黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第五十四話

 

 

 

「ちっす。遅れましたか?」

「失礼します」

 

 木場兄妹が指定された会議室に入室すると、そこにはすでにボーダー幹部と捕虜であるガトリンが揃っていた。

 コの字型に席を連ねる幹部に松葉杖をついたガトリンが囲まれている形で、そのガトリンの横にはトリガーを起動した状態の三輪が控えている。

 三輪は大河たちに目礼だけして正面に向き直った。この場では発言権も発言するつもりもないのだろう。

 

「来たか。予定時刻通りだがおまえたちもわかっているようにいまは時間が惜しい。すぐにでも始めよう」

 

 わかっているように、と言われてもかなり暇を持て余していた大河はしかし、素知らぬ顔で着席した。いらぬ藪はむやみやたらとつつくべきではない。

 大河とミサキが着席するのを見届けて、城戸はさっそくガトリンに向けて最初の一言目を放った。

 

「ガトリンと言ったな。おまえがガロプラの遠征部隊隊長で間違いないか?」

「ああ、その通りだ」

 

 ヒュースとは違い素直に頷いたガトリンを見て、根付や鬼怒田も口を挟むようなことはせずにその様子をうかがっている。

 従順ならば拷問の必要はない。そもそもそれはすでに大河が行っている。

 その証左に、いまも痛々しい治療痕がガトリンの左腕と右足にあった。前腕部の、強烈な圧迫による肉の断裂と粉砕骨折。右足のつま先に至っては完全に切断されている。そんな大怪我などふつうに考えて即日動けるようなものではないが、彼はそれでもここに立たされていた。ボーダー側の要請と本人の希望によるものである。

 そのことについても鬼怒田たちには慮るような気持ちはなかった。もとより近界民に人権などない。追い詰めれば追い詰めるだけ有益な情報を吐くことだろう。傷の熱に浮かされれば思考も鈍る。そうした判断からあえて苦境に立たせているのだ。むしろいまの状態も拷問のようなものと言えよう。

 

「昨日、我々との交渉を受けて『考えさせてほしい』と言っていたが、その考えとやらはまとまったのだろうか」

「……ああ」

 

 重々しく頷くガトリン。

 城戸の言う交渉とは、大河との約定とは別に唐沢によってなされたもの。その内容は「ガロプラ遠征部隊の命を保証する代わりにアフトクラトルへの航行を黙認せよ」というものだ。他にもいくつか要求はしたが、主にこの条件を提示するために大河に対し捕虜への手出しを禁じたのである。

 ガロプラとロドクルーンの周回軌道はアフトクラトルを軸に展開している。そこへ到達できれば遠征艇と隊員の休息をとることができ、体調と残存トリオンを万全な状態にして本丸に乗り込むことが可能となる。

 もちろんガロプラ上層部とのコンタクトはガトリンに一任され、もし交渉に失敗すれば彼ら遠征部隊のみならず、ガロプラという国自体に危険が迫ることも付け加えられていた。

 そしてここで言う「危険」とは大河のことである。彼がガロプラに対して抱く著しい怒りは城戸や忍田も知るところ。もし現地についてから約定が一方的に破棄されたのなら、そこで起きるすべてのことをボーダーは関知しない。より正確に表すならできない(ヽヽヽヽ)

 ガロプラが牙を剥いた場合、ボーダー側も己の身を守るために戦わざるを得ないのだ。そこは近界民友好派の林藤でさえ戦闘もやむなしと理解している。

 ――それが大河による殲滅戦であろうとも。

 大国・アフトクラトルとの戦闘を前に、背後に伏兵を残しておくことなどできないのである。

 

 重苦しい空気の中、ガトリンは痛みを飲み込むように大きく息を吸ってから口を開いた。

 

「少しだけ条件を変えてほしい」

「条件?」

 

 オウム返しに問う城戸。視線だけで続きを促す。

 

「……我々は玄界(ミデン)に全面的な協力を約束する。代わりにアフトクラトルには潜入ではなく強襲を行い、大きな打撃を与えてほしい」

「――なに?」

「なんですって……!?」

 

 ガトリンの要求に、忍田と根付が身体を前のめりにして驚いた。

 ガロプラとはアフトクラトルの従属国のはず。潜入を見逃すだけでも背信行為にあたるであろうに、よもや大打撃を与えてほしいとはいかなることか。

 城戸もわずかに眉を上げて不信感をあらわにした。

 

