新編の序章的なものなので少し短いです。
第五十五話
暦は三月に入った。
前月には予期せぬ――あるいは予知された――横槍が入ったものの、ボーダーの公開遠征計画はいまも順調に進んでいる。
エネドラ、そしてガロプラの協力により遠征ルートはほぼ確定とされ、それを見越した遠征艇の改造も当初の目標よりずっと早く完了した。
とくにガロプラの情報、技術はボーダーにかなりの利益をもたらしたと言えよう。
いままでのトリガーには搭載できなかった能力がいくつか実装され、B級含む多くの隊員がその恩恵に与っている。戦術の幅も相当に広がり、B級ランク戦ではシーズン終盤ながらも、これまでにない戦闘がいくつか見られただろう。
その中でもひとつ特筆するならば、近界民特有のテクノロジー『
『
呼び出せる武装は戦闘体同様、破壊されたり使い切ったあとは再構築するまで使用できなくなる――いわば簡易トリオン銃のようなもの。
トリガーチップにない武装の臨時接続は多用すると機能障害を引き起こす可能性が生まれるため、あらかじめ充填しておいたトリオンが切れるまでしか使用することができないようになっている。
しかしそれをおいてもトリガー構成にさらなるバリエーションを持たせられるのは大きなメリットだった。トリオンが充填された武器を取り出すため、戦闘時に消費する本人のコストがわずかで済むことも大きい。
なにより"臨時接続しない"というデメリットは、逆に言えば呼び出したものは誰であろうと使用できることにも繋がる。
すなわち、高トリオン能力者が『
結果として『
このトリガーは実体化できない武装は保管もまたできないため、実質的に
接続せず、トリオンも消費しない武装はフルガードしながらの攻撃をも可能とし、ある意味では
余談だが、この新たなムーヴメントでもっとも割りをくったのは戦術、もしくはそのためのトリガー構成が決まり切っていた部隊だ。
ひとつ例を挙げるなら太刀川隊などがそう。この部隊は隊長が剣以外使えない、そして出水も
逆にもっとも躍進を果たしたのは玉狛第二である。
ボーダーに激震を巻き起こした
彼らは彼らで公開遠征を目指す理由を持つ。今年はA級昇格試験が選抜試験にとって代わるため、最低でもA級挑戦資格くらいは確保しておきたいところだろう。それも、次の一戦によって決定されるのであろうが……ここでは割愛しよう。
さて、大河も新しく得た技術に振り回されることとなっていた。トリガー関連は主にミサキに任せている彼ではあったが、最終的に使用者となる大河には実験と調整が常について回る。
ガロプラ侵攻によって傷ついた強化戦闘体は、再構築という名の七日間もの封印を余儀なくされたものの、仮想訓練ならばそれも関係ない。今日も元気に吹き飛んだり消し飛んだり粉々になったり地面に埋まったりしていた。
それでも三輪隊の訓練にも付き合っており、いまのところ相手には困っておらず順調といった体だ。
そんな折りのとある日に、木場隊作戦室に思いがけぬ通達が届いた。
木場隊の遠征投入、その最終決定である。
■辞令書
S級木場隊総員
■発令事項
公開遠征計画において木場隊の二名に遠征部隊参加を命ず。
所属:第二部隊
隊長:木場 大河
ここまではいい。城戸が言っていたとおりの采配でもあり、大河は喜びこそすれ驚くようなことはなかった。彼が怪訝な顔をしたのはその次の文だ。
――以上の決定により、木場隊を遠征選抜最終試験の試験官に任命する。
これには彼のみならず、ミサキも三輪隊の面々も同様の反応を示した。
選抜試験の試験官。といってもよもや筆記試験の試験官になれというわけでもあるまい。ボーダーはそこまで人材に困ってなどいない。
つまりこれは、選抜試験の最終選考が実戦形式であり、かつその相手役が大河である――という意味の命令書であった。
彼らはまだ知らなかったが、この試験官はもちろん大河だけというわけではない。選抜試験を受けない部隊や、こちらもまた参加しないS級の天羽にも同様の通達がなされている。
要するに彼らには近界民役をやってもらい、試験を受ける部隊はその条件下でどう動くかを見るというテスト内容。そして大河は……簡単に言えばラスボスを任されたのだった。
「これはまた、面倒な命令だな……。けど、面白そうでもあるか。なあミサキ?」
「試験中にミスって自爆とかしたらめっちゃ面白そうかな」
「笑えねえぞ、それ……」
他愛のないやりとりをしている木場兄妹の横で、三輪隊のメンバーはそれぞれリアクションが異なっていた。
三輪は訓練の成果を出し切るべく気合を入れなおし、
米屋は「マジか~」とからから笑い、
奈良坂は無表情のまま試験対策を思案し始め、
古寺はこんなものどうやって合格するのかと顔を青くした。
ともあれ試験は約二週間後。それまではB級部隊は参加資格を巡ってランク戦を行い、A級部隊はそれぞれ地力の底上げに努めるべく訓練を重ねることになる。
本来であれば試験官が誰であるかも不明のまま臨むものであるが、ここで大河の参加が決まったことを知れたのは三輪隊にとっては僥倖であったのかもしれない。とはいえ――
「俺は手ェ抜かねえからな、秀次」
もとより手を抜けるほど器用ではない男のそんな宣言に、三輪は力強く頷いて返す。
「もちろんです。本気で行かせてもらいます」
立ちはだかるはS級隊員。
三輪たちへの大きな課題はここに成ったのだった。