偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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あけおめです。


66階層/樹楽宮 善悪の彼岸

 

 

 状況を確認、オレの目的は何で、今何が必要か? ……思考を巡らす、計算する―――

 

 答えは―――愛剣を握ろうと、肩まであげよとした手を下ろした。……戦意を閉ざした。

 そして逆に、胸元にある鞘の留め金をパチリ、外して―――投げた。

 フィリアの足元近くに、愛剣を投げ転がしていく……。

 

 さらに、戸惑いを見せる彼女の前、手のひらを前に両手を挙げた。これみよがしの降参ポーズを、見せつけた。

 そして―――

 

「―――なぁ、オレと手を組まないか?」

 

 説得することにした。

 

 今のオレではもう、彼女の鉄壁は越えられない……残念ながら。

 怪物が生まれるわずかだろう猶予を、そんな分の悪い強引な手で消費するのは、ナンセンスだ。……別の手で攻めるしかない。

 自分でもかなり強引な切り替え、突拍子も無さ過ぎる。なので当然、フィリアの重い口が開かれた。

 

「…………どういうつもり?」

 

 第一段回突破……。説得の糸口はつながった。

 だけどまだ、細い細い糸。わずかでも間違えば、すぐにでも切れてしまうだろう。内心にほくそ笑みと冷や汗を隠しながら、平静極まる強気を被って続けた。

 

「言葉通りだ。

 ジョニーと手を切って、オレと手を組む」

 

 簡潔にそう告げると、当然、訝しがられた。

 いや、理屈は通っているはず。まだ筋道が通っていないだけだ。

 

「オレにとって重要なのは、奴を始末することだけだ。あんたとアンタの弟さんがどうなるかは、二の次だ」

 

 先までの敵対の言い訳。言葉にすると、自分でもそうじゃないかと自信が湧いてくる。

 それが好循環を生んだのだろう、強気の泊をつけてくれたのかもしれない。フィリアの戸惑いがより強まったのを感じ取った。

 

「……単純な計算だよ。ここでアンタと戦えば、もし制限時間内に勝てたとしても、ジョニーに返り討ちにされる可能性が、非常に高くなる、残念ながらな。

 だから手を組む。だから、あんたの願いにも付き合う」

 

 一緒に怪物を倒してやる……。ついでに、これまでしでかしたこと全てを黙っていてやる。

 おそらく、彼女が思い描き続けただろう理想の展開だろう。真相は闇の中/オレ達の胸の中のみ、贖罪はひっそりと人知れずに果たし続ける。オレに彼を殺されたことで動転してしまったが、まだ掴み取れる瀬戸際だ、全てを丸くおさめられる。……困難きわまりないだろうが、可能性は残っている。

 

「アンタも、食わせるだけじゃダメなのは知っているだろ? 一度怪物になったそいつを倒さないと、弟さんが再生される可能性は絶望的だ」

 

 最後のダメ押し、オレの切り札。あえての強い言葉で背中を押した。

 ここでの敵対は、無意味以上に有害でもある。どちらにしても彼女一人では、彼女の目的は果たし得ない……。まだ計算できる、頭までオシャカになっていないことを信じて。

 結果は―――

 

「―――アナタが約束を守る保証は?」

 

 成功だ……。何とか繋ぎ直せた。

 ほっと一息、胸の内で安堵をこぼすと……ニヤリ、不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「あんたがそいつを尋ねてくれたことだよ。

 オレとアンタの目的は、重なっている。協力し合える。……本当にはまだ、自暴自棄になっていない証拠だ」

 

 その言葉が、決定打になった。

 フィリアは目に見えて戸惑い、目が泳いだ。定め続けていた視線まで、わずかばかりだが外れた。意識が逸れる……。

 殺意が迷った。致命的な隙―――

 

(―――ここだッ!)

 

 瞬間、切り返した。

 静から動。予備動作なしに踏み込むと、その勢いのまま一気に懐へ、腰だめに構えていた拳をそのガラ空きのみぞおちへ―――叩き込む。

 

「ッ!? ―――」

 

 瞠目。しかし反射的に、迎撃しようとソードブレイカーを引き抜こうとした。……さすがの反射速度だ。

 しかし……遅すぎだ。近づけすぎた。

 鞘走る寸前。オレの拳は、短剣の払い除けを受けることなくフィリアのみぞおちへと、抉りこまれていった。さらに捻り込みも。全身の暴力をその拳の一点へと収束させる、体表ではなく内蔵への攻撃―――

 

「―――ガはっ!?」

 

