黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第七話

 

 

 

 がらがらと遠くから響く崩落の音に耳朶を打たれて、太刀川隊の射手(シューター)・出水公平が感嘆の声をもらした。

 

「うっはぁ~、今のなんですか?」

 

 肩に砲塔を取りつけた大河にそう問う。しかし大河としてはただ弾を撃っただけとしか言いようがなく、曖昧に頷くのみであった。

 

 大河専用射撃用トリガー、正式名称『試作型超高圧トリオン(カノン)・ハイドラ』。

 彼の異常出力に耐えうる砲塔を両肩に一門ずつ取りつけたこのトリガーは、注ぎ込まれる莫大なトリオンを圧縮し、驚異的な破壊力の砲弾に変えて射出する決戦兵器である。右の砲にはアステロイドが、左にはメテオラがそれぞれ設定されているが、その威力はもはや原型を留めていない。

 正式名称なのに試作とされているのは、大河以外には扱えない上、甚大なコストを要するこの機構を流用することもできないためだ。暴発を防ぐ強固な砲身と複雑な内部機構は、展開するだけでも多量のトリオンを要する。

 そしてそのトリオンを無理やり圧縮して放つ咆哮は「防衛」とは縁の遠い破壊をもたらしてしまうのである。遠くに見えるマンションの中腹を一撃で抉り取ったのを見れば、根付がこの男を街に放つことを危惧したのも頷けるだろう。

 

 砲撃を終えた右肩(ヽヽ)のハイドラの調子を確かめつつ、大河は三輪に指示を飛ばした。

 指をさした先は今も粉塵を巻き上げているマンションの方角。

 

「撃ちもらしたか。三輪、誰かあそこに送っとけ。たぶん狙撃手(スナイパー)がいる」

「了解。陽介」

「あいあいさー」

 

 三輪がこの戦闘を開始してから合流させた米屋陽介の名を呼ぶ。カチューシャを着けた三輪隊の一員が即座に応じて、廃墟の屋根を駆けていった。

 

「なぜあそこに狙撃手がいると?」

 

 時間を無駄にしないために米屋を送り出してからその疑問を口にすると、大河はすん、と鼻を鳴らした。

 

「そういう匂いがしたんだよ。俺のサイドエフェクトだ」

「サイドエフェクト……」

 

 匂いと言うからには強化嗅覚あたりだろうか、と見当をつけた三輪はそれ以上追及することなく己も戦闘態勢に入った。

 米屋を追いかけるように嵐山隊の木虎が飛び出して行ったからには、おそらく本当に狙撃手がいたのだろう。それよりも今は、位置を特定した嵐山と時枝をどう攻略するかのほうが重要だ。

 レーダーに映る二つの点は動かずこちらを待ち構えているらしい。

 二人にまで減ったとしても嵐山隊はA級部隊、連携だけでいえば自分たちよりも上を往くだろう。

 

「そっちのは……出水だっけ?」

「あ、はい。太刀川隊射手(シューター)の出水公平です」

 

 作戦会議中に軽く自己紹介はしてあったものの、大河は短時間の間に交わされたそれに自信がなかったのか出水の名前を呼んで確認した。

 それから、さてどうするかと頭を捻る。

 なぜか指示待ちの様子を見せる他の二人に対して大河は困った顔をして腕を組んでいた。

 そもそもあの作戦会議は(ブラック)トリガー相手を仮定して話し合っていたものであり、他の正隊員を相手にするのは完全に想定外なのだ。ずっと個人(ソロ)でしか活動していなかった大河にとって他の人間と連携を取るのは難しい話で、予定通りであれば太刀川たちの後詰に入ることになっていた。

 

「俺、連携とか苦手なんだよなー……。ここじゃ全力も出せないし、どうすっかな」

「おれは距離とって攻撃できるんで適当に暴れてもらってもいいですけど。三輪はどうだ?」

「…………」

 

 水を向けられて三輪が惑う。

 速やかに任務を終わらせるには技量を知っている出水と組んで己が前衛を担うのが一番手っ取り早い。あの砲撃はたしかに威力は凄まじかったが、それだけにむやみに撃ち放てるものではないだろうし、援護にも向いてなさそうに思える。

 しかし、三輪は見てみたかったのだ。個人で遠征に出られるその力量を。

 作戦会議中に話だけは聞いた武装の中には近接格闘用もあったはず。それを思い出した三輪は大河を試すことにした。

 

