黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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注:痛い描写があります。


 


第五十二話

 

 

 

 結果として、敵性近界民(ネイバー)の捕縛は完璧な成功を収めたと言えよう。

 捕獲したのが隊長格らしかったのも功を奏して、ミサキがそれを司令部に伝えると同時に地上での戦闘も終息に向かい始めていったらしい。敵が引いていくのなら、大河も本来の配置である地上迎撃部隊に合流しなくともいいだろう。むしろ拒否される可能性のほうが高いかもしれないが。

 

 何はともあれ、戦闘は終わった。

 ゆえにこれから始まるのは戦闘ではなく、

 

「…………」

「さて、と……」

 

 近界民に対する拷問である。

 

 三門市全域を越え、その周辺までをも模した仮想空間。街を囲むように連なる山岳のうち、ミサキが適当に選んだ山の頂上にある展望広場で、大河と近界民が対峙している。

 ここに入ってすぐ、大河は近界民の戦闘体を無造作に引き千切ってトリガーを強制解除させており、その後はなんら拘束などを行ってはいない。所持していた簡易トリガーはすべて奪い取ってあるし、生身である時点で大河の強化戦闘体に危害を加えることなど不可能だからだ。

 また、脱出もしかり。

 

 トリガー空間には二つの種類がある。

 ひとつは"こちらの世界"と接続されているタイプ。これは各隊作戦室のトレーニングルームのように、常時生成されていてドアなどから出入りが自由なもの。トリガーを起動しておらずとも入退室は自由だ。

 もうひとつは現在使用している、通信以外が隔絶されているタイプ。こちらはランク戦などに使われる、転送によってのみ進入可能な空間である。ほとんどの場合は仮想訓練形式のものだが、実際に空間を生成することも可能だ。コストを度外視すれば、であるが。

 ここから出るには戦闘体からシステムにアクセス――緊急脱出(ベイルアウト)含む――するか、仮想空間が解除されるのを待つしかない。

 いまは緊急脱出(ベイルアウト)による脱出も封鎖されているため、大河の目の前にいる近界民には逃げ場など微塵も残されていないということだ。

 

「ガロプラ、っつったよなあ、おまえら」

 

 鋭い視線で近界民を射抜く。

 

「……」

「おまえの名前は?」

「……」

 

 近界民は答えない。

 大河はいらいらしながら頭を掻いた。素手にも関わらず引っ掻いた部分からトリオンが噴き出てしまう。蒸気機関のような勢いで排出されたせいで、わずかに大河の頭が傾げた。

 先ほどは拷問が始まる、と述べたが、それも単純な行為とは言えない。とくにいまの大河にとっては。

 頭を掻いただけで自傷行為になったように、現在も出力の調整が危ういのだ。

 この状態で手をかければ問答の余地もなく近界民は死んでしまうだろう。

 怒りの向くまま顔を殴ろうものなら頭部が木端微塵になるか、頭蓋が三回半捻りをした挙句どこぞへと飛んでいくに違いないし、腹を殴ればそれこそ身体は真っ二つになること請け合いだ。

 ゆえに大河はゆっくりと近界民に近づいて、その左腕を持ちあげるように掴んだ。近界民は自らの運命を悟っているのか、暴れたり逃げたりする様子を見せない。

 大河はやりすぎないよう気をつけながら、じわりじわりと手のひらを締めていく。

 

「ぐっ、……!」

「さっさと答えろ」

 

 近界民は警告を無視してまでも答えない。

 舌打ちとともにぐしゃりと音がして、近界民の丸太のようだった腕が一部、枯れ木ほどの細さにまで握りつぶされた。極度の圧迫により、見るも無残な傷跡が残る。適切な治療を施しても元に戻るかはわからない。

 

「……がっ、あぁ……!」

 

 それでも、返答はなかった。

 

「よほど死にてえらしいな」

「……殺せ」

 

 脅しに対してだけ短く答えた近界民に、大河は震脚でもって返した。

 山が崩れそうな振動が響き、ガロプラ製の薄い軍靴、その右つま先が肉ごと千切れて地面に沈む。

 

