偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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アスナさんは、乙女よりも漢女


66階層/樹楽宮 絶たれた者達

 

 

 ステータスウインドウ展開。スクロールして、目的の項目をタップ。確認用のウインドウが出るも、すぐにタップした。

 承認と準備に数秒……。読み込み合図のような、クルクルとまわる記号を見つめる。

 

 すると―――目の前に光柱が、現れた。

 突如現れた光柱。輝きは徐々に、格子状の光線へと終息し、それすらも……消えていった。

 後に残ったのは、柱の中に収められていたモノ/者。鎧武装した一匹の猿人だった。……使い魔にした【トビ】だ

 

「―――執務室まで案内しろ」

 

 それを確認すると、トビの驚きも戸惑いも無視して、命じた。 

 

「……先まで、地下牢にいたのに……どうして?―――」

「お前がオレの【使い魔】だからだ」

 

 【使い魔】もアイテムと同じ。離れたら呼び出せる、所有権が消えない限り。……オレがあの地下牢から脱出できたので、必然トビも脱出できたカラクリ。

 

「総督の元まで行く。案内しろ」

「…………どうするつもりだ?」

「殺す」

 

 端的にはっきりと、答えた。……おそらくそうなるだろう。

 その答えにトビは、何かを言おうと/何も返せず飲み込んだ。そして、俯きながら搾り出すように、

 

「―――俺には……できない」

「なら、弟と部下たちは死ぬ事になる」

 

 今はオレのコントロール下には無いので、すぐでも確実でもないだろう。預かってもらったケンイチに決断してもらう必要がある。

 しかし、そんなことはトビにはわからない。教えるつもりも悟らせるつもりもない。

 

「それに、お前抜きでも問題ない。手間がほんの少し増えるだけだ」

 

 【索敵】を使って探りながら進めば、たどり着ける。攻略組も攻め入っているようなので、うまい具合に混乱している敵情。戸惑っている敵兵でも捉えれば、確かな情報が得られるだろう。……トビを使役しなければならない理由はない。

 

「加えて言うなら、お前を一度殺し【心アイテム】に変える。ソレをもって後で復活させれば、忠実な人形になってくれるぞ」

 

 たたみかけたトビの現状に、苦しそうに瞑目した。

 一度死んだら、自分の姿をした自分が、敵のオレに忠実に従う下僕になる。おそらく、どんな命令でも有無もいわずに遂行できる、弟や部下たちをその手で殺されることすらも……。そんな悲惨な未来を、想像してしまっているのだろう。

 

「お前には選択の余地なんか無い。オレに従うしかないんだよ」

 

 そうなるかは定かではない。自意識をもったモンスターなど前例がない。けど/だからこそか、「そうなるかも」と怖れることが重要だ。……怖れは弱みになり、己で己を縛る鎖と変わる。ソレをしかと掴むことで支配できる。

 無機的に告げたであろうオレにトビは、やはり苦い何かを堪え飲み込みながら、負け惜しみを絞り出してきた。

 

「―――やはりお前たちは、悪魔(ガラン)だった」

「そうだな。そしてお前は、その悪魔の下僕だ。……これからずっとな」

 

 行け……。もうお喋りの時間は終わりだ。

 先導させたトビの後ろから、プレイヤーの/オレの進む道を阻む敵を、叩き潰しに行く。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 隠れ場所から打って出た。

 すぐに見つかるも、はじめは奇襲成功。……ワンちゃんが上手くかき乱してくれた。

 背後からの一撃、混乱している最中の襲撃。反撃される前に……終わった。

 ワンちゃん/魔犬は、幾分か傷を負わされているものの、なんとか無事。再会できた。……よかった。

 だけど、再会もつかの間。追っ手に気づかれてしまった。

 

 施設内を暴れまわる。逃げ回りもしながら、追手たちを仕留めていく、自分たちに引き寄せていく。

 蜻蛉さんとの即興のペアパーティー。はじめての共闘だけど、なかなかに上手くいった。

 槍とレイピアの組み合わせだろうか。比較的狭い限定空間な戦場、もちろん気合の入り様もだろう。互いに互いのスキを補填し合いながら強化する、追っ手のリズムには狂わされない、自分と状況をコントロールできてる心地よさに高揚する。……ワンちゃんの遊撃/立体機動による噛み付き突撃も、上手く絡み合ってくれてる。

