黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第五十六話

 

 

 遠征部隊選抜試験。

 それは隊員及び部隊の総合力が試されるもの。

 参加を表明した時点で配られるテキストには近界(ネイバーフッド)の基本的な情報――もちろん最重要機密により紛失は即罰則――が記されており、そこから簡単な筆記試験も行われる。

 他、遠征艇のスペック・操作方法や近界においてのトリガーの仕様・挙動の違いなども筆記に含まれる。

 

 無論、それらよりも重要視されるのが実力だ。

 おおよそ(ブラック)トリガーを相手にして互角以上に対抗できることが最低条件になる。しかしそれ以上に大事なのは、作戦行動の是非を現場で判断し、ときには逃げることも選択できる柔軟性である。

 遠征に必要な第一条件は「生きて帰れること」となっているからだ。

 複数部隊による連携の確立。現地で遭遇した敵性体との実力差を見極める観察眼と判断力。対抗、及び逃走できる程度の戦闘力。これらを総合して遠征に赴く部隊を選抜する。

 

 三月二〇日のこの日は、ついにその最終試験が行われることになっていた。

 幹部たちの推薦隊員は別途の方法――主に重役会議で参加の是非が決定されるため、試験に臨むのは通常の遠征選抜にも参加できる資格をもった部隊である。

 A級からは太刀川隊、冬島隊、風間隊、加古隊、三輪隊……以上五部隊。

 B級からは二宮隊、玉狛第二、影浦隊、生駒隊とこちらは四部隊が試験参加となった。

 

 選抜試験、最終日。その試験科目は――「実戦」。

 ある程度の実力を考慮して組み合わせた三部隊と、ランダムで決定した試験官とを戦わせる。

 といっても必ずしも撃破を必要とするわけではない。

 生成された仮想マップにはターゲットとなる物品(情報(データ)含む)、あるいは人物(人形)が配置されており、それを探し出して遠征艇まで持ち帰ることが任務達成の条件である。

 もしくは敵勢力が強大だと判明した場合など、任務遂行が困難と判断したのなら遠征艇付近――最低でも緊急脱出(ベイルアウト)の有効範囲内まで退避することが失格にならない(ヽヽヽヽヽヽヽ)ラインとなる。

 連合部隊はそれぞれその場で指揮系統を確立し、与えられた任務を遂行する。それを幹部たちが観戦して遠征部隊を選抜するのである。

 

 木場隊……大河はCブロック担当試験官。

 単体で仮想マップに君臨し、侵入者を撃退する役割を果たす。これは主に撤退戦がメインになるだろうと幹部たちは考えていた。受験者たちがどのタイミングで任務を放棄し、帰還を考えることができるか、その判断の早さがポイントになると思われる。

 ちなみにAブロックは天羽と草壁隊が担当。

 こちらは強力な黒トリガー使いを含む敵部隊との遭遇戦を想定している。ここでもCブロックと似たように撃破か撤退かの見極めが重要な鍵となるだろう。

 Bブロックは嵐山隊を代表とするA級部隊、そして一部のB級を含む複合大部隊。

 ここだけは他とは違い、隠密行動を主軸とした作戦が展開されると思われる。厳重に警戒された中でどう動くかを見られることになるはずだ。

 

 そして抽選の結果Cブロック――大河が試験官を行う受験者たちは風間隊、三輪隊、玉狛第二となった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 選抜試験控室に集められた受験者たちは、最終試験へ臨むにあたりそれぞれのブロックで作戦会議を行う時間が与えられた。猶予は一時間。その中で各々がどう役割を持つかを決めなければならない。

 Cブロックの風間隊、三輪隊、玉狛第二のメンバーはオペレーターも含めてコの字型の長椅子で顔を向かい合わせて作戦を練り始める。

 

「まずは指揮官役だけど、これは風間さんでいいよね?」

 

 開口一番で菊地原がそう述べた。

 口調自体は生意気な、煽るようなそれであったが、ここにいる部隊でもっともランクが高く、かつ年長であったために誰も異論をはさむことなく承諾した。

 

「俺たちはそれでかまわない」

「ぼくたちも大丈夫です」

 

 三輪隊、玉狛第二の隊長二人が同意し、風間がひとつ頷いてから口を開く。

 

「よし。ではまず迅、俺たちの相手は誰になる?」

「えぇ……それアリなの?」

 