「……どういうことだ」

「ガロプラはアフトクラトルに従属しているが、それは力で強制されてのものだ。そのことに不満を抱えている民も多い」

「つまり我々にアフトクラトルを攻撃してガロプラを解放させろということか?」

「そこまでは求めていない。アフトクラトルが大打撃を受ければ我々のマザートリガーを押さえている派遣部隊も本国に戻るだろう。あとはこちらが勝手に離脱するというだけだ」

 

 ガトリンは収監されている間、ずっと考えていた。

 玄界の戦力であれば、遠征部隊であってもアフトクラトルと互角以上に渡り合えるだろう。そこにガロプラの後押しを加えれば、マザートリガーの解放も可能かもしれない、と。

 しかしこの提案には少なからず危険を伴う。ガロプラのトリガー技術のすべてを玄界に与えれば、ガロプラの()が玄界に露見することは必定。周回軌道は遠く離れるとはいえ危険な相手を作ってしまうことに変わりはない。

 けれどもだからこそ、ガトリンは全面的な協力という強い言葉で提案した。

 我々は敵ではないと強くアピールしたのだ。

 

「我々が持ち得る技術、アフトクラトルの詳細な周回軌道。答えられるものにはなんであれ答えよう。なんならアフト侵攻において俺を同行させた上で使い潰してもかまわない。代わりに遠征部隊ではなく、ガロプラ国民の生命の保証をしてほしい」

 

 ちらりと大河のほうを見てそう要求した。

 目下ガロプラに牙を立てる危険のある存在とはこの男である。

 

「…………ふむ」

 

 ガトリンの文言に城戸は思案顔で黙り込んだ。

 それに代わって忍田がこの提案における不安要素について問いかける。

 

「全面的な協力とは捕虜の六名によるものか?」

「いや、本国に協力を要請する」

「なぜできると言い切れる? 遠征部隊の隊長となればそれなりに立場が強いことはわかるが、支配国家への裏切りを独断で決めることなどできないだろう」

 

 ボーダーで言えば、忍田や大河が三門市の命運を勝手に決めてしまうようなものだ。組織に属している以上、そんなことを独断で決めて許されるはずがない。というよりそれは最高司令官たる城戸であっても許されざる行為である。

 ガトリンはそのもっともな質問にも動じず、ガロプラの現状をゆっくりと話し出した。

 

「結論から言えば、元よりガロプラはアフトクラトルへ反旗を翻す予定だったからだ」

「……!」

「アフトクラトルの『神』がもうすぐ死ぬという情報は知っているか?」

「ああ、アフトクラトルの捕虜から聞いている」

「そうか。我々が持つその情報の確度はあまり高いものではなかったが……逆に好都合だな。

 ともかくとしてそのタイミングで我々はアフトクラトル支配からの脱却を計画していた。おそらくは数年から十数年先と予想していたが、我が国の重鎮の一部はすでに準備を始めている。彼らに玄界の力と計画を伝え、協力を要請すればほぼ間違いなく受諾されるだろう」

 

 若干かまをかけられた忍田は自らの失態に眉をひそめかけたが、いまの話はそれを後回しにしてでも優先的に推し量る価値があった。

 ちらりと木場兄妹を見ても、ガトリンが嘘をついている様子は見受けられない。

 ガロプラのアフトクラトル離反。それはまさに渡りに船と言っていいものだ。これが真実ならば後門の狼であった存在が追い風に変わるほどの助力を得ることができる。

 それにもともとガロプラ遠征兵には情報提供をしてもらうつもりでもあった。そこへさらにひとつの『国』が持ち得る情報や技術までとなると、ガトリンが引き換えに求める対価はかなり小さなものとも言える。

 

「計画の機密性を高めるために全兵力を挙げての参戦はできないが、技術的な協力であれば問題はないはずだ。ガロプラからのアフト密航も容易となるだろう」

 

 この交渉において圧倒的に有利なのがボーダーであると認識した上で、ガロプラという国家の存続のために打てる最上の手。なるほど遠征部隊の隊長を任されるだけあって、ガトリンという男はかなりのやり手と思われた。

 

「……なるほどな」

 

 納得した様子で忍田も思案に耽る。

 それを見て大河は内心で舌を打ちつつ、しかし彼も納得せざるを得なかった。

 ガトリンに対する怒りはまだ消えてはいないが、いまの話を真実と受け止めるなら、やつは充分すぎるほどの対価を差し出した。

 ガロプラの総人口はおよそ四十万程度と聞いている。対してアフトクラトルは四百万超の大国である。

 そこに乗り込み「大打撃を与える」のならば、お楽しみ(ヽヽヽヽ)が多いのは考えるまでもなく後者だ。一日を経て少々冷静に物事を考えることができるようになった彼は、怒りより優先すべきことを取り戻し始めていた。