 驚愕/吐血/悶絶……。口から苦悶/血潮を噴出しながら背後へと、吹き飛ばされていった。

 そして壁へと―――ドゴンッ、叩きつけられた。

 

 直撃かつ受身を取れずの叩きつけ。

 脳天まで揺さぶられたのだろう。意識は朦朧としながらズリリ……壁からズリ降りていくのみ。

 しかし、武器は手放さず。殺意も途切れず。……攻略組の基本は忘れていない。

 なのですぐさま行動。まだ定まっていないだろう朦朧さの中、反撃の鞭撃を振るおうとしてきた―――

 

 だが、ソレは読んでいた。

 さらにもう一歩、飛ぶ様に目前まで跳び込んでいくと、壁にもたれてしまっている彼女の顔へ蹴りを―――叩き込んだ。

 容赦なく割砕く勢いで、足と壁で彼女の頭を圧壊。

 ふたたびドゴン―――と、壁に頭をめり込ませた。幾筋のヒビが壁に広がった……。

 迫る勢いと全体重を集約させた飛び蹴り―――。

 女性に対して以上に、他人に対して使ってはならない危険な攻撃だが、ココでは/攻略組相手ならば仕方がない。毒以外ではこうでもしなければ、戦闘不能にさせられない。

 

 なので、今度こそポロリ……その手から武器がこぼれた。そしてパタリと、腕も力なく床に垂れ落ちた。……彼女の意識は途絶えた。

 突き出した足を外すと、そのまま顔から床にベタン……倒れていった。すぐにHPバーも確認すると、そこには確かに【気絶】のデバフが表示されていた。

 

 

 

「……悪いなフィリア。しばらくそこで寝てろ」

 

 言い訳か謝罪か、冷たくそうつぶやくと、投げ差し出した愛剣を拾い装着し直した。

 ベルトを締め直すと、足元に転がっていた彼女の武器/鞭を拾い上げた。まとめるとそのまま、腰のポーチに押し込んだ。

 もう一つ、ソードブレイカーの方も回収しようとしたが……やめた。鞭さえ取り上げれば問題なし、最低限の自衛手段は必要だろう。

 

 後始末を終えると、彼女が守っていた/ジョニーが去っていた扉まで向かい、手すりに手をかけた。

 そのまま開こうとした時……ビリリと、首筋が泡立った。それが指先まで走り渡り、止めてきた。

 最悪な危険に踏み込もうとする寸前、警告してくれる直感。

 理屈も何に遭遇するかもわからないが、いつもこの警告には助けられてきた。信じ続けることで、こうやって確かな感触を示してくれるまでになった。……だから今度も、信じる。

 【索敵】をもって精査、扉の向こうにひそむ何かを探る―――

 すると……やはりだった。

 扉の向こうには、罠が仕掛けれていた。開けると同時に襲いかかる【麻痺毒】付きの投げナイフ……。 【隠蔽】で気配を殺しながらナイフを構えているジョニー・ブラックが、そこにいた。

 

 危うく、騙されるところだった……。おそらくは、殺されるところでもあった。

 フィリアのことを信頼し任せたようにみせかけて、自分で仕留める。彼女を倒して油断したところをかっさらっていく。先のやりとりはブラフだった。

 奴の演技に舌を巻かされると同時に、安堵もした。―――これでオレが、総取りだ。

 腰を落とし脱力し、気息を整えた―――

 深く深く息を吐き、吸う。まるで血脈が走り巡ったかのように、普段を意識してない内蔵部や手足先にまで意識が通うと……煌めいた。全身を輝きが覆う、力が流れ込んでくる。

 ソレを捉えると、一気に跳びだした。いや引き寄せられるかのように、開けようとした扉へ、渾身の掌底を叩き込んだ―――

 

 体術・単発重拳撃【雷帝震掌】___。

 全身の力を集約した掌底が扉に触れると一瞬、すべてが静止した。それまでの津波のごとき暴威が全て、接触したその一点に圧縮。溜められ固められ捩じ込まれていき……臨界を越えた。

 そして―――決壊した。

 

 ガガーン―――と、雷のような爆音とともに扉が吹っ飛んでいった。

 蝶番ごとえぐり取られ真っ直ぐと、ジョニーが待ち構えているだろう場所へと、叩き飛ばされる。巻き込んでいく―――

 

 

 

 パラパラとホコリ舞い落ちる、開け放たれた扉、その先に広がる通路。掌底を突き出しながらの残心をとりながら、その有様へ鋭く視線を定め続けた。

 そこには……狙い通りだ。吹き飛ばされた扉に巻き込まれたジョニーの姿があった。

 突然のソレに反応しきれず、避けることも払いのけることもできず受けてしまい、床に転倒させられ呻いている姿。……ソードスキルの硬直時間、ニヤリと間抜けな有様を嘲笑ってやった。