「ぎッ!?」

「――ふー……。イラつくぜ。おまえは殺してやらねえって決めたけどイラつくぜ……!」

 

 またがりがりと頭を掻いた大河はおもむろにハイドラを起動させ、充分に近界民と距離を取ってから大声で脅しつけた。

 

「いまからする質問に答えなかったら、ひとつにつき一万! おまえの国の近界民を殺す!」

 

 物騒な脅し文句を言い終えて、メテオラを装填した砲塔に火を吹かせる。

 狙いは三門市周辺、反対側の山。

 猛る怒りの炎が込められたハイドラは、放った瞬間に自爆でもしたのかと思わせるような破壊を周囲に撒き散らした。木々はもれなく粉砕され、衝撃波だけで地表が波打ち、吹き飛んでいく。

 轟音とともに飛翔し、瞬く間に数十キロは離れているであろう山頂に吸い込まれていったメテオラは、遠目から見ても巨大に過ぎる火輪を生み出して山全体のおよそ半分ほどを抉り取った。

 これといった特徴のなかった山岳は融解して活火山のように真っ赤に染まり、遅れて爆音がここまでも届く。

 そのさまを見せつけられた近界民は無残に吹き飛んだ山を呆然と見つめ、力なく膝をついて諦めたように大河のほうに向きなおったのだった。

 

「さっさと名前を言え」

 

 ずしんと響く足音で近界民の前に立つ大河。

 頭部から漏れ出るトリオンのせいで格好がつかないが、それがかえって凶貌を引き立てていた。

 

「……ガトリンだ」

 

 諦観した表情でガトリンと名乗った近界民に、大河は無感動なまま続けて質問していく。

 

「なんで遠征艇を狙った」

「……? 知っていて待ち構えていたのではないのか?」

「まずは一万」

「……っ!」

 

 ――答えなければ国民(ネイバー)を殺す。

 本気だと受け取ったガトリンはぎくりと身をすくませてから、言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。

 

「我々の目的は玄界(ミデン)の足止めだ。玄界の基地に遠征艇が二隻しかないのを確認して、それを破壊することがもっとも効率がいいと判断した」

「……そうかよ」

 

 ぎりぎりと歯を鳴らす大河を見て、ガトリンは己の失態を悔いていた。

 遠征艇の破壊。それは「追ってこられないようにする」という点ではやはり確実とまで言えるほどに有効であっただろう。玄界のトリガー技術はここ数年で急激な成長を遂げてはいるものの、遠征艇の建造には自分たちの国と同じくらいに長い時間がかかるはず。

 誤算があったとすれば、遠征艇自体に強い思い入れを持った人間がいたということ。そしてそれが、よりにもよって『虎』であったことだ。

 結局この男はシールドと電撃トリガー以外は何も使わず、素手で二人の精鋭を抑えきったのだ。おそらく黒トリガーですらないというのに。

 

「次だ。おまえの仲間は何人いる?」

 

 大河は極めて平淡な口調で聞いたが、ガトリンにはそうは見えなかった。

 この男は初めて見たときからずっと、異様なまでの怒りを撒き散らしている――

 それだけ大河にとって遠征艇が大事なものであり、ガトリンはその禁忌に触れてしまったのだと実感した。戦う過程で見せた暴走や、ウェン・ソーを襲ったときの咆哮。そしていまも引き絞られた瞳孔に怒りが渦巻いている。

 仲間は何人いるのか。

 答えたくはないし、答えるべきではない。しかし大河が「質問に答えなければガロプラの民を殺す」と言ったのが本気であり、それができるだけの力も持っていると見せつけられたガトリンには口を閉ざすことなどできはしなかった。

 左前腕部と右つま先からは少なくない血がいまも流れ続けている。だがどうにかここで自害できたとしても無意味だろう。ガトリンが独り死を迎えたところでこの『虎』は止まらず、その牙はガロプラに剥く。

 

「……俺を除き、五人いる」

「ロドクルーンとかいう連中は?」

「知らない。少なくとも二人とは通信で話したがそれ以上はわからない」

「ふうん……」

 

