偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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はじまりの街 鐘

 

 

「お取り込み中悪いんだけど……、まだ終わってないぞ?」

「何が?」

 

 アレと、すぐそばでピクピクと横倒れているイノシシを指さした。先のオレの攻撃がうまいところに当たったのか、【転倒】しただけでなく【気絶】までしていた。まだ起きる気配もない。

 

「あとちょっと小突いただけで終わりだから、トドメ」

「最後は君の手で終わらせなければな」

 

 やりたくなさそうな顔をしているクラインを、二人で促した。

 気持ちはわからないでもない、数の暴力での弱い者イジメみたいな結果になってしまった。これ以上何かするのは良心に反するような気がしてくる。だけど、このまま逃がすのも違うだろう。そもそも起き上がったとしても、逃げてくれることもないはず。

 

「……はぁ、しゃぁねぇな。やりゃぁいいんだろ―――」

 

 これみよがしにため息を吐き出すと、自分の持っている海賊刀に集中した。

 

「モーション……、モーション……」

 

 呪文のようにブツブツと呟く。落ち着け落ち着けとも。そして、ぎこちなく初動モーションをとる=武器を右肩に担ぐように構え腰を落とした。

 すると、今度こそ検知されたのか、ゆるく弧を描く刃がぎらりとオレンジ色の光に包まれた。ソードスキル発生のライドエフェクト。

 ソレに後押しされるよう、体が滑っていく。流れに逆らわず、前へ跳ぶ―――

 

「りゃぁぁッ!」

 

 太い掛け声と同時に、それまでとは打って変わった滑らかな動きで、左足が地面をけった。じゅぎゅーんと心地よい効果音が鳴り響くと、刃が炎の軌跡を宙に描いた。

 片手用曲剣基本技【リーバー】。今まで散々できなかった技を、イノシシへ叩き込んだ。半減していたHPを、吹き飛ばしていく。

 キレイに残心も決めると、驚きをあらわにした。

 

「うぉ!? ま、まじか? もしかして今、できた……のか?」

 

 成し遂げながらも信じられず、切ったイノシシへ振り返った。

 ふぎィーと哀れな断末魔を上げると、一瞬、足を硬直させた不安定な状態で固まった。四肢がピンと張り伸ばされる。そして、ピクリとも動かなくなった。急激に減少していったHPも、ようやく0になった。

 

「お……、うおっしゃぁぁッ!」

 

 それを確認すると、クラインは、派手なガッツポーズを決めながら雄叫びを上げていた。そして、満面の笑みで振り向くと、左手を高く上げた。苦笑しながらもソレに付き合って手を挙げると、バシンっと、ハイタッチを交わした。

 

「おいおい、見てくれたか二人共! ついにやってやったぜ俺ぁ!」

「うむ。まごうことなくソードスキルだったぞ」

 

 やったなクラインと、コウイチが賞賛の微笑みを送った。

 【気絶】してる相手にできても、あまり意味がないんじゃ……。なんて言葉が喉元まで出てきたが、寸前で飲み込んだ。ウキウキと浮かれているクラインを見ていると、水を差すのは野暮だろう。オレの方が年下なのだろうが、大人な対応をしよう。

 

「初勝利おめでとう。……でも、そのイノシシ、ほかのゲームではスライム相当だけどな」

「えっ、マジかよ! 俺ぁはてっきり中ボスかと思ったぜ」

「なわけあるか」

 

 笑いを苦笑に変えながら、もしもの為にと用意していた剣を鞘に収めた。

 そして、掴んだソードスキルの感触をもう一度試そうと武器を構えているクラインに、コウイチが注意を施した。

 

「クライン。アレもちゃんと処理しないといけない。あのままだと経験値が手に入らないぞ?」

「へっ? ……て、あれ? 本当だ。どういうことだ、0のまんまだぞ?」

 

 コウイチに言われてメニューウィンドウを開き確認すると、首をかしげていた。自分のステータス画面にあるはずの数値の上昇が、見当たらなかったらしい。

 

 このゲーム、SAOの特徴のひとつは、プレイヤーは必中の魔法・遠距離武器を扱うことができないことだ。それは、運営側がプレイヤー全員に、VR体験を存分に味わってほしいための処置だ。等身大、またはそれ以上のモンスターたちと肉薄しながら戦うスリルは、否が応にも鼓動をはやめる。ここが、現実と同じものであることを教えてくれる。リアリティ―――。その言葉に忠実であるための、設計の一つだ。

