おしまい
 ̄
「―――今日は、ここまでにしてあげよう♪」
よく出来ました……。ニッコリと満面の笑み、悪意などまるで感じられないほどに。
しかし、こちらはトコトン叩きのめされた。
どうしようもなく弱音がでて、こらえようもなく涙がこぼれ、何もできなかった無力感に苛まれた。いや……そうやって自罰し続けなければ、心まで屈してしまいそうだった。
見せつけられ続けた仲間たちへの拷問は、私の心を折るための所業だから。
観ていただけ……。ジョニーはなぜか、仲間への容赦ない拷問の最中、私には何もさせない/しないことを徹底させてきた。
ソレが悲惨で苦痛に満ちたものであればあるほど、実感できなくなる。徐々に遠く隔たっていき、今日まで紡いできた絆がちぎれていく気がした。ゆえに/あろうことか、
ガチャン―――。鉄格子の扉が閉められた。
「―――逃げようなんて考えちゃダメだよ、副団長さん。でなきゃ、君を慕う仲間たちがどうなるか……わかるよね?」
言わずもがな……。わかってるわよ、そんなこと。
およそ四畳一室の狭い個室。3方向は分厚い壁、壁に備え付けの硬いベッドはないのに、蓋をされている陶器製の壺が隅に置かれていた。何の用途かは……考えたくない、ので蓋も開けたくない、できれば近づきたくもない。コレぞ中世の牢屋、のフォーマットというべき内装。
部屋中ほぼ隙間なくライトアップされてる。ので、鉄格子先で控えている看守には隠し事などできない。装備は剥ぎ取られた(ほぼ明け渡したような形)ので、メインメニューやホームの保管庫にあるアイテムストレージにもアクセスできない。それでも、この体に積み込んできた技力をフルに使えば、脱出できないこともないだろうけど……先の脅し。すぐに報告され、みんなが苦しむことにんる。
私の消沈ぶりから、重々承知していると確認できたのだろう。含み笑いを残しながら、何処かへ消えてしまった……。
残されたのは、私と、看守として置かれているラフコフのメンバーだろう男。そして、男の使い魔だろう灰色の/背中と肩から骨の太牙を生やした魔犬のみ。訓練された猟犬のように、主人の傍で鎮座しながら私を監視しているが、イバラに似た真っ赤な首輪/モンスターに服従を強いるアイテム。……正規のモンスターテイマーでは、無いのかもしれない。
がちゃん……。遠くで、この地下牢の出入り口がとじた音。
ソレを聞くと看守の男は、通路に備え置かれていたパイプ椅子に―――どかり、座った。両踵は机に投げおきながら、大きくため息をついた。
「……あーあ、嫌になるぜ。
せっかくあの閃光を捕まえたってのに、お預けなんてよぉ……」
溜まっちまうぜ……。不満タラタラでそう愚痴ると、傍の棚から焼き菓子らしい食べ物と赤みを帯びた飲み物を取り出した。そして、メニューを展開し何やら操作すると―――アイテム。細いアンテナみたいな棒がついた、手のひらサイズの長方形の鏡。現実世界のスマートフォンを連想させるようなアイテムだった。
ソレを指先だけで、器用に何かしらの操作をすると……ニンマリ、看守の顔にだらしない笑が浮かんだ。
看守が何を見ているのか、コチラからは見えない。けど、想像に難くない。いつの頃からプレイヤー間で出回って広まった、とある写真集・動画。はじめは、特定のプレイヤー間で《メッセージ》を利用して広まったが、そのネットワークが摘発された後、【記録結晶】等の記憶媒体の取引へと変わった。それも潰されると、別の方法が編み出されまた蔓延していった。そのイタチごっこの先に現れたのが、いま看守が手に持っているアレだろう。
普段なら、大きなため息をつきながら軽蔑の眼差しを向けるも、今はそんな気力すらない。そもそも、彼らにそんな注意をしても無駄だろうけど……。
パリパリがりがり、カスがこぼれるのも気にせず菓子をつまみながら、スマホに映し出されたモノを楽しんでいた。
牢屋の壁までトボトボ、打ちひしがれながら歩くと……ズルズル、壁に背をあずけながら、床にへたりこんだ。
そして、膝を抱えた体育座り。顔を両膝の中に埋もれさせ、しばらく静かにしていると……暗い考えが浮かんできた。
―――私は、もっと早く、自害すべきだったのではないか?
こんなことになる、もっと前に……。そんな考えが、頭の片隅で沸き起こってきた。
元凶が私なら断つしかない、まだ断ち切れる内に……。ソレが正しい行いだと、否定しきれないほど、膨らんできた。
―――それでも、命を保てたのは……どうしてだろう?
わからない……。それは、浮かんでは来てくれなかった。
けどおそらく、答えはもうある。ソレをえぐり出し/言葉にしてしまえるほどには、打ちのめされきってはいないのだろう。
だから次、明日もまた繰り返されれば、ソレは表出することだろう。止められない、留めることを許されない怠惰としてきた今までの自分が、許さない。……許してしまえば私は、私でなくなってしまう。
だから―――
(……冗談じゃないわ!)
こんなところで、終われない、終わらせてなるものか―――。ギュッと、両手を握った。
まだ私は、やれることをやっていない。全てやりきってもいないのに、それ以上を絞り尽くしてもいないのに、何も成し遂げてない。まだゲームクリアすらしていない。そんな体たらくなのに、なに甘ったれたことほざいているの?
頭の中でパシンッ、気合を入れ直した。
それで、頭の中の暗いモヤが少し晴れると、一つのアイデアが浮かんだ。
いつもの私なら、絶対にやらないだろうこと。たぶん今も、ソレが浮かんできただけで顔が赤くなった。体にもブルり、震えがおきていた。だけど/それゆえに、効果は絶大だ。……そうでなかったら、大爆死だ。
そうならないため/最大限活用するためには、覚悟、先に灯った執念の火種を燃え上がらせること。水ではなく油を指すことだ、ガソリンならもっと良い。……考えられる以上に/異常に、
もう一度パシンッ、気合を追加した。
(…………よし、やってやろうじゃないの!)