「俺も援護に回ります。木場さんは自由に動いてください」

「あ、そう? OKOK(オッケーオッケー)

 

 大河が頷くと、輝いていた両手足からブレードが突出し始めた。それぞれの指に纏うように伸びた鉤爪は手を巨大化させたような錯覚を起こさせ、その切っ先は見る者に無慈悲さを告げる冷たい煌めきを湛えている。

 

 大河専用近接格闘(アタッカー)用トリガー、正式名称『多連装攻殻獣爪』通称『虎爪』。

 両手足計二十本ものブレードを展開するこの武器は、率直に言えばそのままスコーピオンを同時に二十本生やしたような武器、である。しかし彼の膨大なトリオンを注ぎ込まれたこれはしなやかかつ強靭であり、一般的なそれとは強度や攻撃力が桁違いだ。その硬度は肥大化させれば盾代わりにもなり、モールモッドのブレードすら容易く握りつぶす。

 ちなみに手も足も片側一本でそれぞれトリガーチップを一つずつ埋めている。こう聞くとトリオンを無駄に消費していると思われがちだが、正味な話、無駄を増やさないと大河には取り扱えないのである。

 トリオンコントロールにおいて繊細さという概念が存在しない大河に合わせるため、鬼怒田開発室長は多連装式により放出口を増やすことである程度の制御を可能とさせた。メインとサブの制限も取っ払い、調律の一部をイメージで行えるブレードを大量に生成させることで近接戦を行えるまでに調整し、同時起動させることで流れ込むトリオンを分散、射撃用トリガーの威力も抑えることに成功したのだった。

 

「そんじゃま、行きますか」

 

 面倒そうに肩を下ろした大河が大地を蹴る。

 足の爪を地面に食いこませた初動は特殊な強化戦闘体の膂力もあって一息で最高速度に達し、彼は衝撃波を撒き散らしながら嵐山隊に突撃していった。背後ではその挙動に驚き出遅れた三輪と出水が追随するために走り出している。

 冬の夜長に、冷たく激しい狩りが始まろうとしていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 視界の端に赤い点が高速で動いているのを感じ取る。

 ――来る!

 レーダーで敵の接近を確認していた嵐山、時枝が迎え撃つべく建物の陰から飛び出し銃を構え――そこになんの影もないことに困惑した。

 

《嵐山さん、上です!》

「っ!?」

 

 嵐山隊オペレーター、綾辻遙の警告を受けて二人は咄嗟に道路に転がり出る。その一瞬後、身体の芯まで震える衝撃が両人に叩きつけられた。

 何事かと先ほどまで自分たちがいたところを見ると、そこには巨大なクレーター。大きさもさることながら、底が見えないほどの大穴を穿ったその威力に、嵐山の背中に冷たいものが走り抜ける。

 破壊を生んだ元凶を見上げると、それは壁面に爪を突き立ててこちらを見下ろしていた。肩に展開された砲塔が今も自分たちを捉え――

 

「充、飛べ!!」

 

 本能が鳴らす警鐘のおかげでなんとか第二撃も回避することに成功した。背後にあった民家は粉々に吹き飛び、これ幸いと二人は立ち上った粉塵に紛れて距離を取る。

 

「迅が規格外だと言ってたのが、よく理解できたよ」

「たしかにあの攻撃は防ごうとしちゃダメですね」

 

 走りながら嵐山と時枝は相手の脅威を冷静に見定めた。

 まず射撃トリガーは防御不可の強力な砲撃。弾速も異常で目視してからの回避も難しい。

 ただし余りある威力のせいで、撃つには角度(ヽヽ)が必要らしい。佐鳥に向けた一発はマンションの上階に放ったもの、そして先ほどは壁に張りついた状態で真下に向けて撃ってきた。このことから、おそらく上層部によってそうした制限がかけられているものと見受けられる。

 あの両手足の爪はまだ能力が不明だが、見るからに近接用の装備だ。近づきすぎなければ問題はないはず。

 

「とにかく距離を取るぞ。綾辻、狙撃手がいそうな地点を洗い出してくれ」

《了解》

「賢、まだ生きてるな?」

《生きてますよー、米屋先輩と木虎がバトってるんで退避中です》

「よし、西側の建物に陣取ってくれるか? 俺たちは向こうの狙撃の射線に入らないように木場さんを誘い出す」

《了解!》

「行くぞ、充!」

「はい」

 

