすぐ、冷静さ/今日までの戦闘経験値が、却下してきた。目の前の『敵』を一人で倒すなど、自殺行為でしかない。彼とパーティーを結ぶしかない、ここにいる全員の力を借りるしかない。

 

 罪悪感と命の天秤は……、答えるまでもなかった。

 システムによる金縛りが終わるや直後、『参加』を選択した。

 

 

「コイツは俺らが請け負う! そっちは任せるぞ【ユキムラ】ッ!」

 

 周囲で戦ってる人たちへ、特にクラインさんのギルドの副リーダーへの無茶ぶりだ。……共に持ち場を離れやってきてくれた彼の仲間の顔色も、厳しく強ばってる。

 

 急な隊列配置の変更、勝手に持ち場を離れるのは、ボス戦闘において最も慎むべきことだ。犯した部下には厳罰を下して分からせるほどにも。特に今のような、ちょっとしたミスが全滅に繋がるような盤面での勝手は、後にMPKと詰られても仕方がない。……私自身が、部下たちに諭してきたように。

 けど同時、臨機応変な柔軟性が必要な盤面でもある。自分の持ち場を離れ、即座に私を全体に組み込む決断。クラインさんのこの行動の是非は、この戦いが終わってからでしか裁けない。……決して間違いじゃなかったと、証明しなくちゃならない。

 

「俺と【サイゾウ】がタゲ取る。アスナさんは、隙見つけてぶっこんでくれ」

「……分かった」

 

 気をつけて―――。私の了解を聞く間もなく、二人は前に駆けでて行った。……簡単すぎる指示だけど、ソレだけで理解できるとの信頼。

 自分のプライド/罪悪感よりも、仲間たちの命だ。胸の内でパンッと頬を叩く、まだ頭に上っていた熱を急冷凍させた。

 

 すると直後、またメッセージ窓が展開された。

 コマンド要求ではなく報告。ただしそこにズラリとあったのは、パーティーメンバーからのアイテム供与だ。回復ポーションやら結晶アイテムやら、この戦闘で必要になるだろうアイテム群―――

 文字よりも雄弁に語ってくる。思わず、送信主だろう青い騎士団長殿を目で探そうとしたけど……、やめた。そんなことよりもまず、やるべきことがある/暗に込められている直言。まだ揺らいでいた気持ち/集中力を、いっそう引き締めることを。……独りで背負ってはならないと。

 

 

―――

……

 

 

 私が乱した戦場が、瞬く間に整え/再編されていく。

 

 

 クラインさん達は、絶妙な間合いで翻弄しながら、敵の注意を引きつけ続けてくれている。

 初見でかつ強敵なはずなのに、死と隣り合わせのその役目を見事こなしている。のみならず、同ギルドだろう仲間との連携の素晴らしさだ。掛け声なく目配せすらほぼなく、互いが必要としているだろう『次手』を補い合えている。もしかしたら、さらに次手まで考慮しての最適行動も。

 【血盟騎士団(Kob)】のメンバー同士で、ここまでの連携ができる人達は稀だ。彼ら【風林火山】の強味/少人数なれどリアルでも友人同士のギルドが、存分に現れているかのようだ。

 

 そんな彼らのおかげで、私が常々欲していた最適な前衛の行動ゆえに、大いに動きやすい。……ただ躊躇わず/フォローも考えず、ありのままを放てばいいだけだから。

 こじ開けた、あるいは注意を寄せて開いてくれた死角へと、強烈な一撃を射し込んでいく―――

 

 

 もちろん、【聖騎士連合】たちも活躍してくれた。

 私の乱入で、いきなり敵のタゲが変わり乱れてしまった戦闘のリズム。ココで戦っている大半は彼らで、総指揮もリーダーの【ディアベル】だろう。戦局のリズムまでも乱れてしまったはず。その心理的負荷はどれほどのものか……、私も嫌と言うほど分かっていたはずなのに。

 ほぼ即座に、調整し直してみせた。

 ディアベルの決断力もさることながら、【連合】メンバーはもちろんのこと他の攻略組プレイヤーたちですらの、彼への信頼感。この急場でかつ未知の窮地であっても、「彼こそ自分たちのリーダーだ」との共通認識だ。彼が今日まで積み上げてきた『徳』の高さが伺える。……思わず、嫉妬してしまうほどに。

 

 

 ……どうしても納得できなかった、今回のレッドプレイヤー掃討作戦。

 

 たとえ相手が犯罪者だろうとも、人命。ソレを率先して奪うのは『悪業』なのだと、レッド達と同じになってはいけない/『正義』で誤魔化し扇動するようなマネすらも……と。殺人は絶対に間違っている。

 「キレイ事だ!」と嘲笑されてしまうのは、分かっている。ソレが何の解決にも繋がらないとも、知っている。けど、誰かが言わねばならない道徳、誰かが貫かなきゃならない常識だ。コレを見失ったら/捨ててしまったら、ゲームクリアして何になるの? 帰らなきゃいけない『現実』に、戻れるの……?

