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ステータスウインドウ展開。スクロールして、目的の項目をタップ。確認用のウインドウが出るも、すぐにタップした。
承認と準備に数秒……。読み込み合図のような、クルクルとまわる記号を見つめる。
すると―――目の前に光柱が、現れた。
突如現れた光柱。輝きは徐々に、格子状の光線へと終息し、それすらも……消えていった。
後に残ったのは、柱の中に収められていたモノ/者。鎧武装した一匹の猿人だった。……使い魔にした【トビ】だ
「―――執務室まで案内しろ」
それを確認すると、トビの驚きも戸惑いも無視して、命じた。
「……先まで、地下牢にいたのに……どうして?―――」
「お前がオレの【使い魔】だからだ」
【使い魔】もアイテムと同じ。離れたら呼び出せる、所有権が消えない限り。……オレがあの地下牢から脱出できたので、必然トビも脱出できたカラクリ。
「総督の元まで行く。案内しろ」
「…………どうするつもりだ?」
「殺す」
端的にはっきりと、答えた。……おそらくそうなるだろう。
その答えにトビは、何かを言おうと/何も返せず飲み込んだ。そして、俯きながら搾り出すように、
「―――俺には……できない」
「なら、弟と部下たちは死ぬ事になる」
今はオレのコントロール下には無いので、すぐでも確実でもないだろう。預かってもらったケンイチに決断してもらう必要がある。
しかし、そんなことはトビにはわからない。教えるつもりも悟らせるつもりもない。
「それに、お前抜きでも問題ない。手間がほんの少し増えるだけだ」
【索敵】を使って探りながら進めば、たどり着ける。攻略組も攻め入っているようなので、うまい具合に混乱している敵情。戸惑っている敵兵でも捉えれば、確かな情報が得られるだろう。……トビを使役しなければならない理由はない。
「加えて言うなら、お前を一度殺し【心アイテム】に変える。ソレをもって後で復活させれば、忠実な人形になってくれるぞ」
たたみかけたトビの現状に、苦しそうに瞑目した。
一度死んだら、自分の姿をした自分が、敵のオレに忠実に従う下僕になる。おそらく、どんな命令でも有無もいわずに遂行できる、弟や部下たちをその手で殺されることすらも……。そんな悲惨な未来を、想像してしまっているのだろう。
「お前には選択の余地なんか無い。オレに従うしかないんだよ」
そうなるかは定かではない。自意識をもったモンスターなど前例がない。けど/だからこそか、「そうなるかも」と怖れることが重要だ。……怖れは弱みになり、己で己を縛る鎖と変わる。ソレをしかと掴むことで支配できる。
無機的に告げたであろうオレにトビは、やはり苦い何かを堪え飲み込みながら、負け惜しみを絞り出してきた。
「―――やはりお前たちは、
「そうだな。そしてお前は、その悪魔の下僕だ。……これからずっとな」
行け……。もうお喋りの時間は終わりだ。
先導させたトビの後ろから、プレイヤーの/オレの進む道を阻む敵を、叩き潰しに行く。
◆ ◆ ◆
隠れ場所から打って出た。
すぐに見つかるも、はじめは奇襲成功。……ワンちゃんが上手くかき乱してくれた。
背後からの一撃、混乱している最中の襲撃。反撃される前に……終わった。
ワンちゃん/魔犬は、幾分か傷を負わされているものの、なんとか無事。再会できた。……よかった。
だけど、再会もつかの間。追っ手に気づかれてしまった。
施設内を暴れまわる。逃げ回りもしながら、追手たちを仕留めていく、自分たちに引き寄せていく。
蜻蛉さんとの即興のペアパーティー。はじめての共闘だけど、なかなかに上手くいった。