弱気と自罰感を振り切る様に、顔を上げると―――立ち上がった。
そして、看守を見据えながら鉄格子の前まで行くと、右手を動かしメニューを展開した。半透明なディスプレイが胸の前で浮かびあがる。……《幻書の指輪》は強奪される前に、【融体化の秘術】で今は手のひらの入れ墨として変換/保護している。ので、大半の機能は使用不可/ほぼ自分のステータスの閲覧のみになっているが、今は必要ない。
すると、看守の男は急に、こちらに警戒の視線を向けてきた。猟犬もグルルと、低い唸り声をあげ始めた。
スマホに夢中になっていたと思いきや、しかと目の端で捉え続けていたのだろう。あるいは、【索敵】の警戒網をひいていたのか。即座に、だらしなく投げ出していた両足も地面につけ、椅子からも立ち上がり、臨戦態勢。……しかし武器は持たず、かわりに、机に置いてあった呼び鈴をつまみ上げた。
「おい! それ以上はやめとけ、副団長殿。
何するつもりかわからねぇが、あとほんの少しでも妙なことしやがったら、コイツを鳴らしてやるぞ」
地下牢外の仲間に知らせるための鈴……。現実ならば/その小さな鈴の音では、瞬時に知らせることなど不可能だろう。けど、ココでは可能だ、魔力か超常の力がこもったアイテムゆえに。
「コイツがひと吠えしても、同じだ。そんでもって、その鉄格子にも同じようなもんがついてるからな。一定以上の衝撃を受けると、鳴るように仕掛けたもんがな」
その脅しにゴクリ……内心で唾を飲み込むも、おくびにもださず。
代わりに強気に―――笑ってみせた。
「あら、そうなの―――」
そして、ためらうことなく、とあるコマンドを押した。
看守は、私のためらいの無さに少しばかり眉をひそめるも、宣言通り死刑宣告を奏でようとした。
しかし―――…… 息を飲まれた。
唖然と、目をあらん限りに丸くしながら、私を注視した。……正確には、私の姿に/ありえざる光景に。
数拍の静止の後、ようやく我を取り戻すと、
「―――おい、そいつはいったい……なんのつもりだい?」
「別に、少し……暑かったから」
何事でもないと、肩にかかっていた髪を……フワリ、梳き払った。
すると―――ゴクリ。かすかなはずの喉の鳴る音が、看守からきこえてきた。
作戦成功、充分に効果あり……。ニヤリとほくそ笑む。コレは『戦い』だと意識を集中させることで、羞恥心を圧殺した。
ソレは今、手のひらに隠し持ったモノの感触からも、心強くさせてくれた。
髪の中に隠していたモノ/この作戦の要。ココでの女性の嗜みだと教えてもらった小さな
看守は、そんな私の思惑には気づかず、ただ好奇な視線をみせるのみ。
「―――ハッ!?
い、良いもんみせてもらったが……その手にはのらないぜ。残念ながらな!」
足掻らうように/唾を吐くように、詰ってきた。自分に課せられた役目を全うする意思。まだ理性が残っている証拠だ。
当然だ。つい先ほどまで、大切な仲間を拷問された。泣きくれて絶望までしていた私、彼らのことを忌み嫌ってもきた。それが一転、こんなあからさまな媚びに出たら……疑わない方がおかしい。
でも、構うものか。そんなことはわかっている。だからこそ、
逡巡は一時。さらにもう一歩、踏み込んだ。
「『良いもの』ていうのは、このことかしら―――」
背中に手を回すと……パチリ、ホックをはずした。
すると―――はらり、ブラジャーが胸から外れた。そのまま、剥がれ落ちていくに任せる。
隠されていたモノが……ポロリ、こぼれ落ち、看守の目が釘付けになる―――……
その手前、サッと/すぐに腕で隠した。
今日まで培ってきた戦闘の勘、敵が攻めてくるタイミングを見計らってのカウンター。見せるか見えないかのギリギリで、素早く隠して見せた。
看守の顔が、期待のギラつきから一転、ひどく残念そうな表情を浮かべたのが見えた。……成功にニコリ、羞恥心がいくぶんか慰められた。
「―――ハッ!?