 その時は、答えを出せなかった怖れ。今でもまだ迷ってる。我が身大事の怯懦か、己を切り捨て大多数を救う合理か……。私はまだ、都合の良い幻想に縋っている。

 

(ディアベルは一体、どう思ってるのかな……)

 

 直に聴いてみれば良かった。

 あの時は/互の立場上、そんなことできなかったのは分かっているけど、それでも。……こんなにも皆から信頼されている彼は、何を持って『コレ』に挑んでいるのか。

 

 皆とももっと、話し合いたかった、とことんまで……。単純明快な回答なんて、要らない。言葉でなんて表しきれないモノだから。

 けど、独りで押し殺していいモノでは、決してないはず。『弱さ』で押しつぶすには、あまりにも個性的すぎる。あまりにも個人的で、とてもプライベートで、恥ずかしすぎて目を背けてしまいそうだけど……、ソコにこそ本物の『強さ』があるはず。

 

(……ああ、そうか。私が示したかったのは―――)

 

 ()()()()()()だったのかも……。今更ながらに、気づけた。

 

(だったら私は、今も/これからだって、胸を張って行ける)

 

 どこまでだって、戦っていける―――。胸の奥底に、輝く『炎』が灯った。

 

 

 

 直後、握る細剣が白く―――燃え上がった。

 

 

 

 幻視ではなく、実感を伴う炎だ。……かといって原理も、焼かれる恐れも沸いてこないけど、暖かさだけは確かにある。

 ただ傍にいる、ただ見ているだけでも、勇気が湧いてくる。何でもできるような全能感が湧き上がってきては、全身に氣力を横溢させていく。身体を軽やかに柔軟に/力強く、それでいて舞い上がっているような視界の狭さなど微塵もない、絶好調の時の体感へとシフトしていた。

 

 驚く間もなく/必要も感じず/直感に導かれながら、燃え続ける剣を振るって―――突貫。

 空いた脇腹/空けてくれた死角へと―――、叩き込んだ。

 

 

『■■■ッ!? ■ィ……、ギィビャァァァァァーーー――――ッッ!!』

 

 

 『敵』のおぞましい絶叫が、響き渡る。

 先までに繰り出してきた攻撃と変わらないはず。上位剣技ですらなかったのに、激痛で苦しんでいる様子をみせてきた。

 

「おぉっ!? クリティカルか!」

「ナイス一撃!」

「さッすがアスナ氏! キレてるぅ!」

 

 共に相手取っている仲間から、口々に賛辞がおくられてくる。

 

 

 命懸けの戦いの最中、仲間を無意味に罵倒し合うのは、映画かフィクションの中でのファンタジーだと、ココで戦ってみて気づけた。そんな体育会系のノリ/虚勢が通用するのは、中堅どころのプレイヤーたちで、最前線の攻略組ではただ呆れられるだけ。……自信が無いメンタルの弱さを押し付けるのと同じ、自分の世話もできないのかとウンザリするだけ。

 全ては行動と結果で示すのみ。邪魔なら黙って無視すれば、すぐにボロが出る、手も口も下さずともこの世界が『排除』してくれるから……。だから出てくるのは自然と、仲間への賛辞と応援・助言だけだ。

 今回のコレらも、そういった小気味よいいつも通りだけど……、だからこそ違和感。

 先の一撃は、偶然のクリティカルではなく、必然の結果だったから。

 

(……見えてなかったの?)