槍とレイピアの組み合わせだろうか。比較的狭い限定空間な戦場、もちろん気合の入り様もだろう。互いに互いのスキを補填し合いながら強化する、追っ手のリズムには狂わされない、自分と状況をコントロールできてる心地よさに高揚する。……ワンちゃんの遊撃/立体機動による噛み付き突撃も、上手く絡み合ってくれてる。
でも……それでも、生き延びるのが精一杯。
予期していた敗走。生きるか死ぬかの綱渡りではなく、自滅までのチキンレースだ。……もう体力も、武装すらも、残り僅かだった。
だけど、神様というのは、見ていないようで見ているらしい。
追い込まれてたどり着いた一角。私が囚われていた場所に似ていた場所。もしやと思い、飛び込んでみれば―――当たりだった。
仲間と出会えた。牢屋に囚われていた【血盟騎士団】のメンバーたちとの再会。……ただし、全員とじゃなかったけど。
待ち構えていた/慌てて武器を構えた看守猿兵を一蹴、脱獄にとりかかった。
「―――蜻蛉さん、出入り口をお願いします!」
「心得た―――」
返事と同時に、腰元のポシェト/簡易アイテムボックスからアイテムを取り出した。―――【煙玉】。
出入り口につながる狭い通路。襲いかかってくる猿兵たちに投げつけると―――爆発、一瞬で通路中が煙に包まれた。
戸惑いむせる猿兵たち。その混乱と煙の中、蜻蛉さんは一人突撃していった。……囚われた仲間達を開放するための時間稼ぎだ。
私も急がないと―――。牢屋を破壊し、仲間を開放していった。
「あ、ありがとうございます、副団長!」
「よくぞご無事で―――」
私たちが、特に私だろうか、ココまで助けに来たことに驚愕。そして……感涙ッ!? 涙流しながら感謝されてしまった。
辛かったのは、私なんかよりも彼らの方だったのに……。おもわず遠慮/逆に謝ろうとしたけど、飲み込んだ。今はもう、一人の無謀な攻略組じゃない/彼らの副団長だ。しっかり威厳を保たないといけない。
開放した仲間たちに、道すがら奪ってきた猿兵たちの武装を渡した。彼らもやはり、指輪と武装を取り上げられてしまっていた。おまけに―――……
「あ……。///
す、すいませんッ!? ―――」
何も見てない何も見てない何も見てない、ワタシはナニモミテナイ―――。全力で顔を背けた。できるだけ見ないように頑張った。
「こ、コレで前だけでも隠して!」と、武装服装一式を投げ渡した。……自分が置かれてた状況から予期すべきことだったけど、現実は衝撃的だった。威厳のことなんて考えられない。
「……着替えたら、出入り口で戦ってる忍者の援護に回って」
「はいッ!」
「私は他の皆を解放していく。
すぐにこんな場所から脱出するわよ!」
「了解ッ! ―――」
気合の入った短い返事。虜囚状態で磨り減っているはず、無茶な命令だけど文句など言わず。私が命じなくてもそうしていた勢いだ。
牢屋を周りながら囚人を解放。解放した部下には蜻蛉さんの援護をしてもらいながら、どんどん戦力をふやしていった―――。
そうして、最後の一室。
牢屋の錠前をバキンッ……壊し、壁に手錠と足かせで繋がれた仲間の少年を解放した。
解放された少年は、外されると同時にペタリ……と、床にしりもちをついた。まるで全身に力が入らなくなっているよう、他の仲間と同じ【麻痺】にかけられたかのように、あるいは手足の腱がきれてしまったかのように。ぐったりと力無い。私たちが牢屋に入ってきた時から、ほとんど反応らしき反応をしていなかった。
しかし……それもそのはずだろう。彼の後頭部がベッコリと―――凹んでいたから。
彼は、あの
(……間に合わなかった)
高ぶっていた気分が、いっきに冷え込んだ。無残な現実に引き戻される。