……わ、悪いがな。罠と分かって飛び込んでやるほど、バカじゃねぇんだよ、俺は!」
これでも、まだなの……。なかなかしぶとい。レッドというのは、自分の欲望に忠実な犯罪者だと思っていたけど、少し甘かった。
なら、こっちだって―――
「そうなの? それじゃ―――」
強気にもう一枚/最後の砦、下履きにも手を伸ばし……少しためらった。
ソレをしたらもう、恥ずかしいだけじゃ済まされない……。完全な痴態だ。頭がおかしい痴女だ。
でも、
今にも泣き出しそうなためらい。そんな震えを振り切るよう/看守に見破られないように、指先に力を込めた。
そして―――プつん、腰のゴムをちぎった。
すると……はらり。下履きが股から、剥がれ落ちていく。
これでもう、耐久値は0になり、すぐに消滅してしまうことだろう。……今ここですぐに、代わりのモノを用意することも、できない。
下履きが完全に剥がれ/同時に消滅、ガラス片の光の粒子となった。
その僅かな光のモヤの後、隠していたモノが看守の目に触れそうになる―――ギリギリ、内股と手で隠した。
看守の顔には、先と同じ落胆の色。今度は声まで漏らしていた。……しかしながら今度は、同じようには喜べない。
もはや、何も身につけていない、ハレンチ極まりない姿/真っ裸―――。
自分が最も嫌っていた女性たちと、おんなじ事をしている皮肉。ソレをほんの少しでも意識するだけで、全身が真っ赤になる、泣き叫びたくなってしまう。この場に知り合いが一人でも立ち会っていたら、脱獄できたとしても後は、引きこもり生活は確実だった。
しかし…………堪えた。
背筋はシャンと、自分の体を誇っているとも、顔を上げる。むしろ、「恥ずかしがるのはアナタの方」との余裕をもって、艶然と微笑んでも見せた。
「これで私は、丸腰よ」
両手もこのとおり、ふさがってる……。隠しているのではなくクネリと、色っぽく誘うためのポーズだと見せているが、無防備を装った。精神のHPが、0になる寸前の真っ赤になっているのだけは、隠した。
ゴクリ……。看守は生唾をのみ、もはや何も言い返せずただ凝視していた、ドクドクとの鼓動の高鳴りまできこえるほど。……彼の中の理性を、圧倒してみせた。
ゆえに―――追撃。この機を逃さず、さらに一手攻め込んだ。
「このまま、眺めてるだけでいいの? 先見てた人達と、同じように」
飛び込んでみない……。看守のプライドを刺激した。スマホ越しに覗き見てるのではなく、
良識ある人ならば、遠慮する選択肢もある。しかし……彼は違う。レッドプレイヤーには、そんな選択肢はない。もしも、そんな選択をしてしまったのなら、後に仲間たちから何と揶揄されるか……想像にかたくない。
自分を物/商品として見る視点。甚だに不愉快だけど、彼らと交渉するための唯一のコミュニケーション手段だ。
そして、こちらの思惑通り。看守はついに、折れた。……瞳から、戸惑いの色が消え、代わりに好色なニヤケ顔を露わにした。そして、危険な臭気まで漂わせはじめてきた。
そのままズカズカ/鼻息荒く近づき、牢屋の中に入ってくる―――その手前、ゴソゴソと腰元のポシェット/サブアイテムストレージをまさぐった。
そこから……ポイッと、取り出したアイテム、短い鎖に繋がれた二つの金属の輪を投げ込んできた。
「て、手錠だ。そいつをつけろ」
興奮気味に投げ込まれた命令。しかしながら、不意をつかれたことは、否めない。
足元のソレを見下ろしながら、どうしたらいいのか考える。……コレがあっても、問題はないか?
考える時間を稼ぐため、適当な言い訳をかえした。
「……コレつけたら、どっちかが先に……わかっちゃうわ」
誘うような拒絶、だが……看守はひかず。
もしもやらなかったら、どう暴走してしまうのか、予測できない。呼び鈴を鳴らされてしまったら、アウトだ。おそらく高確率で、公開ストリップショーをさせられるかもしれない。……それだけはゴメンだ。
仕方がなく/仕方がなげにしゃがみ、手錠を拾うと―――カチャリ、はめた。
同時に、髪留めの紐を解いた。
ゆっくりと立ち上がると同時に……パサリ、流れ落ちた髪が胸を隠してくれた。
その私の囚人姿に、看守の口から、興奮の呻きとため息がこぼれた。
もはや、自棄っぱちになっているのだろう。恥ずかしすぎて心が麻痺してくれたのかもしれない。奇妙にも、冷静さを保てていた。
なのでか、すこしばかり暴言。
「……どうする? 足かせもした方がいい? でも、そうしたら……難しくなっちゃいそう」
くすりと、微笑みを浮かべた。媚びるように、この状況を楽しんでいるかのように。……浮かべて見せた、はずなのに、とても無理がなかった。もう自分でも自分が、よくわからない。
そしてソレは、看守にも伝播したのだろう。彼の中にあった、最後の一線がプツリと、ちぎれとんだような音が聞こえた。興奮で荒れていた顔色から一転、腰が座ったような顔つき/どす黒い凶悪さに変貌していた。
「……【ハラスメントコード】を期待してるんなら、無意味だぜ。
ここは監獄で、アンタは犯罪者だ。この都市の法律と司法権を握ってる奴が、あんたをそうしてくれた。だから―――」
「言ったでしょ? 私は丸腰よ、てね」
これ以上は、さすがに寒いはよ……。焦らし続けた今、こんどはコチラがすげない答え。そうしてもいいのだと、直感させられたままに。
看守は、これだけ確認して、ようやく満足/観念できたのだろう。今や私を守る最後の壁となっていった鉄格子に手をかけると―――がチャリ、入ってきた。
ガウガウと、猟犬が主人の浅はかな行為を警告するも、すでに耳にはいっていなかった。
◆ ◆ ◆
竹林の先、簡素な土壁の門の奥、和風な木造り屋敷があった。その中へ、丸石が引きつめられた道を進んだ先、玄関らしき土間をくぐるとそのまま、土足で上がり込んだ。
その行為に、トビが一瞬顔をしかめるも……オレに従うことに。
トビから得られた情報。奥の間までズカズカと、襖や障子らしき扉を開け放ちながら進むと、奇妙な台座があった。大人一人が入れるほどの棺のようにも見える、人が住むための部屋には不自然な家具。
近づくと、台のカラクリ仕掛けが見えた。幾つものパネルをスライドさせながら、一枚の絵を完成させるようなパズル。今はソレが、バラバラに混ぜられていた。
チラリ……視線でトビに命令すると、それまで影のように傍に控えていたが、無言で/俯きながらも仕掛けを動かし始めた。
「―――私、あなたのこと少し、誤解してたみたいね。
無口で無愛想で、そうでありながら大胆でもあって、何考えているのかわからない人だと思ってたけど……そうじゃなかった」
トビが仕掛けを解く間は、手持ち無沙汰。沈黙を通すのも限界があるので、フィリアのお喋りに付き合うことにした。
「……そいつは、褒め言葉として貰っていいものか?」
「ふっふ。そうそう、そういうところ。……けっこう意外だったわ」
軽い皮肉は気にせずクスリと、笑っていなされた。
その余裕な態度に、少しムッとさせられた。子供扱いされているような気がした。
「オレも、あんたのこと見くびってたよ。そんなに猫かぶるのが上手いとは、思ってなかった」
「もしかして……Kobのみんなの前と、アナタの前との違いを言ってるの?
