黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第六十話

 

 

 

「んじゃ、そういうことで――そろそろくたばりな」

 

 四門もの大砲が眼下の敵に牙を剥く。

 哀れな隊員たちの遠征艇は異形の背後にあり、大河はまさしく最後の関門として君臨していた。

 

《ハイドラ、一斉――》

「いや……待て!」

 

 放てばそれで終いになるだろう一撃。それを中断してまで大河はその場を跳び退(すさ)った。

 直後いくつもの光芒が突き抜け、彼の立っていた場所を粉砕していく。その内の一条は避けきれず、シールドを用いて防御。だが、分厚い翡翠色のそれにもひびが入り、大河とミサキは両手と両腕(ヽヽ)の爪をもってしてさらなる防御を重ねた。

 

《なに、この破壊力――!?》

 

 ミサキが驚くのも無理はない。たったいま突き抜けていった射撃は、大河の体表を覆う『獣鱗爪甲』ならば貫いてしまえるほどの破壊力を備えていたのだ。

 それほどの火力を有するトリガーがボーダーにどれだけあるというのか。ダメージを与えるだけなら風間がやってみせたようにノーマルトリガーでも可能であるが、一撃で半身を吹き飛ばせるような高火力を有する武器などそうそう思いつかない。

 いや……ひとつだけあった。

 

《雨取千佳……!》

 

 大河のサイドエフェクトが先の攻撃の源泉を探り当て、嗅覚情報としてコンソールにそれを表示させる。

 雨取千佳。強固なはずの本部基地外壁にひびを入れた少女。

 彼女のアイビスであれば大河の強化戦闘体をも真正面から破壊することが可能であろう。

 だがいまの多方面射撃はアイビスによるものではなかった。

 

「『喚門(エクストラクター)』だっけか。集まってこそこそ何やってんだと思ったら」

 

 異次元空間から武器を取り出すトリガー、『喚門』。このトリガーは己のみならず味方に取り出した武装を分け与えることが可能である。

 狙撃銃型のトリガーは一発ごとに多量のトリオンを消費するが、雨取であればそれらも大量に構築・保管しておくこともできるだろう。さらに充填トリオンを一射にすべて注ぐよう設定しておけば、雨取本人によるアイビスの一撃となんら変わらない――むしろそれを凌駕する火力さえ発揮させることもできる。彼女の味方、全員が。

 

「まあ、連射はできねえだろ」

《所持してる武器には注意してよね》

「わーってるよ」

 

 絶大な火力を分配できるとはいえ、大河の言う通り連射はできないはずだ。充填したトリオンをすべて消費するからこそ、いまの威力を発揮できる。おそらく取り出された簡易トリガーに無茶な臨時接続を行ったとしても、雨取以外に二発目をチャージすることはできないだろう。

 ただ厄介なのは、大河の強化嗅覚をもってしても、二つ目(ヽヽヽ)の大砲を所持しているかどうかの判断が困難な点。簡易トリガーから発せられる匂いは雨取のものであり、先ほどの一斉射撃でそれが撒き散らされている。各方面に散った隊員たちの誰もが雨取の匂いを纏っていて、二発目を撃つための簡易トリガーを持っているかどうかまでは判別できなかった。

 

「一気に決めたいところだったけど、しゃあねえ。一人ずつ殺るとするか」

 

 外側へ叩き落されたため防壁の入口から第三区画に入り直し、もっとも近くにいた隊員の反応を感知してそこへ向かう。

 果たして凶悪な虎に追いつかれてしまった哀れな隊員は、

 

「おおっと、こいつはまずい」

 

 焦りを微塵も浮かばせずに口の端を上げてみせた米屋であった。

 じりじりと後退し続けながらも槍をしっかりと構え、どんな動きにも対応してやろうという気概が垣間見える。完全な戦闘態勢である大河をして、一撃では落とせないであろうと確信させる隙のなさ。

 褒めてやりたいところだったが、いまは試験中。あとで自分も含めて反省会でも開いてやろうと決めながら、大河は爪を研ぎ澄ませて大地を蹴った。

 

「ちょ、うお、木場さん無言とか本気(ガチ)すぎっしょっ!」

「……!」

 