 そしてもう一つが、今俺たちの前に横たわっているイノシシだ。微動だにせず、ただそこにある。時折微風が、その毛皮の上を撫でるように走ると、ゆらゆらと青い剛毛が揺れた。先程クラインが付けた傷跡だけが、黒味を帯びた赤で明滅している。その周りには鮮やかな赤が溢れていたが、今ではその流出も止まりかけ傷跡だけがライトエフェクトを淡いでいた。

 死骸……。そうとしか言えないような静寂のまま、イノシシは地面に横たわっていた。

 

「お前、さてはちゃんと講習を聞いていなかったな? ただ倒しただけでは何も手に入らない、後処理が必要だ」

「うるへぇ、忘れただけだ」

 

 恥隠しにムスリとそっぽを向いた。ソレをみて苦笑する/それだけに留めた。……オレもコウイチに教えてもらったが、ソレは黙っておく。

 

 ただ倒すだけでは、武装が摩耗してHPが減って所持アイテムを損失させるだけだ。モンスターとの戦闘は、消費行動でしかない。唯一ソードスキルのレベルは上昇するが、それを上げるだけならば、倒す必要はどこにもない。街にある街路樹などを相手にスキルを放てば、ある程度までではあるが、スキルを上昇させることはできる。しかしこのSAOは、レベル制度を採用しているRPGだ。

 従来のRPGなら、自動的に手に入れることができる経験値やお金。だけどこのゲームでは、プレイヤーがある一定の行動を取らない限り手に入れることができない。

 

「そのイノシシの死骸に手を伸ばして、こんなふうに―――手の形を作ってかざすんだ」

 

 そう言いながら俺は、右手の手の平をイノシシに向けながらかざした。人差し指と中指・薬指と小指をくっつけて、大きなVサインを作りかけた。寸前で止める。……戦闘に参加してしまったオレがやると、認可されてしまう恐れがあった。

 

「……こうか?」

 

 俺の真似をしてクラインも、自分の手をイノシシの死骸にかざした。

 すると、ほんの数秒後、クラインのかざした手がほんのりと淡い光を帯びはじめた。

 

「うぉ!? 何だなんだ?」

 

 同時に、その青白いライトエフェクトは、イノシシの体全体にも放たれ始めた。

 徐々に光は、淡い仄めきから煌びやかな輝きへと光度を増していく。そして、その光がイノシシの輪郭をぼやけさせるほどまで膨れ上がると、途端に、光そのものがズレ始めた。イノシシを中心に輝いていたその芯が、体の外へと抜け出てきた。ある一定の境界、イノシシのフォルムの外に押し出されたそれは、そこから吐き出されたかのように、飛び出してきた。

 そして、青白い光の小さな塊は、そこからまっすぐに飛び出すと、クラインの掲げた手のひらへと吸い込まれて一体となった。

 

「うひゃぁッ!」

 

 変な声を出しながらクラインは、慌てて手を胸元まで引っ込めた。

 光の玉が手に平に当たるときは、硬式野球の球をミットで捉えたかのような音を6割減した音を出す。だが衝撃はほとんどない。足で踏ん張る必要すらなく、歩きながら、別の方向を振り向きながらでもできる。それは攻撃ではないからだ。

 俺は、ホンの少し笑いを含ませながらクラインを見た。彼の今の気持ちはよくわかっているつもりだ。俺も初めてこれを体験したときは、同じような反応した。ただ傍から見ると、微笑ましいものを感じざるを得ない。

 

 クラインの手は、先程まで光を帯びていたが、今は元に戻っていた。しかし、その手を不気味そうに見つめながら、グーパーと指を動かして手の感触を確かめていた。

 すると、視界の隅でイノシシの死骸も変化していた―――

 先程までは、動く気配は全く見えないといえども、周囲にあるオブジェクト、特に俺の足元に転がっている小石とは明らかに違う肉の感触が見て取れた。加えて、周囲のフィールドと滞りなく繋がっていて、気にしなければ無視できるような微風の影響すらその毛皮で表現していた。が、それとも違った姿に変わっている。まるで、表面からコンマ数ミリを境界にして、イノシシがフィールドから切り離されているかのようだった。見た目は変わっていないが、時間が止まったかのように固まって、あらゆる環境の影響下から切り離されて凍っている。躍動的な動画として描かれたものが、急に、立体的な静画として止められてしまった。