 玉狛第二に電撃入隊した男、迅は、問われた内容に苦笑した。

 未来視のサイドエフェクトであれば担当試験官もわかるし、そもそも合格できるかどうかさえ高確率で知れてしまうだろう。

 迅は試験にあたってそれを知っても伝える気がなかったため、風間の質問に対して曖昧にもごもごと口を動かした。困ったように自分と同じ第二の年長者、月見蓮へ目を向けても、「風間さんは容赦ないわね」とくすくす笑うだけであった。

 

「実際に近界へ赴いたらおまえの予知は大きな役割を果たす。ここでそれを使わないのは逆におかしいだろう。まあ、相手がわかってしまうのは幹部たちの思惑から外れているかもしれないがな」

「そりゃそうなんだけどさ。ま、いいか。とくに禁止されたわけでもないしね」

 

 結局風間に説得され、迅は予知のサイドエフェクトで得た情報を口にする。

 実際いま言ったとおり、幹部たちからはとりたてて未来視のサイドエフェクトの使用を禁じられてはいない。そこにいかなる真意が隠されているのかはさすがの迅にもわからなかったが、未来視自体が反則扱いになっていないことだけは読み取ることができた。やはり風間が言うように、近界遠征を行うにあたって破格のサイドエフェクトを使用しないなどありえないのだろう。

 

「相手は、うん、最悪なことに木場さんだね」

「――!」

「うわ……」

「タイガー先輩かー」

 

 本人も言いたくなさそうに、ぼそりともたらされた情報に、隊員たちがそれぞれ反応する。

 その中でいち早く三輪が手をあげた。

 

「知っている情報を使っていいということなら、俺たちは大河さんと戦闘訓練をしていたので戦術や使用するトリガーの詳細もわかりますが」

「よし、話してくれ」

 

 なんの迷いもなく頷く風間。

 この作戦会議も幹部たちによってモニターされているが、彼はそれを知った上で気にせずに了承した。事前に得た情報をどれだけ有効に活用できるかどうかも試験内容に含まれていると判断したのだ。

 

「まずあの人のサイドエフェクトは『強化嗅覚』です。トリオンの匂いも感知しておよそ数百メートル先からでも個人を判別できます」

「ずるくない? それ」

 

 口を挟む菊地原を片手で黙らせて、風間が続きを促す。

 

「風下なら探知範囲は大幅に減少しますが、それも完全ではありません。俺にはよくわからないのですが、以前『嗅覚といっても鼻だけで視てる(ヽヽヽ)わけじゃない』と言ってました」

 

 これは実際にサイドエフェクトを行使している大河にしかわからない……いや、本人も完璧には理解していないことであるが、彼の『強化嗅覚』とは鼻腔や嗅神経の受容体が大幅に増えているだけではなく、エネルギー体を捉える特殊な感覚神経が発達していることからその能力を発揮している。

 トリオンに溢れているがゆえに発達した特殊な感覚神経は、空気中に拡散される微量なトリオンを敏感に捉え、大河に「匂い」という情報でもってそれを知らせる。これはトリガーを用いた機器でも観測できない極微小なものでさえ逃れられず、戦闘体が発するわずかな消費が大気と反応して消滅した――と観測された――トリオンですらも嗅ぎ取ることができるのだ。

 

 そして鋭敏に過ぎる嗅覚は触れた空気と連続する物質を推算して、まるで目で視るかのようにその根源を探し当てる。

 これが遠距離、かつ風下でさえ発動する大河のサイドエフェクトの正体である。

 

「ふぅん……」

 

 このメンバーの中で唯一強化五感のサイドエフェクトをもつ菊地原だけが、うっすらとそれを理解した。

 彼の強化聴覚はそこまで強力なものではないが、それでも近距離であれば音だけでその物体の材質や重量、状態すらも看破できる。物体の移動に際するわずかな音でさえ捉えられるそれは、本人にとっては見ているも同然の感覚で感じ取っているのだ。

 

「ステルス戦闘は厳しそうですね……」

 

 透明化による奇襲が風間隊の特色であり強み。けれども目でなくとも捉えられてしまうのならそれはまったく無意味となってしまう。

 歌川が弱気にそうこぼすとしかし、風間は不敵な笑みを浮かべて彼をたしなめた。

 