 軽口を叩きながらも紙一重で爪を避けられる。合わせて叩きつけようとしたアームは、ほぼ唯一の弱点となった喉元へと正確に飛んできた狙撃を防ぐために縮めて防御に使った。

 一撃目を躱しきった米屋は煽るようにへらりと笑ってみせたが、大河はとくに気にも留めずに再び爪を振りかぶる。

 この笑みは大河との戦闘訓練で、米屋が盗んでいったもの。雑談やアドバイスさえも戦術の一端に加えるあくどさを、彼は大河から学び取ったのである。

 無論、自分がそうされたからといって激昂するような大河ではなかった。自分がそうする以上、逆にそうされる可能性も考慮するのは当然のこと。並大抵の煽り方では大河の精神は揺らがない。

 

「おぅわっ!」

「んー……」

 

 しかし二度目の力任せの攻撃も回避される。

 もともと米屋がもつ回避力と、風間との戦闘時とは違って援護射撃がかなり飛んでくるために攻めきれない。

 特に奈良坂の正確無比な狙撃は優先して防がねば喉元を食いちぎられかねないのと、防御をすり抜けてくる鉛弾狙撃が厄介だ。

 ひとつ唸った大河は両手の爪を長く伸ばして米屋を包み込もうとした。射撃に対するガードはもう一対のアームに任せ、回避困難な範囲攻撃を仕掛けるつもりで。

 

「うおっと、その手には……ッ!?」

 

 爪を伸ばした瞬間に飛び退る米屋の危機察知能力は優れたものであったが、ノーモーションで高速機動を可能にするバーニアの前には無意味な行動だ。ブレードに包まれた大河はそれそのものが武器の塊と同義であり、広がった爪の回避と突進の防御を同時にせねば躱し切れるものではない。

 ちなみに先ほど風間にも一度同様に迫ったが、彼はスコーピオンで足を覆い、それをもって爪を踏んで回避するという離れ業をしてのけた。

 しかし米屋はスコーピオンなど持っていない。そして大河も同じ失敗を繰り返すようなことはしない。

 

「こりゃマズ……あぎッ!」

 

 迫る爪を槍で引っかけて跳ぼうとしたしたのだろう米屋に紫電が迸り悲鳴をあげる。

 『滅雷光(ルインメイカー)』が発動してその動きを封じ込めたのだ。

 

「じゃあな」

 

 崩れ落ちた米屋になんの感慨もなく爪を振りかざす。

 あと数秒は動けない米屋にはもはや打つ手はない。

 しかしだからこそ彼は笑うのだ。それこそが作戦通りだとでも言うように。

 

「――――あ?」

 

 そして事実、それは作戦通りであった。

 虎爪によって粉微塵にされた米屋はトリガーを強制解除され……そして緊急脱出(ベイルアウト)していったのだ。

 

「なんで緊急脱出(ベイルアウト)して、ってこいつは……!」

《あ、やべ》

 

 大河が気づくと同時にミサキも己のミスを悟って舌を出す。

 レーダーに映る新たなトリオン反応。

 それが示すのは――

 

「遠征艇側から迎えに来た(ヽヽヽヽヽ)のか」

《そんな危ない手をよく実行するなー》

 

 ミサキが感心しながらも呆れるような溜め息をもらす。

 それもそのはず、受験者たちに与えられた遠征艇は大河たちが使うものと違って防御手段などまるで持たない単なる箱のようなものだ。ハイドラの一発でもかすめれば撃沈されてしまうだろう。

 いくら大河のサイドエフェクトに察知されないよう高高度を飛行していようとも、晴天の空に黒点は嫌というほどに映えている。偶然だろうとなんだろうと、ちらりとでも上を見上げていればその存在は明らかとなっていたはずだ。

 

《敵のトリオン反応連続で消失。どんどん緊急脱出(ベイルアウト)してってる》

「ああうん。見りゃわかる」

 

 大河の視界に緊急脱出(ベイルアウト)の軌跡がいくつも立ち昇っているのが映る。そしてそれを収容した遠征艇が(ゲート)を開いて脱出しようとしているのも。

 

「逃がすかっての」

 

 敵が逃げようとしているのを黙って見過ごすはずもない。

 両肩、両腕(ヽヽ)の砲門を、のろのろと門をくぐろうとしている遠征艇に差し向ける。

 

「逃がしてもらいますよ」

 

 そこで静かな三輪の声が大河の動きを止めた。

 しかしそれは一瞬で、大河は思考の中でハイドラの引き金(トリガー)を引き絞ろうとする。

 大河の知る限り三輪のトリガー構成は火力に乏しく、全力の攻撃であっても己の体勢を崩せるはずがないと知っているから。

 

 ――いや、違う!