 それも一瞬、瞬く間もなくイノシシは、その凍った体をボロボロと崩壊させていった。ガラス塊を思い切り砕いたような音ともに、跡形もなく消滅した……

 生物としての消え方ではありえない。体に幾重にも亀裂が走り砕ける。剥がれた欠片は、細かく、砂粒にも満たない微粒子にまで分解した。そして、最後に一瞬だけ、白い光子となって煌き中空に溶けて消えた。

 跡には何も、どこにも気配すら残さずに。クラインと死闘を繰り広げた【フレイジーボア】は消えた。

 

「これでようやく、戦闘終了だ」

 

 俺は、無意味に掲げていた右手を戻しながら言った。

 【パーティー】を組んでいない他プレイヤーは、その経験値(このゲーム世界では【星力(ハーモス)】(略称ハス))を手に入れることはできない。生きている間に攻撃を加えていたのなら話は別だが、倒れたモンスターに手をかざしただけで経験値を掠め取ることは、できないように規制されている。

 ただ、小石の投擲のヒットによって、俺も経験値を獲得できる権利を得ていた。だが、このイノシシ程度の経験値を分配して欲しいほど、セコくはない。また今の初期の段階では、専用の補助スキルや装飾品は存在するが、システムに検知されるわからない距離から手をかざしていたため、俺に経験値が入ることはなかった。

 

「……なんだか、魂を吸い取ったみたいで、嫌な感じだ」

 

 そう言いながら、自分の中に入っていったであろう『何か』を気味悪がった。

 

「確かに、言われてみるとそうだな。先までは敵同士で、いわば対等な競争相手としてあった。だが、すでに倒れたアレは違う。こちらが一方的に奪ったような、してはならない一線を越えてしまったような……、罪悪感を感じざるを得ない」

「いやいや、さすがにそこまでは……ないだろう?」

 

 真面目に応えたコウイチに、歯切れの悪いツッコミを入れた。

 ただの経験値=数字=データのやり取り、とは割り切れないモノがあるのは、同感だ。魂と言い切れるほど大げさではないが、生きるために必要不可欠な何かであることは疑いない。殺した……。その言葉が脳裏をかすめてくる。

 ソレを振り切るように/見ないように、クラインはことさら明るく話題を変えてきた。

 

「経験値はゲットしたが……、金の方はどうやって手に入れるんだ?」

「ああ、それなんだが―――」

 

 俺は言いながら、イノシシがいた場所に視線を送った。クラインもそれに従って、そこを見た。今はもうそこは、気持ちよく風にそよぐ草原があるだけ。

 

「倒したモンスターから経験値を手に入れると、あんなふうに、モンスターの体が消えてなくなる。装備してた武装や切り離した体の一部とかは消えずに残ることもあるんだけど、大抵はああやって跡形もなく消える。特に獣系のモンスターは、全部消えることが多い」

「……回りくでぇな、一体何なんだよ?」

 

 クラインの追求に、俺は閉口した。

 これは、先に言っておくべきことだった。講師としては失点ものだ。ただ、もうソードスキルの感覚を掴んだのなら、あのイノシシ程度はラクラク倒せることだろう。次の機会で試せばいいことだ。

 自分の中で納得すると、説明を続けた。

 

「金を手に入れるためには、倒したモンスターの身体を街まで運んで、店に売らなくちゃならない」

「ほえ? ……身体を、売るのか?」

「そこだけ取り上げるな! 変な意味に聞こえるだろうが」

 

 クラインの合いの手に、思わず突っ込んでしまった。

 コホンとひとつ咳払いをして続けようとするが、クラインがニヤニヤしながらこちらを見ていた。「どんな意味だよ、何か変なこと考えたんだろう?」と、煽り立てるように。

 そんなスケベ野郎にキッと、返答替わりの視線を差し向けた。だけど既に、口笛を吹きながら素知らぬ顔をしていた。

 何か言い返してやろうとしたが、やめた。こんなことで力使うのはもったいない。ため息をこぼすと、説明を続けた。

 

