黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第六話

 

 

 

 人気(ひとけ)どころか生物の気配さえない暗闇の放棄地帯を、三輪を先頭にしたボーダーの一団が疾駆している。トリオン体に換装し通常では考えられないスピードで走る彼らは、レーダーに映らないバッグワームと夜の暗さも相まって、その速さとは裏腹に高い隠密性を獲得していた。

 

「おいおい三輪、もっとゆっくり走ってくれよ。疲れちゃうぜ」

 

 からかうような太刀川の軽口に答えることなく、三輪は不機嫌さを隠さずに舌打ちして脚を動かし続ける。

 彼は城戸司令に知らされた己と同じ司令直属隊員である大河と話をしたかったのに、その機会を得ることなく任務が開始されたことにいら立っていた。

 当日に決行されたのはまだいい。業腹だが太刀川の「学習するトリガー相手なら早い方がいい」という言い分は理解できたし、作戦会議中に私的な会話を慎むのも当然のことだ。

 しかし当の大河はいまここにはいない。

 作戦会議が終わった際、話しかける暇もなく開発室へ直行してしまったのである。そのまま籠りっきりで、あまつさえこの(ブラック)トリガー奪取任務にすら遅れるという事態となっている。トリガーの調整という話は鬼怒田から説明されたが、ずっと期待していたぶん、三輪の落胆は大きかった。

 

(とっとと終わらせよう)

 

 何も大河の到着を待つまでもない。この任務さえ終わらせればいくらでも話はできる。

 相手が(ブラック)トリガーだろうと、それに対抗できる者たちこそが遠征部隊に任命されるのだ。太刀川も人と成りは苦手だがその戦力は信頼にあたう。速やかに任務を完遂させて、今度こそ木場大河と話をしよう。

 決意を新たにした三輪の足を止めたのは、太刀川の大声だった。

 

「止まれ!!」

 

 急制動に足の裏がざりざりとアスファルトを削る。

 何事かと尋ねようとした三輪は目の前に立っていた人間を見て、思考に没頭していた己を恥じた。

 

「迅……!」

 

 待ち構えるように立っていたのは迅悠一。

 (ブラック)トリガーを担う正規の(ヽヽヽ)S級隊員であり、三輪が目下敵視する『裏切り者の玉狛支部』の隊員だ。

 

「太刀川さん久しぶり。……みんなお揃いでどちらまで?」

 

 揶揄するようなその態度に声を荒げかけた三輪だったが、太刀川に制されて押し留まる。

 

「こんな所で待ち構えてたってことは、俺たちの目的もわかってるんだろ」

「うちの隊員にちょっかいかけに来たんでしょ? 最近玉狛(うち)の後輩たちはかなりいい感じだから、ジャマしないでほしいんだけど」

「そりゃ無理だ、……と言ったら?」

「その場合は仕方ない。実力派エリートとしてかわいい後輩たちを守んなきゃいけないな」

 

 ふざけたことを。三輪が嫌悪を露わに顔をゆがめる。

 何がうちの隊員だ、かわいい後輩だ。ただ近界民を匿ってるだけだろうが。

 そう叫びたい気持ちが湧いてくるが、そんなことをしても暖簾に腕押しなのはわかっている。三輪は玉狛所属ということだけでなく、迅のつかみどころのないその性格が苦手で、嫌いだった。

 

「いくらあいつが近界民でも、正式な手続きで入隊した、正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせないよ」

 

 三輪はまるで、詐欺師の話を詐欺師相手だと知っていて聞いているような気分にさえなった。口汚く貶してやりたくても、上手い言い方が見つからない。

 悔しさに歯噛みしていると、三輪の前に歩み出た太刀川がバッグワームを解除しながら(いや)と口にする。

 

「迅、おまえの後輩はまだ正式な隊員じゃないぞ。玉狛での入隊手続きが済んでても、正式入隊日を迎えるまでは本部ではボーダー隊員と認めてない。俺たちにとっておまえの後輩は、一月八日を迎えるまではただの野良近界民だ。

 ――――仕留めるのに、なんの問題もないな」

「……!」

「へえ……」

 

 太刀川の言葉に目が覚めた思いをしつつ、同時にやはり苦手だと再認識する。そんな三輪を置いてけぼりにして、睨み合いは加速していった。

 

「邪魔をするな、迅。俺たちは任務を続行する。本部と支部のパワーバランスが崩れることを別としても、黒トリガーを持った近界民が野放しにされている状況はボーダーとして放置するわけにはいかない」

 

 風間も迅を鋭い視線で射抜く。

 背の低さとは裏腹に、その剣呑さは見る者を怯えさせるような風格さえあった。

 

「城戸司令はどんな手を使っても玉狛の黒トリガーを本部の管理下に置くだろう。玉狛が抵抗したところで遅いか早いかの違いでしかない。それともおまえは、黒トリガーの力を使って本部と戦争でもするつもりか?」

「戦争なんてするつもりはないよ」

 