 

 寸前で気づいて大河は瞬時に防御態勢に移った。

 分厚いシールドと虎爪による全力のガード。そこに先ほど味わったばかりの光芒が再び突き刺さる。

 

「ぬうっ……!」

 

 己の高圧トリオン砲弾と比べても遜色のない威力。それに加え、圧縮されていないがゆえの拡散された――とはいえ射撃ではあるはずだが――攻性トリオンの奔流はシールドに弾かれて放射状に流れを変える。すなわち足場をも崩されて砲撃の狙いが定まらない。

 極太のレーザーのような攻撃の源泉の元で、ふっと小さく笑みを浮かべた三輪が高らかに勝利(ヽヽ)を唱える。

 

緊急脱出(ベイルアウト)!!」

 

 半ば(ゲート)に飲み込まれた姿の遠征艇に、新たに帰還者が吸い込まれていく。

 おそらくは残っていた全員がこれで収容されたはずだ。レーダーに映る光点もあの遠征艇のものしかない。

 だが、

 

「まだ終わってねえぞ!」

 

 諦めの悪い虎が吼える。

 ほぼ完全に姿を消しつつある遠征艇は、大河から見て正面を横切るように脱出を図っている。ここからではハイドラはかすらせることもできない。周到なことに脱出方向さえも練りに練っているようである。

 けれども、そうであるのなら砲撃位置を変えるだけのこと。

 遠征艇が通っていった(ゲート)を正面に構える位置まで即座に飛んで、消えゆく黒点に向けて砲塔を突きつける。

 ほとんど消えかけだがハイドラの弾速であればまだ間に合う。そしてその凶弾は暗黒の海にて(ふね)を木端微塵にしてみせるだろう。

 

 ――と、思ったでしょ?

 

 幻聴かとも思えるほんの小さな呟き。

 そんなまさかと思考は答える。だが大河の危機感知を司る本能の部分は身体を動かし、それを防がせた。

 

 またも彼を襲う極大射撃。

 それでもレーダーに敵の反応はない。

 

「はぁーあ、置いてかれちゃったよ。っていうかコレ、実際のところ生身(ヽヽ)でも撃てるのかな?」

「菊地原……!」

 

 獣鱗爪甲を展開してから最初に屠った菊地原士郎がそこにいた。

 その手にはやはり、渡されたであろう雨取製の簡易トリオン銃。

 『喚門(エクストラクター)』で呼び出された武器は誰であっても使うことができる。他人が生成する武器との臨時接続は機能障害を引き起こす可能性があるために、あらかじめ充填されたトリオンしか使うことができない。

 ゆえにこそ、生身の人間であっても使用することができるのだ。

 

 この遠征選抜試験は内容をよりリアルにするため、一度トリガーを強制解除されたとしても、生身と同じ能力にまで引き下げられたトリオン体でもう一度復活できる。遠征先では戦闘体の被撃破が敗北条件ではなく、捕縛されるか死亡するかがそれに該当するのである。

 ただ、いま菊地原がこぼしたように、生身で雨取のトリオン砲を放って無事でいられるかどうかは甚だ疑問ではあるが。

 

「あー……ったく。やられたなこりゃ」

 

 ついに閉じゆく(ゲート)を見送った大河は全武装を解除して頭をがりがりと掻いた。

 捕虜一名。脱出者は残りの全員。

 近界民役としては消耗ゼロでのトリガー使い確保であり、勝利と言えなくもない。

 だが試験官役としては完敗としか言いようがなかった。

 