「……正確には、さっきのイノシシだったら、【ボアの生肉・★1】とか【ボアの骨・★1】だな。極まれに【ボアの牙・★1】も手に入る。死骸を解体することで、それらの換金アイテムを獲得する。そして、それを街の市場とかで売って金に変えるんだ」

「うへぇ……。死体を解体するのかよ……」

 

 その場面を想像したのか、形の良い眉をひそめてげんなりしていた。

 

「安心しろよ。解体といっても、実際は剣先でちょこっとつつくだけでいいんだ。そうすると先の死骸が、骨付き肉か親指大の牙に変わってるんだ」

「……んだよ。それを早く言えよ」

 

 ブスっとした表情をさせながら睨んできたが、先ほどのお返しとばかりに、無視してやった。

 そんなオレに引き継いで、コウイチが続けた。

 

「ただ、それをやると経験値が手に入らなくなる。解体してしまうと、死体も消えてしまうからな。……どっちを手に入れるかは、考えてから決めなくてはならない」

「経験値かアイテム、どっちかひとつだけか。―――なかなか厳しいゲームだな」

 

 そう言いながらもクラインは、不敵な笑みを浮かべていた。

 代々続いてきた武家の若棟梁とでもいうような、眉目秀麗な姿かたち。それはもちろん、彼の現実の姿ではないだろう。かというオレも、正統なRPGにはよくいるような、正義の味方の主人公顔をしている。が、もちろんオレ本来の顔とは違う(かけ離れているというのは言い過ぎだが)。オレの要素はこの顔には微塵しか見当たらない。クラインの顔も(本当だったら土下座ものだがおそらく当たりだろう)オレと似たりよったりだろう。

 そんな偽りの仮面の中でも浮かべた表情は、なぜだか、クラインらしいものだという感じがした。クラインのことは、会ったばかりで本名すら知らないのだというのに、彼にふさわしいものだという直感がオレの頭の中で響いた。

 厳しいゲーム。だからこそ、この俺がクリアしてやる―――。クラインが浮かべたそこには、アバターの清潔さとは程遠い、生の/ゲーマーの野心がにじみ出ていた。オレも釣られてか、そんな笑い顔を作りそうになる。

 

「死体のアイテム化だけは、倒した本人じゃなくてもできるらしい。だから、周りにほかのプレイヤーがいないか気をつける必要があるだろう。マナー違反ではあるだろうが、罰則規定は設けられていない、プレイヤーたちの判断に委ねられている。……獲物を掠め取るプレイヤーは、少なからず出てくるだろう」

「……確かに。いるだろうなぁ」

 

 コウイチの忠告にクラインは、非難はできないが肯定もできないと、難しそうに苦笑した。オレも似たような表情を浮かべた。

 β版の時には、なかった気苦労だ。この本番で変更されたシステムだ、おそらく一番の変更点だろう。βでは自動的に経験値とアイテムが振り込まれた、倒したプレイヤーとそのパーティーのみが報酬を享受できる、横手からしゃしゃり出て漁夫の利を掠め取ることはシステム的に不可能だった。でもここでは、ソレができる。……コウイチの予測は、残念ながら当たってしまうことだろう。

 

「まぁ、まだ第一階層で、そんなことをする奴はいないと思うけどね」

「そう願いたいものだな」

 

 そうまだ、少なくともこの階層と次の階層までは、そんなハイエナじみたことはできないだろう……。やるにはリスクが高すぎる。掠め取ったアイテムを自分の懐に収めたままでは、追いつかれたとき奪い返されてしまう。追跡者の手が届かない保管場所に、すぐさま送り込めなければいずれ袋だだきにされるだけ。ソレもおそらく、考えている以上に早々に。

 【ギルド】設立。パーティーを越えた人数と手を結び合うこのシステムは、三階層で初めて使える。ギルドに加入していれば、金やアイテムを加入者間のみメニューを通して実際にその場にいなくとも自由に交換できる、預金したりアイテムを保管することができる。掠め取ったアイテムをすぐに、ギルドのアーカイブに送信することも。

 

「コウイチ、お前の方はどうすんだ? ほっぼらかしたままじゃねぇのか?」

「ん? ……ああ、そうだったな。忘れていたよ」

 

