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参加者全員に配られた通信機越し、青の聖騎士様の冷徹な檄が飛んできた。
『―――全部隊、攻撃の手を緩めるな。向かってくる者たちは全て敵だ、徹底して叩け』
竹槍のような長物を差し向けてきながら、決死の形相と雄叫びをもって突貫してくる猿たちの群れ。……この街の住民たち。
「……まったく! 勘弁しろよな。こちとらレッドを狩りに来た、てのに―――ッ!?」
その一匹の槍を叩き切りながら、返す横薙ぎでかっ飛ばした。……猿は対応しきれず、まともに太刀を受けてしまう。
「なんで
叫ぶ愚痴とともに放たれた太刀は、しかし、猿の体を輪切りにすることはなかった。
装備していた中華鍋のような鎧が硬かったわけではない。その程度の防具など無いのと等しいほど、こちらの武器の性能と戦力のレベル差は圧倒的に開いているからだ。しかし現実、できていない。鎧に触れるか触れないかのわずかな空隙に、刃が阻まれ弾かれてしまったからだ、まるで魔法の防御障壁でも纏っているかのように。
太刀から握り手に響く反動に舌打ちしながら、しかし、振り切ってそのまま吹き飛ばした。初見だったら驚いて手は止まっていただろうが、すでに知らされていたこと。何より、コレと同じ現象をよく知っていたから。
『こちらで展開した【結界】内ならば、敵のダメージ無効の障壁は消滅する。吹き飛ばしきれないのなら、放り込め』
【圏内】のダメージ無効障壁―――。【圏内】の中では、どんなことをしてもHPが減少することはない。例え圏外で持続ダメージを受けたとしても、圏内に入ればすぐに停止する。そのゲームシステムによる絶対の加護が、なぜか今/圏内であるはずのないこの場所で、向かってくる猿たち全てに与えられている。
エラーだろうこの現象には大いに文句をつけたいが、あいにく対応しなければ声すら無視するクソ運営だ。おまけに命も一つにされたのならば、どうにかするしかない。幸いにも、擬似圏内発生アイテム/《結界石》を用いれば、どうにかできることは探り当てていた。その『結界』内では猿たちの防御障壁は消滅する。吹き飛ばして無力化しきれない敵は、味方が展開した結界内に放り込んで……始末する。
そうやって今まで、かつて荒野だったはずの緑豊かな街の中、襲いかかってくる猿たち/住民たちを蹴散らしながら進軍を続けていった。……いや、侵軍と言ったほうがいいだろう。
「ぼやいたって仕方がないですよ、リーダー。
正義なんてものは、立場が変わればいくらでもかわる。殺人鬼が英雄になれる場所だってありますよ。それに―――」
今俺たちがやっていることは、奴らとそうそう変わらない……。隣で同じく猿たちを捌いていた侍姿の仲間が、自嘲混じりに返してきた。実に奴らしい、直情径行気味の俺とは違うニヒルな奴らしい回答だ。
なのでか瞬間、カッと、腹から噴き出してきた。
「ふざけんな! 同じであってたまるかよ。
俺たちはこんな外道じゃない。コイツらの背に隠れながら、嘲笑いながら刺しにくる奴とは……なッ! ―――」
吹き飛ばして壁や地面に叩きつけて、気絶させた猿たちの山、注意を逸らしたことで発生した死角。ソレをうまく縫いながら接近してきた本当の敵、脇の死角から奇襲してきたレッドプレイヤーに振り向きざま、一太刀浴びせた。
猿たちと同じような装備と化粧まで施していたが、誤魔化しきれなかった。戦闘モードで過敏になっていた俺のセンサーと、何より、隠しきれない殺意の腐臭は。
完璧だと思ったのだろう。深々と袈裟斬りされたレッドの表情は、ギラついたゲス顔のまま固まり、そのままバタリと……地面に倒れていった。
「……それにこんな、脳無し野郎なんかじゃねぇし」
一撃で絶命させた敵/レッド。顔面からうつ伏せに倒れているその死骸を見下ろすと、吐き捨てるように言った。……その抉り凹んでいた後頭部へ向けた、軽蔑と嫌悪の眼差しとともに。
レッド達が操作している遠隔操縦の人形。例えHPが0になっても死には至らない、仮初の不死の所業。レッド本人の体なのか、別人の/NPCのモノだったのかは、わからない。……わかりたくもない。
残心して、次に備える。気持ちも切り替えると、また通信が入ってきた。
『―――敵の本隊に異常あり。撤退してる……?
