̄
状況を確認、オレの目的は何で、今何が必要か? ……思考を巡らす、計算する―――
答えは―――愛剣を握ろうと、肩まであげよとした手を下ろした。……戦意を閉ざした。
そして逆に、胸元にある鞘の留め金をパチリ、外して―――投げた。
フィリアの足元近くに、愛剣を投げ転がしていく……。
さらに、戸惑いを見せる彼女の前、手のひらを前に両手を挙げた。これみよがしの降参ポーズを、見せつけた。
そして―――
「―――なぁ、オレと手を組まないか?」
説得することにした。
今のオレではもう、彼女の鉄壁は越えられない……残念ながら。
怪物が生まれるわずかだろう猶予を、そんな分の悪い強引な手で消費するのは、ナンセンスだ。……別の手で攻めるしかない。
自分でもかなり強引な切り替え、突拍子も無さ過ぎる。なので当然、フィリアの重い口が開かれた。
「…………どういうつもり?」
第一段回突破……。説得の糸口はつながった。
だけどまだ、細い細い糸。わずかでも間違えば、すぐにでも切れてしまうだろう。内心にほくそ笑みと冷や汗を隠しながら、平静極まる強気を被って続けた。
「言葉通りだ。
ジョニーと手を切って、オレと手を組む」
簡潔にそう告げると、当然、訝しがられた。
いや、理屈は通っているはず。まだ筋道が通っていないだけだ。
「オレにとって重要なのは、奴を始末することだけだ。あんたとアンタの弟さんがどうなるかは、二の次だ」
先までの敵対の言い訳。言葉にすると、自分でもそうじゃないかと自信が湧いてくる。
それが好循環を生んだのだろう、強気の泊をつけてくれたのかもしれない。フィリアの戸惑いがより強まったのを感じ取った。
「……単純な計算だよ。ここでアンタと戦えば、もし制限時間内に勝てたとしても、ジョニーに返り討ちにされる可能性が、非常に高くなる、残念ながらな。
だから手を組む。だから、あんたの願いにも付き合う」
一緒に怪物を倒してやる……。ついでに、これまでしでかしたこと全てを黙っていてやる。
おそらく、彼女が思い描き続けただろう理想の展開だろう。真相は闇の中/オレ達の胸の中のみ、贖罪はひっそりと人知れずに果たし続ける。オレに彼を殺されたことで動転してしまったが、まだ掴み取れる瀬戸際だ、全てを丸くおさめられる。……困難きわまりないだろうが、可能性は残っている。
「アンタも、食わせるだけじゃダメなのは知っているだろ? 一度怪物になったそいつを倒さないと、弟さんが再生される可能性は絶望的だ」
最後のダメ押し、オレの切り札。あえての強い言葉で背中を押した。
ここでの敵対は、無意味以上に有害でもある。どちらにしても彼女一人では、彼女の目的は果たし得ない……。まだ計算できる、頭までオシャカになっていないことを信じて。
結果は―――
「―――アナタが約束を守る保証は?」
成功だ……。何とか繋ぎ直せた。
ほっと一息、胸の内で安堵をこぼすと……ニヤリ、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「あんたがそいつを尋ねてくれたことだよ。
オレとアンタの目的は、重なっている。協力し合える。……本当にはまだ、自暴自棄になっていない証拠だ」
その言葉が、決定打になった。
フィリアは目に見えて戸惑い、目が泳いだ。定め続けていた視線まで、わずかばかりだが外れた。意識が逸れる……。
殺意が迷った。致命的な隙―――
(―――ここだッ!)