 頼れる隊員を背に民家を飛び出す。

 嵐山隊は連携重視の部隊である。広報の仕事に従事しながらも訓練は怠っておらず、むしろ他の隊より隊員同士の結びつきが強固になったことでこの部隊は強くなったと嵐山は確信していた。

 そして何より、迅が守ろうとしている後輩は家族の恩人である三雲修のチームメイト。命より大切な弟妹を救ってくれた大きすぎる恩義に報いるためにも、簡単に負けてやれるはずがない。

 

「木虎、俺たちもそっちの方角に向かってる。米屋に手こずってるなら……」

《大丈夫です。今――――終わりましたから》

 

 一拍の間をおいた木虎の声が通信に届き、彼女がいるであろう半壊のマンションを見上げる。木虎の言葉が正しければ間もなく米屋が緊急脱出(ベイルアウト)し、その軌跡が夜空に映し出されるはずだ。

 しかしマンションの窓を突き破って現れたのは、身体にヒビが入った米屋と、それに引っ張られる形で体勢を崩した木虎の姿だった。

 

(まずい!)

 

 嵐山はそう思うも、カバーに入れる距離ではない。いや、入ったところで防げなければ意味がない。既に自分たちを追いかけてきた本部部隊は木虎を目視して狙いを定めている。

 

「くっ、シールド――――」

 

 木場に狙われていると悟った木虎が薄緑の防壁を展開させるも、やはりというべきか全く威力を減衰させることなく砕け散り、必殺の一撃は彼女のトリオン体を抉って緊急脱出(ベイルアウト)の輝きとともに夜空に消えていった。

 

「やっべぇ威力だなー。ま、おかげで相打ちだし心置きなく帰れるわ。あとよろしく~」

 

 胸にスコーピオンが刺さっていた米屋も、木虎と同じく軌跡を描いて基地へ飛んでいく。

 

「! 嵐山さん!」

 

 二人の緊急脱出(ベイルアウト)に気を取られた一瞬、嵐山の頭部を狙った狙撃が暗闇を切り裂いて飛来していた。寸前で気付いた時枝が腕を引いて回避させ、嵐山も慌てて射線から身を隠す。

 

「サンキュー充」

「いえ」

《すみません、詰めを誤りました》

「大丈夫だ。米屋も落としてくれたし、狙撃手(スナイパー)の位置も割れた。まだまだここからだ」

 

 作戦室に強制送還された木虎が謝罪してきて、しかし嵐山は笑って返す。

 攻撃手(アタッカー)が減ったのは痛いが、それは向こうも同じこと。狙撃手は位置さえ確認できれば対応のしようもある。それに加え、木虎のおかげでこちらの狙撃手、佐鳥が再び潜むことができたのだ。まだ挽回は可能なはず。

 

「高さのない家が密集したルートを通るぞ」

 

 射線を計算し、いくつもの角を曲がって駆ける。

 民家の上を跳んでいければより距離を稼げるのだが、高さを取ると狙撃に加えて規格外の砲撃が飛んでくるためアスファルトを踏みしめるほうが賢明だ。

 迅に託されたのは足止め。しかし時間を稼ぐなら敵対勢力を削ぐことが望ましい。できれば大河を、それが無理でも三輪と出水はここで落としておきたい。

 そのための狙撃ポイントへ急ぐ途中、遠くに爆発音が響いた。

 後ろの追手から意識を逸らすわけにもいかないので綾辻に確認を命じる。

 

「綾辻、今のは?」

《風間隊の菊地原くんが緊急脱出(ベイルアウト)したみたいです》

「さすがだな、迅。俺たちも担当した分はきっちりこなすぞ」

「了解です」

 

 もうすぐ佐鳥の射程に入る。予定のポイントは住宅地の真ん中にある開けた公園だ。あそこなら高さを必要とするあの砲撃も飛んでこないはず。

 

「……! 出水か!」

 

 道を急ぐ嵐山たちは背後から何条もの流星が追いかけてくるのを確認した。この軌道はバイパー、つまり太刀川隊きっての天才射手(シューター)、出水の追撃と思われる。

 曲がり角を曲がっても予測されていたのか追跡してくるその弾道は、明らかに事前設定されたものではなくリアルタイム設定射撃。

 さすがはA級一位の双壁を担う一角。そう感心しつつも苦々しく口を歪め、嵐山と時枝が(シールド)で弾丸を防ぐために足を止めた。

 見えない位置から撃ってくるバイパーは下手に躱そうとするより受け止めたほうが被害が小さく済む場合も多い。敵の動きを予想して放つそれは回避行動を前提にされていることが多く、それならば逆に足を止めて全方位を防御するか、遠距離にシールドを張って弾丸が軌道を変える前にぶつけてしまうのが安全策だ。