 それでもなお、迅は余裕を崩さない。

 むしろ決裂を目前にして闘気を纏い始めているのかもしれない。

 

「城戸さんの事情はいろいろあるだろうが、こっちにだって事情はある。あんたたちにとっては単なる黒トリガーだろうが、持ち主本人にしてみれば命より大事なものだ。……おとなしく渡すわけにはいかないな」

「……あくまで抵抗を選ぶか」

 

 風間のその言葉を皮切りに、本部部隊全員が意識を戦闘態勢へと移行させた。もはやこれ以上言葉を交わしても無駄だ。相手が飲まない道理は、力で押し通すしかない。

 

「遠征部隊を相手に、おまえ一人で勝てるつもりか?」

 

 黒トリガーに対抗できると判断され、選抜された遠征部隊。その三部隊に加えて三輪隊も合流している。迅悠一がその手に持つ黒トリガーを起動させたとして、勝ち目は薄い……はずだ。

 

「おれはそこまで自惚れてないよ。遠征部隊の強さはよく知ってる。おれが黒トリガーを使ったとしてもいいとこ五分(ヽヽ)だろ」

 

 そこまで言ってから、迅はニッと口の端を上向かせた。

 

「『おれ一人だったら』、の話だけど」

 

 近づく足音を捉えた太刀川が首をめぐらせる。その方向の屋根の上に、夜に映える赤色が星々を背負って立っていた。

 五つの星をかたどったエンブレム。A級五位、嵐山隊である。

 

「嵐山隊、現着した! 忍田本部長の命により、玉狛支部に加勢する!」

「嵐山隊……!?」

「忍田本部長派と手を組んだのか」

 

 増援を迎え入れながら迅は笑う。

 

「嵐山たちがいれば、はっきり言っておれたちが勝つよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 ギリ、と音が鳴るほど歯噛みして三輪は彼らを睨みつけた。

 理解できない、したくもない。なぜやつらは近界民に味方する? 近界民を排除することがボーダーの責務であるというのに。

 

「あんたたちは……」

 

 ついに堪えきれなくなった三輪が口を開いた瞬間、本部部隊の真後ろに隕石でも落ちたのかと思わんばかりの衝撃波が迸った。

 アスファルトが砕けて粉塵が舞い、すわ攻撃が始まったのかと警戒し始めた隊員たちの耳に呑気な声が届く。

 

「おー、間に合った間に合った。いや遅れて(わり)い」

「木場……さん」

 

 砂埃が晴れたそこには、埃を掃う動作をしつつ歩いてくる大河の姿があった。

 いったいどこから現れたのか。そう疑問に思う間もなく、三輪は驚愕に晒される。

 

「……久しぶり、木場さん」

「あ? おー、迅じゃん。何してんのこんな所で」

 

 ずっと余裕を保っていた迅が焦っている。それだけで三輪の脳内は驚天動地だった。何を言おうと揺るがなかった自信が、たった一人の人間の登場で揺らぎ始めているのだから。

 大河の能力を知らない三輪にとっては、まったくもって理解の及ばない出来事であった。

 

「木場さんも城戸さんの命令でここに?」

「そうだけど」

「よく戦闘の許可が下りたね」

「おう、ひとえに妹の愛が為せるワザがね」

 

 おちゃらけた様子の大河に対し、迅は己の失態に舌打ちをしたい気分にあった。

 しばらく顔を合わせていなかったせいで『予知』のサイドエフェクトが上手く働かなかったのか。ここでの大河の登場は、完全に想定外の出来事であったのだ。

 迅も大河の戦闘能力を把握している。いやむしろずっと遠征に出ていたことも考慮すれば訓練の相手をしていた頃より強くなっている可能性のほうが高い。嵐山を含めた戦力差は一瞬にしてひっくり返されてしまった。

 

「木場さん」

「ん? えーっとたしか三輪っつったっけ」

「はい」

 

 内部通信で何か話していたのか、耳に手を当てていた大河が振り返る。

 城戸の話では同期ということだったが初めてまともに相対した大河を前に、三輪は現状を伝えようと言葉を探した。

 

「迅と嵐山隊が玉狛の黒トリガーに味方をするらしく、任務遂行のためにはやつらを蹴散らさなければならないみたいです」

「ふーん……」

 

 ひとつ頷きを返して、大河が玉狛勢に向き直る。

 

「なんで、って話はもう終わったのか?」

「……そうだね。できればこのまま帰ってくれると嬉しいんだけど」

「断る」

 

 声のトーンを落とした大河の両手足がにわかに淡く輝き始める。

 漏れ出る濃厚な殺意。一般人ならまだしも、常日頃戦場に身をおくボーダー隊員たちはひしひしとそれを感じ取る。

 迅と嵐山隊は不意の一撃を警戒して距離を取り、それぞれの武装(トリガー)を起動し始めた。

 

「なんだか知らねーが……邪魔するならおまえらからブッ殺すぞ?」

「……こりゃまいったな」

 