 どこからどこまでが作戦だったのかはわからない。しかし空閑に跳ね返されてからの一手一手は向こうの思惑通りであったようにも思えた。

 風間を追い詰めている間に雨取の『喚門』から呼び出した武装を配っていたのはたしかであろうが、いくらトリオンが多くとも無駄撃ちができるような数までは用意できまい。誰に何発持たせるかを吟味していたのなら、おおよその目処が立っていた作戦だったはずである。

 一撃死確実な遠征艇の起用と米屋の僅かな時間稼ぎ、三輪の勝利を確信したようなセリフ。レーダーに映らない生身での献身。

 大胆かつ繊細な作戦だ。サイドエフェクトで菊地原に気づいていたとしても、おそらくどうにもならなかっただろう。あの状況まで持っていけたのなら、脱出は間違いなく確実であった。

 敗因を挙げるとするなら……

 

《兄貴が調子乗るからー》

「おまえな……。レーダー見てなかったのミサキもじゃねーかよ」

 

 相手側の遠征艇の前進。それにさえ気づけていれば阻止は容易かった。防御必須の雨取印の射撃も無限ではない上に連射もできないのだから、接近する反応に上を見上げていれば撃墜することは造作もなかった。

 二人がそれに気づけなかったのは、『獣鱗爪甲』の制御にいっぱいいっぱいだったからだ。

 補助AIがあろうとも、それは完全ではない。いわば試作品なのである。さらにアームと追加のハイドラを起動した状態でのミサキの作業量は減るどころか増える勢いだ。これは大河も知るところであり、本気で妹を責めるつもりはない。というより『獣鱗爪甲』を使う必要もないのに見せびらかそうとしたのは大河なので、どちらかといえばやはり大河が悪いのである。

 

 そんな現実から目を逸らしつつ、大河は頭の後ろに手を組――もうとして片腕なことに気がつき、そのまま空を仰いだ。

 受験者(かれら)は力を示した。試験官たる大河から見ても、文句のつけどころは……まあ重箱の隅を(つつ)けば多少はあるが、遠征に出るには充分だと断言できる。

 しかしながらそんな大河であっても誰が合格なのかはわからない。

 

 見事な体捌きを見せた風間率いる風間隊。要所では言葉も要らぬ連携を行っていたし、最重要である最後の一射を放った菊地原は、おそらくこれが本番の遠征であっても命を賭して引き金を引いていたであろう。

 誰よりも強力なサイドエフェクト持ちを擁する玉狛第二。今回は迅ありきであったが、あのワイヤー命綱は他にも使い道がありそうであった。近界民であり機転の利く空閑と、弾数制限はあるが己に近い攻撃力を持つ雨取。ガードできない鉛弾狙撃もなかなかにいやらしい。

 三輪隊は自分が試験官だからこそという活躍ではあったものの、戦闘能力だけで言えば風間隊にも劣らず、そして有能な狙撃手を抱えている。

 

 正直に言えば大河がもっとも警戒していたのは奈良坂の狙撃である。全身にブレードを生成した状態であれば雨取の射撃でさえ「くらってからの防御」が間に合う。あれだけ派手であり、そして弾速の遅いアイビスであるからこそだが。

 しかし奈良坂の場合、この強化戦闘体の防御力を知ってからというもの、すべての攻撃において針の穴を通すような狙撃をしてくるのだ。

 具体的に述べるなら獣鱗で覆うことのできない眼球などをピンポイントで狙ってくる。もし彼が雨取並のトリオンを持っていたら、ライトニングを用いた視認も難しい速度の弾丸での精密射撃で、眼孔を通じ伝達系や伝達脳を破壊しようとするだろう。恐ろしいことに。

 

「……俺ももうちょい考えねーとなー」

《は? もうちょい?》

「…………」

 

 煽るミサキに口を噤む。

 これでもいろいろ考えているのに。いや、考えていることは当然ながらミサキも知っているのだから、これは完全に挑発だとわかっている。

 とにもかくにも、選抜試験は全行程を終えた。残りはボーダー幹部たちが決めること。

 試験官役は面倒ではあったが、大河としても得るものはあった。今日からはまた遠征本番に向けて開発と訓練を繰り返すだけだ。

 

 

 

 


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