 そして鬼怒田が急いてなかったのもこれが原因かと思い当たる。この話をさわりだけでも聞いていたのなら、アフトクラトルまでの遠征ルートや、予想される道中の危険はほぼ完璧にクリアされることになるはずだ。

 少なくとも一般隊員用の遠征艇にあれこれ過度な機能を実装せずともよくなった。

 そちらはガロプラに置いておき、アフトクラトル侵入には大河専用の(ふね)を使えばよい。警護すべき対象が強固な艇の一隻になればより安全性も増すだろうし、短時間であればどれだけの人数を乗せたとしても近接国であるガロプラまでであれば問題なく航行できる。ゆえに通常の遠征艇には乗員スペースとトリオンタンクの増築だけすれば済む。

 

「わしとしてはこの提案を受けることに賛成しますぞ。遠征計画までに必要な工程がかなり短縮できますのでな」

 

 大河の考えを裏付けるように鬼怒田は賛成に票を投じた。次いで、交渉を担当した唐沢もまたそれに続く。

 

「私もです。現実的で、我々だけでことに望むよりも成功率が上がると思います。彼は、嘘もついていないようですしね」

「私としては全面戦争には少々抵抗がありますな。隊員の奪還を目的にしている以上、死傷者が出る可能性はできるだけ避けたいので」

 

 根付だけが反対の意を示し、城戸は頷きつつ他の幹部へ賛否を問う。

 

「ふむ。……忍田本部長」

「もう少し細かい部分を詰めたいところではありますが……、できるならガロプラの上層部と実際にコンタクトが取れてから決めたいですね」

「そうだな。だがそもそもガロプラがこの提案を却下すれば、いまの話はすべてなかったことになるだろう。現時点での賛否だけでかまわん」

「では、賛成ということで」

 

 忍田の答えを受けてまたひとつ頷き、視線を横へと動かす。

 

「林藤支部長はどうだ?」

「根付さんと同じ理由で反対ぎみかな。大国との戦争はやっぱり避けたいところですし」

「なるほど。賛成3、反対2か。木場隊員はどう思う」

 

 幹部内での賛否はほぼ割れた。城戸は遠征第二部隊隊長である大河にも回答を求めた。

 そして彼は即答する。

 

「もちろん賛成で。全面戦争っつっても、こいつらがそうしたように遠征艇か軍事施設に打撃を与えりゃそれで充分でしょ。ならむしろ、俺にとっては潜入よりもやりやすい」

 

 凶悪なまでの火力は潜入任務にはまったくと言っていいほどに向いていない。だがガトリンの提案の受けるのなら、その枷は解き放たれる。

 大打撃を与えろ、という指示は、大河にとって隊員を取り戻せというものよりもずっとやりやすく、わかりやすく、かつ容易い。

 大河の答えを聞いた城戸は、ひと際大きく頷いてガトリンに向き直った。

 

「…………いいだろう。その提案に応じよう。ガロプラの協力を取りつけた暁には、我々はガロプラという国家に対する一切の攻撃を行わず、遠征計画にアフトクラトルへの打撃を追加するものとする」

 

 最高司令官として城戸はそう結論づけた。

 公開遠征の名目は攫われた58名もの隊員の奪還。その作戦には少なからず戦闘行為が含まれる。そして大河という巨大個人戦力はどうあがいてもアフトクラトルに多大な打撃を与えることになるだろう。

 どうせ同じ結果になるのなら、ガロプラの協力を得られるに越したことはない。敵の敵は味方、と簡単に断ずることはできないが、アフトクラトルの従属国の内ひとつが応援に来ないだけでもボーダーにとってはありがたい。

 

「……感謝する」

 

 重々しく(こうべ)を垂れるガトリン。その胸にはガロプラの命運をかける重圧と、アフトクラトルからの離脱を目指す使命感がない交ぜになって渦巻いている。

 

「ともあれおまえがガロプラと連絡を取るところから始まるが、どの程度時間がかかる見込みだ?」

「まずは我々の遠征艇から暗号を用いた通信を送り、離反計画の中核を担っている重鎮に連絡用の派兵を行ってもらう。およそ二日か三日といったところか。もちろんその間は我々を拘束したままでかまわないし、万が一派兵されてきた者が武装していた場合、そちらの判断で処理してもらってもいい」