全部隊、この機を逃すな! 一気に突き破るぞ――― 』
号令とともに、雄叫びがなった。つられて俺も、「よっしゃァ!」と声を上げていた。
果敢に攻め進まんとする青の軍団に続いて、仲間とともに突貫していった。
◆ ◆ ◆
トビとともに、総督がいるであろう後宮へと向かった。
その途上で―――
「―――お前たちさえ来なければ、我々は幸せに暮らせていた」
先行させているトビから、非難のような独り言がこぼれた。
無視していると、さらに続けた。
「我々にとってお前たちは、常に敵で、
ソレは、全ての樹楽の民が等しく共有している感情だった。だからそのために、備えなければならないとの焦燥感も生まれた―――」
視界隅に映しているミニマップ、【索敵】で得られた情報で構成された周辺俯瞰図に注意を払いながら、話を聞いた。
いや逆だ。地図を確認するフリをしながら、話を聞いていた。
すでに周辺のことなど、強化されている感覚で把握済みだ、後宮までの道のりもおおよそ掴めてる。道案内などもう、ほぼ必要なくなっていた。そもそも、道案内などさせる必要すらなかった。
「平和なはずの、敵対する者達などどこにもいないはずの我々に、『軍隊』などというものが存在するのもそうだ。あのような非道な研究を行えたのも、その衝動ゆえだったのだろう……。
今をもっても、悪いことだとは思えない、必要なことだったと割り切れるがな―――」
まるで他人事のように言い切った。規律正しい軍人のなせる、感情を抑え付ける技だろうか。
いや、違う。そんな強張りなど感じられない。沸き起こってもいいはずの感情が、スッポリと抜けてしまっているだけだ。大切な何かを諦めてしまっている心境に、酷似してる。……かつてどこかで/大切だった誰かが、見せつけてきた有様がダブる。
「俺は、物心付いた時から総督閣下に育てられた、根っからの軍属だ。いずれやってくる
自問のような述懐。何かがこぼれそうになる前に、いったん口を閉ざした。同時に足も止めた。ちょうど目の前、目的地の扉にたどりついた。
チラリと一瞥してくると、視線で命令「開けろ」と。
固く閉ざされている扉、そこにソっと手を当てた。その周辺が青く淡くまたたくと「カチリ」、鍵が外れる音がした。
扉を開けさせ中に入る。
寺院の仏殿に似た広々とした大部屋。その奥の中央には、仏像の代わりに、人の背丈ほどある巨大な香炉が置かれていた。天井からも幾つも電飾のように、小さな香炉がぶら下がっている。
それゆえだろうか。部屋に入った時に感じた異臭が、線香に似たような匂いだと気づくと―――ガチャリ、いきなり背後で扉が閉まった。
「……どうしてなんだ? なぜ、あれだけこの胸を熱くしていた使命感が、今では……感じられないんだ? お前のような
告解とも聞こえる独白。背中越しから語られたソレは、とても不安げで寂しげで、いまにも消えてしまいそうに聞こえた。
その奥/壁の柱からも、どこからともなく現れた何十もの猿兵達。全てがトビほどの体格で鋼鉄だろう中華風の鎧に身を包み、怒りを表しているのだろう京劇の面頬を被っている。そんな巨体の猿武人たちから敵意を向けられている背景と合わせると、なおのことだ。
罠にハメられた……わけではないだろう。
総督の反応は、確かにこの部屋にあった、あの巨大香炉の奥あたりに。そして、伏兵も潜んでいることもわかっていた。誤算だったのはその数と、強敵そうな風貌だけだ。さらにそれすらも、何かしらの仕掛けがあるとも踏んでいた。……致命的な罠など、はりようがないほど追い詰めてきたから。
だから……だろうか。振り返り/相対し、あろうことか武器まで差し向けてくるトビに、裏切りを詰問するより―――
「―――オレからすると、羨ましい限りだよ。
オレ達はそこまでハッキリとは、切り替えられないから」