 

 打ち込んだ懐からすぐ飛び退って、全体の/仲間たちの様子を確認してみると……、必ずしもそうではなかった。

 一部、声かけせずただ驚きの表情でコチラに目を向けていた人たちが特に、何が起きたのかハッキリと認識していたのが見て取れた。

 そんな彼らをもっと観察してみると―――やっぱりか、その手に握られてる武器は()()()()()

 

(彼らも『使える』てことね)

 

 そう言いながらも、コレについては何一つも分かっていない。ただ『力』だと、この戦地を切り抜けるために必要な『力』とだけしか。

 

 

 たとえ良質な武器、今使っているモノより性能が良いと分かっていても、すぐに取り替えたりはしない。見た目や数値では把握しきれない信頼感、手に馴染んだ道具のほうが信頼できる/自分の命を預けられる。……道具は使い手と結び合わせてはじめて『武器』になるのが、持論だ。

 だから、この『炎』もいつもの私なら、信用ならざるモノと脇に置いていた。はずだったけど……、すぐに飛びついていた。改めて考えてみると、不安が滲んでくるけど……、やっぱり信頼感が勝る。

 基本的には持論通り、だけど直感は例外だ。全て計算通りとはいかない、たまには自分を信じて飛び込まなくては、戦いには勝てない。

 

(……とは言うけど、ぜひ教えてもらいたいものね)

 

 この戦いに生き残れたら、ぜひとも教授してもらいたい。全てとは言わないけど、知っていることは全て。……どうして今まで、公には黙っていたことも含めて。

 この力の可能性と危険性について、じっくり話し合わなくてはならない。

 

 

 

―――

……

 

 

 戦いは佳境に、より一層の厳しさに染まっていった。

 

 

 発現した『炎』のおかげで、前よりも優勢に事を進めてる実感はある。与えるダメージ量も格段に増している、動きのキレも常に絶好調だ。

 けど……、形勢を変えられない。『彼ら』の強さはいまだ異常で、その巨体も合わせて圧倒してくる。

 さらに最悪なのは、彼らが連携を使い始めたことだ。はじめは個々がバラバラに暴れていただけなのに、ソレでは倒されると察したのか/組み込まれていたアルゴリズムなのか、互いに背中を預け始めた。背中などの死角を補い合うよう、陣形を組んできた。

 加えて厄介なのは、回復魔法……とでも呼ぶしかないHP回復技。ただ仲間の隙をカバーするだけでなく、手当てすることでか削られたHPを回復させてきた。

 

「ふざけんな! ソレは反則だろうがッ!」

 誰かが皆の不満を叫んでくれた。

 プレイヤー側はいくら回復してもOK、けどモンスター側は許されない、というかどうかやめて下さい……。ただでさえ硬くて動き回って大量のHPがあるのに、回復されると心が折られる。

 という、切実な弱音には非常に共感できるけど、仕方がない。理不尽だと思うけど、ルールやら世界法則を無視しているわけでは無いのだから。上階に登ればいずれ、そんなフロアボスに遭遇することは分かっていたはず。……だから、次へと対処していかなくてはならない。

 

「奴が回復させた時、耳元が光ったぞ―――」

 アレてもしかして……。冷静さを失わなかった誰かが、さっそく回復魔法の仕組みに気がついた。

 元攻略組プレイヤーに、ここのゴリラ型モンスターをどうにかして融合させたのが、『彼ら』だ。その際、ただ二つの身体だけを融合させた……とは思えない。衣服やら武器やらはもちろん、二つには無いはずの新しい器官も生えている。新しいモンスターだとも言える。けどもし融合の際、装備品やアイテムも共に混ぜ合わせたとしたら? 耳にはピアスがあったはず。今まで遭遇したゴリラたちはしていなかったので、プレイヤー側の影響が強いとしたら? 彼らがするピアスはほぼ全て、ただのオシャレじゃない。私や周りの仲間たちが装備しているのと同じような改造アイテムが―――、結晶アイテムが組み込まれたピアスだったはず。

 

「まさか……【回復結晶】かッ!?」

 ほかの誰かが、皆が至るだろう答えを叫んだ。

 厳密には違うモノなはず。全回復させているわけではなかったし、一度使用したら砕けてもいない。あの仏様の長い福耳の先にぶら下がっているのは、確かにピアスらしき装飾品だけど、皆が/私もつけてる改造ピアスとは形が違ってる。そもそもサイズが違う。

 アレは何か? どんな変化が起きたのか……。確かなことは何もわからない。

 

 耳を切り取れば、また回復されることは無くなるのか? ……。わずかながらの光明、試してみる価値はある。

 けどもし、そうではなかったら? ただランプのようなモノでしかなく、回復効果は無くならないのでは……? 耳を切除するのは、ただダメージを叩き込むより、殺される危険が高い。

 

「―――私が、耳を斬る!」

 だから皆、協力して―――。宣言するやいなや、行動に移した。

 いつものHPを削るルーティーンとは違う、仲間がつくった隙に差し込む遊撃手ではなく、自ら敵の眼前に出て隙をこじ開ける攻勢へと躍り出ることで―――

 

