~ラパン 民間居住区 孤児院~
「・・・!ーーー!」
「!」
まただ。
ルナールが物置の裏で皆に怒られてる。
「・・・。」
気になって様子を見ることにした。
物陰に隠れて耳を澄ましてみる。
「だから、ラパンはそんな怖い子じゃ・・・。」
「怖いとか怖くないとかじゃない!まだ安全って決まった訳じゃないんだよ!?私達、あんたの為に言ってるんだよ!」
「でも、普通に話してるし、近くにいたってなんにも・・・。」
「何か起こってからじゃ遅いんだよ!ルナール、頼むからあいつに近寄らないでくれ。オレたち心配なんだよ!」
「・・・・・・。」
どういう・・・こと?
私、危険な子なの・・・?
私にすら分からない、なにか危ない事を・・・あの子たちは・・・知ってるの・・・?
「ラパンは普通の女の子だよ。」
「普通なわけない!だってあいつ・・・!」
「ッ!」
怖くてこれ以上何も聞けなかった。
私は耳を塞いで走った。
ただひたすら、あの子たちの声が聞こえない場所を目指して走って、寝室に逃げ込む。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
呼吸が落ち着かない。
走って疲れただけだよね・・・?
「・・・ッ!」
自分のベッドに飛び込み、毛布で身をくるむ。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・。」
それでも呼吸が落ち着かない。
それに今度は寝転んだせいで分かる。
震えも止まらない。
歯もさっきからカチカチ言っている。
「私・・・なんなの・・・?」
『ラパン、君は『普通の女の子』だ!どこにでもいる、ただの『普通の女の子』だ!』
不意に先生の言葉を思い出す。
先生・・・なんであんな事言ったの・・・?
私に言い聞かせる様に言ったあの言葉は嘘なの・・・?
私の前で見せてくれたあの笑顔が私の中でガラスの様に砕けそうになる。
「違う・・・先生は・・・先生は・・・!」
右手で胸を必死に握り締め、自分を叱咤する。
先生は私を迎え入れてくれた人だ。
あの人を信じなかったらもう私には信じられる人間なんていない・・・!
そんなのあんまりだ!
「怖い・・・!」
先生の言った事が本当なのか・・・あの子達が言ったことが本当なのか・・・私には分からない。
怖い・・・。
怖い・・・。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い!!
~ノワール マザーシップ 最深部前~
「よりによってお前かよ。」
エスカに向かって銃を構えながら皮肉を吐く。
「エスカ・・・冗談じゃよな・・・。」
ネージュの声が震えている。
「・・・ぃ・・・・さぃ・・・・・・。」
エスカは何かブツブツ言っている。
「これは・・・。」
俺には最悪の事態しか頭に浮かばない。
「いやぁ、間に合って良かった良かった!」
奥から声が聞こえたかと思うと、男が一人姿を現す。
研究員の白衣を着ている、恐らくは今回のスレイヴデューマンの・・・。
「貴様、研究員の奴か!」
「ええ、はじめまして。この度彼女を調整させていただいた・・・。」
「『ウィル』だろ?」
「おや?」
ウィルはその細目で物珍しそうに俺を見る。
「あなた、どこかで会いましたっけ?」
「安心しろ。初対面だ、だがエリックには聞いたことがある。エグい人体実験を繰り返すゲス野郎がいるってな。」
「それはまた人聞きの悪い・・・。」
「今回のスレイヴデューマンも大方お前が主犯格だろ。」
「主犯格・・・まるで悪い事してるみたいじゃないですか。これも人類の未来を思ってしていることなのに・・・。」
「それが『これ』か・・・?」
エスカに視線を戻す。
「彼女の『再調整』には時間がかかりましたよ。まぁ、あなたたちに『不慮の事故』があったおかげで時間には充分余裕がありましたけど・・・。」
「ああ、『不慮の事故』だったな。乗ってるキャンプシップがスレイヴデューマンに自爆テロされるなんて最悪な『不慮の事故』だ。」
「もしかして怒ってます?」
「怒っちゃいないさ。俺も大人だからな、そんな些細な事で怒らないさ・・・ただ。」
銃をエスカに構えたままウィルを睨む。
「てめぇ人並みに楽に死ねると思うなよ・・・?」
~ラパン 民間居住区 孤児院~
気分が晴れない。
庭園のベンチで本を読む気にもなれず、横たわっていた。
「ラパン!お待たせ!」
「・・・。」
ルナールの方に視線を移すが、返事を返す気になれない。
「どうしたの?元気ないね!」
「ルナール・・・。」
「?」
ルナールはキョトンとして私を見る。
「おい!ルナール!!」
「!!」
近くで怒鳴る声が聞こえてそっちを見ると、男の子と数人の子達が物凄い剣幕で此方を見ていた。
「ちょっと、まずいよ・・・!」
子供の一人が怒鳴った男の子を必死に止める。
「ダメだ!もう我慢出来ない!!おい、ルナール!!そいつから離れろ!!」
「・・・・・・。」
男の子の言葉に、私は驚かない。
「だ、大丈夫だよ・・・別に。」
ルナールはおろおろしながらも答える。
「ねぇ・・・。」
子供達の前に歩みだすと、みんな一斉に一歩引く。
「なんで・・・みんなそんなに私の事怖がってるの・・・?」
「・・・。」
みんな黙って視線を反らす。
「教えてよ!!」
「本当に分からないの・・・?」
集団の中の一人の女の子が顔を引き吊らせながら言う。
「知ってるの?じゃあ教えて!」
「言えない・・・。」
「どうして!!」
「先生と約束してるから・・・。」
「え・・・。」
「先生が『触れないであげて』って言った。だから言わない。」
「先・・・生・・・?」
先生が私の何か恐ろしい所を知ってて、みんなに黙って貰うように言ったの・・・?