瞬間、切り返した。
静から動。予備動作なしに踏み込むと、その勢いのまま一気に懐へ、腰だめに構えていた拳をそのガラ空きのみぞおちへ―――叩き込む。
「ッ!? ―――」
瞠目。しかし反射的に、迎撃しようとソードブレイカーを引き抜こうとした。……さすがの反射速度だ。
しかし……遅すぎだ。近づけすぎた。
鞘走る寸前。オレの拳は、短剣の払い除けを受けることなくフィリアのみぞおちへと、抉りこまれていった。さらに捻り込みも。全身の暴力をその拳の一点へと収束させる、体表ではなく内蔵への攻撃―――
「―――ガはっ!?」
驚愕/吐血/悶絶……。口から苦悶/血潮を噴出しながら背後へと、吹き飛ばされていった。
そして壁へと―――ドゴンッ、叩きつけられた。
直撃かつ受身を取れずの叩きつけ。
脳天まで揺さぶられたのだろう。意識は朦朧としながらズリリ……壁からズリ降りていくのみ。
しかし、武器は手放さず。殺意も途切れず。……攻略組の基本は忘れていない。
なのですぐさま行動。まだ定まっていないだろう朦朧さの中、反撃の鞭撃を振るおうとしてきた―――
だが、ソレは読んでいた。
さらにもう一歩、飛ぶ様に目前まで跳び込んでいくと、壁にもたれてしまっている彼女の顔へ蹴りを―――叩き込んだ。
容赦なく割砕く勢いで、足と壁で彼女の頭を圧壊。
ふたたびドゴン―――と、壁に頭をめり込ませた。幾筋のヒビが壁に広がった……。
迫る勢いと全体重を集約させた飛び蹴り―――。
女性に対して以上に、他人に対して使ってはならない危険な攻撃だが、ココでは/攻略組相手ならば仕方がない。毒以外ではこうでもしなければ、戦闘不能にさせられない。
なので、今度こそポロリ……その手から武器がこぼれた。そしてパタリと、腕も力なく床に垂れ落ちた。……彼女の意識は途絶えた。
突き出した足を外すと、そのまま顔から床にベタン……倒れていった。すぐにHPバーも確認すると、そこには確かに【気絶】のデバフが表示されていた。
「……悪いなフィリア。しばらくそこで寝てろ」
言い訳か謝罪か、冷たくそうつぶやくと、投げ差し出した愛剣を拾い装着し直した。
ベルトを締め直すと、足元に転がっていた彼女の武器/鞭を拾い上げた。まとめるとそのまま、腰のポーチに押し込んだ。
もう一つ、ソードブレイカーの方も回収しようとしたが……やめた。鞭さえ取り上げれば問題なし、最低限の自衛手段は必要だろう。
後始末を終えると、彼女が守っていた/ジョニーが去っていた扉まで向かい、手すりに手をかけた。
そのまま開こうとした時……ビリリと、首筋が泡立った。それが指先まで走り渡り、止めてきた。
最悪な危険に踏み込もうとする寸前、警告してくれる直感。
理屈も何に遭遇するかもわからないが、いつもこの警告には助けられてきた。信じ続けることで、こうやって確かな感触を示してくれるまでになった。……だから今度も、信じる。
【索敵】をもって精査、扉の向こうにひそむ何かを探る―――
すると……やはりだった。
扉の向こうには、罠が仕掛けれていた。開けると同時に襲いかかる【麻痺毒】付きの投げナイフ……。 【隠蔽】で気配を殺しながらナイフを構えているジョニー・ブラックが、そこにいた。
危うく、騙されるところだった……。おそらくは、殺されるところでもあった。
フィリアのことを信頼し任せたようにみせかけて、自分で仕留める。彼女を倒して油断したところをかっさらっていく。先のやりとりはブラフだった。
奴の演技に舌を巻かされると同時に、安堵もした。―――これでオレが、総取りだ。
腰を落とし脱力し、気息を整えた―――
深く深く息を吐き、吸う。まるで血脈が走り巡ったかのように、普段を意識してない内蔵部や手足先にまで意識が通うと……煌めいた。全身を輝きが覆う、力が流れ込んでくる。
ソレを捉えると、一気に跳びだした。いや引き寄せられるかのように、開けようとした扉へ、渾身の掌底を叩き込んだ―――
体術・単発重拳撃【雷帝震掌】___。
全身の力を集約した掌底が扉に触れると一瞬、すべてが静止した。それまでの津波のごとき暴威が全て、接触したその一点に圧縮。溜められ固められ捩じ込まれていき……臨界を越えた。
そして―――決壊した。
ガガーン―――と、雷のような爆音とともに扉が吹っ飛んでいった。
蝶番ごとえぐり取られ真っ直ぐと、ジョニーが待ち構えているだろう場所へと、叩き飛ばされる。巻き込んでいく―――