 

―――

……

 

 

 真っ先にイメージしたのは、あの『黒の剣士』だった。

 

 彼はいつも、この危険極まりない役目をすすんで背負ってきたと、思い出せた。ほぼいつもそうだったので、いつしかソレが当たり前のことだと、気にしなくなっていたほどに。

 

(今日は私が、ソレを背負う―――)

 

 怖くて体が震える、動かなくなりそうになる。

 こんなのは賭け事ですらない、ただの蛮勇だ。自殺行為も甚だしい、もっと効率よく安全な戦い方はいくらでもある。チームが一丸となって、それぞれの役目をこなして連携すれば、ただただ無駄な行為にすらなる。……最前線では、ソロプレイは要らない。

 それでも彼は、戦い続けられた。

 

 

 こんな死に様望んでなかった、こんな無意味なことのために―――……、なぜ? どうして? どうして私がやらないといけないの……?

 理不尽に押しつぶされそうになる。自業自得でしかないけど、強制されたようなものだ。責任すら抱え込んでの特攻、英雄気取りの自分の愚かさに、惨めさが溢れ出しそうになっていた。

 けど……なぜだろう。彼を想うと少しだけ、暖かくなれていた。体も、思った以上に軽やかだった。

 

 だから、だろう。地面ごと真っ二つにしようと袈裟斬りされる大刃も、前方中空を軸に全身を半回転/普段なら絶対にやらないようなアクロバティックな体の使い方で、紙一重の回避をしていた。

 

 そして、叩き割れる地面―――の直前、ついでにその大刃の背面へと回転切りを打ち込んだ。

 大刃は、予定していただろう地面とはズレて衝突。敵は自分の大刃に引きづられて……、たたらを踏んでいた。体勢が崩れた。

 

 

 

 地面が砕けて衝突爆音。目の前には、何とか踏ん張って転倒は防ぐも、無防備な半身を晒している敵。

 5メートルはあるだろう巨体ゆえ、ただ膝をすこし曲げさせた程度では届かない。私の【敏捷値】のジャンプであっても、できるかわからない高度だ……。

 けど、太ももと二の腕と肩のラインなら、駆け上っていける―――。狙うべき耳への道は、できあがっていた。

 

 ただし―――、もう一つの凶刃、脇から生えてる細長い猿の腕。

 体勢は崩れながらも、ソレだけは独立して動かせるのか、弓から放たれた矢のように突き伸ばされてきた。5指並べた鋭利な爪で、私を貫き殺すがために。

 猿の手刀が、眼前にまで襲いかかってきた―――

 

 

 突き殺される―――寸前、逆に飛び込んだ。

 

 細剣剣技【リニアー】―――。さらに、システム外スキルの【加速】も込める。

 手刀にも勝る突進をもって、紙一重ですれ違わせた。

 

 背後へと、敵の手刀が滑り外れていくのを感じながら、無防備な足へと突進攻撃を突き込んでいった。……崩れた体勢を支えているであろう、自重が乗っている足に。

 

 

 深々と突き刺さると、狙い通り、敵はその巨体を支えられなくなった。

 ガクンッと落ちてはそのまま/その場へゴロンッと、尻もち/【転倒】した。

 

 こちらの半身が隠れるほどの土埃が上がる中、晒された敵の頭部。仏像のような長い福耳の下先、小さな青い宝玉のイヤリングがぶら下がっているのが、ハッキリ見えた。

 

 剣技後の僅かな金縛りが解けるやいなや、そこを大上段から思い切り―――、切断。

 シュンッと剣を振りおろした直後、ズルリとズレていき……ボトリと、猿の片耳を切り落とした。

 

 

―――

……

 

 

「すげぇ……、本当にやっちまいやがった」

 

 急いで味方の元まで戻ってみると、誰かから感嘆の声がかけられた。

 けど、警戒は解かず。仮説の証明の結果に注視する。

 耳を切断され、そこから血を噴き出している猿巨人。痛みでわめき声も叫ぶも、致命傷ではないのだろう、怒りを沸騰させているのが分かった。

 

 耳切断の副作用=【転倒】からの即時回復。すぐに立ち上がってくるやいなや、私めがけて/怒りの咆哮を上げながら、かの大剣を振り落としてくる。……禍々しいライトエフェクトをまとった。剣技を込めた大剣を―――

 

「ッ!?