『君は『普通の女の子』だ!』
先生の言葉が、笑顔が、どんどん薄らいでいく。
「あは・・・。」
砕けていく。
『何処にでもいるただの』
「あははは・・・!」
消えていく。
「あはははははははははははははははは!!!!!!」
『『普通の女の子』だ!』
「うあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
心の中に色んな黒いものが混ざった様な気分で前を見ると、子供達が恐怖の表情を浮かべながら私を見ていた。
「・・・全部嘘だったの?あの言葉・・・。」
涙が溢れて前が見えなくなる。
「ひどいよ・・・先生・・・ひどいよ・・・・・・ヒドイ・・・みんなも・・・ひどいよ・・・!」
涙を拭いて訴えかけるように前を見るとみんなの様子がおかしかった。
みんな、上を見ていた。
私の上を見上げるように。
その顔は、さっきの表情とは比較にならない程恐怖に満ちていた。
「ヒィ!!」
「うわああああ!!」
「逃げ、逃げろおおお!!」
子供達は一斉に逃げていく。
「なんで・・・。」
この光景、見たことがある。
私が前の家に居たとき。
パパとママが私を部屋の外から見ていたあの時の光景だ。
悲鳴を上げて逃げていく、あの訳の分からない光景だ。
「ラパン・・・。」
ルナールに声を掛けられてルナールの方を見ると・・・。
「!?」
ルナールの表情がおかしい。
笑顔で笑っているが、その表情は明らかに作り笑いだ。
何より、目が笑っていない。
見開いて瞳が泳いでいる。
まるで怖い動物を無理に警戒させないように笑顔を作っているような顔だ。
「ラパン、私別に気にして・・・。」
「うぅ・・・!!」
耐えられなかった。
必死に走ってルナールから逃げた。
~ノワール マザーシップ 最深部前~
銃撃を放つ。
しかしエスカは警戒にステップを取り、銃弾を回避していく。
「くそッ!」
動きを封じようと足を狙うと、今度は高く飛び上がる。
そのまま空中で宙返りしたかと思うとダガーを構えたまま物凄い速さで滑空してきた。
ダガーの奇襲用フォトンアーツ、『レイジングワルツ』だ。
「くっ・・・!」
なんとか横っ飛びで回避する。
だが、レイジングワルツには切り上げる動作があり、エスカの使うツインダガーは空中戦向きだ。
つまりまた空中に上がったエスカは・・・。
「・・・さぃ・・・・んなさ・・・。」
空中から斜め下に滑空しながら飛び蹴りを放ってくる。
同じく奇襲用のフォトンアーツ、『シンフォニックドライブ』だ。
「うっ・・・!」
回避しきれず、銃で蹴りを防ぐ。
エスカは蹴った勢いで再び空中に上がり、今度は物凄い速さで刃を振るうと、真空の刃が何度も襲いかかる。
中距離用のフォトンアーツ、『ブラッディサラバント』だ。
「やっぱそれだな!」
手の内を知っていたのでなんとか後ろに跳んで射程外に逃げる。
「・・・全く。」
俺が帰還命令無視して連れ戻しに来る都合上、何回か闘り合ったことはあるが、やはり手強い。
手加減して勝てる相手じゃない上に今回は人質でもある。
殺さず無力化させるにはかなりの至難の業だ。
「おやおや、さっきの勢いはどうしたんですか?」
「てめぇ・・・自分が戦ってもいねぇクセに意気がってんじゃねぇよ。」
「私は科学者です。自分の得意分野で戦うことに何の不義があるんですか?」
「・・・お前とは一生話が平行線になりそうだな。」
「いいんですか?私と話なんかしてて・・・。」
「!!」
エスカの姿を見失った!
