第二十話 ~再開と喪失~
~ネージュ アルクトゥス ???~
「ぬぅ!!んぎぎ!!」
手足を赤黒い鎖のような拘束具で固定され、動けない。
さっきから力を込めても全然外れる気配はない。
「無駄ですよ、ネージュ様。先程から分かっているでしょう。」
【従者】は目の前で呆れ気味にわしを見ていた。
「ネージュ様の神託のフォトンの発動条件は『命の危機に陥ること』、だからこそこうして気を失わせる事なく拘束して連れて来たのです。」
「わしをどうする気じゃ!!」
「ふむ、良い質問かもしれませんな。」
考えるように【従者】は顎に手を当てる。
「最初はただ、貴方様の神託のフォトンを警戒し、抹殺を考えていたのですが、如何せん事情が変わりましてな・・・。」
「事情?くっ、貴様の事情なんか知ったことか!!この拘束を解けッ!」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。貴方様に是非とも会って頂きたい方がおられるのですから・・・。」
「へ・・・?」
会って貰いたい奴?
「き、貴様の知り合いなぞ知ったことか!!」
「おやおや、そのような事を仰られておりますが、果たしてお会いして同じことが言えるのでしょうか?」
「なんじゃと?・・・!」
何やら奥の方でカツンカツンと足音が聞こえてくる。
「ッ!?」
足音が近づいてきて音の主が見えた瞬間、わしは目を疑った。
「母・・・様・・・?」
わしと同じ青い瞳、銀色の長く美しい髪。
その顔を忘れたことなど一度もなかった。
ヘイル・・・母様じゃ!!
「母様ッ!」
「ネージュ・・・。」
母様は顔を涙ぐませながら歩み寄る。
「母様・・・母様・・・!」
「ネージュ・・・会いたかった・・・!」
母様はわしを抱きしめ・・・
「なぁんて言うと思ったか?」
る寸前に止まり、嘲笑うかのようにわしを見た。
「ッ!!」
即座に母様から放れようともがいたが、拘束具のせいで思ったように離れられない。
「母様・・・じゃない・・・?」
「へっ!」
わしの言葉に何を呆れたのか、立ち上がり様に頭を掻きながら母様はわしを見下すように見る。
「ったくよぉ、鈍いんだよ!察しろよな!俺様はてめぇの言う『母様』じゃないの!分かる?どぅーゆーあんだすたん?」
こんな下卑た言葉・・・母様が使うはずがない!
母様はもっと気高く気品のあるしゃべり方だったはずじゃ。
「母様じゃないなら・・・貴様、誰じゃ!!何故母様の姿をしておるのじゃ!!」
「だーから!その質問事態ちゃんちゃらおかしいんだよ!まだわかんねぇの?【従者】と一緒にいる時点で気づけや!」
「え・・・!」
『ダークファルスは本来実体がないの。だから生きている者の身体を乗っ取ってこの世に顕現するのよ。』
いつかの少女が言っていた言葉を思い出す。
「まさか・・・!」
【従者】はじいやの身体を乗っ取っている。
じゃあ母様は・・・。
「ダーク・・・ファルス・・・!」
「やっと分かったかこの間抜けぇ!」
その言葉と同時に母様の目は赤く染まり、髪は紫色に変わる。
「嘘じゃ・・・嘘じゃ・・・。」
「ざーんねん!嘘でも夢でもありませえぇん!!」
「は・・・はは・・・・あはははは・・・!」
嘘じゃ、そうじゃ夢を見とるんじゃ!
「ん・・・?おい、大丈夫かー?もしもーし!」
「はははははは・・・!」
「・・・!この感じ・・・!」
「お下がり下さいッ!!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
~ラパン アークスシップ 難民保護区域(七年前)~
「嘘・・・!」
カウンターの受付に確認を取って絶句する。
アークスシップがダーカーの襲撃を受けた際、保護された民間人は端末に自動登録され、受付で安否が確認できる。
でも孤児院の子達や先生は・・・。
「ごめんなさい、何度も確認を取ってるけど、あなたの言った名前の子や院長先生の名前は見当たらない。」
「ほ、他のシップは・・・?
「もし保護されたなら他所のシップに行っても端末から確認出来るわ。でも駄目、どのシップにも保護されてないみたい。」
「そん・・・な・・・!」
あのシップはダーカーの勢いが強すぎて放棄されたらしい。
つまり保護されてないというのは、既に死んでいるか、生きていても未だにあの地獄に取り残されている事になる。
「みんな・・・!」
私・・・ひとりぼっちなの・・・?