忸怩たる想いに奥歯を噛み締め、しかしグッと、飲み込んだ。落ち着け落ち着け、今はまだ堪えろ……。今できること/できないことをちゃんと見極めろ。この怒りはそれまでとっておけばいい。
一つ大きく深呼吸すると、無理やり落ち着かせた。
冷静を装えると、ヘタリこんでる彼の横にしゃがみ、肩を貸し立ちあがらせる。……生きてるならまだ、希望はある。治療することはできるはずだ。
牢屋を出ると、さきに助けていた隊長の一人。猿兵装備はサイズが合わなかったのか仲間に譲ったのか、上半身裸のままでの徒手空拳、虎のような大柄の男性が報告してきた。……気にしてはいけない気にしてはいけない。
「―――副団長。追ってきた奴らの第一波は、蹴散らしてやりました」
「ありがとう」
「またすぐに群がってくるでしょうが、問題ないでしょう。脱出路は、【ロト】が見つけてくれていました」
なんと―――。それは助かる。
「……少しばかり不快かもしれませんが、正面突破よりかは確実かと」
「今はみんなで生き残ることが重要よ。安全な方法があるならソレが一番」
よく見つけてくれたわね……。行き当たりばったりでここまで突貫してきたのに、この僥倖、なかなかについてる。いや、「さすが」と言ったほうがいいだろう、彼らも血盟騎士団のメンバーだった。
私のねぎらいに、後ろで控えていた影の薄そうな少年が、恥ずかしそうに頷いた。
「副団長。そいつは…… ッ!?」
「大丈夫。まだ生きてるわ」
驚く隊長から何か言われる前に、先んじた。……あるいは、自分を鼓舞するために。
「それじゃさっそく、ロトの脱出路を使わせてもらうけど……すぐに皆が通れるものなの?」
「え、あ……はいッ!
俺一人だったら、あと数時間は負荷かける必要がありましたが、皆でやればすぐ開通できる……はずです」
「そう。それじゃ、すぐに開通の方に取り掛かって。
後は――― 蜻蛉さんッ!?」
【煙玉】によって充満した濃煙の中から、解放した仲間の一人の肩を借りながら、蜻蛉が傷だらけの体で運ばれていたのが見えた。
思わず近づき、HPバー/無事を確かめると……ホッと、安堵を漏らした。
「……無茶してくれてありがとうございます」
「何のなんの! まだまだ行けるでござるよ」
「そうですね。ですが……少しだけ、休んでください」
後は、ここから脱出するだけですから……。自分のことも大切に。それにここにはもう、仲間がいる。
まだ全員を助けてはいないが、ここが潮時だろう。これ以上無理を重ねれば、誰かが死ぬことになる。……勢いと幸運に頼っていいのは、ここまでだ。
「仲間が脱出路を見つけてくてました。そこを通って、帰還しましょう」
「……わかり申した。閃光殿の判断に従います。
ところで、その者とは何処かで―――…… ッ!?」
「え?」
何を―――。目を剥く蜻蛉の顔に、何事かと驚き振り向くも……気づくのが遅れた。
肩を貸していた/施術を受けてしまった少年、まともに動くことも喋ることすらできないと……思い込んでいた。全くの盲点。
(ッ!? しまった―――)
全ては一瞬、完全に虚を突かれた。
だらりと力なくぶら下げていたはずのその手が、蛇のように俊敏に動いた。私の片手を背中にねじり上げながら拘束/膝抜き、腰に装備していたレイピアも同時に抜き取られ、首筋に当てられる。
そして―――
『―――全員、その場から動くな! この体には爆弾を仕込んでるぞ』
少年の恫喝が響き渡った。
ノイズのようなものが混じった奇妙の声音。つい先刻遭遇したレッドと同じような、かすかな違和感を感じさせる声だった。
誰も彼をも吹っ飛ばせる爆弾。もちろん、一番ダメージを受けるのは―――
「……そんなハッタリ。誰が信じると思ってんだ?」
『スイッチは、この体が機能停止するか、奥歯に仕込んだボタンを押すかだ』