 でも……それでも、生き延びるのが精一杯。

 予期していた敗走。生きるか死ぬかの綱渡りではなく、自滅までのチキンレースだ。……もう体力も、武装すらも、残り僅かだった。

 

 だけど、神様というのは、見ていないようで見ているらしい。

 追い込まれてたどり着いた一角。私が囚われていた場所に似ていた場所。もしやと思い、飛び込んでみれば―――当たりだった。

 仲間と出会えた。牢屋に囚われていた【血盟騎士団】のメンバーたちとの再会。……ただし、全員とじゃなかったけど。

 待ち構えていた/慌てて武器を構えた看守猿兵を一蹴、脱獄にとりかかった。

 

「―――蜻蛉さん、出入り口をお願いします!」

「心得た―――」

 

 返事と同時に、腰元のポシェト/簡易アイテムボックスからアイテムを取り出した。―――【煙玉】。

 出入り口につながる狭い通路。襲いかかってくる猿兵たちに投げつけると―――爆発、一瞬で通路中が煙に包まれた。

 戸惑いむせる猿兵たち。その混乱と煙の中、蜻蛉さんは一人突撃していった。……囚われた仲間達を開放するための時間稼ぎだ。

 

 私も急がないと―――。牢屋を破壊し、仲間を開放していった。

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうございます、副団長!」

「よくぞご無事で―――」

 

 私たちが、特に私だろうか、ココまで助けに来たことに驚愕。そして……感涙ッ!? 涙流しながら感謝されてしまった。

 辛かったのは、私なんかよりも彼らの方だったのに……。おもわず遠慮/逆に謝ろうとしたけど、飲み込んだ。今はもう、一人の無謀な攻略組じゃない/彼らの副団長だ。しっかり威厳を保たないといけない。

 開放した仲間たちに、道すがら奪ってきた猿兵たちの武装を渡した。彼らもやはり、指輪と武装を取り上げられてしまっていた。おまけに―――…… 

 

「あ……。///

 す、すいませんッ!? ―――」

 

 何も見てない何も見てない何も見てない、ワタシはナニモミテナイ―――。全力で顔を背けた。できるだけ見ないように頑張った。

 「こ、コレで前だけでも隠して!」と、武装服装一式を投げ渡した。……自分が置かれてた状況から予期すべきことだったけど、現実は衝撃的だった。威厳のことなんて考えられない。

 

「……着替えたら、出入り口で戦ってる忍者の援護に回って」

「はいッ!」

「私は他の皆を解放していく。

 すぐにこんな場所から脱出するわよ!」

「了解ッ! ―――」

 

 気合の入った短い返事。虜囚状態で磨り減っているはず、無茶な命令だけど文句など言わず。私が命じなくてもそうしていた勢いだ。

 牢屋を周りながら囚人を解放。解放した部下には蜻蛉さんの援護をしてもらいながら、どんどん戦力をふやしていった―――。

 

 そうして、最後の一室。

 牢屋の錠前をバキンッ……壊し、壁に手錠と足かせで繋がれた仲間の少年を解放した。

 解放された少年は、外されると同時にペタリ……と、床にしりもちをついた。まるで全身に力が入らなくなっているよう、他の仲間と同じ【麻痺】にかけられたかのように、あるいは手足の腱がきれてしまったかのように。ぐったりと力無い。私たちが牢屋に入ってきた時から、ほとんど反応らしき反応をしていなかった。

 しかし……それもそのはずだろう。彼の後頭部がベッコリと―――凹んでいたから。

 彼は、あの()()()()()()()を受けてしまった、らしかった。

 

(……間に合わなかった)

 

 高ぶっていた気分が、いっきに冷え込んだ。無残な現実に引き戻される。

 忸怩たる想いに奥歯を噛み締め、しかしグッと、飲み込んだ。落ち着け落ち着け、今はまだ堪えろ……。今できること/できないことをちゃんと見極めろ。この怒りはそれまでとっておけばいい。

