偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/屠龍の塔 法の隙間

 

 ―――ラフィンコフィン討伐隊、出陣前。

 【聖騎士連合】のギルド本部、【屠龍の塔】の地下獄舎にて

 

「―――それでは、後は我々が、責任を持って護送させてもらう」

 

 捕らえた/自首してきたレッドの一人、【ラフィンコフィン】の幹部の一人である【ザザ】

 できうる限りの拘束具を被せ、デバフを引き起こす《呪刻印》を刻みまくり、武装もアイテムも何もかも剥ぎ取った囚人服姿、おまけに視覚と聴覚を完全遮断するヘルメットも被せた。どんな抵抗も逃走も口答えすら許さない、そんな格好にさせられたザザを、引き渡す。……引き渡さなければならない。

 【アインクラッド解放軍】の《律令部隊》へ。彼らが(勝手に)定めた『法律』に従って、犯罪者プレイヤーの権利と刑罰を執行するために。

 

 歯がゆいことだが、受け入れなければならない。

 【連合】は【軍】に頼らずとも自活できる、独自の補給線を確立している。下層へ降りる際も、その整備された補給線が融通を利かせてくれる。こと攻略において、【軍】の干渉を無視できる力がある。……そうだと思っていた。

 甘かった……。お助けNPC/『傭兵』の補給を、独占されてしまった。

 クエストをクリアするか、特定の条件を満たすことで味方になってくれるNPC達。同じクエストでも、同一人物の傭兵が味方になるとは限らず、幾通りかのバリエーションがある。その全てのルートで手に入れられる傭兵達を、【軍】は独占した。

 『自力こそ最良』との攻略組。傭兵や使い魔を育てるよりも、己を鍛え上げることを優先しがちになる。事実、そちらの方が攻略も早くなり安定もする。……そこに隙があった。

 傭兵たちを手当たり次第に味方にひきいれ独占することで、最大人数を誇っている【軍】は、さらに巨大化した。しかも、基本的に同格である同プレイヤー/ギルドメンバーよりも、規律に縛られてしまうNPC達。巨大化とともに、『軍隊』としての不気味な様相を帯びれるようになった。

 攻略組たる【連合】は、「ゲームクリア」という大目的がゆえに、一度達成したクエストを繰り返さない傾向がある。特に、フロアを跨ぐ長期クエストとともなれば、中断することすらありえる。……後方支援に従事している【軍】には、ソレがない。

 結果、【軍】はさらなる力を手に入れ、『プレイヤー法』などというルールまで矯正してくることになった。

 攻略組であっても逆らうことはできない。一分は納得できるルール内容であることから/「必要だ」とは言われ続けてきたことでもあったので、受け入れるしかない空気が蔓延してしまった。空気は権威となり、無根拠なプレイヤー法に正義を与えた。……例えソレが、このザザを引き渡すという、ルールのマイナス面であったとしても。

 

 牢屋から出されるザザ。見えず聞こえずの拘束状態にしているので、手枷から伸ばした鎖を引っ張って誘導させようとするも、独自で歩き出てきた。

 ゆっくりとだけど、決して暗闇への不安をにじませてはいない/牢屋に閉じ込められ続けた疲労すらも感じさせない歩調、まるでVIP待遇の権力者のように。……事実、そのとおりではある。

 そんなザザを静かに、けど最大の警戒心を込めて見送った。

 看守の一人として任じた【連合】のメンバーが、律令部隊の中でも体格の良い/壁戦士だろう男に、ザザの鎖手綱を明け渡す、互いに最も緊張しただろう瞬間。規律で鬱憤を押さえ込んだ【連合】の睨みを浴びながらも/それゆえか、ニヤリと、勝ち誇ったかのような笑みを口元に浮かべたのが見えた。……本人達は隠しているつもりだろうが、この異世界では詳らかにされてしまう。

 冷静を保つつもりだったけど、おもわず顔をしかめた。程度の低い劣等感の臭気が鼻につく。……【軍】の上層部はたいてい、こんな人間ばかりだ。

 私は、胸の内でため息をついてやり過ごそうとしたけど、キバオウは違った。

 

「―――考え直せんのか? お前らじゃ、手に負えん奴やぞ」

 

 やんわりと、けど直截に、彼らの力不足を助言した。

 あまりにも露骨だったので、一時言葉をつまらされたが、すぐに表情をキツくしながら言い返してきた。

 

「これから『攻略』に向われる皆様に、少しでも助力したいとの心遣いでしたが、不要でしたか?」

「不要やな。ここで始末すればいいことやから」

 

 さらにの切り返しには、さすがに聞きとがめた。琴線を掻き毟るタブーを言ってしまった。

 なので、一気に【軍】のメンバー達の表情が硬くなった。特に、相対していた指揮官の男は、その視線を刺のように鋭くした。

 しかし、キバオウはどこ吹く風と、気にせず/真面目に警告を続けた。

 

「わいらが作ったこの監獄の中で、わいらにずっと監視されてるから、大人しくしておるだけやぞ。一応はそないな拘束具で固めておるが、無駄やろうな。

 ココから一歩でも外に出れば、何をしでかすのかわからん。逃げられるならまだしも、最悪誰か犠牲者がでるかもしれ―――」

「だから、殺すんですか?」

 