ソレだったら、猫をかぶるほどじゃないわよ。ギリギリ私のキャラの範囲内。一人でも別グループの人間が混ざってる時は、そうする。そういう暗黙の了解があるの、油断してもらうためにもね。……わざとらしくはなかったでしょ?」
アレが全部、演技だっていうのか? ……信じられないが、信じるしかない。理屈は通っている。仲間以外には実力と正体を欺くのは、戦術の基本だ。
「……ソレ、成功率は高いのか?」
「かなりね、男相手なら特に。……わかってても、どうしようも足掻らえないことだから」
男なら、誰しも大小持ち合わせている、ヒーロー願望……。コレも、あまり認めたくないが、認めざるを得ない。現にオレも、メッセンジャーとして一人生かされた彼女を見て/それでも奮起して救助隊に参加したことで、何かしら応援したいとの気持ちが湧いたのは、事実だ。
心の奥の柔らかい部分を土足で踏み込まれたようで、じつに嫌な気分だ。
「先に言ってた、アンタの戦術と似てるな」
「あら? ちゃんと聞いててくれてたんだ」
そう言うとまた、微笑まれた。……よくわからないが、楽しそうだ。
柳を相手にしているような手応えのなさに、眉をひそめていると、目線を遠くに、独りごちるようにつぶやいた。
「私、女であることを、恥とも弱点とも思ってないわ。例えこんな、デス・ゲームの中であっても。むしろ強み、使いこなさないといけないもの。……活用法さえ心得ていれば、無理に男勝りになることなんて、全然必要ない」
その経験則からだろう独白に、ピンと一つ、つながった。
「
推測をそのまま口にすると……当たったのだろう。はじめて言葉に詰まった。
そして、しばらく黙っているとおもむろに、尋ねてきた。
「……アナタも、彼女のこと、魅力的だと思う?」
突っ込んだ質問に、こちらもすぐには答えられなかった。
自分の気持ちを反芻しながら/言葉を選びながら、慎重に答えた。
「どうだろうな……。『危うい』とは思ってる。あまりパーティーを組みたくはない相手だ」
無難な答え、たぶんビーターらしいだろう。本当に聞きたがっているだろう答えとは、少しズラした。
「危うい……か。みんな似たようなこと言うのね。
ただアナタは、『支えてあげたい』とは、思っていないんだ?」
自然な軌道修正、躱した分を含めてのカウンター。
呻きそうになるも……堪えた。また言葉を選んでの無難な答え。
「そういうのは、後ろに残してきた奴らが、やってくれてるはずだろ? オレの出る幕はないだろうな」
「あるのなら、立候補する?」
また突っ込んできた……。今度は強引で、さすがに見とがめた。
「……何が言いたい? 何を
「アスナさんのこと、好き?」
どストレート……。思わず言葉が詰まった。
オレがフリーズしていると、さらなる爆弾を投下してきた。
「彼女はアナタのこと、好きらしいわよ」
皮肉でも冗談でもなく、真面目な調子。騙そうとしている気配は微塵もなかった。……もはやこちらも、正面から受けなければならなくなる。
でも、この話題は/オレには、重すぎる。……ただのお喋りだと思って油断していたら、不意打ちもいいところだ。
胸の内で大きくため息をつくと、自分でもヘタレたと思う答えを返した。
「…………彼女がそんなこと、アンタに言ったとは思えないな」
「ハッキリとはね。でも、傍で見てればわかるわ。特にココだと、隠しきれるものじゃないでしょ?」
このSAO内の感情表現は、単調かつオーバー気味になるため、腹芸をするのがとても難しい―――というのは、一般の話。
実のところは、逆だ。
その仕組みを知っていて、作動してしまう閾値を熟知していれば、常に冷静さを保たせてくれる『感情抑制装置』になってくれる。ソードスキルと同じだ。作動する条件を満たさなければ、どれだけ内心は動揺しようとも、表出したりはしない。見た目だけは、冷静沈着を装え続けられる。そして不思議なことに、内心もソレに引きづられ、平坦に冷たくなっていく。
アスナは、それを知っているか? 使いこなしているか?
確かではないが、できていないのではないかと思う。彼女は理性的ではあるが、同時に感情の人でもある。特に『怒り』に関しては、隠したり誤魔化したりしたところに遭遇できていない。……ソレが、数多くのファンの心を掴んでいる魅力の一つ、なのだろう。
だけど―――オレは違う。
一蹴するよう肩をすくめながら、一連の狙いだろうモノを明らかにしてみせた。
「なら、オレじゃなくて
フィリアの狙い、『彼』の心をアスナから引き剥がすこと。その当て馬として、オレを引っ張りこもうとした。
言ったことに嘘はなかったのだろうが、すでにオレは彼女を知っていた。衝撃的な事実と話題で煙に巻いて混乱させ、引き釣りこもうとした。……なんとも、抜け目のないことだ。
しかしソレは、一面の事実でしかなかったのだろう。
彼女は、さして動揺するわけでもなし。その通りだと、すぐに/暗に認めて引き下がった。そしてふと、答えを求めてない独り言のように、迷いを吐露してきた。
「……そこが、私にはわからないところなの。
察せないほど、思い込みが激しい子じゃないとは、思ってた。ただ、他のみんなにあわせて、付き合っているだけだと。それなのに、どうして……?」
わからないんだろう……。そうこぼすと、己の内面に沈んでいった。
叶わないことはわかっているのに、それでも。捧げた対価には見合わないのに、それでも。もう自分でも、本心からだったのか義務感だったのか惰性だったのか、わからなくなっているのに、それでも……。
その結末が―――。そんな心の声が、聞こえたような気がした。
沈黙したまま、ただ冷静に/罪悪感すら遠く、己を見つめ続けている。
そんな姿に、奇妙はシンパシーが沸き起こりそうになると、
「―――解けたぞ」
仕掛けに格闘していたトビが、最後の一枚をはめ込んだ。
すると―――カチリ、何かが噛み合う音。ソレとともに内部からギコギコと、いくつもの歯車が軋み動く音が響いてきた。
その振動とともに、台が少しずつ横にスライドしていくと―――地下へ通じる秘密の階段が現れた。
「この下に、お前たちの仲間がいるはずだ」
「
どこかに運ばれる予定でも、あったのか?」
「……いいや、誤解を招く言い方をした。
俺が最後に確認できた時は、いた。運ばれる予定も、聞かされてはいない」
……嘘は言っていない。
使い魔契約の経路から伝わって来る情報、使い魔の現状を正しく把握するために与えられた情報の分析結果だ。……そもそも、今さら罠にはめるとは思えなかったが。
全て開く/仕掛けが止まると、そのまま階段を降りていく―――
寸前、フィリアに呼び止められた。
「ん? え―――ちょ、ちょっと待った!?
