̄
時間はなかったけど……言わざるを得ない。
「―――本当に……大丈夫、なんだよね?」
「わかりません」
そんな……平然と言わないでよ。
「けど、理屈上じゃ大丈夫です。無いなんてことの方がおかしすぎる」
「……タンクに溜めておいて、後でまとめて捨てる、とかは?」
「そいつは…………、ありかもな」
うわぁ……。 考えただけでも気持ち悪い。
最悪な死に様だ……。今まで考えたこともなかった。
「ま、どのみちココしか無いんで、行くしかないですね。
確実にココからは、抜け出せるでしょうし」
……すごいなぁ。どうしたらそこまで楽観的でいられるんだろう?
リアルじゃないからマシ、とは言うけど、フルダイブだと大した違いがない。肌触りとか臭いとか気持ち悪さとか、けっこうマジものだから。……超過剰な不快感で、ショック死するかもしれない。笑い話じゃ終わらない。
……ま、でも、私も/副団長としてはそうしなくちゃ、なんだよね。もうココ以外に道なんてないし……、辛いなぁ。
「―――副団長、俺が先に行きます」
「え! ……いいの?
それじゃ―――」
どうぞ、どうぞ―――。まさに男の中の男! スっっっゴイ格好良い! ……ここで『レディファースト』とか言う奴は、○んだ方がいい。
本心からその勇敢さを称えると、なぜか他の皆も称えはじめて、ちょっと驚かれてしまった。
副団長としての威厳、とかなんだろうけど、今回に限っては棚上げで。いちおうまだ10代のか弱い女の子だし、頑張る男の子を支えるのも乙女の嗜みだし……いいと思う♪ たぶん、絶対に! ……誰も文句なんて言わないでしょ?
皆から推薦された男の中の男は、「こんなハズじゃなかった…」と微苦笑するも、やはり男の中の男。
宣言通り/ためらわず―――、ダイブした。
―――
……
そして今、天上の牢獄から脱出できた一行。みな生還できた。
しかし―――、みな汚れきっていた。なにより……、非常にやるせなくなっていた。
なにせ全身が……汚れてるから。茶色の『アレ』まみれになってる。
そして、本当に激本当に要らないリアリティな作り込みで、も~~~~~~れつに! 臭いから、嗅覚が自殺するぐらいに。
あまりの状況に、誰もが閉口していた。笑い飛ばすこともできず、ただただ身にへばりつく不快感と戦っていた。
あの最悪な囚人状態から、無事に脱出できたのは、これまでの攻略生活の中でも指折りな難易度だったはず。だけど……、誇りとして/冒険譚として思い出になるのは、だいぶ先のことになるだろう。
トボトボと、見た目も相まってゾンビみたいに歩いていると……、とても清潔(に見える)な水場が見えた。
砂漠の中のオアシス♡! ―――。皆、特に私は、それまでが嘘のように/一目散にソコへと猛烈に駆けていくと―――ジャブンッ! フルダイブした。
やっと水で全部洗い流せる♪ ―――。
熱いシャワーやお風呂、とまでは当然いかなかったけど、この世界に来てから一番気持ちよかった水浴びだった。ベットリ張り付いていたものが流れ落ちていくたびに、心まで清らかになったかのような爽快な気分になっていく。
心地よさもあいまって/童心に返って、水掛け遊びにまで興じる―――。参加したかったけど、臭くなった装備ごと外したほぼ半裸の野郎どもをみて、ハタと思い出した。……ヤバイ、忘れるところだった。
首まで浸かった水の中、全集中で周囲に注意を払いながらの高速早着替え。超速攻で臭いものを削ぎ落としていった―――
「―――まず……みんな無事でなによりよ。
ただ、ここはまだ敵地。油断せずにカバーし合って、仲間と合流しましょう」
肌にまで染み付く臭いも無くなって一通り、というか念入りに念を重ねて/張り付いてしまった記憶ごと洗い流すと、ようやく本調子/【血盟騎士団】副団長の『閃光』な自分を取り戻せた。