その場に崩れて呆然とすることしかできない。
「お姉ちゃん・・・。」
ルナールは心配そうに私の元に歩み寄る。
「ルナール・・・。」
すぐに私は涙を拭う。
「大丈夫・・・大丈夫だよ?」
「・・・。」
「・・・!」
ルナールはその小さな手で私を抱きしめる様に引っ付いてきた。
「ルナール・・・?」
「無理しなくていいんだよ・・・?」
「・・・!」
ルナール・・・やめてよ・・・。
あんたの前では弱い顔しちゃ駄目だって自分に言い聞かせてたのに・・・!
今甘えちゃ駄目なのに・・・!
「うぅ、ぅぐ、うぁぁあ・・・!」
泣いちゃ駄目なのに・・・!
「あああ、うぁぁ・・・!」
私はルナールを抱きしめて泣いた。
「あの・・・。」
「・・・!」
突如後ろから声を掛けられ、慌てて涙を拭って振り向く。
そこにいたのは銀色の髪を後ろで二つにまとめた小柄な女の子だ。
私を見るその表情は何処かしら元気がなく、まるで魂の抜けた脱け殻のようにも思えてくる。
「なに・・・?」
「この写真に写ってるの・・・あなた・・・ですか・・・?」
「・・・!」
女の子が渡してきたのは首に掛けるタイプのロケットだ。
その写真には私と先生が写っていた。
これはいつか先生が手作りでアクセサリーを作ってたとき、私が先生にお願いして一緒の写真を撮ってお揃いで作って貰った物だ。
私は自分の分はちゃんと持ってる。
だとしたらこれは・・・!
「これ・・・どこで・・・!」
「えと・・・メディカル・・・センター・・・。」
「メディカルセンター・・・!」
先生・・・保護されてたんだ・・・!
そうじゃなきゃメディカルセンターにこれが落ちてるはずがない!
「ありがとう!」
「は、はい・・・。」
「・・・?」
女の子は私の手を握る。
「会えると・・・いい・・・です・・・ね。」
何処かぎこちない言葉で話しかけてくる。
「うん、ありがとう!」
すぐに急いでメディカルセンターに向かう。
―――一時間後。
「・・・。」
私は避難区域に戻っていた。
メディカルセンターに行って探した。
でも見つかることはなく、結局このロケットを見せてスタッフの人に確認を取っても『火事場泥棒をした者が此処に運ばれた際に落としたのではないか』という結論に至った。
「・・・。」
どうしようもなく頭の中が空っぽになった。
「お姉ちゃん・・・。」
ルナールがまた私を心配そうに見る。
「・・・。」
私は黙ってルナールを抱きしめた。
~ノワール アルクトゥス ゲートエリア~
ネージュが捕まってすぐ追跡がかけられたのは既に下準備をしていたからだったようだ。
【従者】が最初に現れた次の日、カスラはもしもの事態を想定してエリックをネージュに接触させ、発信器付きのピアスを付けさせていた。
尚、本人にはスレイヴデューマンの件のお礼などと適当な理由をつけていたが、あのアホは何の疑いもなく受け取ったらしい。
アルクトゥスにはキャンプシップを入れず、艦の外から自分達を転送させて潜入した。
キャンプシップは撃墜されないよう、あらかじめ搭載されていたステルス迷彩機能で視認されずレーダーにも引っ掛からないようにしておいたので帰り道に困ることはない。
余談だが、サポートパートナーも一緒につけている。
アオもそうだが、セトのサポートパートナーも法撃を使う遠距離タイプなので隠れながらついてきている。
「・・・。」
「・・・。」
俺達は武器を構え、警戒しながらゲートエリアを進むが・・・。
「なあ。」
「ああ、おかしい。」
俺達は既に違和感を感じていた。
此処は敵の本拠地だ。
だがゲートエリアにはダーカーの姿がない。
俺とあのアホが居たときにはかなりうじゃうじゃ沸いていたはずだ。
―――数分後。
ロビーは隈無く調べた。
ショップエリア、研究施設、司令室、調べられる所は全て調べた。
だがダーカーの姿は雑魚の一匹すら見当たらない。
「・・・次は市街地だな。」
「ああ。」
ゲートをくぐり、市街地に出る。
「・・・此処もか。」
「くそっ、なんなんだよ・・・!」
やはりダーカーは居ない。
「おかしい、座標も間違っていないはずなのに・・・。」
「こんな侵食されたアークスシップがそう何槽もあって堪るか。」
そうだ。
このアークスシップがダミーだったとは考えにくい。
だがこの静かさは何なんだ。
何もないのが反って不気味すぎる。
『汝が眼、未だ我が眼なり』
「・・・!」
頭に直接語りかけたかのような言葉が聞こえる。
「どうした?ノワール?」
「え?」
まさか・・・!