 指摘されてようやく思い出したと言うかのように、先に倒していた鳥へと向き直った。

 Vサインをかざそうとする寸前、止めた。

 

「悪いコウイチ、解体で頼むよ」

「目的のアイテムはもう手に入れたはずだが……。なるほど、クラインにかな?」

「これも何かの縁だよ」

 

 二人で何事か通じているのを、クラインは首をかしげた。何なのか尋ねてくる前に、コウイチは槍を抜きその穂先で鳥を小突いた。

 とんと、軽く穂先が触れると、まるでスイッチが押されたかのように解体が始まった。鳥の死骸は光に包まれぼやけ、別のモノへと変わった。灰緑色の小さな羽が一枚=【クロウの羽・★1】が、鳥がいた場所に現れた。

 コウイチはソレをつまみ上げると、クラインへ手渡した。

 

「なんだこりゃ? もしかして……、くれんのか?」

「そのまさかだ。君とは今後も付き合っていきたいので、まずは挨拶がわりに」

「いいよいらねぇって! てめぇで持ってろよ。俺はレクチャーしてくれただけで腹いっぱいなんだ、これ以上は受け付けねぇ」

「先にソレを持っていった方が、いいアイテムくれるお使いクエストがあるんだよ。始めたての今じゃあの鳥を狩るのは難しいし、時間をかけたら報酬のランクも落ちる」

「うッ! まじか……。で、でもよぉ―――」

 

 オレの援護射撃に食指が動いてくれたか、クラインは難しそうな顔で迷う。

 あとひと押し。こちら側に引き込む言葉を口に出そうとする前、クラインは顔を上げた。

 

「OK! コイツは貸しだ。いつか必ず返す」

「期待してるよ」

 

 吹っ切れたように宣言すると、コウイチの手からソレを受け取った。

 

 モンスターのいなくなった草原。歩き回るか時間が経てば遭遇するのだろうが、そのためにはもう少し街から離れる必要がある。まだまだ探索したい気持ちは山々で、もっと奥へ進みたい。

 でも今は、街に戻って準備を整えないといけない。必要なアイテムはゲットした。街の中もまだ探索しきれていない。一度戻るのが当初の/コウイチとの予定だったが、

 

「……さて、どうするクライン? もう少し勘がつかめるまで、この狩場で狩っていくか?」

 

 クラインを置いていくわけにはいかない。

 まだ一緒に行動すると決めたわけではない、そもそもどんな奴なのかもわからない。だが、この場の空気では既にそうなっていた。ただ空気なので、確信は持てない。一応は他人ということで/水臭いかもしれないが、尋ねた。

 

「コホンッ。まぁ……、なんだ。お前たちには、めっちゃカンシャしてる。それはゼッタイだ」

「スゲェ棒読みに聞こえるぞぉ」

 

 わざとらしい感謝を茶化すと、心外だと言わんばかりに苦笑した。

 

「こりゃマジだよ、キリト。

 ただ俺は、ここらで一度落なきゃならないんだわ。アツアツのドミノピザが俺を待ってんだ」

「ほほぉ、宅配でも頼んだのか。準備万端じゃないか」

「おうよ、腹が減っては戦はできねぇ。今夜は夜通しヤリまくるからよぉ」

 

 クラインの返答にコウイチは、どうにも答えられないと微苦笑で返した。遅れてオレも気づき、やはり苦笑いを浮かべた。

 

「それじゃ悪ぃな。この礼はいつか必ず返すからな、精神的に」

 

 そう言いながらクラインは、ニカッと笑うと、右手を差し出してきた。

 オレのは精神的にか……。苦笑しつつも、その手をためらわずに握った。

 

「これからもよろしく頼むぜ、キリト」

「こっちこそよろしくな、クライン。また訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」

「おう、頼りにしてるぜ!」

 

 言い終わるとクラインは、手を離して一歩二歩と、後ろに下がった。右手を振ってメニューを展開した。スクロールして、【ログアウト】ボタンを探す―――

 

 この瞬間までだった。ここから世界は、急変した。

 

 

 

 

 

 ―――リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……

 

 

 

 

 

 何処からともなく、鐘の音が鳴り響いてきた。始まりを/終わりを告げる、不吉な鐘の音……。

 オレが/プレイヤー全員が、ここを遊び場と楽しんでいられたのは、その時までだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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