皆も、「悪い夢を見てたんだ…」と無かったことにしてか、いつも通り/隊員としての規律と自信をもって静聴していた。
そんな顔見知りな仲間達の中から一人だけ、同乗してくれた忍者がソッと傍に寄ってくると、
「アスナ殿」
近くに人が―――。忍者の【索敵】。
他にも、【索敵】に優れたメンバーも気づいてか、全員の了解事項になっていく。
「人数は……目視圏内に5人ほど。みなプレイヤーでござる」
「レッド?」
「いや、今の拙者の【索敵】で捉えて、この動き方だと……仲間の方でござるな」
レッドプレイヤー/犯罪者達の場合、常に周囲への警戒心で気を張ってる。ので、【索敵】を鍛えてたり強化する装備を身につけてる、もしくは【使い魔】なんてものまで用意している者達もいる。その精度は、他人からの【索敵】行為にも反応できるほどだ。
なので、わずかながらも緊張の強張りが出てしまう。ほぼ意識の死角からのアラームなので、臨戦状態でもなければ隠しきれるものじゃない。……今回の相手には、ソレがなかった。
「ん? 一人には……気づかれたな」
「!?」
「でござるが……、コチラの場所までは把握できておらん様子」
私には見えない、高レベルの【索敵】を持つ者だけが見える異界……。もどかしいが、信頼するしかない。ソレができる相手だ。
もっと探ってみて下さい―――。息を潜ませながら目で合図、次の/もっと正確な索敵情報を待っていると、
「まどろっこしい!
レッドじゃないなら、顔見せれりゃ済むことでしょう―――」
仲間の一人/
あ、待って―――。止める間もなく、進み出た岩大男は、大声で叫んだ。
「おーい、そこにいる奴ら!
俺は【タイタン】、捕まっちまった【
そこにいるのはわかってんから、顔見せてくれや―――。無遠慮ながらも豪快な挨拶。体育会系のノリを超えて蛮族戦士めいてる。
一年半ほど前までネットゲーマーだったのが、嘘のような変態ぶり。レベルやステータスが上がることで外見は引き締まる、理想的だろう細マッチョ体格になっていく。さらにタンクなら、体力や筋力値を底上げするので、一回り大きな筋骨隆々/レスラー体型になっていく。
タンク特有の精神変容、気が大きく開けっぴろげな性格になっていく。加えて、戦闘やフロア攻略の実績も加わったら、マ○チョくなりやすいのかも。……DV男にまでならないなら、別に気にしないけど。
突然なタイタンさんの挨拶に、索敵で捉えていた人達は……当然仰天。ビクリと跳ね振り向いては、警戒の訝しりを向けてきた。武器にまで手を伸ばしている。
互いに目配せしながら、どう対処するか検討し―――おずおずと、代表として進みできた騎士風の装備を身につけた男が、尋ね返してきた。
「……本当に、本当に脱出できた……のか?」
「おうよ! このとおりだぜっ!」
クソまみれだったが、ピンピンしてるぜ! ―――。ドンッと自分の分厚い胸を叩きながら、豪快に示してみせた。
タイタンさん、ソレだけじゃ伝わりきらないよぉ……。もっと決定的な証拠を見せるべきだったが、彼は自信満々な様子。こちらは不安になって、どうカバーすればいいのか考えを巡らせる。
だけど……杞憂だった、いくぶんかは納得してくれた様子。若干ながらも警戒心が緩んだのはわかった。
「俺だけじゃないぜ。他にも捕まっちまった奴らと、なにより―――副団長殿もだ!」
「副団長が!?」
後ろに控えていた仲間たちも、身を乗り出しきた。
宣言したタイタンさんは、その大きな腕を、ニカッとした邪気はないけど荒っぽい笑顔とともにこちらへ向けてきた―――
……やっぱり、『ソレ』しかないのかぁ。
用意していたシチュエーションとは違ってたけど、仕方がない。不測な事態の連続だ、及第点さえ取れればいい。