「承知した」

 

 この協定はガロプラのごく一部にしか明かせない重要なもの。

 ガトリンの遠征艇から送れるのは軍司令部へのみであり、以降の連絡は隠密で出航した連絡兵を介するのが得策らしい。

 敵国にいながら頻繁な連絡を行うと機密性が保ちにくく、またガロプラの軍事施設にはアフトクラトルの派遣部隊もいるようなので、城戸もその条件を飲んだ。

 

「本国と玄界の周回軌道が重なっている間にできうる限りの情報と技術をこちらに持ち込む。その後はそちらの計画待ちだが……」

「我々の遠征計画は約二ヶ月先を予定している。それまで――」

「すまない、二ヶ月というのは何日間だ?」

「およそ六十日だ。その間は不定期に聞き取りと技術協力を要請したい」

「ああ、問題ない。しかし六十日となると、直接ガロプラに渡ることはできないか……。いくつかの国を経由することになるな」

 

 ガトリンの言葉に、幹部たちがそれぞれ首肯した。

 ガロプラが玄界近域にあるのは残り一月ほど。それまでに艇を飛ばせれば遠征ルートはかなり短くなるのだが、そこは目を瞑るしかなかった。

 近界遠征とは、わずかでも安全を期するために長い時間を費やして訓練と研修を積まねばならないもの。そもそもにして今回の公開遠征はまだ参加する部隊の選定すら終わっていないのだ。

 すぐにでも飛びたてるのは大河のみであるが、彼に命じて完遂できるのはおそらく殲滅だけだ。隊員を奪還せよ、という作戦を遂行するには適切な能力――あらゆる意味で――を持った隊員が数多く要る。

 

「先ほど言ったようにアフトクラトルへの侵攻には俺も使い潰してくれてかまわないが、同行は必要か? ガロプラまでの案内でもスムーズに話を通せるが……」

「そこはおいおい決めることにしよう。まずは本国と連絡を取り了承を得ることだけ考えたまえ」

「……そうだな、そうしよう」

 

 詳細はすべて本国との約定を取りつけてから。

 そうして会議はまとまりかけたが、ふと忍田が思い出したように手をあげた。

 

「城戸司令、少しよろしいでしょうか」

「ああ、どうしたね」

「これはガロプラとの協力とは別の話になるのですが……。

 ガトリン、おまえたちはロドクルーンの遠征部隊とはどういう関係性か聞かせてくれないか。攻撃の中止はさせられないまでも、どれだけの戦力を残しているかくらいはわかるとありがたいのだが」

 

 問われたガトリンは一瞬の間をおいて思考し、結論を述べた。

 

「ロドクルーンの遠征部隊とは玄界への攻撃に際して協力体制を取っていた。が、そもそもトリオン兵主体の連中だ、アフトのトリオン兵団を蹴散らした玄界にはあまり手を出したくないだろう。無駄だからな。

 玄界が我々を捕縛したと知れば攻撃を中止する可能性が高い。持っている戦力も昨日見せた以上はないはずだ。応援部隊を呼び寄せた場合でも同時運用できる数には限界がある。戦力的には大して変わらないと思われる」

「そうか、よくわかった。情報感謝する」

 

 どうやら危機的状況はすでに去っていたらしい。完全に気を抜くわけにはいかないが、それでも昨日のトリオン兵団が最大戦力と知れれば脅威はほとんどないだろう。

 結局、ボーダーがもっとも危機に晒された原因が大河の暴走であったのが頭の痛くなるところではあったが。

 

「他に何かある者はいるか? ……では今回はこれまでとする。三輪隊員は鬼怒田開発室長とともにガトリンを遠征艇に案内しろ。ああ、医療班も連れていくといい。倒れられても互いに困るだろう。

 その後、ガロプラとの協力が約束され次第、彼らの拘束レベルを下げる。そちらのトリガーは預かったままだが、かまわないかね?」

「問題ない。そのまま玄界のものとして解析してくれていい」

「了解した。では解散とする」

 

 その城戸の一声を最後に、会議は終了となった。

 この二日後にガトリンの発言通りガロプラからの返信が届き、その全面協力が約束された。

 これによりボーダーの公開遠征計画は大幅に見直され、結果としてスケジュールの二割を短縮することに成功したのだった。

 

 

 

 




 


従属国来襲編・完。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次からは原作のストーリーを追い越して遠征部隊選抜試験編となります。
オリジナル色が強いのでご注意ください。

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