今の自分の中にある、もっとも誠実だろう言葉を返していた、ゆっくりと愛剣を抜き/構えながら。
◆ ◆ ◆
倒れ伏しているトビを見下ろしながら、ひとりこぼした。
「―――苦しめるつもりは、なかった。なかったはずだけど……そうなった」
周囲には、いくつもの斬痕/破砕痕、粉砕された調度品の欠片が撒き散らされている。静謐な神聖さを醸し出していた大部屋が、荒れ果てた廃墟へと変わっていた。……オレが変えた。
この部屋に仕掛けられた『幻覚装置』を破壊するために、そうした。そうすることで、何十もいたはずの大猿兵達は煙のごとく霧散し、代わりに3匹、僧衣のような衣服をきていた小猿たちが露になった。……その小猿達も切り捨て、HPを0にし、今は物言わぬ死骸へと変わっている。
「悪かった。次は、そんな
別れの言葉とともに―――グサリと、その胸に刃を突き立てた。
僅かだったHPも0になり、微かに残っていた生命も灯も消え……静かになった。
愛剣を抜き去ると、その死骸は光の粒子を霧散させながら、消滅した。この世界のあらゆるオブジェクトが消滅する時の光景。
そのトビだった場所に残ったのは、一つの手のひら大のガラス玉/《心》アイテムだけだった。
残心して納刀すると、その《心》を拾い上げた。アイテムストレージに収納する。
全てを無機的に、できるだけ何も考えないように行っていると、不愉快な笑い声が邪魔してきた。
『―――相変わらず、ビックリするほど酷いことできるね♪』
ケタケタと嗤うその声は、切り捨て倒れている小猿僧の一匹/指揮官らしい猿から聞こえてきた。すでに全員、HP0にした死骸のはずなのに動けている不思議。……すでに、レッド達に仕込まれていたとしたなら、不思議はない。
その小猿僧は、文字通り操り人形だった。総督の傍で仕えているだろう側近、監視役かついざという時の保険にはピッタリだ。使い魔にしては悟られる危険があるので、その全ての機能を乗っ取り人形化。これまで悟られずに、総督の傍で仕えさせ続けた。―――ジョニー・ブラックの手によって。
驚ける点は、元モンスターでも可能だったこと、人間タイプのNPC以外はできないのだと思っていた。……レッド達の飽くなき探究心には、呆れるばかりだ。
「……なら、そろそろコレで打ち止めにしてくれないか? さすがにもう……腹が立ってきた」
翻弄されっぱなしのこれまで、付き合って突っ走ってきたけど、そろそろ限界だ。色々と境界を踏み外しすぎて、大切な何かまで壊してしまいそうな予感がした。まるで、いつの間にかレッドの仲間入りをしてしまったかのような、曖昧になりすぎたオレの立ち位置。……払拭するにはもう、決着をつけるしかない。
『安心してよ♪ ココに仕込んだ人形は、コレで終わり♪
あとは、ボクの本体だけだよ♪』
そんなオレとは違って、ひどく楽しそうに笑いつづけるジョニー。……聞いているだけで、頭が痛くなる。
『……でも、ちょっとだけ残念♪
先に、怪物になるとどうなるのか、見ておきたかったんだけどなぁ……』
「そんなもの―――」
足のポーチからピックをつまみ出すと、そのまま―――投擲した。
狙いはあやまたず、小猿僧/ジョニーの分身の頭蓋へとブスリ、貫いた。
「―――鏡でも見れば、済むことだろうさ」
だよねぇ♪ ……。死骸に攻撃されたため、霧散し消滅していくその口から最後、そんな余裕に満ちた笑い声が聞こえたような気がした。
そんな残り香も消え去ると、ようやく緊張を解いた。
「……さて、これで終いだな。
あとは―――」
御簾に覆われた奥の間、飢えた獣のような声/ガチャガチャと金属を軋ませる音が聞こえてくるその場所へと、相対した。
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