タイタンさんが(強引に)作ってくれた花道に従って、隠れていた場所から進み出て行った。
「……ハロー皆。なんとか脱出できたわ」
このとおり、あんまり見て欲しくない格好だけど……。
普段の装備とはかけ離れた、でゴテゴテでセンスの欠片もないツギハギ装備。【Kob】のカラーと細剣使いとしての実用と何よりオシャレを、絶妙なバランスで組み合わせた逸品装備群/『閃光』特注仕様、とは比べ物にならない。……マジマジ見られると恥ずかしい。
こんな格好なれど、頭部装備は外していたので私だと認識してくれた。ので、
「おおぉ……本当に、本当に副団長だ!!」
「よくぞご無事で! ―――」
ちょっと仰々しすぎるけど、やっと再会できた安心感が伝わってきた。図らずもジンとくるものがあった。
私、こんなに大事にしてくれる人達がいたんだ―――
感心して呆けそうなるのを、軽く頭を振って正した。そしてキリッと、普段の/副団長な調子に戻すと、
「もしかして……、ここにいる全員、私たちを助けに来てくれたの?」
「はい! あともう6人ほど、【エイジ】隊長と別の場所で探してます」
【エイジ】君が指揮を取ったんだ……。実力はあるけど、元来の性格か我の強いメンバー達に配慮してか、調整役に回ることが多い参謀役。最前線の開拓やフロアボス戦など、【Kob】が活躍しなければならない清水舞台では、どうしても一歩遅れてしまいがち。なので、こんな非常事態/救出隊の指揮を任せられたとは、意外だった。
しかも、私たち自身が脱出したのは想定外だろうけど、結果ちゃんとこなしてみせた。この敵地ど真ん中まで、救出隊の面々を引き連れてこれたとは……。私の人物鑑定眼は、まだまだ甘かったらしい。
ギルドメンバーの意外な頼り甲斐に感心していると……、忍者が水を差してきた。
「ココに探りに来たのは……偶然、でござるか?」
キョトンとしてしまったが、すぐにハッと、気を引き締め直した。……彼らへの警戒心を蘇らせる。
偶然にしては、タイミングが良すぎる。万が一、ココで待ち構えていたとしたら、ソレは……嫌な想像が浮かぶ。
私以下、脱出メンバー達も同じ警戒を抱きだした。その僅かながらの空気の違いを察したのだろう、少し不快感を浮かべながらも説明してくれた。
「……ここの猿人たちに尋問して、捕まった奴らは『上』に連れてかれたとわかった。よくわからん場所に準備なしで突っ込むのは危険すぎるから、水道を使って探りをいれていたんだ」
水道を使う? ……何を言っているのかわからなかった。
けど周りに目配せすると、特に斥候担当のメンバーを確認してみると、思い当たる節があったように納得顔をしていた。
……それでも繋がらないけど、彼が納得したのならそうなのだろう。何かしらの理屈が通ってる。私も納得した風を装った。
そして忍者も、当然のように理解していて、
「見事な機転でござるな。どの御仁の発案か?」
「そこの【クラディール】だよ」
そう言って代表の騎士は、後ろに控えていた長髪三白眼男を紹介した。
【クラディール】___。顔と名前は知っていたけど、親交は薄かった。副団長として同じギルドメンバーとして、事務的な会話は何度かした覚えはあるけど……、それだけだった。『ちょっと危ない雰囲気の男』程度の、あまり良くない第一印象しかもっておらず/同メンバーに対して失礼でもあるので、それ以上深めようとは思っていなかった。
まさか彼も、こんな有能だったなんて……。危機に際してようやく、人の本性はわかる。第一印象に囚われるのは、愚か者のすること、他人を指揮する立場の自分が最もしてはならないことだ。……私の人物鑑定眼、ますます当てにならなくなった。
「いえ、俺…コホン、私はただ、NPCの斥候がよくやってるスカウト技術を、思い出しただけです」