 汚らわしいとばかりに割り込み、今度はあちらが直截に追求してきた。

 そのカウンターには、すぐに言い返せなかった。

 言葉にしていい問題ではない、それぞれの胸の内で処理すべき事柄……。そう言い訳してフタをし続けて/考えることをやめてきたことを、指摘されたかのようだった。

 私は、そのように受け止めてしまった/無言を通すのがベストだと思ったけど、キバオウは少し違ったようだった。

 引き結ばされた眉間、僅かばかりの動揺をみせながら、言葉を探す……けど、見つからない。結局、ため息をひとつこぼすと、観念したかのように答えた。

 

「……生きてるより死んでる方が皆のためになる奴がおる、て話や。そこにいるザザは、まさにその典型の一人で、もうどうしようにも選びようのない問題なんや。『改心してくれるはず』なんて考えは、見当はずれの甘えでしか―――」

「キバ、もういいでしょ」

 

 地雷原を突っ走り続ける彼を止めた。これ以上は、『個人的な話』の容量を越えてしまう恐れがある。……もう遅い気もするけど。

 恐れたとおり、青筋をたてて憤慨しそうになっている指揮官。けど、先に止めたので振り上げた拳の下ろし場所を見失っている。―――そのまま、『問題はなかった』と強引に締め切ってしまう。

 

「せっかく捕らえたラフコフの幹部。充分以上に警戒して、事にあたって下さいね」

「ご心配なく! 万全に万全を重ねて、遂行させてもらいますので」

「そうですか。

 護送プランを教えていただければ、コチラでもサポートできます。危険は少しだけ減るのですが―――」

「お構いなく! あなた達は攻略にのみ尽力して下さい」

 

 叩きつけるような拒絶とともに、律令部隊一行は監獄から出て行った。

 

 

 

 そんな背中を見送りながら、予期していたこととは言え、ため息をつかざるを得ない。……余裕なさすぎ。

 あるいは、アレが【軍】の在り方なのかもしれない。

 自分に与えられた仕事に干渉されることを嫌う、だから他人の仕事にも干渉しない。支持されたマニュアル通り、きっちりし過ぎた仕事の区分け、情はもちろんのこと合理すら入り込めない頑迷さ。そんな、機械みたいに決められたカビの生えた手順をなぞるだけで、レッドの大物を相手取ろうとは……。危機感が麻痺しすぎてる。

 

「―――きっと奴は、逃げるやろな」

「……でしょうね」

 

 ここにキリトがいれば……。愚痴らずにはいられない。もしかしたら、あのザザも始末できたかもしれないのに。

 『ビーター』である彼は、『法律』などに縛られることなどない。合理的な判断を敢行できる。……私たちも、それに便乗することができる。

 

(でもそれは……)

 

 彼にまた、重荷を背負わせることになる。たぶん十字架に類する負担。

 それでなくとも今、【血盟騎士団】の副団長さん達を救出するのに、命をかけている。きっと危険など省みていないだろう……。簡単にその光景を想像できてしまうところには、笑うしかない。

 彼は攻略組の切り札、だけど一人しかいない。頼りすぎてはいけない、切り方も選ばなくてはならない。……救出に向かわせたのは、正しい判断だ。

 

「―――…… ハァ。

 脳筋やと思うてたのに、こないな政治仕掛けてくるとは……ぬかった」

 

 キバオウの口から、珍しい愚痴がこぼれた。少し驚かされるとともに、頷いていた。

 【連合】に自首する前に、【軍】にも情報が伝わるように設定しておいた、律令部隊が割り込んでくることを見越して。……だからこそ、あの傲岸不遜ぶりだった。

 ザザの人物イメージ、噂や捕まえたレッド達からの情報によるプロファイリングから、今回のような頭脳プレイを仕掛ける可能性を割り出すことはできなかった。ただ省みれば、彼も組織の幹部の一人だ、考慮すべきではあった。けど、『自首』のインパクトがあまりにも大きかった、目先のエサに見事に釣られてしまった……。

 他の可能性、組織の長【Poh】の関与。今回の討伐作戦において、あまりにも存在感が無さ過ぎるのが不気味だった。奴が知恵を貸したのなら、ありえないことにはならない。貸す理由/頼る理由にも、目星はつけられる。

 ……どんな理由にしろ、もう手遅れではあるけど。

 

「どうせ人形です。引き取ってもらえて助かりました」

「……そうやな。奴との決着は次でええ。

 今日は、ジョニーの奴を冥土におくる。確実にや」

 

 そう静かに宣言すると、浮ついていた空気にズッシリと重くなったような圧迫が生まれた。……それでコチラの切り替えも、できた。

 

「期待しておるで、アリスはん。

 プレイヤー刈りは、慣れたもんにしかできんことやからな。ワイらが皆を先導してやらんとならん」

「……そうですね」

 

 かけられた激励に、チクリと刺さるものがあったけど、無視した。……生娘を気取るつもりは、もう無い。

 自分が今までしてきた所業を省みる、特にその負の面を。ソレを投げ捨てて逃げてしまえば、正しい面まで壊してしまう、一体不可分の過去。

 わかっているから、受け止める。全てはゲームクリアと、何より戦友達のために……。

 

 お腹の奥底で気持ち悪さが疼くも、無視した。無視できるのならまだ、大丈夫だから……大丈夫なはず。

 いつもどおり、一抹の不安を抱えながら、成すべき事のためにすべきことを果たす。隣のキバオウがそうであるように、私も倣う。

 

 

 

 今日、私は、一人の人間を殺す―――。

 たとえ根っからの犯罪者だったとしても、許されることではない。取らなければならない道は他にある。

 その罪深さを肝に銘じ直しながら、『人狩り』に赴く人々の群れへと加わっていった。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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