 一つ大きく深呼吸すると、無理やり落ち着かせた。

 冷静を装えると、ヘタリこんでる彼の横にしゃがみ、肩を貸し立ちあがらせる。……生きてるならまだ、希望はある。治療することはできるはずだ。

 

 牢屋を出ると、さきに助けていた隊長の一人。猿兵装備はサイズが合わなかったのか仲間に譲ったのか、上半身裸のままでの徒手空拳、虎のような大柄の男性が報告してきた。……気にしてはいけない気にしてはいけない。

 

「―――副団長。追ってきた奴らの第一波は、蹴散らしてやりました」

「ありがとう」

「またすぐに群がってくるでしょうが、問題ないでしょう。脱出路は、【ロト】が見つけてくれていました」

 

 なんと―――。それは助かる。

 

「……少しばかり不快かもしれませんが、正面突破よりかは確実かと」

「今はみんなで生き残ることが重要よ。安全な方法があるならソレが一番」

 

 よく見つけてくれたわね……。行き当たりばったりでここまで突貫してきたのに、この僥倖、なかなかについてる。いや、「さすが」と言ったほうがいいだろう、彼らも血盟騎士団のメンバーだった。

 私のねぎらいに、後ろで控えていた影の薄そうな少年が、恥ずかしそうに頷いた。

 

「副団長。そいつは…… ッ!?」

「大丈夫。まだ生きてるわ」

 

 驚く隊長から何か言われる前に、先んじた。……あるいは、自分を鼓舞するために。

 

「それじゃさっそく、ロトの脱出路を使わせてもらうけど……すぐに皆が通れるものなの?」

「え、あ……はいッ!

 俺一人だったら、あと数時間は負荷かける必要がありましたが、皆でやればすぐ開通できる……はずです」

「そう。それじゃ、すぐに開通の方に取り掛かって。

 後は――― 蜻蛉さんッ!?」

 

 【煙玉】によって充満した濃煙の中から、解放した仲間の一人の肩を借りながら、蜻蛉が傷だらけの体で運ばれていたのが見えた。

 思わず近づき、HPバー/無事を確かめると……ホッと、安堵を漏らした。

 

「……無茶してくれてありがとうございます」

「何のなんの! まだまだ行けるでござるよ」

「そうですね。ですが……少しだけ、休んでください」

 

 後は、ここから脱出するだけですから……。自分のことも大切に。それにここにはもう、仲間がいる。

 まだ全員を助けてはいないが、ここが潮時だろう。これ以上無理を重ねれば、誰かが死ぬことになる。……勢いと幸運に頼っていいのは、ここまでだ。

 

「仲間が脱出路を見つけてくてました。そこを通って、帰還しましょう」

「……わかり申した。閃光殿の判断に従います。

 ところで、その者とは何処かで―――…… ッ!?」

「え?」

 

 何を―――。目を剥く蜻蛉の顔に、何事かと驚き振り向くも……気づくのが遅れた。

 肩を貸していた/施術を受けてしまった少年、まともに動くことも喋ることすらできないと……思い込んでいた。全くの盲点。

 

(ッ!? しまった―――)

 

 全ては一瞬、完全に虚を突かれた。

 だらりと力なくぶら下げていたはずのその手が、蛇のように俊敏に動いた。私の片手を背中にねじり上げながら拘束/膝抜き、腰に装備していたレイピアも同時に抜き取られ、首筋に当てられる。

 そして―――

 

 

 

『―――全員、その場から動くな! この体には爆弾を仕込んでるぞ』

 

 

 

 少年の恫喝が響き渡った。

 ノイズのようなものが混じった奇妙の声音。つい先刻遭遇したレッドと同じような、かすかな違和感を感じさせる声だった。

 

 誰も彼をも吹っ飛ばせる爆弾。もちろん、一番ダメージを受けるのは―――

 

「……そんなハッタリ。誰が信じると思ってんだ?」

『スイッチは、この体が機能停止するか、奥歯に仕込んだボタンを押すかだ』

 

 隊長の疑念/時間稼ぎを無視しながら、私には伝わるだろう脅しを続けてきた。

 その確信に満ちた表情から、直感できた。彼がレッドの一員であると。そして、どういった方法かは分からないが、仲間から私が脱走したことを教えられたのだろう。……自爆して果てたレッドから。

