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爆発現場があるだろう場所まで、急いで向かった。
魔法が無ければ科学技術も発展してない、ほぼ近接戦闘しかないこの仮想世界では起こりえない、大破壊現象。……嫌な予感しかない。
レッドプレイヤー達が仕掛けた切り札……とは連想できるも、信じきれない/認めたくない。なぜよりにもよって彼らが、彼らのような人間に、そんな権利/暴力が許されているのかを。
「―――副団長、この先は市街地です。殲滅部隊の奴らも、そこで戦ってるはず……」
あの爆発に巻き込まれていなければ……。言下に抑えた説明が、より不安感を伝えてきた。
歯を食いしばって耐える/耐えるしかない。ソレが自分の務めだ。……今はただ、一秒でも早く現場にたどり着くことだけ。
戦火で慌ただしい街を走り抜けていく中、何人もの猿人兵士たちに遭遇した。あるいは、ただの住民だろう猿人たちにも。
皆、その顔に浮かべていたのは、恐怖からくる敵意ではなかった。それを上回る困惑だ。あきらかに敵だろう私たちの姿を目にして、急いで構えた竹槍だろう武器の穂先が震えていた。突撃できないで腰が引けているのが証拠だ。中には耐え切れずか、その場から逃げ出している者たちもいた。
なので幸いにも、余計な戦闘はしなくてよかった。現場までほぼ一直線に向かえた。……近づくにつれ増えていく、瓦礫や倒壊した家屋など/壊れるはずの無い景観オブジェクトの変わり果てた障害物を除いて。
沸きでてくる疑念と怖れを押し殺しながら、それでも前へと急いだ。
けど……、手前までだった。
先を見据えながらも立ち尽くしている殲滅組の一部が、私たちに気づいて振り返ると、いきなり制止してきた。
「―――よせッ! それ以上先に入るな!」
何を言ってるの―――。反射的に怒りが沸いてくるも、向けた警告の様子があまりにも切羽詰まっているのを観てとり、抑えた。
警告通り足も止める/皆にも止まるよう指示すると、
「……この先に何があるの?」
「ほぇ!? 【Kob】の閃光ッ!?」
どうしてココに? ……予想していた驚きだったので、無視させてもらった。
ただ、集まってくる安堵と好奇の視線。私たちが無事なことを喜んでくれてる……。予想よりも邪険にされてはいなかったことにホッとするも、今はそれどころじゃない。
「いきなりだった。見たことない巨人型モンスター達が出現して、大規模な範囲攻撃を放ったんだ―――」
大規模な範囲攻撃か……。遠目からの観測だけど、その範疇はゆうに超えているだろう。けど、ココではそう表現するしかない。
「その範囲圏内…だろうけど、アソコから先にいた奴らと外の俺達が、分断された」
「分断……て?」
「――インスタントフィールドだ。ちょうどアソコから先が、そうなってる」
別の目つきの鋭い男性プレイヤーが、代わりに説明を引き継いできた。
その指さした先/進もうとした先に目を向けると、何もないはずの空間が奇妙に揺らめいたのが見えた。その微かながらの空間の揺らめきは、淡い虹色を帯びてもいる。
その先は別の空間、僅かながらのロードが挟まれる境界面だとの証だ。ココと先の空間の差異は余りにも無さ過ぎる、ので必然とインスタントフィールド/特殊モンスターとの対戦フィールドだと推察できる。
「外から中へは簡単に入れる。でも、中から外には出られない。たぶん……、あの巨人達を倒さない限りは」
一度入ったら、倒すまで強制戦闘……。「【転移結晶】を使えば?」とは、聞くまでもなかった。できるのならとっくにやっていただろうから。
だから、別の違和感を尋ねた。
「どうしてアナタ達は、ココにいるの?」
「……ビビってる、て言いたいのかよ?」
ピリピリと、静かな凄みを込めながらぶつけてくる。
現状は戦闘中、こうやって乱入してきた私たちに説明しなければならないのは、迷惑極まりないはず。それでも平静さを保って付き合っているのだ、短気になってしまうのは仕方がない。
無言ながら、「そんなつもりは無いわ」と受け止めてみせると、隣の男性プレイヤーがそっと仲間の肩に手を置いて宥めてくれた。
「中の奴らとはまだ繋がってる。体力等の情報は把握できてるし、出れないだけでメッセージは受け取れる、パーティー内・ギルド内で共有してるアイテムボックスもちゃんと使用可能だ」
「でも、全員中に入っちまったら、アイテムを供給してやれない。……冷静な判断だな」
私が言う代わりに、一緒に脱出した仲間が引き継いでくれた。こちらには争う意思など全くないと、伝わるように。
ソレでピリついていた空気が、ほんの少しは揺るんだからだろう。先ほどの目つきの鋭いプレイヤーが、
「お前たちも、病み上がり…みたいな状態だろ? この先には入らない方がいい」
改めて「入るな」と、念を押してきた。
その言葉/彼らの態度に、言い知れぬ違和感の正体がさらに浮き彫りになった。