 アレがくるッ! 散開―――」

 

 戦慄と同時、号令/警告を叫びながら、その場から飛び退いた。

 近くにいた仲間たちも察知してくれたのだろう、すぐさま退避していく。

 

 直後、獣の雄叫びとともに、眞白な炎の奔流が解き放たれた。

 振り下ろした大剣の前方扇状に、敵の範囲強攻撃が蹂躙していく―――……

 

 

 

 ……寸前/ギリギリ、範囲外まで退避できた。 

 

 先までいた場所に目を向けると……、息を飲まされた。

 まるで熱核兵器が爆裂したかのよう、周囲一帯が焼かれ煮えたぎっていた。

 

 猿巨人が繰り出す、おそらく最凶の攻撃だ。

 正面からまともに喰らえば、ただでは済まない。おそらく、軽装備のプレイヤーならほぼ即死の一撃だけど、幸いなことにまだ3人ほどしか食らっていない。……私が参戦する前に、やられてしまったらしい。

 その犠牲者がまた二人、増えてしまった。

 

 

 一人は、重装甲の壁役だ。その場から逃げるよりも、防御を固めて耐えることを選択した結果だろう。一気にHP半減域の黄色にまで削れるも、まだ次はある。ギリギリ膝を着くことなくブスブス焦がされているも、瀕死というわけではなかった。

 問題はもう一人の方だ。比較的軽装備の遊撃役で、居場所が悪すぎたのだろう、他の猿巨人を相手にして不意を突かれた形でもあった、HP危険域の赤色/致命傷をもらってしまっていた。おまけに、【転倒】と【火傷】のバットステータスまでかかっていて、その場に倒れたまま自力で逃げることもできない。……すぐに、救助しなくちゃならない。

 

(でも……、ここからじゃ)

 

 間に合わない/離れすぎてる……。攻撃圏内から退避できたことがアダになった。近場にいる人でも、戦線離脱させるにも回復させるにも、時間が足りない。

 

 それでも! ―――と、駆け出していた。

 

 

―――

……

 

 

 普段ならやらない、というか立ち会うことすらなかった危地での決断。いや、愚挙といってもいい自殺行為だろう。

 自分は動かず、救助は誰かに任せるのが最適解。動けば全体のバランスが崩れ、新しい犠牲者を増やすだけだ。……全体指揮を取っていたいつもなら、見捨てる選択をしていた。

 だから……、丸っきりのノープランだ。

 間に合ったとしても、救助できるわけじゃない。救助しにきた誰かと鉢合わせて、邪魔するだけの最低になるのかもしれない。そもそも慣れてない選択肢なので、本能しか頼るものがない。……頭はとっくに、フリーズしていた。

 

 混乱しながらも身体はまっすぐに。途中、驚かれたり制止してきたりの叫び声が耳を掴んできたけど……、もう知ったことか!

 そうやって脇目も振らずに駆けたかいは、あった。奇跡的にも、彼の前へとたどり着けた。

 

 けど……、本当にギリギリだった。

 別の猿巨人が、彼を始末しようと大剣のなぎ払いをする直前。かえって私は、全力疾走してきたばかり。剣技で迎え撃てない。……壁役として、受け止めなければならない。

 

 私の今の装備構成ならびステータスは、壁役には不向きだ。スピードで翻弄しながらならいけるだろうけど、主武装の細剣が不適合だ。現在就いている遊撃役が一番ふさわしい。まして、正面から攻撃を受け止める壁役など、やってはならない役目だ。

 けど今、私しかいない。できないことをやり遂げなければならない―――

 暴風のようななぎ払いの大剣を、差し込んだ細剣の腹で受け止める。

 

 

 結果―――……、当然のことが起きた。

 

 刃を斜めにしてベクトルを逸らす。地面に立てた鋒を片足で押さえることでの、全身の力を十全に使える受け止め方。発現した『炎』をよりいっそうに猛らせることでの、細剣の強靭度/防御力の底上げ……。全て、焼け石に水だった。

 大剣を叩き込まれた衝撃で、真横に吹き飛ばされた。HPもゴッソリと削られながら、ゴロゴロと地面に転がされる……。

 けど幸いなことに、攻撃の軌道だけは僅かにそれた。瀕死の彼にも被弾するはずの斬撃は、地面に伏した彼の頭上へ外れ/逸れていった。

 

 

 初撃はやり過ごした。けど……、次はない。

 そして今度は、私も救助対象だ。

 さらに次は……、すぐにやってくる。

 

 

―――

……

 

 