 迅が風刃を手に、かつての訓練の記憶を思い起こす。

 大河との戦闘訓練はいまと同じくこの黒トリガーを使ってのものであったが、それでも勝率は限りなく低かった。それというのも、大河の攻撃方法が予知などまるで意味を持たない力任せの範囲攻撃だったからに他ならない。

 さらに言えば風刃の能力と迅のサイドエフェクトは相性抜群だが、風刃は大河との相性が最悪だったのもある。どれだけ斬撃を走らせても強化嗅覚のサイドエフェクトで感知され、迅は(シールド)も張れないために攻撃を防ぐ手段がない。もっとも、張ったところで紙ほども役には立たなかったろうけども。

 

「嵐山、全員で木場さんを押さえてくれるか」

「了解した。迅のほうは一人で大丈夫か?」

「ああ。ちょっと予知(よてい)が狂ったから、そのぶん頑張らないといけないけど」

 

 気合を入れなおした迅は秘匿通信でさらに指示を送る。

 

「《木場さんの攻撃は防ごうとするな。距離をとって時間を稼ぐだけでいい》」

「《わかった》」

「《私は木場さん? って人知らないんですけど、そんなに強いんですか?》」

「《強いよ。あの人はなんでもかんでも規格外だからね》」

 

 嵐山隊の木虎藍にそう返しつつ、迅が跳んで廃屋の屋根に上る。

 同時に嵐山が放ったメテオラが本部部隊の目前のアスファルトに着弾して派手な爆風が巻き起こった。

 

「《頼んだぞ!》」

「《迅もしっかりやれよ》」

 

 飛び去る迅を見送り、残った嵐山たちはそれぞれ起動していた銃手(ガンナー)用トリガーを大河に向けて撃ち放った。光弾の群れが冬の夜の冷たい空気を切り裂いて殺到し、しかしそれは硬質な音を立てて弾き飛ばされる。

 見たこともないほど分厚い(シールド)を張られた後ろから何人かが迅を追い、狙撃手だろう人影も廃屋の住宅街へと消え去っていく。

 

「よし、一旦身を隠すぞ」

「「了解」」

 

 嵐山の号令に、銃を撃っていた木虎と時枝充が応えて身を翻す。

 数人が迅を追っていったが嵐山たちの目的は敵の分断と足止め。迅の先ほどの物言いから、大河さえ押さえ込めれば勝機はあると彼らは思っていた。

 何度かの跳躍を経て距離を取った嵐山隊。本部の合同部隊がすぐには追ってこないことを確認しつつ、未知の敵に対する作戦を立て始める。

 

「嵐山さんは木場って人知ってるんですか?」

「名前くらいは、ってところだな」

「オレは全く知らないです」

 

 眠そうな形の瞼を瞬かせた時枝に木虎も頷きを返す。

 嵐山本人はA級部隊の隊長としての立場から、S級隊員である木場大河という隊員の存在を知ってはいたものの、ランク戦にも出ず、防衛任務にもほとんど姿を現さない大河とは面識がなかった。しかし迅の言葉が脳裏に過る。あれだけはっきりと「強い」と言うからには、相応の戦力を有しているのだろう。

 

「俺たちに託されたのは時間稼ぎだ。勝とうとしなければどれだけ強くてもやりようはある」

「はい」

「こっちに残ったのは三輪先輩、米屋先輩、あとは出水先輩みたいですね。狙撃手(スナイパー)がいるかもしれませんが高い建物は少ないので位置取りを徹底すれば無視できるかもしれません」

「よし。賢、そっちはどうだ?」

《はいはーい、いま狙撃位置につくところですよー》

「わかった。位置につけたら狙撃できるポイントを綾辻に送ってくれ」

《了解りょうか――うおあぁっ!?》

 

 通信先から突如悲鳴が聞こえ、驚くと同時に賢と呼んだ己の部隊員がいるはずの方を向くと激しい音を立てて崩落していくマンションが遠くに見えた。そのさらに向こうには夜空に彗星の如く昇っていく青白い光。

 嵐山はもしや狙撃手の佐鳥が緊急脱出(ベイルアウト)させられたのかと肝を冷やしたが、あの方向は基地ではない。すなわち、あれが佐鳥を襲いマンションを破壊した元凶なのだろう。

 

「賢、無事か!?」

《な、なんとか……。なんだったんですか今の!?》

「すまない、気付いたらマンションが崩れるところだったんだ。綾辻、今の何かわかるか?」

《お、おそらくあの木場という人の攻撃だと思われます。弾速が速すぎて正確に観測できませんでしたが……》

 

 それを聞いて、嵐山たちは顔を見合わせた。

 これは思ったより厄介な相手かもしれない。そう再認識して全員が頷いた。

 

 

 

 








大河のシールド:
基本の六角形型でしか出せない。ただしどこが正面なのかわからない分厚さ。大太鼓に使えそう。
出した場所から動かせない。前が見えない。つーか邪魔。などの要因であんまり使われない。


という設定でございます。





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