パラパラとホコリ舞い落ちる、開け放たれた扉、その先に広がる通路。掌底を突き出しながらの残心をとりながら、その有様へ鋭く視線を定め続けた。
そこには……狙い通りだ。吹き飛ばされた扉に巻き込まれたジョニーの姿があった。
突然のソレに反応しきれず、避けることも払いのけることもできず受けてしまい、床に転倒させられ呻いている姿。……ソードスキルの硬直時間、ニヤリと間抜けな有様を嘲笑ってやった。
硬直が解けるとすぐに、奴の下まで跳びだした。同時に、愛剣に手を伸ばし抜き放ちながら、のしかかっている扉の残骸ごとガンッ―――と、踏み抑えた。
そして、振りかぶった鋒を―――グサリ、おもいきり突き立てた。扉ごと、奴の顔面へと。
愛剣から伝わって来る柔らかな肉の感触。それとともに、くぐもらされた悲鳴がきこえてきた。……それはまるで、杭打たれる吸血鬼の断末魔に似ていた。
突き立てながら奴のHPバーを確認すると、どんどんと色味が変化。数値も減り続け……やがて0に至った。同時に、抜け出そうと暴れもがく抵抗も弱くなりパタリと……収まった。
直後に、ソレの【死亡】が視界に表示された。同時に、殺人の/カルマ値が上昇した警告も叩きつけられた。オレのプレイヤーカーソルが緑から、オレンジに染まった警告が……。これでオレも、立派な犯罪者だ。
しかし、そんなこと気にしてられない。気にする必要も、今はないだろう。
剣を抜き出すと、辺りを見渡した。目的のモノを見つけると、そばまで行き拾い上げた。……フィリアの弟だった脳無し生首を。
もう一つ/胴体部の傍まで行くと、メニューを展開しストレージから運搬用のアイテム/《寝袋》を取り出した。……簡易版『死体袋』だ。
その中に頭部と胴体部を投げ入れ、口を縛り上げた。余った紐を伸ばし尻尾に結んで大きな輪を作ると、よいしょ……肩に担いだ。
ストレージに入れられたり手のひらサイズまで圧縮できたら便利だが、プレイヤーが関わっているためかそんな便利アイテムは存在しない、少なくともオレの知る限りは。ただ、袋にいれれば持ち運びはぐんと楽になり、耐久値の心配もしなくてよくなる。
ずしりと肩に重みがかかった、約一人分の重量。
現実世界なら特殊部隊員でもたいへんだろうが、ココではそうでもない。背負っている愛剣がすでに、半人分の重量はある、他の装備と合わせれば一人分になるぐらいだろう。それでピョンピョンと、軽快に超人的に動き回れる。なので、さすがに戦闘は難しくなるが、背負って走るぐらいならわけはない。戦いになったら、脇に投げ捨てればいいだけだ。
しっかりと背負い込み、そのまま立ち去ろうとした時……ガサゴソと、背後で気配が動いた。
驚くも慌てることなく。【索敵】の必要もない、すでに誰かはわかっていた。
振り返ることなく/気づかないフリをしながらそのまま、立ち去ろうとすると―――ダンッ、襲いかかってきた。
無言の/ガムシャラな殺意……。オレの背後の間合いに踏み込まれる寸前、ぐるり―――振り返った、死体袋を振り回しながら。短剣を腰だめに突貫してきたフィリアが、ソレにためらい踏み止められていたのが視界に写った。
同時に、抜き放っていた愛剣。死体袋との【二刀流】の要領。横薙ぎしたソレを、ためらい/急静止させられたフィリアの腕へと、走り抜かせた―――
スパンっ――― 。
完全に振り返るとそこには、驚愕に目を剥いたフィリアの姿。短剣ごと手首を切り落とされながら、背後に転がされている姿が目に映っていた。
遅れて痛みに呻く彼女を見下ろしながら、計算。反撃の可能性、罠の可能性、仲間を呼ばれる可能性……。
それもすぐに終えるとくるり、背を向けた。そしてそのまま、離れていく……。今の彼女はもう、何の脅威でも無い。
「―――どうして、なの……?」
その背に、弱々しい声が追いすがってきた。
立ち止まって聞いてやろうか/一言いってやろうかと、一瞬迷ったが……やめた。そこまでしてやる義理も価値も暇すらも、無い。
そのままスタスタと、離れ続けていった。
「私とアナタ、どこが違うって言うのよッ! ―――」
叩きつけられてくる哀哭。身勝手な非難だったが、オレの冷え切った胸にも突き刺さってくるものだった。
けど……無視した。背中のこの死体が全てを物語っている。
何の痛痒も感じていないかのように、彼女の視界から離れ離れていき……差し掛かった曲がり角にて、消えた。
_
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。