そのまま行く気? 罠とか警戒してないの!?」
当然の質問。
しかし、「だから何?」と返そうとしたが……ふと、気が変わった。
「……それもそうだな。
それじゃ、お先にどうぞ―――」
代わりに、フィリアに道を譲った。
「…………私いちおう、女の子、なんですけど?」
「だから、レディーファースト」
「……ソレ、意味知って言ってるの?」
「もちろんさ。
『ダンス会場』に上がるのは、女性が先だろ?」
紳士の嗜みさ……。冗談交じりのブラックジョーク。当然、眉をひそめられた。
これから行く場所が『ダンス会場』なのには、確信があった。華やかで煌びやかな会場ではなく、死と隣り合わせの中で踊る、苦痛と鮮血で彩られた舞台。……途中参加であって、すでに終わってしまっていないよう、祈るのみ
なので「どうぞ」と、悪ふざけをかましてみた。
「ねぇ? アナタ達の風習だと、こういう場合どっちが正しいの?」
呆れたフィリアは、トビに話題を振ったが……首を傾げられた。
「…………どっちとは、何のことだ?」
「男か女か、てことよ?」
「『男と女』とは、何のことだ?」
一瞬、何を言われたのか呆然としてしまったが……驚き。思わずオレも、目を向けてしまった。
「……もしかして、アナタたち……性別とか、無いの?」
「セイベツ……?」
はじめて聞いた単語のように、カタコトで答えられた。
その表情は、猿なので少し読みづらいが、嘘でも冗談でもなかった。……驚きの事実だ。
「わかんないとか……嘘でしょ?
それじゃ、どうやって個体数を増やすの? 子供はどうやって―――」
「ストップだ! ……そういう無駄話は、ここじゃない場所でやってくれ」
脱線したので修正、ここは敵地のど真ん中だと。……今はまだ、互いに事務的なほうが気軽だ。トビへの思い入れが必要だとは、思っていない。
修正してため息、事の発端は自分だと反省。……結局は、なるべくしてなるだけだ。
「……オレが先に、エスコートすればいいんだろ?」
時間を無駄にした……。譲ろうとした地下へ、自分から降りていった。
カツカツ、カツカツ、カツ―――。地下へと続く階段を降りていく。
意外と長い/深い階段。一本道ながらも、何度か踊り場があり、曲がり回っていった。そして当然ながら、陽の光が差し込まない地下階段、少し降りていっただけで辺は暗闇に包まれた。
鍛え上げた【索敵】と感覚値の恩恵により、赤外線カメラばりに見えるが、ソレでも限度がある。このまま潜り続ければ、いずれ完全な暗闇になるはず。オレですらそうなので、後ろの二人は言わずもがなだ。
腰のポーチ/サブストレージをまさぐると、【松明】を取り出し―――ボッ、火を灯した。辺り一面に、暖かな光と揺らめく影が広がる。
ソレで映し出された光景を見て、思わず……目を丸くしてしまった。
先の和風な造形から一転、石造りだが明らかに自然のモノとは違う、コンクリートのような材質で作られた近代的な光景。都市の地下を縦横に走る、暗渠に似ていた。……古い鉱山の坑道か、よくて
驚きはひとしお。目的地はまだまだ下、先を急いだ。
そのまま黙々と、ただ下へ下へと降りていくとふと、フィリアが感嘆をもらした。
「―――すごいわよねぇ、ココ。こんな場所、あるわけなかったのに」
チラと意識を向けるも、聞き流した。……先の轍は踏みたくない。
しかし構わず、続けてきた。
「地面掘り抜いて作った、てのも驚きだけど、ちゃんと舗装されてもいる。隙間もピッタリしてるし、すごい技術だわ。……どうやって作ったの?」
オレではなくトビへの質問。他意を見出しづらい、何気ないお喋り。
しかし、トビも同様、チラと視線を向けただけで、無視した。
「人間の手でも、こんなスゴイの作れるとは思えないわ。少なくとも、とんでもない手間暇がかかる。スキルの加護があったとしても、元々の器用さまではカバーできないはずだし」
そう言って、トビの手に注目させた。
人間の/プレイヤー達のソレとは違い、微細な動作や複雑な物作りができそうとは、到底思えない手の構造。彼は戦士だろうから、一般化することはできないが、それでも人間の指先に敵うとは思えない。
ソレなのに、こんな建造物がある……。理屈が通らない。
「あの【サイパン】の町並みとかをみると、地面を掘って穴蔵で暮らすような生活スタイルじゃないはず。そんなことにスキルの習熟を費やすよりも、地上生活で必要なモノに振るはずだもんね」
さらなる考察で、問いかけ続けていくも……無視され続けた。
それでようやくフィリアは、しかし腹立ち紛れでは決してなく、逆に面白がると、琴線にふれるようなことを聞いてきた。
「……お喋りが嫌いな性格は、ご主人様と同じ?」
ピクリ……。その一言に込められた皮肉に、さすがのトビも立ち止まり、向き合った。
そして、
「―――俺は、主の鞍替えなどした覚えはない」
ハッキリと断言した。フィリアに向けたようにみせて、オレへ叩きつけてきた。
まだ反抗心が残っていたことに、驚くも……それだけだ。
むしろこういった、暗に込める形でしか表せないことが、服従している証拠でもあった。わざわざたしなめてやる必要はない。
フィリアも知ってか知らずか、気にせず続けた。
「なるほどね、アナタには仕えるべき主がいたんだ。
でも、今のあなたの状況を見て、その人は……どう思うかしら?」
気軽な調子だが、抉るような問いかけ。
トビは何かをグッとこらえ、噛み締めると……また沈黙した。
その拒絶の様子から、さらに何かを読み取ったのだろう。訳知り顔を浮かべながら、得た推察を述べてきた。
「……なるほどなるほど。ちょっと誤解したわ。
あなたが仕えているのは、特定の個人ではなくて、かと言ってもう、己の信念でもない。自分たちを超える全知全能の超越者、私たち風にいえば『神様』、みたいなものなのね」