「くっ・・・!」
嫌な予感がしてネージュの方を見るとやはり向かっていた。
「ッの野郎!」
エスカに銃を乱射しつつ追いかけるがすぐにエスカはこちらを向いて回避し、一気に近づいてきた。
しまった、罠だ!
エスカはかなり距離をつめてダガーを横振りに振るってくる。
後ろに跳んで回避するがそれでもダガーの射程内だ。
俺に残された手段は銃でこれを防ぐ事だがもうそれが無駄だと分かっていた。
銃とダガーの金属と金属がぶつかり合う音がした瞬間、エスカの姿が消える。
すると四方八方から容赦のない斬撃が襲いかかる。
ツインダガーの真髄とも言えるフォトンアーツ『ファセットフォリア』。
超高速で飛び回りながら斬撃を喰らわせる攻防一体の攻撃で、ツインダガーの中でも最も強力なフォトンアーツだ。
「ぐああああああああああッ!!!!!!」
動きが全く捉えられず、一方的に鱠切りにされる。
斬撃が止む頃には、俺には立っている余裕などなく、倒れまいと膝を着きながらも上体を起こすのに精一杯だった。
「ぐっ・・・!」
「どうやら終わりのようですね・・・エスカ、とどめを刺しなさい。」
「・・・。」
エスカが今にも俺にダガーを突き出そうとした瞬間・・・。
「ッ!!」
ネージュが俺の前に立ち、あろうことか、両手を広げて仁王立ちする。
「・・・なんの真似ですか?」
「エスカ!!目を覚ませ!!わしが分からんのか!!」
「バカ、逃げろ!!!」
「何を言っても無駄です。」
「・・・。」
エスカはダガーを振り上げ、ネージュに向かって降り下ろそうとしている。
「・・・ぃ・・・・さぃ・・・。」
また何かぶつぶつ言っている。
「・・・のう、ウィルとか言ったか?」
「なんです?」
「貴様の『再調整』とやらは本当に完全な物なのか・・・?」
「ええ、完全ですよ。何せ彼女は既にスレイヴデューマンになっていました。調整なんて簡単でしたよ。最初にスレイヴデューマンになってから多くの無駄な感情を覚えた様ですが全て取り去り、完全な本来の兵隊になって頂きましたよ。今にでも命令一つで貴方なんて簡単に殺します。」
「エスカはわしの仲間じゃ!!」
「貴方がどう言おうが・・・。」
「黙れぇッ!!」
ネージュの叫びに場の空気が震えるのを感じた。
「・・・さい・・・・・んなさい・・・。」
段々エスカの言葉が分かってくる。
「ならエスカはなんで・・・!」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
「なんで謝りながら泣いてるのじゃッ!!」
ネージュの言う通りだった。
エスカは相変わらず顔の表情は変わらないが、その目からは涙が流れている。
「なっ!?」
ウィルも予想外のようで、先程までの余裕の表情が一転して強張っている。
「有り得ない・・・エスカ、早くそいつを殺しなさい!!」
「ごめんなさい・・・。」
エスカはダガーを振り下ろす。
「ッ!!」
ネージュは思わず身を縮めて身を守る姿勢になるが、何も起こらない。
「・・・!」
エスカのダガーがネージュの額の上で止まっている。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・。」
「エスカ・・・!」
「ふふ・・・はは・・・あははははは!!」
ウィルは頭がおかしくなったのか、腹を抱えて笑い出す。
「有り得ないですよ!三文小説じゃあるまいし、科学を超えた奇跡なんて!」
「貴様・・・この期に及んで・・・!」
「まぁ、いいですよ。こちらも彼女に万が一仲間に手が出せない時に備えての手段は考えていましたし。」
そう言うとウィルは懐から銃を取り出す。
「見せてあげますよ。科学を超えた奇跡なんて有り得ないとね。」
するとその銃をエスカに対して発砲する。
「うっ・・・!」
「エスカ!!」
エスカは一瞬ぐらっとしたが、倒れる様子はない。
「貴様・・・何をした!!」
「特殊な強心剤を仕込んだ弾丸です。これを撃ち込まれた者は戦いの命令には逆らえません、決してね!」
「何じゃと!?」
「・・・。」
エスカの様子がおかしい。
先程の虚ろな目と違い、目が完全に見開かれている。
「さっきみたいに貴方に攻撃出来なくなるのも考慮して、念のためにもこう命令させていただきます。」
「何!?」
「まさか・・・!」
ネージュは分かっていないが、俺には展開が読めてしまった。
「自爆しなさい、エスカ!!」
エスカはネージュの肩をがっしりと掴んだまま、口を大きく開ける。
不味い、歯に仕込んだ起爆スイッチを作動させる気だ!