 朦朧としている意識、全身の神経がバラバラになったかのような浮遊感。脇腹を思い切り大剣で叩きつけられたのに、痛みを感じてない。……【気絶】状態だ。

 

(やばい。すぐココから……逃げなきゃ―――)

 

 できないのに、反射行動のままもがく。……頭まで混乱している。

 ソレもその筈だ。猿巨人の大剣が、今度は私めがけて振り下ろされようとしているのだから。

 先の割り込みで、ターゲットが私に移ったのだろう。今度こそもう……、何もできない。

 

 

(……あぁ、ココで私……ゲームオーバーなんだ)

 

 たぶん優秀な成績取り続けてきたけど、何のことはない。終わりは誰しも平等で、全てが無意味になる。……成績などクソの役にも立たない。

 あまりにも無意味だったけど、求めていたラストシーンには到底及ばない不始末だったけど、わりと納得できた。……誰かを助けようとして終わるのなら、誇れる意味があるはず。

 でも、これから起きることを考えてしまうと、申し訳なさでそんな価値は消し飛んでしまう。私にはもう関係ないことだけど、だからこそいっそう辛い。

 

(もう少し、もう少しだけでも……頑張りたかったなぁ)

 

 ゲームクリアまでとは、言わない。

 でも、誰かがたどり着くための、礎にはなりたい。次に繋げられるよう、背負ってきた責任をきちんと果たして、ソレを引き継いでもらいたかった。……私がココで、生きてきた証を。

 

(…………こんな最後でも、自分のことばかりかぁ)

 

 嫌な女だ……。たぶん求められてきた皆のイメージ像とは、真逆な本当の私。自分よりも他人を優先するような勤勉な聖人にみえて、まるで無頓着なエゴイスト。他人のことなど知ったことじゃない。例え、そんなイメージ像のためにか、無償で力を貸してくれたとしても。

 今日殺されてしまった人達は、変えられてしまった彼らは、そんな私が元凶だったのに―――

 

 猿巨人の大剣が、私を断罪する、ギロチンの刃に見えた。

 

 

 途端、先まで灯っていた『炎』は……、消えていた。

 

 絶望させられていた私の上に、絶死の刃が叩き下ろされる。

 笑って受け入れることも、みっともなく泣き叫ぶこともできないまま、ただスイッチが切り替えられるように消される……。

 まるで、単純なNPCにでもなってしまったかのように、茫洋と眺め続けていた。誰かの悲鳴が聞こえた気がしたけど、ただの可聴音の羅列だ。無感動に記録するのみ。

 殺される前に、もう魂のない人形となってその時を迎える―――……

 

 

 

『ギ■■■■■■■■■■■■ーーー―――ッ!!! 』

 

 

 

 そんな諦観を、どこからか飛び込んできた巨人が、叩き壊した。

 新たな同体格の猿巨人が、私を殺そうとしている猿巨人の横っ腹に、タックルを叩き込む―――

 

 いきなりの急襲に、処刑はキャンセル。のみならず、そのまま横手に吹き飛ばされた。

 

 

―――

…… 

 

 

(…………一体、何が起きたの?)

 

 ありえない出来事に、今度こそ放心してしまった。

 

 見上げたそこにいたのは、猿巨人の背中に乗っていた()()()()()()だった。その両手から、ワイヤーらしき鋼線を幾重にも絡めてつなげている。まるで、糸人形遣いのように、猿巨人を操ってきたかのようにして。

 彼はタックルさせた直前飛び降りて、着地するや、

 

 

「さぁて、ご褒美だ! 存分に喰え―――」

 

 

 その猿巨人へ、抱えてた/布に包まれているサッカーボール大の何かの塊を、放り投げた。宣言通り、欲しがっていたエサを与えるように。

 

 投げられると中空で、包んでいた布がほどけ剥がれた。……その中身が、誰の目にもハッキリと見えた。

 何処かで/確かに見たことがあった()()()()()が、宙を舞っていく―――

 そしてパクリッと、待ち構えていた猿巨人の大口の中へと、飲み込まれていった。

 

 ガツガツと、肉を咀嚼するおぞましい音があたり一面に響き渡り……ゴクリッと、嚥下された―――……

 

 

 直後、その猿巨人の全身が紅いライトエフェクトに包まれた。

 

 

 輪郭が見えなくなるほどの発光現象。その体内で危険すぎるパワーが暴れ渦巻き―――、臨界に達した。

 

 

 途端―――、爆発した。

 

 

 白い光の激流が目に見える全て/何もかもをも、染め上げていく。

  

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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