ピクリ……。再びトビは、彼女の言葉に揺れ動かされた。
あながち的はずれではない、どころか、正中を射られたかのように―――ブルブルと、毛を逆立て始めた。
「もしもそうだったとしたら、今のあなたは、ソレに仕えているというよりも、
「それ以上! 下らんことを言うのなら―――」
ガッと、振り向きざま、牙を剥き出しに威嚇してきた。そして、爪を鋭く、そのまま彼女を黙らせんと細首に掴みかかろうとして―――留めた。……おそらくは、意識の端で捉えていた、オレへの警戒のためだろう。
ただオレは、事の成り行きを見守るのに徹していた。もしもためらわず、彼女に襲いかかったとしても、止めはしなかっただろう。不意打ちであろうとも、奴の奇襲ごときで倒されてしまうはずはないと。……その程度だったのなら、今ここにはいないだろうとも。
そしてソレは、煽りに煽ったフィリア自身が当然、心得ていたことだった。
臨戦態勢になる代わりに、哀れむような眼差しを返していた。
「……やめた方がいいわよ、そういうの。
そんな、どこにいるのかわかんないようなモノにすがるより、アナタを慕ってくれる人たちを大切にしたほうが、まだ……理解してあげられる」
彼女自身からの助言、同時に、オレが投げかけるだろう戒めでもあった。……どういう意図か、いずれオレがやらなきゃならないことを、代行してくれた。
含まれた多大な本心に、トビは振り上げた拳の置き所にさ迷った。
「……
「いいえ、ただのゲン担ぎよ。ちょっとアナタが哀れに思ったから、私の目的のためにもね」
そして「はい、ご馳走でした♪」と、怒りに迷うトビへ、微笑み返した。
ソレは奴にとって、あまりにも訳のわからない感情だったのだろう。むきだした牙も逆だった毛も鎮まると、いつの間にか、怒気は霧散していた。
そして戸惑うように、もどかしげな沈黙にそわつかされていると―――終点に到着した。
「お喋りはそこまでだ」
ついたぞ―――。仄かに見え始めた灯火の光に、【松明】の火をフ……と、吹き消した。
長い長い階段の底、ようやく目的地にたどり着いた。
目的地―――アスナたちが捕われているだろう、地下牢。
のはずだが……少しだけ、趣きが違っていた。
たどり着いたソコは、現代的な刑務所と酷似していた。
コンクリートと鉄筋で作られた、息苦しいまでに無機的な牢獄。2階建てにさらに地下2階がある4階建て、電球に似た光を発する鉱石が床や壁に埋め込まれているので、地下であるのに光で満たされ、通路にはほぼ影がなくなっていた。定規で測ったかのような真四角な牢屋群の中だけ、暗がりができていた。
唯一だろう出入り口から中に入ると、側面の牢屋群の中を調べながら進んでいった。拉致されたメンバー達がいるとしたら、ここだろう。
しかし―――
「―――誰も、いないみたいだけど?」
牢屋の中には、プレイヤー達はいなかった。
「……いや、そうでもないみたいだぞ」
よく見てみろ―――。中の暗がりへと、促した。
代わりに、同じような人型のNPC達は囚われていた。が……プレイヤーではない。視界の中に表示されている識別票が、彼らをNPCだと判断していたから。ただ、ソレがなかったとしても、見誤ることは少なかったはず。
囚われているNPCたちは、皆一様に、虚ろな表情を浮かべていたから。
ただボーと、佇んでいるだけ。立っている者もいれば座っている者もいるが、誰もが意思なく茫洋とした表情を浮かべていた。横をオレたちが通り過ぎても、気付いた様子もない。随分前からずっとそうしていたのか、服や全身にも汚れや埃が目立つも、全く気にしている様子がない。……鉄格子などなかろうとも、脱走しないだろうと思えてしまうほど。
その有様は、人型の植物を連想させた。
ゾンビとも思えたが、あまりにも動きが少ない、オレ達への脅威も無さ過ぎる。ただ、マネキンと思うには、まだ微かに生きている痕跡があった。新陳代謝の証だろうカビのような汚れとすえたような臭気に微かに混じる甘い香りが、その体内から染み出したものだと直感させてくれた。
ソレらを確認するとフィリアは、息を呑んで、黙った。
そして、トビもまた、この光景をみて、眉間にシワをよせているのが見えた。……知ってはいたが、あまり眺めていたい光景ではないのだろう。
ふと、浮かんできたことがあったので、声をかけてみた。
「なぁ、ここにいる彼らは、もしかして……昔このあたりに住んでいた、人間たちだったのか?」
本来、ここに住んでいたはずのNPCたち。正確に言えば、この辺り一帯を縄張りにしアジトを構えていた、盗賊たちだ。
外見通りの監獄。猿たちは見当たらないところから、人間タイプの者たちを捕らえておくための場所、ソレも不服従なモノたちを。それなのに、女子供の姿が見当たらない。少ないのは予想できたが、いないのには首を傾げざるを得ない。さらにもっと言えば、男たちの年齢層が似通より過ぎていることも。
猿たちが、ここに自分たちの都市まで建てたということは、彼らは駆逐されたということになる。しかし本当に、
問いただしたいこと。だけど、ソレを問うには、オレ達の『出身地』を説明しなくてはならないので、コレが限界だ。
「……そうだ。
先に言っておくが、ココは『アレら』を捕らえておくための牢獄じゃない。研究と保護のための施設だ」
保護施設……。あまりにも似つかわしくない単語に、目を丸くしてしまった。
「それにしては、すこしばかり……作りが雑じゃないのか? こんな場所に居続けたいとは、到底思えないぞ」
「アレらは気にしない」
「彼らて、アナタ達の言うところの
割り込んできたフィリアが、オレも気になっていたことを聞いてくれた。
アレら……。まるで、彼らが人ではないと、それ以上にも生物ですらないと、言わんばかりの扱いだ。
「そうだ。アレらは
盗賊たちの成れの果て……。始まりは納得だが、目の前までの過程とは繋がってこない、『保護施設』とも。