種明かしをしてくれて、ようやく思い至れた。……確かに彼ら、そんなことやっていた。
『水にはあらゆる情報が詰まっている』―――。川なら、流れ通る大地・街/エリア全ての情報が詰まってる。湖なら、時間の流れ/歴史まで詰まっている。
ソレを汲み取り情報を抽出すれば、たちまち大半のマップ情報が明らかになる、クエストやプレイヤーの通行情報までも。下流にあるここら辺の水場なら、この街のみならず、天上の牢獄エリアのマップ情報も詰まっていることだろう。事前に未踏領域の情報を得るには、最適な方法だ。
ただ問題なのは、【索敵】スキル自体にそんな情報抽出が存在しないこと。たぶんもう、マスター近くまで高めているとある黒い人から聞いたので、間違いない。別のスキルを援用するか、あるいはシステムに頼らずの経験と感性か、NPC達の助力・知識を借りるしかない。……どれにしろ、体得するには並外れた努力が必要になるはず。
「助かったわ【クラディール】」
「い、いえッ、このぐらい! 当然のことですから」
謙遜しつつも、鼻の穴が大きくなっていた。……そんな自慢げな様子は少し、微笑ましい。
もっと褒めてあげたいけど、私の培ってきた副団長キャラじゃない。
忍者にそっと目配せすると……、彼もソレで十分だと納得。次に必要なことに切り替えた。
「来てもらって、さらに悪いんだけど……、誰か【写本の指輪】持ってる?」
【写本の指輪】___。【幻書の指輪】を転写・複製することができる/それだけの指輪アイテム。一度複製すると、その【写本】は【幻書】となり、【幻書】だった指輪は自壊してしまう。【幻書】を無くしてしまった時のための緊急対策アイテム。
もちろん、ただで複製はできない、リスクがある。指輪の中のアイテムストレージに収めていたアイテム/メモ帳/マップ情報/フレンド登録者名簿も、使用頻度の少ない順に幾らかは消滅してしまう。激レアアイテムをコレクションとして収めていたら、たぶん消滅してしまう。
幸い私には、そんな心配は無い。【幻書】を取り戻すのが最優先だ。
「用意しておきました」
「ありがとう! ……人数分ある?」
もちろんです―――。ストレージから人数分の指輪を用意してくれた。
捕虜を囲い続ける心得/大原則の一つとして、【幻書の指輪】を没収する。やらないのなら、何か意図があるんじゃないかと警戒されるほど必須事項。だから逆に、救出する時は【写本】を用意しておくのが鉄則。……ちゃんとしてくれていてよかったぁ。
脱出メンバーたちに配られていくのを見届けてると……、もう一つ余分にもらった。ソレを、所在無げに眺めていた忍者へと渡した。
「はい、蜻蛉さんの分」
「拙者の? ……よろしいので?」
「もちろん! 一緒に生き残った仲間ですから」
……かたじけない。
背に腹は変えられない。いつもながらの古風な礼を言うと、受け取ってくれた。
受け取った皆、指輪を嵌めると、必要とされるコマンドを入力。指輪の効果を発現させる。……パキンッと、小さな砕けような音が鳴った。
【写本】が【幻書】に変わったのを視認、確認のためにもメニューを展開する動作をとって―――現れてくれたウインドウ、ようやくホッと安堵がこぼれた。パチパチめくって/スクロールしては、保管していたアイテム等も確認。
装備画面、現在の/レッドから奪ったツギハギ装備がセットされている。普段の装備は、レッド達に奪われないようスキを見て【
そして久方ぶり(といってもまだ一日ぐらいしか経っていないけど気分的)に、着慣れた装備に着替え直そうとして―――慌ててストップ。……下着、つけてなかったことを思い出せた。
周りの目からそれとなく隠しながら、ストレージに保管してあった衣服/下着をクリック/再装備した。あまり気にいってないけど、贅沢は言わない。ツギハギ装備の中/肌の上、その布地の感覚をしっかり/念入りに確認すると、ようやく装備を整えた。