「俺たちは透明にならなきゃ何もできない木偶じゃない。カメレオンがなくともこの部隊は実力でA級に上がっていただろう」

「……! はい、そうですね」

「ま、当たり前だけどね」

 

 これまで培ってきたすべてはきちんと力になっている。風間隊はそういう、叩き上げの強力な部隊。

 自信を取り戻した歌川から視線を切って、風間は三輪に向き直る。

 

「とはいえ奇襲が使えないこと自体は重く見るべきか。奴を撃破するには狙撃手(スナイパー)が有効というわけか?」

「一撃で頭か首を撃ち抜ければそうですが、反撃に飛んでくる大砲は回避がかなり難しいですね。それに威力的にはアイビスを使用したいので、距離を取りすぎると射程に収まりません」

「イーグレットでは防がれると?」

「防がれるというより、弱点部位以外に当たっても無意味、といった感じです。本人も言っていましたが『頭と胴体が繋がっていれば生きていられる』そうなので」

「それはまた厄介な……」

 

 風間と三輪が言い合うそこに、米屋と古寺が訓練から得た情報を差し込む。

 

「木場さんとの訓練で一番いい線行ってたのはオレと秀次で挟んでからのアイビスだったよな。シールドで防がれたけど、逆に言えばシールドを使わせたのってそれくらいだったし」

「そうですね。あのときは奈良坂先輩が頭部を狙ったのが弾かれてしまいましたが、同時に複数方向から撃っていればもしかしたら倒せていたかもしれません」

 

 古寺が補足した言葉に、今度は奈良坂が声を挟んだ。

 

「といっても本当に一瞬の隙だったからな。このチーム、狙撃手(スナイパー)は三部隊で三人だが、撃ち抜ける自信があるやつはいるか?」

「おれは……断言するのはちょっと難しいですね」

「わ、わたしも」

 

 奈良坂の問いにしょんぼりと肩を落とす狙撃手二人。

 落ち込んだ雨取を見た三雲がフォローするように付け加える。

 

「千佳の狙撃は鉛弾(レッドバレット)と組み合わせて動きを封じるのがメインなので、三輪先輩と合わせて鉛弾で固めてしまえばいいのではないでしょうか」

 

 しかし三輪は「いや」と首を振った。

 

「大河さんの戦闘体は特別製だ。鉛弾(レッドバレット)で動きを封じるには何十発も撃ち込まなければならないし、撃ち込んでも力ずくで外してくる」

「は、外す?」

「爪で叩き折るんだ。……俺も目を疑ったが」

 

 珍しくも言葉尻がしぼんだ三輪に、三雲が目を丸くする。そもそも口を挟んだことにすら文句を言われるかもしれないと思っていた彼は、ここで三輪に対する印象が大きく変わったのだった。

 そんな隊長の動揺をよそに、鉛弾を外されるという事態については三雲の隣で空閑が納得したように頷いていた。

 かつてアフトクラトルの(ブラック)トリガー使いと対峙した際に、空閑もコピーした鉛弾――をさらに強化したもの――をブレードで断ち斬られている。あの異常な戦闘力を誇る大河のトリガーが同様の出力(パワー)を備えていたとしても驚くようなことではない。

 

「まあ、一時的にでも動きを阻害すれば攻撃手(アタッカー)が近づく隙にもなるだろう。全員で囲んで、首を落とす。もしくは狙撃するのがベストか」

「大河さんの爪は受け太刀すると感電させられるので、そこまでしてようやく一瞬の隙ができるかどうかってところですね。攻撃手と狙撃手の連携がかなりシビアですし」

「そこは――待て、『感電する』?」

「はい。先日から戦闘体に発電機構を備えたトリガーを開発してまして、爪に触れると数秒動きを止めるレベルの放電が行われます」

「ああ、近界民を捕らえたときに使ったというアレか……」

「タイガー先輩どんだけなの」

 

 空閑のぼやきは全員の心情を代弁していた。

 

「あとたまに空を飛びますね。直線機動だと音速は軽く超えてきます」

「人間を軽く辞めてる気がする」

 

 付け足されたものに対するぼやきもやはり代弁していた。

 遠距離からこちらの位置を感知し、強大な砲撃を行い、行動阻害を力ずくで脱し、爪に触れると死、もしくは行動不能。そして時折空を飛ぶ。

 これはもはや黒トリガーを超越した何かである。とりあえず人ではない何かだ。

 あまりにも絶望的なデータしか提示されなかった風間は、禁じ手である迅のほうに視線をやった。

 