足りない説明を求めようと、無言で続きを促すと、
「建国した後も、ケムト達の中から時折、ムムトは現れた。ある日突然変異する、まるで宿痾のように……。
ケムトは従順だが、ムムトは手がつけられない。あたり構わず壊すだけ。何より、殺せば、まだ無事だったはずのケムトがムムトに変異してしまう。さらにあろうことか、ヒムトすらも……」
そうこぼすと、上階の牢屋へと促した。
見上げてみると、そこには―――猿たちが、人型達と同じように、茫洋と囚われているのが見えた。
だから、拘束するしかなかった……。説明しながら、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべた。同族を捕まえなければならない苦痛。その捕獲作業に、大いに辛酸を舐めさせられてきたのが、伺えた。
「捕えたとしても、近くにいるだけで変異させてしまう。奴ら自身が、流行病のようなものだった。……なので、ココを建設し、閉じ込めることにした」
隔離施設……。殺しきれない疫病は、凍らせるか地中深くに埋めるしかない。宿主ごと、焼き払うことができないのならば。
「予期してなかったことだった。奴らを、ある一定深度の地下まで連れて行くと、途端に暴力性が失われた。代わりに、今のあのような案山子になることは、な。……ムムト化の伝染すらも、なくなった」
「なるほど。だから保護施設、てわけね。
はじめは牢獄として作った。けど、連れてきたら全くの無害になったから、そのまま援用した」
「それでもまだ、解明はできていない。だから、研究施設でもあるわけだ」
つながった……。理屈は通った。かつてモンスターであった彼らが、そこまで理性的に問題に当たれること、ココのような設備を作り上げるだけの知識と技術の在り処を除けば。
ただ、その答えは、おおよそ推測できるものだ。この刑務所に酷似した保護施設しかり。レッド達が大いに関わっていることは、確かだろう。
そしてさらに、その秘密工作を敵であるオレに見せている現状がある。潜入した成果ではなく、成り行きで見せられたもの。そこから推測できることは―――
「……いいや、すでに解明はできている。解決方法すらも」
やはりか……。ココはもう、用済みだった。追いかけてくるオレ達に、自慢するために残したものだろう。あるいは―――
オレの推測に当てられて……ではないだろう。そうこぼしたトビもまた、にじみ出ているのは、誇りとは違った/忸怩たるものだった。
ソレがなんなのか、尋ねようとし口を開きかけ……目の前の光景に、目を奪われた。
突き当たりにある牢屋。他とは一回りほど広いそこの鉄格子は、なぜか開いたまま。自然と気が向き、覗いてみると―――
そこには、一人のプレイヤーが、手術椅子らしきモノに座っていた。
装備品や衣服、下着すら剥ぎ取られた全裸の男。両手両足が鉄の枷にはめられ固定されながら、脇にある点滴台と背中にある何かから伸びる幾つもののコードが、その体に繋がれていた。それだけでも重病人の有様だったが、それ以上に意識が見受けられなかった。まるで、糸が切れた人形のようだった。
はじめ、NPCかと思った。けど視界には、『プレイヤー』と表示されていた。それでかろうじて、判断できた。しかし/それでも、あまりにも……生気がなさすぎた。
ハメられている枷は、攻略組なら難なく捩じ切れる類のものだ。装備は取られているが、鍛え上げてきた身体能力までは奪いきれない。なにより、鉄格子は開け放たれたまま。それなのに、逃げようとしていない、あまりにも異様だった。彼に今なお注ぎ込まれている何らかの薬液や処置が、ソレを阻止しているのだろうが……
近づいてソレを止めようとしたが……先に遭遇した、プレイヤーの死骸を操る趣味が悪すぎる罠を警戒した。だが、彼はまだ生きている。HPは充分に残ったまま。生きている人間すら操れるのかとも、疑ってみるも……答えは『ありえない』。ソレはいくらなんでも、ゲームを逸脱しすぎている。茅場やこのゲームシステムが見逃すとは思えない。
それでも訝しりながら、確認しようと牢屋の中に入ると―――隣のフィリアが、息を呑んだのが聞こえた。
そして青ざめ、目を閉じ、こみ上げてくる痛みに耐えると……ポロリ、力なくこぼした。
「―――こんなことにならないように、頑張ったのになぁ……」
そしてガクリと、その場に膝をついた。張り詰めていた糸が、ちぎれてしまったかのように……。
さすがにオレも、冗談も慰めの言葉すらも、返してやれなかった。そこにいる彼が、彼女の目的である、
涙が流れることはなく、自嘲するわけでもなくただ、ただただその成れ果てを、見続けていた……。
しばらく憮然と、悲嘆の波が収まるまで待つと、声をかけた。
「アレは……助けることは、できないんだな?」
「……ええ。
だってもう……
空っぽ……。そう、空っぽだったから。どう判断すればいいかわからなかった。
現実なら脳みそがあるだろう頭蓋が、えぐり取られている姿。生きられるはずはない。この仮想世界ですら無理だ。《頭部欠損》はほんの少しであっても、重度の《麻痺》と同じ最悪のデバフをもたらす。その割合が大きくなればなるほど、《即死》を引き起こしやすくなる、絶対に避けなければならない負傷だ。彼ほどの欠損なら、間違いなく《即死》が起きているはず。だが……HPバーは『生きている』と告げている。
「……《死骸》、てことか?」
「いいえ」
「それじゃ、その……生きてるのか?」
「ええ、ギリギリね。……『分離』させただけだから」
分離……。その短い単語に秘められているだろうおぞましい内実を、詳しく知りたくはなかった。でも……尋ねざるを得ない。知らなければ生き残れないのなら、選択の余地などない。
どうして彼は、あんな姿のまま、生きていられるのか?