なぜそんなにも、私たちが先に進むことを拒むのか? ……ただ未知の強敵への脅威を伝えるだけでは、止まらない。ソレを読み取ってのか、懇願に近い制止命令。
思考を巡らせ続けると……ふと、ココにいなければならない存在に気がついた。
「―――ディアベル総隊長殿は、中に閉じ込められてるのね」
私の指摘に、彼らは一様に緊張を高めた。
やっぱりか……。中は未知で脅威で危険地帯なれど、対処しきれてないわけじゃない。どうにかしきれる/みな勝利して生き残れる信頼感は、確かに共有しあっている。それでも、大隊長達を助けるため、援軍があるならなお良しだ。……私たちを引き止める明確な/納得させられる理由が無い。
そのことをさらに突こうと口を開くと……、少し予想外だった人物の登場に止められた。
「―――そうだ。だから君たちが入れば、指揮が乱れる。足でまといになるだけだ」
リンド―――。まさか副総隊長殿が、こちら側に残っていたなんて。
「何処かに潜んでるレッド達は、僕らを狙ってくるはずだ。猿兵たちに襲わせるかも知れない。……ココに留まって、防衛に勤めてほしい」
いつでも援軍として参戦できるようにも……。そう言外に含ませているように説明するも、実際はどうか?
リンドがココに現れて説明してからの数瞬、【連合】メンバー達の様子を観察すると、何かしらの暗黙の了解が交わされただろうことが見て取れた、何かを隠しきろうとする固い意志を。……ほんの些細な微表情や素振りでしかなかったけど、直感がそう囁いてくる。
さらに直感は囁く、ソレは必ず暴かなければならないものだとも。
なので、別方向から攻めることにした、……そっちがその気なら、こっちだって。
「その『巨人型モンスター』てのは、どんな外見をしているの?」
何気なく当たり障りなく、至極当然のことを尋ねた。
どうすればいいのか……。互いに戸惑いを見せるも、説明しないわけにもいかない。
なので誰かが答えようとするも、何かを察してか、リンドが先んじて説明してきた。
「……詳しくは分からない。僕もココにいる皆も、急に現れてからほんの数秒しか見てない」
「中からの情報は?」
「戦闘中だ。詳しいことまで送れるわけないだろ?」
「――
話を打ち切ろうとする空気を、私の意図を察してくれたからだろう、蜻蛉さんが差し止めてくれた。
彼らからしたら言いがかりに近い言葉だろう。けれど私は知っている、彼の嗅覚は人の嘘を嗅ぎ分けられると。
そして/ゆえにもう一つ、突然の図星な指摘には露になってしまうものだ、秘密を隠しているかいなかが。―――全員が息を飲まされ、表情を固くしてしまっていることで。
秘密があることは、もう皆にもバレた。嘘を重ねればソレが証拠にもなる。
あとはただ、ソレを追求するのみだ―――
「中で指揮してるのがディアベルで、外で貴方が待機してくれてるのなら、そんな手抜かりなんてしないわね」
なぜ隠すの? ……実際には抜いてないも、愛用の細剣の鋒を差し向けるように、嘘をつくなら容赦しないと。
一気に緊張が走った。空気が痛いほどピリつく。
私の尋問にリンドは……、ただ無言。何かをグッとこらえ続けている、表情すら押し殺して。
【連合】の長としてのプライド、だけじゃない。暴こうと詰めている私自身に、関係する何かが……。次々とつなげてくる直感の先行きに、言い知れぬ不安がよぎった。予想していたよりも重い何か/致命的でもある真実が、そこにあるのだと……。
(それでも……、もう退けない!)
こちらも腹に力を込めなおすと、
「……隠してるのは認める、てことね。私たちには言えないような『何か』を」
「今は戦闘中だ! 難癖つけるよりも、やれることやってくれよ」
「――なら、中に入ってその巨人達と戦うてのも、アリだろ?」
別の仲間が、再度フォローしてくれた。……私だけじゃなく、みな同じ想いだとの意思表示。
二極化した/一触即発な現状。次の一言で全てが決まる。……いや、もう言葉なんて届かない。
できるのはただ、始まりの合図だけだ。観念するしかない。
なのに―――
「……頼む。中に入らないでくれ」
君たちには見せられない……。出てきたのは、正直な懇願だった。
本心からなのは、見れば分かる。……分かってしまう。
だからもう、退くのは私のほうだった。これより先は、ワガママ以下の横暴、皆を巻き込むわけにはいかない道行き……。
だから、でもある。彼がここまでさらけ出さなければならない理由は、限られている。何度も意見ややり方が食い違ってぶつかり合ってきたけど、互いに正々堂々だった。同じくゲームクリアを目指す同志だ、死んでしまった仲間達を背負いながら登り続けている、確かな善意と誇りをもった戦友だとも。そんな彼が、私を心配してくれないはずがない。
つまり、ここより先は死地。私だけでなく、誰かを殺してしまうかもしれない分水嶺。あの境界の先には、私の心を殺すような『何か』が待ち構えている―――
(……ッ!? まさか!)