「お前、今聞こえてなかったのか!?」
「え、何が?」
「声だよ。」
「声?」
「・・・。」
セトは真顔だ。
恐らく俺をおちょくるためにわざとふざけている訳では無さそうだ。
『汝が眼、我が身へ運ぶ道標。』
「ッ!」
急に眩しくなって目を腕で覆う。
「何してんだお前?」
セトには分からないようだ。
「・・・!」
目を再び開けた瞬間、全てが分かった。
「あいつか・・・!」
俺の目の前にあったのは、いつぞやで見た道案内をするような光のラインだ。
ネージュは恐らく何らかの拍子に神託のフォトンが発動し、俺に道案内になるようにサポートしたのだ。
「いくぞ、こっちだ!」
「はぁ!?どういうことだよ、説明しろよ!」
状況が分かっていないセトを無視して走る。
しばらく走ると・・・。
「おい、ノワー・・・!」
セトは目の前の状況に足を止め、言葉を詰まらせる。
行き着いた先は豪邸のような場所、そして・・・。
「ダーカー・・・!」
そう、ダーカーだ。
しかも数が尋常ではない。
「なんでこんな一点に集まってるんだ・・・?」
「決まってんだろ、通さない為だよ。」
「・・・!ノワール、あそこ!」
「ッ!」
ダーカーの群れの中に人影があった!
しかも倒れている!
「チッ・・・さっさと片付けるぞ!!」
「オッケー!!」
俺達は飛び出した。
「そーらよっと!」
セトが敵の懐に飛び込み、カタナを一閃すると、半径数メートルの敵が一気に切り裂かれる。
対集団用のカタナのフォトンアーツ、『カンランキキョウ』だ。
小型のダーカーは絶命したが、それでも中型は耐えきれるようだ。
しかしそれも想定の範囲内、俺が残りをエルダーリベリオンで一掃する。
セトの周りに生きたダーカーは一匹足りたともいない。
「はぁッ!」
セトが叫ぶと、俺にも分かるほどプレッシャーが周囲に伝わる。
クラスカウンターで申請出来るスキル、『ウォークライ』、周囲の敵に自分へ注意を引く事が出来る技だ。
「よし・・・!」
セトは此方に引き返してくる。
勿論注意を引き付けられたダーカー達はセトを追ってくる。
狙い通りだ。
これで完全に倒れている奴からは注意が逸れた。
「さあて、こっからが本番ですよノワールさん?」
「分かってたけどこれだけの数相手にすんのかよ・・・。」
ダーカー達は俺達を取り囲み、俺とセトは背中合わせに構える。
「ま、もう終わってるけど・・・。」
既に下準備は終わっていた。
俺とセトの頭上にはトランプのカードが浮いていた。
フォースの武器『タリス』だ。
タリスはバチバチと雷を帯電させている。
「ラビ、ゴーッ!!」
『イエッサーッ!!』
通信機から声が聞こえると同時に俺とセトはそれぞれ正反対の方向へ走って包囲を抜ける。
ダーカー達はそれぞれ俺達を攻撃しようとするが、急にタリスが光り出し、ダーカー達を一気にかき集める。
雷属性テクニック『ゾンディール』、敵を磁力で一点にかき集めるテクニックだ。
このテクニックは普通に使うと自身に敵を集めてしまう為、耐久力のないフォースには本来危険なテクニックであるが、タリスは座標を投げたタリスに移せるので比較的安全に使える。
「さあて・・・。」
セトはカタナを転位させて代わりに弓を転位させて構えると、ダーカーに向かって矢を何発も連射する。
弓のフォトンアーツ『ミリオンストーム』だ。
「アオ。」
『了解。』
俺も逆方向からエルダーリベリオンを放ち、アオも物陰からサテライトカノンを敵の頭上に御見舞いする。
前後と頭上に攻撃を喰らったダーカーの群れは動かなくなり、死体となって霧になって消えた。
「片付いたか。」
「ノワール、こっちだ。」
「ああ。」
倒れている奴の元に駆け寄る。
そいつのは青い髪の女だった。