 

 私を助け出そうと、機会を伺っている部下たち。ジリジリと間合いを詰め、一気に畳み掛けようとの画策。自爆などハッタリにすぎない、自分たちから逃げるためのブラフにすぎない。濃煙が晴れれば猿兵たちも躊躇いなく侵入してくる窮地。即座に決断しなければならない、攻略組として正しい行動を。……だけど、今回だけは間違いだ。

 部下たちを止めるため、わかりやすく手で制止した。ついでに、「大丈夫よ、心配しないで」と、微笑んで。……止められて戸惑わされて/堪えてくれた部下たちを見て、胸の内でホッと一息。

 部下たちを鎮めると、かわって睨みつけた。

 

「―――あなたが裏切り者、だったのね」

『裏切り? ……とんでもない言いがかりだな。 

 俺は正直になっただけさ。皆が心の奥底で抱えている恐怖に、逃げずに、向かい合った結果さ』

「その結果が、その()()()の姿? ……似合いすぎて笑えるわね」

()()()はアンタだよ、副団長殿。俺みたいな裏切り者()を見抜けずにさ、こんな結果に皆を導いちまったんだからな!』

 

 他にもいたのか……。良い情報ありがとう。

 

『俺は、そこいらで睨みつけるしかできんアホどもと違って、あんたのミテクレなんかに騙されはしないね。ココじゃそんなもの、そこら中にあるからな!』

「……確かにね。ココには私以上の美人なんて、そこら中にいるわね。

 でもね、アナタごときが手に入れられるような美人なんて、どこにもいやしないわよ」

『ハッハ! 吠えるね吠えるね、負け犬はよく吠えるッ!

 ところで、この時間稼ぎに何の意味があるんだい?』

「時間稼ぎ……? 

 ―――はぁ……。やっぱり脳無しだったのね。()()()()()をあげたのに、無駄にするなん……てッ ――― 」

 

 啖呵を切るやいなや思い切り、頭をぶん回した。

 私の腰までの長髪が、半月を描きながら宙を裂いていく。

 しかし……刃ではなく髪、ほぼ何の攻撃力もない。予期せぬ攻撃になっただろうが、嫌がらせ以上の効果などない。なので当然、顔全面に受けてしまっても問題ない。……けど、それでいい。

 目的はその中/髪の中―――麻痺毒入りの簪にあったのだから。

 振り回して弧を描く髪、その中にあった簪が、裏切り者の顔に小さな傷をつけた。

 

 思わぬ/わけのわからない反撃に、裏切り者は驚きと怒りに縛られた。

 しかしすぐに戻ると、そんな抵抗をしてきた私に相応の報いをくれてやろうと、睨みつけながら、何かしらサディスティックなこと/首筋あてがっていたレイピアを動かそうとか、やろうとする―――寸前、止まった。動かない……。

 毒が回ったのだ。

 

『―――なにッ? コイツは……麻痺毒かッ!?』

「そのとおり……よッ ―――」

 

 言うやいやな/振り返るやいなや、【麻痺】で動けなくなった裏切り者の口に、手刀を突っ込んだ。そして、上顎ごとムンズと掴む。……これでボタンは噛めない。

 裏切り者も、噛みしめようとしたが「ふガッ!? ホがァッ!」……ギリギリセーフ。私の手に阻まれて自爆できない。

 

 

 

 絶体絶命のピンチは、起死回生のチャンスになった。

 

 

 

「みんな! 物陰に伏せて……ねッ! ――― 」

『ッ!? ――― 』

 

 裏切り者の上顎を掴んだまま、ダイナミックな投球モーション……からの―――ブン投げた。

 裏切り者の体が、宙に弧を描いて飛ぶ。投げ飛ばされていく―――。薄れてきた濃煙の中/その奥に集合してるだろう猿兵の群れの中へと、裏切り者が着弾した。

 そして―――カチンッ……。

 

 一瞬、そんな音が鳴り響いた気がした。

 その寸前にはもう、皆は緊急避難してくれていた。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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