一つ、思い至った。……その仮説に、怖気が走った。
けど同時/振り切るかのように、脚は境界へと―――駆けていた。
誰かに制止される前、滑るように駆け抜けていく―――
「―――待て、閃光ッ!?」
「クソッ!?
ほかの奴らは止めろ!! ―――」
絶対に―――。
背後で、リンドと【連合】の仲間たちが、せき止めていた。私も引き戻そうとするも……、もう間に合わない。
無心のまま/駆けていった先、もはや戻ることのできない境界を……踏み越えていた。
虹色の煌きをくぐり抜けた奥、別空間へと侵入していった―――
◆ ◆ ◆
___殺してくれ……。
『彼』と目があった時、そう懇願された気がした。
気のせいだと、思った。そんなことありえないと、全力で頭から振り払った。
でも『ソレ』は、疑いようなくそこにいた。
目を背けたかった……。けど、できなかった。
してはならない、との無意識の義務感だろうか。心はみっともなく逃げ出したがってるのに、体が無理やり『ソレ』へと向けさせ続ける、見ろ! 見ろ! 目を逸らすなッ! と命じてくる。
―――
……
「―――アスナさんッ!? なんでここに!?」
突然現れた/侵入してきた私の姿を見てか、見覚えのある真っ赤な侍武者が、驚愕と目を見開いていた。
その大声に反応してか、周囲のプレイヤー達も気づき/振り向いては、同じく驚きを露わにした。
私は、彼らのその困惑に応えることもできず、ただただ目の前の怪物に魅入られていた。戦場のココでは、決してやってはいけないような、両膝を地につけ見上げる無気力な有様で。
半開きの口から溢れ出てくるのは、とめどなくこみ上げてくる『何か』、言葉にしてはいけない『ナニカ』。……堪えきれないので吐き出してるのに、言葉以前の呻きでは、いっこうにその猛毒はぬけていかない。
けど、そうするしかなかった。『ソレ』をありきたりな言葉でくくってしまうことが、どうしてもできなかったから、私の中の何かが許してくれなかったから。
だから、無防備極まってる私に、その怪物は目をつけたのだろう。ドシドシと踏み鳴らしながら、急速に近づいて来る。……周囲に散開しながらヘイトを集めていただろうプレイヤー達を、無視して。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!』
通常のモンスターでは、フロアボスですらあり得ない異常行動―――。仮説でしかなかったものに、証拠が上乗せされてしまった。
頭の片隅で、アラームががなりたててる。ゲームシステムが提供したものとは別、今日までの戦いで培ってきた経験則が、「目を覚ませッ!」と喝を入れてきた。
でも、返したのは「うるさいッ!」だ。
ソレでどうする?
目を覚まして何をする?
(…………逃げるの?)
あり得ない―――。許せない、許されない、許したくない。
私の責であんな酷い目に遭ったのに?
命あずけ合った戦友なのに?
『彼』のことまだ知らないことだらけなのに? ―――
(…………できるのは、ソレだけなの?)
___ふさげんな……。
今まで口にしたこともない罵倒が、こみ上げてきた。―――同時に、全身を犯し抜いていた『なにか』に穴が空いた感触。
熱のような光のような、炎のような……。私から力を奪い尽くした『何か』を、焼き払うような―――閃光。
その力のままに、身体は―――動いていた。
私を叩き潰そうと振り下ろされる、鉄塊のような無骨な極大剣の……鍔元へ/足元へと、滑り込ませていた。
すぐ背後で、小規模なクレーターができあがるほどの大爆音。
ソレすら後押しに、最後まで離していなかった愛剣をもって、構えた。今の私ができる、最善の選択/報いを―――
刃に煌き、身体から見えない束縛が解けた。……システムが初動モーションを認知、ソードスキルを発動させる。
【フラッシング・ペネトレイター】___。細剣の最上位剣技の一つ。三回の突進攻撃を一度に集約させて放つ突進貫通攻撃。
無防備になっている足元から懐へ、背後の衝撃波を背に乗せながらの二段【加速】も込めて、渾身の絶技を叩き込む―――
「てやアアァァァーーーーッ!! ―――」
咆哮すらも置き去りに、光の尾のように纏うソニックブーム。
意識まで鋭く鋭く、どこまで貫けていくような―――閃光のように。
ただ無心のまま、湧き上がる光だけを頼りに、己の罪と対決していった。
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