 しかし、広報部隊ながらも戦い慣れた嵐山がそういう選択をするのは、敵にとっても織り込み済みだったらしい。

 

「くそ、追いつかれたか……!」

「あの距離を一瞬で……」

 

 バイパーを受け止めるために足を止めたのはほんの二秒程度。いくらトリオン体だろうと一〇〇メートルはあった距離は充分安全マージンと言えるはずだった。

 しかしそれを無視するのがやはり、迅に規格外と言わしめる存在なのだろう。彼らの目前に、曲がり角から姿を現したと思った瞬間まるで縮地のような速さで距離を詰めた木場大河が迫っていた。

 

「くたばれ」

「うおっと!」

 

 獲物を抑え込む猛獣のように、巨大化させた両手の爪を叩きつけてくる。それをギリギリで躱した嵐山がバックステップで距離を取り、再び身を翻そうとした刹那、冷酷な輝きを放つ左肩の砲塔が重い金属音を立てて作動した。

 ――ここで撃つのか!?

 まさか、と動きを止めた嵐山だったが、狙いは自分ではなかったらしい。

 砲塔は照準を定めず上を向いたまま火を吹き、しかし直後に爆裂して夜空に大輪の花を咲かせた。

 

「ぐ、うっ!?」

「これは……!」

 

 敵の目的は攻撃ではなくこちらの動きを止めることだったようだ。

 射程が短く設定されていたメテオラらしき弾頭は凄まじい爆風で嵐山と時枝の両名を地面に縫い付けた。

 だがこれでは向こうも動けないはず……。

 そんな嵐山の予想は希望的観測に過ぎなかった。敵の巨大な爪が地面に突き刺さっているのを見た時、彼は自分の予測が間違っていたことをその身をもって味わうことになる。

 

「……もぐら爪(モールクロー)っ!?」

 

 十本ものブレードが足元から乱立して嵐山を襲う。右足が斬り飛ばされ、身体中にいくつもの傷がつけられてトリオンが漏出し始めた。

 刃を変形させ壁や地面を通して攻撃する方法を『もぐら爪(モールクロー)』と呼び、主にスコーピオンをメインに扱う攻撃手(アタッカー)が不意打ちなどに用いる。

 しかしそれを知っている嵐山は驚くとともに苦い顔で足元を睨んだ。伸ばせば伸ばすほど脆くなるはずの刃がこの距離でこの威力、しかも十本ものブレードが林立するなど見たこともない。まるで迅の持つ風刃の集中攻撃のようだ。

 傷を与えた猛獣がギッと牙を剥く。爪を引き抜き、再び躍りかかってくる敵の姿はまさに虎そのもの。機動力を失ったその身では必殺の一撃を回避することも難しい。しかし、

 

「まだだ!」

「っ、?」

 

 トリガーをセレクトし、起動する。試作型トリガー『テレポーター』。トリオンを消費して視線の先に瞬間移動することができる移動及び奇襲用の装備である。これによって嵐山はすんでのところで凶刃から逃れることができた。

 だが前門の虎を超えた先には、後詰の狼が詰め寄っていた。

 

「ぐっ……!」

 

 三輪の追撃の鉛弾(レッドバレット)を右手に受けた嵐山は、片足でバランスを取ることができず、ついに膝をつく。

 背後では爆風に紛れて緊急脱出(ベイルアウト)の輝きが立ち昇っていた。どうやら時枝も動けなくなっていたところを狙撃されたらしい。

 

「終わりだな、嵐山さん」

「さて、それはどうかな……」

 

 頭に拳銃型トリガーを突き付けられた嵐山はそれでも、白い歯を見せて笑ってみせた。

 

 

 

 







オリジナルトリガー説明回。
灰虎(ハイドラ)虎爪(こそう)。虎で考えたのは早くもネタ切れ。
厨二くさいけど考えるの楽しい。そうしている内にどこまでが許容範囲かわからなくなってくる。


ジャンプしてハイドラ撃ちまくればいいのでは?
→地下に張り巡らされた秘密経路と搬送通路にまで届いてしまうので乱射できません。

てな感じです。

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