ツギハギ装備が消え/ストレージの中へ、一瞬中身(ちゃんと衣服を着ている)の姿に戻り、普段の白を基調にした軽武装に転換された。
いつもの装備に身を包むと、さらに『帰ってきた』安堵で力が沸いてくるのを感じる。脱出メンバーたち全員も、整え終わっていたのを確認した。
号令するでもなく、皆と目が合うと―――、宣言した。
「さてと! 装備も戻ったことだし―――、反撃といきましょうか!」
当然のように、落ち着いていながらも怒りはしっかり胸に、たぶん肉食獣っぽい微笑みとともに言った。
皆の、特に脱出メンバー達の応えは―――、強い共感。ほぼ無言の頷きなれど、その鋭い眼差しがすべてを物語っていた。
ただ……、救出メンバー達は、少し違っていた。
「……戻らなくて、よろしいので?」
「どうして? まだ生きてるかも知れないのに?」
真正面から、本当に不思議そうに問いかけた。
そんな私の本気に、救出メンバーたちは二の句が告げなくなっていた。……ただし/それでも、納得しきってはくれてない。
胸の内で溜息。今は過保護よりも、背中を押して欲しい場面だけど……仕方がない。
「……皆は戻って。私だけでいいわ」
「まさか! 行くに決まってんでしょうが」
やられっぱなしは、性に合わないしな……。まさに私の心情、しっかりと代弁してくれた。
脱出メンバー全員がその気になっているのを確認され、救出メンバーも呆れながらも同意してくれた。
方針が決まったので、指揮を執る。
「私たちが降りてきた道は、たぶん……上りには使えない。
エイジ君たちと合流して、他の登り道を見つけましょう」
やる気十分な頷きが返ってくると、皆さっそく準備に取り掛かり始めた―――
心地よい連帯感、どんな敵がきても返り討ちにできそうな充実感、皆の間に普段以上に気が巡っている。
そんな臨戦の高揚の中、ふと救出メンバーの一人が「そういえば……」と尋ねてきた。
「副団長、黒の剣士と何処かで遭遇したりは……ないですよね?」
「キリト君?
……彼も来てたの!?」
意外だ……。攻略会議の時、あれだけ反発し合った/レッド達を倒すことに賛同していたのに、救出隊に志願した? どんな心変わりがあったの?
とは思うも……どこかで期待はしていたのだろう。図らずも笑みまでこぼれそうになるのを、寸前で抑えた。
「はんっ! 格好つけて独りで突っ走っていった挙句、見当はずれの場所とは……お笑いだぜ!」
「しかもすれ違い! 副団長が一人で脱走までしちまってたなんて、な」
それは、俺らにも言えちまうがなぁ……。自嘲混じりにも、彼への批判を吐き出してきた。
反射的にムッとしかめそうになるも、すぐに「…彼ならありえる」と納得もしてしまった。
すれ違い……。小気味よい気分になるかと思いきや、そうでもなかった、ちょっと残念……。
胸の内に尋ねてみたら、我が事ながら驚かされる。助け出してもらえるお姫様シュチュエーションを、少なからず……望んでいたらしい。
ブンブンッ、慌てて妄想を振り落とした。
「……彼、独りでこんな場所に入っていったの?」
「いえ、仲間が一人追いかけていったんですが……どうなってるのか、連絡が取れないんです」
「ココは見た目は街だが、ダンジョンみたいですからね。通信できなくなってるのかも――― 」
ドドーン ―――……。
どこか遠くの方から、地鳴りとともに重低爆音が鳴り響いた。
突然のことで驚くも、すぐに周囲を確認/見渡した。
「……何の音? どこから―――」
「あそこだ!」
仲間の一人が指さした先を、見た。
そこにはモクモクと、巨大な土煙が立ち上っている。まるで、原子爆弾でも爆裂したかのような、キノコ雲―――
(……一体、何が起きてるの?)