「俺は隊長として任務を放棄し撤退することを提案するが……おまえはどう思う、迅」

「うん、まぁ……賛成かな。ただこの作戦会議もモニターされてるからね。撤退戦になるなら出撃位置が調整されると思うよ。具体的に言うと敵地の真っただ中からスタートして、遠征艇の半径三キロまでを逃げ戻れるかどうかの勝負になる」

「なるほど……。出撃位置から遠征艇までの距離はわかるか?」

「ちょっと離れすぎてて正確にはわからないけど、たぶん十キロ以上はある、かな? 潜入が前提の作戦として市街地侵入状態からスタートってことかも」

「そこまで考えられているということは、俺たちが最初から撤退戦を選択することも想定されていると見ていいだろうな。木場を撃破できれば言うことはないが、むやみに特攻しても評価にはならないだろう」

「だろうねー」

 

 消極的な作戦であったが、迅は反対しなかった。

 そも、勝てる未来がほとんど視えないのである。これだけの戦力があればいくつかのルートには大河の撃破も予知の範疇に含まれているものの、隊員の損耗が激しすぎて「帰還を最重視する」評価としてはあまりいいものは得られそうになかった。しかも最後には自爆されるのだから、もはや手を出すこと自体が間違いであり、風間の見立てこそ最善と言わざるを得ない。

 

「では撤退時の陣形もいま決めておこうか」

 

 完全に撤退をメインにしているような風間の発言であったが、やはり誰一人として反対する者はいない。この試験で想定されている状況、それは強力な敵対勢力の出現。サイドエフェクトを使おうとなんだろうと、太刀打ちできないと知れた時点で逃げることが最優先となる。

 

「各部隊で合流し、離れすぎず互いをフォローしつつ退避する。狙撃手は遠距離からの援護だ」

「三輪隊了解」

「み、三雲隊了解。あ、風間先輩。撤退時の三雲隊の位置を殿(しんがり)にしてもいいでしょうか」

「なぜだ? ……ああ、『スパイダー』か」

「はい。あの人にどれほどの効果があるかはわかりませんが、撤退戦には使えると思いますし、その場合は先頭でばら撒くと味方の邪魔にもなるので」

「そうだな……視覚情報を共有しても急に慣れろというのは酷か。わかった。ただし、迅と空閑でしっかりガードしておけ。場合によっては陣形は変更することも念頭に入れておけよ」

「了解です」

 

 各部隊の隊長が頷き合い、風間がちらりと時計に目をやる。

 

「開始まであと30分ほどか。一応、攻め入る場合の状況も想定して作戦を詰めておくとしよう」

「そっちが『一応』なんですね……」

 

 いまさらだが試験内容は「敵中枢にあるデータの奪取」である。そこに敵性勢力の撃破は含まれていないが、戦う前から潜入すらも諦めていることについて、三雲が苦い顔をした。

 無論反対しているわけではない。敵が探知能力に優れ、戦闘能力も測り知れないのだから風間の判断が間違っていると思ってはいなかった。ただ、A級部隊が二チームもありながら諦観しているのが少し気になっただけだ。

 

「仮にも指揮官だからな、部隊員を少しでも危険に晒すことになるようなら出撃すら控えるべきと考える。近界遠征はそのくらい慎重で丁度いい」

「なるほど……」

 

 実際に遠征を経験した者が言うと説得力が違う。三雲も元より不満があったわけでもなかったため、納得して謝意を述べてから続きを促した。

 

「すみません、作戦会議を続けましょう」

「ああ。では潜入ルートだが――」

 

 その後も遠征本番さながらの話し合いが行われていく。

 与えられた情報と持ち得るものをすべて出し切り、試験に合格するために。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 公開遠征計画、部隊選抜試験。

 最終試験:敵地潜入仮想任務。

 戦場マップモデル:科学国家『アクティナ』。

 Cブロック――試験開始。

 

 

 

 




 


お待たせしました。
といっても次の投稿も少々間が空くと思われますが。

ぶっちゃけこの小説だと隊員いっぱい連れていけるので選抜試験の意味あんまりないんですよね(

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