黄色と黒のカラーリングの機動性を重視したような戦闘服は明らかにアークスの物だ。
「・・・息はあるね。」
セトが抱き起こして確認する。
「う・・・!」
女は目を開ける。
「セト・・・貴方が何故此処に・・・!」
「それはお互い様だと思うんだけど・・・。」
「なんだ、知り合いか?」
「ああ、クー・・・。」
「ッ!!」
「むぐッ!?」
女は手を突き出して突然セトの口を塞ぐ。
「今の私は機密事項です。名前を呼ぶのもタブーです。」
「むぐん(ゴメン)・・・!」
「・・・。」
安全を確認したのか、女はセトの口を放す。
「それで、なんで此処に・・・。」
「それは・・・ゲホッゴホッ・・・!」
女は急に血を吐いて咳き込む。
「うわ、無理するなって!」
無理もない。
見たところ、身体中に銃弾を撃ち込まれたような痕があった。
「【従者】だな・・・?」
「聞くのは後だ!回復アイテムを・・・!」
「よせ、勿体ない。」
「はあ!?何言ってんだよ!重症だぞ!?」
「分かってるよ。」
そう言うと俺は親指で背後を指す。
「すぐそこで隠れてる鼠に治療させる。」
「は?」
「おい、出てこい!隠れてるの分かってんだよ!」
俺が指差した方へ叫ぶと、そいつは物陰から姿を表す。
「・・・。」
顔を真っ赤にして忌々しそうに此方を睨んでいる。
「ラパン!?」
「やっぱり来やがったな、このじゃじゃ馬・・・!」
「・・・。」
「シップにいろって言ったじゃないか!」
「し、仕方無いじゃない!あんたがあんな事言って・・・あたしが彼処に居られる訳ないでしょ!?」
「あ、あ~・・・。」
セトは俺を見る。
ラパンが言ってるのは恐らく俺が怪我人のアークス達から非難を浴びまくったあの台詞だ。
同じ立場のラパンが居づらいのは確かにそうだが、だからって・・・。
「ノワール・・・。」
セトの俺を見る眼が段々『やっちまったな』と言いたげな哀れみの視線になる。
「うるせぇ!怪我人が居るんだよ!さっさと治療しろ!」
「はぁ・・・分かったわよ。」
ラパンは溜め息混じりに此方に来て女にレスタをかける。
傷が治り、女の息は落ち着いてきた。
「立てるか?」
「ええ。」
女はすぐにセトの補助を外れて上体を起こす。
「それで、なんで此処に?」
「彼女の追跡・・・兼尾行です。」
「『尾行』・・・?」
「セト、貴方は会議で話を聞いていた筈ですが?」
「あ!もしかして・・・!」
「ええ、彼女を監視していたのが私です。」
「なんなんだ?」
「オーケー、説明する。」
俺が質問を投げると、セトは説明を始める。
どうやらこの女はカスラの命令でネージュを監視していたらしい。
そしてネージュが拐われた際、密かに尾行し、敵の拠点に関する情報を得た後に隙有らばネージュを奪還する為に動いていたらしい。
だが途中で【従者】に気づかれ、返り討ちに合ったようだ。
「一人で無茶だろそれは・・・。」
「ノワール、ブーメランって知ってる?」
「うるせぇ。」
「とにかく、傷が癒えた以上、任務を再開します。貴方達の目的は分かりませんが、帰還してください。此処は危険です。」
「女の子一人置いて帰る訳にはいかんでしょ?それに僕らも目的一緒だし。」
「え?」
「それに・・・。」
セトはまた俺を見る。
「・・・なんだよ。」
「情報部ならこいつの事知ってるでしょ?帰還命令無視の常習犯だよこいつは。『帰れ』って言われて帰る奴じゃないの。」
「はぁ・・・。」
女は呆れ気味に溜め息をつく。
「貴方は相当苦労してたみたいですね。」
「そりゃもう目一杯!!」
「威張んな!馬鹿話してねぇでさっさと行くぞ。どうせこの先だろ?」
「ええ。」
俺だけが見えている光の道は、屋敷の中へと続いていた。