「前衛的すぎる芸術じゃない、てことはもっと、最悪な意味があるてことだな?」
「……ええ、アレは―――」
『―――
不意に、彼の口から声が出てきた。
すぐさま見直すと、彼は顔を上げオレ達を見据えていた。……ただし、その瞳や表情には、生きている気配はない。出した声も、彼の外見や喉/性格情報とは不釣り合いなほどの重低音。フィリアの様子からも、別人だと判断できた。
オレ達が驚愕していると、声の主はさらに続けた。
『お前たちの脳髄を切除し、代わりに《偽心の楔晶石》を接続することで作り上げた―――』
彼はそこで口を止めると、カツカツカツ―――。
牢屋の暗がりから近づいてくる足音。声の主だろう存在が、彼の横に/オレ達の前にその姿を現すと、続けた。
「―――肉人形だ」
声の主/トビによく似た大猿が、その横に立つと―――ガチャリ、彼を拘束していた枷が外れた。そしてプツプツと、コードも外れていく。
現れた大猿は、その毛もくじゃらの巨体を、道着と軍服を融合させたような、動きやすさと厳しさを両立させたような装備で包んでいた。トビの装備よりも高価なモノだと推察できる代物。さらに、その毛色の具合も同じだった。黒の中に金糸が、まるで隈取のようにマダラに走っている。
目の前のオレ達を睨みつけ、隠すことなく敵意を放射してくる。ソレがビリビリと、肌を泡立ててくる。この牢屋の中の空気を、息苦しくもさせてもきた。……醸し出すプレッシャーからも、トビよりも格上の敵だと判断できた。
そして、おそらく―――
「……閣下。なぜここに? それに、そのお姿の変わりようは……まさか!?」
「貴様こそ。なぜここにいる?」
静かなれど鉄槌のような問い。向ける視線は、困惑ではなく糾弾。
トビはそれだけで、うな垂れ黙った。
「……ふん! 四神将の中でも、特に目をかけてきてやったお前が、ガランに取り込まれるとはな……。
せめてもの情けだ。そこなガラン達を滅ぼした後、我が【獅子猿衆】の一兵に、組み込んでやるわい」
吐き捨てるようにそう断罪すると、こちらに向き直った。敵意を戦意へと、みなぎらせて―――
その直後、弾けるようにして行動/飛び出した。
背中の愛剣を掴みそのまま、突貫。抜き放たつず鞘に入れたまま、間合いに入るまでそうするつもり。通常なら返り討ち必至の凡ミスだが、コレでいい。
ソードスキル発動【抜刀術】___。背負っている鞘が光に包まれた。
納刀状態から鞘を透過して、斬撃を繰り出せる奇襲技。知っていたとしても、刃が見えないことで間合いを測れない。……高レベル同士の【デュエル】の《初撃決着モード》における、セオリーな戦術の一つ。
備えていようが否か、かまわない。コレで終わらせる―――
愛剣をそのまま袈裟斬り、大猿を真っ二つにせんと、抜き放った。
しかし/寸前―――虚脱していた彼が突然、間に割り込んできた。
「―――ッ!?」
防具も防御すらもしていない、丸腰のまま/虚ろな表情のまま。致命傷だろうオレの奇襲斬撃の前に、割り込んできた。
刃が彼に触れる、寸前―――ピタリ、なんとか止めた。……危なかった。
しかし、剣技後の
ソレはほんのわずかな、数秒以内の硬直。しかし、敵を目の前にしてのソレは、致命的だ。
止められている最中、虚ろな彼が、腰だめに拳に力を込めていくと……ソードスキルの光。
何らかの剣技を発動させると、突き出してきた。オレの腹に、掌底を打ち込んでくる―――
無防備に受ける/受けざるを得ない。舌打ちしながら衝撃に備えた。
ただ、わずかながらのタメに助けられた。両足だけは硬直が解けかかっていた。……衝突にあわせて、体を宙に浮かせた。
腹にめり込まれてくる拳。そのまま内臓まで貫かれるのを、腹筋を固めてガード。衝突のベクトルは踏ん張らずにそのまま、飛ばされるままに―――
吹き飛ばされている最中/【転倒】を受けるかの瀬戸際、課せられた硬直から解放された。再度両足を床に押し付けると、ズザザザァ―――踏ん張り抜いた。
吹き飛ばしが止まると、顔を上げ、敵を睨みつけた。……虚ろな彼の後ろでニヤリと、嗤っている大猿を。
「―――なかなか、良い決断力であった。が……爪が甘い」
そう大上段から皮肉を告げると―――ガチャン。
遠くから、どこかの扉が閉まる音が刑務所中に鳴り響いた。
さらに―――ガラガラ。
鉄格子が開く軋み音が、そこかしこからが鳴りたった。……刑務所中の牢屋が、自動的に解放された。
「コレでお前たちには、勝ち目も逃げ場もなくなった。捉えた後は……コヤツと同じ、肉人形に仕立て直してやろう」
冷酷に居丈高に、死の宣告をしてくると……ペタペタ/ゾロゾロ。
牢屋から、先まで微動だにしていたなかった囚人/患者たちが、歩み出てきた。
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