 

 硬直が解けるとすぐに、奴の下まで跳びだした。同時に、愛剣に手を伸ばし抜き放ちながら、のしかかっている扉の残骸ごとガンッ―――と、踏み抑えた。

 そして、振りかぶった鋒を―――グサリ、おもいきり突き立てた。扉ごと、奴の顔面へと。

 

 愛剣から伝わって来る柔らかな肉の感触。それとともに、くぐもらされた悲鳴がきこえてきた。……それはまるで、杭打たれる吸血鬼の断末魔に似ていた。

 突き立てながら奴のHPバーを確認すると、どんどんと色味が変化。数値も減り続け……やがて0に至った。同時に、抜け出そうと暴れもがく抵抗も弱くなりパタリと……収まった。

 直後に、ソレの【死亡】が視界に表示された。同時に、殺人の/カルマ値が上昇した警告も叩きつけられた。オレのプレイヤーカーソルが緑から、オレンジに染まった警告が……。これでオレも、立派な犯罪者だ。

 しかし、そんなこと気にしてられない。気にする必要も、今はないだろう。

 

 

 

 剣を抜き出すと、辺りを見渡した。目的のモノを見つけると、そばまで行き拾い上げた。……フィリアの弟だった脳無し生首を。

 もう一つ/胴体部の傍まで行くと、メニューを展開しストレージから運搬用のアイテム/《寝袋》を取り出した。……簡易版『死体袋』だ。

 その中に頭部と胴体部を投げ入れ、口を縛り上げた。余った紐を伸ばし尻尾に結んで大きな輪を作ると、よいしょ……肩に担いだ。

 ストレージに入れられたり手のひらサイズまで圧縮できたら便利だが、プレイヤーが関わっているためかそんな便利アイテムは存在しない、少なくともオレの知る限りは。ただ、袋にいれれば持ち運びはぐんと楽になり、耐久値の心配もしなくてよくなる。

 ずしりと肩に重みがかかった、約一人分の重量。

 現実世界なら特殊部隊員でもたいへんだろうが、ココではそうでもない。背負っている愛剣がすでに、半人分の重量はある、他の装備と合わせれば一人分になるぐらいだろう。それでピョンピョンと、軽快に超人的に動き回れる。なので、さすがに戦闘は難しくなるが、背負って走るぐらいならわけはない。戦いになったら、脇に投げ捨てればいいだけだ。

 

 しっかりと背負い込み、そのまま立ち去ろうとした時……ガサゴソと、背後で気配が動いた。

 驚くも慌てることなく。【索敵】の必要もない、すでに誰かはわかっていた。

 振り返ることなく/気づかないフリをしながらそのまま、立ち去ろうとすると―――ダンッ、襲いかかってきた。

 無言の/ガムシャラな殺意……。オレの背後の間合いに踏み込まれる寸前、ぐるり―――振り返った、死体袋を振り回しながら。短剣を腰だめに突貫してきたフィリアが、ソレにためらい踏み止められていたのが視界に写った。

 同時に、抜き放っていた愛剣。死体袋との【二刀流】の要領。横薙ぎしたソレを、ためらい/急静止させられたフィリアの腕へと、走り抜かせた―――

 スパンっ――― 。

 完全に振り返るとそこには、驚愕に目を剥いたフィリアの姿。短剣ごと手首を切り落とされながら、背後に転がされている姿が目に映っていた。

 

 

 

 遅れて痛みに呻く彼女を見下ろしながら、計算。反撃の可能性、罠の可能性、仲間を呼ばれる可能性……。

 それもすぐに終えるとくるり、背を向けた。そしてそのまま、離れていく……。今の彼女はもう、何の脅威でも無い。

 

「―――どうして、なの……?」

 

 その背に、弱々しい声が追いすがってきた。

 立ち止まって聞いてやろうか/一言いってやろうかと、一瞬迷ったが……やめた。そこまでしてやる義理も価値も暇すらも、無い。

 そのままスタスタと、離れ続けていった。

 

「私とアナタ、どこが違うって言うのよッ! ―――」

 

 叩きつけられてくる哀哭。身勝手な非難だったが、オレの冷え切った胸にも突き刺さってくるものだった。

 けど……無視した。背中のこの死体が全てを物語っている。

 

 何の痛痒も感じていないかのように、彼女の視界から離れ離れていき……差し掛かった曲がり角にて、消えた。

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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