 観察されている感覚。

 何かしらの嘘を見破れるタイプのサイドエフェクトによるものか、とガトリンはさらに己の窮地の絶望的状況を思い知る。

 

「俺はおまえを捕まえたけどよ、それでおまえらの仲間は攻撃を諦めるのか?」

「……攻撃はやめないだろう。我々に命令したのはアフトクラトルで、やつらは我が国のマザートリガーを押さえている。やれと言われれば死んでもやらなければならない」

「はん、難儀なこったな」

 

 そう言いつつ、哀れみなど微塵も感じさせない声音で吐き捨てる。

 そして、留めていた感情を爆発させたかのように、大河は熱量を湛えた怒声で尋ねた。

 

「質問はこれが最後だ。てめえがガロプラ代表だと思って心して答えな」

 

 大仰に、ガトリンに向けて指を二本立てて。

 

「――アフトクラトルに滅ぼされるか、俺に滅ぼされるか。

 二つに一つだ、好きな方を選べ……!」

 

 食いしばられた歯がぎちりと鳴る。

 大河のそれは、獲物を食らうためではなく、殺すためだけに存在するかのような冷々たる鋭さを見せつけていた。

 

「…………!」

 

 ガトリンに投げかけられた重すぎる問い。

 ガロプラの命運をかけた二択。

 

 任務失敗でアフトクラトルに見放され、吸収されるか。

 玄界と完全に敵対し、物理的に滅ぼされるか。

 

 たかがひとつの任務を仕損じたところで、アフトクラトルがガロプラになんらかのペナルティを課すとは思えない。だがここで玄界に屈服し、アフトクラトル追撃に力を貸せばその限りではないだろう。

 裏切り者が出た国を、やつらが放置するはずがない。むしろ嬉々としてガロプラの戦力・技術を根こそぎ奪っていくはずだ。

 そうなったなら、もはやガロプラという国は(ほろ)んだも同義。人もトリガーも奪い尽された跡には、荒野しか残らない。

 かといってここで玄界を拒絶したならば、目の前にいる男は間違いなくガロプラに侵攻する。あの大砲を向けられたら、小さな村など一撃で消し飛んでしまう。

 強奪ではなく殺戮。怨恨によって動くこの男に交渉など無意味。ガロプラの抵抗など有って無いようなものだ。おそらくは二日か三日で、故郷の星は完全に塵と化すに違いない。

 

「……くっ……!」

 

 提示された二択は、どちらをとってもガロプラという存在が無くなることを意味している。いまだかつて味わったことのない重圧に、ガトリンの額に汗がにじむ。

 しかしそれぞれの選択肢の重さは同じではなかった。

 もしアフトクラトルに吸収されたとしても、ガロプラ出身者の一部は兵士化やトリオン生産のために生かされることは間違いない。小国ながらも精鋭揃いというのがガロプラの売りなのだから、そこに目をつけないアフトクラトルではないはずだ。

 逆に、玄界――否、大河と敵対したのなら。

 ガロプラという国は、消滅する。比喩ではなく、文字通り消えて無くなる。

 国土も、国民も、マザートリガーも。最初から無かったもののように、あっけなく。

 

「……わかった」

 

 実質的にガトリンには選択肢などなかった。

 国を思えばこそアフトクラトルの命令に従い玄界に侵攻した彼はいま、国を思うからこそアフトクラトルを裏切ることを強要されている。

 だが抵抗できるはずもない。国のため――すなわちそこに住む民のために彼はここに立っているのだから。

 

「我々は……投降する」

 

 ガトリンは膝を突いたまま両手を挙げた。片方は前腕部から先がだらりと垂れ下がってはいたが。

 無抵抗、降伏、服従の姿勢。

 ここに、ガロプラ遠征部隊の意志は完全に潰えたのであった。

 

 

 

 




 


本格的に捕獲……ふふっ(爆死

原作だとどうなるんでしょうね。ガロプラがまた出てくるのは確定みたいですが。
 

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