隊長の疑念/時間稼ぎを無視しながら、私には伝わるだろう脅しを続けてきた。
その確信に満ちた表情から、直感できた。彼がレッドの一員であると。そして、どういった方法かは分からないが、仲間から私が脱走したことを教えられたのだろう。……自爆して果てたレッドから。
私を助け出そうと、機会を伺っている部下たち。ジリジリと間合いを詰め、一気に畳み掛けようとの画策。自爆などハッタリにすぎない、自分たちから逃げるためのブラフにすぎない。濃煙が晴れれば猿兵たちも躊躇いなく侵入してくる窮地。即座に決断しなければならない、攻略組として正しい行動を。……だけど、今回だけは間違いだ。
部下たちを止めるため、わかりやすく手で制止した。ついでに、「大丈夫よ、心配しないで」と、微笑んで。……止められて戸惑わされて/堪えてくれた部下たちを見て、胸の内でホッと一息。
部下たちを鎮めると、かわって睨みつけた。
「―――あなたが裏切り者、だったのね」
『裏切り? ……とんでもない言いがかりだな。
俺は正直になっただけさ。皆が心の奥底で抱えている恐怖に、逃げずに、向かい合った結果さ』
「その結果が、その
『
他にもいたのか……。良い情報ありがとう。
『俺は、そこいらで睨みつけるしかできんアホどもと違って、あんたのミテクレなんかに騙されはしないね。ココじゃそんなもの、そこら中にあるからな!』
「……確かにね。ココには私以上の美人なんて、そこら中にいるわね。
でもね、アナタごときが手に入れられるような美人なんて、どこにもいやしないわよ」
『ハッハ! 吠えるね吠えるね、負け犬はよく吠えるッ!
ところで、この時間稼ぎに何の意味があるんだい?』
「時間稼ぎ……?
―――はぁ……。やっぱり脳無しだったのね。
啖呵を切るやいなや思い切り、頭をぶん回した。
私の腰までの長髪が、半月を描きながら宙を裂いていく。
しかし……刃ではなく髪、ほぼ何の攻撃力もない。予期せぬ攻撃になっただろうが、嫌がらせ以上の効果などない。なので当然、顔全面に受けてしまっても問題ない。……けど、それでいい。
目的はその中/髪の中―――麻痺毒入りの簪にあったのだから。
振り回して弧を描く髪、その中にあった簪が、裏切り者の顔に小さな傷をつけた。
思わぬ/わけのわからない反撃に、裏切り者は驚きと怒りに縛られた。
しかしすぐに戻ると、そんな抵抗をしてきた私に相応の報いをくれてやろうと、睨みつけながら、何かしらサディスティックなこと/首筋あてがっていたレイピアを動かそうとか、やろうとする―――寸前、止まった。動かない……。
毒が回ったのだ。
『―――なにッ? コイツは……麻痺毒かッ!?』
「そのとおり……よッ ―――」
言うやいやな/振り返るやいなや、【麻痺】で動けなくなった裏切り者の口に、手刀を突っ込んだ。そして、上顎ごとムンズと掴む。……これでボタンは噛めない。
裏切り者も、噛みしめようとしたが「ふガッ!? ホがァッ!」……ギリギリセーフ。私の手に阻まれて自爆できない。
絶体絶命のピンチは、起死回生のチャンスになった。
「みんな! 物陰に伏せて……ねッ! ――― 」
『ッ!? ――― 』
裏切り者の上顎を掴んだまま、ダイナミックな投球モーション……からの―――ブン投げた。
裏切り者の体が、宙に弧を描いて飛ぶ。投げ飛ばされていく―――。薄れてきた濃煙の中/その奥に集合してるだろう猿兵の群れの中へと、裏切り者が着弾した。
そして―――カチンッ……。
一瞬、そんな音が鳴り響いた気がした。
その寸前にはもう、皆は緊急避難してくれていた。
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