皆が同じく浮かべているだろう疑問。
ココはどうやら、予想している以上に異常な戦場だったらしい、と。
◆ ◆ ◆
(―――さてと、後はコイツをどう処理するか……)
邪魔者は、もういないはず。
運んできた死体入り袋を背負いなおすと、先から聞こえる飢え狂った獣の声の方へ/御簾に隠れた奥の間へ、進んでいこうとした。
「―――キリトさん! 探しましたよ」
その背中に、声をかける奴がいなければ。
振り返り再確認、いちおう今気づいた風を装う。……すでに【索敵】で把握はしていた。
目の前にいたのは、救出隊の指揮官【エイジ】だった。
「【フィリア】から連絡がありました。アナタが危険だと」
敵意が無いことを示す笑顔と無手で、近づいてくる―――。演技してるような緊張は、見られない。まだ『仲間』だと考えているのか、押し通してるだけか……。思ってたよりも肝が太い奴だった。
「でも……さすがですね。独りで切り抜けられるなんて―――」
「それ以上、近づくな」
でも、無駄だ。すでに知っている。
ココのトラップとトビを倒した後、ジョニーの操り人形を始末している最中、すでに目視圏内で潜伏していた。腰に佩いてる剣を握りながら/できるだけ息を殺しながらも、オレの動きを/隙を見出そうと集中していたことを、知っていた。……まかり間違っていたら、殺されてたかもしれなかった。
オレの拒絶に当てられて、しかし僅かにためらうのみ、歩みは止めない。
「……アナタを疑ったことは、申し訳ないと思っています。ただ、あの時はあのようにするしかなくて―――」
「三度目は、斬るぞ」
だから今度は、敵意をぶつけた。……必死なので、殺意にまでなっていたかもしれない。
いつもなら、忠告なんてせずに斬りかかる/奇襲になりやすいからだけど……今回はそうはいかない。先までの戦闘で、かなり体力や装備までももっていかれた。おまけに、死体袋まで背負っている。【Kob】の幹部クラスとタイマンを張るには、あまりにも不利すぎる。……だからこれは、恫喝の皮を被せた戦慄だ。
そんなハッタリの効果は―――、覿面だった。
ゴクリと、小さく息を呑む音……。ようやく強張りを露わにしたエイジは、そこより先へ、接近せず/できずに止まった。
「―――何時、わかったのですか?」
代わりに、投げかけられた問答。
コチラも時間が欲しい。どうにかして対処する方法をひねり出さなければ……。好都合だ、付き合ってやるよ。
「お前が救出隊のリーダーに選ばれた時、【ヒースクリフ】の奴がおまえを任命した時だ」
「ッ!?
……はじめから、だったんですね」
少し誤解を含んでいたが、そのまま無言で通した。……驚かしただけ、ぜんぜん決定的な隙じゃない。
「事前に団長から教えてもらってた、ですか?」
「いや、証拠なんてない。オレの勝手な推測だよ。
この機に乗じて、ギルドを一新する。レッドと関わりあるメンバーを炙り出し、排除する。……できれば、自分の手は汚さずに」
オレならそうする……。超一流の組織を運営する長としての役目。改革の汚れ仕事/掃除屋として、『ビーター』のオレはうってつけの人材だった。そして/だからまるで、天が与えてくれたかのような好機でもあった。
「わからなかったのは、どうして今、こんな荒っぽい方法をとったのかだが……。今になってようやくわかってきた。
たぶん、75層だ。次のクォーターポイントに向けて、あえて一線から身を引くため」
【Kob】なら、フロアボス攻略の陣頭指揮を取る立ち位置にある。75層では、どれだけ準備しても/指揮が優秀でも、確実に犠牲者が出てしまう。その責任を取らされる……。次の100層/最終フロアまでの主導権は、他に譲らざるを得なくなる。
指揮を取ることのメリットが、ほぼ無い、むしろマイナスになる。50層でヒースクリフ自身がそうしたように、期待されていないサブメンバーとして大活躍した方が/そうでなければ、利益は得られない。