「逃げろッ!!」
「エスカ!!」
エスカの口は容赦なく閉じられる。
全てが終わったと思った瞬間だった。
この時、ネージュは有り得ない行動に出る。
逆にエスカの肩を掴み、自らの身体を引き寄せ、口を口で塞ぐ。
「そんな事して止められる訳ないでしょう!エスカ!自爆しなさい!」
「・・・。」
「・・・どうしたんです、自爆を!」
「・・・。」
数秒経ったが、爆発は起こらない。
「ウゥ~・・・!」
「?」
獣のようなネージュの唸り声が聞こえて動かない身体をどうにかずらして様子を見ると状況が分かってしまった。
どうやらエスカの歯に自分の歯を横向きに噛み合わせ、歯を止めているようだ。
端から見ればそう見えるが、状況が分かると到底キスには程遠い光景だ。
「ったく・・・。」
最後の力を振り絞ってエスカの後ろに回り込む。
「お前ホントアホだなッ!!」
銃でエスカの首筋を殴るとエスカはそのまま倒れる。
念のため確認したが、ちゃんと気を失っているようだ。
「ノ、ノワールゥ・・・!」
ネージュはしゃがみこんで項垂れながら恨みの籠ったようなドス黒い声を上げる。
「・・・恨まれる覚えはないぞ。こうでもしないと助けられ・・・。」
「口、切ったのじゃぁ・・・!」
「え、ああ、そっち?って、それも自業自得だろ・・・。」
「ぐぬぬ・・・まぁよいわ。それよりも・・・。」
ネージュはウィルの方に向きなおす。
「貴様、わしの大事な仲間によう色々やってくれたのぅ・・・。」
「ヒィ!」
ネージュが杖を構えるとウィルは先程の威勢など何処へ行ったのかとばかりに恐怖の声を上げる。
「成敗じゃああ!!」
渾身のイルグランツを放つ。
「うわあああ!!」
ウィルは必死に逃げる。
だが、それが効を奏したのか、イルグランツの射程外に逃げ切りそのままマザーシップの奥に逃げていく。
「逃がしたか・・・追うぞノワール!!」
「待て・・・!」
「む・・・。」
ネージュに制止をかけると、懐から回復薬のトリメイトを出し、封を開け、仮面をずらして喉の奥に流し込む。
すると身体中から痛みが引いて動けるようになる。
「あと・・・。」
さらに懐から錠剤を取りだし、エスカに口に含ませ、小型の瓶に入った水を流し込んで飲ませる。
「なんじゃそれ?」
「睡眠薬だ。これで俺らが居なくなってもしばらくは目を覚まさない。」
「なんでそんなもん持っとるんじゃ?」
「眠れない日が多くてな、常備してるんだ。」
そしてさらに、通信機でアクセスをかける。
『ぐっ・・・やられたよ・・・。』
「・・・。」
セトに連絡をかけたつもりだが、なにやら苦しそうだ。
『反逆者のやつら予想以上に手強い・・・身体中に風穴開けられて・・・。』
「・・・お前の想像の中の俺どんだけ容赦ねぇんだよ。」
『あ、ノワール?』
俺と分かるとセトはケロッとして会話に応じる。
「ったく、今どこだ。」
『さっきのポイントに一番近いトイレの中だよ。』
「なんでトイレにいんだよ・・・。」
『ケガしてるフリするにも限界あるから身を隠してたんだよ。こう緊急状態だとトイレに用を足しにくる奴なんかいないだろうからさ。』
「ハァ・・・それより、今俺がいるポイント来れるか?」
『なに?どうしたの?』
「連中に操られてた連れの仲間を眠らせたんだ。お前んとこで回収してくれ。」
『久々に会ったと思ったら急に人使い荒くない?』
「お前に言われたかねぇよ。昔散々振り回したクセによ・・・それに、お前今本来の仕事放棄して暇だろ?手伝え。」
『分かったよ、座標のデータ送ってくれたらいくよ。』
「ああ。」
端末を起動してセトにデータを送る。
『そこだね。分かった、回収しておくよ。』
「任せた。」
通信を切る。
「さて・・・。」
後始末をつけると、ウィルが逃げた方角を向く。
「待ってろよ、クソマッドが・・・豚のエサにしてやる。」
「おう!!ブーブー言わせるのじゃ!!」
最深部を目指して走った。