……証拠なんて全く無い。ただの直感/言いがかりでしかないけど、奴ならあり得る。全てが解決した暁には、結果としてそうなるはず、最終的に利益を得られるのは奴だけだ。ギルドメンバーすらも犠牲にして……。未来の罪を、今償わせられないのは残念だ。
全てヒースクリフの手のひらの上―――。ジョニーの三文芝居以上に不愉快極まる。手駒として動くしかない自分の無力も相まって、顔が険しくなってしまうのが止められない。
そんな、たぶんエイジにとっては明後日の思考に悩まされているオレを訝しると、現状に引き戻してくれた。
「……どうして僕なのかの答えには、なってないですよ?」
「全員疑ってた。今ここにいるから、お前は確定になった」
「ッ!? ……それじゃ―――」
ただの容疑者、だけだった―――。オレのゲスの勘ぐり、だけで済んだ。
でも……、そうならなくなった、
「そうだ。お前の弱さが、お前を
もっと正確に言うなら、フィリアも関係してるだろう。彼女の起死回生の手段として、彼を巻き込んだ……。とてつもない執念だ。
絶句しているエイジに、さらに追い打ちをかける。
「今、おまえにできる選択は、二つだ。
自分の犯した罪が明らかになるのを、慄えながら待つか。それとも、今ここで、オレを殺して証拠隠滅するか」
正確には、隠滅し続けるかだ……。オレを殺すだけではもう、隠しきれない。ゲームクリアされるまでずっと、胸に抱えて生きていかなければならない。
そんな奴はもう、この先では足でまとい―――。団長のヒースクリフが、そう断じている中で。清廉潔白な仲間に頼り頼られなければ生き残れない、過酷すぎる最前線では……命は幾つあっても足りない。
最悪すぎる二者択一、どちらを選んでも地獄だ。
だから、だろうか―――
「―――罪? 僕の罪て……なんですか?」
今にも崩れそうに震えながら、ピクピクとひび割れそうになるのを必死で保ちながら、問いかけてきた。たぶん、臓腑の底からの。
真っ黒な汚泥の予感に、何も答えず/黙っていると―――
「罪なんて、僕は、僕は……犯してなんてないッ!
僕はただ、副団長の…皆のためを思ってやっただけで。それがこんなことに―――」
「告解したいのなら、良い神父を紹介してやろうか?」
興味ない。聞いてやる気なんて欠片も無い―――。茶化すようなセリフだったが、嘲笑って肩をすくめてやることまでは、できなかった。……そんなタフガイには、いつになっても届かない。
この巻き込まれた現状。オレがこれからやらなければならないことを考えると……、余裕なんて持てない。
(フィリアといいトビといい、ジョニーといい……。狡い奴ばっかりだ)
大きく、胸の内でため息をついた。
今/目の前のそこに、立っている。それだけでエイジは、オレを追い詰めていた。もう生きるか死ぬかの二者択一しか無い、ギリギリの瀬戸際にまで。ソレを本人も熟知していながら、無垢な被害者でいつづける偽善ぶり。……狡すぎる。
けど……、オレに言い返す権利は、無い。
なぜなら、その筆頭が―――オレ自身だから。
「……わかった。オレがなんとかしてやる」
「!?
…………本当、ですか?」
「ああ、すげぇやりたくないけど……【コウイチ】と話をつけてやる」
コウイチなら、どんな難問だろうとも、事を丸く納めてくれるだろう……。奴の得意分野/奴にしかできない魔法。どうしても真実を、いや自分の感情を優先してしまうオレとは、違う。腕っ節は強い厄介者、とは真逆、敏腕の政治家だから。
オレの口から【コウイチ】の名前を出したから、だろう。オレが奴と昵懇の間柄との情報/探らなければ分からない情報を、知っていたからでもあるだろう。そしておそらく、『丸く納めた』ことで生き延びれた何人かのことも。
顔の疑心暗鬼の険が、ほんの少し……ほぐれた。見えざる『信頼の手』が、伸ばされてくる―――
(ここだ!)
決定的な隙、掴んだ。
あとは―――、引きずり込むだけだ。
「……貸一つだ。後でキッチリ熨しもつけて取り立てる」
それで良いよな?
オレはこの件、どうとも思っちゃいない。レッド達を倒さればそれでいい、何なら攻略できればそれだけでも。取引して終われるのなら、それが一番だ……。そんなニュアンスは、きっちりと伝わった。
断れるはずもなく、怯えながらも……頷いた。
「コウイチには、ココを出たらすぐに連絡する。
だから、さ。今はそこから……、下がっちゃくれないか?」
気楽に/下手に笑みを浮かべながら、『もう仲間だろ』との印象のままに、頼んだ。
先までの緊迫感から、一転しての緩んだ空気感。うまく揺さぶられてくれたエイジは、そのまま/理想通りに一歩、後退しようとしてくれた。
しかし―――……、邪魔が入った。
『―――ハハッ♪
ほら見ろ、教えたとおりになっただろう♪』
ジョニーの嗤い声―――。
音源は、背負った死体から。フィリア弟だった生首だ。
しまった!? ―――
ビクリッと、痺れたように止められたエイジは、すぐにハタと正気に戻ってしまった。……魔法の時間は終わった。
もう後の祭りだ。気づけなかったオレの負け/隠しとおせたジョニーの勝ちだ。……ギリギリ、生首に肘鉄を食らわすのだけは、堪えれた。
『今そこから下がれば、彼は約束を反故にするよ。ただの口約束でしかないんだから、ね♪』
「ッ!?」
「―――というふうにアイツが言うのは、ビビってる証拠だよ。
ジョニーには、ここでお前に下がってもらっちゃ困る理由がある」
被せて、修正した。まだ持ち直せる道はある。……無駄だろうが、オレは諦めが悪いほうだ。
「オレとお前を同士討ちさせる。それが目的だからな。あわよくば、お前がオレを殺してくれることを。
オレと手を結ぶ。それが、一番やって欲しくない結末だ」
ジョニーの目的を暴露した。エイジにも明らかだっただろうが、言葉に/表に出すことで、水を指せる。……奴の邪術に引っかからなくて済む。
その抵抗があってか、ジョニーは沈黙。言い返さずに黙っている。
けどソレは、ソレが最適答だからだ。……ジョニーの含み笑いが聞こえてくる。
エイジの疑心は取れない。胸の内で舌打ちした。……やはり焼け石に水でしか、なかった。
「……とは言ったものの、『だからオレを信じれる』かどうかは……違うよなぁ」
なにせオレ、ついさっき、口約束を最悪な形で反故にしたから……。オレ自身、オレのことを信じきれない。
そしてたぶん、ジョニーはソレを突いてくる。どうにかして、フィリアの証言を出してくるだろう。あるいはもう、またはフィリア自身が、エイジに教えていたのかもしれない。
(……因果応報、か)
自分の不始末が帰ってきただけ。ただ、それだけのことだ……。
―――ボスンッ!
背負っていた死体袋からあるモノを、エイジとの間に投げた。
「?
……何ですか、ソレは―――ッ!?」
……ダメか?
決定的じゃない。奇襲するには隙が少なすぎた。
フィリア弟の生首―――。その生々しさ/おぞましさにギョッとさせられるも……、それだけだった。
でも―――、衝撃はあたえた。かなり動揺している。
なら―――、当初の予定通りで行こう。
「フィリアの弟、だった『モノ』だ
そしてコイツも……、そう―――だッ!!」
投げた―――。袋ごと首なし死体を、先とは反対/後方へと、飢え狂った獣の声のする方へと。
突然背中を向け、死体袋を投げる……。どうしても隙だらけになってしまう行為だった。動揺していなければ、奇襲されていたかもだったけど……やり過ごせた。
投げた死骸はそのまま、奥の間へと入り―――……、見えなくなった。
「……いったい、何のまねですか?」
「コレで、オレ達が抱えさせられている問題は―――、吹っ飛ぶ」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッッッ!!』
オレの嗤い声を後押ししてくれるかのように、獣の雄叫びが響き渡った。―――フィリア弟を喰らった、猿人達の頭領の成れの果てが。
「あとは、生きるか死ぬかだけだ」
ソレが問題だ―――。いつだってソレが、問題だ。
ただ時には、解決の手段になる。……この問題の前では、何も問題にならないから。
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